舞鶴第一鎮守府の日常   作:瀬田

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UA10000ありがとうございます。
記念作品については、イベント開始頃に上げられればと思っております。

今回は霞さんのお話。


第二十八話 失敗を乗り越えて

───────舞鶴第一鎮守府母港

 

「おううううっ寒いいいいいいい!」

「ひえええええええああああ寒い! 」

 

数時間前の出撃から帰投した艦娘たちは凍えている。

 

「あっ、ちょっと二人共!報告は!?」

 

入渠ドッグへ駆け出した比叡と島風を咎めようと霞が声を荒げていた。

 

「大丈夫だ。それよりも霞、寒いだろ。これ着てくれ」

 

余分にと持ってきていたウインドブレーカーを羽織らせる。

 

「い、良いわよ別に···そんなやわな鍛え方してないわ」

 

霞は手を撥ね除けるが、見ているこちらが寒そうである。

 

「そうか···?」

 

何やら顔を赤くして走り去っていった霞を心配していると、背後から声が聞こえた。

 

「提督、申し訳ありません」

「ん···大淀」

 

旗艦補佐をしていた彼女は、同じ礼号組として霞と仲がよく、一緒に話している光景を頻繁に見る。

 

「霞ちゃんも今回の旗艦経験で色々思う所があったみたいで···比叡さんと島風ちゃん、何よりも旗艦の自分が中破したのを気にしているんでしょう」

 

大淀の言う通り、吹雪や響といった高練度の初期駆逐艦に次いで、今日は霞が艦隊旗艦を務めていた。

周りにも、何より自分に厳しい彼女のことだから、大淀の言う通り気にしているのだろう。

 

「そうか···あ、そうだ」

 

悩むことは成長に不可欠だが、それを受け入れ、自分の中で昇華させなければ、それは成長とは言えない。

語るのは簡単だが、実際にそれを行うのは難しいのだ。

そう思いつつ、ポケットの中を探る。

 

「あったあった···大淀、これで霞を誘ってもらえるか?」

 

不思議そうに大淀が受け取ったのは、間宮の無料券。

 

先日のことだが、呉第一鎮守府の提督と共に艦隊における間宮の役割や、その効果を著し大本営に提出したところ、大きな反響を受けた。

思いの外評価はよく、全国の鎮守府の「間宮」からは感謝の声が届く結果となった。

間宮に関しては、実装当初では使い道が漠然としていて、ただの娯楽施設のように扱われ、真価を発揮出来ていなかったところを、戦闘時における艦娘の身体、精神的疲労回復効果、艤装の更なる能力の向上など、事細かな実例から導き出された効果の全貌に、上も舌を巻いたということなのだろうか。

その証拠に、今大淀に渡したそのチケットは、何を隠そう感謝状とともに届いたものである。

呉では早速争奪戦が始まっているそうだが、舞鶴の艦娘たちはどうだろうか。

 

「これ···霞ちゃんと、私の分···ですか?」

「ああ。この機会だし、大淀にしか頼めないと思ってるんだ。励ましてやってくれないかな」

 

押し付けるようですまん、と頭を下げると、大淀は慌てる。

 

「い、いえいえ···お任せ下さい。話してみますね」

 

こちらの安心した表情に、彼女は微笑んでいた。

 

(ありがとうございます···提督がそうやって優しく見守って頂けるだけで、私たちは強くなれます)

 

その思いは果たして恋心と呼べるのだろうか。

道は険しそうではあるが──────

 

 

 

「ふう···」

 

書類の右端、サインを書いて筆を置く。

仕事の量が膨大なのはいつものことだが、それに加えて今朝の霞の様子が気になって頭から離れない。

気にしていなければいいのだが。

 

「司令官、そろそろお茶にしませんか?」

「おう。そうさせてもらおう。お茶を淹れてくれるか」

「はい!」

 

ぱたぱたと駆けていったのは初春型の初霜だ。

真面目で誰にも優しく接することの出来る性格が周囲に好印象を与えている。

着任してからそんなに日数は経っていないが、あの卯月のいたずらにも笑みを浮かべて対処できるところを見ると、艦娘たちはすっかり彼女を尊敬の対象とするようになったという。

 

