舞鶴第一鎮守府の日常   作:瀬田

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なかなか日常には戻れませんね…

投稿頻度も上がらないのですが、出来る限りのことはしたいと思いますので頑張りましょう!


第六十四話 蛍

「うわああーーッ!!」

 

 

そんな叫び声が聞こえてきたのは、梅雨明けの蒸し暑い夏の朝の食堂。

厄介な暑さの続く毎日ではあるが、空調の効くここへ来れば安息が得られるというのが一日のルーティンの始まりなのである。

そんなまるっきり平穏な空間に飛び込んできた雄(?)叫びに、啜っていた味噌汁を吹き出しそうになってむせる。

 

「て、提督、大丈夫かい?」

「だ、大丈夫大丈夫。それよりもどうしたんだ一体」

「私、ちょっと見てくるね」

 

 

背中をさすってくれる時雨にありがとうを言う自分に苦笑し、秘書艦として警護任務に就いていた川内が、食卓を立った。

「よろしく頼む」と声を掛け、微笑みとともに返答代わりの敬礼を見送って、今度は隣で眠りこけながら食事をする(実際にはしたくても出来ていないようだが)初雪を揺り起こす提督。

 

 

「ほら、起きないと味噌汁に顔から行ってしまうぞ」

「それはこまる…むにゃむにゃ」

 

 

艦娘の中には、朝や夜が極端に弱い者がいるが、さきほどの川内はこの間からリズムが整ってきたようである。

今の絶叫もそれ絡みなのだろうか。

 

 

「うーん…コーヒーでも淹れてくるか」

「苦いのは得意じゃない…」

「ちゃんと受け答えするあたり、割と目は覚めてるんだな…」

「全然眠い…」

 

 

一方の初雪と言えば、そんなことをのたまいながら膝へ頭を載せて寝っ転がっている。

懐いてもらえるのは有難い話なのだが、生憎今は食事の場だ。

 

 

「…何やってんの?」

 

 

ふと、視界の外から冷たい口調が響いてきて、薄っすら目を開けた初雪が焦燥を浮かべるのを横目にしながら、思わず振り返った。

 

 

「せ、川内…さん」

「ほら、連れてきたよ提督。噂の人」

 

 

にこり、と笑みを浮かべるも、どうしても鋭さと冷たさが隠せなくなっている彼女。初雪がぱっちりと目を開けて食事を再開しているのは言うまでもない。

提督は苦笑しつつも、その背後にいる艦娘たちに視線を向けて、目を少しだけ見開いた。

 

 

「おお、君たちは蒼龍に、加賀…か?」

「あ、あはは…おはようございます」

「…おはようございます」

 

 

提督が一抹の驚き…のようなものを感じていた理由は主に二つある。一つには、いつも相部屋のペアで行動することの多い正規空母たちに珍しい組み合わせが出来ているということ――いや、それはほとんど喜んでいいことだと思われる。

ならば、真に驚愕すべき――というか指摘せずにはいられない点が一つ――

 

 

「…本当に加賀か?」

「…ええ。まあ、普段の加賀()ではない、という意味では同意するのだけど」

「この御託(ごたく)って感じ、紛れもなく加賀さんだね」

「それは全くもって不本意ね」

「あ、あはは…助けて、提督ぅ…」

 

 

蒼龍に手を引かれる、というかほぼ運搬されるがままの加賀に驚いたのは、まあ気まぐれにはねた髪の毛は彼女らしくはないと思ったのはさておいても、全体的に色が暗い、ということだろうか。

はっきり言って、寝覚めがよくなさそうなのである。

そんな超弩級に違和感のある加賀の姿に無意識に原因を探っていると、蒼龍の支援要請を忘れてしまいそうになる。

 

 

「…っとすまん、それでどうしてこんなことになってるんだ?」

「さっきここに来るまでに話を聞いたんだけど、この暑さで加賀さんがどうにかなっちゃった、って感じだったよね?」

「ま、まあそんなところ…かな?」

「ちゃんと説明しなさい…。実際はどうにもならないからこうなっているの」

 

