舞鶴第一鎮守府の日常   作:瀬田

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第六十一話 いつでも君を

「ふおおお…」

 

駆逐艦の敷波は、鎮守府の廊下で一人、床に手をついて声を震わせた。

それは、新たに着任する地、舞鶴の冬の寒さに凍えたのではない。

 

「どうしたの?敷波」

「ろ、廊下がピカピカだ…部屋もきれい…」

「どういうことなの…?」

 

首を傾げる綾波に、敷波は興奮気味に話す。

 

「だって、佐世保はもっと小汚いっていうか…なんか生活感溢れてたし!部屋で雑魚寝してたし、食事のメニューも!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて…!」

 

熱の冷めやらない敷波のハイテンションぶりに、綾波は少し動揺していた。

妹の知られざる一面である。

 

「そうでしょうそうでしょう。何といってもここは日本随一の満足度を誇る鎮守府ですから」

「毎年ランキング見てるけど、すごいんだよ?」

 

「!?」

 

突然、背後から降ってきた声に振り返れば、そこには霧島と長良の姿が。

二人は何やら沢山の袋をいっぱいにして抱えている。

 

「あっ、霧島さん、長良さん」

「着任おめでとう、敷波!」

「お姉さまたちも呼んでいるのよ。パーティにしましょう」

「ぱ、ぱーてー?何それ…?」

「!?」

 

妹の語彙力のなさに驚く綾波。

我が妹ながら、これは流石にいただけない。

 

「し、知らないの…?」

「知らないなら、体験しなさい。さ、行くわよ!」

「おー!!」

 

この後、とんでもない量の食事と豪華な飾りつけが二人を待ち受けていたのは、また別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぇー…せかいがまわる…」

「だ、大丈夫?」

 

夜も更けて、時刻はすでに午前一時。

会場では既に金剛型と長良型が爆睡しており、鳳翔やその手伝いの五航戦姉妹が彼女らを曳航して部屋へ連れ帰っていた。

 

「お、お酒って…初めて飲んだかも」

「初めてなのにあんなに飲むから…」

「飲んだんじゃなくて、飲まされたんですけど…」

 

盛り上がりに盛り上がったパーティは、逆に主賓の敷波が緊張してしまうほどの賑やかさを見せたが、金剛や霧島、長良や川内などはお構いなしに彼女を輪の中に引き込んだ。

少し安心していた綾波だったが、敷波が酒を飲んだことがないというので、酔っ払ってすっかりハイになった霧島と川内に飲まされた辺りで流石に止め、戦線を離脱したという訳である。

駆逐艦とはいえ艦娘なので、迷惑をかけなければ、健康に害しなければ飲酒も良いという提督の方針ではあるが、これは明日あたり鳳翔の雷が落ちるだろう。

 

「そういう綾波だって飲んでたじゃん」

「わ、私はもう慣れたっていうか…」

「へー、もう大人の仲間入りって訳ですかー」

「そ、そういう訳じゃないけど…」

 

一概に責めきれない綾波。たまにしか飲まないとはいえ、彼女もまた酒癖がいいとは言えない。

特に迷惑をかけることはないが、何分甘え上戸のため、誰彼構わず甘えまくる。

長女としての、普段の凛とした態度とのギャップにやられた軽巡諸姉が鼻血を出して倒れていたりする。

そんなこんなで、一番困るのは翌日その記憶が蘇ってきたり、覚えていなくても生温かい目線で見られる自分なのだ。

 

(禁酒しようかなぁ…)

 

そんな見た目に似つかわしくない考えをしていると、前方から懐中電灯の光が。

 

「そこの二人ー、誰だ?」

「あっ」

 

眩しく、光源が姉妹を照らす。

彼女らを視認して、本日の夜警――提督は近づいた。

 

「おお、綾波と敷波か。そういえば今日は歓迎会だったな」

「す、すみません!すぐ帰って寝ますので」

「おぉー、よろしくしれーかん」

 

