舞鶴第一鎮守府の日常   作:瀬田

62 / 76
新型ウイルスだったり、艦これサーバーへの攻撃だったり、なにかと不穏ですが、今回のお話はちょっとだけシリアスです。

※わずかですが流血描写にご注意ください。


第六十二話 つながりコンプレックス(前)

「――敵艦隊発見!那珂ちゃん、現場入りまーすっ。みんなー?戦闘準備っ」

「了解っ」

 

雪混じりの暴風の吹きすさぶ北方海域AL方面では、那珂率いる第四水雷戦隊が奮戦していた。

敵艦隊を迅速に捕捉したのち、隊列を乱さずに長射程の戦艦砲撃を潜り抜けて吶喊する。

 

「いいねぇ。皆ついてこれてる」

「那珂先輩のご指導のお陰ですっ」

「まあ…あれだけの訓練を行えば、な」

「あっれはきつかったなぁ…」

 

振り返って余裕の笑みを浮かべた那珂に、後続の浜風と磯風が応える。

至近距離で水柱が勢いよく立ち上がるのも気にも留めず、最大戦速にて敵陣営に迫る。全ては航路確保を担う那珂に対する信頼からきており、磯風や谷風に至っては壮絶な訓練を想起するくらいには余裕があった。

 

「じゃあ各艦散開準備っ。敵高速戦艦は仕留めちゃうから、各個撃破するよ。砲撃が合図ねっ」

「「了解!」」

 

徐々に接近する両艦隊。未だ多くの艦は敵を射程内に収めていないため、戦艦の長射程砲撃のみが海面に刺さり続けている。

しかしながら、一直線に距離を詰める水雷戦隊には掠りもせず、心なしか砲撃の間隔が短くなり、理性や感情を持たないはずの敵戦艦にまるで焦りが感じられるのだった。

砲を構える那珂が、一種の鋭さを感じさせる空気を纏って、それが本当の戦闘開始を後続の駆逐艦たちへ告げていた。

 

「いよっし…はいどっかーん!」

 

中射程ギリギリ、敵軽巡もようやく捕捉を開始し始めたであろうタイミングからの速攻。砲撃は敵戦艦に吸い込まれ、主砲らしき艤装に刺さって爆発し、火煙を吐かせた。

 

「ひゅう、さっすが那珂先輩」

「驚いてる場合じゃでしょ。舞風、行くよ」

「おっけー。さあ、華麗に舞うわよ?」

 

スナイパーのように、再装填を済ませて砲撃を行う那珂の姿はまさに精緻そのもの。

艦隊は配置を変え、那珂を最後尾として単縦陣で突入し、猛然と海面を駆け抜ける駆逐艦が砲撃を開始した。

 

「四水戦、突撃する!続けーっ!」

 

四水戦から抜きん出たのは野分。敵駆逐艦の砲撃をひらりと躱し、敵補給艦へと迫る。

 

「はぁっ!」

 

至近距離の砲撃で、敵補給艦が航行リズムを崩す。もう一撃加えたところで、後続の駆逐艦の照準が野分に定まる——

 

「舞風!」

「はーいっ。舞風行っきまーす…てぇ!」

 

照準合わせのタイミングでは、敵艦の航行能力が低下し、減速する。その一瞬を狙って、舞風が鋭い一撃を大口を開けた駆逐艦に見舞った。

内部構造は見当もつかないが、機関部を貫かれたらしい。断末魔を響かせる間もなく、駆逐艦は爆炎を上げてゆっくりと沈みゆく。

 

「もう一発!…ほいっ」

 

砲撃反動から解放された野分が、敵補給艦の苦し紛れの反撃を回避してその場を脱する。それに呼応するように、舞風がとどめの一撃を叩き込んだ。

四艦が相まみえた戦闘海域には、その半分が海中に没することとなった。

 

「…ふう。援護ありがとう舞風」

「どういたしたしまして。のわっちだって突撃すごかったよ」

 

ひとまずの安息に、互いの戦果を称え合う。握手が二人の堅固な絆を象徴しているようだった。

海上の北風は止み、炎上した敵艦の上げた黒煙がゆらゆらと立ち上る。

「さあ、那珂さんと磯風に合流しよう」

「うん。無電は…っと」

「その必要はないよぉ」

 

舞風が妖精さんと意思疎通を図り、耳に掌を当てようとしたところで那珂の声が二人に届く。

 

「那珂先輩…?」

「どこだろう」

 