 

主要な語のないせいでふわふわになってしまっている会話に馴染めずにいると、蒼龍が気付いて助けてくれるようだ。

 

 

「ごめんごめん。提督も分からないよね。実は…」

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

「なるほど。最近の酷暑もあって出撃で疲れていた身体を睡眠で回復させようと思ったが…」

「熱帯夜で寝付けずに寝不足」

「加えて朝は低血圧だから…」

「まあ、そうなるわね」

 

 

苦渋に満ちた溜息はそのままに、(某航空戦艦っぽく)そう結論付けた加賀は意外と余裕があるのではないかとも思ったが、隠し切れなくなった目の下の隈は、耐性のある自分とは違って相当に悪影響を与えていると考えた方が良い、と思い当って改めた。

 

 

「空調やエアコンはどうしてるの?」

「温度調節が難しくて、私も赤城さんも敬遠しているの。扇風機を持ち込んでいるわ」

「なるほどね。二航戦(わたしたち)や翔鶴たちの部屋はエアコンだけど、たまに温度のことで言い争ってるから分かるなぁ」

 

同居人がいるということは、楽しみも増える分、それだけ意見の衝突も増えるものだ。それが感情の露出を伴えば喧嘩になるし、押し黙ってしまえばストレスにもなる。

今回の加賀の件には関係がないようだが、もしかするとそういう思いをしている艦娘もいるかもしれないと気付く提督だった。

 

 

「赤城はこの暑さに何か言っていないのか?」

「『確かに暑いことには暑いですが、これも季節の一つの楽しみ』と言って、今朝も出撃へ…」

「さっすが…というか超人の域だねぇそれも」

 

 

加賀さんもすごいけど、人間味がある方がいいんじゃない?と励ましにかかる川内。確かに赤城の範たる生活態度は目を見張るものがあるが、少しばかり主題から逸れてきているようだ。

 

 

「それで、今日蒼龍が加賀を連れてきたのは、それなりに問題が重大になってきたからということか?」

「うん。今朝も赤城さんの出撃準備のお手伝いをしてたら、加賀さんがふらふらで出てきて…ここまで連れてきたときも急に転んじゃうんだもん」

「あの叫び声は、転んだ加賀さんが後ろから蒼龍さんを押し倒しちゃったみたいだよ」

「…なるほど」

「その節はごめんなさいね、蒼龍」

「大丈夫だよ。それよりも、今日はしっかりと休まないと」

「…」

 

 

熱はないよね?と加賀の額に手を当てている蒼龍を見守りつつ、少しばかり思案する提督に川内が訊く。

 

 

「どうしたの提督?」

「ん…ああ。加賀の疲れが睡眠不足から来ているなら、の話なんだが」

「それは確かだと思うわ。出撃で疲れるのは当然だし、それを癒せていないことが原因だと」

「そうか。それなら、昼の間に眠ってしまうのはお勧めできないかも知れない」

「えっ、そうなの?」

「…なるほどね。夜眠る習慣を付けないと、昼夜逆転生活になっちゃうもんね」

「お、おう。その通りだ」

 

 

正直なところ、川内の口からそうした言葉が出るとは思ってもいなかったので一瞬たじろいでしまったが、彼女の言う通りである。

川内のジト目に、この思考がバレていることを察して目を背けるが、追及の視線からは逃れられないようだ。

 

 

「…むう。何、その目は」

「い、いや。それより、今は夜間の睡眠の質向上について対策を立てよう。暑さを凌ぎながら」

「そうだね」

「後で聞くんだからね。私はもうすぐ任務終了で、次は教練だから参加できないけど…何か考えてみるよ」

「ありがとう。助かるわ」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「それは大変ですね…」

 

 

川内を見送り、互いに雑務と昼食を済ませた後で、気分転換にと訪れた甘味処間宮。

深刻そうに反応した店主の間宮は、器用に運んだトレイに載せていたグラスを置いた。

話題はもちろん、加賀の不眠についての諸々なのではあるが、日差しを受けて輝くその飲み物に、一同の目線が注がれつつあった。

 

