舞鶴第一鎮守府の日常 作:瀬田
「うーん…」
「どうしたの?瑞鶴」
翔鶴型の寮室で、瑞鶴は鉛筆を持ちながら唸り声を上げた。
そんな彼女の背を不思議そうに思って、姉の翔鶴が問いかける。
「いやぁ…これなんだけどさ」
頬を掻きながら、瑞鶴が後ろを振り向く。ひらり、瑞鶴の指先に挟まれていた紙のタイトル――『大切な人へ』を見て、翔鶴は口元に手をやって「あら」と零した。
「そういえば、もうすぐ提出期限よね。まだ終わらせてなかったの?」
「いやいや、サボってた訳じゃないんだけどね。…毎日寝る前とかに考えてたんだけど」
ちなみに、この手紙は姉妹艦と提督以外が対象。姉妹だと書くのが簡単なのと、提督への手紙だと溢れて原稿用紙が足りなくなる輩が現れるからだろうか。
姉の咎めるような視線に焦って、両手を振る瑞鶴。訝しむような翔鶴の表情に慌てる。ただ、本当に怒っているようではないようだというのが分かるのが翔鶴ならではだ。
「翔鶴姉は誰に書いたの?」
「私は…少し迷ったんだけどね、やっぱり赤城さんに」
「あ、やっぱりそうなの?私も加賀さんに書こうと思ってたんだ」
「ええ。でも、それならすぐに書けるじゃない、日頃からお世話になってるのだし」
「いやぁ…改まって書くとなると、何を書こうか悩んじゃって」
「そうなのね。でも、気持ちはわかるわ」
苦笑して、再び手紙に視線を戻した瑞鶴は、手紙の文頭、『加賀さんへ』という文字列を凝視する。
用紙に刻まれた指定行数を少ないと思うか、はたまた多すぎると思うかは、その人との思い出だけではなく、どれだけ密度の濃い文章を書くかにも因って違ってくる。
少なくとも、これを多すぎるとは思わないほどに、加賀と生活を共にしてきた覚えはあるし、きっと向こうもそう思っていてくれているはずだと願っているのだが。
「うあー、やっぱりだめかも!」
後ろの畳へ倒れ込んだ瑞鶴。期せずして正座していた翔鶴の膝に倒れ込む。
「あら…」と困ったように笑う翔鶴の表情を見上げながら、瑞鶴は興味深そうに訊いた。
「ね、翔鶴姉はなんて書いたの?見せてよ」
「み、見せるの?恥ずかしいわ」
「だいじょーぶ、笑わないって」
「もう…瑞鶴ったら」
そう言って、懐からしぶしぶ差し出した手紙を翔鶴から受け取る。
「えっと…なになに――」と声に出して読み出すと、「わああ!」と慌てて止める翔鶴でなのであった。
赤城さんへ
こんにちは。いつもご指導頂いており、本当にありがとうございます。妹の瑞鶴ともども、一航戦、二航戦の方々に支えられながら、ここまで来られたと思っております。
感謝の気持をこうして手紙にする日が来るなんて、艦の時分には想像もしませんでした。
今までの思い出を振り返れば、着任したころは弓の持ち方も知らず、たくさんご迷惑をお掛けしたこともありましたし、間宮だけではなく舞鶴や京都の街へ連れ出して頂き、艦娘としての新しい世界を見せて下さったこともよく覚えています。
それらすべて、赤城さんがいらっしゃなければ経験できないことばかりでした。
確かに私たちは改二や装甲化を得ましたが、本当に大切なのは、芯の通った心の強さだということを、そんな赤城さんの背を見て学びました。
ですから、今はまだあなたの代わりになれるほど強くはありません。それでもあなたに教えて頂き、そして学んだ全てで、重圧や責任を一人で背負うあなたを支えられようになりたい。
この国に生まれ、あの戦いで刻みつけた誇りを持ち、これからも、あなたを追いかけ、そしていつか隣で戦えるよう、これからも精進して参ります。
あなたへ、全ての感謝を込めて。
翔鶴より
「…うん」
「ど、どうかしら…。なんだか書いているうちに熱くなっちゃって」
「いや、多分これ見たら赤城さん泣くよ、多分」
「ま、まさかそんなことは」
「私たちの改二のときだってそうだったじゃない」
「…まあ、それはそれで嬉しいことよね」
練習中や戦闘中とは違い、日常生活では映画や小説、お祝い事に対して涙もろい赤城を思い出して小さな失笑が漏れる翔鶴。
「参考になるかは分からないけど、提出期限も近いんだし、急ぎなさいね」
「はぁーい」
再び手紙とのにらめっこを始める瑞鶴を横目に、翔鶴は鏡台の前に座り、身支度を進めていた。
「あれ、今日はどこか出掛けるの?」
「ええ、赤城さんと街まで。手紙も渡そうと思って」
「へえー。雰囲気もばっちりだね」
「と、特に意味はないんだけど…。いい機会だし、ね。瑞鶴も、加賀さんに渡すときはそうしたら?」
「そうするよ」
じゃあね、と手を振る姉を見送って、改めて手紙の宛先である加賀のことを思い返す。
初めて出会ったときの申し訳なさそうな、なんだか畏れるような表情は、聞いていた一航戦としての厳格さよりも、感情の起伏のない、控えめな印象が目立った。
