舞鶴第一鎮守府の日常   作:瀬田

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第三十九話 レディ、特訓中です

「艦隊、これより挟撃戦に突入します!」

 

戦闘海域の北方一万メートル、熊野は艦隊の総員に声を掛けた。

 

「了解!」

 

第一戦速で海原を駆け抜ける。

飛沫の中、熊野は水上機を前方に飛ばすと、次第に先遣艦隊の姿まで俯瞰した映像が送られてくる。

 

「鈴谷!行きますわよ!」

 

その中に見えるもう一人の旗艦、鈴谷に無電で呼びかけると、遥か遠くで彼女は笑顔で親指を立てたのだった。

 

「砲雷撃戦、開始ですわ!」

 

 

────────────────────────────────

 

 

「お疲れ様、熊野」

 

母港に帰り着いた熊野たちを出迎えたのは、我らが提督であった。

 

「提督、お仕事はよろしくて?」

「ああ。今週の分はあらかた片付いてる」

 

最近は、敵艦を撃つということに、あまり恐怖を感じなくなったきた。

それは、生命を奪う行為であるという以前の認識が、変わってきたということを意味する。

そこにはこじつけのような、若干無理矢理に自分を納得させる感情があったのかも知れないが、選択したのは自分だ。誰にも異論を挟ませる気はない。

また、その選択肢を与え、自分がどの道にあろうと絶対に応援すると言ってくれた彼に、確かな感情があったこともまた事実なのだ。

 

「報告は後でいいから、先に入渠を···と言っても、あまりいないか」

 

そう言おうとして艦隊の人員を見渡すが、特に目立った損傷はない。

 

「凄いじゃないか。熊野」

「い、いえ···まだまだですわ」

 

褒められるのには慣れていないらしく、熊野は照れからか俯く。

 

「提督ー!鈴谷は?」

「お前もよくやったよ。はいこれ、間宮券」

 

丁度二枚余っていたので熊野たちが旗艦へのご褒美として受け取った間宮券は、前の鎮守府では決して見られないものだった。

 

「やったー!」

「あ、ありがとうございます」

 

なんだか感慨深い思いに浸ってしまう。

ふと、今まで渡ってきた海の青を振り返った。

──────この海を護る。

水平線の向う側に待ち構える、あの存在は、元々は敵ではなかったのではないか。

かつての戦争において、重雷装巡洋艦という艦種は、この国にしか存在しなかったこと。

海外の艦船の魂を受け継いだ仲間がここにいること。

その事実の数々は、その仮説を証明しつつある。

 

なにはともあれ、想いの強さが現在の熊野の確かな原動力となっていたことは確かだ。

 

「···よくやったな」

 

提督は、少し遠慮がちに頭を撫でた。

多少は自分くらいの娘への配慮をしてくれているのだろうが、もっと撫でてくれてもいいものだと思う。

 

「あ、ありがとうございます···」

 

そんな事を考えていた自分にはっとして顔を赤くしていると、提督の後ろから視線を感じた。

 

「···?」

「···ねえ、熊野さん」

「おっ、暁か。熊野に用事か?」

 

それは、暁型駆逐艦一番艦、暁のものだった。

聞くところによれば、長女としての威厳を示そうと様々なことにチャレンジしているが、どう頑張っても雷の圧倒的母性の前に屈服しつつある、危機的状況らしい。

 

「ええ」

「暁さん···?何かしら?」

 

提督の背後に隠れるようにしていた暁は、バッと熊野の前に躍り出た。

 

「暁に、レディーを教えて欲しいの!」

「···え?」

 

彼女の決意の瞳は小さく、それでいて力強く燃えていた。

 

 

 

 

 

『 レディー···ですの?』

 

質問の意味が分からず、きょとんとする。

レディー。

レディーなのかレディなのかよく分からないその言葉は、あまりにも抽象的で、けれどもそれを口実にすることは出来なさそうだった。

 

『 ええ。教えて』

 

ずいっと、半歩近づいた暁にタジタジと後ずさる。

『 え、ええっと···』

 

『 まあまあ、暁、昼飯の後でもいいだろ?熊野も皆も疲れているし』

 

提督が彼女らの間に割って入ると、暁は渋々頷いた。

 

『 そ、そうね···じゃあ熊野さん!お昼の後で聞きに行くわ!』

 

そう言った暁は、パタパタと寮へ戻って行った。

 

 

