舞鶴第一鎮守府の日常 作:瀬田
アンケートは一旦終了させて頂きました。回答していただいた方はありがとうございました!
他の国の艦娘たちのお話も検討中なので、ご要望等あれば感想などでお寄せください。
「アトミラールさんっ」
川内や、昨日の夜戦出撃艦娘にとってはまだ早朝の午前八時、既に執務に取り掛かっていると、そんな声がして振り向く。
――陽光に照らされて輝きを放つのは、金の髪色。
「おう、プリンツか」
ドアを隔てて隣に接する給湯室から出てきたのは、ドイツ艦娘のプリンツ・オイゲンであった。
元来ドイツ生まれの艦娘である彼女は、欧州戦線の沈静化と、南方海域深部及び中部太平洋方面の防衛強化の緊急性に伴い、本国からの対日派遣艦として先日から舞鶴に着任している。
――ちなみに、過去の歴史清算という面では彼女らの存在は倫理的な問題が生じたが、実際に海際の都市ひとつが壊滅するその瞬間を目の当たりにしている各国政治家・指導者層からすれば、それは些細な問題となったという。
「Guten Morgen...ちがった。おはようございます!今日は秘書艦頑張っちゃいますよぉ!」
「おはよう。それはとても助かるよ」
淹れてくれたコーヒーを受け取って、月並みな感想であるが、口腔に染みわたるコクある苦味によって頭が冴えてくるのを感じていた。
有名なサイフォン式だけでなく、ペーパードリップなどコーヒーの淹れ方の方法の多くはドイツで発明されていることもあってか、自分で淹れたものでは比べ物にならないほどに香りも豊かである。
「それにしても美味いな。なにかこだわりがあるのか?」
「うーん…そういうのはないかなぁ。豆だって特別なものじゃないよ」
ということは、国内ではこれくらいのものはありふれているということだろうか。正直に驚きを享受しながらもう一口を啜る。
その傍らで、プリンツは「それよりも」と興奮冷めやらぬ様子で喋り出した。
「やっぱりワショクはすっごい美味しいね!あっさりして味が薄いと思っていたけど、食べてみてびっくりしちゃった」
「文化自体の歴史も長いから、色々な試行錯誤があったんだろうな。ドイツでは、朝食が二回あるって聞いたぞ」
提督の言葉に「よく知ってるね」と大きな瞳を真ん丸にして返した彼女。
「遠く離れた本国からわざわざやってきてくれたんだ。郷に入ってはとは言うが、居心地を悪くさせてしまっては、君
「Oha!これがニッポンのおもてなしってやつだね。嬉しいよ!」
「お礼なら鳳翔や間宮、伊良湖に言ってあげてくれ。味付けを考えなおしたり、食べやすいように工夫してくれたようだからな」
「うん!…それでも、まずはアトミラールさんにDanke…アリガト」
プリンツはコーヒーのマグカップを乗せていた銀の丸盆で顔を覆うようにして、何故か片言になって感謝を述べた。何のために、という問いは、見え隠れする赤く染まった耳を見れば愚問となるが、
(俺から…?何もしていないが…)
彼はそれに気付く気配すらないのである。
彼女らが艦隊に加入して一週間、きめ細かな配慮を欠かさないが故に、対日派遣艦隊は早くもその心を掴まれつつあった。
「提督、入ってもいいかい?」
ふと、ノックとともにそんな声が届く。プリンツは「おっ、きたきた」と振り向いて、提督の了承を得ると、先程の羞恥を振り切るように「どーぞー!」と元気よく答えた。
「し、失礼します」
「失礼するわ」
おずおずとして入ってきた艦娘と、対照的に威風堂々の四字が似合う艦娘が一人ずつ入室して、流麗とも呼ぶべき仕草で敬礼を決める。
ボーイッシュな方…というのも失言と捉えられるかも知れないが、それが前者であり、姉であるレーベレヒト・マースである。
彼女らは、本部の命を受けた提督から、派遣艦隊として鎮守府の暮らしに関するアンケートへの回答を要請されていたのだった。
「お疲れ様。もう慣れてしまったが、二人共肩に力が入りすぎじゃないか?」
「そんなことはないわ。これが、本国での艦娘のあるべき姿よ」
真一文字に結ばれた口、そして持ち前の怜悧な目つきは赤毛の妹、マックス・シュルツのものである。そんな彼女から放たれる言葉は、提督の言った通り常に緊張感を孕んだものであったので、姉が傍で苦笑した。
