舞鶴第一鎮守府の日常   作:瀬田

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今更ですが、小説は短編集という形なので、季節感がめちゃくちゃです。お許しを。
今回はちょっとシリアスな話っぽい?


第七話 雪の日

「んん···」

 

部屋の中まで染み込んで来る寒さに目を覚ます。

新年を迎えた鎮守府は極寒であり、炬燵や暖炉がなければもうどうにもならない寒さが続いていた。

 

(今朝はやたらと寒いな···)

 

この冬最高潮を迎える、凍てついた空気に身を震わせつつも、帰投してくる遠征部隊の出迎えに行こうと思ったのだが、体を起こして二つ、気付くことがあった。

 

「雪…か」

 

窓を覗くと、辺り一面を覆う銀色に驚く。昨日は比較的早くに床に就くことができたので、この雪はどうやら深夜から降り始めたようだ。

 

「すぅ…すぅ…」

 

そして、もう一つ。

 

「こんなところで何をしてるんだ、響…?」

 

掛け布団を捲ると、両腕で身体を抱きしめて震えている彼女――駆逐艦、響の頭に手をやる。

 

「んぅ…おはよう、司令官。それにしても寒いね」

 

もぞもぞと布団から這い出てきた彼女は、眠たげな様子を見せた。

旧ソ連艦らしくなく、かなりの寒がりなのだろうか、一度引き剥がした布団にぎゅっと包まりながら、顔だけを覗かせている。

 

「なんでわざわざ布団に入るんだ?」

「今日は秘書艦だからね。司令官のおはようからおやすみまでを見守るのが秘書艦の役目さ」

「···そんなことになっているのか?」

「少なくとも私はそうだ。今朝は多分、遠征の出迎えに行くんだろうと思ったからね」

「なるほど。それなら付き合って貰おう」

「ああ」

 

ベッドから降りると、傍に置いてあった暁型の制服に気が付いた。準備がいい。

それを手に取って響に手渡す前に、はねた髪を緩く撫でて直す。

彼女は瞼をこすりながらも、満足そうな表情を浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ遠征組、ききき帰投ししました!」

 

寒さに震える旗艦の阿武隈と、遠征組の面々。がちがちと歯の音を立てて凍えているその様は、もはや遠征に出したことを後悔させるほどであったが、これも運営に大切な任務であるので、なんとか頑張って頂きたい。

 

「お疲れ様、ドッグは空いているから、早く入渠して来てくれ」

「「はいっ!!」」

 

まさか積雪がこんなに早いとは、予測できなかった。

彼女らにはアフターケアを充実させねばならないと思案しつつ、一目散に入渠ドッグへ駆けて行った彼女らを見送る。

 

「さてと。響」

「…」

「響?」

「…な、なんだい司令官」

「何かあったか」

「いや、何でもないよ。さあ、執務を始めよう」

「…ああ」

 

提督が見た響は、普段の冷静さを感じさせる表情ではなく、どこか違うところを見ているようであった。

どことなく違和感を感じたまま、執務に手をつけていく。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「はい、提督と響ちゃんの分」

「ありがとう」

 

順調に書類仕事を片付け、時刻は正午、昼食の時間である。

 

「今日はオムライスなんだな。どれ、頂くか」

「ああ…頂きます」

「頂きます。うん、美味い」

 

卵のふわっとした食感に驚く。

間宮や伊良湖はまだしも、鳳翔までこの技術を習得しだしたというのだから、本当に彼女達の努力には頭が上がらない。

 

「…響?」

「――っ、なんだい」

 

ふと傍の彼女に視線を向けると、まるで惚けたような、なんでもないような、ぼーっとした先程の表情が目に付く。

急に意識を取り戻したように慌てたが、取り繕うことも出来ていなかった。

 

「ちょっと失礼…熱はないか」

「だ、大丈夫だよ。特に、問題はない」

 

本人の言う通り、風邪を引いていたり、体調が悪いという訳ではないらしい。

それなら、この状態は一体何なのか。

 

(遠征が多かったからか?)

