舞鶴第一鎮守府の日常   作:瀬田

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日曜枠です。日曜25時(迫真)


第二十九話 あの子とカチューシャ

秋も深まる十一月。

段々と吹き付ける海風も冷たさを増す。

艦娘たちの中では、座学の教室にひざ掛けなどを持ち込む者もいるようだ。

早速提督は足元を温める専用ヒーターを買い付ける(もちろん自腹)と、鳳翔などに怒られていたのだった。

 

(うーむ…出撃に加え、座学もなかなかきついとは思ったのだが…やはり強くあるためには、鳳翔にとって暖房器具などは甘え、ということなのだろうか)

 

提督は、ひとり鳳翔の凛とした強さを思い浮かべる。

実に美しい。この国の女性らしいというか、立派な心掛けであることは確かだ。

 

(やはり、教育上こうしたことは褒められたことではないのかも知れないな)

 

ついつい艦娘たちには甘くしてしまう。

提督の感じるそれは、年頃の娘を持つ父親の心情にそっくりなのであった。

何でもかんでも欲しがるものを与えるだけでは、その子の為にならないということであろうか。それは、確かに正しいことだろう。

 

(しかし…艦娘のみんなもみんなで頑張ってくれていることだしなぁ…)

 

正直、山風あたりになにか、ぬいぐるみなど欲しいと迫られたとき、それを断固として拒否できる自信など、全く以てない。

むしろ超速で買いに走るまである。

彼としては、国の為に日々命を削ってくれている彼女らが満足できるようにと、フォローを忘れてはならない、という考えが未だに心の中にあった。

しかし、それでは真に彼女らを想う、ということにはならないのかも知れない、と思い直す。

突き放す愛情もまた、必要なのである。

 

「むむむ…ん?」

 

そう、声を漏らして廊下を歩いていると、視界の隅、中庭に一人佇む艦娘を見つけた。

彼女はどこか遠い所を見つめて、ぼうっと立ち尽くしていたのだった。

 

「あれは…」

 

風に揺れる白銀の髪は、どこか神々しいものを感じさせる。

とにもかくにも、提督は近くの扉を開けて外へ出た。

 

「おーい、響」

「ん…司令官」

 

その艦娘は、駆逐艦の響であった。

響、という呼称は本人が希望したもので、性能や扱う兵装はソ連時代のものを引き継いでいる節がある。

比較的長期に渡って軍艦として活躍した経歴からか、彼女ははっきりと艦としての記憶を持ち合わせてはいたが、僚艦との思い出もあるからか、響としての呼び名を好んだ。

 

「こんなところで何してるんだ」

 

提督が近くの石段に腰を下ろすと、彼女はふっと静かに答える。

 

「…少し、私の祖国ことをね」

「祖国?…というと」

「今日はソビエトが本当に一つになった日さ」

 

提督は、彼女の言葉と、士官学校で学んだ僅かな知識を照らし合わせる。

 

「十月革命記念日か。なるほど」

 

古い暦でなのか、この日は、現在では十一月の初めにあたる。

北のあの国に住む民衆は、この日を待ち望んでいたのだ。

 

「ああ。形はどうあれ、我々にとって重要な日さ。いつもパレードが行われるあの場所を、ふとこの中庭で思い出してしまってね」

 

響の表情は至って平静だ。穏やかに、そして密やかに微笑んでいるような気もする。

 

「…なるほどな」

 

彼は納得する。

彼女にとって、この国と、そしてあの北国はどちらも重要な意味を持つ、故郷だったのだ。

それだけに、どちらとしての“自分”として生きるか、迷う時期もあった。その境界線に立つことを恐怖に感じることもあった。

しかし、彼女はそれを乗り越えた。

どちらの自分も、今は記憶の中に生きている。

仲間たちは、そんな彼女を咎めることなど、微塵も考えていなかった。

これ以上ないほど、優しく迎えてくれたのだ。

 

「どこに生きようと、私は私だ。“私”にとって、暁たちのいるこの鎮守府こそが、ふるさとなんだ。けれど、日本も、ソ連…ロシアも、私は蔑ろにすることなんてできない」

 

響は遠くの雲を見つめるように言った。

その瞳は、かつて時代のの誇りを忘れていなかった。

 

「何よりも大事にしたい…いつまでも覚えていたい…何があっても守り抜きたい。その思いが揺らいだことは、一度もない」

 

提督に向き直る。確かな自信が見て取れた。

 

「だから…いつまでも私は忘れたくないのかも知れない」

 

提督は、彼女の思いの深さを知っていた。彼女は乗り越えたのだ。

たとえ、どれほど辛く苦しい経験があったのにも関わらず、だ。

見かけは小さな体かも知れないが、いつだって魂は変わっていない。

 

