舞鶴第一鎮守府の日常 作:瀬田
「…あぁ」
望月は、そうやって意味のない声を力なく発した。五月、初夏の快晴が、やたら目に刺さってきて苦しい。
「三日月は…そうだ、買い出しか」
朝早くから自分と望月たち姉妹の朝食を作り、意気揚々と出ていった彼女の姿が容易に想像できる。
つまるところ、彼女は睦月型のなかでも随一の働き者なのである。
「…あぁ、めんどい」
そんな一つ上の姉と対照的な自分。そんな自分も嫌いじゃないのだが。
それでも、なんとなく、胸がざわついた。
こんな口癖を吐いていられるのも、ここにいられるからこそであって。
他人への体裁を気にして、自分を捨てることは、望月が最も忌み嫌うことだった。
「ほんとは…もっとしゃんとしないといけないのかねぇ」
ベッドの上、そんなことを呟いてみる。
自分には似合わない、この季節の爽やかな風が、一瞥することもなく部屋を通り過ぎて行った。
生憎、望月に友と呼べる存在は少ない。
いつも一緒に暮らしているのは姉妹――つまり家族に近い。数の多い駆逐艦にとって、姉妹艦以外で編成される可能性はかなり高いため、日頃から生活を共にし、絆を深めることは重要であるから、提督をはじめ、艦隊を指揮する立場にある者たちは、積極的な交流を促していた。
(とは言ってもねぇ…)
生まれてこの方、話の合う姉妹以外の艦娘と出逢ったことがないのだ。
そもそも「話すための」話をほいほいと持ってこられるほどの経験もないし、休みは外に出歩いて、何か刺激を得ている訳でもない。
趣味といえば…寝ることだろうか、とそれしか浮かんでこない。
友達甲斐がない――多分、そういうことなのだろうと望月は理解していた。
「…ふぅ」
特にこれといって、目立った性格をしている訳でもない。
激しい思いをぶつけるような意思の強さを心に秘めていることも、もちろんない。
望月は、両手を身体の後ろ側について、スープを掬っていた匙を置いて顔を上げた。
新装(と言ってももう5年ほど経つ)の木目が明るい陽光をたっぷりと吸い込んで輝いている。
「とりあえず、ぶらついてみるかぁ」
後になって思えば、自分はうららかな陽気にあてられて、何か、退屈心を解消し、満たしたいと思う原動力というか、そんなものが心のなかに生まれたと、そういうことなのだろうとしか表現できないのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「…それでですね、
「そ、そうなのか。まあ大目に見てやってくれないか」
提督と三日月は、鎮守府から数十キロ離れた(これでも最寄である)ショッピングモールの一階――食料品売り場を歩いていた。
三日月は運良く本日の秘書艦になっていて、数日前、要はこの施設に買い出しに来ることが決まった日にそれを告げられると、たちまちに舞い上がってしまっていた。
「司令官は
「そ、そうか?望月は…確かに普段は…というか日常生活では不規則な部分があるかも知れないが、演習や出撃での動きは悪くない。むしろキレがあって、無駄がない。良い働きをしてくれているよ」
「むう…」
「も、もちろんそれを支える三日月たち姉妹の存在あってこそかも知れないが」
慌ててフォローを挟んだが、ふくれっ面の三日月はそっぽを向いてしまったようである。
しかし、それもあまり本気ではないらしいというのが、(望月の働きに関して)小さく頷いて首肯しているので分かった。
「…司令官は、望月のこと、よく見ているんですね」
「まあ提督職の半分の役割だからな」
「ちなみに、もう半分は?」
「…元帥のポカミスの尻拭いだ」
「へ、へえ…」
顔を引き攣らせて苦笑する三日月。まさか元帥ともあろう者が、と思うかも知れないのだが、この提督は冗談を言わない。
提督は遠い目をしながらも、世に言う「てへぺろ」をして凡ミス(大規模)の報告を済ませる好々爺(本人談)の表情を思い返していた。
「ともかくだ。三日月もたぶん分かっているんじゃないか?
