舞鶴第一鎮守府の日常   作:瀬田

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遅れて申し訳ありません…。
記念掲載シリーズ最終回です。


第二十六話 鎮守府旅行編 #5

舞鶴第一鎮守府の慰安旅行、二日目。

翌日は昼のうちに舞鶴に戻るため、一日中この古都を楽しめるのは今日だけとなる。

ただでさえ多忙を極める鎮守府が、三日間も稼働を停止できるのは、ひとえにその戦果報酬が重大なものであるからだ。

提督はそのことについて、皆のお陰だと言って多くを語らなかったが、艦娘たちには、おおよそそれが提督一個人の努力に起因するものなのだろう、と思うと同時に、彼を誇りに思う者が少なくないのであった。

 

「さて、着いたな」

「はい。なかなか歩きましたね」

 

鴨川の岸辺から通りを抜けて祇園をゆっくりと楽しみ、歩くこと一時間ほど。

距離は結構あったのだが、談笑しているうちに到着してしまった、というのが本音である。

提督は、隣を歩く艦娘───鳳翔を見やった。

 

「俺はそれほど疲れなかったが、鳳翔は大丈夫か。慣れなかっただろう。長時間歩くのは」

「いえ。平気ですよ」

 

少し胸を張って答える鳳翔に苦笑する。

その様子がなんとなく彼女らしくないように思うが、それだけ楽しんでくれているということだろうか。

 

「よし、それじゃあもう少し行くか。この坂を越えたら見えてくるぞ」

「はい。楽しみです」

 

秋晴れの祇園の空。

二人は、舞い落ちる紅葉に導かれて、足並みを揃えて清水寺へ進んでいく。

 

 

 

 

しばらく坂を上っていると、店がちらほらと見受けられるようになってきた。

 

「鳳翔、この辺りから土産屋があるから、買いたいものがあれば俺に言ってくれよ」

「い、いえそんな…自分で買えますし、私だけ買って頂くわけにも」

「いいさ。いつも艦隊のために夜遅くまで頑張って貰っているんだ。こんな時くらい贅沢したっていい。皆も納得してくれるだろう」

「そ、そうでしょうか…それなら、お言葉に甘えて」

 

鳳翔は戸惑いがちに提督を見上げたが、労いの言葉を掛けると、嬉しそうにしていた(内心の喜びようといったらお察し)。

実のところ、鳳翔をこの清水寺を含むコースに誘ったのは、他ならぬ提督自身なのであった。

事の発端といえば、昨日の隊長妖精の言葉だろうか。

夕食のときにこっそりと鳳翔の元を訪ねた提督は、その旨を口ににして、鳳翔のテンションを無限の彼方へと飛ばしてしまったのだった。その理由は提督には伝わっていないようであったが…。

 

「ああ。というか、最近休めているか?新規加入艦も増えてきているから、店の方も忙しくなると大変だろう」

「大丈夫ですよ。この間も妙高さんと初風さんがいらっしゃって、手伝って頂きました。本当に助かりましたよ」

「それはまた不吉なメンバーだな…まあとにかくだ。負担が軽くなるようであれば、そういう当番も用意しよう」

「いえいえ。私も前線を退いた身ですし、こういう形で鎮守府に貢献させて頂けて嬉しいんですよ」

 

昨晩の秋月型姉妹の笑顔を思い出した。

彼女らと同じように鳳翔も、笑顔に嘘はないようだった。

 

「···そうか」

「ええ」

 

そんな提督の心境を、知ってか知らずか。

鳳翔は双眸でしっかりと彼を捉え、そして微笑んだ。

 

「お土産屋さん、いっぱいなのです!」

「本当ね。八つ橋に抹茶アイス、わらび餅にお団子もあるわ!行きましょ!」

「Да…食べ物ばっかりだな。それもお菓子」

「待ちなさーい!ちゃんとお小遣いの残りと相談よ!っていうか走り回るなぁ!」

 

ふと坂の下から聞こえてくる声に振り返ると、第六駆逐隊の三人が駆けてくる。

暁が一応止めようとしているようだが、三人とも足が速い。

平日の為、人は少ないといえ褒められたものではないので、彼女らを止めに入る。

 

