舞鶴第一鎮守府の日常   作:瀬田

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シリアスに見せかけてますが、内容は薄いです。


第四十一話 存在証明のフィロソフィー(前)

きっと私は、独りぼっち。

 

 

そんな考えがいつも、心の奥に凍り付いていて、引き剥がすことなんてできなかった。

現代の孤独とか、文明発展の功罪だとか、講義で長門さんや妙高さんに教えてもらう知識で考え付いたことではない。

もっと簡単で、個人的なものだ。

 

だからって、私が姉妹艦がいなくて、取り繕っているけど本当は人と話すことが苦手なことの気休めにそんなことを考えているのではない。

そもそもそんな簡単なことなら、きっと既に解決しているはずだ。

 

鎮守府のみんなは良い人たちばかり。

 

だからきっと、心のどこかで引け目を感じてしまう。

こんな私にも気を遣ってくれているのではないか、本当は私と関わることなんて望んでいないんじゃないかって。

――否。

こんな風に勘ぐってしまう私が、こんな私が存在していることを許容してしまう私が、私は嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ほう」

「大鳳!」

「…っ、はいっ!」

 

遠のいていた意識が、自分の名を呼ぶ声によって途端に現実に引き戻される。

大鳳は慌てて顔を上げ、黒板の前に立つ艦娘、講師役の長門を仰いだ。

 

「どうした。体調が悪いのか」

「い、いえ…。少しうとうとしてしまいました。申し訳ありません」

 

周囲の受講生、つまり艦娘たちは彼女の珍しい姿にざわつく。

しかしながら、もちろん真実は、彼女が言い訳したように微睡んでいたからなどではないということは、大鳳自身気付いていたのだった。

 

「…ふむ。もし授業中に身体の異常に気付いたら、すぐに申し出てくれ」

「…すみません。以後気を付けます」

 

教室内のざわつきは、しばらくするとすっと収まっていく。

けれど大鳳は、彼女の心の中で、そのざわつきを抑えられずにいた。

 

(みんなの思う、私って)

 

受講生たちのざわつきを起こした原因は、何か。

大鳳には、それが分かっていたけれど、それを直視することを望みはしなかった。

 

(…それでも)

 

それでも、考えてしまう。

悩みの種が、また一つ増えてしまうことをわかっていつつも、考えてしまう。

 

受講生たちのざわつきを起こした原因は、何か。

それは、彼女たちの描く「大鳳」の虚像が生んだ違和感そのものだ。

少なくともあの子たちにとって、あの行動は、きっと「私」らしくない――。

 

下げた目線の先に、配布されたプリントが映る。

今日の科目は倫理・哲学だそうだ。

 

『cogito, ergo sum』( 我思う、故に我あり )

 

無機質なゴシック体がひたすらに問う。お前は何者だと。

デカルトのように仰々しいことでなく、ただ単純に、強く問う。

ゆっくりと、力なく指先で『我』の字をなぞり書く。

 

(私、って何なの)

 

そもそも彼女たちが思う、いや、思うことなんてないかもしれないけれど、彼女らの心理と想像が描き出して結んでいく大鳳の像は、果たして虚なのだろうか。

それが間違っていることを、誰が断じることができるというのだろうか。

形のない自我の不確実感が、大鳳の心を包んで支配している。

 

(私を決めるのは、私?)

 

心に浮かんだ一つの回答。

それが完全なる正答だと、彼女が今ここで信じることはできない。

 

他人の目に映る自分の姿を気にしていては、キリがない。

かと言ってそれを顧みずに自分の思う通りの行動を続けていれば、それは歪んだ理想像、つまりエゴイストと断じられても否定できない。

幼稚な悩みだ。思春期の子供のような悩みだ。

それでも、今、大鳳にとってはこれ以上なく解決困難な問いのように感じられた。

 

人間、兵器。

理想、現実。

主観、客観。

真実、虚構。

 

二律背反を、それでも、敢えて選ばなければならないならば、自分はどうすべきか。

回転の遅い頭を必死に回して考え続けるが、答えは見えない。

 

彼女は、そんな彼女が嫌いだった。

 