「はい。でも、やっぱり姉としては、もうちょっと周りに関心を持ってほしいかなって…」
小さく俯いた三日月を一瞥して、提督は緩く笑みを浮かべた。彼女たち姉妹の結びつきの強さを知って、安堵のような喜びの気持が湧いてきた。
「大丈夫さ。不安だったら、真っすぐに声を掛けてやるといい。三日月になら、きっと望月も同じように真っすぐ言葉を返してくれるだろう」
「そうでしょうか…」
「ああ…っと」
野菜が陳列されている冷凍ケースに右腕を伸ばす。
本日の調理番である如月や衣笠、鈴谷の書いた買い物メモの内容を見つつ、そこにあった「白菜♡」の文字を横線で断じていく。
視界の端の三日月が思案しているのが見て取れたが、そこでもう、彼が言葉を加えることはなかった。
「おーい。こっちはもう揃えておいたぞ」
「少し思いけど大丈夫?長月ちゃん」
「ああ、問題ないさ」
「おう、ありがとう長月、古鷹。さあ、行こうか」
「…はいっ」
それは別行動していた長月や古鷹が戻ってきたからかも知れないが、提督は、なにか決意したように吹っ切れた三日月の表情をしっかりと捉えていた。
前をしっかりと見据えた三日月は、力強く頷いたのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「…ほー、凄いもんだねぇ」
あてもなく鎮守府を歩き回ることでこの非番の休日を過ごすことを決めた望月は、晴天の下に足を踏み出していた。
ちなみに今は演習海域に面する母港にいて、双眼鏡でその模様を観察している。
「あれは…うん、弥生か。あっちは…えー…あのメガネっ子は…誰だっけ」
姉妹のことがすぐに見つけられるのに、それ以外は全く見分けがつかない…というか、名前が浮かんでこないというのは、もはや艦隊では致命的だというような気もする。
もちろん、作戦行動時はちゃんと覚えているので問題ない。問題は、それが終わってしまったらすっかり忘れてしまうことなのだが…。
「うお…なんだ今の回避」
やけにアクロバティックな回避術を見せるそのメガネっ子。
弥生も一緒になって、艦隊はそのまま増速、勇ましく海を駆け、敵艦隊への距離を詰めていく。
「陸から見るとこんな感じなんだな…」
一大海戦と化している演習風景を眺めつつ、感嘆の声を漏らしている望月の背後に、艦娘が二人、おそるおそる近づいていた。
「あ、あのぉ…」
「!?」
「わあっ!?」
全く気配を感じなかった背後から声を掛けられたためか、驚きのあまり双眼鏡から覗いたまま振り向いてしまった。
「…」
「え、えっと…どうしましょう、暁ちゃん」
「わ、分かんないわよ!」
異質でしかない目の前の光景を前にして、気弱な二人はすっかり慌てふためいてしまっている。
一方望月はといえば、この状況にどこから対処していけばいいのか、持ち前の(碌にない)経験を生かせずに思考停止していた。
「…も、望月ちゃん…よね?」
「…うん」
「そ、そこで何やってるのよ?」
「…」
「…え、な、なんで黙ってるの!?私なにか間違えたかしら狭霧!?」
「と、特には思い至りませんが…」
相変わらずわちゃわちゃしている二人組。お互いの呼称を聞いている限り、この二人――言葉の態度が大きい少女が「暁」、自信のなさそうな銀髪の少女が「狭霧」なのであろう。
仲が良いことが伝わってきて、独りで海を眺めていた自分と比べるとなんだか虚しい気持になってしまう。
「…私は望月だけど。どうしたん」
「あっ、やっぱりそうなのね」
「あ、あの、演習…天霧さんたちの演習を見ていらしたんですよね」
仕方なく(照れくささを押し殺して)双眼鏡を下げて応じると、暁と狭霧は、どこか安心した表情でそう言った。
愛想よくしなきゃ、なんて考えていると日が暮れてしまうので、ここは仕方なく、いつものぶっきらぼうな口調で返してしまう。
「あー…うん。暇だったから。弥生もいたし」
「あっ、今私の姉…天霧さんも演習なんです。同じ艦隊なんですね」