「あらあら···」

「こらこら。皆。他の参拝客の方もいるんだから、あまり騒ぐなよ」

「あっ、司令官」

「は、はい!ごめんなさいなのです···」

「Извините」

「全く···だから言ったのに」

 

暁が腕を組んで三人の前に立って、頭を下げた。

 

「司令官、ごめんなさい。三人は私がちゃんと見ておくわ」

「ああ、頼むよ。だが、暁たちの班はもう二人···」

第六駆逐隊は、他の軽巡二人と班を構成していたことを覚えている。

その名前を思い出そうとしていると、また声が聞こえてきた。

 

「ま、待ちなさいよ···」

「み、皆さん速すぎ···」

 

息を切らして坂を上ってきたのは、長良型軽巡の五十鈴と阿武隈。

二人とも、この旅行では暁たちのリーダー役として班分けされていたのだ。

 

「おお、そうだ。阿武隈と五十鈴だったな。大丈夫か」

「て、提督」

「この子たちを見るって···元気よすぎて無理···」

 

肩で息をする長良型に、鳳翔が「まあまあ」と包みから持っていたタオルを取り出して汗を拭っていた。

 

「暁たちは止めておいたぞ。気をつけてな」

「ありがとうございます提督…」

「あ、あんたたちぃ…」

「ぴぇっ!?」

「だ、だから走るのはやめましょうって言ったじゃない!」

「今更逃げようとしても遅いよ、雷」

 

この後は五十鈴のお説教タイムが延々と続いていたが、阿武隈が「お二人はどうぞ、お先に…」と言って提督と鳳翔を先に行かせたのだった。

 

 

 

「元気いっぱいなのは良いことだがな」

「そうですね…日頃の神通さんの訓練も厳しいようですし、こういう日でないとはしゃげないのかも知れないです」

 

まるで娘たちを愛でるように、目を細める鳳翔。

艦隊の母と呼ばれ、尊敬される、確固たる所以を提督は感じ取っていたのであった。

 

(こんなこと、口が裂けても言えないが)

 

その昔、鎮守府を引き継いだばかりの頃に、うっかり「まるでお袋さんだな」と口を滑らせたことがある。

瞳を灰色にした鳳翔に、吹雪や響、睦月たちに白い目を向けられながら必死に弁解していた記憶が甦る。

 

「…すまん、鳳翔」

「…」

「…鳳翔?」

 

ふと口に出てしまって慌てたが、鳳翔の返事がない。

不思議になって彼女の方を窺うと、彼女の目線は、参拝路に続く坂の店並びの中の一店に注がれていた。

 

「はっ!?す、すみません提督、先に参りましょう」

 

我に返った鳳翔が先を急ごうとするが、提督はその手を取った。

 

「まあまあ。行こうぜ、折角だから。遠慮するな」

「ううぅ…すみません、こんな、はしたない真似」

「何言ってるんだ。今日は慰安旅行だ。それも俺に付き合ってもらってるんだからさ」

 

その店───団子銘菓の茶屋を指し示して進むと、鳳翔は恥ずかしさに頬を朱に染めて応じるのだった。

 

──────────────────

 

清水寺。

あまりにも有名すぎるこの寺は、778年、僧の賢心によって観世音菩薩の功徳を説かれた坂上田村麻呂によって建立された。

 

「ほおぉ…たっけえぇ…」

 

本堂の参拝を終えてみると、舞台に集まるまばらな参拝客の中から、聞きなれた声が聞こえた。

そちらを向くと、あちら側も提督たちに気付いたようで、手を振っている。

 

「お~い!提督、鳳翔さーん!」

「あっ、朝霜ちゃんに清霜ちゃんですね」

「行ってみようか」

 

二人が夕雲型姉妹の元へ向かっていく。

その所作に何か思うところがあったのか、清霜は神妙な顔つきをしていた。

 

「よう、清霜…ってどうしたんだ」

「なんか、清霜、こういうの本の中でしか知らないけど…」

「…?」

 

これに鳳翔も不思議そうな顔をしている。

 

「提督と鳳翔さん、“ふうふ”みたい!」

「…」

「なっ…こ、こら清霜ちゃん、提督に失礼でしょ!そ、その、夫婦、だなんて…」

 

