舞鶴第一鎮守府の日常   作:瀬田

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待たせたな!(待ってないですよねすみません)
春先のゴタゴタがようやく収まり、花粉症に苦しみながら執筆してます。

※もう一つの小説も更新しています。よろしければご覧ください。



第四十二話 存在証明のフィロソフィー(後)

「…ほお、そんなことを考えていたのか、大鳳は」

 

酒の席、酔いからか悩みをポロっと漏らした大鳳に、那智は答えた。

因みに、姉妹艦の足柄や羽黒は度の強い日本酒に酔いつぶれて既に眠ってしまっていた。

 

「あ…つい、すみません、こんなつまらないことを」

「つまらなくないさ。実に興味深い」

 

酌を更に傾けた那智。勢いは止まることを知らないが、頬に赤みが差すことはなかった。

彼女らは相当酒に強いのだろう、と大鳳は感じた。妙高がアルコールの控えめな酒を注いでくれているとはいえ、それでも酔っている自覚がはっきりとしていた。

 

「自我不安定の状態にある、ということだな」

「…それほど堅い言葉でもないと思うんですけどね。子供みたいです」

「そうでしょうか?」

 

振り返ると、妙高が料理を載せた小皿を運んでくる。

 

「おっ、ホタテか。これは良いな」

「あ、わざわざすみません」

「いえいえ。漬けただけの簡単なものですから」

 

早速皿の上のつまみに箸をつけた那智を横目で流す。

妙高は、一人酔いの中で沈思する大鳳の隣に座って、呟いた。

 

「…やはり、悩みは消えませんか」

「っ…はい」

 

那智との話は妙高に聞こえていたようだ、

一瞬言葉を失った大鳳だったが、もはやその悩みを隠そうとは思わなかった。

 

「このことは、自分で解決しようと思っていたんですけど」

「ふむ…酒の力は偉大だな」

「貴女のそれは少し違うでしょう?」

 

苦笑して那智に指摘する妙高。

どうやら全て、彼女らの掌上で踊らされていたようだと、大鳳は観念したのだった。

 

「…どうして、ご自分だけで解決しようと思ったのですか?」

「私の問題は、私自身で解決すべきだと」

「立派な心掛けだが、それで講義が上の空では元も子もあるまい」

 

手酌で日本酒を注いで、那智は続ける。

素面と比べれば饒舌な彼女ではあったが、指摘は冷静そのものだった。

 

「…そういうときは周りの人を頼ってもいいのではないでしょうか?」

「で、ですが」

「まあ、信頼に値しないというのならば話は別だが」

「っ、そんなことはありません!」

 

大鳳は、卓上を叩いて勢いよく立ち上がる。

盃に注がれた酒が波打つ。

 

「…すみません」

「いや。私も言い方が悪かった。気にするな」

 

まあ、足柄たちが起きては厄介だからなと苦笑して、那智は杯を煽った。

 

「…私たちも講義での大鳳さんの様子を見て、心配に思っていたんです」

「貴様の心境は痛いほど分かる。それだけに、何か役に立てないかとな」

「…っ」

 

照れくさそうな那智の微笑みと、慈しむような妙高の笑顔。

その両方の輝きを一心に受けた大鳳の心はその熱に溶かされていくようだった。

 

「…私は、不安だったんです。私なんかが、過去の英霊の結晶である艦娘の皆さんと同じ立場にいられるのか、と」

「マリアナのことか。世辞にも良い最期だったとは言い難いからな」

 

盃を戻して、那智は過去を振り返るように目を細めた。

彼女の脳裏には、大爆発を起こす大鳳の最期の姿が浮かんでいた。

 

「あの頃、私は北方海域での作戦を主としていたから、あの戦いを見たわけではない。しかしその無念…そして、艦娘として生まれ変わったとき、貴様が妙高を見て感じたその不安定感は、想像がつく」

「わ、私ですか」

 

那智は何度も神妙に頷く大鳳を見て、盃を置いた。

 

「身内贔屓に聞こえるかもしれんが…妙高、お前はアイデンティティの塊のような(ふね)であり、艦娘(にんげん)だ。この心理状態の大鳳からすれば、いやどの艦娘からしても、憧れる部分は大きいだろう」

「そうです。妙高さんの戦闘時に限らない凛々しさ。臆病で、自信のない私は、貴女に憧れていました」

「そ、それはまた…直球ですね」

 

