舞鶴第一鎮守府の日常   作:瀬田

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前回の続きではありません。
ストーリーが一気に進んでしまうことになるので、別時系列という形で投稿させて頂きました。
今回は第三水雷戦隊旗艦、川内さんとのお話。


第四十九話 背中合わせ

「う…ん」

 

朝、ふと目が覚める。

私は寝覚めが悪く、冬の間なんかは布団にこもりっきりで、よく妹に迷惑をかけてしまったりする。

――だから、『夜戦好き』なんてキャラを被ってしまったり。

 

「ふあぁ…」

 

欠伸をしながら、光差す窓辺に立って、カーテンを勢いよく開く。

瞬間、眩くも優しい春の陽光が、両目に飛び込んでくる。

 

「わっ、まぶしっ…」

 

思わず掌で光を遮ってしまうが、徐々にその明度に慣れてきた。

そして、視界を埋め尽くすのは――。

 

「きれー…」

 

満開に咲き誇る桜の木々。

今年初めての温かさに生じた春霞の白、そして冴えわたる空の蒼に、花びらの薄桃色がよく合う。

見事な光景についつい見とれていると、背後から声がする。

 

「ね、ねえ、さん…?」

「ん、おおー。神通、おはよー」

 

窓から視線を戻し、声がした方へ向き直る。

まだほんのり薄暗い部屋の中、我が妹、神通はまるで信じられないものを見るように、パジャマ姿で私を見つめていた。

 

「どした?」

「ね、姉さんこそ!この時間に起きるなんて、一体何が…!?はっ、て、敵襲ですか!?」

「…」

 

本当に敵襲ならきっと、神通も気付いているのだろう。だって戦闘狂だし。

そんな彼女が慌てるくらい、私がこの時間に起きているのは珍しいものなのだろうか。

 

「…ま、まさか寝ぼけているのですか?」

「寝ぼけてないっ!…てか、もう八時半じゃんっ。別に早起きじゃないじゃん」

「そ、そうなんですか…?」

 

早起きなんて思ってしまう自分にもツッコミを入れる。これでは自他ともに認める夜戦バカが爆誕してしまう。

 

「と、ともかくだ。今日はちゃんと起きたの。ほら、那珂起こして朝ごはんいこう」

「は、はいっ」

 

神通は思わず出撃前と同じ敬礼をして、那珂を起こしに行くのだった。

…やっぱ、明日からも早起きしよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おっ」

 

提督は、間宮から受け取った膳を運びながら、この時間帯には珍しい艦娘の姿を認めた。

 

「あーっ!提督だー」

「おはよう那珂。隣いいか?」

「もっちろん!」

 

自分を指差した那珂に誘われて、その隣席に腰を下ろす。

そして、先程から気になっている艦娘に声を掛けることにした。

 

「川内もおはよう。珍しいな」

「おはよ…って、提督もそれ?」

「だってぇ、川内ちゃんが起きてるの珍しいんだもん」

 

那珂は笑いながらそう言って、トーストにかじりつく。

 

「まあ生活時間は人それぞれだからな」

「ちょ、それ私を夜起きて朝寝る人みたいに扱ってるでしょ」

 

実際、軽巡洋艦は夜間戦闘で起用されることもあるため、夜間中心の生活になってしまう場合があることも否めない。

とはいえ、川内は自主的に夜戦に向かっていく節はあるのだが…。

そんな川内の抗議の目線を感じていると、もう一人の妹が近づいてきた。

 

「あっ…提督さん、おはようございます」

「おう、神通。おはよう」

 

川内の隣に座った神通は、那珂に川内の話を促された。

 

「――という訳で」

「今朝は那珂ちゃんより早かったもんねえ。今日は出撃ないでしょ?」

「ない…けど、なんか目が覚めちゃって」

「作戦時ならともかく、姉さんが自主的に起きるなんて、珍しすぎます」

「ちょ、辛辣」

 

妹たちの言葉にたじたじな川内に、提督は助け舟を出すことにした。

 

「今日は暖かいからな。自然と身体が目覚めるのかも知れない」

「そうかも。あ、そうだ! 外の桜が凄くてさあ」

「桜?」

 

首を傾げる那珂に、神通が説明する。

 