『答え』を、あるいはそれを導くための方法を誰かに乞うつもりはなかった。

けれど、仮にそれを導いたところで、それを正しいと決める手段が、価値基準が、大鳳の内には存在しなかった。

問題を設定して、解法を得るために、その手段をまた設定していく。

偉人が放った、超然と存在する目の前の文字列が突き付ける課題の解決は、大鳳にとって、あまりにも高次元過ぎた。

この場合、彼女の場合、はじめに考えるべきはなにか。

求めるべきは何か。

 

(私は、私が欲しいものは)

 

大鳳を、大鳳として繋ぎ留めておくものが欲しかった。

それは、やはり自分だけでは成り立たない。

そこに自我の不安定さを感じつつ、それでも、その結びつきぬきに自分を騙ることが、大鳳にはできなかった。

人は自由で独立した存在ではなかったのだろうか。

士官学校で学んだ知識は、次々と裏切られていく。

 

持っていたペンが、指をすり抜け転がり落ちて、音を立てた。

 

 

 

 

 

「えっと…」

 

トレーニング終わり、グラウンド脇のベンチに座って、天津風は呟いた。

 

「いつ友達になったか、ですか?」

「ええ」

 

大鳳はその答えを、彼女らに見出そうとした。

言い訳がましいが、解決の糸口を見つけることは、解法を得ることとはまた別であると結論付けて。

 

「去年だったわよね?」

「うん。着任する前に会ったんだっけ」

 

過去を懐かしむように語る島風。

肩を掴んでじゃれつく島風に、天津風はうっとおしそうでもあり、同時にそれを楽しんでいるようにも見えた。

 

「後から聞いたけど、私を見つけるためにAL海域の捜索隊まで出したそうじゃない」

「ありましたね。私も練度上げ目的で参加しました」

「友達が欲しいって提督に言ったら、まさかあんなことが起きてるなんて、聞いてないよぉ」

 

困ったような照れ笑いを浮かべた島風。

天津風も同様らしく、自分の背に寄りかかる島風を厭う素振りもなく受け入れている。

 

「…つまり、初対面で会ったその時からお知り合いだった、ということですか?」

「そうかもねぇ」

「なんというか、私たち艦娘って前世(ふね)の記憶をどれくらい覚えてるかは人それぞれだけど、関わりの深かった艦娘に会えばなんとなくだけど、すぐ分かっちゃうのよね」

「…そうなんですか?」

「少なくとも、私は天津風のことが分かったよ」

「私も。連装砲くんたちもそうみたい」

 

足元で飛び跳ねている自律式連装砲に天津風たちが目をやると、彼らはそれに呼応するかのように、キュウっと鳴いて手を挙げる。

島風の連装砲も同じような仕草をし、見事ハイタッチのような体勢になった。

 

「その日のうちには友達だったかな?」

「明確に区切るようなものはないと思うけど…強いて言うならそうかもね」

「なるほど…」

 

そう小さく零した大鳳に、天津風は首を傾げて訊く。

 

「でも、どうしてこんなことを聞いたのかしら?」

「あっ、それ私も気になる」

 

彼女らの疑いのない、純真無垢なその表情は、大鳳に一抹の羨望のようなものを感じさせた。

 

――こんな関係に、いつか自分もなれるのだろうか。

もはや自分の存在意義や役割は戦闘に限らなくなった。鎮守府に戻れば迎えてくれる艦娘たちや提督もいるし、生活を共にする空母の仲間もいる。

大鳳はその新しい関係性に漠然とした不安定さを感じ取っていた。

 

艦艇時代にはなかった、言語を使い、感情を表現するということ。

それらはこの新天地での生活の中で、必須になる一方で、その難しさも言わずもがなだ。

一方通行ではいけないし、かと言って無口を貫くことは不可能だ。

言葉は選ばなければならないことだってある。一歩間違えば、それが凶器と化してしまうことすらもありえるのだ。

 

(いっそのこと、言葉なんてなくなってしまえばいいのに)

 

不安のあまり、そう考えることだってあった。

何も言わなくても、心が通じ合えて、お互いがお互いを自分のことのように気にかけ、信頼する。

そんな関係性を、その存在性を抜きにして、大鳳は無意識のうちに欲していた――。

 

だから、この質問には彼女らを試すという意味もあった。

彼女らとはよくトレーニングで一緒になるとはいえ、不意にこのようなことを訊かれれば不審に思うのが当然だ。

 

(こんなこと考えてるのは…きっと、私だけ)

 

