舞鶴第一鎮守府の日常 作:瀬田
──────舞鶴第一鎮守府、食堂
「今日もお疲れ様。楽な状態でいい。少し聞いてくれるか」
一週間も終わりを迎えようとしている金曜日、夕食の時間帯には、多くの艦娘が集まっている。
普段は基本的に自由な生活スタイルを取っている舞鶴第一鎮守府であるが、金曜日の夕食は提督が頻繁に食べに来ることもあって、艦娘たちが自然に集まっている。
その場にいる艦娘たちに呼びかけるようにして提督は言った。
「ちょうど来週の金曜日から二泊三日、呉での会議の為に鎮守府を空ける。その件はすでに伝えてあったと思うんだが」
「聞き及んでいます。大淀さん・長門さんが提督代理だとか」
近くにいた不知火が反応する。
「うん、それでなんだが…どうやら秘書艦、護衛艦が必要となるそうだ。したがって休日勤務を募集する。もちろん、報酬の他に交通費、宿泊代も出すぞ」
その言葉を切っ掛けに、いったい何度目か分からない鎮守府バトルロワイヤルが繰り広げられるのだが、それはまた別の話。
「まさかあんなに人気が出るとは」
「当然だよ。そろそろ提督も、皆からの好意がどれくらいになっているか考えた方がいいさ」
舞鶴を出発するバス車中の最後尾、時雨は嘆息しながらも苦笑した。
「好意?むしろ報酬目当てなんじゃないのか」
「…提督さんもなかなかのニブチンっぽい」
隣で夕立が呆れている。割とガチだ。
「いやあ、最初は誰も手を挙げてくれないかと思って心配だったんだ」
「そんな訳ないよ。あの惨状を見てよくそんなことが言えたね」
時雨が半ば責めるような物言いになっていて狼狽える提督。
「まぁ、提督らしいっぽい?」
結局行けることになったし、結果オーライねと付け加えて夕立ははにかんだ。
「でも、どうして僕たちを選んだんだい?」
「あー、夕立も気になるっぽい!」
両側から詰め寄られると、白露型のエースの圧を感じずにはいられない。
「ああ、それはアレだ。二人とも、この間の出撃で練度が90を超えたからな。せっかく希望してくれているんだったら、そのお祝いを兼ねようと思っていたんだ」
「し、知ってたのかい」
「ゆ、夕立感激っぽいぃ!」
「艦隊のことに関しては誰よりも詳しい自信があるさ。いつもありがとうな」
鞄から取り出したプレゼントの包みを二人に渡す。
「あ、ありがとう···開けていいかい?」
「ああ。荷物になるかと思ったが、移動中も使えるからな」
「移動中も?」
夕立は不思議そうな顔で、包を開けていく。
「こ、これ、ストール…しかも白露型の制服柄だ」
「本当!?素敵っぽい!」
「ちゃんと戦闘でも破れないようにしてある。まあ普段使いがあるから、外出するときにでも使ってくれ」
少し恥ずかしいのか、頬を掻いて言う提督に、二人は微笑む。
「うん…大切にするよ」
「これからもよろしくお願いしますっぽい!」
なんだか湿っぽい空気になってしまったため、閑話休題。
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「おおー…これが駅弁なんだね」
京都駅に着いた一行は、旅券を買い求め、新幹線の待ち時間の間に土産物等のコーナーに立ち寄った。
「ああ。色んなものがあるぞ。時間も余裕があるし、じっくり選べ」
駅弁の種類に目を輝かせた時雨が、無心にディスプレイを覗き込んでいる。
「ふうー、お待たせしましたーってそれ何っぽい?」
「夕食用の駅弁さ。夕立も好きなのとってきてくれ」
「すっごーい!おいしそうっぽい!どれにしようかしら」
興味津々な様子の二人が駅弁にくぎ付けになっている様は、なんだか和んでしまう。
「今日は出撃もあったし、腹減ってるだろう。多めに買って行ったらどうだ?」
勿論残すのはだめだけどな、と加えると、彼女らは更に目を輝かせた。
「い、いいのかい」
「ああ、着いてきてもらったお礼だ」
「やったぁ!」
跳ね回る夕立を落ち着かせつつも、提督は、この小旅行にどことなく楽しさを覚えつつあった。
そうこうしているうちに新幹線の発車時刻が近くなったため、ホームへと移動する一行。
