舞鶴第一鎮守府の日常   作:瀬田

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話が長くなりやすい…


第七十一話 四人でいれば(前)

「ふんふふーん…♪ 」

 

まるでスキップでも踏むかのようなハイトーンで鼻歌が漏れる。

 

ある朝、初霜はいかにもご機嫌な笑みを周囲に振りまきながら、食堂へと続く廊下を進んでいた。

後からついてきた艦娘の仲間たちが不思議そうな表情を浮かべて、彼女を見守っていた。

 

「あんまり前ばっかり向いてても転ぶぞー…って聞こえてないか」

「い、一体今朝はどうしたのかしら」

 

二人は顔を見合わせる。

彼女――初霜は確かに普段から少しだけふわふわしている節があることは否めないとはいえ、これほど真っすぐに感情を表に出して――真っすぐにも程があるが――メルヘン全開の夢心地で舞い上がることは珍しい。

 

吹雪ら第一駆逐隊ほどの経歴はないが、そこそこ長い間彼女と駆逐隊を組んできた身としては、まだまだ知らない一面があるということを、少々の驚きをもって受け止めたということだ。

 

「だって、お手紙が届いたんです!()()()から――!」

「「あの子?」」

 

そう言うと、手を広げた初霜はくるりと振り返る。目がキラキラしていて、なんだかかえって不気味だった。

 

「はいっ!」

「あの子ってどの子だよ?」

「わざわざ手紙を出すってことは、別鎮守府か…もしかして町の友達ってこと!?」

 

なんだか不安げなツインテール――朝雲をどうどうと宥めつつ、仕方なさそうに笑うもう一人――長波の質問に応える。

 

「あ、説明し忘れてましたね。実は、私がこの鎮守府に来る前に所属していた士官学校があったんですけど――」

 

そう言って、懐かしむように過去を語る初霜に耳を傾ける朝雲と長波。相槌をうちながら階段を下りて、本棟への連絡通路を歩いていく。

 

彼女の説明によれば、その士官学校時代には一人の親友がいたようだった。

紫苑の長髪、淑やかで気品あふれる佇まいは艦娘たちや男子学生のみならず、女学生たちからも人望を集める魅力に溢れていたという。

 

「私たちは寮室が一緒で、よく行動を共にしていたんです。ドジだった私をいつも励ましてくれて…とても頼りになる存在でした」

「ドジ…っていうか、なんかふわふわしてるのは今でも変わらないけどな」

「そうでしょうか?」

「自覚ないのね…」

 

じとっとした目線に晒されながら、なおも首を傾げる初霜。濃紺の鉢巻が一緒になって揺れるのが可愛らしいが、本人の意識するところではない。

 

「でも、紫色の長髪ねぇ。そんな奴見たことねーぜ」

「そうね。私たちは邂逅艦だってこともあるけれど」

 

初霜によれば、まだ舞鶴第一鎮守府には未着任の艦娘らしい。

初春や曙、弥生など、紫髪で思いつく限りの者たちはどれも鎮守府に在籍しているので、邂逅してから転属の経歴を持たない長波たちが知り得ないのも当然と言えた。

 

「何て名前なんだ?」

「それはですね…」

「萩風と申します」

「そっかー。萩風ねぇ…って、え?」

「だ、誰…?」

 

背後から聞こえてきた聞き覚えのない声に、思わずそちらを振り向く。既視感などない透明感のあるそれと、どこかで聞いたことのある()()()()()()()()()――

 

「陽炎型十七番艦、萩風です。よろしくお願いします。そして…お久しぶりです、初霜さん」

 

 

 

× × ×

 

 

 

「わ、わ、わ…!」

「初霜、膝が笑ってるぞ。少し落ち着け…」

 

呆れた口調の長波が初霜を落ち着けている傍ら、事情を察したのであろう朝雲が訊いた。

 

「…ということは、あなたが初霜がさっき話していた子?」

「話していて下さったんですね。光栄です…はい、私が本日付けでこちらに配属となりました、萩風です」

 

駆逐艦としては少し大人びた風貌――高めの身長、陽炎型の落ち着いた服装、そして淑やかなお辞儀の所作にはとても自分たちと同世代だという実感がわかず、思わず見とれてしまう。

 

「おお、もう会えたのか」

 

そんな声がして、初霜を置き去りにした三人は後ろを振り返る。男性らしさに溢れる低めのトーンは、我らが提督のものだった。

 