そんな彼女や赤城、そして鳳翔や二航戦といった仲間たちと出逢い、自分はどれだけ変わったのだろうか。
「ううーん、やっぱり分かんない!」
鉛筆を投げ置き、頭を抱える瑞鶴は、机に突っ伏して呟くのだった。
「…聞いてみるかぁ、そろそろ時間だし」
「で、ここにという訳か」
「うん」
冬の厳しい寒さもようやく和らぎ、徐々に過ごしやすい日々が増えてきた三月の末。
心地よい陽光にあてられながら、本日の秘書艦、瑞鶴は提督と執務を進めていた。
「あっ、その前に。ここがちょっと分からなくて」
「ん、ああ…符号がマイナスになってるな。これは参考にする行に関数を指定して…」
隣に座る秘書艦、瑞鶴のパソコン画面を覗いて、必要な数式を代打ちする提督。
予想外に近づいた二人の距離に、瑞鶴は関数どころではなかった。
「って、瑞鶴?」
「っあ、ご、ごめん提督さん、ちょっと見とれt…考え事してて」
「おう、眠くなったら言ってくれよ」
「あ、赤ちゃんじゃないんだから大丈夫よこのくらい!」
上司の提案に思わず顔を赤くして抗議する瑞鶴。実際、深海棲艦との戦闘に必要な知識は、この画面には少ない。
しかしながら基礎的な情報処理技術は、この戦いが終わった後、社会に出る艦娘たちに必須のスキルとなるだろう。
この戦いの先まで、艦娘たちが生きていけるように見通しながら続ける、彼なりの努力であった。
「そうは言うがな。昨日も珊瑚海まで長躯出撃だったし」
「へっちゃらよ。もう装甲空母になったんだし、これくらいの貢献はしないとねっ」
片方の袖を捲って、張り切った様子を見せる瑞鶴。改二改装に向けた特訓で一回り大きくなった体躯も相まって、頼もしいことこの上ない。
それにしても、そんな彼女を支える同僚たちの結束力は強いようだ。
「無理はしないでくれよ。休むことも重要な任務のうちだ」
「それ提督さんが言うんだ…」
なんだか物言いたげな目線を感じて薄ら汗をかく提督は、「そういえば」と話題を転換させた。
「手紙の件はいいのか?あれは…確か、古鷹主導だったか」
そもそも、こうした企画の多くは座学・講義などと同じ枠組みの中にあるカリキュラムではない。
毎月1,2回ほど定期的に希望者参加型で行われる催しは、その企画を構想し、立ち上げるという過程を経験させるためのいい練習台となっている。
隠された需要を見つけたり、それに伴うリターンがどのようによりよい影響をもたらすか考えることは、多角的に物事を考えるきっかけになるだろう、と考えてのことだ。
「そうそう。優勝者…というか最優秀作品に選ばれたら、すっごい景品がもらえるんだって」
「古鷹も思い切ったな。それほど思い入れの強い企画ってことか」
もちろん自費開催だ。それ相応の準備をしていなければ、いくら高給取りでも金銭的に中止を決断せざるを得ない場合もある。
瑞鶴から聞き及ぶことになった当企画の参加者はおよそ50名に達し、その中で一番になるということはかなりの景品が贈られるだろう、という予想だった。
「まあ、景品目当てって言うと印象はよくないかもだけど…こうしていつもの仲間と一緒にいられることって、きっと当たり前じゃないと思うから、さ」
「…ああ」
目を伏せて、しみじみと呟いた瑞鶴を首肯する。その噛みしめるような口ぶりに、思い当たるところがあった。
目の前の瑞鶴自身を作り上げる構成要素としては、史実に基づくあの時代の『瑞鶴』の記憶が占める割合は決して大きくはない。艦娘のアイデンティティは所属鎮守府内や艦娘としての経験が影響してくるからだ。
それでも、姉の翔鶴をマリアナで喪い、レイテでは最後の航空母艦としてこの国の誇りを一身に背負った覚悟は、彼女の根本に息づいていると言っても過言ではない。
甚だ不釣り合いなのは分かっているのだが、逡巡する自分の過去を、どうしても彼女に重ね合わせてしまっていた。
「いいきっかけだと思うんだ。だからちゃんと書きたい。キレイごとじゃない、私自身の言葉を。翔鶴姉と同じくらい素直な気持ちを伝えたい」
「応援するよ。それで、どこからアドバイスすればいいんだ?」
「さ、最初から…です」
「お、おお…」
平身低頭する瑞鶴であったが、恐らく言葉に迷っているのだろう。いざ一から書くとなると、何から書き始めようかと思案してしまう気持ちは分かる。
少し笑って、「大丈夫だ」、と声を掛ける提督。
それから暫くの休憩時間を使って、顔を突き合わせて手紙は完成に向かうのだった。
「ぁ、赤城さんっ!」
「ふぁい?」
すっかり夕暮れ時、街を一通り回って休憩中の翔鶴と赤城。
肉じゃがパンを頬張る赤城に、翔鶴が意を決したような表情で声を発した。
「どうひまひた?」
「あ、お食事中すみません…あの、これをお渡ししたくて」
「ん…んぐっ、あら、お手紙…って、あの古鷹さん主催の」