しばらくすると、轟音を響かせながら長い車両の新幹線が入ってくる。
「うおおおー!」
「ど、どうしたんだい夕立」
「なんか…燃えるっぽい!かっこいいっぽい!」
「夕立は新幹線が好きなのか?」
「なんていうか、こういうおっきいのがすごいっぽい」
「語彙力ないなぁ…」
時雨の冷たい目線をもろともせず、夕立ははしゃぎ続ける。
ゆっくりと速度を落とし、到着した新幹線の扉が開く。興奮冷めやらぬ夕立の頭を撫でて宥める提督。
「よし、席に座ろう」
「うん」
「ぽーいっ」
車内は余裕のある完全指定席、所謂“グリーン”のため、乗客はまばらであった。
「席は二人ずつだから、向かい合わせにしようか。いいよね?提督」
「いいぞ。人も少ないし、もう一人分の席も埋まらないから、荷物おきにしよう」
「すっごーい。ふかふかっぽい」
先に座席に座った夕立と目が合う時雨。
この間わずか0.3秒、瞬時に白露型の意思疎通がなされた。
(今日はプレゼントももらったし、おべんともあるし···無益な諍いは避けるっぽい)
(ああ。それが賢明だろうね。提督に見苦しいところを見せる訳にもいかないよ)
光の速さで固く合意と握手を果たした姉妹は仲良く隣り合わせで座る白露型二人。
「僕らは一緒に座るよ」
「仲よしっぽい」
「? おう。それじゃ、もういい時間だし、早速だが駅弁食べるか」
不思議に思いながらも、悩みに悩んだ駅弁の袋を取り出す提督なのであった。
「あっ、提督が戻ってきたみたいだ」
「ぽいっ!」
呉鎮守府別棟、応接室で世間話をしていた時雨たちは、廊下の奥に提督の姿を認めた。
しかしながら、どうやら他にも彼の隣にいるようである。
「待たせてしまってすまない。今日の会議はここまでだ」
「気にしないで。それより、後ろの方たちは?」
「ぽい、うちの鎮守府にも着任してるっぽい、浦風ちゃん」
提督を宿泊施設に案内していたのは、呉第一鎮守府の提督と、その秘書艦である浦風であった。
「こんにちは。今日はぶち遠くからよう来たねぇ。今日と明日、案内役させてもらう浦風じゃ。よろしゅうね」
「ほんでもって俺がこいつの上司…呉第一の提督、
東雲提督の肩を掴んだこの男性は、どうやら呉のトップということらしい。
いつも東雲提督を見慣れているせいか、丹羽の豪放磊落な性格、そしてなによりその山のような筋骨隆々っぷりを、時雨と夕立は物珍しそうな目線で見つめた。
「よ…よろしく、僕は時雨」
「ゆ、夕立です…っぽい」
「あらあら、二人とも緊張しとるけぇ」
「お、驚かすつもりはなかっんだがな」
「み、見た目はこんなんやけど」と慌てて二人のフォローに回った浦風の後ろで、提督同士の会話が始まる。
「おいおい、お前のとこの艦娘は気が小せえのか」
「夕立は単騎で空母棲姫に挑むような子ですし、時雨はその艦載機爆撃を抜け切って魚雷を突っ込むような子ですよ」
遠い目をした提督は、丸太のような腕を組む丹羽を一瞥して、それから苦笑した。
自分も初対面ではかなり気圧されていた記憶が甦る。
「もう、毎回こんな説明繰り返すのも飽きたわぁ」
「許せ。これも秘書艦の務めってこたぁな」
「…」
浦風が呆れからか黙る。
一方、夕立と時雨は、そんな二人の会話にどこか似たようなものを感じていた。
「そ、そういえば、二人はかなり仲が良いみたいだけど、付き合いは長いのかい?」
「提督さんと由良みたいっぽい」
「そう言えば言うてへんかったねえ。私とキヨは幼馴染。だから、私は純正の艦娘じゃないんよ」
「そ、そうなのかい!?」
「まさしく由良のことっぽい!」
浦風はそう言うと、ちらりと丹羽の方を見て、えへへと笑う。
その姿は、夕立の呟いた通り由良と提督の会話そっくりなのであった。
「由良っつーと…ああ、東雲の彼女か」
「彼女じゃなく部下ですよ…。時間は掛かりましたが、ようやく配属ということになって」
“彼女”という単語にぴくっと耳が反応する白露型であったが、提督がすぐさま否定して胸を撫で下ろす。
「ほーん…ま、そういうことならウチと事情は似てるな」