 

それが、疲れからくるものだとしたら、そんな理由なのかも知れない。

 

「ふむ…とりあえず、部屋まで送るよ。少し寝たほうがいい」

「っ…も、申し訳ない」

 

考えを巡らせるが、思い当たる節はない。

 

(とりあえず寝かせるか。暁たちは今出撃中だったかな)

 

一日に二回も抱えるとは思わなかったと、俯いたままの響を私室に運んだ。

 

────────────────────────

 

「よし、と」

 

毛布を掛け、ゆっくりと寝かせる。

 

「···すまない、司令官」

「いいんだ。それより、何かあったのか。」

 

気になっていたことを問うと、響は少し俯く。

もしかすると、ナイーブなことだったのかも知れない。

 

「···すまない、無理に答えてくれなくてもいいんだ」

「いや···話すよ。司令官にも知っておいて欲しいからね」

 

そうして、何か決意を固めたような表情を見せる。彼女は口を開くのだった。

 

「昔の···前世の記憶を、少し思い出すんだ」

 

静かに、けれど力強く口にした。

 

「···先の大戦か?」

「ああ。大戦後、私はロシアに引き渡されたけれど、その事はもう、気にしてはいない」

「···」

「···けれど、ただ一つだけ──────」

「一つだけあるとすれば、私が今こんな気持ちになっているのは、きっとそれが理由なんだと、思うんだ」

「···それは、俺も知っていていいことなのか?」

「さっきも言ったじゃないか。提督には、伝えておきたいんだ」

「···そうか。それじゃあ、教えてくれ」

 

もう少し、彼女に近づく。縮まる距離に、響の胸が高鳴る。

 

「そう、だね───」

 

口を開こうとするが、なかなかその言葉が出てこない。

ひょっとしたらそれを口にすることによって、本当にそれが起こってしまうかのような恐怖が、響の心を支配する。

震えが、全身を覆うようだった。

 

「う···く···」

 

胸の内に秘める、その言葉を、上手く口にすることが出来ない。

 

(···どうして)

 

その理由を、響は、自らに問う。

 

────この人には、伝えられない。

それを悟った瞬間、大きな恐怖が巻き起こる。

それは、響にとって、最も嫌なことだったからだ。

 

(私は、この人のことを)

 

まだ夜も明けない、暗がりで覗いたこの人の寝顔を、思い出す。

(私は司令官のことが、好きなはずなのに)

 

信頼という言葉に、彼女は人一倍、敏感であった。

だからこそ、このことを打ち明けられないという事実が、確実に彼女の心を責めていた。

 

(悔しい···)

 

伝う涙の雫が、握り締めた掌に零れ落ちた。

 

「響」

 

自分を呼ぶ声が、こんなにも悲しく聞こえることが、あるだろうか。

信頼に対する失望。

それを経験するのは、もう慣れている。

けれど、心が傷を負わない訳ではない。

 

「ひっ…ぐっ···」

 

顔を上げることが出来ない。それは泣き顔を見られたくないとか、弁解の言葉を口にするためとか、決して、そんな理由ではなかった。

ただ、今の自分では、彼と────提督と、目を、視線を交わす事は出来ない。

そう、感じたのだった。

 

「響!」

 

黒い渦に巻かれるような気分だった。

自分を呼び覚まそうとする声も、肩を揺する手の感触も、何も感じなかった。

そのまま、眠りに落ちる────

そんな時だった。

 

「っ」

 

ようやく聞こえた────その心音が、全身を巡り、目を覚ました。

 

「駆逐艦響。激しい海戦の数々にその身を投じて活躍し、苛烈なその時代を駆け抜けた、武勲艦だ」

「だがしかし────それは、それほど多くの仲間を看取ってきたということでもある」

 

噛みしめるように、提督は言った。

 

「済まん···お前の前世のことは、もう知っている···仮にも、提督だからな」

「…っ」

「響、実際にあの時代の記憶を持つ、お前でしか分からないこともある。だけど、これだけは、言わせて欲しい」

 

響を、更に抱き寄せる。

 

「俺は、何があっても響を裏切らない。お前への…ヴェールヌイへの信頼に誓って…信じてくれ」

「···あ、あ」

 