陽気に手を振る敷波に提督は苦笑する。綾波の顔面が蒼白になったのは言うまでもない。

 

「ちょ、し、敷波!失礼でしょっ」

「いいさ。それより、こりゃあ結構飲んだな。何か飲ませた方がいい」

「あっ、大丈夫ですよ。お水を飲ませておきますから」

「いやー…この様子じゃ飲むのも初めてだったんだろ?明日は酷いぞ」

 

提督は経験上知っていた。

前職では死ぬほど飲まされたうえ、翌日はお構いなしに激務だったこともある。

そのために用意した予防策はバッチリだった。

 

「そ、そうですか?」

「ああ。顔がかなり赤い。あんまりアルコールには強くないみたいだ」

「えへぇ、しれーかんの手冷たくてきもちいい…」

「…本当に申し訳ありません」

「謝ることはないさ。誰も初めはこんなもんだ。俺は部屋から何か持ってくる」

「あ、ありがとうございます」

「んー、くるしゅーない…むにゃむにゃ」

 

 

 

 

 

「ぐおぉぉぉ…」

 

翌日、綾波型の部屋。

長期遠征で第七駆逐隊が出払っているため、今日は綾波と敷波の二人だけだ。

敷波は、二日酔いではなく、昨日の醜態を思い出して一人呻いていた。

 

「後で司令官さんのところにお礼しに行こうね」

「う、うう…でも」

「行こうね?」

 

ソロモンの鬼神の眼力は凄まじい。普段は穏やかだが、時としてそれは深海棲艦をも恐怖させるほどである。

長姉の悪魔的側面を出会って一日で敷波は悟った。

 

「は、はい…」

 

それにしても酒は恐ろしいものだ。

まあなんだかんだ大丈夫だろうと思ってはいたが、ここまで人を変えるというのか。

 

「っていうか、昨日は司令官が面倒見てくれたの?」

「うん。よくある話だからって、いろんな種類のサプリとか、対処法を知ってたの…やっぱり素敵だなぁ」

 

なんだか恍惚としている綾波。惚れ込んでしまうのもあの彼の性格からして無理はないのかも知れないが、酔っ払いを助けただけの話なのだ…自分のことではあるが。

 

「よ、よくあるんだ…」

「そうそう。この間も隼鷹さんが…」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

長い長い、一日が終わった。

地道な遠征は、華々しい出撃を支える縁の下の力持ちだと言う者がいるが、それは嘘である。

艦隊に真に求められる必要不可欠な作戦こそが遠征であり、それがなければ艦隊も司令部もあったものではないのだから、むしろ、艦隊は遠征のために存在しているのだとも言えて——。

 

「つまり、鼠輸送は艦隊の存在意義であり、美の極致という訳だよ、如月君?」

「と、突然ね睦月ちゃん…」

 

謎の思考を繰り広げたのち、普段は全く使わない口調でドヤ顔を決めてきた姉に、如月は引き攣った笑みを浮かべた。

 

「ま、まあ重要なのは確かよね。戦艦や空母の方々も資源がなければ動けないのだし」

「うむっ、よくできました」

 

にしし、と笑って頭を撫でてくる睦月の姉らしい一面を感じ取るが、その実態は遠征に心を奪われた遠征中毒(ホリック)なので素直に喜べない。

 

「それにしても、最近は楽になったよねぇ。ひたすら長距離航海や防空射撃しなくて良くなったし、ひたすら海上護衛することもなくなったし」

「そうね。まああれはあれで楽しかったけれど、人手が増えて賑やかになったのも考えると、今が一番ね」

「そうそう。…おっ、ついたついた…うひゃあ~、疲れたぁ」

 

自室――同型艦が増えたこともあり、一室に入りきらなくなって分けられたその小部屋に着くなり、睦月は声をあげて布団に飛び込んだ。

眠るには少し早い時間帯だが、連日の任務を達成してへとへとの彼女らにとっては、それでも十分だった。

 

「うふふ、お疲れさま、睦月ちゃん」

 