明らかに口角が上がっている鳳翔だが、それに提督は気付いていないようだ。

 

「ははは。そう見えたのか?俺の方こそ申し訳ない、清霜にも悪気はないんだ」

「い、いえいえっ!」

 

そんなやり取りをする二人に、舞台から戻ってきた朝霜は薄目である。

 

(清霜も呼ぼうと思ったけど…なんだこの甘々空間)

 

提督と鳳翔はまた何か話を始めたようだが、そこにいつもの鳳翔の穏やかな笑みはない。

これぞ恋する乙女と言わずして何というのだろうか。

 

「ほれほれ。清霜、二人の逢瀬を邪魔すんなよな」

「あっ、朝霜ねえ、“おうせ”ってなに?」

「も、もうっ!朝霜ちゃんまで」

 

清霜を引っ張る朝霜は振り返って、提督をねめつけるように言った。

 

「提督…そろそろ気付いてやんねーとみんな収まりがつかねえぜ」

「どういうことだ?」

「あ、朝霜ちゃん!」

 

やれやれと首を横に振る朝霜と、何やら慌ただしく提督をちらちら窺う鳳翔(口角は上がりっぱなし)。

清霜は話をうまく飲み込めていないようで、その純粋な瞳を輝かせるばかりであった。

 

 

 

「この舞台、めちゃくちゃたっけーんだ」

「ああ。確か13メートルくらいだったと思うぞ」

「そ、そんなに!?ここから落ちたら痛そう…清霜、怖くなってきちゃった」

「『清水の舞台から飛び降りる』という言葉もあるくらいですしね」

 

舞台の下を覗いて怖がる清霜を抱き留めて、鳳翔が笑う。

朝霜も先程の提督の思考を同じくして、しかしながら言葉には出さないのであった。

 

「そうだ。清霜、提督に聞きたいことがあったの」

 

ふと、清霜が提督に駆け寄った。

 

「どうした?」

「この前のお正月にお参りに行った…えっとお…」

「靖国神社のことではないですか?新年参拝に行きますし」

「そう!そこは神社なんだよね?けどどうして、ここはお寺なの?お参りするのは一緒なのに」

「ばっかお前。そりゃ日本には神道と仏教があってだな…」

「だって、どっちもお参りするじゃん!金剛さんは、イギリスには、えーとぉ…“いえすさま”にしかお祈りしないって言ってたしっ」

「うぐ…」

 

たじろぐ朝霜に代わって、提督が言った。

 

「清霜は誰にお祈りするんだ?」

「えー…かみさま!」

「そうだな。金剛の故郷…外国だな。そこに神様は、一人しかいちゃいけなかったんだ」

「どうして?」

「神様は偉いだろ?誰が一番かで喧嘩したんだな」

「そうなんだ。日本は?」

「日本の神様は、仲がよかったというか…のんきだったんだな。誰が一番とか、あんまり考えなかったんだ」

「へー。なんか日本っぽいかも」

「うふふ…確かにそうかもしれませんね」

「げえ、そうなのか?」

 

流石の朝霜も、提督と鳳翔の口ぶりに驚いている。

 

「まあ、詳しくは勉強してみるといいんじゃないか?面白いぞ」

「そうですね。日本神話はあまり学校では習わないですし」

 

朝霜も清霜も、士官・艦娘学校の育成コースを経て舞鶴に着任している。

学校の授業形式や過程が分からないので何とも言えないが、普通には習わないだろう。

 

「うん!ついでにこのお寺のお勉強もするねっ!行こ?朝霜ねえ」

「うお、ひ、引っ張んなぁ!」

 

猛然と、本堂の紹介文を掲示する碑に夕雲型姉妹は走っていく。

そんな彼女らを微笑ましく見つめる提督と鳳翔なのであった。

 

 

 

「ん…あれは」

 

鳳翔と更に奥へと散策をしていると、水の流れ落ちる音が聞こえてくる。

 

「なんだか少し涼しいですね」

「この辺りだと…音羽の滝だな」

「音羽の滝…ですか」

「ああ。三種類の流れのうち、一つの水を飲むことで、それに応じた願いが叶うと言われているんだ」

 