「私の妹もいるのよ!雷…今、旗艦やってる子!」
二人によれば、どうやらここに来ていた目的は同じらしいとのこと。
「隣、よろしいですか?」と言われてしまえば断れない。海を向いて左から狭霧、暁、望月というような順に腰を下ろしている。
「休みの日は何してるの?」
「へっ?」
ああ、何だか姉妹以外の艦娘が横に座っているのは珍しいな、なんて思っていると、隣の暁がひょこっと顔を覗かせた。
望月の右には誰もいない。つまり、暁の素朴な問いは、自分に向けられたものだということを悟る。
「わ、私は…うーん…いつも姉妹といるけど、何してるって言われると特にはないかも」
「そうなの?」
「でも、
「ま、まあ暁はお姉ちゃんだし、ね」
内心では恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしている暁。狭霧が「うふふ」と小さく笑っている。
そんな二人を眺めて、思わず頬を緩ませつつ、望月は彼女たちを羨ましく思った。そして、純粋に疑問に思った。
「…二人は、いつから友達になったんだ?」
「と、突然ね」
「友達になる…というのがいつからと決めることは出来ませんが…去年の夏に私が着任しましたから、そこからの話になりますね」
「私たちは第十駆逐隊でも一緒だったから、私が教導役に任命されて、そこから仲良くなったのよ」
「なるほどねぇ」
遠く、砲撃の力強い音が海風に乗って耳に届く。
過去の縁が今でも続いていることは、素直に驚くべきことだろう。ついつい良いなぁ、なんて思ってしまったが。
「望月さんもそういう方がいるのでは?」
「んー…あの時も卯月とか三日月とばっかだったからねー。私、南方輸送にかかりっきりで」
「そうなんですか…」
「ま、そう戦いばかりなのもね」
暁は幼い体躯に似合わないそんな台詞を口にしたところで、沈黙が訪れる。なんだか悪い気はしなかった。
三人は、それぞれに思いを抱えたまま、海の向こうを眺めていた。
(そっか、こんな感じでいいのか…)
目を瞑って、この静寂を五感と全身で味わう。
身体は宙に浮くように軽く、通り過ぎていく涼風は長い髪を透って、心が安らいでいく。
話すことがなければ、話したくなければ、何も語る必要などなかった。
お互いがお互いのありのままを受け入れる、そんな関係が、彼女が心のどこかで、密かに求めていた「仲間」であることを、望月はようやく悟ったようだった。
「あら、こんなところでどうしたの三人で」
「三人とも見事な体育座りだな…」
「あっ、鳥海さんに武蔵さん」
なんだか不思議な光景に困惑している鳥海と武蔵が声を掛けてきた。
三人でいると、こんなにも輪が広がっていくのかと望月は密かに驚いている。
「暁に狭霧、望月か。珍しい組み合わせだな」
「姉妹の演習風景を見に来たら、ちょうど鉢合わせたのよ」
「なるほど…って、そう言えば
「大和もだ。確か旗艦に任じられたと舞い上がっていた」
「ま、舞い上がるんですね、あの大和さんでも…」
「勿論だ。特に、提督のことになるとな」
「摩耶もなんですよ。本人は隠しているつもりなんでしょうけど」
どうやらそれぞれの姉妹が、海の向こうの演習艦隊に属しているらしい。妙な偶然もあるものだと、望月はなぜか苦笑してしまう。
「望月の姉妹からは誰だ?」
「弥生…です。今朝から張り切ってて」
「ふふ、あの弥生ちゃんでも、やっぱりそうなるのね」
「…あっ!」
ふと、暁が何かに気付いたように声を漏らした。少し大きかったからか、狭霧の肩がビクッと跳ねた。
「び、びっくりしました」
「ご、ごめん…」
「どうしたんだ?」
「三人とも、メガネ掛けてる」
「…それだけかよ」
「…ふふ」
「くくっ…!た、確かにそうだな」
脈絡のない唐突な暁の発見と、少し天然な狭霧の驚きよう、そして冷静な望月のツッコミが武蔵のツボを直撃したようだ。身体を捩じって笑いを堪えている。
