舞鶴第一鎮守府の日常 作:瀬田
極寒。
久し振りに獲得した半休は、その言葉でしか形容できないような、そんな朝から始まった。
「ひい···寒い」
寒すぎて何も言えない。それどころか、一面真っ白の雪景色(雪だけ)が、視界の奥で威圧を放っていた。
「···しかも」
布団には小高い山が一つ。
「···この光景、前にも見たことあるな」
この前の冬には、暁型の艦娘がいた気がした。
「···なによ、文句でもあるの?」
そこから顔を覗かせた、駆逐艦の少女。
「文句というか···まだ気にしてるのか曙?」
今年の冬は、第六駆逐隊ではなく、第七駆逐隊の艦娘と共に朝を迎えたのだった。
──────一日前
二人は荷物倉庫の片付けを行っていた。
「全く···普段の整理がなってないわね」
「面目ない。流石に海で戦ってる皆にやってもらうのも申し訳ないかなと思って」
「1人でやってたの?馬鹿じゃない?」
「あ、あはは」
駆逐艦、曙。
不遇な艦生からか、捻くれている言動に苦労する提督も多いという。
それも個性と捉え、受け入れるのが普通だと思うのだが。
(···所謂ツンデレってやつか)
デレるということがよく分かっていないままそのワードを使用しているのがこの男のタチの悪い所だ。
ともかく、根は素直だということが何度も確認されているのだから、邂逅当初より困惑は少ない。
因みに、最初のあの発言で鎮守府が凍り付いたのは別の話。
「でも、曙なら手伝ってくれるかなって、思って」
「は、はぁ?」
「漣から素直じゃないとか、よく言われてるけどさ」
言葉を一度切って、彼女の瞳を一瞬だけ覗き見た。
透き通った、綺麗な瞳。
「綾波型で一番頑張り屋で、素直な子だと思ってるよ」
提督は知っていた。
彼女が練習時間外にも鍛錬に励んでいることを。
座学を究めようとために、参考書を買うためのお金を貯めていることを。
あれだけの、悲痛ともとれる不条理な境遇に置かれた過去をも、彼女の覚悟が、超えようとしていたのだ。
人間として、十分に信頼に値する、立派な子なのだ。
「···変な気遣わないでよ···どうせその辺歩いてたから捕まえただけでしょ」
「そんなことない。誰にでも頼めるって訳じゃないんだ」
それは、ほかの艦娘を信頼していない、ということではないが。
その言葉に、曙の手は一瞬動きを止めた。
「お前は気づいてないかも知れないけど、駆逐艦や軽巡洋艦の子から、すっごい人気なんだぞ?」
「…は?」
ぎこちなく、彼女の顔がこちらを向く。
それに苦笑しながら、彼は艦娘の面々の言葉を紡いでいく。
「例えば、磯風は料理を丁寧に教えてもらった、って嬉しそうにしてたよ」
「あ、あれはその···あまりにも下手くそで···見てられなかったからで···」
「名取は、自信がなくて悩んでいた所にアドバイスもらったって」
「それは···そ、そのっ!いつもお世話になってる名取さんが···その、そんなことないって、言い、たくて···」
「···ふふ」
「な、なんで笑ってるのよ!」
「いやあ、やっぱり曙は優しいなと思って」
軽く頭を撫でるが、昔のように振り払われることはなくなっていた。
「も、もう···」
「これからも、よろしくな」
そう言うと、彼は作業にゆっくりと手を戻す。
「しょ、しょうがないわね!私がいないと何も出来ないんだから!」
すっかり舞い上がってしまった彼女は、うずだかく積まれた資料の棚に突っ込んで行った。
「おーい、あんまり騒ぐと危な···」
「さ、さあ!やるわよー!」
既に均衡を崩していた本の雪崩は、曙目掛けて殺到する。
「曙っ!」
「···へ」
胸に押し当てるように、左腕に抱えた彼女を全身で覆う。
「···ぐっ」
頭と彼女を防いでいた右手が悲鳴をあげた。
────────────────────────
「···そうよ、悪い?」
「俺としては気にするなと言いたい所だが」
恐らく、彼女は納得しないのだろう。
「気にしない訳ないじゃない···これでも、悪いと思ってるの」
「そうか、じゃあお言葉に甘えるよ」
本の山に変な押さえつけられ方をされてしまったせいで、右手を軽く捻ったようだった。
完治までの数日間、結果として右手を使えないようになってしまった。
(···まあ、年がら年中腱鞘炎みたいなもんだし···ついでに治すつもりで)
幸い、大きな任務もなく、通常日課の任務は早々に終わっている。
「···ん、じゃあ脱いで」
「は?」
思わず変な声が出てしまった。
「き、着替えさせるから服を脱げって言ってんのよ!」
「いやでもお前···」
流石の彼でも困惑していた。
恐らく自分を気遣ってのことだろうが、唐突すぎて事態の展開に付いていけない。
「片手じゃ上手く着れないでしょ!?ほ、ほら!」
「わ、分かった分かった、じゃあ上だけ···」
「し、下もよ!」