そんな睦月を見てか、妹の如月が思わず笑みを零した。

彼女も睦月と同じく、任務を終えて疲れているはずではあるのだが、姉の自然体を目の当たりにして、緊張がほぐれているのだろう。

 

「如月ちゃんもねっ。でも、やっぱり北方の寒さは(こた)えたねぇ…でもその分、お風呂もお布団もあったかい」

「ええ。本当に」

 

そう言いながら、妹たちが準備してくれた布団に寝転がる。よくできた妹たちだと感涙しそうになるが、今は疲れているためか、感動より心地よさの方が上回ってしまっていた。

 

「…ねねね、如月ちゃん」

「なあに?」

 

ふと、睦月のそんな声を聞いて身体をそちら側へ捩ると、彼女の顔が間近にあって驚く。

 

「わっ、いつの間に」

「えへへ、今日は一緒の布団で寝てもいい?」

「…ええ。もちろん」

「やった。じゃあ明日の支度しよっと」

 

布団から元気よく飛び出て、いそいそと、制服を畳んだり書類やなにやらをまとめていく睦月の背を、如月は何気なく眺めていた。

 

「…睦月ちゃんって、なんだかお姉さんらしくないわよねぇ」

「えー?そうかなぁ」

 

けらけら笑って、それでもなお嬉しそうに寝支度を済ませる睦月が、如月にとってはただ一人の姉らしさを感じさせていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしよう」

「ん?どうしたの睦月ちゃん」

 

部屋の隅に置いてある角型行灯が、ほのかに部屋を照らす。

如月は殆ど眠りかけていたが、姉の呟きで何とか意識を保っていた。

 

「何だかこの眠気に任せちゃうのって…もったいなくない?」

「ええ…そうかしら?」

「だってさ、これ、()生でかなり幸せな瞬間じゃない?」

「なるほどね…」

 

同じ布団の中でそう力説する睦月に、ついつい苦笑してしまう。言い分は分かるのだが、睡眠不足は良くない。

 

「でも、しっかり眠らないとダメよ?」

「ふっふーん、それなら眠らせてみればよかろう?」

 

何故かこの姉はいちいち偉そうなのだが、その愛嬌のある笑みは憎めなくて、そればかりかこちらまで笑ってしまうような、魅力のある輝きを放っているように思えた。

それならば、如月のするべきことは何か。

 

「仕方ない子ねぇ…どっちが姉なのかしら」

「およ?」

 

そう零しつつ、捩じった身体のまま睦月の身体を引き寄せる。

丁寧にブラッシングした髪を崩さないように、優しく撫でつける。

 

「…ねえ」

「どうしたの?」

「寝ちゃうんだけど」

「寝なさい?」

 

始めは抵抗していた睦月も、次第に腕の力が小さくなっていってふにゃふにゃになっていく。

 

元気に話していたのも最初の数分の話で、やはり任務で潮風が堪えたのだろうか。如月自身、割と眠気も最高潮に達していて、湯上りの身体に纏った冷たい空気や、行燈の優しい桜色だとか、睦月の使っているヘアオイルのラベンダーの香り、伝わってくる心拍と体温も、おおよそ如月たちが目を覚ましていられる理由はなかった。

 

「もーちょっと…ね…ばる…」

「ふふっ…」

 

必死に目を開けようとしている長姉が、うっかり妹のように可愛い存在だと思えてしまってならない。

 

「お休みなさい」

「ふぁ…」

 

睦月の耳にそう囁いて、闇の中へと意識を放ったのだった。

 

 

 

いつでも、彼女たちは妹に先んじている。ネームシップはその重責を、その苦悩を、一身に背負いながら。

だから、傍にいる妹は追いつきたいし、知りたい。少しでもそれを分かち合えるように、理解してあげられるように。

 

そんな彼女たちの鎮守府生活は、今日も続いている——。

 

 

海外艦、もし追加するなら初登場は

  • ドイツ艦
  • イタリア艦
  • ロシア艦
  • アメリカ艦
  • イギリス艦
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