 

「あれ、提督もう頼んでたの?」

「いや…ああ、確か夕雲たちが話していたな。アンケート、だったか」

「ええ。こちらはまだメニュー化する前の段階でして。よろしければ感想を頂きたいと思って、お冷の代わりにお持ちしているんです」

 

 

涼し気な透明感を与えるそれは、今日の議題にぴったりな飲み物であったことは言うまでもない。

興味をそそられた加賀が、隈をつくった目で訊いた。

 

 

「間宮さん、これは…」

「レモングラスジンジャーのハーブティーですね。シンガポールなど、丁度南方で飲まれている飲み物です」

「へぇ…」

 

 

爛々とした目で見つめる蒼龍に思わず苦笑する。ともあれ、確かに惹きつけられるその輝きは宝石さながらのものとも言って差支えなかった。

 

 

「ジンジャー、ということは生姜ですか。また体温が上がってしまいそうで…」

「確かに生姜は体温を上げる効能がありますが、これは代謝や血行の促進作用によるものです。きちんと汗をかいて熱を放出して、身体の疲れをとるのに最適なんですよ」

 

 

間宮の豊富な生姜知識に驚く一同。そもそも、この手の話をさせれば間宮や伊良湖の右に出る者はいない。

そんな中で加賀はひとり、持ち前の高い体温の悩みが晴れるようで、少し安心した表情を浮かべたのだった。

 

 

「加賀の言う通り、温まるのも確かだからな。涼むためにもなにか冷たいものを頼むか」

「でしたらかき氷などどうしょう?今年は新作も増えていますよ?」

「こちらのメニューをご覧ください!」

 

 

にゅっと間宮の背後から現れた伊良湖が席を回って、それぞれにメニュー帳を差し出してくる。

苺や柑橘類、メロンなど果実を中心に彩られた王道本格派のもの、間宮の和風な雰囲気を活かした宇治抹茶金時、ブルーハワイのカクテル風、果てには黄粉餅にティラミス風といった渾身の力作がきらきらと輝くように載せられていた。

 

 

「おおおー!!」

「…ごくり」

 

 

歓声を上げる蒼龍の目はもはや加賀の問題を置き去りにしてくぎ付けになっている。…もっとも、当事者である加賀本人も喉を鳴らしてメニューの説明をくまなく読んでは小さく息を漏らしているので、やはり問題の解決は早そうだと苦笑するのだった。

 

 

 

× × ×

 

 

 

「美味しかったぁ…提督、ご馳走様でした!」

「ご馳走様。ごめんなさい、私たちの分まで払ってもらうなんて」

「満足してもらえたならいいさ」

 

 

鎮守府とサービスは艦娘のためにあると思いつつ、まだまだ照りつける太陽に手を(かざ)した。

気温は下がる前兆をみせるどころか、西に傾いていく日差しはこれ以上の熱を(おか)に残そうとしている。

 

 

「…しかし外にいるのが危険なくらいだな。加賀は大丈夫か」

「今すぐ室内に逃げ込みたいわ。けれど、空調の効きすぎているのも考えものね」

「暑すぎたり涼しすぎたりすると、身体が疲れちゃうもんねぇ」

「なるほどな」

 

 

艦娘は身体が丈夫だとはいえ、寒暖の感覚はほぼ人間と同等というかそのものである。

朝方の話で、加賀たちが夜間にエアコンをつけなかった理由はこれなのだろうと合点がいった。

 

 

「提督はどう?」

「ああ…そうだな、昔は寮室にエアコンが敷設されていなかったから、自費での設置だったんだ」

「そ…それは、つまり」

「もちろんそんなお金はない。海軍(ここ)に入ってから、冷も暖も、空調をつけたのはここに着任したのが始めてだったな。だから慣れだ」

「ち、力業だ…」

 

 

少し引き気味の空母二人組から目を逸らして遠い目になるのを自覚する。

因みに、よく自分の寮室に来ていた由良の部屋にはばっちり設置されていた。いつでも来ていいとは言われたが、流石に女子寮に赴く勇気はなかった少年時代であった。

 