妹としてはかなわんがな、と付け加えた那智は、しばらくすると黙考して、目を瞑りながら呟く。

 

「言い方は悪いが…。駆逐なら夕立や綾波、軽巡なら神通。そして重巡とならば妙高というように、改二などでその性能が大幅に強化される艦娘は、艦歴に基づく改装が施されることが多い。そうした面で艦としての独自性を見出し、自信がつくのだろう…現に私だってそうだ」

「これは言い訳です。それでも、それに納得できなくて嫉妬してしまう私が、情けなくて」

 

大鳳は俯いた。

口にした言葉は紛れもない本心で、彼女の苦悩の核心を突いていたようだった。

 

「しかし案ずることも無かろう。貴様は数の少ない空母だ。それも装甲空母というアイデンティティを持ち合わせているように見えるが」

「現状は、です。聞くところによると、翔鶴型のお二人も、装甲化の検討が進められているとか」

「なるほど。第二次改装なら、性能強化が行われる可能性もありますしね」

 

二人は、大鳳の内心をよく汲み取っていたようである。

それはつまり、彼女らも同じような経験をしたということであった。

 

「史実、そして第二の生を受けたこの時代で…私は、どう、すればいいのでしょうか」

 

言い聞かせても言い聞かせても、大鳳の胸中に巣食う自虐心は消えない。

消せない記憶が、ただ純粋な悪意となって、彼女の心を覆う。

 

「『…改二がすべてではない』だったか」

「え?」

「私たちも、大鳳さんと同じことを考え、悩んでいた時期があったのですよ」

「その時に、奴が言ったのさ」

 

遠い目をした那智の姿に、思わず見とれていた。

男女を問わず、惹き付けられるような魅力があった。

 

「や、奴」

「提督ですよ」

 

妙高の言葉に振り向くと、そこには未だに見たことのない、彼女の表情があった。

過去を懐かしむような、その言葉に遥かな想いを抱くようなその表情だった。

 

「聞いてみるといい。きっと貴様の役に立つ言葉が聞けるだろう」

「は、はい」

 

那智や妙高がここまで言うほどだ。

そう期待させられる反面、彼の口から放たれるであろう言葉を、大鳳は一つも想像できないでいた。

 

「だが覚えておけ。最終的にこの問題を解決するのは貴様だ。自らの責任と使命を考え、そして行動することだ」

「…ええ、分かっています」

 

那智の言葉が胸に刺さる。

しかし大鳳は、それをずっと忘れないでいようと思えた。

 

 

 

 

 

「…という訳で」

「ほう。紆余曲折があってここに、ということか」

 

真夜中の執務室。

煌々と灯るテーブルランプの中に浮かび上がった提督のシルエットに、入室したばかりの大鳳は短い悲鳴を上げたのだった。

 

「こんな時間にすみません。しかし、那智さんと妙高さんが、あそこまで仰るほどであれば…是非、聞かせて頂きたいと」

「ふむ」

 

提督の操作したリモコンで、部屋の明かりが全体照明のものに切り替えられる。

大鳳は、そこにはっきりと映った指揮官の輪郭を認めた。

 

「そうだな…。それなら、一つ大鳳に言っておかなければならないことがある」

「…?」

「これから俺の言うことは、」

 

大鳳は彼の言葉を咀嚼しようと試み、そして飲み込むことに失敗した。

 

「そ、それはどういう…」

「まあ、情けないが保険というようなものかな。君たちが海上で経験したことを、俺は知らない。今、大鳳が悩んでいることを、俺は理解しきってあげられないのかも知れない。だから、これは独り言を聞き流すようにしてくれて構わない」

「はあ…」

 

一抹の困惑を感じながらも、そして大鳳は、提督のが一語、また一語と紡ぐ言葉に耳を傾けるのだった。

 

「那智や妙高にこの話をしたのは、丁度古鷹や加古の改二を実装した時だ。燃費も良く、性能が大幅に強化された古鷹たちの活躍は目を見張るものがあってな。恐らく自分の存在意義を見失ってしまったように思う。今は翔鶴型の改二・装甲化を検討しているから、大鳳も同じような状況だな」

「そ、そうです。仰る通りです」

「そうか。なら、俺から大鳳にアドバイスできることがあるとすれば、それは…」

「そ、それは」

 

生唾を飲み込んで、提督の口から放たれる言葉を待つ大鳳。

しかしながら、それは呆れるほどに単純で、大鳳にとっては意味不明な言葉であった。

 

