舞鶴第一鎮守府の日常   作:瀬田

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提督視点多すぎてすみません。
そしてちょっとシリアス(?)続きなので、次話からは日常回も増やしていきます。


第三十五話 思い出

自分の過去を振り返ると、幾らでも掘り起こされる思い出がある。

 

雪の日、川で溺れていた猫がいた。

震える思いで飛び込んで助けたものの、処置が終わって顔を覗き込んだら、顔を引っかかれてしまったことがある。

 

道端で泣き叫んでいる子供がいた。

迷子とのことで、なけなしの生活費を削って食べ物を買い与え、町を探していたら、母親が現れた。

安心のあまり泣き出す子供だったが、母親は安心してはいなかったようだ。誘拐と間違われ、通報されかけたことがある。

子供の手から取り上げられて、地面に投げ捨てられた飴が、何とも痛々しげに映っていた。

 

仕事場へ向かう電車の中、痴漢被害に遭っていた少女を助けた。

最寄り駅のホームへ連れ出したは良いものの、あろうことかその痴漢に抵抗を食らって殴られ、終いには痴漢が捕まった後、駆け付けた少女の父親に誤解され、もう一発もらってしまったことだってある。

 

あの猫も、あの子供の母親も、あの少女の父親も、決して悪気があったわけではない。

そりゃあ知らない動物に突然抱え上げられれば驚くだろうし、息子が知らない男に連れられていたら、危機感を抱くのも当たり前だ。娘が痴漢被害に遭っていたと聞かされれば、近くにいた男に激昂のあまり拳をぶつけてもおかしくはない。

 

当時の自分は身寄りのない人間だ。ほとんど親類に奪われた残りの資産で、何とか生活を続けていくしかなく、そんな子供を受け入れられるほど、深海棲艦の強襲被害から立ち直ろうとしていた社会は寛容には出来ていなかった。

 

とにもかくにも、自分ではそう結論付けることしか出来ないようにも思われる。

そうでもしなければ、理不尽な社会には耐えられないのだ。

 

 

 

 

 

(…なんでこんなこと思い出したんだか)

 

提督は、早朝の鎮守府廊下を一人、歩いていた。

徹夜明けなものだから、昨日は風呂に入っていないため、艦娘たちの起床より早く風呂に入って身だしなみを整えておこうという、彼なりのささやかな心配りであった。

 

「···ようやく休める」

 

廊下の先に見えてくる大浴場。

夜間から艦娘たちの起床、総員起こしまでの時間帯は提督や臨時に鎮守府を訪れる男性職員が使用できる時間帯だ。

彼は、間違いのないように当日の秘書艦に報告を済ませた上で使用していたのだった。

 

激務の後ではあるが、今日の業務内容を考えながら、安息の地へと足を踏み入れる。

暖簾をくぐって、広々と更衣室に用意されているロッカーに着ていた服を投げ込んだ。

これも後で洗濯しなければならないのかと思うと、気が重いが、今は一刻も早く休みたかった。

勢いよく扉を開けると、そこにはブラシを持っている二人の艦娘が。

 

「──え」

「「ひゃああああああ!?」」

 

こちらは全裸にタオル一枚。

どう考えても立場が悪いのは確かだ。

そんな思考が頭をよぎる前に、二つの湯桶が顔にめり込んでいた。

 

「あぐっ···」

 

疲労困憊の身体にはよく効いて、そのまま彼の意識は霧散したのだった。

 

 

 

 

 

──────提督

───────────提督!

 

「ん···」

 

身体を揺さぶられる感触に、瞼が開く。

彼はゆっくりと意識を取り戻していた。

 

「あれ···?」

 

そういえば、自分はどうしていたのだろうか。

徐々に広がっていく視界に映った、毛布を被せられた自分の姿と、脱衣所。

加えて、そんな状況に動じずに(?)

