舞鶴第一鎮守府の日常 作:瀬田
また、二短編の別々の構成のお話となってます。
空が好きだ。
海の青色に、朝日の光の筋が輝きを放つ様子が、まるで絵画のように美しく目に映る。
夏の澄み切った快晴も、夕焼けの赤に染まった別れを告げるような空や、星々の瞬く夜空も好きだ。
こんな仕事をしているから、海での生活は切っても切り離せないけれど――
いつだって、海と、海に繋がっていた空は、自分の近くにある気がしていた。
「···ふう」
――初夏。
柔らかな風に木々の枝葉は揺れ、木漏れ日が降り注ぐ。何とも気持ちいいもので、目覚めも良く、つい自分の身に起きている
「いい風ねえ···あっ、今のは天津風の真似じゃないわよ」
窓辺からそよそよと、海から運ばれてくる風が、大きめのリボンで束ねた彼女の長髪を揺らす。
「分かっているよ。…過ごしやすい季節になったな」
訂正の呟きに応えて湯呑みを傾けると、丁度良い温度の煎茶が、口の中を満たした。なんだかいつもより苦く感じたが、それもその筈だった。
「春の作戦も終わったことだし、司令官も休憩したらどう?」
もちろん、急ぎのお仕事はあるかもだけど、と付け加えた彼女の目は、どこかそれを期待しているように見える。
「···ああ、そうだな」
ふと顔を上げると、なおも眩しい陽光の中で、本日の秘書艦――神風は微笑んでいた。
× × ×
今ではもう慣れた、この低い目線――窺い見る隣を歩く神風より、少し背が低いくらいだと気付き、この減少を改めて実感する。
鏡の中の自分は、十年以上も昔の姿に逆戻りしていた。
何を言っているのか分からないのも当然で、自分自身ですらも理解出来ていない。ただ、この状況に対応せんと、毎日をひたすら生きるのみであった。
「あら、提督さんと神風じゃ」
「ほんとだ!おはよー!」
「ああ。浦風に舞風。おはよう」
元気よく駆け寄ってくる舞風。後ろからは、ふふふ、と笑みを零して浦風が歩いてきた。
浦風といえば、呉鎮守府の彼女――
もちろん在籍年数を考えればこちらの浦風に非はなく、むしろよく働いてくれていて助っている。
「わぁ、提督やっぱりちっちゃーい」
早速自分のこの姿に気付いてか、頭上から手を回して自分と背を比べる舞風。
やはり神風といい勝負のこの体躯では舞風の身長すらも追い越すときは出来ず、威厳もへったくれもあったものではない。
「提督さん、かわいいねぇ」
独特なイントネーション――広島弁で言った浦風に頭を撫でられた。
そう言えば、鴉越さんにもこうして撫でられたことを思い出す。気恥ずかしいのは当時だけで、今となってはこの姿を見た艦娘たちにやりたい放題されていたので、もはや何を感じることもないのだった。
「貴女たち、仮にも上官なのよ…」
「まあ、舞風たちが気にしないのなら構わないけど」
「うちらの方から触ってるのに、迷惑も何も」
けらけらと明るく笑う浦風。舞風も同じように、眩しい笑顔を見せながら、頬を抓んで、緩く引っ張ったりしている。
「全く…その癖、やめなさい」
神風はそう言うと、二人のもとから腕を引き寄せた。
彼女は普段の勤勉な態度からか、あまり舞風達のような行為をすることはなかったので、少し意外であるとともに、その言葉の意味を測りかねていた。
「···?何か、不味かったか?」
「されるがままじゃない。あなた、艦娘には甘々過ぎるのよ」
その言葉に、ついついきょとんとしてしまう。
後ろで舞風と浦風がなにやら悶絶しているのは放っておくとして、神風は呆気に取られ、こめかみを押さえて溜息をついていた。
「そんなに甘いか」
「甘々もいいところよ。艦娘の立場としては有難いけれど、日頃から気持ちを律していないと、作戦時に困るわよ」
ふむ、と顎に手を当てて考え込む。神風らしい言葉であり、この艦隊のことを考えてのものと思うと、特にこの姿では誰が司令官か分かったものではない。
しかしながら、ことこの問題に関しては、絶対的な自信があったのだ。
「うちの艦娘なら、大丈夫さ」
「え···?」
「今までどんな苦境だって乗り越えてきた。 鉄底海峡も、礼号作戦も、レイテ沖も」
幼く見えるだろうが、この言葉だけは真意なのである。
一度言葉を切って、なるべく真摯な眼差しで神風たちを見据えながらそう口にした。
「皆のお陰だ」
「···っ」
――結局、そう言い放って照れくさくなってしまい、笑ってしまった。
目を逸らした神風に、何やら火の灯ったように顔を赤らめた舞風に浦風。自分の言葉は伝わったのだろうか?
