舞鶴第一鎮守府の日常 作:瀬田
ネタ切れと多忙をお許しください。
※以前に投稿した話の中で、提督が幼体化するお話がありました。今回のお話はその続きということになりますのでご了承ください。
暗闇の中で、思わず手を伸ばした。
夢中で追いかけた背中は、どんどん遠ざかって行き、そして見えなくなった。
『待って…!』
普段は口数の少ない幼子が、狂おしいまでの恐怖と悲しみに顔を染めて走る。
『待ってよ...!』
――彼という存在を押し出すように、町並みは崩れ、黒煙が空を染めるのだった。
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「ん…」
うっすらと目を開けた提督は、いつの間にか伸ばしていた片腕で、その身を抱えるようにして身震いをした。
もう十一月の終わり。
季節は着実に移ろいで、早くもこの年を閉じようとしている。
「通りで寒いわけだ…。」
ほとんど剥ぎ取られた布団の先、つまりはすぐ隣を窺うと、すやすやと寝息を立てる艦娘が二人。
「「zzz...」」
「…ああ、そうか、昨日の」
彼女らの寝顔が、昨日の光景をよみがえらせる。
先の中部太平洋作戦における功績が認められ、舞鶴には一隻の軽巡洋艦が着任した。
したがって彼女の歓迎会、そして作戦成功の祝賀会を開いたのだが、あまりに騒ぎすぎてしまったようだ。
主役は初めて飲んだ酒にすっかり呑まれてしまい、介抱に向かった姉妹艦も、宴が終わるころにはベロベロに酔ってしまっていた。
そんなこんなで、事後処理のため途中退場した提督のいる執務室に、彼女らが酒の勢いに任せて突撃したことは、容易に想像がつくだろう。
そんな昨日の記憶を掘り起こしつつ、私室奥の台所で朝食を作り始める。
練度が規定以上に達した艦娘が増えたため、ここ一年で作戦参加数が増えたこともあり、すっかり大所帯となった舞鶴第一鎮守府。
そんな背景もあり、鳳翔や大鯨、間宮たちの苦労を考えるといつもいつも食堂で食事をするのはどうだろうかと思い至ったのだ。
実際は姿を表さない彼に、烹炊班の表情はやつれていくばかりなのだが。
(あんな夢を見たのも、もしかしたらこの姿だからだろうか)
不思議なことに、今、彼の身体は幼い頃の姿に戻ってしまっている。
金剛や榛名などを筆頭とした艦娘たちのコンディションは高まるとしても、やはり彼としては一刻も早くこの状況を脱したいということに変わりはないのであった。
「よ、っと…」
背伸びをして、冷蔵庫の奥へ手を伸ばす。が、届かない。
(ん、やっぱり早く戻りたいな...)
こんな時は、元の身体でいられた日々が恋しくなる。
「むむむ…」
しかしながら、願ったところで身体は戻らない。
ため息をついて、そしてまた必死につま先立ちで腕を伸ばしていると、視線の先に誰かの指が伸びた。
「はい。これでよかったかしら」
「ああ。ありがとう」
振り返って目を向けた先にいたのは、先日の作戦後から加入した艦娘――もっと言えば、昨晩、もう一人の艦娘といた軽巡洋艦、矢矧である。
「おはよう。昨日はよく眠れたか」
「ええ。このところ忙しかったから、少し疲れていたのかも知れないわ。お酒もかなり入っていたし」
バナナの皮を剥き、潰していく。
矢矧にひとかけら口に入れられながら、その言葉が少し引っかかった。
「無理しないでくれよ。阿賀野たちもサポートしてくれることだろうし」
「大丈夫。自分でできることは自分でやるわ」
必要以上に人に頼らず、むしろ率先して周りを導いたり、規範的な行動ができることが、新参でも尊敬を集められる彼女の良いところだ。
「そうか。まあ、何かあったらいつでも言ってくれ。出来る限り力になるよ」
「...っ!そ、そう。ありがとう」
子供の姿に似つかわしくない微笑は、可愛らしさが潜んで、彼自身のもつ男性的な愛嬌を醸し出す。
矢矧はそこに胸の高鳴りを感じながら、思わずもうひとかけらを彼の口に突っ込んでいた。
潰したバナナに、ハチミツ、溶き卵、牛乳を加える。
「昨日は演習もあったし、よく食べるかな」
多めに用意したそのボウルを、電子レンジで加熱していく。
「それにしても、提督は男の人なのに料理をするのね。少し意外」
