舞鶴第一鎮守府の日常   作:瀬田

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吹雪さんとその妹、白雪ちゃんのお話。


第五十二話 絆

「ふんふふーん…」

「…」

 

夕暮れ時。

座学教室の中で、本日の日直である吹雪は、鼻歌混じりに黒板を消している。

すっかり気温も下がり、冷たい風も拭く季節なので、いつもの制服軍装にカーディガンを重ね着している。

 

「…あ」

 

一通り、チョークを消し終わって振り返ると、一番上の文字列を消し切れていないことに気付く吹雪。

再び黒板消しを手に取って、つま先立ちをして手を伸ばしても、届かないようだ。

 

「うん…しょっ…!」

 

目を瞑って、腕を思いっきり上げるも、あと少しのところで届かない。

 

「あと…少し…!」

 

ぐいっ、と身体を必死に伸ばして見える視界の横から、誰かの手がスッと伸びた。吹雪は、それが自分と同じベージュ色のカーディガンの袖に包まれていることに気が付いて、はっと振り返った。

 

「よいしょ…っ!」

「し、白雪ちゃん」

 

白雪は姉の声に、顔を向けて微笑んだ。

少しだけ背の高い身長を思う存分に伸ばして、なんとか白文字を消していく。

 

「ふう…これで大丈夫?吹雪ちゃん」

「うんっ。助かっちゃった」

「お姉さんが困っていたら助けるのが、妹の役目ですから」

 

おどけた様子でえっへん、と胸を張った白雪に、吹雪が苦笑して髪を撫でる。

 

「えへへ…で、吹雪ちゃんは今日、このあとお仕事あるの?」

「ないよ。最近は司令官も余裕が出てきたみたいだし」

「流石初期艦ね。司令官のこともよく知ってるし」

「そ、そんなことないよぉ」

 

慌てて両手を振る姉が可愛らしくて、白雪は思わず笑ってしまう。

「もぉ!」と頬を膨らませて抗議する吹雪の手を受け止めつつ、教室を出る。

 

「白雪ちゃんも着任時期は一緒くらいでしょ?」

「まあ、そうだけど…でもやっぱり、司令官の隣にいるのって、吹雪ちゃんって感じがするの」

「へ!?…え、えへへ…そうかなぁ」

 

慌てたり怒ったり照れたりと忙しい吹雪の表情を眺めていると本当に飽きない。

姉ながら、多くの駆逐艦からの尊敬を集める当鎮守府のエースの素顔を知っているというのは、何だか嬉しい気持になった。

いつまでも自慢の姉なのである。

 

「…うん。それでさ、これから空いてるんだったら、一緒に食堂に行きたいなと思って」

「そういうことだったんだね。もちろんいいよ!」

 

笑顔で快諾する吹雪。夕映えをバックにすると、その表情が輝いているように見えて、もはや神々しいものまで感じてしまう白雪。

思わず眩しい光を遮るように目を覆ってしまう。

 

(か、可愛すぎる…我が姉ながら)

 

「ど、どうしたの白雪ちゃん?」

「こっちの話です。きょ、今日の献立ってなんだったっけ」

「えっと、金曜日だしカレーかな」

「カレー…間宮さんたちの食べて、研究しようかな」

「あっ、そっか。白雪ちゃん、お料理得意だったもんね」

「吹雪ちゃんも主計科にいたでしょ?」

「うーん、いたことはいたんだけど…私不器用だからさ…」

 

半笑いして謙遜する姉であるが、実際にそういうところはある。裁縫では針に糸を通すことが苦手だったり、料理では切り方が雑だったりすることもある。なかなかどうして、艦娘とはいえ長女らしいところが出てきているのだ。

 

「いやいや、あれだけ夜戦で砲と魚雷振り回してるんだし」

「まあそれはそれってことで…」

 

揃えた手を台詞とともに、横にスライドさせる吹雪。「おっしゃる通り」と言わんばかりの表情である。

砲撃戦で見せる凛々しい表情はどこへやら。それも彼女の魅力の一つなのだが、それだけメリハリがあるということなのだろう。

 

「…あっ、白雪ちゃんってごはんの前にお風呂入る派?」

「えっ?うーん…先にごはん、って感じだけど。でも、どうして?」

「そうなんだ。いやぁ、この前は島風ちゃんと一緒に夕食を食べたんだけど、話を聞いてたらいつも9時には寝ちゃうっていうから、びっくりしちゃって」

「へぇー、寝るのも早いんだね」

 

