舞鶴第一鎮守府の日常 作:瀬田
皆さん、初期艦は誰にしましたか?
こんな話を書いておいて、私は漣なんですが…
「す、すみません···」
医務室のベッドの上で、間宮は申し訳なさそうに俯いた。
「大丈夫だ。寧ろ働き詰めにさせてしまったようだ。申し訳ない」
「い、いえ!そんなことは···!」
そして、慌てて両手を振り、否定する。
熱を出してしまったのには、実は疲労からではなく理由があって。
(提督に美味しいって言われるのが嬉しくて、夜中まで料理の研究してたなんて言えません···)
心の奥で後ろめたい気持ちを抱えながら、笑顔を繕うと、提督は悩ましげな表情を見せる。
「しかし···困ったな。今日は鳳翔も遠征だし···伊良湖も非番だしなあ」
「も、申し訳ありません···」
「ん?ああ。ごめんごめん!嫌味じゃないんだ!」
傍の吹雪が間宮の瀕死の表情に、苦笑する。
「ま、まあまあ。日頃の疲れを癒す意味でも、間宮さんにはゆっくり休んでもらいましょうよ!」
「そ、そうだな。とにかく、時雨と神通を看病に充てるから、何かあったら二人に頼んでくれ。」
吹雪に彼女らへの連絡を頼み、部屋を出る。
「それじゃあな。しっかり栄養とって、たくさん寝るんだぞ」
「は、はい」
振り向きざまに見た彼女の顔が紅潮していたのは、熱のせいなのだろうか。
不思議そうな表情をした提督を、秘書艦はやれやれという顔で見つめていた。
────鎮守府廊下
「でも、本当にどうするんですか?」
間宮の看病に関する連絡を済ませ、戻ってきた吹雪が言う。
鎮守府の料理番の不在は、艦娘たちのコンディションに大きく影響することもあってか、吹雪は思わず提督に尋ねていた。
「そうだな···」
ふと彼女を見て、提督は少し昔のことを思い出す。
「なあ、吹雪」
「なんですか?」
「最初は鳳翔と交代制だっただろ?それを思い出したんだよ」
この鎮守府へ着任して間もない頃、彼は初期艦に吹雪を選んだ。
「あぁ···そうでしたね···」
人手の足りない当初の鎮守府では、三食を作るための人員も当然のように存在しなかった。
つまり、提督やその秘書艦も駆り出されたという訳である。
(あの頃はまだ、司令官と一緒だったのになぁ···)
どうしてもっと、自らの恋心に早く気づかなかったのだろう。
過去の自分に後悔を残す。
「···吹雪?」
遠い目をした吹雪を不審がるが、今は深く考えている場合ではない。
「とりあえず、今日は一緒に作らないか?」
「···へ?」
声のトーンが跳ね上がる吹雪。
「あ、もしかして何か用事でもあるか?」
それだったらそれを優先してくれ、と付け加える彼の言動に、秘書艦はあっけにとられていた。
「い、いえいえ!作りましょう!ご飯」
「無理するなよ?これは命令じゃなくて···」
「大丈夫ですよ!ほらほら!」
目の前の背中を押すようにして進む足取りは軽い。
(あの司令官からお誘いを受けるなんて···!)
初期艦の態度の変わりように戸惑いながらも、歩みを進める提督なのであった。
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彼にとって、初期艦とは駆逐艦 吹雪の事を指す。
着任直前に鳳翔という艦との邂逅を果たしているとはいえ、基本的に執務の中心となっていたのは吹雪なのであった。
「ここに来るのも久しぶりだな」
もう今となっては懐かしい調理場。
前任の提督が全く手をつけていなかったことから、唯の倉庫と化していたそこは、着任して間もない提督の最初の仕事場となった。
『食事ができないと生活が楽しくないしな』
徐にそこを片付け始めた提督に、鳳翔は開いた口が塞がらなかったものだった。
「あの時の鳳翔さん、とても驚いてましたね」
くすっと笑って、吹雪は調理本の棚に目を向ける。その中の一冊を取って、ぱらぱらと捲った。
(···あ···)
少し色褪せていたその特集紙の、真ん中のページ。
「お、これは最初の日に作ったカレーのレシピじゃないか」
「···ええ」
アクセントや隠し味が記載されたページの内容が懐かしくて、吹雪は微笑む。
それなのに、心は僅かに悲しくて。
思い出すのは、着任初日の思い出。
四年前のその日、私は、駆逐艦 吹雪は、当時の舞鶴第一鎮守府へ着任しました。
確か春の終わり頃だったと思います。
(本当に、大丈夫かなあ)
練度も低く、駆逐艦の身では提督を支えられないのではないか。
心の底にはそんな思いが溜まっていて、私は不安でいっぱいでした。
