舞鶴第一鎮守府の日常   作:瀬田

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第五十四話 手紙と倖せ(後)

「あ…えと…そのぉ」

「…ええ」

 

場所は赤城と加賀の寮室、緊張のあまり力んで突入してしまった瑞鶴は、筆を置き、手紙の前で頭を抱えている加賀に出くわしてしまった。

気まずそうに目を逸らす瑞鶴。

 

「か、加賀さんも書いてたんだね、それ」

「ええ…瑞鶴も、かしら」

「あっ、そ、そうなの!加賀さんにっ…!」

「私に…?」

 

至極驚いた表情をする加賀が落とした手紙が、ひらひらと瑞鶴の足元に舞い落ちた。反射的にそれを拾おうと屈んだ瑞鶴の目に、「瑞鶴へ」の文字が飛び込んできた。

 

「え…」

「そ、その…私も瑞鶴に書こうと思っていたのだけれど…何から始めていいか、見当もつかなくて…書きたいことは、沢山あるのですが」

「それなら…まず、私のを読んでよ。そのあとで、手紙じゃなくてもいいから、お返事聞かせて」

「いいのかしら…ごめんなさい、私、ものを上手に書くのが苦手で」

「ううん、私も書き出せなくて提督さんに教えてもらったし…それじゃあ、はいっ」

 

手渡した便箋は、これまた瑞鶴が同じように悩みに悩んで選んだものだ。鶴の可愛らしいキャラクターが下側に描かれている。

因みに、加賀は錨のマリン柄。なんだかんだこれを選んでしまうあたり、やはり艦娘といったところか。

 

「あ、ありがとう。読んでみるわね」

「うん。でもやっぱり緊張するわ…」

 

 

 

加賀さんへ

 

いつも練習、出撃、日常生活の色んな場面でお世話になっております…って書き始めようとしたんだけど、やっぱり私らしくないので、書きたいことを書きます。いつもありがとう、加賀さん。

一文一文、こうして考えて書くのはなんだか久しぶりで、改めて手紙の大切さを感じます。素直に言えないことも、手紙なら書けるんだって気付きました。

改二になっても加賀さんに甘えっぱなしで、まだまだこれから迷惑を掛けてしまうことも多いかと思います。でも、一人でできないことは翔鶴姉と力を合わせて、これからの機動部隊を支えていこうと決めました。そのためには、今以上の鍛錬が必要になります。加賀さんが教えてくれたことを思い出して、きっと主力になれるよう頑張りたいです。

『瑞鶴』としての名前を背負う重さと厳しさを、練習を通して加賀さんは教えてくれました。いつも優しく、親身になって教えてくれる加賀さんはきっと、どうすればよりよい指導ができるか考え、迷っているのだと思います。それは多分実際に弓を引くより大変なことで、なかなか上達しない私に自分を責めることもあったかも知れません。だから、今度は私がそうじゃないってことを証明する番。加賀さんの隣に立って弓を引けるような艦娘に、私はなりたい。

いつまでも、加賀さんは私の憧れです。

 

瑞鶴より

 

 

 

「ううー…も、もう読んだ?恥ずかしいよやっぱり」

「…ぐすっ」

「か、加賀さん?ちょっ、泣いてるの?」

「ご、ごめんなさい…ぐすっ」

「いや…喜んでくれてたら嬉しいんだけど、書いてるうちに自分でもよく分からなくなっちゃって」

「ええ…っ、こうして貴女が、筆を執って書いてくれたこと。本当に嬉しいわ」

「そっか…えへへ」

 

頭の後ろに手を回した瑞鶴。表情に出やすい性格とはいえ、やはり加賀は加賀だ。ついつい思いを隠してしまうことの多い彼女は、その代わりに何を言えばいいか、どう表現すればいいか、言葉に詰まることもあった。

だからこそ、その加賀がこうして真っすぐに落涙し、思いを伝える様子は新鮮だった。

 

「…もし、大丈夫だったら、聞かせてくれないかな、加賀さんの言葉で」

 

恐らく初めて目の前にするだろう彼女の気持ちを知りたい。そう瑞鶴が考えたのは明白だった。

加賀は、純粋な彼女の瞳を一瞥し、涙を拭って向き直った。

 

「ええ」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「これは少し前にも話したけれど」

 

そう言って、加賀は静かに話し始めた。

 

「私…いえ、『加賀』は戦艦として期待された過去と、一航戦としての、空母としてあの大戦を戦った実際の史実とを持ち合わせています。歪んだ自我と、“あの記憶”――栄光、そして慢心と戦略上の過ちを抱えたまま沈んだ後悔。それを裏打ちするように、一片の感情をも見せまいと、口を固く噤み、不愛想な表情をする。そういう意味では、“私”は特異だったと言えるでしょう」

「そう、なのかな」

「まだ横須賀にいたときはそうではなかったと思います。けれど、舞鶴に着任し、鳳翔さんから航空戦を一から教わり、改めて戦史を眺めて…そして気付いた」

 