「そうだな。折角だから、お祝いをしないか?」

「へ?」

 

響の声が上ずる。

 

「何か、出来ることはないか?盛大に祝おうじゃないか。他ならぬ響の祖国のお祝いだ。きっとみんなもそう思うぞ」

「い、いいさ…あまり知られていないことだし」

「そんなことないのです!」

「!?」

 

どこからか聞こえてきた声に条件反射で耳を傾けると、そこには電と、他の六駆の姿があった。

 

「響ちゃん、お名前は変わっても、私たちはずっと一緒なのです」

「雷もそれがいいわ!響と一緒にお料理するの、大好きだもの!」

「あ、暁だって!えーと、えーと…そう!改二のこと、もっと教えてあげなくちゃ!」

「み、皆…」

 

ぽかんと三人を眺めて、自然に笑みがこみ上げてくる。

言葉はもはや関係ないのだ。唯一無二の家族のように接してきた、彼女たちの中でしか生まれないその感情が、響の胸の中にあったのだ。

 

「これよりもっとだ。響のこと、もっと知りたいって思っている人もいるかも知れないだろ?」

「そ、そうかい…それなら、お言葉に甘えようかな」

「なのです!早速だけど…響ちゃんに、プレゼントを」

 

おずおずと電が手渡す箱を受け取る。

どうやら、他の二人と連名のものらしい。

 

「へえ…。これを、くれるのかい?」

「そうよ!絶対似合うわ!皆で一緒に選んだの!」

「あ、開けてみなさい!」

「う、うん…」

 

響が、慎重にリボンを解いて、その箱を開けていく。

中に入っていたものは、帽子と同じ、紺色のカチューシャ。

 

「これは…カチューシャかい?」

「そうなのです。この前、お歌…ええっと、音楽の時間に、ロシアのことを少しお勉強して…」

「ちょうど『カチューシャ』っていう歌を歌ったのよね」

「そこから電が考えついて、これをプレゼントしようって決めたのよ!」

 

経緯を聞き、少し驚いた表情をする響。

彼女にしては珍しいことだったが、気になることは別にあった。

 

「そ、そうなのか…でも、今日が革命記念日だなんて、よく分かったね」

「あっ、それは…」

 

電が言葉を発し、雷がそれを引き継ぐ。

 

「暁がロシアのこと、すっごく勉強してたのよ!響のふるさとのこと、お姉さんとして知っておきたいって!」

「ちょ、言わないでって言ったじゃない!」

「あ、暁が…?」

 

衝撃だった。

それは普段暁が子供っぽい言動をしているから、そういう気を配るようなことをするのが珍しくて、ということではない。

暁は見た目と発言こそ幼くても、姉としての資質を十分に持ち合わせている。

誰よりも泣き虫かも知れないけれど、誰よりも勇気を出して、夜戦では真っ先に探照灯を照らして艦隊を導く。

誰よりもわがままと言われても、我慢強く厳しい訓練に耐えて、乗り越えていく。

第六駆逐隊は、いつだって四人一緒にやってきた。

暁が三人をよく見て、三人が暁を慕っている構図は変わらない。

響にとって、そういう風に暁が妹としてだけではなく、一人の艦娘として、その経歴を知り、そして理解しようと努力していたその事実が、何よりも衝撃的で、ちょっぴり(どころじゃなく)嬉しかったのだ。

 

「う、うん…私、レディになりたいなんて言ってるけど、実は響がロシアに行っちゃってからのこと、何にも知らなくて…そんなんじゃ、お姉さんとしてもだめって思って…」

「暁ちゃん、妙高先生にもお願いして、ロシアのこと、いっぱい教えてもらったり、授業してもらえるように提督に頼んだりしてたのです!」

「そうか。そういう理由だったんだな」

 

それは、いつになく正直な暁の言葉。そして、その事実。

姉の、艦娘としての本音だった。

暁が自分のその後を知らなくて当然だ。違う国に行ったことは勿論、自分があの国に行くころには、彼女は沈んでいたから。

けれど、暁はそれを言い訳にはしなかった、姉としても、そして一人の同じ立場の艦娘として当然のことだと考えていたのだ。

 

「そ、そうなのか…ありがとう、暁」

「い、いいのよ!お姉さんとして当然なんだから」

「…」

 

胸を張る暁に、すっと近づく響は、ぎゅっと姉の体躯を抱きしめたのだった。

 

「…ありがとう、お姉ちゃん」

「…うん。もう、どこにも行っちゃダメよ」

 

暁は、優しく響の白銀の髪を撫でる。

雷も電も、それを微笑ましく見守っていたのだった。

 

