舞鶴第一鎮守府の日常   作:瀬田

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タイトルと話数でお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、「鎮守府旅行編 #最終話」の校正中、とんでもないミスをしでかしていたことに気付き、急遽再構成中ですので、投稿を延期し、定期更新の日曜日分を先に投稿させて頂きました。

楽しみにしてくださっていた方がいらっしゃれば、大変申し訳ございません。

また、このお話は次話投稿後に差し替えます。


第二十七話 幸せのレシピ

(腹が痛いッ!)

 

鎮守府一階南のトイレの中、提督の頭にはその言葉しか浮かんでいなかった。

 

(ど、どうしてこうなった···)

 

というより、それしか考えられなかったと言っても良い。

腸内で暴れる暗黒物質。

それは紛れもなく、昼に比叡が作ったカレーであろう──────苦笑(?)しつつも彼はその経緯を思い出していた。

 

────────────────────────

 

「正午12時をアナウンスするデース!ランチの時間デース!」

「ん、もうそんな時間か」

 

少し伸びをして窓の外を窺うと、演習を終えた艦娘が戻ってくる姿があった。

 

「Lunchにしますカー?」

「そうだな、今日は早めに。金剛もどうだ?」

「もっちろんネー!頂きマー···」

「司令!」

「ス···」

 

勢いよく、執務室の扉を開ける音がした。

執務室へやってきたのは、異臭を放つ鍋を持った比叡だったというわけだ。

 

「おう、お疲れ比叡。···それは?」

「カレーです!作ったので食べて下さい!」

「おお。そりゃありがたいよ。丁度今から昼食にしようと···」

 

近づいていくうちに気付く。

 

「思って···」

 

鍋の中身は、カレー本来の色を失いかけている。

この鍋は──────

 

「たん···」

 

(少なくとも、カレーではない)

 

「だぁ···」

「それは良かったです。じゃあ用意しますね!お姉さまの分も!」

 

眩しい笑顔とともに、比叡は自室へ盛り付け皿を取りに駆けていった。

 

「···テイトク、どうするデス?」

「···金剛は、比叡の料理を食べたことがあるか?」

「Yes···し、シカシ思い出すだけでも···うップ」

「おう···大丈夫か···」

 

背中をさするとダ、ダイジョブと返す英国かぶれ。

そんな彼女の妹の料理は、果たしてどんな味がするのだろう。

 

「て、テイトク···!今からでも遅くありまセン!比叡が来ないうちに早く···」

「お姉様、提督!持ってきましたよー!」

 

逃亡計画も虚しく、嬉々とした表情で、彼女は食器を片手にやって来たのだった。

 

 

 

「さあさあ!冷めないうちにどうぞ!」

 

にっこり笑顔の比叡は、自信作を提督と姉に勧める。

 

「そ、ソウネー、提督、頂きマショー···ハハハ」

 

(心なしか、さっきよりも若干ルーが青くなってるような気がシマス···これを食べたラ…いやしかしっ、愛するsisterの好意を無駄にするわけにはッ!)

 

心では姉としての務めを果たそうとし、しかし同時に本能的に五感が忌避してぶつかってせめぎ合う金剛の胸中。

そんな彼女の苦悩を察したのかどうなのか、提督は決意して匙を手に取る。

 

「おう···それじゃあ、···頂きます」

「Oh!テートク!?」

 

勇敢にも、彼は率先して紫色のそれを口に含んだ。

 

「どうですか?」

 

比叡は味を尋ねる。わくわくとした期待に満ち溢れているのが、誰からでも見て取れた。

 

「お、おう。う、旨いぞ···オフッ」

 

しかし、その反応が悪いのも、もはや表情に隠しきれないのも、誰でも分かることだった。

 

「そうですか!?良かったです。今回のは自信作でして!」

 

しかしこの金剛型二番艦、そういった所には全く以て鈍感である。

まるでその笑顔が凶器の刃先のように輝いて、次々と例のそれを皿に盛っていく。

 

(ヒエエエェ!)

 

その光景を間近で見ていた姉の顔は瞬時に青ざめる。

 

「お姉様もおかわりはいっぱいありますからね!」

「ハ、ハイッ!」

「?」

 

まるでこの場から去ることを許さないような、そんな鋭いものを感じた金剛は、観念したのかしていないのか、震える手でスプーンを持ち、それを掬い、含もうとする────

 

「そ、そうだ金剛」

「は、ハヒッ」

 

その寸前、提督に呼び止められる。

 

「さっき持ってきてって頼んだ書類だが、やっぱり今頼んでもいいか?」

「え···?」

 

今、金剛は彼の輝く笑顔を見て、全てを理解していた。

 

(あとは任せろ、金剛)

(て、テイトク···)

 

親指を立てて微笑んだ提督の姿を連想した金剛は、席を立つ。

 

「っ、ハイ!」

「あ、お姉さま?カレーは···」

「まだ欲しいな。おかわりいいか?」

「あ、はいっ!えへへ、美味しいですか?」

 

(テイトクのこと···ワタシは絶対、忘れまセン···!)

