舞鶴第一鎮守府の日常 作:瀬田
…という訳で、イベント遅延記念と題して投稿させて頂きます。
春の一日。
鎮守府の港とは反対側の窓からは、爽やかな朝風が頬を撫でる。
「···見事だなぁ」
この季節特有の、ぼんやりした空気。
散りかけの桜の薄い桃色が、それと相まって心地よい。
しかし、それを楽しんでいる暇はない。
とはいえ、二徹明けの身体には沁みるものだ。
「いかんいかん、こりゃあ寝てしまう」
ぼーっと眺めているうちに、霞みゆく意識を辛うじて保ちながら、小休憩を終えたのだった。
────────────────────────
「···終わらんなぁ···」
秘書艦のいなくなった執務室の暗がりに、ぽつんと伸びる人影。
それが紛れもなく自分のものであることは、誰の目から見ても分かることだろう。
──────その左右に広がる、無機質で形の整った影も。
堆く積まれた書類は、未だに消化される気配を見せない。
すでに時刻は午後九時。
就寝時刻を目前に控えた艦娘たちに秘書艦の仕事など任せる訳にもいかず、ただただ黙って一枚ずつこなすばかりである。
心配し、手伝おうとしてくれる艦娘や、休養をとるように言ってくれる艦娘もいるが、提督としての立場がある以上、そうそう簡単には仕事を休む訳にも行かない。
気持ちは嬉しいのだが、自分が効率を上げる以外に解決法がないのが現状だ。
霞と満潮、曙などにこの有様を目撃されて、(手伝う口実に)罵声を浴びせられたのが懐かしい。
(···確か、あの時は全力で謝って手伝ってもらったんだっけ)
当時も変わらずそれに遠慮して、彼女らを休ませようとしたところ、お構いなしに三人揃って、不満を口にしつつ手伝いを始めるという、奇妙な光景が見られた。
彼女らの本心を知らない彼は、お礼として彼女らに多額の謝礼と長期休暇を用意した結果、事情を知った彼女らの姉妹に謝罪されるという珍事件も起きたのだった。
(これだけ恵まれた職場なんだから、何とか踏ん張らないと)
背けていた視線を戻し、意を決して、目の前の平積みされた書類に手をつけていく。
「···ふあぁ」
(つ、疲れた···)
大きく伸びをすると、コキ、という骨の音とともに、凄まじい眩暈が脳を襲った。
「···ふう」
〇五三〇、日の昇り始めたその時間。
輝きを放つ橙の光線が、鎮守府の桜を鮮やかに彩っていた。
「今日のノルマは終わってるし、午前中に終わるかなぁ」
朝食前に片付けてしまおうかとも思ったが、その前に湯浴みをしようと考えた。
艦娘は一人の人間である前に、女性であり、若い者ばかりだ。
流石に昨日風呂に入っていないままで顔を合わせる訳にはいかないだろう。
そう思い男湯へ足を進めていく。
早朝ということもあり廊下には人影がない。
今日はこの時間の出撃もないので、尚更だった。
「ふう···」
何も考えられない。
三徹明け、身体に溜まった疲労感が、全て溶けていくような気がした。
問題は、この後何か休暇があるという訳ではないということだが、とりあえずそれは置いておこう。
天井を見上げながら、そんなことを考えていた。
────その後、総員起こしのち朝食の時間。
「今朝は何にしようかしら」
本日の秘書艦、天津風とメニューを覗く。
「これもいいわね···あ、でもこれも」
「俺のでいいなら食べていいぞ」
「ほんと!?」
苦手な食べ物は特にない、どうせなら、食事を楽しめた方がいいだろう。
「…こほん、ありがと。代わりに、私のも少しあげるわ」
「そうか、ありがとう」
彼女の普段の口調からすると、結構喜んでくれたようで、思わずこちらも微笑んでしまう。
「…ってあなた、もの凄いくまじゃない。大丈夫なの?」
「クマをお呼びかクマ?」
「球磨さんじゃないです!」
「…少し仕事が立て込んでてな。今日はすぐ切り上げられるから、大丈夫だ」
「本当でしょうね?」
「あ、ああ。きちんと午前には終わる予定だ」
「ならよろしい」
腕を組んで頷く天津風だったが、内心彼の体調を案じていたのだった。
着任して数か月、彼女が見た彼はいつも、艦娘や仕事のことを考え行動するばかりで、自分自身へ向けられたことがなかったからだ。
(このところ激務だったみたいだし、大丈夫かしら···って!こ、これは上官を気遣っているだけであって…!)