「この仕事も、ただ艦隊の指揮を執っていればいいという訳ではないらしいからな」
矢矧の言葉に思わず苦笑した。世論には口を挟む気はないが、女性が政治はまだしも、戦に参画する世の中になることは、きっと彼女たちの艦長も予想だにしなかったことだろう。
「そうかしら。私たちは、あなたに甘えすぎている気もするわ」
阿賀野姉然り、と付け加える彼女は笑っていた。本心ではないのだろう。
「それくらいが丁度いいんじゃないか?君たちは欠かせない、国防の担い手だ」
「貴方だって欠かせないわ。私たちにとっては」
昂然として言い放った矢矧に少し驚くが、同時に嬉しく思う。
「二水戦の旗艦殿にそう言われると、光栄だな」
「生意気ね。でも褒めてあげるわ」
髪を梳くように撫でられる。そこに心地よさを覚えるも、提督としての意地が許さなかった。
というより、ただ恥ずかしかったのだろうが――
「そ、そろそろいいだろう」
「あら、いいの?残念」
不敵な笑みを浮かべる矢矧。やはり華の二水戦旗艦には敵わないようだ。
バターを熱して溶かしたフライパンに、混ぜ合わせたボウルの中身と食パンを投入。
甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「簡単なのね。寮でもやってみようかしら」
「おやつにもいいかもしれないな。皆好きだろう、こういうのは」
「うーん···」
顎に指を当てて沈思する矢矧。
『女の子は甘いものに目がないんですよ』と吹雪に教わっていただけあって、それを不思議に思う。
「どうしたんだ?」
「いえ…阿賀野姉はこれ以上太っちゃうとダメね」
「そ、そうなのか…」
何ともコメントのしようがない答えであった。
実際、彼女が妹である能代にそう指摘されている現場に出くわしたことはあるのだが、聞こえていないふりをして通り過ぎようとしたこともある(成功しなかった)、という話は口にしないでおこうと思った。
いわゆる適正な健康水準の体重と、彼女らが気にしている体型とは大きな差があるのだと思いながらも、フライパンに視線を戻し、程よい焦げ目の出てきたところで火を止める。
「よし、フレンチトースト完成だ」
「こっちも出来たわ」
三つのフライパンに出来上がったトーストを盛って、ついでに湯も沸かしておく。
「コーヒーでいいか?」
「ええ。…ああ、でもあの子はまだ飲めないと思うわ」
「分かった。ホットミルクにしようか。矢矧はあの子を起こしてきてもらえるか」
「了解」
矢矧の小さい足音と、薬缶の湯が流れ落ちる水音が、静かな冬の朝の空気によく響く。
心地よい雰囲気に浸っていると、寝室から大きな欠伸をする声が聞こえて、少し苦笑するのだった。
「あむっ、はむ…ぴゃあ!これ美味しいよ矢矧ちゃん」
「ええ。提督が作ってくれたのよ」
「本当!?」
「ああ。口に合ったようで何よりだ」
もう一人の来訪者、矢矧と同じ阿賀野型の末妹である酒匂は、提督と姉の合作朝食に舌鼓を打った。
どうやらお気に召してくれたようで、提督は内心ほっとしている。
「なんだか小さい弟にご飯を作ってもらったみたいだねぇ」
「弟か…まあ、これでも中身は二十歳過ぎだからな」
「…私たちは最近着任したから現場にはいなかったけど、本当にそんなことが起こるものなの?」
「俺も未だに信じられない。しかも、原因が全く分からないんだ。出来るなら今すぐにでも戻りたいよ」
悩ましげな表情で嘆息する提督。
それがあまりにも子供らしからぬ仕草であったからか、矢矧と酒匂は笑った。
「私はこのままでもいいわよ?」
「かわいいもんね~」
食事中にも拘わらず、酒匂に抱きつかれる、というか抱きかかえられる。
この見た目の年齢だと身体が小さく軽いので、艦娘たちには割と好き放題されてしまうことが多いのが最近の提督の悩みであった。
彼としては対応に困ってしまうのが本音なのである。
「七十年前のことを思えば、こんな提督は新鮮よね」
膝の上に乗せ、髪を撫でながらトーストの切れ端を口に運んでくる矢矧。
仕方なくそれを受け入れていると、今度は酒匂に横から頬をつつかれる。
「俺としては問題だからな…」
もはや抵抗を諦めて、提督は一人そんなことを呟くのであった。