 

後に執務室の前で虚空に見事な敬礼をする金剛が見られたのは、別の話だ。

 

────────────────────────

 

「たべ···おわった···グフッ」

 

右手の匙を静かに置いて顔を上げた彼の視線は、どこを捉えるでもなく、宙を彷徨っていた。

 

「その、どうでしたか···?カレー···」

 

恥ずかしそうに指を重ねている比叡。

その可憐な様子とは似ても似つかない口内の味覚を何とか堪えながら、感想を口にする。

 

「ウプ···比叡はアレンジが好きなのか?」

「よく分かりましたね!そうなんですよ。隠し味に色々入ってます!」

 

(この酸味と甘味は···そういうことか)

 

次に、手元の水を流し込んで続ける。

 

「そうだな···そのアイデア性は素晴らしいと思うよ。だから、今度はシンプルにレシピ通り作ってみるのはどうだ?」

「シンプル···ですか?」

「ああ。比叡の腕なら、シンプルに作るのは簡単で張り合いがないって思うかも知れないけど、その分、普段より調味料の量とか、きっちりと作る余裕ができる」

 

最後に、これ以上犠牲者が出ないことを祈って、比叡の頭を撫でる。

 

「ありがとう。またよかったら作ってくれ」

「あ···」

 

突然に髪に触れたことに驚きつつも、次の瞬間には、彼女は──────比叡は、笑顔を取り戻していた。

 

 

────────────────────────

 

時は戻ってトイレの中。

 

「そういや、金剛は大丈夫だったのかな···」

 

ふと、彼女に意識を傾けると、丁度、洗面所の戸を叩く音。

 

『テイトクー!大丈夫ですカー!?』

 

その声に応えるように、(一瞬)静まった腹を抱えて扉を開く。

 

「お、おお金剛···」

「さっきはありがとうございまシタ···提督がアレを全部食べたって聞いテ···心配で心配で」

 

顔の青ざめた様子を見て、若干申し訳なくなりつつも、言葉を返す。

 

「まあ、腹の中のものを全部出したから···痛くなることはあってもトイレには行かなくて済むかな···」

 

流石に今日は休まなけばなるまい。

そう考えた矢先、激痛が走る。

 

「うっ···」

「だ、大丈夫デスカ!?」

 

いつもの彼ならケロッとして「大丈夫だよ」と返すのだが、今回はそうもいかない。

 

「ふっ···ぐぉ···ぅゥン、ダイジョブダ」

 

経験した者こそ分かるのかも知れないが、体内に痛みを起こす原因が吸収されてしまうと、(汚い話だが)排出されるのに時間が掛かり、それに伴って痛みも長くなるという訳だ。

 

「流石に食べすぎたネー···ゴメンナサイ、ワタシのせいデ···」

「き、キニスルナ···オゥッ」

 

暫し痛みに悶絶していたが、これ以上は金剛に責任を感じさせてしまうと思い、満身創痍でも立ち直る。

 

「···金剛だって、あいつの料理、食べたんだろ?」

「え?う、ウン···そうだけド」

「だったら尚更だ···金剛たちだけでアレを食べ切るのは···大変だろ。しかもあれだけ笑顔ときたら、なかなか···その、味を指摘することもできないだろうし」

 

ゆっくり足を進めながら金剛に語りかけた。

 

「そ、それデモ何も全部食べなくても···ワタシが」

「いやだって···鍋見た時の金剛の顔、真っ青だったし···」

「そ、それハ···」

 

口篭る金剛の頭を撫でて、続ける。

 

「比叡に正しく料理を教えてやるのが、姉としての、金剛の仕事だ。やってくれるか?」

 

少なくとも、料理に悶絶しながら無理して笑顔を繕うことではないだろう。

 

「テイトク···」

 

彼女の表情に僅かな笑顔が戻ったのが、彼にははっきりと分かった。

 

(出来れば、こんな姿は見せたくなかったけど···)

 

仕方ない、と考え直して自室に向かう。

 