加賀がもたらす真っすぐな視線。それは、瑞鶴へ向ける温かい恵愛のそれではなく、凍てついた自責と憤りに満ちたものだった。

 

「私と貴女は…本来比べられるべき存在ではない。大日本帝国海軍で最も精強である空母は、苛烈で残酷な戦場を、矢尽き刀折れるまで勇敢に戦い抜いた『瑞鶴』、貴女であるべき」

 

力なく俯いた加賀は、しかしそれでも続ける。現実から目を逸らさない意志を瞳に湛えたまま。

しかし、それは同時に、瑞鶴にとっては受け入れられないものでもあった。

 

「そんなことない。私は運が良かっただけ。加賀さんが一航戦としてあの戦いに参加していなかったら」

「それが史実、というものよ。いくら仮定をしたところで変わらないもの――あなたがレイテで、すべての運命を受け入れたように」

「…っ」

 

言葉を失った瑞鶴に、加賀はまだ迷っていた。あれだけ、心揺さぶられる手紙を綴ってくれた彼女を失望させたくない思いは、確かにあった。だが、これだけは必ず、言わなければならないと思った。

 

「これでも尚、私を信じてくれるのなら…まだ、私の隣に居続けててくれるのなら」

 

そこで一度言葉を切り、顔を上げて瑞鶴を見つめる。再び涙が流れていたが、決意は揺らがなかった。

 

「赦してくれるのなら…これからも、貴女を支えさせて欲しい。私が学び、経験した全てのことを、貴女や翔鶴を沈ませないために伝えたい」

「加賀さん…」

 

縋るような目線ではあったが、加賀のそれは決して保身や打算に流された結果とは思えなかった。

歴史の因果を乗り越え、そしてそこに自らの義務を見つけたからこその言葉だった。今、ここで自分が赦さなければ、誰が彼女を赦すのか。瑞鶴にはそう感じられた。

 

「…赦すなんてできないよ」

「…っ」

「加賀さんを赦すのは、加賀さん自身」

「…!」

「私は加賀さんがいない鎮守府なんてありえないって思う。けれど、加賀さんが一人だけ責任を感じて…私たちに負い目を感じて過ごすことは、もっとありえない」

 

一歩踏み出し、加賀の肩を強く掴む。小さく声を上げ、喫驚の表情を明確にした。瑞鶴はそれに構わず、ほとんど密着したような距離感で胸中の叫びを吐露した。

 

「一人で抱え込まないで。私や翔鶴姉を見て感じる加賀さんの痛みを、責任感を、喜びを共有させて欲しい。他のどんな“加賀”でもない、あなたに出逢えた倖せを一緒に分かち合いたい」

「瑞、鶴…」

 

背の後ろに腕が回されて、加賀は抱きすくめられる。改二になって、元々高めだった瑞鶴の背は、彼女を追い抜いていた。

いつかは自らの元から離れていく瑞鶴の姿を無意識に思い浮かべたのは、今となってはひとえにこの機動部隊に、この鎮守府の一員として過ごしていきたいという、単純明快な願望の下に発生した情動であったことが、はっきりと理解できた。

 

「ずっと、皆で一緒にいようよ。この戦いが終わっても、皆でずっと。絶対に沈まないって約束して」

「…はい」

 

ぽつり、瑞鶴の瞳から零れ落ちた涙が加賀の肩に落ちる。彼女にとって、それはひどく重たい感触がした。

嗚咽を隠すことなく、二人はお互いを繋ぎ留めるように抱き締める。

水平線の向こう、傾いた日は次第に海と融け合い、水面を黄昏色に染めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?」

 

龍驤は参加賞の間宮謹製どら焼きを頬張りながら、窓側の席で仲良くパフェを分け合っている一、五航戦のそれぞれへ目線を送りながらも、提督に向き直った。

 

「瑞鶴に何教えたん。審査員が書き方教えるのは反則やでぇ」

 

艦隊作戦の指揮を終えたその日の昼間。提督は休憩がてら本日の秘書艦である龍驤を伴って間宮を訪れていた。

龍驤を含め、艦娘たちの最近の話題は今日締め切りの手紙コーナーであり、審査員である提督と企画者の古鷹に注目が集まっていた。

 

「手紙を書く上で中核になる基礎だけだからな。他にも教えてあげた子がいるし」

「なんや。聞きに行けばよかったんやな」

 

セットの日本茶を啜り、ほう、と細く息を吐いて満足そうな笑みを浮かべた龍驤は言う。

 

瑞鶴に教えたのはただ一つ、自分の気持ちをそのまま原稿にぶつけること。

彼女が気付いたように、手紙には『表現するための壁』がない。あるといえば言語上の表現技法などの問題であり、面と向かって言えないことや、言い表すことのできないことを、手紙は届けてくれる。

艦娘になって、もしくは生まれて初めて書くことを経験した者も少なくはなく、したがって書き方に迷った艦娘たちに、提督はそのようなアドバイスを授けたのだった。

 