半泣きになっている龍鳳と鳳翔を見て、合点がいった。

 

「て、提督!」

「ご無事ですか!?」

「な、何とか···」

 

ゆっくり起き上がると、額の部分が強く痛んだ。

若干ながら、鳳翔らに桶をぶつけられたのを思い出す。

 

「いってて···」

 

流石は彼女らというべきか、額には完璧な処置が施されていた。

特に傷口に関して心配する必要もなかろう。

 

「も、申し訳ありません!」

「そ、掃除中だったもので···」

 

平謝りをする軽空母の二人組。

湯桶をめり込ませたことだけではなく、内心では気絶する提督の身体を見て、思わず喉を鳴らしたことも懺悔しているようだ。

 

「気にしないでくれ。というか、俺の方こそ無確認だった。申し訳ない」

 

肝心なことを忘れていた。

最初に手違いで人がいないか確認するのは義務だろうし、そもそもここは鎮守府なのだから、男の自分は、その辺りに配慮しなければならないのだと、提督は頭を下げる。

 

「て、提督が謝られるようなことは···」

 

鳳翔に疲れた笑みを返すことしか出来ないほどに、提督は疲弊していた。

 

「申し訳ない、贅沢を言わずに部屋のシャワーを浴びればよかった」

「あ、提督…」

「朝方にまた会ってもらえるか。お詫びをさせてもらう」

 

二人に謝罪と掃除のお礼をした後、軽く着替えを済ませ、よろめきながら自室へ向かうことにした。

立ち上がると頭がひどくくらくらする。

 

(や、やってしまった…)

 

全ては自分の不注意が原因なのだが。

既に身体的、精神的疲労はピークを迎えており、その辺りの事情に気を向ける余裕が無かったのだろう。

そんな言い訳じみたものを考えつつ、彼は自室のシャワーから吹き出る温水を浴びるのであった。

 

 

 

 

 

「あれ?そのおでこどうしたの?」

 

朝食前、今日の秘書艦である鈴谷が顔を出すと、開口一番にそれを聞いてきた。

 

「ああ、それがさ···」

 

少し話すのは躊躇われたが、話してみようと口を開くと、何やら傍で自分を呼ぶ声がした。

 

「て、提督…」

 

振り向くと、そこには暗澹たる表情をした鳳翔と龍鳳の姿が。

目は灰色に濁っており、提督は今朝方のことを未だに引きずっていると感じて、ひどく後悔した。

 

「あ、ああ鳳翔に龍鳳。丁度いい、ついでに話してしまおう」

「んー?なになに?」

 

なんだか不穏な空気を感じていた鈴谷だったが、提督たちの落ち込みようなどは予想だにしないのであった。

 

――説明中。

 

「あっははは!提督も大変だね!」

「笑い事じゃないですよ!?」

 

龍鳳が机を叩いたが、その音に提督は震えた。

日頃の鬱憤が溜まりに溜まって、爆撃でもされればたまったものではない。

なんとか罷免くらいで許して頂けないだろうか。

 

「…そうだな。まずは今朝のことを謝らせてくれ。本当に申し訳なかった」

「あ、謝らないでください!」

「そうですよ。私たちこそ提督が使用される連絡も確認せずに、注意書きなしで掃除していたんですから」

 

こちらこそ申し訳ありません、と鳳翔たちは頭を下げた。

しかしながら、提督にはそれは受け入れがたかった。

 

「頭を上げてくれ。俺のしたことは事故とはいえ、著しく配慮を欠いた行動だった。責任は取らせてもらうよ」

「そ、そんな!」

「提督は悪くありません!」

 

彼女らもまた、その判断が受け入れられるものではなかったようだが、鈴谷が諌めるように言った。

 

「ま、まあまあ鳳翔さん、龍鳳さん。提督もこう言ってるんだし。提督なりに考えた結果なんでしょ?」

「ああ。お互い様、では済まされない。今後こうしたことがないように戒める意味でも、ここは納得してくれないか」

 

頼む、というように再び頭を下げる提督。

鈴谷は見慣れない上官の姿を見て、そこに彼なりの苦悩を感じ取った。

彼女らを守るため、自分が悪いと言い聞かせて、自分を縛り付けているようにも見えた。

それが彼の人生が彼自身に強いて来たことであろうか。

 

「…ね。二人の言いたいこと、めっちゃ分かるよ。でもきっと提督が二人のことを思って出した答えなんだし」

「そうなの、ですか?」

「…誓って保身のような考えはない。何なら本営に訴えてくれても構わない」

「そ、そんな…」

 

