舞鶴第一鎮守府の日常   作:瀬田

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第三十三話 真面目に生きるって

提督の朝は早い。

 

「···ふあ、ぁ」

 

自室にはまだ日の光が差し込むことのない午前4時半、寝ぼけ眼のまま起床する。

朝は平気だが、夜も平気にしなければいけないようで、結局休みはないというのがここ数年で得た経験則であったりする。

そんな過酷な労働にも耐えうる心の源泉。

無論それは、この鎮守府、艦娘のことを思えばこそである。

だが、彼はそんな信条を口に出すことはなかった。

着任当初から長い間使っているコーヒーメーカーから、その黒い液が滴る音が小気味良い。

顔を洗い、髪を整えるうちに、何とか目が冴えてくる。

 

「···よし」

 

古傷を隠すように、不自然に伸びた髪にピンを差す。

この間は迂闊に微睡んでしまい、金剛にバレてしまった。

余計な心配は掛けたくないものだ。

コーヒを一口啜りながら、すぐ近くの母港へ急ぐ。

 

 

─────────────────────────

 

 

「よっし、ドラム缶持ったかー?」

 

遠征艦隊旗艦の天龍が、第六駆逐隊の面々の指揮を執る。

水雷戦隊としての攻撃力、統率力も相当のもので、不測の事態にも対応してしまうのが凄いところだ。

 

「はいなのです。あっ暁ちゃん!」

「むにゃ···」

 

海面でふらつく暁を電が心配している。

 

「んむ···はっ!?あ、暁は大丈夫なんだから!」

 

そう言って何故か右腕に嵌めた機銃を見せてくる

どうやらドラム缶と間違えたらしい。

これに苦笑していると、天龍がコツンと彼女の頭をつついた。

 

「あうっ」

「ったく···早く取ってこい···って、提督が?」

 

母港から工廠の装備庫までは距離がある。

ただでさえ遠距離の遠征に行ってもらうのだから、そのくらいは陸にいる者が何とかするべきだ。

天龍にそう言い残し、小走りで工廠へと走る。

 

「···?」

 

出発まであまり時間はない。

それ故無人でまだ暗い工廠からドラム缶を早く回収しなければと思っていたのだが、どうやら先客がいるようだ。

 

「···すー、すー···」

 

規則正しい寝息が聞こえるのを感じ、部屋の奥を覗くと、そこには点検済みのドラム缶と、突っ伏して眠る夕張の姿が。

 

「···」

 

きっと彼女のことだから、徹夜で作業し、最後に今日の遠征を確認してドラム缶などの装備を確認してくれていたのだろう。

夜更かしを咎めることなど、到底できなかった。

隣の仮眠室に運び、軽く頭を撫でる。

いつもありがとう、と思いを込めて。

 

 

 

「うし、揃ったな。ありがとな提督!それじゃ、旗艦天龍、これより南方海域への遠征を開始する!」

「了解!」

 

笑顔で敬礼を返し、その姿が見えなくなるまで見送る。

いつの間にか工廠から付いてきていた妖精さんも一緒だ。

夕張の事が気になりつつ、妖精さんの敬礼に返礼する。

 

「おはよう。今朝も早いね」

「ていとくさんにはまけます」

「そうかい?···そうだ、今朝は夕張に朝食を作ろうかと思っていてね。妖精さんにもご馳走しよう」

「ほんとうですか」

「ありがたきしあわせ」

 

妖精さんがわらわらと帽子の上に集まってくるのに苦笑する。

 

「早起きは三文の得、というやつだな」

 

工廠のすぐ側にある作業場、その奥。

先程夕張を運んだ仮眠室とは別に、簡易だがキッチンなどが設けられている部屋がある。

 

「ここ、ひさしぶりにはいります」

「ふむ···意外と綺麗にしてあるんだな」

 

ゴミや雑誌が散らばっているということはなかったが、この様子だときちんとした料理は作っていなかったのだろう。

冷蔵庫の中身はエナジードリンクなどまともなものが無く、ここから取り出して何かを作る、ということは難しそうだ。

 

「あまりこういうものは健康に良くないからな···たまにはベーシックに、しっかりした朝食をとるというのも悪くない、かな」

「たのしみであります」

「期待して待っててくれ」

 

見るからに胸を躍らせている妖精さんたちにウインクをして、材料を取りに、一度ここを出ることにした。

 

 

「あ、あれ···?」

 

目を開くと、工廠の仮眠室であろう、その光景が広がるが、昨日···今日、そこで眠りに就いた記憶がない。

 

「あ、夕張」

 

起き上がったベッドの上からの視界には、提督が盆を持ってくる光景がありありと映った。

 

「え、て、提督!?」

 

普段とは違うジャージ姿に、朝から幸せで仕方がないが、現状が理解出来なくて焦る。

 

「おはよう。朝の遠征でドラム缶を取りに行った時に夕張を見つけてね。迷惑だったかも知れないけどここまで運ばせてもらったよ」

 