そんな話をしながら歩いていると、見えてくる行列。

そこで両人は、再び見知った顔を大量に見つける。

 

「…あの行列…真ん中ですか?」

「そうだな…ってか、あれほとんどウチの…」

 

何のことはない、真ん中の行列は、恋愛成就を祈願する舞鶴第一鎮守府の艦娘ばかりなのであった。

提督は苦笑すると同時に、年頃の娘を持つ父親のような感情に囚われている。

 

(確認したけど、やっぱりあれ恋愛成就だよな…。よく見たら皐月とか駆逐艦もいるし…。好きな子が出来たのか!?)

 

頭を抱えた提督をよそに、鳳翔は胸を高鳴らせる。

 

「…提督、私、行ってきますね」

「ぐおおお…あ、ああ。おう、ちなみに、どこの滝にするんだ?」

 

一抹の寂しさに翻弄される提督は、鳳翔の選ぶ滝が気になって仕方がない。

惜しむらくは、それが恋愛感情に基づいたものでないことだろうか。

ともかく、提督は鳳翔の表情を見逃さなかった。

 

「わ、私は…その…え、縁結びの、方に…」

「」

 

普段あれだけ艦隊の母として、艦娘を支える鳳翔も、やはりこうした一面がある。

それを(対象から自分を外して)認識しただけ進歩であろうか、提督は抜け殻のまま延命長寿の水を飲むのであった。

ちなみに、列に並んだ鳳翔が金剛や大和、蒼龍に質問攻めを食らって怯えるのはもはや予測できることだった。

 

────────────────────────

 

二人は再び祇園方面に戻り、八坂の塔を参拝して、懐石料理店で昼食を済ませた。

鳳翔が居酒屋の新メニューにインスピレーションを得たのか、若干はしゃいでいるのが提督には嬉しかったようだ。

祇園四条駅から鴨川を下る形で四半刻、着いたのは、鳳翔が来ることを熱望したとある神社。

 

「今日は結構歩くな。清水寺もそうだけど、ここも峰の中だからか、坂が急だ」

「ええ。もし提督が歩けなくなっても、私がおぶって帰りましょう」

「それはありがたい話だが何とも情けないな」

 

顔色一つ変えないでこの強行軍じみた道のりを進む鳳翔。

まさに母は強し、という言葉が浮かんだがぐっと飲み込む。

 

「提督もお仕事でいつもお疲れでしょうし、もし体調を崩されたようであればおっしゃって下さいね」

「ありがとう。まだまだ若いはずだから、多分大丈夫さ」

 

清水寺とは違って、提督を鳳翔が導く形になる。

提督の心境の変化が、彼女にも伝わったのであろうか。

 

「っと、話していればもう御劔社だな。一の峰はすぐそこだ」

「ええ…あら?」

 

行軍の先で、既に誰かが頂へ近づいているようであった。

僅かに映ったその影に、見覚えがある。

 

「恐らく艦娘の誰かだな」

「やっぱり有名ですし、どなたかはいらっしゃるようですね」

 

少し急ぎ目に、その影に追いついてみれば、そこには間宮、伊良湖と大淀、そして大淀に背負われる明石の姿が。

 

「おーい」

「あら?提督に鳳翔さん。こんにちは」

 

振り返った間宮達に、二人が追い付く。

 

「こんにちは。いらしてたんですね」

「おう。明石は大丈夫なのか」

「提督、聞いてください。明石ったらもう歩けないって言って…。間宮さんたちも歩いているのに」

「だってぇ…いつも工廠にいるからこんなに歩かないし…そもそも間宮さんも伊良湖ちゃんも体力凄すぎないですか!?」

 

大淀の背から降ろされた明石は、駄々をこねる子供のようであった。

 

「まあ、それを言うなら夕張ちゃんだってきっちり対潜任務もこなしていますし…最近増設されたトレーニングルームも、予定を入れたら長門さんや武蔵さんがご指導して頂けるようになったので、私たち非戦闘艦も使いやすくなったんです」

 

うぐっ、と伊良湖の鋭い指摘が明石に刺さって、呻く。

 