「ええ。司令のおっしゃる通り、皆さんこちらにいらっしゃいました」

「あっ、提督」

「あなたの差し金なの?」

「差し金って…随分な言われようだな」

 

苦笑して、薄目で睨んでくる朝雲に返す。何だか普段から怒られてばかりのような気もするが、怒りが全く伝わらないどころか、可愛げすらあるというのが彼女という艦娘なのだ。

 

一方、「まあまあ」と抑えにかかる長波がちょいちょいと手招きをするので、膝をかがめてそれに応じる。

 

「初霜を取られてちょっとジェラシー気味なのさ、察してやってくれよ」

「そうなのか」

「ちょっとぉ!また変なこと司令に吹き込んでるんじゃないでしょうね!?」

 

ひそひそ話が聞こえないだけに、色々と暴露がなされたのではないかと顔を真っ赤にして抗議する。

「あなたも忘れなさい!」とお腹の辺りをぽこぽこと叩いている彼女の、ついついそんな様子がおかしくて、驚きながらも頬が緩んでしまう。

 

「ふふふっ…司令は皆さんととても仲がよろしいのですね」

「ど、どこを見たらそう見えるのよ!?」

「今のやり取りはそういうことだろ…」

 

ぽかんとしてこの騒動を見守っていた萩風が、次第に堪え切れなくなって笑いだすのに気付いていた提督は、この調子なら彼女もここへ打ち解けられるだろうと、なんとなく思えてきていたのだった。

 

「それで、提督はどうしてここに来たんだ?」

「ああ、そうだった。萩風の転属受理をしていたから少し遅れてしまったんだが…この四人に伝えておきたいことがあってな」

「つ、伝えておきたいこと!?」

「なぜこんなに朝雲さんは動揺してらっしゃるのですか?」

「多感な時期なんだよ」

 

駆逐艦(このとし)の女の子には色々あるのよ、という陸奥の言葉を反芻する。

最近は彼女だけでなく、夕雲に鈴谷、神風など頻繁に女の子のあれこれを(自主)講義してくれる艦娘が多い。

何せその手の経験値などまるでないに等しいので、指揮を執る立場としても、一人の人間としても助かっていたのだが、履修するには必要な単位数がなにぶん多いらしい。

 

「…」

「ど、どうしたのよ、何か言いなさいよ」

「ああいや、何かあるのかと思って」

「あなたが言わないと始まらないでしょ!」

「そ、そうか。まあ簡単なことだ。君たちの駆逐隊――第十五駆逐隊に、萩風を加えたいんだ」

「ほ、本当ですかぁ!?」

 

ものすごい勢いで迫る初霜にたじろいでのけぞる。瞳の輝きは燦然として、これまで見たこともないくらいの喜びと期待をたたえていた。

それだけ萩風との士官学校での生活に楽しい思い出があったということだろう。

 

「…そうだ。君たちの士官学校での話は教官殿から聞かせてもらったよ。黄金コンビとまで呼ばれていたそうじゃないか」

「お、黄金!?」

「そんな、黄金だなんて…萩風ちゃんがサポートしてくれるからこそです」

「いえ。初霜ちゃんの類稀なセンスが教官にも認められていたんですよ」

「息ピッタリの謙遜…」

「ふふ…相性の心配はなさそうだな。だが、駆逐隊はこの四人での連携が重要となるから、演習でも連携を磨いてくれ」

「それなんだけどさ、私たち、いい加減演習も飽きてきたぜ。折角改二にもなったんだから、たまには出撃させてくれよー」

 

そんな暑苦しい二人にうすら汗をかきながらコメントを残した長波は、提督へそんな不平を漏らした。

その言葉を待っていたと言わんばかりに、彼は持っていた資料用のクリアファイルから一枚の紙を取り出したのだった。

 

「もちろん、駆逐隊を組んでもらうからには出撃を予定している。二週間後の、沖ノ島沖海域の敵戦艦部隊の撃滅だ」

「それって、あの南西方面深部の?」

「高難度じゃない!入ったばかりの萩風には荷が重いわ!」

「心配するな。萩風は士官学校のお墨付きを得ている。現在の練度としてもあおの海域の深海棲艦と互角以上に渡り合えるはずだ」

「おっ、そりゃー心強いな!」

「恐縮です。しかしやはり、本番は実戦経験がものを言うはずです。皆さんに追い付けるよう頑張りますね」

「大丈夫です!萩風ちゃんは私が守ります!」

「あら。初霜ちゃんに守ってもらえるのは頼もしいですね」

 

