舞鶴第一鎮守府の日常 作:瀬田
新年一発目投稿ができて良かった…(投稿頻度的に)
さて、今回は量的には軽めです。暇つぶしにご覧いただければ。
※海外艦についてのアンケート取ってます。
自分がこの鎮守府へ着任して、もう五年が経った。
深海の脅威が排除されたこともあってか、年を数える毎に宿舎や庁舎は賑やかになっていき、この地に活気が戻ってきたことを感じている。
初めてこの地へ来た時、自分はまだ二十歳を迎えるかそこらの年だった。今日と同じ、日本海から春の冷たい風を受けながら、寂れた――それもほとんど廃屋のような――この建物に、不安と困惑を抱きながら足を踏み入れたことを覚えている。
「あっ、提督。おはようございます」
「おはよう。一昨日頼んだものだが、届いているか?」
「ええ。先ほど担当業者の方が直接」
「そうだったか」
朝もまだ早いというのに、明石はきちんとした対応をこなす。特別なことではないが、それでも善いことは善い。
「今、取って参りますね」と、暖簾をくぐって裏へと向かった彼女。
この酒保はそんな彼女の着任と同時に整備した。逆にいえば、それまでは酒保というものが我が鎮守府には存在しなかったのだ。
「…っと、お待たせしました。
「和名だな。リモニウムとも言うらしい」
明石には、生花業者を通してこの花の受け取りを頼んでいた。目に飛び込んでくる鮮やかな紫色に、やはり自分で選ぶよりは、専門の者に任せてよかったとつくづく思う。
「今日行かれるんですか?」
「ああ、今から」
執務もひと段落してな、と付け加える。明石は「ひと段落しているところなんて、殆ど見ませんけど」と言って訝しむが、今回ばかりは本当のことだ。
…耳が痛い話である。
「お供する秘書艦は、やっぱり鳳翔さんですか?」
「いや、今回は一人だ。毎年のことだから誘っていたんだが、あいにく久々の近海哨戒でな。雲龍型の航空戦指導もあって、予定が嚙み合わなかった」
「珍しいですね、鳳翔さんが」
「二航戦が先週の西方海域作戦からの疲労が抜けきっていないからな。まあ、鳳翔も腕が鈍ってはいけないと受け入れてくれた」
「めちゃくちゃ後悔してそう…」
「後悔?ああ、今日の件か?それなら後日の休暇を用意しているから」
「いや、そういうことじゃ…」
「?」
「はぁ…何でもないです」
何やら明石に胡乱な目を向けられるが、よく分からない。特に
「とにかく、一応近海部隊も出撃中なんですから、吹雪ちゃんたちに任せているとはいえ早く言った方がいいでしょう」
「あ、ああ」
花束が風で崩れないように、手際よくラッピングして紙袋に入れた明石。そのまま自分の右手にそれを持たせて、背中を押したのだった。
一体何の話だったのだろうか?
× × ×
目的地は鎮守府とそう離れていない。それでも、このところ出向もなく買い出しへの車を走らせることもなかったので、強い海風に晒されるのが久しぶりで身体に堪えた。
五年前の舞鶴は、深海棲艦からの強襲を受けた時と変わらない廃墟に近い有様であった。
海自の航空基地や総監部を始め、沿岸の港湾施設は悉く砲撃を受け、海上の脅威への対抗や地域住民への支援行動が不可能となった。
深海・そして海外勢力の侵攻を懸念し、陸上部隊は何としても防衛線を引き下げてはならないと決死の覚悟で突入を試みたが、予想に反して敵部隊は以降の上陸作戦を仕掛けてこなかった。現在では、目的は海自拠点の破壊のみであったと考えられている。
(しかしまあ…あの戦闘以来人が寄り付かなくなってしまったな)
臨時舗装された国道沿いの高台から、誰もいない浜辺を覗く。
かつて沿海部にあった町の賑わいは去ってしまった。今でこそ艦娘や鎮守府からの護りの下、ある程度の人口に回復したが、それでも当時の五分の一と言ったところだ。
全国各地での強襲被害では国内総人口の四割を喪失した。艦娘の出現と大規模反攻作戦により我が国はある程度の防衛に成功しているが、艦娘を保有しない他のアジア各国では沿岸部をはじめ行政機能が崩壊した国家もあり、また制空権を失ったことによって支援作戦もほぼ不可能となってしまった。
我が国は制海権の喪失と周辺国家の消滅によって、確実に孤立状態に陥っている。
(…それでも、こうしてまだ命を繋いだ国民が生き延びていけるのは、君たちのお陰だ)
海へと吹き抜ける風に乗って、鳥たちが飛んでいく。それを見上げながら、心に残った思いを強く抱いて、行かなければならない場所へと歩みを進める。
当時のことは、まだ覚えている。黒煙の覆う空、赤く染まった海、倒壊した家屋に残る血飛沫、叫び声――どの記憶も断片的ではあるが、それらに感じた恐怖と絶望は、今でも心を竦ませる瞬間があるほどだ。
――しかし、それだけではない。
『待って…!』