「正門前の桜並木ですね。毎年この時期に満開になりますし」

「へえー!那珂ちゃんも見た―い!」

「那珂と神通はこの後出撃じゃなかったか?」

「そうだよ。帰ってからだね」

「ええー!それじゃ夜桜になっちゃうー!」

 

じたばたしながらも神通にジャムの付いた口元を拭われている那珂。

川内は苦笑して、「朝はこんな感じなのか」と零しているのだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

朝食後、出撃に向かう神通とふくれっ面の那珂を見送って、川内は提督と廊下を歩いていた。

 

「んで、よく見たら提督もオフなんだね。軍装じゃないし」

 

ふと、川内が見慣れない提督の服装―つまり白のジャージのことであるが―について触れた。

 

「本当は着るべきなんだがな、仕事とのメリハリがつかないというのも問題だと言われてしまったよ」

 

規定上は、突然の攻勢などによって艦隊指揮を行う必要に迫られる場合を考慮し軍服の着用が認められるが、彼にこれを着せていると延々と仕事を続けてしまうので、長門たちがこれを止めさせた、とう格好だ。

 

「ふーん。まあそれでいいと思うけどね。提督、ワーカーホリック気味だし」

「どこの鎮守府もそうさ。ただでさえ人が足りてないからな」

「そうなの?」

「ああ。養成所…士官学校に通っても、その多くは留年か期限切れで放学だ。思ったよりも資質を持つ人間は少ないのかもしれない」

 

提督はそう言って窓の外を覗く。

満開の桜並木は、数年前自分がこの地に初めて足を踏み入れた頃と何も変わっていない。

 

「じゃあ提督って優秀だったんだね」

「要領は悪いが、やることはやる。そんな感じで上も情けを掛けてくれたんじゃないか?」

「謙遜するねぇ」

「事実だからな」

 

川内は、その言葉の裏にどんな意味が込められているのか、内心で悟りつつあった。

 

当時の彼のような、身寄りのない士官候補生は、言い換えれば両親や保護者などの後ろ楯のない子供である。

国からすれば対価の要らない労働力であるし、他の武官出の子供たちのように親族からの文句もない。

“同情”などと言えば聞こえはいいが、現状の仕事に苦しんでいる状況を当時の提督が想像していたにしろしていないにしろ、あの境遇にあった彼にはもはや選択の余地がなかった。

 

「…ううん、立派な人だよ、提督は」

 

川内は、眩しそうにガラス越しの桜を見つめる提督の手を取った。

 

「お、おう…?」

「ね、今日非番なんでしょ?ちょっと付き合ってよ」

 

そのまま後ろ向きに歩いて、彼の手を引く。

提督は少し驚いた顔をしていたが、川内が微笑みかけると、つられるように笑った。

 

「分かった。どこに行くんだ?」

「桜、見に行こうよ」

 

この春の日を、出来るだけこの人と過ごしたい。川内の胸中に、そんなささやかな願いが一つあった。

夜戦明けの身体の疲れなどものともせずに、光の差す方へと走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ…やっぱりすごい眺めだね」

「ああ。5年は見ているが、毎年驚いているよ」

 

川内と、二人揃って同じように感嘆の溜息をついて話す。

鎮守府前のベンチは何年かおきに改修されているが、それでもやはり多少はガタが来ているのだろうか、腰を下ろすと軋むような音を立てた。

春風に二人、煎茶を一口飲んで、細く息を吐く。

 

「洋菓子もいいけど、日本人にはやっぱり和菓子だねぇ」

「甘さがちょうどいいな。お茶もおいしい」

 

間宮で買った団子とお茶を手元に置いて、川内と桜を仰ぐ。

暖かい陽気の中に吹く涼風が、春らしさを醸し出していた。

 

「神通と那珂にもお団子買ってもらっちゃって、ありがとね」

「出来立てを渡せないのは申し訳ない」

「んーん。間宮さんのはいつでも美味しいから、大丈夫だよ」

「それもそうだな」

 

時折少しの会話を挟みつつ、のどかな春の風景を全身で味わう。

川内も川内で、そよそよと流れる風に身を委ねてリラックスしているようだ。

上官と二人でらは休まらないのではとも思ったが、そんな彼女の様子を見て安心した。

 