 

「…本来なら、これも自分の責任で解決するべき問題なのよ。…まだまだだわ」

「加賀さん…」

 

 

加賀は周囲と自らを比較し、省みることで、自らの成長に繋げるという能力が長けている。しかし時として、それが年長者としての責任感と結びついた時に、自らを責めてしまうのだろう。

提督はそれを知っていた。

 

 

「そんなことはない。二十年以上やってきている人間でもこれだけうんざりしているくらいだ。君たちが一番知っていることだろうが、艦娘が少なくとも、外見上、構造上人の形をとっている以上、どうしても艦艇時代のギャップが生まれてくるのは仕方のないことだ」

「提督…」

「…うん、そうだよ。それより、皆でこの暑さをどうにかする方法、考えようよ!」

 

 

蒼龍の励ましもあってか、顔を上げた加賀。心なしか表情が明るく見えて、内心安堵する。

 

 

「けれど、これ以外に有効な方法なんてあるのかしら」

「うーん…冷たいとか涼しい、っていうことにこだわると、やっぱり難しいのかな」

「ふむ…」

 

 

変わらず照りつける光を避けながら移動して考える。

鎮守府のある海岸線は太陽を遮るものがなく、基本的に外にいると暑い。それだけに、日陰が涼しく感じたりするものだ。

 

 

「…要するに、今よりも涼しく感じるってことが重要なんだよな」

 

 

ふと視線を浜の方へ送ると、この炎天下でビーチバレーの熱戦を繰り広げる白露型と、干からびかけの吹雪型(主に初雪)たちが見える。

気を利かせた妖精さんはパラソルを運んでくれたり、飲み物を用意したりと忙しそうだ。

 

 

「ん…あれは」

 

 

その中の一人(一匹?)に、かつて私室で村雨の服を調達してくれた妖精さんの姿を認めた。

 

――服装、か。

 

脳内で生まれたアイデアが、積み重なった問題を一つ一つ突破していくのを、提督は感じていたのだった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「おう、来たか」

「ええ。赤城さんや蒼龍たちも誘ったのだけれど、今日は先約があるそうで」

 

 

あれから少しして、日の落ちた後の宵時。

とある策を思い立った提督が、死にかけ干からびかけで重労働をする妖精さんの代行を務める代わりに、なにやら頼み事をしているのを不思議に見つめていた加賀は、彼が再集合を呼びかけたこの和室と纏う浴衣で、大方、彼が思考を巡らせて何とか暑さを凌ぐ方法を考案してくれたのだろうと察していた。

 

 

(とはいえ、改めて考えてみれば…この状況、提督と、二人きり)

 

 

加賀は極めて理知的であった。そのためか、与えられている状況において、自分がどのように位置しているかを察することに長けていた。

それは今も同じことがいえて――

 

 

「ああ、俺も同じ話を聞いたよ…それよりも、その浴衣」

「え…」

「妖精さんが大体の仕上がりを教えてくれてな。素材も麻で、色合いも落ち着いたものだから、その…渋すぎないか心配をしていたんだが」

 

 

硬直する加賀をよそに、コップに注いだ冷茶を(あお)って一息ついてから、提督は続けた。

 

 

「…よく似合ってるよ。暗めの紺と、白い紫陽花が綺麗だ」

「き…!綺麗、ですか」

「おう、とても」

「そう…ですか」

 

 

(今綺麗と言われましたよねそうですよね…!普段から()()()()()()()()()()()()()()提督のことですから私も安心というか油断していたというのにこんな唐突に奇襲されるというのは…ッ!)