「海咲ちゃん艦娘になれたんやねぇ。嬉しいわぁ」
尚も懐疑的な目線を提督に浴びせる丹羽であったが、夕立らが続きを気にしているようなので話を元にもどす。
「浦風…本名は
「へえ…じゃあ、それも提督と一緒なのかい?」
「俺の父親はその代限りだ。昔、丹羽さんの上司だったそうでね」
「
「よく叱られたわぁ」
しみじみ過去の思い出を語る浦風。
そんな彼女を、夕立がじっと不思議そうに覗き込んでいる。
「…ど、どうしたん?夕立ちゃん」
「それじゃ、浦風は丹羽提督と同い年…?」
「そ、そうか…」
「ああ、そうだな。今年で確か――」
「わぁぁぁ!!こ、これでこの話は終わりじゃ!!」
艦娘の外見は、その主体となる人間が艤装を身に纏い、承認された瞬間に固定化される。
つまり、艤装が主体を解放しない限り、由良や浦風は年を取らないともいえるのである。
うっかり実年齢を公開されそうになった浦風が、慌てて話を遮る。
「うおっ…何だ何だ」
「何だ、じゃないけえ!」
「別にいいじゃねえか年くらい。どうせ東雲より年上なのはバレてるんだからよ」
「そ、それでもっ!」
(僕も、提督と幼馴染だったらな…)
(由良みたいに、もっと近くで提督さんとお話ししたいっぽい)
幼馴染らしい距離感の近いやりとり。
時雨や夕立は、その様子をどこか羨ましげな表情で見つめていたのだった。
「…反転現象?」
「ああ、最もそれはまだ仮の名前だが」
時間は既に深夜。浦風や夕立、時雨は既に報告書を書き上げて眠っている。
丹羽は、彼女らと同じように用意された私室へ向かおうとしていた途中の提督に声を掛けた。
「約五十日前だ。佐世保を発した六隻艦隊のうち、飛鷹が南西諸島沖で撃沈された」
「…ええ、報告にはありました」
「そして今日、同じく南西諸島沖で突如深海棲艦の兵力展開が見られた。改ヌ級、軽空母を基幹とする任務部隊だ」
「…っ」
「まあ、お前の言いたいことも分かる。これだけならただの偶然とも捉えられる。…だがな」
一度そこで言葉を切った丹羽は、おもむろに懐の内を探り、一筋の紐を取り出した。
「…それは」
「お前んとこにも『飛鷹』はいるだろうが…そうだ、奴の標準軍装の髪留めだ」
彼としては珍しく持ち合わせていたハンカチで、煤に汚れほつれそうな糸を優しく扱う。
情熱に溢れ、そして誰よりも艦娘たちを大事にする司令官だと、そういう風に丹羽のことを提督は認識していた。
「対になっていたうちの一つが、戦闘後の水面に残っていたらしい。奴の妹…隼鷹は、佐世保の野郎に一つの恨み言も言わずにこれを手渡したんだと」
「佐世保の彼は、決して近海でも油断するような提督ではなかったはずです」
「だからこそだろう。アイツを心から信用しているからこそ、もう突き詰められるのは自分たちの責任だけだと、そう思ったんだろう」
提督と艦娘の間には、決して無視できない「壁」が存在することは確かだ。
それは人間と兵器、という部分でもあるし、上司と部下、そして提督によっては、男と女という意味でもあった。
現に自分自身、未だに飛鷹の撃沈を受け止められないでいる。しかし、艦隊を統率する立場にある者として、もう次の瞬間、夕立たちと接する時には、割り切っていかなければならない。
逆に、艦娘たちからすればそうはいかない。艦隊にぽっかりと空いた穴に、隼鷹たちはどう向き合っていくのだろうか、それは想像もつかない。
「恐らくこの件に関しても艦娘たちと俺等の間で捉え方に大きな差が出る。艦娘たちへの報告は時間を置いてからだ」
「はい」
静かに、そして鋭い眼差しが、思いの丈をじっと眼前のそれへ伝えている。間違いなく、彼なりの鎮魂であった。
「…しかし、なぜその髪結びが丹羽さんの元へ?」
「ああ。寧ろ本題はそこだ。…っと、これか」
薄い金属ケースが取り出される。電子制御式なのか、表面が暗号入力によって内部まで可視化された。
「紅い…」
先程見た結び紐が、濃い赤に染まっていた。もはや、狂気すら感じさせる程に。
迫り来、浸透する恐怖と脅威に、提督は二の句が継げなかった。