慌てる龍鳳。鳳翔は、そんな提督に微かな不安を覚えていた。

彼が自分のせいで背負いすぎてしまうことが、何よりも心配だった。

 

「…分かりました」

「ほ、鳳翔さん」

「鈴谷さんもおっしゃっていることですし、もう私は何も言いませんが···私は、提督を信頼しています。それだけは、覚えていて下さいね···?」

「ああ。ありがとう」

「わ、私もです!」

 

どうやら、一件落着のようだ。

鈴谷は和解する彼らにひと安心するとともに、鳳翔と同様に、提督を案じていたのだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「提督ってさあ」

 

午後三時を過ぎた執務室、丁度良い時間だと思ったので、小休止ついでに秘書艦の鈴谷にスコーンを振る舞った。

金剛から本場直伝レシピを聞いたので、味には自信がある。

それを裏付けてるように、鈴谷は嬉々とした表情でスコーンの味を楽しんでいた。

カップに紅茶をもう一杯入れると、ふと鈴谷はそんなことを聞いた。

 

「…不満とかって、ないの?」

「不満、か?」

 

提督はきょとんとした表情で言葉を返す。

秘書艦の問いの意味が分からないというより、何故そんなことを訊いてきたのかが、彼には不思議に思えたのだった。

 

「うん、不満」

「そりゃ、生きていたら不満を感じることもあるだろうが…急にどうしたんだ?」

「っ…あるの?」

「まあ、そうだな…昔からそう思うことは少なくなかったが」

 

散々な出来事についてであれば、話題には事欠かない。

流石にあの日のことを笑い話にできるほど精神は強くないが、決して今までの生活が常に幸福だったかと言われれば疑問だ。

 

「あ…ごめん、昔の話じゃないんだけど」

 

彼の過去を知っているのだろう、その話題に触れると、気まずそうな面持ちとなる鈴谷。

 

「そうなのか。じゃあ、最近の話ってことか」

「うん…というより…」

 

ある程度、彼女の言いたいことがわかった気もする。

根は誰より優しい鈴谷のことだ。きっと秘書艦業務を通して、色々と自分に対して何か思うところもあったのだろう。

それは、自分の身を案じてくれた鳳翔や龍鳳たちの優しさと似通っていたのだった。

 

「…急にどうしたんだ?俺は何ともないぞ」

「いや…うん、そのね。いつも提督って、何があっても気にしないっていうか…きっと我慢してるんだと思うんだけど…その」

 

一度言葉を切った鈴谷が俯く。

日頃元気いっぱいな彼女にしては珍しいというか、耳まで赤くしているのが分かった。

 

「…気になっちゃったの。し、心配で」

 

目を見開いて、思わず苦笑する提督。

しかしながら、鈴谷が自分に対してそのように思ってくれていたことは、言葉にはできないが、彼にとって何とも嬉しいものであった。

 

「ふふっ」

「ちょ、ちょっとお!?何で笑うし!」

「すまんすまん。でも嬉しいよ。ありがとう」

「へ!?……あう」

 

一気に口数の少なくなる鈴谷。誉められたり、表だって感謝されると弱い。

 

「こうしていると、鈴谷と会った時のことを思い出すな」

「ギクッ」

 

ふと、初対面の時の思い出が話題に上り、鈴谷は動揺する。

色々と提督や年上の人間を軽視する節のあった問題児は、初対面の彼にも容赦なく毒を吐いたものだった。

――まあ、見かねた最上に演習でぼろ負けして一喝されたのだが。

 

「…まあ、気持ちはわかるんだけどな」

「うっ..あ、あれはまだ幼かったからっていうか…!」

「何というか、色んな意味で女子高生らしかったよな」

「い、言わないでって!」

 

鈴谷の見せた、大人に対する不満や何者にも囚われずに、独り立ちしたいという感情の芽生えは、思春期の子供にとって大きな成長の要素となる。

艦娘にも同じことが言えて、見た目不相応に幼い言動だったり、どこか達観した物言いが見慣れるのは、艦娘としてこの世に生を受けてからの時間に左右される、と結論付けられるのだった。