今思えば、艦艇時代の記憶が私をそんな風にさせていたのかも知れません──。
「歓迎するよ。お互い新米ということだし、鳳翔の力も借りながら一緒にここを盛り上げていこう」
だけれど、その笑顔を見て、その大きな両手を握って、私は頑張ろうと思えました。
確かな気持ちが、伝わってきたから。
「よし、とりあえず今やることは一つだ」
提督が発したその言葉に、鼓動は高鳴ります。
出撃。
艦娘の本領、深海棲艦との戦闘です。常に死と隣り合わせの状況に、私は初めて赴くのです。
──────が···。
「厨房を掃除しよう、食事が出来ない」
「···へ?」
思わず間の抜けた声が出てしまいました。
てっきり私は、深海棲艦との恐ろしい戦いを想像していたものだから、少し、いえかなり拍子抜けしてしまいました。
「て、提督···?」
正気なのですか、と問うような鳳翔さんの目。はっきり言って私も同じ目をしていたと思います。
「どうした?」
「そ、その···出撃は」
「ああ。今日はない。今日中に何人かの子を建造して、それからの攻略にしよう」
ぽかん、と。その表現がぴったりな表情を、私はしていたのでしょう。
海域の迅速な奪取こそが存在意義と言われ続けてきたわたしたちにとって、その言葉は驚きと疑問を与えます。
「し、しかし、そんな時間は私たちには」
「焦ってコトを仕損じるのは一番愚かなことだ。まずは資源と戦力の確保に尽きる。」
そう言って軍服を脱ぎ捨て、シャツの袖を捲って頭巾をつけるその動作が、あまりにも流麗というか、当時の私からすれば、ただ困惑するしかない光景だったことを、よく覚えています。
「それじゃあ、掃除の人員確保だ。建造しに行こう。鳳翔は、台所のガラクタを外に出しといて貰えるか。終わり次第休憩でいい」
「わ、分かりました···」
「よし。行くか、吹雪」
「は、はい!」
この人は、今までに士官学校で出会ってきた数少ない人間のうちの、どの人間とも違うのだということを理解するのに、そう時間は掛かりませんでした。
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「睦月です!はりきってまいりましょー!」
「響だよ。よろしく」
工廠で妖精さんを交えて雑談すること二十分ほど、ドッグでは二人の艦娘が着任しました。
「よし。睦月に響だな。鎮守府へようこそ」
「はい!」
「Да」
「早速で悪いんだが、この鎮守府は今日始動でな。まずは拠点整理をしようと思う。手伝ってくれるか?」
「もっちろん!睦月の実力、お見せするよぉ!」
「了解。じゃあ、その子は初期艦なのかい」
響ちゃんの視線を感じて、思わずビクッとします。
「ああ。吹雪だ。駆逐艦同士、仲良くしてやってくれ」
ポンと肩を叩かれ、それが挨拶の合図だということを悟って、自己
紹介をしました。
「あ、はいっ。初期艦の吹雪です。よろしくお願いしまひゅ」
「···」
実は私、結構な人見知りだったりします。
大人の人、それも教官や提督には、授業の要領で接することは出来るのですが···。
ともかく、緊張で噛んでしまい、流れる沈黙に顔を真っ赤にしていた私に、2人とも笑って手を差し出してくれました。
「ふふ、よろしく」
「うん!よろしくにゃし!」
この二人とは、今でもとっても仲良しです。
「よし、じゃあ二人は厨房にいる鳳翔に挨拶して、片付けの手伝い。その後は鎮守府の内部なら自由に回ってみて、各自の部屋を決めておいてくれ」
「はーい!」
駆けていく睦月ちゃんと響ちゃんを見送って(少し寂しく思ったのはここだけの話です)、提督は振り向いてこう言いました。
「それじゃ、夕食の材料を買いに行こう」
「はい!」
──────鎮守府から数キロ、大型スーパー
一階の食品売り場をくまなく回っていく提督。
カゴを私が持とうとしたら、なんのことはないといった風に断られました。そんなにか弱そうに見えますかね。
「艦娘は資源補給とは別に食事も必要なんだよな?」
「ええ。まあ最低限補給があれば済みますけど」
「それじゃあ味気ないよな。まあ、俺からしたら艦娘も人間も違いがなさそうに感じるし、そこは一緒だよな」
細かいことは気にしない提督。やっぱり、他の軍人さんとはどこか違って見えました。
「吹雪は晩飯、何がいい?」
「え、えっとお…」
実のところ、艦娘として、初期艦としての基礎知識や体術を学ぶ中で、料理や芸術に触れる機会がなく、そこが、私に『人間』と『艦娘』が違う生きものなのだと、ひどく痛感させる原因の一つだったのです。