「そうね。泊地移動の時にも何があるか分からないし…それに、きっちり体形管理も出来るわ」

「うごッ」

 

最後の矢が最も明石に深く刺さったらしい。

大淀はすかさず追及しはじめる。

 

「あなたも、二人を見習いなさい!それに最近太ったって泣いてたじゃない」

「あああああ!そ、それを言うなぁ!」

 

どう反応していいのか分からず、提督は苦笑する。

明石はそんな提督の表情を見て、涙ながらに帰った後のトレーニングを決断するのだった。

 

 

その後、一の峰へと到着した一行は、それぞれに祈りを捧げた。

どうやら、間宮や伊良湖、鳳翔がここを訪れたのは、祭神稲荷大神、つまり五穀豊穣を司る宇迦之御魂神の元にお参りをしようと考えていたかららしい。

料理人として、食材を与えられ、それを食卓に届ける立場として、一度は訪れたいと考えていたようだ。

新嘗祭には早すぎたが、多忙の身としては来ることができただけでも上等だろう。

因みに、明石は店の商売繁盛、大淀は再来月に迫る戦闘指揮艦の採用試験の合格、つまり学業成就を祈願したようだ。

提督はそんな艦娘たちの活躍を期待しながら、そしてその成功を祈るばかりなのであった。

 

「んっ!?…重い!?」

「そうかしら。私は軽かったわ」

「試験は受かりそうだな」

「これまで熊野さんに教わりながら勉強してきたので、自信はあります。後は、最後まで駆け抜けるだけです」

「頑張ってくださいね!」

「あれ?私の商売繁盛は?」

 

一の峰を下った先、おもかる石のある奥社で小休憩。

自分が思ったより石が軽ければ願いは叶い、逆に重ければなかなか叶わないという。

各々は思い思いに石を持ち上げては一喜一憂しているようである。

間宮や鳳翔が提督を見ては溜息をつく。どうやら重かったらしい。

その様子に苦笑していた伊良湖がふと腕時計を見て、慌て出した。

 

「あっ、もうこんな時間です間宮さん」

「本当!電車に乗り遅れてしまうわ」

 

談笑している時間は意外と長かったようで、まだ次の目的地を残していた四人は、北側の順路を通って走り出した。

 

「提督、鳳翔さん、お先に失礼いたしますね」

「おう。気を付けてな。多少は遅れても大丈夫だから、慌てるなよ」

「ええ、ありがとうございます…あっ、そういえば、お二人はもう鳥居の方へ行かれましたか?」

「そう言えば、まだ通っていませんね」

「この時間帯、夕日でとっても綺麗なんですよ」

「ええ。私たちも行きに通りましたけど、壮大でした」

「そんなにか。鳳翔、行ってみようか」

「ええ。こっちですね」

 

間宮達を見送った後、提督たちは千本鳥居の方へ足を向けるのであった。

 

────────────────────────

 

「わあ…」

 

声にならない声を上げる鳳翔。

それもその筈、山中の隅々を照らす夕日が、数えきれない鳥居に反射して、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

その中を通る鳳翔の姿は、まるで夢の中のことのように儚げで、美しさを感じさせた。

 

「これは見事な。来て正解だった」

 

そんな彼女を見て、提督は目を細める。

舞い落ちる紅葉に、日の光が透過していく。

 

しばらくの沈黙。

二人が口を閉ざしていたのは、互いを含んだこの社と自然との風景に、魅入られていたからなのかも知れない。

 

「…提督、今日はありがとうございます」

 

ふと、鳳翔がそう零した。

 

「俺の方こそ。わざわざ付き合ってもらって」

 

提督はそう答える。

夕日から目を逸らして、両者の目線は重なった。

 

「一つ気になっていたのですが…お聞きしてもよろしいでしょうか」

「ああ」

 

両手の指を、突き合わせる鳳翔。

そこには若干の躊躇いが見て取れたが、やがて、意を決したように向き直って言う。

 

「今日は、どうして私を誘ってくださったのですか?」

 

僅かな期待が、鳳翔の胸中にはあった。

それが、彼の人格からすれば、あり得ないことであっても。

 