「ああ。瑞鶴もかなり迷っていたようではあったけど、最終的に渡せたみたいだ」

「加賀宛てやったな。あいつら最近仲良すぎて逆に困るわぁ」

「ははは…」

 

瑞鶴と加賀のような普段から仲の良い艦娘たちだけでなく、日頃文通を行わない者、配備の関係でそもそもコミュニケーションを行う機会の少ない者同士の距離が随分と縮まったようだと感じる。駆逐隊や水雷戦隊でも、新たな組み合わせを見かけることが多い。

結果的に、古鷹の発案は艦隊にとって良い刺激となったようだ。

 

「古鷹もこれだけ大規模になるとは想像していなかったらしい。最終審査も張り切っていたよ」

「そんなん()うてる場合なん?提督も審査員やろ?」

「ああ、あの子たちもそうなんだが…皆出来が良すぎるから最優秀作品なんて決まらないんだ。だから意見を聞きたくて」

「それは公平なんか…一応ウチも応募してんねんで」

「さっき読ませてもらったよ。確か鳳翔宛だったよな。『ウチにできること全てで、あんたを支えたい』っていうところが一番心に残ったよ」

「い、言わんでええねん!…あー、恥ずかし…」

 

再顧するとやはり筆が乗りすぎたと思ったのだろうか、情熱のままに文字を書いたことを若干後悔している様子の龍驤。

例にも漏れず、多忙で手紙を出せなかった鳳翔は彼女らから届いたそれにすっかり感動してしまって、来客の中に手紙を送り主を認めるたびに涙が溢れてしまうのであった。

 

「そうは言うけどな、決して悪いことではないと思うんだが」

「ちゃうねん…確かに書きたかったことではあるんやけど…後から見返すと、なんでこんなこと書いたんやろってなるんや」

 

分かるやろ?と加える龍驤。なんとなく言いたいことは分かるのだが、それも手紙の醍醐味ではないだろうか。

 

「なるほどな」

「あんたは誰かに書いたん?」

「生憎中部方面の指揮で筆に触る暇もなくてな。今朝ようやく一息ついたところだ」

「二水戦の子らやったっけ」

「いや、あの子たちは…まあなんというか、どうも夜戦が好きみたいでな。今回は三水戦に任せている」

「まあうちの一水戦と二水戦はキワモノ揃いやからな…一水戦に至っては勝手に指揮し出すやろうし」

「だろうな」

 

苦笑して、口元を押さえて欠伸を噛み殺す提督。

グアノ環礁での諸作戦行動では南方の激戦のように暴れ回るというよりは、効率よい撃破対象の設定や指示系統や規律への絶対遵守など、かなり器用にこなさなければ大型艦や鬼姫級に砲を向けることさえできない。

一度目は全員中破での帰投となった陽炎たち第三水雷戦隊も、今では全艦撃破も不可能ではない状態まで迫っている。

 

「眠そうやなぁ。選考はひと眠りしてからでもええんちゃう?」

「そうしたいところなんだがな。結果発表を待っている子たちもいるんだ」

「結果発表って…いつなん?」

「明朝9時だな」

「…参加者77人のうち、誰まで読んだん?」

「…5番の龍驤だ」

 

遠い目をする提督に、嘆息する龍驤。多分古鷹に言えば期限などどうにでもなるだろうが、この男は頑なに認めないのだろう。ならば、本日の秘書艦である自分にできることといえばただ一つ。

 

「…しゃーないなぁ。この際や、このウチの手紙を超える文才の持ち主を発掘したるで!」

「心強いよ。助かる」

「ほんなら早速行くでぇ!」

「おう」

 

提督は、手を引く龍驤の後に続く。数時間ぶりに浴びる日光は眩しく、身体が活気づくのが分かる。

 

「…」

 

思えば、手紙とはつまり、艦娘たちが自らの語彙と体験を振り絞り、最大限に自分の気持ちを伝えようとした努力の結晶ではないかと認識している。

龍驤も含め、今まで読んだ艦娘たちのものだけでも、心揺さぶるような感情の熱を感じるのだ。

あの大戦では、一艦一艦全てにドラマがあった。きっと、時代と世紀の間をまたいで記憶を受け継いだ艦娘たちだって同じはずである。

自分の使命は、()()()の胸に秘められた物語とその思いを受け止め、次の時代へ繋いでいくことなのだと、提督はごく自然に、そして本能的に感じ取っていた。

 

「ほらほらぁ!はよ行くでぇ」

 

爽やかな春めいた風が、遠くで手を振る龍驤の二つ結いにした髪を靡かせる。

目を細めて眺める提督は強く願う。運命が導く、まだ見ぬ艦娘たちとの出逢いを大切にしていきたいと。

 

また、それを“倖せ”と呼ぶために。

 

 

海外艦、もし追加するなら初登場は

  • ドイツ艦
  • イタリア艦
  • ロシア艦
  • アメリカ艦
  • イギリス艦
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