 

 

加賀は理知的である。だからこそ、想定外に弱い。

コントロールできない暑さにも、予想だにしない上官からの言葉に対しても、彼女は弱かった。

 

 

「…」

「どうした?」

「いえ、なんでも…」

 

 

顔が紅潮するのを感じて、そっぽを向いて彼の視線から逃れようとする。

目を合わせたくない訳ではなかった。あまりにも緊張してしまって、心臓が跳ねるのが分かって、目を合わせられないだけ。

ドキドキと、脈打つ鼓動が全身に響いてどうしようもなくなってしまうのだ。

 

 

「?」

「そ、それより、この服装のことだけでなく、幾つかお聞きしたいことがあるわ」

「ああ、少しばかり、妖精さんを見ていて気付いたことがあってな。無理に涼しさを求めるよりも、暑くない、身体を熱しすぎないことに気を配るべきなのかと」

「暑くないこと…ですか」

「ああ。今着てもらっている浴衣は麻の素材で、風を通しやすい。帯には冷却材を挟み込んであって、熱を抑えてくれるそうだ」

「そうなのですか」

 

 

妖精さんから伝え聞いた内容を漏らすまいと、丁寧に語る提督自身の服装も、加賀よりも少し薄い紺地に細い白の縞模様の浴衣を着ていた。

ゆったりと着るその衿口から覗く肌に目が自然と引きつけられる。

 

 

「..どうした?」

「――はっ、い、いえ…」

 

 

既にした問答が繰り返されているのだが、そんなことはお互いに気付いている。

ただ、その理由について、(至極困ったことに)理解をしているのは当事者たる加賀のみであった。

 

 

「まあいいか。それなら早く夕食にしよう。軽いものだが作ってきたんだ――」

 

 

その言葉とともに襖が開かれ、妖精さんたちが膳に載せた料理を運んでくる。

「おお、ありがとう」と、それらを受け取って並べていく提督と妖精さんたちの会話を驚きのこもった目で窺っていた加賀は暫く硬直(フリーズ)していたのだが、色とりどりの食事に次第に意識と食欲を取り戻していくのであった。

 

 

 

× × ×

 

 

 

「そろそろつまみも切れてきたな。何か作るか」

「それなら、私も」

 

 

食事も進み、ゆっくり酒を酌み交わす程度のものになってきた。

一品料理を振舞おうと立ち上がった提督と一緒に、加賀も厨房に立って仕込みを始める。

普段の厳しく忙しい執務から離れ、頬を緩ませて茄子を切り分けていく提督の横顔に、加賀もつられて口角が上がってしまうのだった。

 

 

「月山涼夏、ですか」

「ああ。その名の通り、島根の地酒だろうな。涼夏の名前に惹かれて買ってきた」

 

 

氷で冷やした酒瓶から、透き通った雫が注がれるのに、視線を送る。

手渡された猪口を受け取って、口に少しずつ流れ込むその味わいを愉しんだら、上品な余韻に酔いしれる。

加賀自身、そこまで弱いわけでもなければ、千歳や隼鷹に並びうる強さを持っている訳でもない。

 

程よく酔うとはこのくらいなのだろうか、と実感する傍ら、並んで座る縁側に、優しい風が運ばれてくるのを感じた。

 

 

「風が…」

「和室を選んだのはこういう理由もある。遮る家具も少ないし、畳に座るから冷たい空気が流れやすいみたいだ」

「なるほど」

 

 

深く首肯し、改めて涼風の流れに身を委ねてみる。

ほろ酔いの火照った身体が冷まされていく感覚は、何とも心地よいものだった。

 

 

「庭や外観が直結しているのも良いな。目を瞑れば、海際の波音も聞こえてくるぞ」

「本当ですか」

 

 

彼の言う通り目を瞑って視界を遮断すれば、遠く、夜闇の中に漣の音が僅かに響くのが聴こえた。

凪の静穏が支配していた海面が、吹く風によって波立って、渚に寄せる様子がありありと浮かんでくる。

対照的に、蒸し暑さで乱されていた加賀の心は平穏を取り戻していく。

 

 

「それに一番のお楽しみがあるんだ」

「お楽しみ…ですか?」

「ああ。少し、まだ目を瞑っていてくれ」

 

 

そう言った彼の言葉通りにしていると、音を立てないように動いたのであろうか、それくらいに微かな衣擦れの音を耳にした。

捗ってしまう想像(妄想)を抑えるあまりなんだか緊張していると、ふと、これまで感じていた空気の流れが止まったことに気付いた。

それと同じくして、提督の下駄の音がした。どうやら庭の奥を見て戻って来たらしい。

 