「ええ···」
流石に不味い。
このご時世、提督職を追われる者の多くは、こうした場面での判断ミスだ。
どうして艦娘は──────いや、旧日本海軍の艦魂は、このような形を取ってこの世に生まれてしまったのだろうか。
運命の悪戯というか、決して彼女らの存在を否定する訳では無いが、現代でも問題になっている冤罪に陥り職を
失ってしまう提督諸侯のことを思うと、やはり可哀想に思えてくる。
(それは俺が男だからかも知れないが···だからこそ、こういう場面で選択を誤る訳には行かない)
そんな覚悟を決めた長考を終え、再び曙に向き直る。
「だ、大丈夫だ。そこまでしてもらわなくても」
「え、遠慮しなさんな!私がやるわ!」
(···なんでこんなに積極的なんだろう)
この男にとっては、正しい答えに辿り着くには数億年ほどかかると思われる難問に触れる。
(···あぁ、そうか)
そしてまた、迷走を始めるのだ──────
「曙」
「にゃっ!?な、何っ?」
不意に頭に手を置かれたもので、変な声が出てしまう曙。
心拍の急上昇を感じ、胸に手をやった。
「曙、君はとても優しいんだ。それに責任感だってある。第七駆逐隊のリーダーとして、毎日、いつだって頑張ってくれる。だから、今だって君のできる全力を尽くしてくれているんだろう。とても嬉しいよ」
「そ、そう···ほ、褒められて悪い気はしない、わね···」
「だから、今は、俺の前では、そんなに無理するな。俺は、お前が傍に居てくれるだけでありがたいし、嬉しいよ」
「ふぇっ!?」
「···大丈夫か?」
「う、うっさい!」
どうも、彼の無自覚攻撃が激しい。
信頼の証を手放しでは喜べないが、やはり嬉しいものは嬉しいのだ。口角が上がってしまうのを必死に抑える。
「まあとにかく、だ」
寝間着姿の提督は、曙に視線を合わせた。
「今日は一緒に過ごしてくれるか?」
「···っ!も、もちろんよ!わ、私がいないと不自由するだろうからねっ!」
「ありがとう」
苦笑してもう2回ほど頭を撫でると、曙はいてもたってもいられないというような表情を浮かべていた。
「ほら、曙も着替えてきなさい。朝食をとろう」
「え、ええ!」
その後、スキップをする曙が青葉に激写され、一悶着あったのは別の話──────
「はい、あ、あーん」
「ん?」
昼食中。
左手の箸使いに悪戦苦闘していると、曙が箸を突き出した。
「わざわざ悪いね、ありがとう」
照れからか、曙の顔が尋常じゃなく赤い。
見苦しいところを見せてしまった、と若干後悔しつつも、ご好意に甘えて目先の箸の魚を咥える。
「「っ···!」」
ざわつく室内。
「うっひょおおお!ぼのたんやるー!」
「うっさい!」
面倒事になってしまった、とも思ったが、彼女がやりたいことはやらせてあげると言ったのは自分だ。
(···しかし、曙はこんなことがやりたかったのか?)
この察しの悪さ、質が悪いにも程がある。
「···ほら、まだ食べ足りないでしょ···残りもた、食べさせてあげるから···。」
「あ、ああ···無理してないんだよな?」
「あ、当たり前でしょ!?」
強勢な言動の割には、頬は緩んでいる。
恐らくそれを指摘することは野暮だということだけが分かっていたので、その後も彼女の成すがままだったのであった。
────────────
「あ、あんたまたお給料鎮守府に入れたの!?」
「ば、バレたか··· 燃料が足りなくてな」
執務室、財務関係の仕事を行っていると、曙に裏工作が看破されてしまった。
「そんなの、週に何回か遠征を増やせば済む話じゃない!?」
「それは君たちに負担がかかる」
「だからって何も自分のお金渡さなくていいでしょ!?」
彼の給料がいくらかは分からないが、見たところ莫大な金額が入っているようだ。
「とはいっても···このままだと曙の給料がなくなるんだぞ?···まあ、元からないようなものだけど」
「···いやいや、毎月〇万で充分でしょ」
「そうか?この年頃の女の子は、欲しい物がいっぱいだって、愛宕から聞いたけど」
「全く···」
何を考えているのか分からないおっぱい怪獣を頭の中に浮かべながら、溜息をつく。
それに乗せられる提督も提督だが。
「実家に仕送りはしないの?」
「···その、実家は」
「···ごめん」
(やっちまったあああ!)
この手の話はタブーだった。
瑞鶴から広まったその話は、少しずつ艦娘たちの中で広まっていた。
自分をぶん殴りたい気分だったが、今更その失敗がなくなるわけでもない。
「···あっ、でも孤児院とか、戦災被害者に募金はしてるよ」
「そ、そうなのね、なら···って!そんなんであんたのお金はあるの?」
「そりゃあ腐っても提督職な訳だし、多少は···」
「そう···」
思わずほっとしてしまう。
(って、なんで私こいつの心配してるのよおおおおお!)
