舞鶴第一鎮守府の日常 作:瀬田
「んでんで、
「あ、あれ、ですか…ええと」
鎮守府のとある居酒屋で、蒼龍は店主に唐突に尋ねた。
隣の飛龍といい、何かを期待するようなにやけ面が、こう言っては何だが忌々しい。
「何の話?」
「ええーっ、加賀さんもいたじゃん、あの時」
「あの時…?」
「ほら、こないだの作戦終わりのレクですよ」
飛龍に促され、無自覚なのか首を傾げる仕草をした加賀が「なるほどね」と頷く。
店主――鳳翔は、後輩に続いて(無表情ながら)期待のこもった眼差しを向ける加賀に降参の溜め息をついて、「特別なことは何もないですけれど…」と頬を赤らめて話し始めた。
「いやいや、特別なことしかなかったでしょ」
「鳳翔さんか引いたお題、膝枕だったじゃん。したの?してもらったの?」
「命令としては、どちらにも取れるわね」
夏の終わりの作戦成功祝賀会、もはや恒例と化した任意――もとい強制参加のレクリエーションでは、王様ゲームが行われた。
様々なお題が飛び交う中、見事女王の座に就いた鳳翔が手にした命令カードが、提督への膝枕だったということだ。
「それが、その場では手を繋いだ名取さんや雪風ちゃんたちかいましたから…」
「あっ、そういやそうだ」
「なんか後日やりましょう、みたいに提督が濁したから、私たちがきちんと日程合わせしたんだよね」
「貴女たち…」
加賀としては、それほどの熱意は航空戦に注いで欲しいのだが、年頃なのでしょうがないのだろう。
呆れたような視線をものともせず、二航戦の詰問は続く。
「そ、そうだったわね。その日が今日だったから、ついさっき休憩中の提督にお会いしてきたんですよ」
「えっ、事後ってこと!?」
「誤解を招く発言は慎みなさい」
オーバーヒート寸前の蒼龍を、冷たい目をした加賀がチョップで止める。
「あうう…」
「全く…」
「でも、その感じだとあんまり恥ずかしくなさそうだね。やっぱり
「いえ。提督が遠慮なされて、私がしていただくことになったんですけど…」
「えっ、ほんと!?」
「それにしては動揺してない…ま、まさか日常茶飯事ってこと!?」
「落ち着きなさい」
邪推のあまり蒼龍同様に諌められる飛龍は措いておくとして、提督絡み――とりわけそんな状況下では慌てふためくはずの鳳翔の反応が薄い。
加賀はそれを悟り、同時にその理由が本題なのだと結論を下した。
「一体そこで何があったのですか」
「それが…全く覚えていないんです」
「…えっ?」
頭を抑えた蒼龍が、一人頓狂な声を上げた。
✕ ✕ ✕
「…なるほど、そういうことだったんですね」
「ごめんね、非番なのに呼び出しちゃって。一航戦の機動部隊が出撃で、飛龍も決戦支援で出ちゃったから」
「いえいえ。私も、瑞鶴が演習なので暇していたんです」
居酒屋を出て、蒼龍は件の真相を確かめるため、翔鶴を引き連れていた。
海外艦が未加入の舞鶴第一では、常にローテーションを回すためには練度上昇や整備が不可欠なので、正規空母は誰かしら海上にいることが多かった。
「でも、すごい力ですね。あの鳳翔さんが覚えていないくらいなんて」
「初めは恥ずかしくて大変だったって言ってたけど、気付いたら何もかも終わっていて、ソファに寝かされてたって」
「ま、麻酔みたいですね…」
曰く、恥ずかしさや緊張を感じる暇のなさが彼の膝枕の絶対的効力を物語っているという。
あながち麻酔というのも間違ってはいない。
「そういえば、聞いたことあるよ。提督は、昔は戦争孤児のお世話をする仕事をしていたことがあるって」
「だ、だからといって私たちまで寝かしつけられるとは…」
「味わってみたい?」
「え、ええと…正直、期待してます」
「ふふっ、だよねえ」
艦は人によって造られる。故に、人の温もりに惹かれるのは道理であると言えるのかもしれない。
「…私たちの場合は個人的な事情が強いですけどね」と加えた翔鶴に、「まあね」と蒼龍は苦笑するのだった。
「…おっ、あれ提督かな」
そんな話のなかで、視界の奥に彼の姿を認める。