彼女なりの最大効率の追求ということなのだろうか。それよりも、姉の交友関係はどこまで広がっているのかが気になる。

オレンジ色に染まった廊下の少し先を歩いた姉の背を、白雪はぼーっと見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふいー…」

「あー…体が溶けるぅ」

 

一通り金曜カレーを堪能したあと、二人は一番風呂に浸かっていた。

木枯らし風に当てられて冷えきった体の芯に、少し熱めの湯が温もりを伝える。

白雪は、おっさんくさい台詞を息とともに吐き出した姉をじっと見つめる。

 

「な、なに?」

「いや…吹雪ちゃんって、素で可愛いなって」

「可愛っ…!」

 

そうやって赤面する姿が、特に男性には刺さると思う。いや、そういう知識は全く無いけれども。

白雪の憧れていた「姉」像は、そういう純粋さにあるのかもしれないと、尚も慌てふためく吹雪を眺めつつ考えた。

 

「やっぱり可愛い」

「い、いやいや、それなら白雪ちゃんの方が女の子らしいと思うけど…」

「ううん。普段はしっかりもので頼れるけど、こういう何でもないときに恥ずかしがりだったり、素直に自分の弱いところを喋れるのって、なんだか、素敵だなって思うの」

「そ、それって私のこと?」

「うん」

「い、いやいや、私なんて地味だし、ただ古株だからこうしてお仕事も任されてるだけで…」

「そんなことないよ」

 

思わず、彼女の手を取っていた白雪。

謙遜する吹雪に、これだけは言っておかなければならないというように、強く掴んだ。

 

「吹雪ちゃんは、私の自慢のお姉さん。だから自信もって」

「し、白雪ちゃん…」

 

強い思いの込められた眼差しが、吹雪の眼に飛び込んでくる。

湯煙が辺りを覆う中、なんだか不思議な絵面が僅かな時間続くのだった。

 

「…へくちっ」

「さ、寒かったね。もうちょっと浸かろうか」

 

二の句を継げなかった吹雪が応える前に、白雪がくしゃみをする。

姉妹は肩まで湯船にその身を沈めた。

不思議な雰囲気が、彼女らの間、少しの距離を流れる。

神妙に、吹雪がゆっくりと語り出した。

 

「…私、初期艦として任命されたから、自分なりに努力してきたつもりなんだけど、不器用で、できるようなるまで時間がかかったりして、足引っ張っちゃうことも多くて」

「うん」

「島風ちゃんみたいに早くもないし、雪風ちゃんみたいに魚雷を当てる技術もなかった。改二だって、響ちゃんと睦月ちゃんの方が早かった。家政だって、鳳翔さんや白雪ちゃんの見よう見まねで失敗したりして」

「…」

「それでも司令官が私を秘書艦にして下さっていたのは、私が初期艦だから。消えない肩書きを持っている以上、これが義務だと思って、出来ることを、迷惑をかけながらやってたんだ」

 

自らの過去を振り返り、そして噛み締めるように語る吹雪。

彼女がひたすらに努力を重ねて、積もり積もらせてきた膨大な経験値そのものが、今の吹雪を形作っているということを、白雪は誰よりも理解しているつもりだった。

だから、白雪は言う。強く、自信と想いを込めた声で。

「提督が吹雪ちゃんを指名したのは、吹雪ちゃんの誰よりも努力できるところを大事にしたかったからじゃないかな」

「そ…そうかな」

「うん、きっとそう」

 

擦りガラスの向こう側、水平線を見渡して言った白雪。

二番艦、つまり吹雪にもっとも近い妹として、これだけは譲れなかった。

 

「これからもきっと、吹雪ちゃんは大変なことに挑戦していくんだと思う。一人だって、嫌な顔ひとつせずに」

「…っ」

「でも、私は見てるよ。それで、もし吹雪ちゃんが困っていたら、助けたいって思う」

 

振り向いた吹雪の頬を、右の掌で優しく撫でる。

まだまだ幼さの残る、自分と変わらない小さな身体で、どれだけの苦悩と困難を乗り越えてきたのか、途方もなく離れた練度と経験の差から、白雪は想像することもできない。

髪から滴った湯の雫を拭って、彼女は微笑みかけた。

 