 

「よし、もう大丈夫だ」

「一体、何が…っ」

 

 

飛び込んできた庭園の景色に、自然と、目が見開かれていくのが分かる。

水の流れに沿うように、数秒の間隔で柔らかい光が明滅しながら飛び交っていたのだ。

そんな夜の一幕を、艦娘の加賀自身は見たことがない。それでも、どこかで知っているという気がしてならなかった。

 

 

「これは…蛍?」

「そうだ。毎年この時季に近くの川で見られるんだが…今年は蚊取り線香を焚かなくて正解だったな」

 

 

思わず大きな声を出してしまいそうになって、苦笑した提督が「しーっ」と口の前に人差し指を立てる。

その仕草に、年相応の魅力を見出した私はきっと幸運艦だ、と冷静に分析しているもう一人の自分は置いて措くとして、光の弧を描く蛍たちに対し、加賀は口を噤みながらも、溜息の出るような感動を覚えていた。

 

 

「この光景を、私は見たことがあります」

 

 

尾を引いた彗星のようだった。

小さく、ゆっくりと、本来のそれが見せる煌々とした輝きよりもずっと、弱くて儚いものだった。

それでも、彼女にはそんな風に思えた。もしかしたら、心の奥深くで眠る記憶がそうさせているのかも知れない。

 

 

「…蛍が、あの戦争に関わっていた話を聞いたことがあるか?」

「ええ。知覧基地の神風特別攻撃隊――戦争末期の逸話でしょうか」

 

 

艦娘として生を受け、再び蘇ったのは戦争が終結してからあと数年で70年を迎えようとしていた夏だった。

あの頃はまだ横須賀に所属していたが、座学の教練で自らが沈んだ後の趨勢を知ることになった。

 

彼女は涙した。

それは、栄光を水底に堕とした屈辱からでもあったし、ミッドウェーの敗戦を生き延びた瑞鶴たち後進の空母に、結果として全ての運命を強いたことに対する後悔でもあった。

そして――

 

 

「…本来ならば、私の甲板から発艦し、そしてその命を無駄にすることなく、立派な戦果を挙げるはずだった未来ある若者たちを、私は、特攻は、殺してしまいました」

「…特別攻撃に参加した全ての隊員は、無駄死だったと思うか?」

「いえ。そうは思いません…もっと明確に、残酷に言えば、杜撰で不条理な、おおよそ作戦とは呼べないようなものでも…それを震える手で受け入れた、その結果だけが、無駄ではなかったと思います」

 

 

掌上に乗せた光の火を、じっと見つめて呟いた。

 

今更、あの作戦を褒めそやして、愛国心の結晶だと、官民が犠牲を厭わず一丸となって戦った成果だと言うことは、どうしても出来なかった。

あの時代、あの瞬間に見られた、逃れようのない死の恐怖に屈するまいと歯を食いしばった全ての隊員たちの葛藤を隠れ蓑にしているように思えてしまうからだ。

 

自分はあの時、彼らを海上から見送ることが出来なかった。大切なものを護るために戦うことが出来なかった。

その罪を悔いる気持ちが、ただ残った。

 

 

「蛍は、特攻隊員の生まれ変わりだったと言われている。もちろん言い伝えの範疇に留まるが…」

 

 

同じく乗せていた蛍を闇に放って、提督が話を続けた。途中で酒瓶を傾けて、一杯を飲み干した。

 

 

「艦娘という存在は、戦争時の艦船の意志そのものと、兵士の英霊の結晶だという意見もあることを思うと、ひょっとしたら、かつて加賀の乗組員だった者が、特攻隊を組織し、あるいは参加したのかも知れないな」

「そう、なのでしょうか」

 

 

注がれた月山の水面に、加賀の表情が映った。神妙に、過去に思いを馳せるようだった。

 

 

「加賀が見た、その時の蛍と、今、目の前に見える光景とは何が違う?」

「…違い…」

 