「本当ですね」と隣の翔鶴が応え、そして何かを見つけたようだ。
「誰かと話してますね」
「あれは…睦月ちゃん?どうしたんだろ」
近づいて、「おーい、二人とも」と蒼龍が声をかけると、すぐに振り返った両人が「しーっ」と口の前で人差し指を立てた。
「あっ、ごめん」
「皐月が眠ってるんだ」
そう言って背中を向けると、満足げな表情ですやすやと寝息をたてる皐月の姿が映った。
「ふふっ、可愛いですね」と、翔鶴が屈んで髪を撫でた。
「ごめんね。お邪魔しちゃった」
「この通り皐月も熟睡だからな。気にしないでくれ」
「それで、お二人はどうしてここに?」
「皐月が機嫌悪そうだったから、提督に寝かしつけてもらってたの」
「べ、ベビーシッターですか…」
小声で話す一同。どうやら寝不足だったこともあり、若干不調気味の皐月の寝かしつけを行っていたらしい。
「やっぱすごいんだね。提督のそれ」
「なんでも、気が付いたら全てが終わったあととか」
「鳳翔から聞いたのか?鳳翔も皐月も、今日はあんまり眠れていなかったらしいからな。それでだろう」
「そうなの?」
「いやあ、それでも手をつけようがなかった皐月を秒殺したのには驚いたのね」
「如月ちゃんと同等に渡り合えるのは凄いです」と、睦月がしみじみと語る。姉妹仲は問題ないようで何よりだ。
「へえー、睦月ちゃんがそんなに言うなら試してみたいなぁ。私も最近眠りが浅くて」
「毎日爆睡されてますよね…?」
なんのことだか、というような表情をする蒼龍だが、目つきは挑戦的だ。
提督から皐月を受け取って、「それなら挑むがいいのです」と睦月は言う。
「おうよ、この二航戦が受けて立ちます」
「対決なんですか…?」
「睦月は誰の味方なんだ?」
「もちろん提督ですよ。それじゃあ睦月は部屋に行くね。蒼龍さん、頑張って」
軽々と皐月を抱きかかえて去っていく睦月。なにやら企んでいるような笑顔が、妙に心に残った。
「よーし、それじゃ提督、早く行こっ」
「そ、それはいいが」
「あ、あの提督、私も…よろしいでしょうか」
「構わないけど、別に蒼龍に合わせる必要はないんだぞ」
「ち、違います!本心です!」
「…お、おう…?」
✕ ✕ ✕
別棟の和室への移動を行った一同。以前天津風を連れてきて昼寝をした話を振ったら、なにやら不機嫌になったのは内緒だ。
「よしこい!」
「元気あるんだな…やる意味が薄れる気がするが」
「まあまあ。それじゃあ、私はお茶でも淹れてきますね」
そう言って、翔鶴が立ち上がって併設の台所へ歩いていく。
(とは言ったものの…膝枕されているのを見るのも見られるのも少し恥ずかしい気がしますね)
あの様子だと、蒼龍もそう簡単に眠ることはないだろう。
湯を沸かして準備することほんの四、五分。戻ってみれば、縁側には安らかに眠る彼女の姿があった――。
(ほ、本当に秒殺…っ)
全く信じられないことに、しかし目の前のほぼ気を失ったように瞑目する蒼龍の姿は本物だろう。
湯呑みと盆を近くに置きながらそう理解せざるを得なかった。
「ありがとう」
「いえ…。それにしても、あれだけ気負っていた蒼龍さんが」
「寝不足気味というのは本当だったようだな」
「昨日はお風呂から上がってすぐでしたが…」
特段早起きもせずに朝寝坊を決め込んだはずの彼女は、決して睡眠が足りていないはずがない。
一周回って緊張感を覚えた翔鶴は、「それほどの威力なのですね」と零した。
「たまたま偶然が重なっただけだと思うが…ともかく、向こうの部屋に寝かせてくる。待っていてくれ」
「はっ、はい」
一体どれほどの睡魔が蒼龍や鳳翔を襲ったのは分からない。しかし、彼による膝枕はもはやほとんどの艦娘にとっての至福のときであることは間違いない。
せがまれて膝枕をし続けていて感覚が狂ってきたのか、提督がこの流行りで膝枕をすることを躊躇わなくなっているため、今こそが好機なのだ。
「よ、よし…がんばれ、私」
ぐっと拳を握る。ほどなくして、「お待たせ」と提督が襖を開けて、縁側に腰かけた。
「そ、そ、それでは」
「ああ。おいで」
(…!!)