「ん、んー…っはぁ、やっぱり非番はゆっくりするのが一番かも」

「そうだな。身体は大切な資本だ。しっかり休養を取ってくれ」

「りょーかい」

 

敬礼もどきでおどけた様子の川内は笑う。こちらもつられて笑ってしまうくらいの眩しさがあった。

艦娘たちにも開放的で打ち解けやすいそうで、艦隊の中心にいることが多い彼女。

夜戦好きは人を選ぶのかもしれないが、それを考慮しても愛嬌のある艦娘だと言っていいだろう。

 

「なに考えてんのさ?」

「いや。川内はよくやってくれていると思ってな」

「おだてても何も出ないよ?」

 

照れているのか、おもむろに団子を齧り始める川内。

バシバシ背中を叩かれる。結構痛いものだ。

 

「…ねえ」

「うん?」

「やっぱり提督の仕事って大変なの?」

 

ふと、川内がそんなことを訊いてきた。やはり、先程の話を気にしているのではないかと後悔する。

 

自分にとって、艦娘たちは思い出したくもない過去から、目を逸らさない心の強さをくれた存在だった。

もう向き合うことを決めた過去だ。今更この仕事についてとやかく言うつもりもないし、喪った家族のことを想っても、懐かしみこそすれ、涙を零すようなこともない。

決して薄情なわけじゃない。そういうことではなく、今ここで激情に流されてしまうことは、自分にとって破ってはならない戒律のように思えた。

 

「艦娘のみんなに比べれば、大したことはない」

「あはは、私たちと比べちゃダメでしょ」

「…?」

 

川内の言葉に、疑問を抱く。

彼女の意図していることが、まるで分からなかった。

 

「…んー、じゃあ問題です。私たちは一体何なんでしょう?」

 

きょとんとしてしまっていたのだろうか、自分の表情で疑念を感じ取った川内は、問いを投げかけてきた。

しかし、それもよく分からなかった。

答えも分からなければ、それが意図するところも、また同様に。

 

「…艦娘、ではないのか」

「いや、合ってるよ。でも、きっと答えはそうじゃないと思う」

 

「よっ、」と声を出してベンチから降りる川内。着ているパーカーの先紐がしなって跳ねた。

 

「多分、私たちは(ふね)だし人間なんだ。艦ならもっと強くて堅ければいいのに、感情がある。人間ならもっと繊細でか弱ければいいのに、提督(にんげん)の命令ひとつで海を奔って、深海棲艦(ふね)を殺す」

「…それは、艦娘本人である自分たちにこそ分かる、ということか」

「ご明察」

 

桜を見上げていた川内は、振り返ってにっと笑う。

輝く笑顔の裏に、どんな感情が秘められているのか、自分には知り得なかったし、逆にそれが何もないことの証明になるだろうと思った。

 

「提督が世の中のしがらみから私たちを守ってくれるように、私たちは提督を深海棲艦から護るよ。それがお互いにとって、一番いい協力関係だって知ってるから」

「…」

「…まあ、ちょっと冷たく聞こえるけど、そんなことはなくて。つまり言いたいことはだね」

 

川内はもう一度ベンチに腰掛けると、一気にグイっと近づいて、自分の肩を組んだ。

突然の行動に呆然としているところへ、満面の笑みのまま顔を寄せた川内が言った。

 

「私たちに背中を預けて、ってことっ」

「…川内」

 

「参ったな、こりゃ恥ずかしいや」とはにかむ川内が、今は誰より愛しく思えた。

もちろん、そこには何の邪な気持ちもない。ただ、信頼し合えることがこんなにも尊いことなのかと、感動してしまっていた。

 

「…ありがとう、川内」

「お礼なんか要らないよ。提督が頼ってくれるならね」

 

ごろん、と膝元に寝転がる川内。

人懐っこい笑顔で、「えへへ」と体を擦り寄せた。

夜戦はきっと、想像する以上に精神を磨り減らすのだろう。

もし、彼女らの心の拠り所に自分がなれたとしたら、それより嬉しいことはないと思った。

 

「あー…眠くなってきちゃった」

「寝てもいいぞ。寒くないか?」

「うん…平気、あったかいよ」

 

瞼が落ちそうな川内の額にかかる髪を、努めて優しく払いのける。

春風は少し冷たいが、川内は満足そうにしていた。

 