 

もし、記憶の中にあるあの淡い光が、かつての特攻隊員が見た景色なのだとしたら。

彼らにあって、自分にないもの、そしてその逆は、何なのだろうか――

 

 

「戦争への覚悟でしょうか」

「我々だって、現に戦争をしている。その覚悟はあの時代と比べても、劣っているつもりはないさ」

「ええ。だとしたら」

 

 

 

蛍へ生まれ変わって、全てが終わった後のこの国を、大事な者たちの幸せを望むその気持ちを、加賀自身なぞるように生きてきた節はあった。

それでも、彼らの根本にあるものは違っていたことに気が付く。

彼らが蛍に託した思いのなかに、きっと未来を生きようとする期待はなかったのだろう。

 

 

 

「未来を生きようとする心…ですか」

「ああ。人道を知らない作戦を作戦と呼ぶ気はないが…それを貫くうえで、どうしても切り捨てなければなかったものだ。泣きたくとも泣けないその気持ちを、我々は理解できない…理解してはならないんだ」

 

 

決意の籠った瞳が、蛍光のネオンカラーに輝く。平和を願う心の強さを証明するようだった。

 

 

「…提督」

 

 

握られた拳に、そっと手を重ねて包み込む。

少し驚いた様子を見せるも、提督は、それを柔らかい微笑みで受け入れたようだった。

思いの丈が溢れそうになって、必死に堪えた加賀の口から、短く、伝えられる。

 

 

「貴方は、死なないで」

「…加賀の方こそ。君の存在は、艦娘たちにとって確かな指針になる。君を信頼する者、慕う者の気持ちを背負うことの大切さはよく知っていると思うが、辛いときは、その気持ちをぶつけることを恐れないで欲しい」

「ええ…」

 

 

重なった視線は、それぞれまた庭の方へ戻っていく。二人は緩く紡がれた光の糸を、目を細めて見つめ続けていた。

 

 

 

× × ×

 

 

 

「今日一日、色々として下さったこと…本当に感謝しています」

「どういたしまして。俺自身も、気付くことが多かったからな。いい学びになったよ」

 

 

「それに」と付け加えた提督に、加賀が顔を向ける。

何やら覚悟を決めるような、踏ん切りをつけるように一杯を呷った提督が言葉を口にするのを待つ。

 

 

「…こうして加賀と二人で呑めたことも、正直役得だったと…思うよ」

「え…」

 

 

その言葉の意味を飲み込もうとして、飲み込めなかった。ただ、次第にそれが心にじんわりと沁み込んで、頭で理解できるようになってくると、今度は顔が人生で最高潮といえるくらい、燃えるような朱に染まっていく。

加賀は恥ずかしいような、くすぐったくてもどかしいような、初めてで奇妙な感覚に陥って、動揺のあまり目を逸らしてしまう。

 

 

「な、ななな、何を…!」

「いや、深い意味はなくてな。その、気にしていたら申し訳ない」

「…っ!」

 

 

普段はこちらの思いに一つも気付く素振りなんて見せないのに、油断していたらこの(ひと)は!

 

紛らわすように杯に口をつけても、一瞬の清涼感の後にはこの不思議な火照りが戻ってきて、まるで言葉一つで舞い上がってしまう自分の本心をからかわれているような気がしてならなかった。

 

 

「…前言撤回です」

「え?」

「涼しくさせる気あるんですか、貴方」

「で、でもさっきは…」

「…」

「す、すまん」

 

 

怒った素振りをして、そっぽを向くなんだかよく理解していない提督の混乱ぶりに、加賀はくすりと笑う。

 

 

「お返しです…また明日から、付き合って頂きますので」

「お、おう?」

 

 

二匹の蛍が引いた光の筋が、ゆっくりと結ばれていく。

やがて、星の瞬く夜空へとその螺旋が昇っていくのを、いつまでも眺めていたのだった。

 

 

 




加賀改二待ってるんだ…(懇願)

やはりミッドウェーの6月実装ですかね?

海外艦、もし追加するなら初登場は

  • ドイツ艦
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