「この間の間宮の上奏の件で、羊羹が沢山届いてな。折角だから頂こう」

「そうなんですか。嬉しいです」

 

どうやら間宮羊羹はどの艦娘にも共通して好物であるようだ。初霜は年相応の少女のように、目を光らせている。

 

「いっぱいあるからな。遠慮せず食べてくれ」

「おおぉ…」

 

あまりの魅力に声を失う初霜に苦笑する。

ふと、提督は彼女を見て、今朝の霞と、目の前の初霜が重なって見えた。

彼女らは、“あの作戦”を共にしている。

 

「…丁度いい、少し聞きたいことがあるんだ」

「はい。何でしょう?」

 

提督として、彼女を救わないという考えはない。

持てる手段の全てを尽くすのみだと、彼は必死だった。

 

 

 

「霞さんが、ですか…」

 

初霜は、伏し目がちに呟く。

 

「ああ。最近話をしていたり、見かけたときに何か変わったところがあったら教えてほしい。初霜はあの戦いでも面識があるから、気付きやすいかと思ったんだ」

「そうですね…。私は最近着任したばかりで、あまり練度も高くないので、ご一緒することは少ないのですが…でも、どう表現すればいいのでしょうか、何だか思いつめたような…。作戦は成功したけれど、旗艦として中破したことに責任を感じているように思います」

 

初霜の目線で見た霞は、確かに実像を描いていた。それは、やはり苦楽を共にした僚艦ならではということだろうか。

初霜は続ける。提督に請願する。

 

「···あの、霞さん、普段は気の強いところがあるかも知れないですけど···決して悪い子じゃないんです。提督、どうか」

 

なにやら初霜は勘違いしているようだが、霞のことを真剣に考えていることは変わらない。

 

「ああ、いやいや。もちろん、何か罰をという訳ではないんだ。霞もきっと気にしているだろうから、どうにか励ませないかと思ってさ」

「そ、そうでしたか!申し訳ありません、とんだ勘違いを」

「気にしないでくれ。初霜の言う通り、霞は優秀だ。自信もあっただけに、感じる責任も重いんだろう」

 

窓の外を覗けば、積もり始めた新雪に足跡をつけて駆け回る大潮と霰の姿。

同型艦たちの目を気にしているのかもしれない。この鎮守府に一番早く着任したのは霞だ。もちろん練度も高くなる。

 

「···大丈夫だとは、思うんだがな」

 

拭い去れぬ不安感。

母港には、ただしんしんと雪が降り積もっていた。

 

────────────────────────

 

「大淀」

 

体育館への渡り廊下で、すれ違った大淀に声を掛ける。

 

「霞の様子はどうだった?」

「···やはり、私では駄目なようです···」

 

一体何があったのだろうか、意気消沈する大淀。

 

「だ、大丈夫だ。そもそも俺が直接話すべきだったな」

 

今度お詫びさせてくれと言うと、眼鏡を輝かせた大淀に苦笑して、霞の居場所を聞いた。

 

 

 

体育館 コート内

 

「うああああっ!」

 

叫び声とともに、霞のか細い腕からは想像もつかない、凄まじい豪速球が放たれる。

 

「そうよ!もっと心の底から叫びなさい!」

 

ばしん、と音を立ててそのボールを両手でキャッチしたのは、妙高型三番艦、足柄。

彼女も初霜や大淀同様、礼号作戦組として霞の僚艦を経験している。

 

「私の···バカあぁぁ!」

 

足柄が受け止め、返したボールを、霞が叫びながら再び投げ返す、といった摩訶不思議な光景が、眼前に広がっていた。

 

「何だこれ···」

 

とにかく、霞は今回の出撃の事で悩んだ末の行動ではないかと、何となくだが察する。

 

(とりあえず、あんな球がぶつかったら危ないからな···)

 

周りで遊んでいる艦娘たちもいるので、とりあえず彼女らを落ち着かせることにする。

 

「おーい!霞!一旦ストップだ!」

「ふぇっ!?し、司令官!?」

 

突然の、その声に驚いた霞の手元が狂う。

 

(まずい!)