「気にするな。だな」

「は?」

 

上官に失礼な物言いだと自覚するまでには、暫く時間がかかった。

提督の言葉は大鳳の思考を停止させるのに十分な威力を持っていて、したがって彼女は相当理解に苦しんでいたようだ。

 

「…あっ、すみません。し、しかし、それはどういう…?」

「みんな揃って同じ反応をするんだな。だがまあ、話を聞いてくれ」

 

そう言って続ける提督。

 

「…本営の工廠中枢では、すでに多数の艦の第二次改装が検討されているらしい。気にする間もなく、改二はいつかやってくるものさ」

「で、ですがそれが通達されるまでにはまた時間が掛かってしまうのでは?」

「改二を待つのなら、な」

 

一度言葉を切った提督。執務室には謎の沈黙が訪れた。

大鳳は不思議に思い、視線を上げて彼を窺ったその瞬間、絶句した。

それは能動的な行為ではなく、彼の鋭い視線に射られ、まるでその空間に磔にされたような、そんな錯覚を覚えていた。

 

「…っ」

「大鳳、君の使命は何だ」

「は、はいっ、深海棲艦から人類を護る、それこそが私たち艦娘の使命だと、思っています」

「まあ、軍人として、軍艦としてここに存在する訳だから、それも一つの答えだろう。しかし、それは『艦娘』の使命であって、必ずしも君がその使命を遂行する必要はないんじゃないか」

「そ、それは」

「もちろん、大鳳が役立たずだなんてこれっぽっちも思っていない。神に誓おう。俺が言いたいのは、艦娘として生きる君たちの価値を否定できる者なんて、どこにもいないということだ」

 

きっぱりと、提督は断言した。

自らの存在意義に思い悩む部下を、艦娘を、放っておけるわけがなかった。

それが、不敬ながらもかつての自分の姿と重なって見えたから。

 

「かつての艦艇、そして乗組員たちの魂は君たちの心の中で確かに息づいている。経緯はどうあれ、純粋に、見返りを求めずして、祖国を護るためにその身を投げうった人間が尊くないわけがない」

「そ、それは私も同感です。しかし、それがどう…その、『気にするな』という言葉に繋がるのか」

 

少し考えて、熱くなって説明を省きすぎたかと苦笑する提督。

 

「ああ。大鳳は着任からずっと、軍人として模範となるような活躍をしてくれている。それこそ、翔鶴や瑞鶴に劣らないくらいに」

「い、いえ。私はまだ着任したばかりですし」

「普段の生活態度を見ていれば分かるよ。このまま実戦配備したって、君は戦果を挙げられる」

「そ、そうでしょうか」

 

照れからか、わずかに頬を赤く染めて俯いた大鳳。

そんな彼女を眺めつつ、提督はゆっくり、言い聞かせるように言葉を紡いでいく。

 

「だからこそ、考えて欲しい。この舞鶴第一鎮守府に生きる、君だけの、大鳳自身の生きる意味を」

「私、自身」

「そんなに難しい話じゃない。この鎮守府の加賀は意外に表情豊かだし、響なんかはああ見えて激情型だ。そんな風に、他のどの大鳳とも違う、君なりの生き方について、ゆっくりでいいから考えてみて欲しい」

「私、なりの生き方、ですか」

 

小さく呟いた大鳳。

段々と、塞がれていtが視界が開かれていくように、彼の言いたいことが分かってきた。

 

「確かに、改二改装は戦略上重要だ。それでも君自身が君らしく生きる上で、本当に大事なものだとは、俺は思わないけどな」

「…私、は」

 

俯いたままの大鳳から、ぽつりぽつりと思いの丈が綴られる。

それを提督は、頷きながら黙って聞いていた。

 

「私は、マリアナの敗戦を経験したのみで、無残にも沈みました。きっと、『大鳳』のすべての乗組員は、あの戦いに勝利しようと、全力だったと思います。それは、理解しているつもりです」

「…」

「私は戦うことが分からない。戦うために生まれた艦娘なのに、生きる意味が分からないと、そう…今でも思ってしまいます」

 

悔しかった。栄光を手にしたあの人たちが羨ましくて仕方がなかった。

醜い嫉妬心の塊となった自分が嫌いで、それでもこんな自分を否定したくなかった。

 

「もうあんなことを繰り返さないために、私は強くなりたいんです。簡単に過去を呪うなんて、出来ませんから」

 