とにかく、当時そんな状況にあった私に、料理に知識も何もあったものではありませんでした。
「わ、私あまり料理が分からなくて…」
おどおどしている私に、提督は少し哀しそうに微笑んでいたのを、今でも覚えています。
「…そうか。じゃあ、今日は俺が作る。やり方を覚えて、また今度作ってくれるか」
ポン、と手を私の頭の上において、彼は言いました。
「は、はい」
「よし。じゃあ材料を買って帰ろう。他の子も待ってることだし」
私の手を引いて、提督はまたスーパーを進んで行きます。
その背中が、私にはとても眩しく映りました。
あの時は少なくとも、今私が思う以上に、彼に対する憧憬に近い思いだけが、強く残っていたのです。
「提督、これは…?」
掃除を終えた鳳翔さんが、何か手伝うことがないかと、掃除された元食堂を尋ねました。
鳳翔さんは並べられたこのお味噌汁、サラダ、それにメインのカレー(具材は私が切って、見事ゴロゴロカレーになってしまいましたが)に愕然としていました。
「ああ。今日の夕食だ。料理を口にしたことのない艦娘たちでも食べやすいように、薄味にしてある」
おそるおそるそれを口にした鳳翔さんの目から、涙が一筋、流れ落ちました。
「え…!」
何も言えずに立ち尽くす私を置いて、提督が彼女に歩み寄っていました。
「大丈夫だ。もうここには、以前のようなことを起こさせない」
「…っ!」
泣き崩れた鳳翔さんの背をさすり、提督は私に言いました。
「少し時間を置いて、響と睦月を呼んできてくれ。三人の部屋は二階に上がってすぐのところに用意してある」
「は、はい!」
ほとんど顔を合わせなくても、鳳翔さんが優しく、そして強い方であることは知っていました。
それだけに、食堂を出て、駆け上がる階段で感じた彼女の涙へ衝撃を受け、艦娘として生きていくことが、どれだけ重みのあることなのかが、新米の私にも薄く理解出来ました。
その後の出来事は、もうあまり覚えていませんが、夕食でのみんなの笑顔を見て、私の心の中に芽生えたのは、どうやら艦娘としてのちっぽけな責任感というか、使命感だったようです。
いずれにしても、司令官の艦娘に対する目線は、どんな人間とも違っていたようです。
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「思えば、吹雪も料理が上手くなったよなあ」
しみじみとした表情で、提督は言った。
「ふふ、何ですか、それ」
苦笑する吹雪。料理歴は相当長く、長女として、また駆逐艦や海防艦の中のリーダーとして、提督から受け継いだ戦闘スタイル、作戦立案とともに、料理を教えるほどにもなっている。
「…本当に、吹雪はよくやってくれてるよ」
「何ですか?急に」
照れからか、笑いつつも不思議そうな表情をする吹雪に、重ねて提督は言う。
「一番過ごしてきた時間が長いこともあるかもしれないが、吹雪はどの艦娘よりも努力家だ」
「と、突然ですね。でも、ありがとうございます」
思わず、高鳴る心臓。
「いやな。本当のことを言ったまでなんだが」
吹雪が切った具材を鍋に放り込む。
「これからも頼むよ。大変なこともあるだろうけど、吹雪となら乗り越えていける気がする」
「へっ!?」
至近弾に仰天し、思わずボウルを落とす。
「おお、大丈夫か」
幸い中身は入っておらず、大事故には至らなかった。
「ななななにを…!?」
後ずさりに後ずさりを重ねて、吹雪はしどろもどろに反応した。
「?」
「…はぁ」
しかし、至って平常通りの提督を見て、そこに(期待した)他意はないのだと気付かされる。
(全く、この人は…!)
ぷるぷると俯いて震える吹雪を、提督は不思議がっていたが、気のせいと思い元の作業に戻ったようだ。
「て、提督」
「ん?」
吹雪は、俯いたまま彼の服の裾を掴んだ。
「どうした」
「…」
やがて、彼女は意を決したように、こう言うのであった。
「私、もっと頑張りますから…これからも、見ていてくれますか?」
その言葉に目を見開いた提督は小さく応える。
「おう」
顔を上げた吹雪と提督は、何も言わないまま、ただ微笑み合ったのだった。
吹雪ちゃん、可愛いですよね。真面目なところが非常に(犯罪者の眼
世界観、提督や鎮守府の追加知識についてはお話の中で補填していくつもりです。
しばらくは更新頻度高めで行けると思うので、何卒よろしくお願い致します…
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