─────────────────────────────────

 

「ど、どうしましょ···」

 

熊野は悩みに悩む。

それもその筈、何をもってレディを定義するかなど、熊野には分かる訳が無い。

 

「元々暁は、ああいう背伸びした性格なんだ。姉として、大人っぽい行動をしたいんだろうな」

 

夕暮れ時。

秋空は綺麗な夕焼けを映していた。

書類を一段落させ、熊野は憂鬱そうに呟く。

 

「大体、何故私に···」

「それは、暁から熊野はそういう、大人っぽい女性に見られているってことなんじゃないのか?」

「私が···ですの?」

 

熊野は信じられないといった目でこちらを見ているが、そう思われるのも当然だろうと思う。

 

「ああ。他の艦娘から話をよく聞くよ。普段の生活から肌の手入れなんかに気を使ったり、アドバイスしてくれたりだとか。後は、私服がすごいお洒落とかか」

「そ、そうですの···」

 

言葉を聞くうちに、頬が赤く染まっていく。

「残念ながら休暇も少ないもんで、なかなか休日の君たちと会うことも少ないんだが···って熊野?」

「ま、まあ私は神戸生まれですもの!オシャレの専門家ですわ!」

「おう···まあ、とにかくだ。暁の期待に答えるという意味でも、何か、出来る範囲でアドバイスを頼んだ」

「そうですわね···分かりましたわ、この熊野にお任せ下さいまし」

 

自信満々に、胸を張って熊野は言う。年相応の無邪気さを見せるのは、彼女にしては珍しい。

 

「よろしくな。お礼に今日の夕食、奢らせてくれ」

「ほ、ほんとですの!?」

「お、おう」

 

(金欠なのか…?)

 

身を乗り出すほど目を輝かせていた熊野に、見当違いな考えが頭を掠めた彼であった。

 

 

 

 

 

「あっ、熊野さん!」

 

待ち合わせの約束をした間宮の前、果たしてどうしようかと思案していると、暁が走ってくるのが見える。

 

「ごめんなさい、待ったかしら」

「いいえ。私も今来たところですわ。急がなくていいのよ」

 

ドラマの一幕のような定型問答だなと思っていると、暁が憧れの眼差しで自分を見つめていた。

 

「えっと…暁ちゃん?」

「これが『おとなのよゆう』ってやつね!さすが熊野さんだわ!」

「そ、そうかしら…?」

 

正直なところ、全くわからない。

そんな思いはひた隠し、日の当たる窓辺へ席を取る。

 

「と、とりあえず好きなものを頼んで下さいね」

「ええっと、わたし、おこづかい持ってきたわ」

 

ごそごそと小さなバッグを探る暁。可愛らしいものでつい微笑んでしまう。

 

「気を使わなくていいですのよ。今日は私が払いますから」

「え…い、いいの?」

「もちろんですわ。でも、晩ごはんの分はしっかり残しておきなさいね?」

「ええ!」

「ふふ…」

 

ここまで彼女の無邪気な笑みにこちらも終始微笑みっぱなしだが、そこから、彼女が所謂『レディ』に憧れる理由が分かった気がしていた。

 

「はい。特製パフェとホットコーヒーです」

「ありがとう!」

「ありがとうございます」

 

口をつける前から、コーヒーの香りが漂う。

流石は間宮といったところか、ドリンクメニューの完成度にも隙はない。

芳醇ともいうべき風味が口の中を巡っていた。

 

「美味しいですか?」

「ええ!あっ、熊野さんも一口いかが?」

「あら、ありがとう。じゃあ頂きましょうか」

 

あーん、と差し出されたスプーン。

思わずあらあら、と呟いて、一口頂く。

 

「…ん。甘くて美味しい。疲れが飛んでいきますわ」

 

暁には、その熊野の表情が、何とも魅力的に映るのであった。

 

「ほぁ…!」

「···?どうしましたの?」

 

きょとんとする熊野に、暁のキラキラした視線が刺さる。

 

「こ、こうしちゃいられないわ!」

「へ?」

 

淑女の気品とは一体なんだったのか、パフェをかっ込んだ暁は、一言熊野にお礼を告げる。

 

「熊野さん、パフェご馳走さま!あと、私、熊野さんのおかげで何か掴めそう!」

「は、はあ···」

 

長い髪を振り乱し、出口へ駆け抜ける暁。

その勢いに気圧され、彼女がいなくなった後も、熊野はしばらくぽかんとしたままだった。

 