「初雪ちゃんや叢雲ちゃん、磯波ちゃんだってそう。たった一人、吹雪型のネームシップとして名前と誇りを背負ってる吹雪ちゃんの力になりたいって、みんな思ってる」

「白、雪ちゃん…」

「大丈夫だよ。吹雪ちゃんが今までやってきたこと、私たちは知ってるから」

 

左腕も上げて、両手で姉の頬を包み、ほどいていた髪を梳くように、柔らかく触れる。

厭うことなく、吹雪は心地良さそうにそれを受け入れていた。

 

「…白雪ちゃんが妹でよかったよ」

「私も、吹雪ちゃんがお姉さんでよかった」

 

手を離して元通り、横に並んだら、吹雪が白雪の肩にもたれかかった。

一抹の驚きに目を見開いた白雪だったが、姉の笑顔に感じるところがあったのだろうか、表情を綻ばせる。

それ以上は、何も言うことはなかった。薄暮の日本海が宵闇に包まれゆく、そのゆったりとした時間の流れに身体を預けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、今日は一緒に寝てもいい?」

 

風呂から上がって髪を乾かしているとき、雑談の中でそう訊いたのは白雪だった。他の姉妹が東方遠征中であり、11月、極度に冷える日本海側の冷気の中、暖房も効かないベッドの中へ潜り込むのも何だと考えたらしい。

目をぱちくりさせた吹雪も同じことを考えていたらしく、「やっぱり姉妹だね」と笑って言った。

そんなこんなで、隣り合わせで敷いた敷布団の上に、大きな羽毛の掛け布団を一枚。

寒さに震えつつ潜り込んで、枕に頭を置いて向かいあった二人。

 

「ふあぁ…最近は忙しかったからもう眠いや」

「吹雪ちゃん、出撃よりも指揮系統関連でよく呼ばれてるもんね。朝練はいつも通りやってるし」

「昼の本演習は後進の子の邪魔になっちゃうからねぇ」

 

長い欠伸に、口元を抑える吹雪。

寒い時期には体の筋肉が冷え固まってしまうこともあるのだろうかと、白雪は思案する。そのせいで、深い眠りを阻害されているのかもしれない。

 

「うひゃぁ!?」

「やっぱり固いね。少し肩も凝ってるのかも」

「く、くすぐったいよ!」

 

首元に軽く触れ、肩の先の腕まで緩く撫で下ろす。しなやかに伸びる筋肉は良く鍛え上げられており、とても吹雪の小柄で可憐な印象からは想像もできないほどだった。

爆発的な力を発揮するための大きく堅い筋肉とは違い、持久力や柔靱性のあるものだ。

興味深そうにさわさわと吹雪の腕や腹を触診していた白雪だったが、吹雪にやり返される。

 

「そういう白雪ちゃんだって結構固いよ?」

「ひゃっ、く、くすぐったい」

「お返し。あれ、大分腕鍛えたんだね」

「も、もしかしたら新しい炊事当番の子たちの指導でたくさん重いものを持ち上げたからかも」

「あー、そうかもだね。今日のカレーだってどれだけの材料を使ってるか見当もつかないし」

「まとめて段ボールで管理してる食材もあるから、そういうのはかなり重いよ。玉ねぎにじゃがいも、ニンジンなんかはそうね」

「そっかぁ…」

 

吹雪がそう呟くと、ぐぅ、という音が鳴った。二人は音の出所である吹雪の腹を同時に見た後、顔を見合わせた。

 

「…もうお腹空いたの?」

「えへへ、夕飯足りなかったのかな」

「…ぷっ」

「ふふふっ」

 

示し合わせるでもなく、互いに笑いが込み上げてくる。

しばらくそのおかしさに笑いが止まらず、ひとしきり笑いあって目が合うと、またどこからともなく笑いが湧き上がってきて、もう抑えようがなかった。

 

「はぁー、笑った笑った」

「夜って、なんだかほんの些細なことでもおかしくって笑っちゃうんだよね」

「それ、ちょっと分かるなぁ。その日あった面白いことを思い出しちゃったときとか」

 

大笑いのあまり浮かんできた涙を拭ったら、丁度心地いい温かさが保たれていることに気付く。

身体から力が抜け始めて瞼が重くなって、段々と下がってくるのを感じる。

 

「はー。本格的に眠くなってきたかも」

「私も。そろそろ寝ようか」

 

暖色灯のスイッチを切ると、もう部屋のほとんどが夜の暗がりに隠れて見えなくなる。

僅かに差し込んだ月明かりの中、白雪は吹雪の手を握った。

 