確かに見た。そう叫んで、手を伸ばした。燃え盛る炎の中を、あの光を追って、手を伸ばしたことを覚えている。
そうでなければ、あの事件ののち、暗い峠道を越えて歩いた理由がないから。
(誰かは分からないが、あれはきっと)
今では声も姿も思い出せないその存在を、しかし夢幻のようなものではないと確信している。あれはきっと、戦う使命と未来への希望をくれた存在であることを、自分は覚えている。
「…ふう」
追憶に思いを馳せていれば、国道の分岐路が見えてきた。そこを右手に曲がり、木々の間に伸びた細い階段を降りれば、そこが岬――かつての海を戦い、沈んで艦娘たちの墓所である。
鎮守府が出来る前、最前線を支え、舞鶴を護りながら散っていった艦娘たちへの感謝と哀悼を示すため、当時の地域住民の一部が密かに建てたという。
まだ艦娘という存在が、今以上に知られず、そして恐怖されていた時代だった。襲い来る深海棲艦との区別もつかず、外的と判断する人々も決して少なくなかった。
そんな状況下で、彼女らに感謝して墓標を用意するということが、狭いこの地域の中でどれほど危険だったかは、言うまでもない。
(しかしそのお陰で…彼女たちも報われたのだろう)
以降、舞鶴第一鎮守府を始めとして、殉死した艦娘や司令官がこの場所へ骨を埋め、弔われるようになった。
無論自分の指揮下ではまだ、轟沈した艦娘がいない。これからもそんなことがないように指揮を執るつもりである。
だから、ここに捧げる花束は、着任前の艦娘たちへのものだ。
× × ×
「だ、第一鎮守府ですか」
「そうだ。しかしながら舞鶴は、第一鎮守府を敷設した旧自衛隊基地への攻撃が特に激しい地域であり、現在は序列制を採用せず、保有戦力の高い第二鎮守府へと、系列指揮権を移行している」
「…戦力の欠如も著しいということでしょうか」
「ああ。それについては、先に渡した資料を見て欲しい」
丹羽さん――当時は横須賀鎮守府の提督であった――が、舞鶴への辞令を言い渡された自分のもとを訪ねたのは、着任の一週間前だった。
具体的な内容は聞かされておらず、手元にある書類のみが情報源であった。士官学校で学んだ知識だけでやっていけるとは、到底思ってもいない。だから、こうして彼によって情報提供がなされることに対しては、安堵を拭いきれなかった。
「12ページ目に現在の戦力保有状況が書かれている」
「…軽空母、一隻」
「ああ。これにお前が指定した特Ⅰ型駆逐艦の吹雪が初期艦として加わるが、それだけではまともに機能できるとは思えん。資源数の限りはあるが、なるべく戦力増強に努めろ」
「ええ、それは分かっています。…しかし、これはつまり」
自分の言葉に、彼は苦々しく、そして沸き上がる怒りを感じさせながら「艦隊を指揮する者として、到底受け入れられないが」と言ってから答えた。
「旧鎮守府では…前任は艦隊指揮を放棄して逃亡した。指揮系統を失った艦隊は近隣鎮守府の救援を待つ間防衛戦を維持し…そしてその多くは沈んでいった」
「…っ」
丹羽さんの明かしたことは、本土防衛に大きな穴が空いたという事実であった。主力の全滅、そして残った艦娘たちも人間への不信と、それに対する葛藤で心に傷を負い、その軽空母以外は皆、転属して舞鶴を離れるか、艦娘として戦う力を失くしてしまったということだ。
艦娘は、その存在自体が高度な精神性の結晶といえる。多くが海中に没した旧帝国海軍の艦艇に残存した思念や祈りがその身体を
それだけに、一人残った軽空母艦娘の心境など、想像もできなかった。
「元帥閣下からは、当該海域での速やかな敵戦力掃討、そして舞鶴の第一拠点としての指揮系統回復が命じられている。かなり無謀ともいえるだろうが、まあ、海域の方は
「承知しました。可能な限り迅速に対応します」
「ああ。…それと、だが」
丹羽さんは、何か言い淀むような表情をした。言外に、それがおそらく唯一残留を希望した彼女のことであろうと察した。
「…彼女からすれば、私は部外者に過ぎません。軍人としてみれば、実戦、実務の経歴も違う」
「…」
「でも、だからこそ――」
その時語ったことは、今思い出せば恥ずかしくなるような、過酷な現状を知らない若者の綺麗事でしかなかった。
それでも、決して間違っていると思ったことはない。
艦娘たちの側に立ち、そしてあの時代の英霊を引き継ぐ存在に触れることの覚悟を、忘れることなく向き合っていかなければならないと。
× × ×
「…これで、いいか」
墓所に着いて、まず雑草取りや墓石の周りの軽い掃除を済ませる。一年の間、鳳翔など鎮守府の者以外は訪れなかったようで、やはり荒れていたため、掃除の後はすっきりとして見違えていた。
そのあとは用意したペットボトルの水を掛けて、墓石を磨いた。少なくとも建てられてから五年以上、荒い白御影の上では刻字が見えにくくなっている。