おそらく、数多くの駆逐艦や海防艦たちを膝に預けてきたのだろう。
膝を叩く慣れた手つきと優しげな目元に、思わず吸い込まれるようだった。
(もはやそういう目で見てもらえているわけではなさそうですが…これはこれで)
「し、失礼しますね…」
隣に座って、ゆっくりと左へ体を傾ける。
もしかしたら重いかもしれないと思い、上半身を少しだけ持ち上げたものの、気にするなと言わんばかりに右肩を優しく寄せられたので、抗いようもなかった。
「蒼龍も初めの方は緊張気味だったな」
「し、仕方ないですよ…上官の膝に身体を預けているのですし」
「確かにそうだな」
照れからかそんな言葉を口にしてしまったが、提督は微笑む。
「駆逐艦の子たちにこうすることはよくあったが、まさか空母の子をこうして膝に乗せるとは、思ってもみなかった」
「…やっぱり、ご迷惑だったでしょうか?」
「まさか。というより、少し嬉しかった」
「えっ」
「運用や日常生活に不満があるのではないかと思っていたから、話しかけてきてくれるだけでも嬉しい」
「…もうっ」
「?」
相変わらずこちらの気持ちが恋愛方面では伝わらないようでやきもきするのだが、今に始まったことではない。
言葉にしなければ分からないことももちろんあるはずなのだ――ことこの鈍感においては。
「なにか要望はあるか?司令部だけでなくて、艦隊や鎮守府の話でもいい」
「そうですね…それでは」
両手を動かして、彼の掌を包む。男性らしい、大きな掌だった。
そのまま自分の頭に乗せるようにして、翔鶴は「撫でて頂けますか」と言った。
「…了解した」
若干の気恥ずかしさもあったのだろう、あえて堅い口調で応えて手を動かし始めた。
大きな手が髪を優しく包み込んでは流れていく。今まで少し遠いように感じていた彼の気持ちに直接触れたようで、翔鶴は目を細めて心地よさを享受した。
「こんなものか」
「はい…とってもお上手です」
「髪、綺麗にしてるんだな」
「ありがとうございます。艦娘ではありますが、女の命と呼ばれるものですから」
僅かに、提督の微笑が曇った。
「…翔鶴は、自分の存在について考えたことはあるか?」
「自分の存在、ですか?」
「簡単にいえば、人と艦、どちらの自分が本来のものかということだ」
「そうですね…」
深く考えこむ仕草をした翔鶴。艦娘の存在を定義付けるのは艦娘の他にない。そう考えていた提督は、彼女を注意深く見守っていた。
「提督は、どう思われますか」
「俺が口を出していいのか?」
「私は、少なくとも艦の翔鶴は、貴方の艦ですから」
「そうか――」
雪のような、純白を梳くように、傷つけないように触れる。
慎重になるあまり、もう片方の掌に頬を擦り寄せている翔鶴に気付かなかったが、ともかく満足げにして貰えているのだろうかと、安堵するに至ったのだった。
「理想を口にすれば、社会的には君たちが一人の人間として、戦いの後の世界を生きていけるようにしたいと思っている」
「提督は、艦娘を人間として扱うべきとお考えですか?」