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朝食を済ませた三人。矢矧は任務(溺死した艦娘たちの救出と部屋の掃除)の指揮のため別行動となり、執務室には二人だけとなっていた。
「さて、執務を始めようと思うが…昨日の今日だからな、これが初めての任務になるか」
「ぴゃんっ。よろしくねっ」
元気よく手を挙げた酒匂。軽巡洋艦娘にしてはまだまだ幼さが残るが、それが逆に良い雰囲気をもたらすこともある。
昨日は初めてにも拘らず次々と酔っ払いと酒を酌み交わしていく彼女を見て戦慄したのだが、それも若さの表れということだろうか。
「それなら、今日は秘書としての業務内容を説明させてもらおう。ホワイトボードに軽くまとめるから、メモしてもらえるか」
「はーいっ」
家具職人によってグレーに塗装され、その上に見事な雪原が描かれている壁板には、かなり大きめのホワイトボードがはめ込まれていた。電子化されており、書くのも消すのも楽々なので駆逐艦の落書き用にもなっている。
苦渋の決断ののちそれを消し去った提督が、業務内容をいくつかの要項にまとめていくのを、酒匂はまじまじと見つめ、時折メモをとっていたのだった。
秘書艦――今ではすっかり鎮守府に馴染んだこの制度は、かつては指揮を行う提督と、その
提督自身は、吹雪のみに二重の責務を追わせてしまうことを心苦しく思っていたものの、かといってそれを他の艦娘たちに強制してしまうのも如何なものかと考えていた。
そこに目をつけた策士大淀――当時はまだ未着任の任務娘であった――が、数の増えてきた艦娘の中で希望者を募り、比較的艦娘たちの受け持つ実戦に近い職務の一部を請け負うこととしたのが、正式な秘書艦制度の始まりである。
案の定希望者は殺到、大淀の狙い通りの結果となったわけだが、提督は今でもその理由を彼女らの善意によるものだと勘違い(中にはそういう者もいるが)している。
「基本的には俺に同行してもらえればいい。執務室では簡単な書類作業―情報を打ち込んで電子化する仕事、工廠では開発・改修の途中経過をメモ、出撃・演習時の母港ではその時間管理と艦娘たちのケアなどを、逐一指示する」
「つまり、決まった仕事はないってこと?」
「そうだな。仕事柄、というべきか、似たようなものはあっても条件が違う、ということが多い。けれど、難しいものはないし、何かあったら聞いてくれれば答えるよ」
酒匂がうまくまとめたように、提督職というのはルーティンがない。
一部の新興鎮守府であれば、定期的な演習、開発などが必要になってくるが、現在の舞鶴第一鎮守府においては、必要不可欠ではない場合もある。また、外海への任務は一部吹雪や大淀、熊野といった面々が行う場合もあり、遠征についても睦月や天龍型が管理していることが多いので、提督にはむしろより高度な情報処理とばらばらに動く艦隊のまとめ上げが必要とされる。
この莫大な労力の一端を補うのが、ずばり秘書艦という訳である。
「うーん…」
「何か分からないことはあるか?」
神妙な顔つきをする酒匂。失礼ではあるが、彼女のイメージはやはりいつでも笑顔だという考えが先行してしまうせいか、提督は出会って一日と経たずに違和感を覚えていた。
「ううん、でも、いろんなお仕事があって、全部できるか不安かも、って」
「気負うことはないさ。一回目からうまくいくことなんてそうそうない。失敗して成長することの方が大事だ」
「うん…」
その言葉に、酒匂は一度は元気を取り戻したようだったが、少しするとまた俯いてしまった。
提督はその理由を、何となく解しつつあった。
「…そうだな。やっぱり、不安は消えないと思う」
「えっ…」
顔を上げた酒匂の瞳には、一抹の緊張がみてとれた。
先の大戦でも、戦局の悪化に伴って酒匂が実戦投入されることはなかった。そのせいか、実の姉にだって会えていない。
そんな彼女が艦娘として砲を持ち、海を駆けること自体、きっと初めての経験だろうし、そこに感じる不安など想像もできないほどだろう。
改めて、眼前の艦娘という、莫大な力を抱えつつも脆弱である存在に対して、統率する立場にある自分の負うべき責任を理解していた。
「俺は秘書艦制度について、初めは反対だったのは説明したよな」