「接触すら禁止されている。あまり眺め続けるのも身体に良くないだろう」
「ええ…こ、これは一体」
提督が問うと、丹羽は少し逡巡して、そして語気を強く言い放った。
「飛鷹の沈没地点、そして今日の敵艦隊の展開水域でこれが見つかった」
「そ、それでは」
「ああ。間違いなく、飛鷹…そしてヌ級改の『共通項』、元は飛鷹の髪留めの片割れだったものがヌ級に引き継がれていた可能性は高い」
「何てことだ…」
思わず口にしてしまっていた。
それほどまでに、遥か遠洋で起きた出来事は、提督の心境に少なからず影響を与えていた。
「過去にも駆逐棲姫と春雨、軽巡棲姫と那珂、阿賀野など深海棲艦と艦娘のつながりは指摘されてきたが、やはり今回の件を鑑みて、本営も調査に乗り出すらしい」
丹羽は金属ケースをまた懐に仕舞うと、小さな溜め息をついた。
側に置いたカップの中のコーヒーの液面が、微かに波打っている。
「考えたくもありませんが…それでは私たちは、かつての仲間を」
「ああ。反転現象の仮説が正しいなら、尚更な」
信じたくなかった。
もし、神に誓ってそのようなことがないとしても、何かの間違いで夕立や時雨が沈んだ後のことを考えると、身体が震えてくる。
元の鎮守府で熊野が看取った鈴谷は、今、重巡棲姫となって艦娘を沈めているのだろうか。
もしくは、自分が指揮した誰かに沈められているのだろうか――
「…っ」
「お前ンとこもウチも、まだ轟沈はない。だから隼鷹たちの気持ちは分からん。わかっちゃあ、いけない気がする」
「…はい」
「しかし――あいつらは、艦娘たちは自分の存在について、考えたことがあるもんなのかね」
丹羽は、提督を一瞥して、それから煙草の先に火をつける。
一回り年の離れた弟のような存在、そしてかつての恩師の息子。
そんな彼を、艦娘たちと同様、絶対に守り抜かねばなければならないと、密かに心に誓っていた。
「…お前、まだ『例の任務』は手をつけてないのか」
「え、ええ」
「そうか…」
椅子を軽く引いて、天井を仰ぐ。煙が薄く細く、高い木目に吸われていくようだった。
「俺はな、『渡す』ことに決めたぞ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ」
小さく呟かれたその決意は、重く提督の胸に響く。
彼の思いの強さが、純白に彩られた桐の小箱に込められているように感じられた。
「お相手は、もちろん」
「勿論ってなんだよ…」
確認するように慎重に言う提督に苦笑する丹羽。
桐箱を開け、現れた指輪を掌で包んで、愛しそうに見つめる。
「まあ、相手はアイツしかいなかったんだがな」
「…きっと、葵さんも喜ぶと思います」
「そうかぁ?また冗談じゃろ?なんて誤魔化される気もするが」
おどけて言う丹羽だったが、「いや、」と言葉を置いて、提督に視線をぶつけた。
彼の情熱、決意が全て秘められたような視線だった。
「俺は…絶対に沈めない。その証明になるために、これをアイツに渡すつもりだ」
「…」
「焦らなくてもいい。だが、聞いておきたい。お前は、どうする」
「俺は…」
ほのかな灯りの照らす提督のシルエットが、微かに揺らぐ。
提督は、丹羽により提示された目の前の問に対し、ゆっくりと口を開くのだった。
指 輪 は 誰 の 手 に
海外艦、もし追加するなら初登場は
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ドイツ艦
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イタリア艦
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ロシア艦
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アメリカ艦
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イギリス艦