「握ってていい?」

「うん」

 

一人、頑張り屋の長女である姉を、誰も気付かない場所で努力を続けている姉を労うことができるのはきっと自分だけだから、それが、せめてもの彼女への恩返しだと悟った。そして、これからも続けていこうと決めた。

この先の未来、きっと多くの困難と苦しみが鎮守府を、提督を、そして提督を支える姉に降り注ぐだろう。

それでも、彼らは前を向き続けなければならない。それが艦娘の上に立ち、艦娘を導く者の使命に等しいから。

 

(――もし、吹雪ちゃんや司令官が心が折れそうなとき、痛みや苦しみに疲れ果ててしまったとき、私が側にいられたら)

 

白雪は、眠りに落ちる前の虚ろな目で、吹雪の寝顔を見、そして微笑んだ。

繋いだ手が離れない限り、その隣で、彼女を支え続けることができるはずだと思った。

 

「…おやすみ」

 

抱えてきた重荷と途方もない疲労をいたわるように、白雪は言った。それに応えるように、握られた吹雪の手が、少しだけ強く感じられて、それを嬉しく思った。

横顔にかかる前髪の先を優しく動かして、頭を撫でる。熟睡のようだった。

 

「私も、寝ようかな」

 

仰向けで天井を眺めると、秒と経たないうちに眠気が襲ってくる。

包まれるような温もりの中、もう一度、手を繋いだ吹雪の方へ顔を向けた。

彼女の寝顔を認めると、白雪は、目を細めて小さく笑い、瞼の裏の暗闇へと意識を手放すのだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「う、うーん…」

 

夜が明けた。

旭日が次第に水平線から顔を覗かせた時間帯、もうすぐ勤務上は起床となる時間が迫る。

光が辺りを包む中、吹雪はゆっくりと目を開けると、やおら起き上がって枕元を確認した。

 

「あちゃー、寝坊しちゃったか」

 

予定していた朝練の時間からは二時間弱ほど過ぎている。やはり、連日の激務の中練習をこなすのは無理があったかと自省する傍ら、何か、右手を引っ張る力を感じた。

 

「あ…そうだった」

 

掌をしっかりと握っていたのは、隣で眠っていた白雪だった。

昨日はなんだか不思議な様子だったけれど、自分のことをよく考えてくれていたのだと思うと、それだけで姉妹として嬉しさが込み上げてくる。

 

「ふふふ…まあ、今日はいっか」

 

起床時間は制度上決まっているとはいえ、複数の作戦が今も進行している以上、一律にそれを設けることを廃した提督によって、今では全体朝礼までに間に合っていればよいということになっていた。

ちなみにラッパは鳴るが、これはまだまだ鎮守府の生活に慣れない新しい艦娘たちに限る。

そんな経緯もあってか、白雪に微笑みつつ、しばらくはこうしていようと決めた吹雪であった。

 

「すう…すう…」

「ふふっ、かわいいなぁ私の妹は」

 

布団に入り直して、近くから髪を撫で、見つめてながら規則正しい寝息を聞く。

これまで、ずっと妹たちや他の駆逐艦の模範となるべく、自分でも努力はしてきたつもりだ。

しかし、それは古参として、そして何よりも初期艦の肩書を背負う上でほとんど当たり前のことだと思っていて、疑いもしなかった。だから、夕立や時雨、響に睦月など、個性豊かに輝く同僚の中で、何も自分らしいことをできていないのではないかと、自分を責め続けてきた。

 

(白雪は、妹たちは最初から、私を認めてくれていたのかも。それは司令官がおっしゃるのと同じように)

 

白雪の強い想いは、しっかりと吹雪の心へ響いていた。

これからも変わることなく、この子たちの先を行き、そして導いていこうと心に誓うことができた。

 

「…よおし、頑張るぞ…!」

 

布団の中で小さくファイティングポーズを取って笑う吹雪。

誰より大切な仲間たちを、妹たちを護り、そして彼女らとともに戦うために。

そしてこれまでの道を示し続けてきてくれた提督へ報いるために。

光輝く朝、白雪と手を繋いだまま、彼女は思いを新たに、この地で生きていく意味を見出すのであった。

 

 

海外艦、もし追加するなら初登場は

  • ドイツ艦
  • イタリア艦
  • ロシア艦
  • アメリカ艦
  • イギリス艦
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