言い切った。

そうだ。私は強くありたいのだ。

そう、心の底から叫んだ気分だった。

 

「…本当に、大鳳は強いよ」

 

震え、掠れる声の中にも、提督はそんな大鳳の思いを汲み取っていた。

その純粋さを指揮官として、これ以上なく誇りに思えた。

 

「私は、まだ、弱いです。軍人としても、人間としても」

「そう思えることが、何より難しいことだよ。君はこのまま真っすぐに、ただひたむきに生きて欲しい。君らしさを忘れずに」

「…はい」

 

大鳳の目には、まだ若干の迷いが見て取れた。

しかし、確かな胸の温もりがあった。

 

「こんな私ですが…改めて、よろしくお願いします」

「こちらこそ。艦隊は君を必要としている。この鎮守府で、君がこの世界に生きる意味を見つけてくれることを祈っている」

 

敬礼する提督の姿に、大鳳はあの時代の軍人の面影を感じ取った。

それは彼女が、確かにあの時代に生きていたなによりの証左と感じられた。

 

「…はいっ」

 

頬を伝う涙の雫を、もはや気に留めることもなく、大鳳は笑った。

差し出された手のひらを握ると、伝わる熱量が心を溶かしていく。

新たな決意を秘めた瞳に滲む涙は、決して悲しみから生まれたものではなかったのであった。

 

 

 

 

 

「艦隊、帰投致しました」

 

短く、しかし自信に満ち溢れた表情で、大鳳は言い放った。

温もりを伝える日の光が降り注ぐ桟橋の上で、提督は返礼をして艦隊の被害状況を確認した。

 

「AL方面攻略、成功か。よくやった」

 

大鳳を旗艦とする北方艦隊はAL方面の攻略を実施、道中の北方棲姫の攻撃を退けて泊地艦隊の撃破に成功。

機動部隊を取りまとめる大鳳の的確な指揮は、中短射程の艦を寄せ付けず、圧倒的な勝利を飾った。

 

「皆さんのお陰です。加賀さんや瑞鶴さんに支えて頂きました。那智さん、妙高さん、鳥海さんは北方棲姫の撃破に貢献して頂き、道中の被弾も最小限で済みましたし」

「いいえ。大鳳さんの攻撃隊指揮が上手く作用したのよ。初めてとは思えないほどでした」

「その通りだ。素早く正確な偵察は、艦隊を安心させる。私たちも憂いなく攻撃を行えるというものだ」

「そ、そうでしょうか…」

 

艦隊の面々から賞賛を受け、頬を赤くして慌てる大鳳。

提督は内心で安堵の溜息をついていたが、それも杞憂だったのかも知れないと苦笑した。

 

「そうそう!加賀さんがここまで褒めるって珍しいんだから」

「あら、心外ね。それとも瑞鶴も褒めて欲しかったのかしら?」

「へぇっ!?そ、そんにゃことは」

「顔に書いてあるな」

「うふふっ…瑞鶴さんもまだまだ甘えんぼさんですね」

「ちょっとおー!」

 

大鳳よりも顔を真っ赤に染めて抗議する瑞鶴に、一同がどっと笑いはじめる。

雑談が繰り広げられる中、提督は大鳳の側へ寄った。

 

「…改めて、よくやってくれたよ。何か掴めたようだな」

「艦隊の一員として、私も全力で向き合うことに決めました。過去を恐れず、私らしさを守りながら生きていこうと」

「その意気だ。いつまでも語り継げるよう…どんな過去であっても、君たちには、忘れないでいて欲しい。もし見失いそうになっても、皆が、きっと思い出させてくれる。俺だって、全力で支えよう」

「はい。信頼に応えられるよう、精進して参ります」

 

海風になびく黒髪を押さえて、大鳳は微笑む。その瞳の奥に、確かな誇りを湛えて。

あの夜のように、再び差し出された手を、ゆっくり噛みしめるように握る。

今度は強く、そしてその熱を分け与えるように。

 

「強く、君らしく生きてくれ。この戦いを越えても」

「ええ、貴方と一緒に」

 

提督の隣に立って、遥か水平線のその先を見据える。

遠い、戦いのない未来の景色を望むように。

 

 




色々と終わって赤疲労状態です…。
これから始まる新生活も張り切ってまいりましょう。

海外艦、もし追加するなら初登場は

  • ドイツ艦
  • イタリア艦
  • ロシア艦
  • アメリカ艦
  • イギリス艦
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