「こうして髪に触れて、血の通った暖かさや、心臓の鼓動を感じると、とても兵器としての冷たさを思い出せなくなる。たとえ戦争中でも、失うなんて考えたくもないと思ってしまうよ」
彼女は自分の指揮下とはいえ、国から預かる艦である。波濤を乗り越えて戦場を駆け抜け、この国のために戦い、そしてしかるべき時局には沈み行く定めなのかもしれない。
「――もし、願いが叶うのなら」
「…?」
「私は…いえ、私だけではありません。多くの艦娘たちが、貴方のもとで戦い、その後の世界をともに生きていきたいと、そう思っています」
「…そうか」
「冗談だとお思いですか?」
「…正直、社交辞令だとばかり 」
「…」
「申し訳なかった」
目を細めた恍惚の表情から一転、膨れっ面で分かりやすく不満の意を示した翔鶴。
お詫びということなのだろうか、更に頭を撫でるよう要求した彼女に従いながら、彼女らの思いの強さを信じるしかないのだと思い知らされるのだ。
「私たちは艦娘です。ひとつの側面としてその特性を備えていますが…人間にも艦にも似て非なるもの」
「艦にも娘にもなれないと?」
「ひとつの側面、と言いましたが、私たちにとって人としての身体は器であり、そしてあの時代から引き継いだ魂が心に宿っています。人の身体、艦の魂の両方を得た存在を、どちらかに定義してしまうことは…少し、残酷にも思います」
「…!」
――自分の存在について、艦娘たちは考えたことがないのだろうか?
丹羽があるとき口にしたその問いの答を、予想外な場面で知り得ることとなった。
きっと、口にしないだけで艦娘たちは気付いているのだろう。自らが何者として、いかなる役割を負ってこの世界に存在しているのか――
「人と艦、そのどちらかに
「そう、だろうか」
「ご謙遜なさらないで。今まで私たちが誰一人欠けることなくこの戦いに勝利し続けられたことは…きっと偶然ではありません」
はっきり聞こえる声で、翔鶴はそう呟いて提督の右手を取った。胸元に大事そうに抱いて、瞑っていた目を薄く開いた。
暫くの沈黙が続いて、上官からの反応はない。戦果報酬を悉く艦娘たちにとって利になるようにしてきた彼のことだから、自分が納得しない限り、言葉で考えを変えることのない人なのだろう。
だが、真っ先に否定しなければならないことがひとつ、ある。
「…それとも、私たちが今のように貴方と触れ合おうとするこの感情を、先天的なものと思っていらっしゃいますか?」
「えっ」
思わず、短く言葉に驚きが漏れたその瞬間、翔鶴は腕をついて起き上がる。
反応を待つ間もなく、提督の背に手を回して勢いよく抱きついた。
「しょ…うかく」
「今お話したものは艦としての、自然な感情のうちの一つです…けれど」
突然の出来事に、話半分ほどしか理解していないようにも見えるが、言ってしまうならここでしかないと思った。
「人として…
埋めていた顔を上げ、彼の目を見つめる。視線がぶつかり、彼の目がこれから何とか紡ぎ出すつもりの言葉を予見して、優しげなものに変わる。
――これはまずい!