固まっていた全身がほぐれ、提督にもたれかかる。

必死に彼の身体を掴んで、叫んだ。

 

「ああ···!私も、司令官の、ことを···信じるっ···!」

 

その言葉を言い放つ、その瞬間に、何かが、彼女の中で溶けた。

それは、あの日の記憶でもあるし、また、氷柱のように心に刺さった罪の意識でもあった。

全ての恐れが無くなるということじゃない。

それでも、この人は自分を信じると言ってくれたから。

 

瞳が、髪が、輝きを取り戻す。また一粒の涙を零して、その意識は途切れた。

 

「···き」

「···ひび、き」

「···ん」

 

薄く目を開くと、最愛の人たちは、自分の周りを囲んでいた。

 

「起きたのです!司令官!」

「響!やっと起きたのね!心配したんだから!」

「ひ、ひびぎぃ···よかっだぁ···!」

 

泣き顔の暁に少し驚く。

泣きそうになっても、普段は我慢するというのに。

 

「起きたか」

 

部屋の扉が開き、その人は、自分に近づく。

もう、あの時のような、恐怖はない。

その人は、自分の長髪を撫で優しく笑った。

 

「し、司令官···私は」

 

一抹の不安が纏わりつく。

大切な人たちに、迷惑をかけてしまったかも知れない。

 

「大丈夫だ」

 

しかしそれは、一瞬のうちに、その言葉で掻き消される。

そう言って提督は、響のそばに寄った。

 

「俺を信じてくれて、ありがとう」

 

彼の心音と、温もりが全身を包み込む。

 

「···ああ。こちらこそありがとう、司令官」

 

もう、凍てつくようなあの感情が、心を飲み込むことはなかった。

 

「···どうする?もう少し寝るか」

「そうだね。もう夜だ。···それに」

「それに?」

「···司令官と一緒に、眠りたい」

 

真っ白な肌を、仄かに朱く染めて言う。

 

「···そうか、分かった」

 

それが可愛らしいものだから、ついつい、そう返してしまうのだ。

 

「あーっ!ずるいずるい!私も!」

「そうなのです!電も、司令官と一緒にお休みしたいのです!」

「れ、レディーは別に一人でも寝られるし···」

「分かった分かった。」

 

彼はそんなせわしない彼女らに苦笑し、とりあえず風呂に入ってきなさい、と促すのだった。

 

────────────────

 

「司令官のとなりがいいのです!」

「わたしも!」

「まあまあ。今日は響に甘えさせてやってくれ」

 

そう言うと、響を胸元に引き寄せた。

 

「し、司令官···」

「今まで一人で悩んできたんだからな」

 

静かに笑って、ご褒美になればいいけど、と付け加える。

 

「あう···しょうがないのです」

「でも、響は一人じゃないわ!」

 

そう言う雷に、響は軽く目を見開く。

 

「そ、そうよ!暁だっているんだから!」

「もちろんわたしも、なのです」

「みんな···」

 

次は自分がみんなを守らないといけない。

もう誰一人沈ませないために。

ずっと、そう思ってきた。

けれど、それは違った。

 

「そうだ。響は一人じゃないぞ」

 

その髪を撫でつつ言う。

 

「今度はみんなで、この戦いを乗り越えよう」

 

微笑みとはまた違った、愛する人のその優しい眼差しに、思わず瞳から涙が零れ落ちた。

 

「···ああ」

 

それを隠すように、提督の胸元へ顔を埋める。

────頬の緩みは隠しきれない。

 

「さあ、お休み」

 

その表情に響は微笑んで、瞼を閉じる。

月明かりが、優しく彼らを照らしていた。

 




この前なんとなくソートで新規着任順に艦娘を見ていたんですが、初建造が響でした。
最初から一緒にプレイしてきた子ほど、愛着がわきますよね。

皆さんも任務報酬で手に入れた白雪ちゃんを大切にしてあげてください…。

海外艦、もし追加するなら初登場は

  • ドイツ艦
  • イタリア艦
  • ロシア艦
  • アメリカ艦
  • イギリス艦
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