それだけに、大鳳の心に重圧をかける自己嫌悪の念は、その大きさを増した。

彼女らのいる領域に、未だ踏み込むことのできない自分の情けなさを恥じていた。

 

「それは…今度お教えします」

「ええー。それじゃあおっそーいよ!」

「こら島風っ…まあ気になるのはわかるけど、今度答え合わせってことでいいでしょう?」

「そうして頂けると」

 

苦笑して大鳳はベンチから立ち上がる。

 

「それじゃあ、次のトレーニングはまた一週間後ですね。お先に失礼します」

「あっ、またね、大鳳さん!」

「お疲れ様でした」

 

空母にしては小柄な大鳳の体躯の影が、夕日の光で長く伸ばされる。

彼女は自嘲的な笑みを浮かべながらも、脳内では冷静に、次に訪れる艦娘の寮室の位置を思い出していたのだった。

 

 

 

 

 

「信頼…か」

「ええ。あなたなら、きっとわかると思って」

「ふふ…それは光栄だ」

 

大鳳はシャワーを浴びたあと、手土産を片手に第六駆逐隊の寮室を訪れていた。

入って手前のテーブルに座って、響は話し始めた。

 

「それにしても、なぜその話を?」

「そうね…艦娘として再び生を受けて、この暮らしを続けていたら、なんとなく気になったの。私には姉妹艦もいないから」

「なるほど」

「それなら、艦隊で一番仲の良いあなたたちに聞こうって」

「それは…なんというか、照れるな」

 

言動は大人びている響だが、やはり根は子供らしい一面を覗かせる。

真っ白な頬の肌に赤みが差す。一種の神秘を感じさせるほどであった。

 

「本当のことよ。…やっぱり、姉妹艦という理由が強いのかしら」

「そうだね…それは大きいと思う。だけど、私自身、暁や雷、電との『信頼』を育んできたのは、それだけではないと思っている」

「…というと?」

「史実では、私たちが一緒に行動した期間は短い。たとえ同型艦であれど、それが私たちの関係性の中核になっているとは、私は思いたくない」

「…そう、なの?」

「ああ。過去にとらわれない、艦娘としての今を生きる私たちなりの『信頼』こそが、今の第六駆逐隊を支えるものだ」

 

大鳳は目を見開いた。彼女の紡いだ言葉の説得力に、ただ頷くことしかできなかった。

 

「もちろん、あの戦いの記憶は忘れてはいけない。再び戦場に立つ者として、過去の失敗から目を背けることは許されない」

「…ずいぶん、厳しいようにも聞こえるわ」

「そうだろうか。少なくとも良い結果とは言えないかも知れない。が、あの時代、私たちがかつて生きたあの時代、確かに『栄光』は…『信頼』は、存在していたと、思う」

「…!」

「身内びいきに聞こえるかな。雷と電が危険を顧みず敵艦の救助を行ったときの誇りを、暁がソロモンの戦いで探照灯を照射したあの勇敢さを、私は絶対に忘れない」

 

響は懐かしむような目つきをして言った。

それでも、瞳には確かな自信が見て取れた。

 

「具体的に何をしたか…そればかりじゃない。あの時代を生きた人間、艦艇全てを、私は信じたいんだ」

「…っ」

 

言葉を失う大鳳。

響の、駆逐艦としての幼すぎるようにも見えるその体の奥底に眠る、魂の煌めきと情熱の大きさを、彼女は瞬時に悟った。

 

「おそらく、だけど…この鎮守府にいる艦娘たちは、みんなそう思っているはずだ」

「大鳳さんだって、そうだろう?」

「わた…しは」

 

彼女は、決して強要しているようには見えなかった。実際にそうではないことなど分かる。

だからこそ、大鳳は自分の心の醜さに、矮小さに震えてしまう。

 

「…きっとそうさ。今はそう思えなくたって」

「そうなの…かしら」

「私はこんな小さく幼いなりだ。そんな艦娘が言った戯言を、大鳳さんはこんなにも真剣に聞いて、考えてくれている」

「…」

 

響の瞳には、はっきりと慈愛の情が見て取れた。

それは、あの大戦を生き抜いた艦だけが持ち合わせる、特有の包容力を持ち合わせた感情であるのかも知れないと、大鳳は感じた。

 

信じて、もらえるのだろうか。

踏み込んでも、良いのだろうか。

大鳳の中で、固く閉じた心の扉が、僅かにその隙間を見せたような気がした。

 