「!?」
突然自分の頬を抓り出した曙に困惑するばかりだった。
────────────
「しれいかーん!」
どこからか、呼ばれた気がした。
「ん···?」
「多分、外からよ」
買ったはいいものの、溜まってしまっていた小説を一冊ずつ読んでいる時、曙はそう言った。
彼女も意外と読むそうで、気が合ったのは幸運だった。
ちなみに、彼女の読む作品は恋愛小説である。
「なるほど···おお」
「···どうしたの?」
横から曙が顔を出して、同じように目を開かせた。
一面の銀世界に、巨大な雪だるまが鎮座している。
流石艦娘だけあって、そのスケールがすごい。
「凄いな!4人で作ったのか?」
出来るだけ大きく叫ぶと、当の第六駆逐隊は元気よく叫んだ。
「ええ!(なのです)」
雷と電は嬉しそうに、暁と響は誇らしそうに、それぞれがこの冬を満喫しているようだ。
「···」
「···曙?」
「にゃっ!?」
何故かしらそわそわしている彼女の様子に、一つ思い当たる。
「···俺達も行くか?手を使うのはアレだが、軽く遊ぶことはできるぞ」
「!···い、行ってあげてもいいけど」
「ふふ」
そんな曙らしい返答に、思わず苦笑する。
「な、なんで笑ってるのよ!」
「何でもないよ···ふふっ」
「こらー!」
────────────
「···くしゅん!」
「大丈夫か、少し遊び疲れたな」
「···だ、大丈夫よ」
結局、あの後第七駆逐隊や長門を呼んで雪遊びをしたのだった。
長門は普段の恰好そのままで、風邪をひかないか心配であったが、それを除けば、なかなかに楽しい時間だったと思う。
「そ、それより」
「ん?」
ふいに、袖を引かれる感触がして、彼女の方へ振り向く。
「折角の休日だったのに···遊んじゃって、大丈夫だった、の」
その様子はなんとも不安げで、何かを期待しているようにも見えた。
「···大丈夫さ、俺は楽しかったよ」
「···ん」
そんな表情をする彼女の頭を撫でる。
(···珍しいな)
いつもは勝気な曙の、意外な表情。
そこに微かな不安を感じたが、手を動かしているうちに満足そうな笑みを浮かべているのに気付き、安心した。
(えへへ···」
「···声に出てるぞ」
「ふぁっ!?ちちち、違うのよ!」
手を払い除けると、曙は顔を真っ赤に、抗議の視線をその目に宿していた。
「お、おう」
「あ···」
きょとんとした彼の表情を誤解する曙。
「い、いや、そうじゃなくて···」
海上の冷静な彼女の姿とはかけ離れたそれを、どう表現したものか、彼は悩んでいた。
「···?」
「だ、だから···!」
『今日は甘えてもいい』
その声が甘く、胸中に響き渡る。
(そうよ···今日、今日だけは)
「も、もう少し、あたま、なでて···ほしい」
顔を伏せ、真っ赤になった両耳で、さすがの提督もある程度察しがついた。
「ああ」
背中に片腕を回し、ゆっくり叩いてやる。
「これでいいか?」
「···うん」
耳まで真っ赤になっているのは、果たして雪遊びをしたせいなのだろうか。
───────第七駆逐隊寮室前
あの後、夕食をとった。
洋食によだれを垂らしかけながら『わ、和食に決まってるでしょ!?』と和食を食べる長門たちを見て言う曙に苦笑して、自分の分を洋食にし、エビフライをあげた時の嬉しそうな顔が忘れられない。
その後、周囲の視線にはっとなって顔を真っ赤にしたことも。
秋雲が後ろで何かとスケッチしていたのは、気のせいだろうか。
また、風呂でも一悶着あったのだが、割愛する。
「それじゃ、しっかり寝ろよ」
今日はなかなか動いただろうから、彼女も疲れているのだろうと思う。
休暇を終え、その反動で風邪を引いてしまわないか不安にはなるが、その辺りは曙のことだから、しっかりと考えているのだろう。
「言われなくても···分かってるわよ」
さっきとは程遠い、刺々しい物言いに戻っているものの、元気を取り戻したようで少し嬉しい。
「おう。それじゃ」
「···ええ」
「···」
そんな様子を察したのか、それは分からないが。
曙の頭を撫で、視線を合わせて彼は言った。
「あ、あーやっぱり右手痛いな」
「···っ」
「···明日も来てもらって、いいか?」
「…っ! し、仕方ないわね!明日も行ってあげるわ!」
真っ赤に頬を染め、彼女は微笑むのであった。
舞鶴は特に住んでいてという訳ではないのですが、やっぱり冬の景色に思い入れが強い場所です。
雪まみれになった少年時代の写真が残っております…。
海外艦、もし追加するなら初登場は
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ドイツ艦
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イタリア艦
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ロシア艦
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アメリカ艦
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イギリス艦