 

霞も、足柄も、提督も、その瞬間に、顔が青ざめた。

弾道は、的確に隣のコートで遊んでいる文月を捉えていたからだ。

 

「くそっ!文月っ!」

 

衝突を咄嗟に悟った提督は走り出す。

空気を切り裂くような弾頭の前に立ちはだかる。

 

「ふえ?」

「ぐおおおおお…!」

 

見事な直線を描いた軌道の球を、全身で包み込む。

 

「うっ…あぐっ!」

 

が、流石は改二駆逐艦。勢いはとどまることを知らず、身体を吹き飛ばすようにして空中を奔った。

 

「し、しれいかん!?」

 

幸い、文月のいる位置から弾道は逸れ、球は体育館の壁へめり込んだ。

 

「だ、だいじょうぶ…!?」

「な、何とか…」

 

差し出された文月の手を取って立ち上がる。

 

「それよりも…おーい!足柄、霞!すまないが危ないからキャッチボールは止めてくれ!」

「す、すみません…お怪我は?」

 

おずおずとやってきた足柄の、珍しい態度に苦笑する。

 

「俺なら何ともない。だけど…」

 

後ろを向き、砕け散って穴の開いた壁に目をやる。

 

「…工事費は、そのぉ…」

「お金ならいいから、始末書どうにかしてくれ…」

 

仕事が倍になったことの方が心にくる。

が、がんばろっ、と言って文月が手を握ってくれたことが、唯一の救いなのだった。

 

────────────────────────

 

「ふぅ」

 

例の件から数時間後、始末書の提出を終えた。

なお本日の仕事は終わっていない、だがそのことは関係ない。

 

「ほ、本当にごめんなさい、提督…」

 

足柄がペコペコと頭を下げ続けているのを、手で制する。

 

「いいさ。霞の悩みを聞いてあげてたんだろう?」

 

元はといえば俺がちゃんと話さなかったのが原因だし、と付け加える。

 

「だけど…提督、いつもお仕事ばっかりですし」

 

恐らく彼女も強い責任を感じているのだろう。

艦娘同士のケアの方がいいだろうと思っていたが、こういうことも起きてしまうものなのだ。

安易に仕事を丸投げしてしまうのも、上司として思慮が足りていなかった、と反省する。

 

「これも提督の仕事のうちだからな。気にしないでくれ」

 

そこで、気になったことを一つ。

 

「…霞は?」

「えっと…」

 

相当に気まずいのだろう、足柄は苦い表情を浮かべていた。

 

「気にしていそうか?」

「それはもう…塞ぎこんで、部屋から出てこないですし…」

「相当だな…よし、俺が行くよ」

 

目指すは朝潮型寮室、足柄に案内を頼み、歩を進める。

 

 

 

「霞」

 

小さくノックを3回。

 

「···」

 

返答はないが、扉はゆっくり慎重に、開かれた。

 

「あ、司令官、お疲れ様です」

 

出てきたのは長女の朝潮で、例の件を察しているような表情であった。

 

「朝潮か。霞はどうしている?」

「今は泣き疲れて眠っています。あの、今回の件、申し訳ありませんでした」

 

頭を下げる朝潮に少し慌てる。

 

「顔を上げてくれ。朝潮も、霞も悪くない」

 

少しきょとんとしている朝潮に、しゃがんで視線を合わせる。

 

「旗艦というものは判断力や行動力が問われる難しいものなんだ。上手くいかなくて悔しく思う気持ちもよく分かる」

 

部屋を振り返り、次の行動を決める。

 

「霞に伝えてもらえるか?夜少し会って話したいことがある」

「分かりました」

 

真面目な朝潮らしく敬礼を決めていたので、こちらも敬礼で返すことにした。

 

 

 

──────ラウンジ前

 

霞はただ、憂鬱な気持ちで佇んでいた。

 

(···怒ってる、かしら)

 

そんなことはないと朝潮は断言していたから、きっと彼女の前ではそうなのだろう。

元々、優しい人であるから、おそらく自分の思っているようなことにはならないのだと思う。

けれど、少しでも、彼に失望を抱かせたくなかった。

それは、霞にとって何よりも重大なことだった。

 

(まあ、旗艦を失敗した上に壁壊してるんだし···当たり前よね)

 

自嘲して、心が沈む。

後悔は涙を誘い、明かりがなければ泣き出してしまいそうであった。

 

「···お、霞」

「あ···」

 

そんな時、彼が現れた。

 