近くのテーブルに両手で持った盆を置く。

湯気を立ち上らせるカフェオレからは、良い香りが漂う。

その他にもクロワッサンやミニトマトのサラダ、ソーセージと、よくあるが最近は全く口にする機会のなかったきっちりとした朝食に、思わずくうぅ、とお腹が鳴る。

 

「はっ···!?す、すみません」

「謝ることはない。作ったから、もしよかったら食べてくれ。」

 

提督は微笑んでそう言うのだった。

 

 

─────────────────────────

 

 

「ご、ご馳走様でした」

「お粗末様。味は大丈夫だったか?」

「こんな美味しいの、久しぶりに食べました···最近は食堂にも行ってなかったので」

 

目を輝かせる夕張だが、提督はそんな彼女を心配していた。

 

「大丈夫か?申し訳ない。仕事を任せすぎて無理をさせてしまっていたみたいだ」

 

胸中には申し訳なさが残るばかりである。

 

「いえ···!提督に比べればこんなの」

 

両手を振って否定する夕張。

仕事熱心な彼女だが、同時に責任感も強い。

対潜や、砲撃戦等で重装軽巡洋艦として活躍する傍ら、明石を始めとする工廠でのサポート。

任せられた仕事や、自分の役割は、全て責任をもってこなしてくれてしたのだろう。

 

「俺は提督として当然かも知れないが、軽巡艦娘がこの仕事量をこなすのは流石に無理があるだろう」

 

もちろんそれは夕張の能力が足りていない事ではない。

それを付け加えつつ、夕張に休暇を与えた場合のシフトを脳内で組み立てていると、彼女が少し悲しそうな表情をしているのに気付く。

 

「···私は、真面目なことくらいしか取り柄がないので」

 

彼女は、そう言った。

 

「···」

「勿論、そんな私が自信を持てるように、提督が色んな世界を見せてくれて、私に役割をくれたことには、本当に感謝してます」

 

その微笑みが、どうしても寂しげに映る。

彼女は知っていた。

真面目である人間は、つまらない人間だということを。

それしか能のない人間は、きっと彼にとって必要とされなくなってしまうことを。

それが、どうしても怖かったのだ。

 

「···夕張」

 

小さく身を震わせる彼女に、思わず感情が抑えきれなくなったのは、どうしてだろうか。

 

「···ぇ」

 

夕張の肩を掴む。

 

「今から、少し変な話するけど···いいか」

「は、はぃ···」

 

赤らめた顔を伏せるのにしたがって、声が小さくなる。

そんな彼女に構わず、提督は続けた。

 

「真面目でいることは、そんなに簡単なことじゃない」

「···?」

 

思わず顔を上げ、不思議そうな顔をする夕張。

 

「それで充分じゃないか」

 

その表情が、段々と、変わっていく。

 

「確かに世の中、真面目なやつには辛いよな」

 

慈愛のこもった視線が、どうしようもなく夕張の心に刺さる。

 

「どれだけ努力しても、あの人は真面目だから、で終わってしまうこともある。優れた才能をもつ人間には勝てないと、悟らされてしまうこともある」

 

彼女の綺麗な翠色の髪に手を置いて、ゆっくりと撫でる。

 

「それでも、君を···人間としての『夕張』を見てくれている人は、絶対にいるから」

 

震えはいつの間にか、治まっていた。

 

「少なくとも、俺は知っているぞ。人より多く、自主練や研鑽を重ねる夕張を。工廠で夜遅くまで装備の点検をしてくれている夕張を」

「そんな夕張を、俺は人間として尊敬するし、部下としてこれ以上なく誇りに思う」

 

自分にどう思われているかは関係ないかも知れないが、上司としては、言っておくべきなのかも知れない。

もはやこんなクサい言い方をしている時点で、気にする必要もないだろうと、彼はいつも通りの思考だった。

 

「自信を持て。君はそのままの君がいい。自分の為に、他人の為に努力できる君は素晴らしい」

「···は、い」

「ゆ、夕張?」

 

頬に流れる涙の筋が二つ。

 

「ありがとう···ございます···っ」

 

世界が彩られ、輝きを放つ。

自分が自分として生きる意味を知ることは、きっとそういう事なのだろう。

提督は、涙を拭う夕張を無意識のうちに抱き寄せ、背中を軽く叩いてやる。

嗚咽はしんとした部屋の静寂の中に、しばらくの間響くのであった。

 

 

 

 

 

「夕張」

 

後日。

昼下がりに、工廠へと荷物を運ぶ夕張を見つけて声をかけた。

 

「あ、提督。お疲れ様です」

 

振り向いて、小さく会釈をした夕張の背中から覗かせる、小さな姿が一つ。

 

「お疲れ様です!」

「ああ、五月雨。手伝ってくれているのか?」

「そうなんですよ。ほんとに大助かりです」

 

ポンポンと頭を撫でられ、照れくさそうにはにかむ五月雨。

あれからというもの、夕張はいい意味で無茶をしなくなった。

それは提督が工廠の手伝いをそれとなく促した結果であるかも知れないが、何でも一人で抱え込むことが無くなったといえる。

 

「えへへ。今まで夕張さんや明石さんにはお世話になりっぱなしだったので、私も恩返しできるように頑張りまひゅっ!」

「···」

 