「あっ、そうなんです。いい機会ですから、普段お世話になっている赤城さんにと」
「まあ、嬉しいわ。わざわざありがとうね」
「い、いえいえ!」
彼女なりにかなり渡すのに緊張したらしく、言葉遣いや仕草が硬くなっている。
そんな後輩の様子に思わず頬を緩めた赤城は、手元の封筒を見つめた。
「…開けてみても?」
「こっ、ここでですか!?は、恥ずかしいです…」
「あら、そうなの?じゃあ、私の手紙を読んでもらえる?」
「へっ…」
突然に手渡された封筒に間の抜けた声を上げ、わたわたと慌てる翔鶴。赤城は面白いのか笑いをこらえきれないでいる。
赤城らしく、至ってシンプルなデザインの便箋をおずおずと取り出してみると、そこには力強くも美しい文字が刻まれているのが見て取れた。
「読んでください。私も、貴女と同じように思いを込めて書いたつもりですから」
「…はいっ」
赤城の、柔らかな笑みの裏側にある真剣な心奥を汲み取った翔鶴は、ゆっくりと頷く。
一抹の期待感と緊張が胸の中で混ざりあって、どんな表情をしていいか分からないで、神妙な手つきで開いていく。
翔鶴へ
いつもお疲れ様。翔鶴は私、瑞鶴は加賀さん、という風に今まで師として、先輩として翔鶴の練習に付き添ってきましたが、本当に頑張っていますね。二航戦をはじめ、軽空母の皆さんにもその頑張りが伝わって、いい雰囲気が作られています。改二の高練度に達するには大変な思いをさせてしまったし、もっと分かりやすい指導ができたのではないかと、私自身反省していますが、それでも諦めずについてきてくれたあなたたちに感謝とお祝いの気持ちを伝えたく、この手紙を書いています。
思い返してみると、いつでもあなたはひたむきに、懸命に、そして誰かを支えながら頑張ってきましたね。妹の瑞鶴を導きながら、先輩ばかりの空母部隊でひとり気を使ってくれたり。昔、加賀さんと話していたこともありました。「あの子に気を使わせるようでは私たちもまだまだね」なんて、あの加賀さんから想像もできないでしょう?
もはや、私たちはあなたを後輩としてでなく、共に並び立つ仲間として接するべきとも思います。しかし、それは同時に全てのリスクと義務をあなたたちに負わせることに等しい。私はまだ、その決断を下せずにいます。
あの戦いにおいて、私ができたことなど、あなた方に比べれば些細なことなのかも知れない。たった一度の慢心によって栄光を水底に沈めてしまったから。だから、私にできる限り、この生涯を捧げてあなたを導きたいと思ったのです。
できるならばいつまでもあなたを護り続けたいけれど、そうはいきません。新たに戦列に加わる空母たちを導くのはあなたです。新しい世代を作り、支えていく――まさに新編一航戦としてのあなたの力が必要なのです。そのために、私や加賀さんにできることがあれば、いつでも力になります。
この国を護る艦娘として、共に精進して参りましょう。
赤城より
「っ…!あ、赤城さん」
「…ええ。翔鶴も、読み終わりましたか…っ」
ゆっくりと顔を上げて感じる温もりに、改めて涙の筋が流れていることに気付く二人。
夕映えに滲む歪んだ視界が、何よりの証左だと告げている。
瞳から溢れ出て止まらない涙の粒をお互いに見つめ合っているうちに、なんだか可笑しくなって笑ってしまう。
「ぐす…うふっ、ふふふっ」
「ふふふっ…なんだか、不思議な気持ちです。温かくて、心地よくて…」
「ええ。こんな気持ちになるのも、手紙のお陰かも知れません」
涙を拭って、じっと手紙の文字を目に焼き付ける翔鶴。ふと、妹の手紙の件が気になった。
「…瑞鶴も、今頃加賀さんのところに行っていると思います」
「あら、じゃあ私たちと一緒なのね」
「え?」
きょとんとした様子の翔鶴に、「これも言ってなかったわね」と赤城が付け加えた。
「加賀さんも、瑞鶴に書くつもりで試行錯誤していたんですよ」
正規空母短編はこれで書き切る感じです。
ミッドウェーの悲劇、そしてその後の翔鶴型の奮闘を受け継ぐ艦娘たちを描くのはかなり難しかったです。(描けたとは言ってない
海外艦、もし追加するなら初登場は
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ドイツ艦
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イタリア艦
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ロシア艦
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アメリカ艦
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イギリス艦