しかしながら、代わりの墓標を建てようとはとても思えなかった。込められた思いの大きさが、そう思わせていた。
風で少し傾いていた花立を直して固定し、紙袋の中から花束を取り出す。花浜匙は前から知っていたが、これを取り寄せたのはその花言葉だった。
供物の羊羹を添え、線香をあげて立ち上がる。岬からは水平線が見え、青空が澄み渡っていた。
「…今年も来ました」
そう告げるのは、毎年のことだ。ほとんど無人といっていいこの地域で、自分の声を聞くものは、どうせ
揺らぐ線香の煙が、風に流されていく。後ろ側の林のざわめきが、自分の言葉に答えるようだった。
「貴女たちのお陰で、この地が守られました。残された艦娘たち、そして多くの住民たちが、救われました。…本当に、感謝しきれない」
彼女らは、どんな思いで戦っていたのだろうか。誇りと、勝利への信念を胸にしていたのだろうか。
あるいは、恐怖――沈む海の冷たさに怯えていたのだろうか。艦娘とはいえ、撃沈、すなわち死を前にすれば、人間と変わらず無力である。
それでも、事実は変わらない。守ったこの地が、これからも守られ続けていく限り、彼女らの残したものはなくならない。
「いつか――平和な海が訪れたら、まず、貴女たちにお知らせします。貴女たちの思いは消えずに引き継がれ、大切なものを護ったことを」
身体は魂の器であると言った翔鶴の言葉は、今も記憶の中に残っている。それが本当だとしたら、魂とその願い、祈り、希望といったものが引き継がれていく限り、彼女たちは消えない。
今、舞鶴第一鎮守府に暮らし、ともに戦ってくれる艦娘たちが、誰一人沈まずにこの戦いを終わらせることができたら、その時は、自分の役目の一つが果たされた時なのだろう。
繋ぎ、守り、継ぐことが、提督の役割なのだから。
「…」
合掌、のち、瞑目する。暫しの時間、海の音だけを聞いていた。
波が弾け、風に乗って海の香りがした。それは子供の時から、いつだってそばにあった香りだった。
『待っています…その時を』
そう聞こえたのは気のせいだろうか。それでも、信じずにはいられない。一抹の驚きに目を開ければ、からかうようなつむじ風が傍を吹き抜けていった。
つい、そんな偶然に笑ってしまう。すると、手元の端末が鳴っていることに気付いて、それに出た。
「吹雪か」
『はいっ。近海部隊は敵哨戒部隊と会敵、先程敵戦力の撃滅に成功しました』
「了解。こちらの被害は」
『全艦、小破以上の損傷はみられません』
「よくやった。吹雪の指揮の賜物だ」
『いえ。鳳翔さんや皆さんが頑張ってくれたお陰です。…あっ、それと』
「?」
吹雪は、無電の向こうで何かを調整しているようだ。こういう時の大体は、他部隊との中継を要請されているときだが、派遣中の部隊は近海部隊を除いて存在しない。
『帰投中の機動部隊より入電。「司令官、空をご覧ください」とのことです!』
「空…?」
墓標の裏側へと周り、より岬へと近づく。段々と東西の水平線が見えてくる視界に飛び込んできたのは、見事な編隊を組んだ零戦と烈風の部隊、そしてその後方の機動部隊だった。
『司令官!どうですか?』
「…とても綺麗だよ」
次第に機動部隊が岬へと近づくにつれ、艦戦隊が編隊を変更しながら着艦していく。
恐らく新設航空部隊の着艦訓練だろう。五航戦の指導を受け、見事な手際で各機が格納されていく姿にすっかり見とれてしまっていた。
『提督。こちら鳳翔です。聞こえていますか』
「ああ。見事なものだ。よく指導できているよ」
『翔鶴さんたちの日頃の指導の成果でしょう。ねえ、葛城さん?』
『はいっ。瑞鶴先輩のお陰です!』
元気のよい反応は、雲龍型の末妹のものだった。史実では果たせなかった航空戦を見事に行い、十分に活躍してくれたようだ。
そう言っている間に、残った艦戦隊は少なくなった。四十数機、おそらく鳳翔のものだった。
編隊は列を乱さず甲板へと滑り込み、決して遅くはなかった雲龍たちをはるかに上回るスピードで着艦を済ませてしまう。
『…提督』
「素晴らしい。お手本としては最高の着艦だった」
『ふふっ、ありがとうございます。…お墓参りのことも』
「気にするな。俺にとっても大事なことだから」
『あなたと私が覚えているなら…きっと、あの子たちは、あの子たちの残した思い出は消えません』
「そうだ。…これからも、きっと」
向こう側で、鳳翔の微笑んだ声が聞こえる。機動部隊はわずかに見える海の彼方だが、彼女の表情が浮かぶようだった。
――祈るような優しい風が、遠くから運ばれてくる。
今年はいったいどうなるんでしょうね…。
とりあえず筆者はまだやってないE4を攻略してきます()
海外艦、もし追加するなら初登場は
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