「申し訳ないけど、大淀に今日は休むって連絡頼めるか?風邪かなんかだと取り繕っておいてくれ」

「モチロンネ···しっかり休んでネ!」

「お、おう···」

 

そうして、ふらふらと倒れ込んだ自室のベッド。

 

(···これで、良かったのかな)

 

痛みを堪えて思い出すのは、比叡と金剛の、それぞれの表情だった。

嘘をついた結果、比叡は笑ってくれた。それでも金剛は不安げな顔をしていた。

 

────これで良かったのか。

 

(そんなもの···笑顔が良いに決まってる)

 

思い直して浮かんだのは、しかし、金剛の表情だった。

 

(俺は···比叡を悲しませないように、金剛を···)

 

結局、自分は何をしていたのか。

 

(こんなの···ただのエゴじゃないか···)

 

金剛の見せてくれる好意を、まさか彼は知らない訳では無かった。

だからこそ、感じる責任と悲しみも重い。

 

「···うっ、ぐ···」

 

そんな中、繰り返し腹部を襲う痛みに、意識は途切れた。

 

 

 

「···はっ」

 

かなり眠っていたらしい。

やおら起き上がると、傍にいた艦娘と目が合う。

 

「Oh···提督、もう大丈夫ナノ?」

「こ、金剛か」

「勝手に入ってゴメンネ、でも提督、辛そうだったカラ···」

 

目を伏せて言う金剛に、罪悪感がこみ上げる。

 

「いや、大丈夫さ」

 

慌ててそう言うが、彼女の顔が晴れる訳でもない。

どう声を掛けようか迷っていると、金剛が切り出した。

 

「···提督は、優しすぎネー···」

「え···」

 

ふと顔を上げるとその両眼から溢れる涙が光っていた。

 

「ま、待て。ただのカレーの話で金剛が泣くことなんかない」

 

慌ててそう諭すが、金剛が泣き止むことは無かった。

啜り泣く声が、静まった部屋に響く。

 

「今日のことだけじゃない···いつも提督は私たちのため に大変な思いしてるのに···何もしてあげられない」

 

「提督は優しいから···いつだって笑ってくれてるから···私たちはそれに、甘えてるネ」

 

その言葉が、提督の心にどう響いたのかは分からない。

しかし彼は、思わず彼女を抱き締めていた。

 

「···優しいのは金剛の方さ。本当は比叡にだって責任を感じて欲しくないけど、姉だからといって金剛が謝ることなんてない」

 

肩を震わせる金剛の負う責任感。

それは提督自身が体験していない限り、その重さはどれほどのものなのか、知ることは出来ないのだろう。

 

(だけど···それを言い訳にしていいはずがない)

 

「でも···デモ!」

 

金剛が肩を掴むのと同時に、激痛が全身を覆う。

それを表情に出さないで、彼女の顔を右肩に押し付けるように抱き留め、優しく背中をさする。

 

「ありがとう金剛。心配してくれることがとても嬉しいよ···でも、もう大丈夫だから」

 

──────きっと、この気持ちは、悲しみ。

 

自分のせいで、大切な人が苦しんでいるのを見て、それを感じない者はいない。

それだけに、金剛がここまで自分のことを心配し、そして支えようとしてくれることが嬉しい。

そして、同時に悲しいのだ。

金剛が涙を溜め、自責の念に駆られていることが。

何よりも、結果的にそうさせてしまった自分の判断の誤ちに対して怒りが湧く。

 

「···うっ」

「テイトク···?」

 

突然の腹痛に、朦朧とする意識。

彼女の瞳から頬へ流れる涙を拭って、先程の体勢のまま、布団に倒れ込んだ。

 

「ふぇっ!?」

 

突然の行動に戸惑う金剛。

 

(な、ナニコレ···)

 

彼女としては日頃から期待していたというか、自分からそう持って行くつもりだったのだが、望んだ状況が、目の前にある。

そう、まるで夢のような。

 

かたや提督は、薄れる意識の中で、心にあるものをしっかりと金剛に伝える。

 

「俺は、この仕事を辞めたくない。この鎮守府から、みんなから離れたくない」

 

腰に回された腕は力強く、金剛はその密着具合に鼓動を高鳴らせた。

 

(ゆ、夢みたいデース···で、でも、恥ずかしい···!)