何故か自分で自分に言い訳をする天津風なのであった。
「あなた、ここってどうすればいいの?」
「ん?ああ、それはだな…」
机を並べて仕事を進める提督と秘書艦天津風。
彼女の椅子は少し高くしており、目線が丁度同じくらいになっている。
因みに、本人たっての希望である。
「ふうん、なるほど…ありがとう」
そう言って、筆を走らせていく。
窓からは、まだ冷たい風が吹き込んでくる。
「…あ、いい風」
「ああ、涼しくて丁度いいな」
書類仕事に疲れた頭を冷やしてくれるのがありがたい。
執務は今日の分を既に終えようとしており、今日は半休を掴み取れそうだ。
「···ふああ」
「あら、珍しいわね。やっぱり疲れているのね。少し休んだら?」
普段は気の緩みに繋がるため、せめて自分だけでもしないようにと努めてきたのだが、欠伸をこらえるのも、もはや限界を迎えていた。
「すまん、気にしないでくれ」
とは言いつつ、視界は暗い。
それは、明るい午前中の執務のため、照明器具をつけていないから、という意味ではない。
「気にするわよ。どうせ徹夜なんでしょう。何徹なの?」
「···三徹」
「え···」
書類が残り一枚となって安心したのか、頭のぐらつきを抑えられなくなってきた。
「こ、これで···」
その下部に判子を叩きつけ、やおら立ち上がる。
「だ、大丈夫なの!?」
集中力と精神力が限界を迎え、遂にバランスを崩して倒れそうになる。
先程の言動にただただ慌てていた天津風が、ふらつく体を支えてくれた。
「昼寝しようと思うんだが···天津風もどうだ」
「ど、どうって、昼というかまだ十一時過ぎなんだけど···」
困り果てた表情。
の裏には、絶好の機会に歓喜するもう一人の自分が。
(え?え?今この人にお昼寝誘われた!?)
「昼食を先に済ませるか。もう仕事は···終わってるし···」
「い、いいんだけど、あなたの部屋に行った方が···ベッドもあるし···って!べ別に私も一緒にベッドで寝たいとかいう訳じゃないんだからね!?」
「お、おう···とりあえず、ついてきてくれ」
その後、半開きの寝ぼけ眼で昼食を済ませ、移動する。
階段から転げ落ちるかも知れん、と付け加えて、お目当てのお昼寝スポットのある方向へ足を進めた。
「···わぁ」
「大当たりだ」
別棟の一階、和室から望んだ庭の景色は、この季節において最も美しいと思えるほどに、鮮やかなものだった。
加えて春特有の暖かい風が、鼻の先を掠めた。
桜の匂いと相まって、非常に心地よい。
「すっごい···よく知ってたわね」
「伊達に三年間ここで勤めていた訳じゃないさ···それより、本格的に眠気が」
眠気によって、身体の制御が利かない。
それに完全に屈する前に、持ち合わせた大きめの毛布と枕を縁側近くに置いた。
「よっと···」
毛布にくるまるようにして横になる。
凄まじい眠気が、全身を襲った。
「···ほら、おいで」
「え、えと···」
嫌がられてしまったら少し悲しかったが、その辺りは島風から聞き取り済み。
元からそういう話がなければ、こういう行動に出ることはないのだ。この男は。
そんな男から唐突な行動を起こされると、天津風は、いや全艦娘は弱かった。
「し、失礼します···」
彼女が毛布に入ると、急に暖かさが増す。
艦としての特徴を受け継いだのか、彼女は体温が高い。そのため、加賀同様、冬は暖炉代わりになっている事が多い。
春先のこの時間帯、彼女の存在は心地よい睡眠を補助していたのだった。
「暖かいな。天津風は寒くないか?」
「え、ええ···あなたは、大丈夫?」
「ああ···ごめん···先に寝てしまいそうだ···。」
「いいのよ。ゆっくり休んでね」
胸の中の天津風は微笑みをたたえながら、毛布を肩の方へ掛けた。
優しい、気遣いの出来る子。
少し上からの物言いは、長女の陽炎のものだった。
比較的ツンツンした口調だとは言われているけれど、実は心配性なその性格からか、それが深い思いやりの表れであることは、この鎮守府の皆が知っているだろう。
まだまだ練度は低いが、駆逐艦や艦隊の中では大きな役割を果たしてくれている。
「···ありがとな···天津風」
そんなことを思いながら、眠りについたのだった。
「···はっ」
目を覚ますと、陽は傾き始めていた。
(二、三時間は寝てしまってたか)
心地よい眠りから覚め、気分は爽快だった。
夕方の演習処理を除けば、仕事はもう残っていなかったから、少しはゆっくり出来ると考えた彼は、胸元で眠る駆逐艦に気付く。
「すぅ···すぅ」
「そうだった。天津風がいてくれてたんだな」
軽く頭を撫でると、とても安心したような笑顔を浮かべる天津風。