同じように笑い声を漏らす鳥海に、暁は「も、もう!笑わないでよぉ!」と顔を真っ赤にしている。
「そ、そういえば天霧さんも掛けています。メガネ」
「天霧か。奴はなかなか骨のあるやつだ。私の立てたトレーニングも、4分の1はこなせているしな」
「いつもお世話になっています」
「何、良い刺激になっているよ。今度は狭霧もどうだ」
「え、遠慮しておきます…神通さんたちの教導もありますし」
「駆逐艦に武蔵さんのトレーニングは無理よ…」
それほどまでに想像を絶するのだろうか、暁と狭霧が遠い目をしているので、望月はなんとなく察して口を噤んだ。
「っていうか、メガネの子ってアクティブな子が多いわよね…なんとなくだけど」
「そ、そうかしら…私は、あんまりそんな自覚がないけれど」
「…鳥海さんも、夜戦は凄いですよね」
「ああ。この武蔵を凌く火力を出すときもある」
「そ、そんな私なんて…!」
そう本人は謙遜しているが、夜戦で怒涛のような主砲連撃を放ち、有無を言わせず魚雷片手に突撃を行う鳥海の雄姿を駆逐艦たちは忘れていない。
全く、艦というものは陸と海、昼と夜でその姿を大きく変えるものである。
「そ、それなら望月ちゃんはどうかしら?」
「あっ」
「…武蔵さんのトレーニング、やってみようかな」
「「えええ!?」」
仰天のあまり声が裏返る第十駆逐隊(漣除く)。すぐさま望月を諫めようとする二人に、武蔵と鳥海は顔を見合わせて笑うのであった。
「個性がバラバラだが…案外面白い組み合わせになるかもしれんな」
「そうですね。息もぴったりですし」
「そ、そうでしょうか?」
「なんだか面白そうね!今度水雷戦隊を組んでみましょうよ!」
「えー…」
思わず素が出てしまう望月に、暁と狭霧が今にも泣きそうな顔を見せてくる。
「…ダメ?」
「駄目、でしょうか…」
「わ、分かったってば…」
「「やったぁ!」」
「ふふ。名駆逐隊の結成だな」
「ええ」
わいわいと盛り上がる駆逐艦たちと、そんな彼女らの様子を見守る武蔵と鳥海。
そよ風が、5人の側を通り過ぎていく。
――――――――――――――――――――――――――――――
「…あら?」
そのまま昼食をショッピングモールで済ませ、国道をひた走って帰投した提督と三日月たち。同行のお礼として四人でアイスを食べたのは内緒だ。
提督の運転していた買い出し用のライトバンから降りた三日月は、母港から聞こえてくる喧噪に耳を向けた。
「もう演習が終わっているのかもな。食料も如月たちに預けたし、行ってみるか」
「はい」
駐車スペースから少し海側へ歩くと、母港と桟橋が見えてくる。
そこに三日月は、暁や鳥海と会話に花を咲かせる妹――望月を見つけた。
「…司令官、やっぱり、司令官の言う通りだったみたいです」
「ああ。大丈夫さ。望月も、彼女なりに考えて成長を続けているんだ」
「…でも、少し寂しい気もします」
「そうなのかもな。姉としては」
勝手な話なのですが、と付け加える三日月の頭に軽く手を置いて、提督は笑った。
「その時は、目一杯望月に構ってやれ。迷惑がられるくらいにな」
「え…」
髪を撫でられたことにも驚いたが、彼の言葉の中身が気になって振り返ると、彼の少し寂しそうな笑顔が、そこにはあった。
遠い昔、兄や姉を亡くした彼にとって、それが艦娘たちへの大きな願いであることを、三日月は瞬時に悟ったのだ。
「…ええ。そうですね」
陽光降り注ぐ初夏の季節。
楽しそうに話す妹の姿に、三日月は一つの喜びと、そして一つの決意を胸に抱くのであった。
夏めく、というのは初夏の季語だそうです。
毎日暑いですが、健康に気を配り、元気を出して頑張りましょう(自戒)。
海外艦、もし追加するなら初登場は
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ドイツ艦
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