彼女の居場所を見つけようと周りを見渡しても、煙と塵で視認することはできない。

すると突然、火花が散る煙を切り裂いて、勢いよく飛び出してくる影があった。

 

「…ッ」

 

思わず戦闘態勢を整えようとした舞風だったが、影の姿をはっきりと捉えられた時には、すぐ眼前にいた()()に抱きすくめられていたのだった。

 

「うーん…もうちょっと練習が必要かな?今度は回避訓練」

「な、那珂先輩…」

「ちょ、ちょっと!」

 

野分の視線が含んでいたメッセージに気付いて、ぱっと跳び離れた那珂が悪戯っぽく笑う。

 

「戦闘海域だからね。油断は禁物だよっ」

「は、はいっ。すみません」

「でも、敵艦撃破はお見事だったからよしとしましょう!のわっちもねっ」

「しょ、承知しました」

「固いなぁ、私のことは那珂ちゃんって呼んでよ~」

「流石にそれは…」

 

明朗に、笑顔の眩しい普段の那珂とはまた違った、艦隊の実力者としての怜悧な一面が垣間見えて、つい緊張してしまう。

そんなこちら側の事情を汲み取ってか、那珂(せんぱい)はおどけてそう言うのだった。

 

敵高速戦艦は那珂が撃破した。まずは砲を中心に鋭く撃ち込んで、攻撃機能を半壊、沈黙させたのち、一気に距離を詰めた酸素魚雷の雷撃によって仕留めたそうだ。

 

「さあ、磯風ちゃんたちの援護に行こうか」

「「はい」」

 

三隻は周囲の警戒を継続しつつ、最後尾の野分が電信を行いながら合流を図る。

彼女らが撃破したのは敵主戦力であり、現状撃破確認のできない敵艦は大した相手ではなかった。

ふと、磯風との無電通信が繋がって、向こう側の声が野分の耳に届く。

 

「…あっ、磯風?戦闘海域の敵艦撃破が完了したから、これからあなたたちの援護に向かうんだけど、位置を教えて欲しいの」

『なに、もう撃破したのか?那珂先輩がいるとはいえ、そこそこの戦力だったはずだが』

「えっ?」

『私たちも敵艦の排除に成功したところだ』

 

そこそこの戦力、とはどういうことだろうか。勿論、敵高速戦艦は駆逐艦にとってみれば大きな脅威といえるだろうが、那珂が撃破するだろうから、舞風と野分の分担する小型艦では戦力に数えるまでもないだろう。

――一抹の不安がよぎって、磯風に訊き返す。

 

「待って、その()()()()()()というのは」

『ああ。これが数が少ない割になかなかしぶとくてな。輸送ワ級フラグシップと、その援護の駆逐二級後期型だ』

「—ッ」

 

今、磯風はそう言い切った。ならば彼女らが撃破したのは二隻。

那珂を含めた野分たちの撃沈させた艦は三隻ということは、もう一隻、戦闘を逃れて回航している敵艦がいる筈で――

一瞬の判断から報告を行おうと顔を上げたその時、晴れ行く煙の向こうに砲を(もた)げるその影——軽巡ツ級が見えた。

 

「っ危ない!!」

 

もはや射線は固定されていた。先頭の舞風の被弾は免れない。ならばと大声を上げて、その弾道へと割り込む。

 

——間に合わなくなる前に。

 

身体が、記憶がそう叫んでいるのを感じた。

照準合わせもままならないが、そうでなければ彼女らを護ることができない。被弾の恐怖などに躊躇する暇もなく、前面へと躍り出ていた。

 

「ぐッ…うおおっ!!」

 

爆音、そして間もなく艤装と体中の骨格が軋むような痛覚に襲われる。それでも厭わず、全身全霊を込めて砲撃を継続する。

初弾以外は命中し、それなりの損害を与えているが、これ以上腕が動かなくなっていることに気付く。

 

「の、のわっち!?」

「は、早く撃破を…っ、逃げられてしまう前に…うぐっ…!」

 

海面に膝をついて、被弾箇所である右肩を左手で押さえる。力なく垂れる腕には激痛が走っており、流れ零れた血の雫が、眼下を僅かに紅く染めるのが分かった。

 

()()、ありがとう…後は任せて」

 