言葉が切れた途端、五月雨はしゃがみ込んでしまった。

恐らく、舌を噛んだのだろう。

 

「〜〜っ、いひゃい···」

「だ、大丈夫か」

 

慌てて近くに寄る。彼女は涙目であった。

 

「ま、まあ、適度に頑張って行こうね」

「ひゃ、ひゃい···」

 

涙を浮かべる五月雨を抱きとめる夕張。

そんな彼女に、提督は目を見開き、そして微笑した。

 

「···応援してるからな」

 

二人の肩に手をやる。

「ひゃい!」

「···はいっ」

 

振り向いた夕張の顔は、底抜けに明るい笑顔だったことは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

あれから、私の生き方は、変わったような気がする。

 

「夕張さん、この主砲は補修ですか?」

「そうね。こっち側に持ってきてもらってもいいかしら?」

「はい!」

 

弾かれたように動く五月雨ちゃんは、少しドジっ子だけれど、とても優秀なお手伝いさんだ。

 

あの日、提督が「そういう風に」働きかけてくれなければ、もしかしたら、私はどこかで折れてしまっていたのかも知れない。

 

「···ん、ありがとう。じゃあこの主砲の特徴でも話しながら修理しましょうか」

 

欠けた主砲の側面を撫でながら話す。

そして提督の言葉が、自然と思い出されるのだ。

『見てくれている』

 

その言葉は、辛い心を照らしてくれるような気がしていた。

どこかで私は、欲してしたから──────自分が自分として生きて行くことを、認めてもらうことを。

誰かの影に隠れる自分ではなく、誰かの先を導く自分を。

そして、私は変わることができた、ような気がする。

具体的には、私も知識面では、明石さんと同じような立場として扱われるようになったこと。

工廠の現場の役職としても、五月雨ちゃんというパートナーと、作業を(もちろん教えながらではあるが)分担できるようになったことだ。

 

丁寧に塗装を塗り込んでいく。

損傷部位については、妖精さんの専門分野だ。

もちろん、艦娘に出来ない事はないが、作業速度が違う。

そう、こんな風でいいんだ。

みんなが、それぞれの得意なところを生かして活躍できる。

それは難しいかもしれないけれど、現に、私たちの提督は、私を認めてくれた。

 

「この主砲は癖が強いけど、しっかりと着弾した時のダメージは桁違いなの。大切に使ってあげてね」

「はい」

 

塗料の乾燥のため、一時保管場所を変える。

主砲を手渡すと、五月雨ちゃんは明るく笑っていた。

 

 

────────────────────────

 

 

ある日。

この日は夕張の、着任記念日だったりする。

初夏の日差しが眩しく、そんなことも忘れて、彼女は工廠での作業を汗だくで終えていた。

 

「おーい」

 

自分を呼ぶ声に反応して後ろを振り向く。

 

「はい···あ、提督!」

 

彼は両手に小包を持っていた。

 

「どうしたんですか?それ」

 

不思議そうな表情をする彼に首を傾げる。

 

「ああ。今日、夕張の着任記念日だろ?」

 

包みを紙袋の中へ入れながら、彼は言った。

 

「そ、そういえば」

「おめでとう。これからも、共に艦隊を支えてくれ」

 

握られた手が、これまでになく熱い。

それは、様々な感情が入り交じった心の温度。

 

「大変なこともあるかもしれないけれど···」

 

固く握られた手に、他の掌が重ねられる。

 

「その時は、私たちが支えて見せます!」

 

よく聞いた声。

 

「さ、五月雨ちゃん···」

「ボクたちも一緒さ!」

「おうよ!」

「皐月ちゃん、江風ちゃん···」

「私たちも忘れないでね···ねっ?」

「由良に阿武隈、五十鈴も」

「対潜ではあなたに負けないけれど···その装備を管理して、万全の状態にしてくれているのは、あなただもの」

 

五十鈴は夕張の肩を叩くと、そう言った。

 

「私たちの魚雷も、夕張さんが丁寧に整備してくれたから、活躍できるのよ」

「あたし的には、ウルトラOKです!」

 

由良と阿武隈が、夕張の手を取ってそう言った。

 

「皆、夕張の頑張りを見ているから」

 

提督は微笑む。

 

「誰よりも頑張り屋で、誰よりも優しい夕張を」

 

夕張の目には、涙が浮かぶ。

 

「よおし、今日は夕張ちゃんを甘やかすよお!」

「おーっ!」

 

五月雨たちが、一斉に夕張に抱きつくと、夕張はその涙を拭いながら言った。

 

「ありがとね···みんな···!」

「えへへ、夕張さんも泣き虫ですね」

 

五月雨がそう言って、笑いが沸く。

笑顔の輪の中心で、夕張は一際輝いた表情で笑っていたのだった。

 




ほっこりする話って、なかなか難しいですね。

作者の薄い人生経験では捻り出せません…

海外艦、もし追加するなら初登場は

  • ドイツ艦
  • イタリア艦
  • ロシア艦
  • アメリカ艦
  • イギリス艦
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