「体調は大丈夫か。艤装は明石の方で修復しておいた」

「だ、大丈夫よ···」

 

急いで涙を拭い、いつもの仏頂面に戻る。

 

「それで、何の話···って、分かってるけど」

 

素っ気ない態度を取ってしまう自分がたまらなく憎い。

 

「ああ···何て言えばいいのかな、整理がついてないんだが···」

 

ゆっくりと、確かな言葉を紡ぎ出す。

 

「霞は、今回のことをどう思ってる?」

「···」

「まあ、酷な言い方かも知れないけどな」

「···私は、私が中破して作戦行動に支障が出たことが悔しいわ。その後も、旗艦としての役割を果たせなかった」

 

拳は、強く握られていて、また微かに震えていた。

 

「作戦が成功したからよかったけれど、あんな失態をした以上、もう、艦隊に合わせる顔が、ないのよ···っ」

 

堪えきれず、涙の雫が頬を伝って、滴り落ちる。

 

「···霞」

「···なに、よ···っ!?」

 

俯いた霞の顔に掌を添えて、彼女と視線を重ねる。

 

「状況を理解し、自分の非をしっかりと認めることは、なかなか出来ることではない。その点では、君はやはり優秀なんだ」

「···違うわよ、そんなの」

「君は沈まずに、作戦は成功した。それは、中破した上で自分も、艦隊も最善の結果を出すことができるように、霞なりに考えて動くことが出来たからじゃないのか?」

 

いつになく、普段穏やかな彼の目は鋭く、心の奥底までも見透かしているようだった。

 

「君は君の、全力を尽くした。作戦とはいえ、君や皆が生きて帰ってこれただけで、それだけで十分じゃないか。少なくとも、俺はそう思う。失敗から学ぶことは大きい。今度は成功するために、ひたすら努力するだけだ」

「···」

 

なおも沈黙を貫く霞に、頭を撫でて、こう、付け加えた。

 

「幾らでも失敗しろ。そして、絶対に帰ってこい。責任なんて、全部俺が背負ってやるから」

「···っ」

 

再び、霞の目から、涙がとどまることなく流れ出す。

大きな手から伝わる温もり。

それは、彼が背負う責任、彼の大切にする、霞たち艦娘への思いの深さを伝えていた。

 

「···もう、このバカ···」

 

きゅっと袖を掴んできたので、そっと抱き締めた。

彼女の嗚咽が治まるまでの数分間、彼は目を細め、霞の背中を優しく叩いているのだった。

 

 

 

──────翌日

 

「準備はいいか?···よし」

 

白い軍装に身を包んだ提督は静かに、それでいて厳かな口調で言葉を発した。

 

「第一艦隊、水上反撃部隊、抜錨。各艦は全艦に被害の及ばない範囲での作戦成功に尽力せよ」

「ふふ、了解だよ」

「はい!榛名は大丈夫です!」

 

元気な返事が聞こえ、頼もしい限りである。

 

「全く、甘いのね」

「···お」

 

そんな声が聞こえた方を向くと、そこには我らが旗艦の姿が。

 

「そんな言い方しちゃって、この間のこと忘れたの?」

「なっ···!別にいいでしょ!?」

 

阿武隈が霞の頭を撫で、霞が腕を振り回している。

そんな微笑ましい姿も、また霞の一部なのである。

提督は苦笑しながら、姿勢を正し、敬礼を行う。

彼の姿に、全員の表情が、真剣なものになる。

 

「分かっていると思うが作戦成功には、君たちの安全が何よりも大事だ。何があっても、戻ってこい」

 

表情はにこやかであるが、言葉には重みがある。

 

「了解!」

 

艦娘たちは、そんな提督へ信頼を寄せ、今日も海原を駆けて行くのだ。

自由を、命を、誇りを、仲間を、そして彼を守るために。

 

「水上反撃部隊 旗艦霞!抜錨するわ!」

 

青空の下、凛とした彼女の声が響き渡った。

 




変わらずご感想、ご評価お待ちしております。
作品を書く上での大きな原動力となってますので、是非···。

海外艦、もし追加するなら初登場は

  • ドイツ艦
  • イタリア艦
  • ロシア艦
  • アメリカ艦
  • イギリス艦

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