野分の必死の訴えに、那珂が最大出力で敵艦へ迫る。そこに鎮守府の那珂の姿はなく、一戦士としての、冷酷なまでの一閃がツ級を切り裂く。

彼女の納刀と同時に、機関の大爆発がツ級を包む。煙が流れる頃には、もう一片の艤装も残ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「のわっち…」

 

ゆっくりと閉じた入渠ドッグの扉の前で、舞風は憂いの声を漏らした。

 

野分の被弾判定は中破だったが、艤装を除いた本人のダメージは軽微なものだった。そのため、入渠さえ完了してしまえば大きな問題はないと聞いて一安心したはずなのだが、内心で蔓延る靄は消えなかった。

 

(本当に、大丈夫、だよね…)

 

明石からの話を聞いて、心配はいらないと、そう分かっているはずなのに、疑念は消えない。杞憂だと理解しているはずなのに、心ではもしものことがあったら、なんて考えてしまう。

大丈夫、修復にも時間は掛からない、と問いかけてみたところで、落ち込んだ気分が晴れる訳でもない。

 

 

(——これがもし、那珂先輩だったら)

 

「―—ッ!」

 

かぶりを振って、そんな戯言を霧散させる。

一瞬でも、そう考えてしまった自分が恐ろしい。戦力以外で艦隊に優先順位をつける基準は存在しないというのに、比較しうるものがあって良いはずがないのに、本能がそれを告げていることに気付き、そして、認めざるを得ないということに、ひどく失望する。

 

「どうして…」

 

これほど必死になってしまう理由が、不思議なことに、舞風にはまだ理解できないでいた。

自責の念に苛まれていることも確かだ。ひょっとすると、彼女が離れて行ってしまうのではないかと、不安になってしまう心の弱さがあることも確かだ。

 

(のわっち…あたし、どうしていいか分かんないよ…怖いよ。のわっちがいなくなることも、のわっちに置いていかれるって、考えることも)

 

どうしようもなく溢れ出た思いと涙に、舞風は、自分がこれほど野分に依存していたのだということを悟る。

拭っても、拭っても冷たい涙が零れてしまう。胸元を強く押さえたって、霧のように広がった不安には怖気づいてしまう。

 

繋がっていないと不安になる。いつでも傍にいられることが当たり前になって、彼女の隣に立つことが一番大切になってしまった。

だから、いつも問いかけてしまう。野分と対等になれているのか。彼女が護るに値する存在になれているのか。

たまに、夢で見る過去が本当になってしまわないように、必死で野分を追いかけてきたけれど、それ以上にはなれなかった。なろうとも思わなかった。

 

「分かんないよ…のわっち」

 

力が抜け、ずるずると、扉に背を向けてへたり込んでしまう。

体育座りで俯いても、思いが隠せる訳でもないし、見えないようにすることも出来ない。

 

「…舞風?」

「っ」

 

その時、頭上から声が聞こえた。

見せないように涙を拭って、顔を上げてみれば、そこにいたのは提督だった。

 

「そんなところで、どうした?何かあったか」

「う、ううん。何でもない」

「…本当か」

 

視線が重なる。何もかも見通してしまうその透明なそれを直視すると、つい、この思いの全てを吐露してしまいそうになる。

 

「…抱え込むことは良くない。何かあったら、必ず相談してくれよ」

「…うん」

 

提督はずるい。全部が分かったうえで、そう言ってしまう。

言ってしまえば絶対に解決できる、そんな子供じみた信頼が心に芽生えていることを知っているのかいないのか、その柔らかい笑顔で聞いてくるから。

 

だから、今は言えない。自分の過去——彼がまだいなかった世界に遠因を持つその問題を清算するのは、自分だけだと思うから。

 

「大丈夫だよ」

「…ああ、分かった」

 

提督は、そんな拙くも自分勝手な思いを肯定したのだろうか、少なくとも「大丈夫」と言って誤魔化したときの自分を見て、何かを察したような表情をしていた。

 

——本当に、ずるいよ。

 

通り抜けた風に髪を押さえて、舞風は少しだけ笑えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

業火——この世の全てを焼き尽くしてしまうと言えば大げさだろうか、それでも、それが適切かと思えてしまうほどに、水平線が朱に染まって光る。

直に、こちらへもやってくるはずだ。

 

『敵機来襲!総員対空戦闘配置!』

『——っ』

 

身の毛もよだつ、敵艦載機の群れを前にして、繋いだ手が固く結ばれていくのを感じた。

——はっきり言えば、自分はこの時怖かったのだろう。指先が震えるのが分かった。

 