隙さえ与えれば暑苦しい会話が始まるので、長波と朝雲は早くも二人の駆逐隊内での扱いに困り始めていたようだった。

提督といえば、「本当に仲が良いんだな」とまるで好々爺の微笑みを浮かべるばかりなので、これは期待できないと両人は嘆息した。

 

 

 

× × ×

 

 

 

駆逐艦寮は、その所属人数の多さから個室がなかなか整備されないでいる。というよりも、深海勢力の脅威を真正面から受けるこの地で長期間の土地造成を行うことは危険が大きく、定期的な点検と整備、厳重な警戒態勢のもと軽い工事を行うに留まっている。

 

「というわけで、個室はないぜ。基本は同型艦、もしくは今のあたしたちみたいに出撃の迫った駆逐隊が臨時に同部屋になったりするって訳」

「なるほど、了解しました。陽炎型の皆さんや()()()おせわになった方々とは一通り挨拶を済ませておきましたし、しばらくはこの四人での行動ということになりそうですね」

「あなたが来たってことは、陽炎型はあと何人になったのかしら」

「艦娘として公式に記録されている者の中では、親潮姉さんと嵐…かしら」

「人のことは言えないけど、陽炎型ってのは人数が多いんだな…なあ初霜?」

「…」

「初霜?」

 

返事がない。「ただの屍のようだ」と、この間巻雲に教えてもらったゲーム内の台詞を続けてしまいそうになって彼女の方を振り向くと、なにやら呟きながらほの暗いオーラを纏った初霜がごにょごにょと呟いている。

 

「ちょ、どうしたのよ」

「ということは…私に会いにきたのは最後だったってことですよね…」

「「めんどくさっ!?」」

 

初霜らしからぬ粘着性と厄介さに旧知の二人が驚愕の声を上げる。それほどまでに濃密な仲だったということは分かるが、それにしたって驚くくらいだ。

そんな二人をよそに、「あらあら」と口に手を当てた萩風が、「いいんです、私なんて後付けの仲ですから」といじける初霜の傍に寄って、背中からその両肩に触れた。

 

「ごめんなさい。確かに初霜ちゃんからはそう思えたかも知れないけれど、その…少し、緊張していたんです。私も、舞鶴(ここ)に着任すると聞いてからいてもたってもいられなくなるほど期待してしまっていたので」

「え…本当ですか」

「ええ、嘘偽りなく。貴女に会えて、今もとっても幸せなの」

「は、萩風ちゃん!」

「あらあら…ふふっ」

「また始まったよ」

「あなたたちはそれが素なの!?」

 

我慢できず、泥沼の展開になっていくと理解しつつもついにツッコミを入れてしまう朝雲。長波といえば感情が乱高下する初霜の世話ができるのは萩風しかいないと内心で舌を巻きつつ、今はその場をただ眺めることしかできなかった。

 

「…こほん、じゃあいい加減出撃の話を進めるわよ」

「ごめんなさい。こうして初霜ちゃんだけでなく、皆さんと勉学以外のことでお話しするのが楽しくて」

「っ…ま、まあいいわ。新入りにリラックスしてもらうのも既属の艦娘の役割だし」

「ちょろいな」

「それで、沖ノ島沖というのはどのような海域なんですか?」

「なんであなたが知らないのよ…」

 

嘆息する朝雲に、初霜は「えへへ、恐縮です」と笑う。それに対して長波が「褒めてねぇからな」と半目を向けるのだった。

そうして朝雲に代わり、「仕方ねーな」と零しながら、新たな部屋で暮らすための生活用品が入ったバッグから、分厚い教本を取り出した。最終ページには各海域図が挟み込まれている。

 

「沖ノ島は、南西諸島海域の深部…っても、もうマリアナが近いって言えるくらいの東部で、大きな島は見当たらないな。だから、おそらくそこに深海棲艦の拠点や泊地があるんだろーな」

「高難度と呼ばれている所以はそこにあるわ。まあ、毎年毎年湧いて出る大艦隊ほどではないけどね」

「今年の冬は疲れたぜ。全く」

「そうなんですね」

「ほぇー…」

「初霜、あなたは出撃したじゃない…」

 

初霜の戦闘能力は折り紙付き、ひとたび海へ出れば砲撃の雨をかいくぐりながら突撃し、夜戦では破壊的な魚雷攻撃をお見舞いするのだが、集中力が目の前の戦闘にしか及ばないのか、海域図が頭に入っているとは思えない。