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ある冬の日のことだった。
「···あ」
午前で仕事を早目に切り上げた提督。
小さい身体で大きく伸びをして、その書類――家具コインの回収保有数の報告書に目をやった。
「そういや、久しく模様替えもやってないな···」と呟いて、最近の推移を調べたところ、度重なる駆逐隊や水雷戦隊による遠征によって、その数はもはや所持上限――妖精さんを総動員しても、一度に改装を頼める量をはるかに超えていることに気が付いた。
「結構かかるけど···どれくらいあるんだろうか」
表された数値に呆気に取られる。これではコインが貨幣としての役割を果たしていないと思いながらも、そう独り言を呟いて端末に保存されている家具カタログの資料を呼び出す。
「···おっ」
目を見開いて、とある家具の頁に注目する。
日差しは柔らかく、それでも冷気が刺さる冬の一日。その家具は提督や艦娘たちにとって役立つものであった。
× × ×
「提督ぅ、何してんのさ?」
工廠で妖精に設計願を手渡す提督に、非番で散歩中の北上が話しかけた。
長袖に改造した改装前の制服を身に纏った彼女は、鎮守府初期の頃を想起させる懐かしい出で立ちであり、加えてさしもの艦娘もこの寒さは堪えるのか、その華奢な体躯には大きめの厚手のパーカーを羽織っていた。
「ああ、模様替えでもしようかな、と」
頬をかく幼い提督の姿に
彼女らがいそいそと材料を運び込み、謎の技術で溶接やら組み立てやらに取り込むその家具に、思わず北上は反応した。
「···んん?これって
形状から、北上はそう判断した。どうやら合っているようで、提督は小さく頷く。
「そうだな。最近寒くなったし、執務室でなくとも適当なとこに置ければ、皆の役に立つだろうなと思ってな」
「なるほど。こりゃー魅力的だね」
北上はそう言うと苦笑する。それには納得の理由があって――
「執務室、ホントに何もないしねー」
「そうか···?ああ、何か要望があったら言ってくれ」
「違うよぉ、提督のものが何もないってこと」
よく駆逐艦がやって来ては、提督の用意したお菓子を貰ってはしゃいでいる様子が北上の脳裏に浮かんだ。それを嬉々として眺めている彼はなんというか、無欲の象徴、もしくは擬人化の存在であるような気がしてならない。
「執務室は俺の部屋じゃない。それに、艦娘のみんなが集めて来てくれたコインなんだから、君たちが必要とするように使うのが道理だ」
「まあ、そういう意見もあるんだろうけどさ。少しくらい自分のために使っても怒られないよ」
彼らしい言い分に呆れるのだが、これが彼らしさと言うほかない。
個人的にはもっと貪欲に、ついでに自分たちにも貪欲に近づいて欲しいというのが本音だが、そんな彼の様子が全く想像できないので、胸の内にとどめておく。
「そういうものか…?」
「うん。そういうものだと思う」
「そ、そうか…じゃあ、これは執務室に置こうかな」
心や精神までもが幼くなっているとは聞いていないが、そういう部分もあるのだろうか。ついつい期待の微笑みが零れたその少年の表情に、北上の顔は綻ぶ。
(か、可愛い)
堪らず湧いて出た衝動に身を任せ、提督を抱きかかえる北上。一方その彼はといえば、抗うことも出来ず、部下の両腕の中から目を丸くして何事かという視線を向けていた。
「···どうした?」
「あ、いや、条件反射で」
自分の無自覚さに驚くが、これは仕方ない。彼の仕草が思わせぶりで、しかもちゃんと可愛いのが悪いのだ。
「···あんまり、こういうのは得意じゃない」
「可愛いからいいじゃん」
「いや…恥ずかしいよ」
頬を朱く染める彼の表情が、彼女の理性を突き崩す。
北上は、おもむろに妖精さんに炬燵の設置位置の指示を済ませると、艦娘の馬力で飄々と彼を小脇に抱えて、「どういうことだ」の言葉も聞かずに走り出した。
「···提督、ごめん」
「へ?北上…?北上!?」
さながら、ラグビー選手とそのボールのようだった。
× × ×
「···それで、こんなことに?」