「…え、ええっと…その、ですね」
空母にあるまじき至近距離からの視線の交差は、翔鶴にとってこの上ない緊張と羞恥の波をもたらしていた。
言葉は詰まってしどろもどろになり、いつのまにか合わせていたはずの目線も逸れてばかりだ。
そんな様子を見て、初めは目を丸くしていた提督も苦笑が漏れるのだった。
「くくっ…いや、よく分かった。すまない、思えばそんな風に言わせようとしているととられても文句は言えなかった」
「い、いえ!ですからこれは本心で…!」
そこまで言いかけた翔鶴の頭に手を置いて、彼女の口が止まった。
きょとんとして、そして顔を真っ赤にして俯く様子は少し嗜虐心…とは違うが、似たような思いを抱かせるようだった。
「艦としての本能が君たちの心の全てではなく、この鎮守府で、艦娘としての新たな生で学び得た経験や知識、そして感情は、れっきとした人間の特性だ。器が人、魂が艦というように二元的に扱えるようなものではないということだな」
「え、ええ、そうです。それと、もう一つは――」
「それも、分かったよ。艦の魂を引き継ぐといって、君たちが本能のまま司令官に付き従う…ということではなく、やはり人の心や感情に基づいて、こちらをよく見ている。つまり、いつでも艦隊指揮には気が抜けないということだ」
「い、いえ…それはそうなのですけれど…」
訂正するにも、筋としては合っているのでそれ以上の言葉が出てこない翔鶴。
(…というか、こんな形で解釈することのほうが難しいです提督…まさか、本当は伝わっているのでは…!)
思い切って抗議の目つきでもって睨みつけてみるも、微笑で容易く弾かれる。
今までは鈍感の二字で済ませてきたが、これは怪しい。否、気付いていて尚、こちらを待っているとしたら――
「提督は…意地悪ですね」
「言葉の受け手は、捉えたいように捉える…と言ったらいいか」
やはり分かっているようだった。こんな心音が伝わるか伝わらないかの距離で密着していることは避けたいと思うくらいには恥ずかしい。
抱き締めていた腕を解こうと思ったが、幸か不幸か提督もまた、片腕で翔鶴を繋ぎとめている。
「――言い続けてきたことだが…俺の、誰かを信じることへの覚悟が足りなかった。皮相の上を滑るようなコミュニケーションでは、艦隊の指揮など取れたものではない。俺の艦隊運営は、どこか一方通行だったことに気付いたんだ」
「…」
「だから、変えないと。君たちや、君たちの気持ちを、知らないといけないと分かった」
語りかけながら、懐から一通の封筒を取り出した。薄い、書面一枚の入った茶封筒だった。
それを機械的に読んでいく。少し、抱き留める腕が強張ったことを、翔鶴は感じ取った。
「…南方及び中部海域の敵戦力増加・強大化を鑑み、各鎮守府に在籍する主力艦娘部隊の練度及び性能向上を図る」
「?」
よくある話ではある。しかし、今一度改めて、しかも書面で通知するようなないようではない。
疑問符が未だ頭上に乗っかったままの翔鶴に対し、どこか緊張した面持ちで、提督は告げる。
「その手段として、練度上限の解放が横須賀工廠明石の考案した手法――指輪の譲渡、『結婚(仮称)』より可能となる」
「けっこん…」
血痕、と間違えているのではなく、恐らく漢字表記に出来ていないのであろう。提督から見た彼女は、どこか浮ついたような、呆けたような表情でその言葉を反芻し続けていた。
「結婚、だ」
「けっこん…ですか」
「結婚。分かっているか」
「あ、はい…!?!?!?」
間もなくすべてを理解して、翔鶴は目を丸くしたまま硬直した。
「まあ、最初は俺も似たような反応をして笑われたよ」と、提督はそんな彼女の反応に対し、もっともだと頷いた。
「ど、どどどどういうことですか!?け、けけけ結婚って…!」
「艦娘たちに話すのは初めてだが…練度の上昇がストップした艦娘たちは、鎮守府でも特別な存在だということは知っているだろう」
「は、はい…これ以上練度が上がらないということは、通常の海域戦闘においてはその経験値が無駄になってしまいますから…大規模・高難度作戦時以外は提督の傍付きになることが多いと」
「ああ。だが、そんな高練度の艦娘ですら苦戦する強敵も南方海域を始め、深部では続々と出現するようになっている。練度の解放は、さらなる練度上昇を狙い、敵戦力との差を埋め、超越する要素として期待されている」
「い、いえ、ですから一番気になるのは…」
そこまで言って、先程と同じような問答を繰り返していることに気付く翔鶴。今度は本気で睨む。