 

「人に直すと、俺も鈴谷とそう変わらないんだけどな」

「そ、それは提督が変におっさんくさいだけじゃん!」

 

艦娘の成長は早く、一定の成長度に達した艦娘は、大きな心身における変化はなくなる。

その後どのように変化するかは、文字通り指揮を執る提督次第、と言った所だ。

 

「そうか?」

「そうだよっ!暁を膝に乗せてる時とか、めっちゃお父さんだし」

「…」

「というか、言動に収まらないし。欲とか、そういうのから解脱しちゃってるし」

「そ、そんな人を仙人みたいに」

「そう!それ、仙人じゃん!」

 

ぱっと明るく言った鈴谷の表情が清々しすぎて、心に刺さる。

お前には若々しさが足りん、と言い放った呉提督の呆れたような顔が目に浮かぶ。

これでも、鎮守府に着任している提督の中では相当若い方なのである。

おかげさまでまだまだ出世の道は遠い。

 

「そう、なのか…」

「あと、考えるときに眉間にシワが出来てるよ」

「それは当たり前じゃないか?」

「いっつも考えごとしてるじゃん」

「ぐっ…」

 

言われてみればそうかもしれない。

非常に参考になる意見ばかりである。

 

「うーん…それじゃ、提督の欲しいものとかってあるの?」

「直接なにかを手に入れたい、ってことはないな…強いて言うなら」

「言うなら?」

「休暇」

「あっ…」

 

遠い目をした提督の表情で全てを悟ってしまった鈴谷。

艦娘に囲まれた生活を夢見て着任した提督たちの退職理由ランキング一位のその威力たるや、浮世を離れたこの仏のような人間をも苦しませるというのだから、もはや考えるまでもない。

 

「まあ、何だかんだいってこの生活には慣れたし、作戦時を除けば楽しいんだ。君たちの成長を見届けたいとも思っている」

「そ、それは嬉しいんだけど…やっぱり台詞がおじさんっぽい」

「うぐっ」

 

心臓の辺りを押さえる仕草をする提督。どうやらかなりショックらしい。

 

「…ふふっ、でも楽しいなんてね。鈴谷もちょっと嬉しいよ」

「そういってくれると有り難い」

 

紅茶を一口啜って、小さく息を吐いた提督。

そんな彼に背後から忍び寄って、両肩を掴む。

 

「うおっ」

「鈴谷が肩揉みしてあげる、楽にしてて」

「あ、ありがとう…?」

 

酷く凝った提督の肩。

この背中に、どれだけの重荷を背負っているのか、きっと自分には想像も出来ないのだろう。

だから、今はこうするだけ。

 

「硬いよー?いつもお疲れ様だね」

「鈴谷こそ。最近は練度上げの演習も多いだろ?」

「鈴谷はだいじょーぶ!ってね。もうすぐ軽空母にだってなれちゃうんだから」

 

彼が心配しないように、今出来ることはひとつだけ。

どこまでも強くなることだ。

それが提督を支えることを、鈴谷は強く信じている。

 

「…ね、提督。今日の夜、暇?」

「ああ、空いてると思うぞ」

「なら、一緒にご飯食べに行こうよ。熊野も誘ってさ」

「いいぞ。なら、さっさと執務を終わらせてしまおうか」

「おー!ってことで、はいおしまい!」

 

腕を振り上げて気合いを入れる。

ぱっと提督の肩から離れると、提督は鈴谷の方を振り返った。

 

「…ありがとう。大分楽になったよ」

「んっ!じゃあぱっぱとやっちゃうよ!」

 

昼下がりの陽だまりの中、鈴谷ははにかんでそう言うのだった。

 

 




お気に入り数が100人を突破しました。本当にありがとうございます。
これからも細々と続けていきたいと思っておりますので、よろしくお願い致します。
また、活動報告を更新させて頂きました。大切な内容ですので、差支えなければお読みください。

海外艦、もし追加するなら初登場は

  • ドイツ艦
  • イタリア艦
  • ロシア艦
  • アメリカ艦
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