 

「…まあ、そこは置いておきましょう。海域では、経験則として敵の重巡戦隊を中心とした戦力が道中に待ち構えているわ。これに対して、私たち駆逐艦が護衛する空母の先輩方の航空兵力を用いて突破」

「主力部隊は戦艦が多数だ。制空権を取って砲撃を抑えつつ、敵艦隊との距離を縮めながら夜戦で一気に押し潰す、ってのが作戦だな」

「私たちの方には戦艦はいないのですか?昼戦での対抗力がないのが少し不安ですが」

「道中の速力が問題なのかもな。あとは燃費」

「鎮守府経営は大変ですからねぇ」

「初霜は誰の立場からなのよそれ…」

 

まるで湯呑みを傾けるのが見えるように、呑気な言葉に少々驚く萩風。聞く限りは高難度の条件が揃っているが、それでも余裕があるということだろうか。再会までの期間、彼女がどれほどの経験を積んだのか、一人のライバルとして気になる所でもあった。

 

「とすると…演習はどういう想定で行いますか?」

「そうね…道中の遭遇戦では(もっぱ)ら航空戦を行う空母の支援が大事だから、対空戦闘。あとは的減らしのために小型艦にしっかりと砲撃を命中させて、なるべく一撃で仕留めること」

「最深部は敵戦艦の砲撃をしっかり回避して、できれば動きを封じるために必殺の雷撃を当てたいな」

「こちらも小型艦を落として航空攻撃の負担を減らしたいですねぇ」

 

三人が口々に言った作戦時の目標を、萩風はすぐにメモとして記録していった。やはり、実戦を経験している艦娘からの作戦提案は、士官学校の講義より具体的で理解が捗ることを肌で感じていた。

 

「やっぱり凄いです。皆さん、豊富な経験を積んでいらっしゃるんですね。…座学でただ学んだだけの私など、足手まといになってしまうかも」

 

だから、実力差を感じずにはいられなかった。自分にはまだ、知識だけでなく、艦娘としての資質と能力がまだまだ備わっていないと、俯く。

 

「それは違いますよ、萩風ちゃん」

 

初霜の声に顔を上げて、驚きを覚える。普段の温厚さとは対照的に、そこには若干の憤りが見て取れたからだ。

 

「私たちが士官学校で学んだことは、決して無駄にはなりません。その知識や経験が、ここで活かされているんです」

「そう…でしょうか」

「はい。私も着任して初めての日に、同じことをある先輩から教わりました」

 

力強く、しかしいつも通りの穏やかさを取り戻した初霜の言葉には、何故か強い説得力があった。

 

「確かに、私たちの戦う意味は、決して学ぶこと――教科書の文字をなぞって理解できることではないのかも知れない。あの夕焼けを見て揺れ動いた心と感情、その思い出が私たち自身をつくり、そして戦う強さをくれるから。それでも、私にとって、その思い出と同じくらい――萩風ちゃん、あなたとの士官学校の思い出が大事なんです」

「えっ…」

「萩風ちゃんは私の憧れであり、目標でした。それは今でも変わりません。士官学校のみんなの期待を背負って、誰も見ない場所で努力を続けていた姿を、私は忘れないから」

 

そっと、胸に置いた片方の掌にもう片方を重ねて言った。優しさと、芯の強さが共存する彼女の人格を感じさせるようだった。

萩風は、そこに舞鶴鎮守府での成長を感じ取り、長波や朝雲は、彼女が育った士官学校での温かい周囲の環境を窺い知った。

 

「…そうだな。期待してるぜ、萩風」

「初霜がこう言うんだもの。私たちも信じるわ。一緒に頑張りましょう」

 

長波がその肩を叩いて、朝雲が照れくさそうにしながら声を掛ける。思遣が心に深く滲んで、強く勇気づけられた。

瞑目し、わずかな沈黙の中で決意する。

 

「…分かりました。先程の言葉、撤回させてください。司令が認め、皆さんが支えて下さった私を、私こそ信じなければいけませんね」

「その意気よ」

「よっし、それじゃあ早速演習だな。旗艦の空母の先輩のところに行こうぜ」

「やりましょう!」

 

初霜が差し出した手の上から、長波、朝雲、萩風の順に重ねられて、「おーっ!」の鬨の声とともに空へ伸びる。

 

――確かな団結と絆の萌芽があったことを、四人はそれぞれの胸の内で感じ取っていた。

 

 

 

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