頭上で、北上の隣に座った大井がこちらを覗いている。部下の腕の中にすっぽり覆われて座っているのは恥ずかしい限りであり、提督は、なんとも居心地の悪い思いを味わっていた。
北上は提督を連れ去った後、迅速な炬燵展開作業を行った妖精さんに上着のポケットから取り出した
「初めはあったまってないからさ」と言い訳をして、ひたすらに困惑する提督を膝元に座らせながら雑談をしていると、作戦報告書を提出しにきた大井がその現場を目撃することとなった。
「す、すまん。折角提出しに来てくれたのにだらけていて」
「いえ、いいんですよ」
いつもお疲れですし、と姉を一瞥する。元はといえば、この姉が原因であって、提督は腕力を物に言わせる強引な艦娘に巻き込まれた被害者なのである――
――との糾弾めいた心の声をこめた視線を送るが、当の本人といえばのほほんとするばかりで、
「そーそー。提督はちょっと働きすぎだよ」
と胸元に提督を抱きしめて言うので、これは反省していないと悟った大井は嘆息して、その隣に座った。
「北上さんも、提督の邪魔にならないようにして下さいね?」
「大井っちに言われちゃあ仕方ないなぁ。じゃあはいっ、提督かわいいよー」
「えっ、ちょッ」
「おいおい、俺は縫いぐるみじゃないし、大井も困ってるだろ」
「違いますっ!危ないじゃないですか!」
「え…」
脇の下に腕を通し、大井に提督を手渡そうとする北上。
いくら見慣れない男児に可愛げを感じるからと言って、それが上司ではただの迷惑にすぎないと思っていたのだが、突然の安全思考にきょとんとしてしまった。
「···」
「お、大井…むぐっ」
「にひひ」
沈黙ののち、受け取った提督を無言で抱きしめる大井。いつもは色々な意味で自分に盲目な妹の珍しい挙動に、北上はついつい悪戯っぽい笑みを零した。
「ご、ごめんなさい!その、て、提督が可愛いから···!」
「あ、ああ···構わないんだが、その、やっぱり近すぎるというか」
「はっ!?す、すいません!」
腕の中の少年が浮かべる苦笑いに、大井はようやく理性を取り戻して腕を離す。少し寂しそうな彼女に「隣でいいなら、座らせてくれ」と言った提督は、また炬燵の中へ脚を伸ばした。
「あーあったか…今日はもう執務ないんだっけ」
「そうだな。」
「この所、提督もちゃんと休んでくれるようになったね」
「そうですね···本当によかったです」
「みんなのお陰だよ。とても助かってる」
「でしょー?いやあ大井っち、日頃から提督に休んでもらえるように哨戒頑張った甲斐があったねー」
「北上さんッ!?」
「そうなのか。気を遣わせてしまっていたんだな」
「ちっ…違いませんけど、それは北上さんと一緒の時間をですね…!」
「…」
「…いえ、はい、そうです…」
俯きながら顔を真っ赤にして肯定した大井。なんだか居たたまれなくなって、提督は「なんだか申し訳ない」と頭をかいた。
「い、いいですよもう···その代わり、今度私と北上さんを間宮さんのお店に連れて行って下さいね!」
腕組みをして、そっぽを向いてぶっきらぼうに言う大井。
(大井っち···恥ずかしいから私を巻き込んだな)
北上にはその真意が汲み取れたが、それはそれでラッキーだ。折角のチャンスを逃す手はない。
「というか、床もホットカーペットが引いてあるんだね」
「折角だからな。まだまだコインは余ってたから、どうしても寒い時の避難所にしてくれればと思ったんだ」
「でも、それだと執務の邪魔になりませんか?」
「少し寄って話すくらいなら、邪魔にはならないと思うけど」
「···やっぱりダメです。時間限定にしましょう」
「それが得策かもねー」
「そ、そっか。ニ人が言うならそうしよう」
(二人とも、特に北上はああ見えて結構真面目なんだな···)
意外な一面を悟って提督は驚きつつも、日頃マイペースだと思っていた彼女らの評価を改めていたが、何のことはない、それは彼女らが
(提督の時間を邪魔される訳には···)
気付けば自分を抱えていた姉妹の纏うオーラが一変したので、提督は思わず身震いしたのだった。
E4なんですが、深夜終わったところです。
乙なのに姫鬼級5隻ってヤバいですね!()
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