「私は、暁たちを信頼するように、あなたを信頼したい。大鳳さんを信頼したい。そのために、もっと大鳳さんのことを知りたいと思う」

「…私も、です。信じてもらえないかも知れない。それでも、私は心から、皆さんと繋がりたい。私欲の醜さも、愚かで傲慢な感情も曝け出せる、そんな強い関係を、『信頼』と呼ぶのなら…私は、皆さんを信頼したい」

「…うん」

 

気が付けば、勝手に涙は溢れていた。

まだ、大鳳はその思いに確信が持てたわけではない。恐らく冷静になれば、疑問や猜疑心は湧いて出るのだろう。

それでも、信じようと思った。

その事実が、大鳳の枷を一つずつ、確かに外していくのだった。

 

 

 

 

 

あの後、勝手に泣き崩れていたところに暁たちが部屋に戻ってきて、あの惨状を目撃し、響が泣かせたのではないかとひと悶着あったりして。

結局弁解ついでに食堂に行き、食事を摂るという流れになった。

 

(今度会ったらまた、響ちゃんに謝らないと)

 

不要な迷惑をかけてしまったと後悔するが、いつものように心が沈むことはない。

我ながら単純だとも思うが、それほど響の放った言葉が自分にとって重要であったのだと、結論付ける。

 

「あっ、大鳳さん」

「…妙高さん」

 

廊下の先、夕食後の大鳳に妙高は声をかけた。

数十分前の光景を思い出してつい微笑んでしまっていた大鳳は、その声に表情を引き締める。

 

「お疲れ様です」

「ええ、お疲れ様です。今から食堂ですか?」

「いえ。もう那智(いもうと)たちと済ませました。…あっ、そうだ、これからの時間はお暇ですか?」

「は、はい…」

「それなら、晩酌でもどうでしょう?」

「晩酌、ですか?」

 

聞くところによると、どうやら妙高型姉妹は明日が非番の日、ゲストを呼んで晩酌を行い、様々な話を語り明かすことが多いそうだ。

ゲストは酒豪の武蔵や千歳、隼鷹、そしてちゃっかりと提督、もしくは四人には負けるが同じく酒の強い一航戦、摩耶、響とバラエティに富んでいるという。

 

「あまりお酒に強くないようでしたら、その辺りも調整しますよ」

 

大鳳自身、特段酒に強い訳ではない。

過去の経験でそれを加味したのか、妙高は苦笑して言った。

 

「そうですか…それなら、お邪魔させてもらおうかしら」

「ええ、なら行きましょうか」

 

姿勢の良い妙高の背を追いかけるように歩く。

――私も、彼女のようになれるのだろうか。

 

今まで、大鳳が悩み心を磨り減らしてきた問題は、今では幾つにも分岐し、それぞれがそれぞれの解答を求めているように思えた。

しかしながら、その根源は殆ど同一のもののように思える。

 

それが、今この廊下を歩く、妙高の背に表れているように、感じられた。

 

(天津風や島風のような関係性に、なれたら)

(響ちゃんのように、誇りを持っていられたら)

(妙高さんのように、絶対的でいられたら)

 

妙高に関しては、特にこの話題について話したことはない。

今日だって会って話したのは初めてだ。

それでも、日頃から重巡洋艦をとりまとめ、そして艦隊を勝利へ導くあの凛々しさを見ていれば、想像はつく。

 

きっと誰よりも日々の訓練を続けているのだろうし、講義だって今や提督に講師に任じられるほどだ。

しかし、大鳳が見ているのはそれではない。

もっと内側の、彼女の根本を見ている。

 

「…さあ、着きましたよ」

 

思考が奥深くへ沈んでしまっている大鳳には、妙高の声が届かなかった。

 

「大鳳さん?」

「…」

 

回転の遅い頭で、大鳳は考える。

 

私は、何を求めているのか。

そして私は、何が違っているのか。

 

「おーい、大鳳さん…?」

 

暗くなった寮室前、困惑しきった妙高のヘルプで現れた那智、足柄、羽黒によって大鳳が我に返るのは、数分後のことであった。

 

海外艦、もし追加するなら初登場は

  • ドイツ艦
  • イタリア艦
  • ロシア艦
  • アメリカ艦
  • イギリス艦
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