「そのまま撫でてくれてもいいんだよ?」

「髪が崩れるんじゃないか?」

「いーのいーの。元から崩れてるんだし」

「そ、そうか」

 

距離感の近いところがある彼女ではあるが、ここまで気を許してもらえているのは、喜ぶべきかと思う。

 

「…こんなものかな」

「あー、ありがと…気持ちいい」

 

か細い声は、髪を撫でるたびに静かな寝息へと変わっていく。

力が抜けて、彼女の身体が自然に膝へ預けられるのが分かった。

 

「川内、もう眠ったか」

「…くぅ…」

「…ありがとう、本当に」

「…ん」

 

返事が聞こえたような気がしたけれど、既に眠りに落ちている。

それが気のせいでもそうでなくても、自分にとってはどちらも等しく嬉しかった。

 

ざあっと吹いた風が、桜の花弁を舞い上げる。

ぼんやりと霞む青空が、桜色に染められていくようだった。

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

「…んん…?」

 

額にふと感触があって、川内は眠りから醒めた。

どうやら桜の花が舞い落ちてきたらしい。

 

「ふぁ…もう夕方近いかな」

 

まだまだ日が落ちるのは早い。

夕暮れ時とは言わずとも、あれから二、三時間ほど経ったのだと腕時計と傾いた日が語っている。

 

「あ、提督の膝枕だったんだっけ…」

 

むくり、と起き上がって提督の方を向いてみれば、彼もまた、ぐっすりと眠りに落ちてしまっていた。

昨日は自分より早く起き、そしてより遅く眠った彼。

夜戦から帰投した自分たちを誰より早く、そして誰より喜んで出迎えた彼。

そんな彼を、川内は愛おしげに見つめて微笑む。

 

「…あー、幸せだ私」

 

そっと起こさないように近づいて、髪をくしゃりと撫でる。

額の右側から覗く傷跡は、きっと誰かを守ってついたものだろうと思う。

左指にできたペンだこも、右手についた擦り傷も、きっと自分たちの為に、敢えてそれを厭わなかった結果だと思う。

川内には、その推測が事実だと断言できた。それは普段の彼を見ているから。

 

「ありがと、提督」

 

こつん、と額を合わせる。そんな意味のないことが、理由もなくやりたくなってしまった。

春という季節は恐ろしいものだと、ついつい心の中で言い訳してしまう。

 

「ん…」

「あっ、起きた?」

「ああ…そうだ、川内と一緒だったんだな」

「そーそー。提督って、寝顔可愛いんだね」

「可愛いって…もうそんなことも言えない年齢だぞ俺は」

「大丈夫、私なんて艦齢じゃあもうじき100歳だし」

「それは当たり前だ」

 

他愛もない、冗談交じりの話ができることを、こんなに嬉しく思ったことはない。そういう風に、川内は感じていた。

生まれ変わったこの艦生(じんせい)を、この人と過ごせるのなら。

それは、何より代えがたい喜びであり、彼女が最も強く望んだことであった。

 

「あはは…んじゃ、そろそろ行こうよ。神通たちも帰ってくるし。これ、間宮さんんとこに返却しないとね」

「そうだな。行くか」

「…ん」

「?」

 

先に立ち上がった提督が、彼女が隣にいないことを悟って振り返ると、片腕が伸ばされていることに気付く。

物言いたげな、そしてどこか自信たっぷりな表情で、彼女の意図するところが思い当たった。

 

「…ほら」

「えへへ。ありがとー」

 

提督は、川内の手を握って、軽く引き寄せる。

そんな彼の腕に引かれて、自身も勢いよくベンチから跳んで離れた川内は、そのまま提督の横へ着地した。

何気なく離れた二人の手。

 

「…また手、握ってね」

「川内が望むのなら、いつでも」

 

再びこの掌が重なることを、川内は願う。

彼女の願いが叶えられるよう、提督は決意を新たに誓う。

二人を包み込み、まるで激励するかのように、舞い上がった桜の花は、風とともに海の向こうへ流れ去るのだった。

 

 




川内とケッコンしました(迫真)。

UA40000、本当にありがとうございます。かなり嬉しいです。

海外艦、もし追加するなら初登場は

  • ドイツ艦
  • イタリア艦
  • ロシア艦
  • アメリカ艦
  • イギリス艦
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