「わ、悪い。今のは素だ。そんな特殊な司令官と艦娘たちの関係を揶揄しているのか…一応、『結婚』は『㋘作戦』として、この意味で用いるときはカタカナ表記にするらしい」
「ほ、本当なんですか…?」
「あの明石だ。
遠い目をする提督は、もはやこの話を受け入れているらしい。しかし終始あっけにとられていた翔鶴が気になることは一つで――
「それでは、提督はこの鎮守府で…」
「まずは初期生産した指輪について、一人目に受け入れてくれる子を探すことになる。明日、皆の前でこの話をしようと思う」
仮称とはいえ、ケッコンは結婚である。気にする娘たちには強制できないと言い、手元の指令書に目を落した提督。
どちらにせよ、深い信頼関係のもとで行動しなければならない司令官と艦娘。疑似としてもこのような名前を付けることで、ある意味で覚悟を必要としたのかも知れない――と、翔鶴はそんな上官を見て納得したようであった。
「もちろん、所属時期や練度、そしてコミュニケーション上の問題で指輪を渡す艦娘は限られる。これをきっかけにする訳ではないが、色々なことを見直すいい機会だと思う」
「…もし」
「?」
「もし、明日私がそこに手を挙げたら」
敢えてそこで言葉を切った。提督からの言葉を待つためであり、また、彼の気持ちを知るためでもあった。
試すような真似をして申し訳ありません――と、言外に伝える翔鶴に、提督は笑って答えた。
「初期生産の指輪は一つだ。もし、翔鶴だけ手を挙げてくれたなら、指輪を渡させてもらうよ」
「…!」
みるみるうちに表情を変化させていく様子が少し面白い。提督はそんな翔鶴に問う。
「そこまで喜んでくれるのか。俺がなにか、翔鶴にしてあげられたことがあったか」
「先程の話を覆すようにも聞こえますが…私たちは艦。誰も傷つかず、もしものことがあっても安全に航行ができるのは、全て貴方のお陰なんです」
「…言葉は、素直に受け取るよ。ありがとう」
「ふふ…それだけではありません。私が持って生まれた不運を肯定してくれた。諦めず、ここまで育ててくれた――提督。貴方の思いは、しかと私たちの心へ、伝わっているんですよ」
自分の胸に手を当て、深い慈愛を込めた目で見つめる翔鶴の、思いの大きさを知った。
「ありがとう」と、その一言だけを返して、再び、彼女を膝元へ戻らせ――彼は、その背をそっと叩き始めた。
「話込んでしまったな。なまじ真剣な話をしてしまったから、疲れただろう」
「あ…いえ、そんな…」
そういえば、聞いたことあるよ。提督は、昔は戦争孤児の世話をする仕事をしていたことがあるって――
ベビーシッターですか――
そんな会話の節々が、脳内で反響する。まさかまさかとは思っていたが、これほどのものとは。
長髪と頭を丁寧に、そして背中を優しく触れるこの腕前は、間違いなく艦娘に特効があると言って差支えない。歴戦の空母たちが軒並み眠りに落ちてきたのも理由があったのだ。
「て、ていとく…」
「ん…?ああ…分かった」
「…?」
その破壊力に思わず手を伸ばしてしまったが、何を分かったのか、意識も絶え絶えの中、その手を彼の手が包み込む。
もはや「そうじゃない」とは言えず、真っ逆さまに落ちていく意識を手放すほか選択肢がないなかで、翔鶴はひとり結論付けた――
(や、やっぱり貴方…鈍感ですぅ…zzz)
「お休み、翔鶴」
夢かどうか、判断はつかない。つける自分がもういない。
けれどその声が、おそらく自分の聞いた中でもっとも優しい声だったことを、翔鶴は覚えているのだった。
少しだけ話を進めました。指輪を渡すときは、各艦娘ごとに1話分を作ってみたいですね。
また、各話の構成変更をちょこちょこ行いたいと思っています。その場合は活動報告にてお知らせいたします。
それでは。
海外艦、もし追加するなら初登場は
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ドイツ艦
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イタリア艦
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ロシア艦
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アメリカ艦
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イギリス艦