「う、うん」
「それは、艦娘たちに負担を掛けないため、守るためだとずっと思っていたし、今もその思いは変わらない」
一旦、そこで言葉を切った提督は、今まで出逢ってきた艦娘たちの表情を回顧していた。
心配する表情、尊敬し、あるいは慕ってくれている表情、そして、怒ったような表情、寂しそうに笑う表情。
自分なりに考えて、決断したことに対し、彼女らの思いはそれぞれ違っていたが、結果として彼女らを遠ざけてしまったことは、やはり事実なのだろう。
「…少し前、とある秘書艦が言った。俺と、艦娘たちと、この鎮守府で共に生きて行くことが、自分の生きる意味だ…ってな」
「若干好意的に解釈すれば、だが」と加えた提督が、照れくさそうに言う。
少年のそんな幼い表情に、しかし、酒匂は誇らしさを汲み取った——とてもその体躯と見た目では、表現しきれないほどの苦悩の変遷が作り出すものだった。
「同じく、妖精さんには、もっと自分たちを頼って欲しいとも言われた。信じることは、そういうことなのだと、ようやく知ることができた」
生憎、彼という人間はどうにも他人を宛てにして生きることが絶望的に下手なのだった。
どれだけ目の前の
「今では、艦娘たちを信頼し、その信頼に応えていくことは、義務だとすら思う」
そう言って、酒匂に目線を合わせた提督は、ただ小さく笑って言った。
「こんな気持ちにさせてくれた君たちに対して、自分の仕事のミスくらいで責めるなんてできないさ」
「司令…」
「大丈夫だ。記憶は酒匂にもある。あの時代、俺がまだ生まれていなかったあの戦争を生きた記憶が」
英霊という言葉は、まさに彼女らの「記憶」と密接に関係していると思われてならなかった。
だから、言葉は揺るがなかった。あの時代を生きた全ての人間の思いを背負っている彼女らに言葉を与えることが、
——それを口実に、彼女らをどこか、自分とは遠い存在だと決めつけていたことも、彼はひどく理解していた。
「心配なら、俺にも手伝わせてほしい。あの子たちと同じ場所に辿り着きたいという願いは、同じだから…多分」
「…」
酒匂は、開いた口が塞がらない。
決して上司の話が難解で呆けてしまっているとか、そんなのではない。断じてない。優秀な阿賀野型の末妹なのだから…多分。
「ふふっ」
「…?」
上司の言葉尻と重なって、思わず笑みが込み上げてしまった。それを不思議に思った幼い姿の上司が、おろおろした表情でこちらを窺っていた。可愛い。
酒匂は、決断した。そして、動いた。一歩を大きく踏み出して、提督との距離を一気に詰めて——
「私、頑張るよっ」
「おおう、そうだな…っておおお!?」
そして、提督は宙に浮いた。
「私、矢矧ちゃんみたいにかっこよくなりたい。能代姉みたいにしっかり者にもなりたいし…阿賀野姉みたいに、なんだかんだ、皆から頼られるようにもなりたい」
「そ、そうか…って、ちょっと下ろしてくれないか…」
「よーし、じゃあ早速…」
「き、聞いてるか?っておおお…!?」
「まずは演習視察だねっ。ぴゃんっ」
小脇に抱えられ、全速で駆け抜けていく彼女が今は頼もしく、そして恐ろしく見えた。
「ねっ、司令」
「な、なんだ?」
「いつか…二人でみんなのところに行けたら」
「行けたら…?」
「…ひみつっ」
酒匂はそう言い残して、更にスピードを上げた。
「どういうことなんだ…?」
そして、提督は考えるのをやめるのだった——。
小さく、それでも力強い笑みを浮かべながら。
海外艦、もし追加するなら初登場は
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ドイツ艦
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イタリア艦
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ロシア艦
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アメリカ艦
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イギリス艦