「···えへへ···」
そんな彼女も、普段は姉妹たちを支えているのだから、誰かに甘えることが出来ていないのかも知れない。
(俺がそのはけ口になれれば、いいけど)
彼女の本心などつゆ知らず、彼は一人そんなことを考えていたのであった。
「それにしても起きないな···」
寝不足だったのだろうか、とも思ったが、他艦娘より体温が高いことで、エネルギーを使っているからその辺りのこともあるのだろうか。
(とはいえ流石にこれ以上長居する訳にもいかない)
「よっ、と」
そう思い、華奢な彼女の身体を持ち上げる。
その軽さに驚く。ダイエットがどうとか話しているのをよく耳にするが、島風も天津風も細すぎるように感じる。
「すぅ···すぅ···」
振動で起こしてしまわないかと思ったが、どうやら熟睡のようだ。暫くは起きまい。
「陽炎型の寮は···反対側か」
辺りを見回し、少しずつ歩みを進めた。
────────────────────────
正直に言って、心配だった。
使命感の強い彼のことだから、きっと疲れていてもお構いなしなのだろう。
(私が、なんとかしてあげられたら)
天津風がそう思うようになったのも自然のことだった。
「なんや、今日はやけに気合い入っとるやん」
「そ、そうかしら?」
陽炎型は、広めの部屋が二つ。
もうすぐ、三つに増やされる予定だ。
姉妹たちは、その部屋をその日の気分で行き来する。
「ははーん、今日、自分秘書艦やな?」
「なっ···!?」
黒潮は、そんな自分をからかうような目で言った。
「分かるで〜、初めはウチも緊張してん···」
遠い昔を懐かしむような目で語り出した彼女にホッとしてその場を立ち去った。
(危ない危ない···黒潮が語りたがりで助かった)
執務室に赴く前、そんなことを考えていた。
「んあ···」
微睡みの中で、誰かが頬をつつく。
(そうだ···私、寝ちゃってたのか)
初めは提督に抱き締められているという緊張から、終始焦りっぱなしだったが、少し冷たい風と、穏やかな陽の光に、その状態が心地よく感じるようになっていた。
何より彼の匂いに包まれているという事実が、嬉しくてたまらなくなってしまったのだが。
「ふあ、ぁ」
そうして目を開く。
視線はいつもより高く、島風や時津風のにやけ顔を見下ろしていた。
「···え」
「お、起きたか」
それに一瞬、戸惑ったが、すぐに彼女は理解したのだ。
提督に抱えられている──それも俗に言う、お姫様抱っこというやつで──ことに。
「な、な、なっ···!」
それと同時に、顔は真っ赤になり、タダでさえ高い体温も急上昇する。
ちなみに、煙突帽子から出る煙が提督の視界を塞いでいた。
「あ〜、天津風ちゃん、照れてる」
「かわいいねぇ」
そんな天津風を見て、ギャラリーは色々言っているものの、それに構っている余裕はない。
「天津風、体温が凄いぞ···大丈夫か?」
「だ、大丈夫だけど、は、早く下ろして···!」
真っ赤な顔を両手で覆い、叫ぶ。
「おう···無理するなよ?」
ゆっくり、それもとても優しく、彼は床へ自分を下ろしたが、まだふわふわしているような感覚に襲われる。
「提督、どこいってたの?」
島風がふと、それを聞いてきた。
「ああ、ちょっと昼寝にな」
「もしかして、天津風ちゃんと?」
「っ!?」
時津風が鋭い質問を投げかける。
「あ、あー!あなた!午後の演習があるじゃない!早く行きましょ!」
「え?あ、ああ···」
「ちょっとー、答えてないでしょー!」
「あ、天津風、そんなに押すな」
「はいはい!行きましょーねー!」
「待てー!」
長い長い司令部の廊下を駆け抜ける。
「天津風も行くか?」
「と、当然でしょ!秘書艦なんだから!」
今日は、他でもない、貴方のために。
そう決めて今日の日を心待ちにしていたのは、いつからだろうか。
「そっか、ありがとう」
「っ···いいわよ、そんなの···!」
そろそろ息が切れてきた。
心拍は色々な要素の相乗効果で跳ね上がる。
「···よし」
「な、何···?」
母港への扉の少し前、振り返った彼は自分の手を握る。
「行こう!」
その笑顔が、彼女の瞳に焼き付いた。
「え、ええ···!」
光に満ちた、春空の下。
(他でもない、貴方のために)
彼女は、そんな想いを、胸に秘めるのだった。
元々イベント開始と同時に投稿したかったのですが、深夜まで起きていられる自信がないので投稿させて頂きました。
新艦娘の夢を見ながら今日は眠ります…。
海外艦、もし追加するなら初登場は
-
ドイツ艦
-
イタリア艦
-
ロシア艦
-
アメリカ艦
-
イギリス艦