『…大丈夫』

『…?』

 

手を繋いでいた彼女がそう言う。怖くないのだろうか。そう思って、隣を窺う。

 

『…私が、守るから』

『…っ』

 

鉢巻を巻いた、彼女の視線は強く、雲霞の如く押し寄せる敵機を睨みつけるように固定されていたけれど、そう力強く聞こえた。

少し、安心した。彼女がこう言ってくれることが、何よりの励みになった。

ぐっと力を込め、はるか上空から来る敵機に照準を合わせる。

 

瞬間、轟音とともに砲撃が降り注いだ。雨霰のような機銃掃射と爆撃の中をひたすらに駆け抜ける。

足が竦む。反撃しないと沈むかもしれないのに、怖くて照準が定まらない。

どうしようもなく震える腕を、彼女——舞風が支えた。

 

『ま、舞風』

『大丈夫!のわっちはあたしが絶対守るから!』

 

絶望の中で、ただ一人、彼女だけが笑っていた。後続の空母群が押し寄せても、艤装も、その身体にかすり傷を刻みながら、、躊躇わずに。

航行がほとんど不能になって、船体が半壊した。水面を一直線に叩きつける敵の砲撃は精密で、無情にも敵電探の能力を誇示せんと、動けない舞風たちを狙って命中させ続けた。

 

『ダメだ、これ以上はっ!曳航して撤退しよう!』

『だ…大丈夫って、言ったでしょ…』

 

口の端から赤い血を垂らし続けるのも厭わず、ボロボロの舞風は自分に言い聞かせるように呟いて笑った。

そして、全身全霊をもって叫ぶ。

 

『総員、ここを耐え抜けッ!味方の撤退を援護する!』

『そ、そんな…!』

 

振り返って、優し気な視線を向ける。その意味を、残酷にも理解してしまった。けれど、納得はできなかった。

——血に混じって零れる涙を見て、そんなことが出来る筈がない。

 

『…ねえ、のわっち——生きて、きっと、この国を支えてね』

『…ッ』

 

敵の砲撃が激しくなって、水柱がそこら中に立ち上がる。

確かに繋いでいたはずのその手が、解けて、離れていく。

 

『舞風っ、舞風ぇ!!』

 

情けなく、涙ながらにそう叫ぶ、どれだけ手を伸ばしても、彼女との距離が遠くなって、そして黒煙のうちに見えなくなる。

 

『舞風ぇ!』

 

——絶叫ののち、煙が一瞬だけ晴れた。そこに確かに見た。必死の形相て砲を構え続けた舞風に、敵艦隊の斉射が命中し、朱の華が咲いたその瞬間を。

 

 

 

彼女はそれでも、笑っていた。

 

 

―———————————————————————————————————————————————————————

 

 

「舞風ぇっ!」

 

伸ばした腕は、虚空へと一直線にただ伸ばされていた。

自分が彼女の名を叫んだことに気付くのに、しばらくの時間を必要としたが、荒い呼吸と、見上げた入渠ドッグの天井が意味するところを理解して、あれは夢だった、と結論付けた。

 

「…そうだ、私、被弾して」

 

どうしてあんな夢を見たのか、それは分からないが、被弾が何かしらのトリガーになったことは間違いないだろう。

野分は、皮肉にも夢のなかの出来事(史実)が、舞風に対する思いの深さ、そして被弾原因となった自分の突出の理由を表しているものと理解し、自嘲気味に笑った。

 

「…今度は、守れたかな」

 

被弾を覚悟して飛び出した時、自分は海戦や作戦の趨勢でもなく、舞風ただ一人無事であってほしいと願っていた。自分が犠牲になっても、彼女が守られればそれでいいと思っていた。

それは、あの空襲で舞風が見せた誇りに対し、自分は目を逸らして逃げてしまったことに対する償いでもあった。

それを自覚して、この時代に彼女に少しでも報いることが出来たのであればいいと、ただ思っていた。

 

「…だけど」

 

髪の先から滴った水滴が、湯船に丸い波紋を生む。

 

野分は、未だに考え続けていた。

 

自分と、駆逐艦野分と、駆逐艦舞風の関係は、そう片付けられていいものなのか。

その疑念だけが、胸の中で残ったままだった。 

 

 

海外艦、もし追加するなら初登場は

  • ドイツ艦
  • イタリア艦
  • ロシア艦
  • アメリカ艦
  • イギリス艦
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。