「…まあ、実のところ、カチューシャは髪飾りという意味ではないんだけど」

 

──と、響がそう漏らすまでは。

 

「へ?」

 

暁が、一転素っ頓狂な声を上げる。

 

「そ、そうなのです!?」

「本当なの?響」

 

ざわつく一同。

提督は額に手を当てていた。

 

「ああ。あれは女の子の名前さ。あの歌は恋の歌なんだ」

「そ、そうなの…?」

 

ケロリと言い放つ響と、顔面蒼白になる暁が、とても対称的だ。

 

「う、嘘…せっかく用意したのに」

「し、知ったかだったのね…」

 

慌てる三人を見て少し楽しそうな響に、提督は言った。

 

「まあまあ、いいじゃないか。響も、プレゼントをもらったんだしその辺にしてやってくれ」

「もちろんさ。これは嬉しいよ、みんな」

 

そう言って笑う響に目を輝かせる電に、苦笑する雷、知ったかに暗澹たる表情のままの暁。

三者三様の表情ではあったが、その収拾をつけるためにも、提督は四人を間宮に誘うのだった。

 

 

 

──数日後、執務室

 

執務室にある写真立てには、その日間宮で撮った写真があった。

仲良く四人で笑いあう写真もあれば、提督に肩車してもらいご満悦な響の写真もある。

 

「全く、肝が冷えたぞ。いつか言うんじゃないかとは思っていたが」

「ああいうのは嘘をついていてばかりではいつかバレるからね。遠慮なく、正直に言ってあげるのも、姉妹の役割さ」

 

響の言い分に苦笑する提督。

あながち間違っていないようにも聞こえる。

 

「…でも、こんな記念日は初めてだ。みんなが、祖国の日を祝ってくれるなんて」

 

はっきり言ってしまえば、遠い異国の地。知らなくても生きていけるだろう。

それでも、暁たちは知ろうとすることをやめなかった。

 

「…ああ。響のこと、皆が大切に思ってるんだぞ」

「皆が、大切に…」

 

ずっと、あの地にいた自分は孤独だと思っていた。

この記憶は、誰にも触れられない。何を体験したわけでもない。

それでも、彼女らは、一歩、また一歩と歩み寄ることをやめなかった。

それがたとえ偽善と罵られようとも、過去に向き合うことをためらわなかった。

孤独ではなかったのだ。

 

「…本当に、ありがたいことだ」

「ああ。かけがえのない仲間を持ったな」

 

提督は筆を置いて微笑む。

 

「もう、誰も沈ませない」

「うん、その意気だ。皆、お前を守るために必死になる。響も、大切なものを守るために戦ってほしい」

「ああ」

 

大切な人たちがすぐ隣にいる。

あの時と違って、今は思いを通じさせることもできる。

それでも、本質は昔と何も変わっていないのかもしれない。

たとえ、それが遠い遠い彼方の海にあっても、想う気持ちは、変わらずにある。

 

「私は、忘れないよ」

 

なんだか、懐かしい匂いがした。

それは、海の匂い。

どの海に駆けても、それは変わらない。

水平線の太陽を見て感じる、清々しい気持ちは変わらない。

全てが愛おしく感じられた。

 

「…司令官」

「ん?」

 

窓の外を眺めていた提督が振り返る。

ゆっくりと近づいて、寄り添う。

触れた左肩から、彼の体温が伝わり、そして高鳴る心拍が、提督へ伝わっていく。

 

「Я хочу быть с тобой всегда.」

 

耳元で、静かにそう囁いた。

言ってしまったら、途端に顔が真っ赤になる。

 

「ろ、ロシア語か···?すまん、少し待ってくれ、翻訳を···」

「い、いいよそのままで!お茶淹れてくるよ!」

 

帽子で顔を隠すようにして、ぱたぱたと給湯室へ駆け込む。

胸に手を当てると、経験したことのないくらい、どきどきが止まらなかった。

 

(わ、私は何を急に···!)

 

制御できない感情の波に揺さぶられる響。

しかし、それでいて、口角は上がりっぱなしである。

 

(でも、まあ···いいかな)

 

心の中の、隠れた思い。

暁も、雷も、電も。

皆が大切な人。守りたい人。

そして、思いを馳せた、あの人の胸の中。

心を溶かした、あの人の温もり。

いつだって、隣にいて欲しい。

 

響は決意した。

過去に向き合って生きることを。

未来に手を伸ばし続けることを。

 

 

ずっと、君と一緒にいたいから。

 




メリークルシミマス!(フライング呪怨

海外艦、もし追加するなら初登場は

  • ドイツ艦
  • イタリア艦
  • ロシア艦
  • アメリカ艦
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