(分かっています…提督は、誰かを贔屓したりはしません。この鎮守府の艦娘たちを、誰よりも深く、平等に、愛しておられます)

 

それでも、昨日の夜に彼が自分の元を訪ねて来てくれたことが嬉しかった。

自分のことを選んでくれて、“特別”に想ってくれているような気がして。

 

清水寺で、音羽の滝で、本当はここでももしかしたら、心のどこかで願っていたのかもしれない───

 

鳳翔の瞳を見つめ、提督は伏し目がちに答える。

 

「ああ。もちろん、鳳翔への日頃の感謝の意味も込めて、だ。誰よりも早く起きて、誰よりも遅く寝る。その日のうちに、鳳翔がどれだけの艦娘たちを支えてくれているか、想像できないほどだ。俺は君のそういう───当たり前のように、人の心を支えられることが、どれだけ重要で、そして大変なことかを誰よりも理解しているつもりだから」

 

鳳翔は、目を薄める。

この人は、きっと誰よりも優しいのだ。

 

照らす夕日の光の筋が、ふっと細くなっていく。

 

「…俺は、そういう風に()()()()()()()()

 

その言葉が、一瞬のうちに鳳翔の心を穿っていった。

 

「…?」

 

その言葉が、心臓に確かな拍動をもたらした。

浮足立つような期待感と、そして高揚感とが、身を包む。

そう感じてはいけないと、戒めていたはずなのに。

 

「昨日、妖精さんと話したよ。俺は、どこかで艦娘たちに嫌われて、そして必要とされなくなることを恐れていた」

「…!」

 

提督の言葉は、告白に近かった。

今、彼の傍で聞くことが出来るのは、自分だけ。

否、聞けることが出来るのは、自分だけなのだ。

 

「だから一歩踏み出せなかった。君たちを知りすぎることが、俺を知られすぎることが、そこへ繋がると思っていたから」

 

風が出てきた。木々の枝葉を揺らし、音を立てる。

流れる髪も、もう気にならなかった。

 

「けど、そうじゃなかった。妖精さんも、艦娘も、お互いにそんな悩みを持っても、俺に近づこうとしてくれていたんだ。本当に大切なことは、自分の悪いところも、相手の悪いところも、一度は受け入れて、そして気付かせてあげることだった」

 

提督は、俯いていた目線を上げる。

再び光に照らし出されたお互いの姿へ向けた瞳を、二人は決して逸らさなかった。

 

「一方通行じゃダメだってことを、皆が気付かせてくれた。だから俺は、近づこうって決めた」

「…提督」

 

提督の瞳が、今までの彼のものとは違うことに、鳳翔は気付いた。

それは、最古参として彼とともに歩み続けた彼女しか気付き得ないことだった。

 

「まずは、鳳翔に、この思いを伝えたかったんだ。他でもない、ずっと一緒にこの鎮守府を支えて来てくれた、鳳翔に」

「提督…!」

 

微笑んだ提督に、鳳翔もまた、頷いて笑みを返す。

近づいて手を取って、鳳翔が彼を見上げる。

 

「ありがとうございます。私、本当に嬉しいです」

「そうか…よかった」

 

安堵の表情を浮かべる提督を、鳳翔は不思議そうに見つめた。

 

「どうしてですか?」

「これは俺自身の問題だから…。こんなことを言っても迷惑かと考えたんだが。やっぱり、誰かには宣言というか、伝えておきたかったんだ」

「…そうですか。それでも、私におっしゃって下さったことは、本当に嬉しいんですよ」

 

彼が自分を選んだ理由が、たとえ望むものではなかったとしても。

確かな信頼と絆がここにある。

鳳翔には、それだけで十分のように感じられた。

 

「…もちろん、夢は夢のままでは終わりません♪」

「ん?何か言ったか?」

「い、いえっ、何でもないですよっ?さあ、そろそろ門限も近いですし、戻りましょう!」

「お、おう」

 

急ぐふりをして、提督の手を引く鳳翔。

今、彼女の胸中には、確かな思いが芽生えつつあるだった。

 

木々の隙間から、そして鳥居の間から漏れる光は、駆け行く二人の影を伸ばしていた。

 

 

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