 

純情少女が展開に目を回しているが、彼はそのことに気付いていない。

 

「しょうもない意地だと思うかも知れないけど···どんな時でも、その思いだけは変わらなかった」

「···」

「だからお願いだよ···金剛」

 

顔を近づける。もう少しで触れてしまいそうになる距離。

真剣なその表情。間近で彼の顔を見るなんてことはあまりないものだから、金剛の頬は激しく紅潮した。

密着する身体の、引き締まった感触が、彼女に甘い痺れを与えていた。

 

「ひゃう···て、テイトク···」

「俺に、俺と一緒に···これからも···」

 

瞳の奥と心を射抜かれたように、金剛はふらふらと視線が定まらない。

 

「か、かんむりょうネ···」

「だ、大丈夫か?」

 

話より、そちら側の刺激が強かったのだろうか、湯気を立ち上らせ目を回す金剛を寝かせ、もう一つ布団を敷こうと立ち上がろうとする。

 

「···っ」

 

(まだ、痛みが···)

じんわりと広がる鈍痛に顔を歪め、布団に倒れ込んだ。

 

 

 

「···んぅ」

 

自分は一体何をしていたのか、良くわからない。

ただ、自分が好きである、その青年を置きっぱなしにして眠っていたことが、唯一の気掛かりだった。

 

「テイトク!」

 

そう短く叫んで起き上がろうとすると、その人は隣で眠っていた。

 

「···ん···」

「oh…あのまま眠ってしまったのでしたネ」

 

時計を見、それが数十分前のことだと気付いて、自分が眠っていたことを悟る。

 

(···テイトク)

 

それから、ゆっくりと彼の方へ向き直る。

穏やかな寝顔は痛みが引いてきた証拠なのだろうのか。

先刻の出来事が甦り、顔が赤くなるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

「···んしょ」

 

彼の頭部を膝に乗せ、その髪を撫でる。

 

「···」

 

ただ静かに、寝息を立てて眠る彼の表情から、一体何が察せるのであろうか。

金剛は、もう泣くことはなかった。

 

(この人は···強くて、それでも脆い人デス)

 

胸中に渦巻くものの正体を、彼女は理解することは出来ない。ただ、それが、目の前の男への愛に基づいているという事だけだ。

 

「···ねえ、テイトク」

 

愛しい。

この人が、ただ、愛しい。

けれど、その衝動に駆られて行動を起こすことを、自分は望まないし、望まれない。

この人に、中途半端な愛は、きっと似合わない。

 

「私、やっぱり···大好きデス」

 

そっと、その言葉を囁く。

本当は直接彼の反応を知りたかったが、中々勇気が要るものである。

心の中の自分と葛藤しつつ、そっと彼の頬を撫でるだけに留めておいた。

 

「···ぅ、こ、金剛···?」

 

目が覚めたのか、膝の上のその男性は、瞼を開いた。

 

「テイトク···お腹、ダイジョブですカ···?」

「ああ。大分良くなったよ。それより、ごめんな、気遣わせちゃって」

「いえいえ···よかったデス」

「そろそろ夕方だな···執務室も片付けないと···」

 

ゆっくり起き上がろうとする提督を制して言う。

 

「まだ危ないネ!」

「大丈夫さ」

 

そのまま起き上がった提督は、納得出来ていなさそうな顔の金剛に苦笑して付け加える。

 

「もしして欲しいことがあるとすれば、比叡の姉さんには料理を教えてやってほしいかな」

 

そんな魂胆の見え透いた彼の呟きに、金剛は少し、笑顔を見せるのだった。

 

「···分かりマシタ。デモ!ちょっとでも体調がbadだと思ったラ、すぐに安静にしてネ!」

 

そう言い放って彼の自室の扉を開けた。

 

「···You’re irreplaceable for us.」

 

声は小さく突然流れてきた英語に、少し戸惑うも、金剛の気持ちは伝わってきた。

 

「···ああ。俺もだよ。ありがとな」

「~っ!」

 

顔を真っ赤にした金剛は返事に慌てて出ていった。

 

「ふふっ」

 

その様子が面白くて、つい笑ってしまう。

 

「···さて、今日ばかりは早目に休もう···」

 

まだ書類は残っているが、今は体調を万全にすることが第一だ。

 

────────────────────────

 

それから数日。

 

「ホラっ!比叡、手が緩んでるヨー!」

「ひええ!?す、すいませーん!」

 

その後、金剛が比叡に料理を猛特訓させる謎の光景が見られた。

 

「もう遠慮はしませんヨー!」

「な、何のことですかー!?」

 

ハードな特訓に悲鳴をあげる比叡と、できた料理(の味)に絶叫する金剛とで、その日の調理場は鎮守府のミステリースポットと化したそうな。

 




早くもUAが10000を超えそうです。本当にありがとうございます。

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