 

 

 

 

別棟の縁側。

最近では、天津風を連れてきたくらいか。

 

『私、秘訣に気付いたの!』

 

そう言って聞かない、興奮冷めやらぬ暁を落ち着かせるため、休憩がてら話を聞こうかとこの場所へ連れてきた。

気のせいか、それを告げると本日の秘書艦の不知火は、

 

『どうぞご勝手に』

 

と、何やら不満げな顔をしていたが。

 

「───ねえ、聞いてる?」

「あ、ああ。何の話だったか」

「聞いてないじゃない!…もう。熊野さんの話よ。レディの何たるかを、私は掴んだのよ」

 

得意げにする暁は至って子供らしいと感じさせるが、まあそれは言わないでおくことにする。

 

「ほう。して、それは一体なんなんだ?」

 

教えてくれ、と乞うようにすると、暁は得意顔を更に輝かせて答える。

 

「ふふん、それはね···可愛さよ!」

「なるほど…?」

 

いまいち言葉の真意分かっていないが、とりあえずは続きを聞くことにする。

 

「熊野さんは確かにお洒落だし、それに物知りだわ。 けれど、そんな熊野さんを魅力的にしているのは、熊野さんのちょっとドジっ子なところだったり、純粋なところだと思うの」

「···その心は?」

「ギャップ萌え、ってやつね!作戦中の熊野さんならしないことが魅力的に映るの」

 

まさか、彼女からギャップなんて言葉が出るとは。

提督は目を見開いた。

一方、暁はと言え自信がこもった瞳を輝かせている。

言っていることが間違っていないだけに、北上あたりはうんざりしそうな明るさである。

 

「成程。よく熊野を観察したんだな」

「人間観察、っていうのかしら?」

 

なんだか地雷臭のするそのワードを呟く暁。

 

「ともかく!そういうメリハリが、熊野さんの、いわゆるレディの魅力なのよ!」

 

真理に辿り着いた哲学者の表情で、さらに続けた。

 

「そうだな。よく駆逐艦の子からも話を聞くよ」

 

彼女の導き出した結論には納得させられることが多い。

普段から周りに向けられる生温かい目線を見ていると、ついついその天真爛漫さに隠れてしまうが、やはり人をよく観察する力に優れているようだ。

 

「やっぱり!?えっへん」

「暁はみんなをよく見ているな」

「えへへ、もちろん!レディですから」

 

よほど嬉しかったのか、頬が緩みまくりでニヤつきが止まらない暁。

提督は膝の上の駆逐艦に苦笑しながら、ひたすら髪を撫で続ける。

満足げな笑みを浮かべる暁は、ご機嫌な表情で続ける。

 

「私、これからは熊野さんを見習って頑張るわ!」

「目標となる人を見つけられたのは良いことだな。頑張れ

よ」

「ええ!サーモン海域なんてへっちゃらなんだから!」

「頼もしい限りだ」

「それなら…んっ、もっと撫でてちょうだい」

「ふふっ、仰せのままに」

 

頭を押し付ける暁。

普段から長女として努力を欠かさない一方、見た目相応の、まだまだ子供っぽい一面は見ていて癒される。

 

「…さっきの話だが、熊野をお手本にして頑張るのは素晴らしいことだ。ただ、『暁らしさ』も忘れないで欲しいと思う」

「私らしさ?」

「ああ。いつか、そのことで悩む日がくるかも知れない。その時に、きっと役に立つはずだから」

「そうかしら?…うん、でも、司令官の言うことだし、きっと大切なはずよね!」

「そう思ってくれて嬉しいよ。大人っぽい暁も好きだけど、第六駆逐隊のみんなで遊んでいる時の楽しそうな暁も可愛らしくて良いと思うぞ」

「えへへ…って、も、もう!」

「本当のことだ」

 

暁は、抗議の目線で提督の胸元をポコポコと叩いている。

一通り終わってから、暁は提督に向き合って笑った。

 

「んへへ…じゃあ、もうちょっとこうしててくれる?」

「ああ」

 

うららかな春の陽気にあてられる二人の影。

身体を撫でる涼しげな風と提督の腕の中で、暁はすやすやと寝息を立てるのであった。

 

海外艦、もし追加するなら初登場は

  • ドイツ艦
  • イタリア艦
  • ロシア艦
  • アメリカ艦
  • イギリス艦
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