「…多分、執務室の扉が…うーん、何ていうのかなあ、強い、というか大きい?というか…」
「厳か、とかものものしい、とか?」
「そうだね、そういう風に見えて、提督に会いにこの部屋に入るときは僕も緊張しちゃうんだよ」
「ちょっと、余計なことを言わないで頂戴と何度も…!」
「そういうことだったのか」
彼女らの日本語の語彙が日に日に増していることは素直に尊敬できるが、それよりも執務室(特に扉)がそのように感じられているということの方が提督にとって衝撃だった。
「そ、それでも上官との接し方については十分な敬意と節度が求められるものよ」
「でもマックス、本国と違ってアトミラールさんにはため口?じゃない」
「そ、それは…」
「俺は気にしないよ。そもそも艦娘の成り立ちからすれば当然だからな」
速攻でフォローを挟む提督。恐らく前例があるのだろうが、その慌てようといい準備周到さには、レーベも苦笑を浮かべるほどであった。
ちなみに、規律には厳しいドイツ艦娘の中でも特にそれが顕著なマックスが、この国では打って変わっている理由は――言うまでもないだろう。
「アトミラールさん、女性に年齢の話はめっ、ですよ」
一方、彼のフォローを台無しにする(それはそれで正しいのだが)忠告…もとい注文には、「なるほど、気を付ける」と提督は頷いていて、指揮系統を大事にする作戦のときとは違って、フレンドリーで接しやすい提督像がレーベの中では形成されつつあったのである。
× × ×
「…よし、ありがとう。色々と参考になったよ」
提督が感謝の言葉を述べ、「いえ、こちらこそこちらの意見を取り入れて頂き、ありがとうございます」と(もはや手遅れにも思えるが)かしこまったマックスが返す。無論、彼女以外の三人が生温かい目でそれを見守っていたのである。
「それで、この時間に僕たちを呼んだ理由は何かあるの?」
「そうね。いつもは演習視察の準備をしている時間だったと思うのだけれど」
姉妹揃って同様の質問を口にした。
というのも、通常時であれば哨戒等の作戦準備や、彼女らの言った通りの演習準備が行われる時間帯である。秘書艦のプリンツは除いても、それこそ端末を使えばいつでもできる対日派遣艦隊への面接などをわざわざ呼びつけてまで行う理由が、彼女らは気になっていた。
「ああ、それなんだが…この後も君たちには同行してもらうつもりなんだ」
「この後?」
「特にプリンツには、この上ないサプライズになると思うぞ」
「へ?それって…!」
プリンツの表情が、十秒前の和やかなものから、期待に満ち溢れた輝きを秘めたものに変化していく。
「ああ、少し遅れたが、向こうから派遣許可が降りたそうでな。間もなく到着だそうd」
「は、は、は、早く行きましょうアトミラールさんっ!」
「うごッ」
「ちょっ、プリンツ!?」
彼の答えを待ちきれなかったのだろう。プリンツはその手首を引っ掴んだと思うと、自慢の膂力をもってして、カブでも一気にひっこ抜くように彼を連れ去ろうとして――勢い余って、彼の身体が宙に浮いた。
制止する間もなく、空中でひっくり返る彼を呆然と見上げるZ1型姉妹。
その直後、三回のノック。
「提督、お連れしました。失礼します」
「失礼致します!…って、えええ!?」
大淀と、もう一人の艦娘の溌剌とした声が部屋に響いて、扉が開く。
提督は彼女と目が合った。しかも空中でだ。
蒼い瞳を驚愕に染める、しなやかで長い金の髪をした艦娘――戦艦ビスマルクの着任は、提督が凄まじい勢いで背中から落下する音と、蛙さながらの「ぐえっ」という彼の呻き声で締めくくられたのだった。
× × ×
「全く…」
戦艦ビスマルクは驚愕した。
本国では度重なる深海棲艦との死闘を繰り広げ、幾度となくその危機を救った英雄も、まさか着任して最初の現地司令官との邂逅が、まさか空中となることなど予測できなかったからである。
戦艦ビスマルクは激怒した。
床への激突とともにすっかり
しかしながら、話を聞いてみれば、その原因は本国艦娘――しかも、かつて戦線を同じくし、指導もしたプリンツ・オイゲンだと言うではないか。
呆気にとられているレーベに経緯を尋ねたところ、その仔細が分かったのだ。
「ご、ごめんなさい!ほんっとーにごめんなさいっ」
「いや。奇跡的にだが、怪我はなかった訳だし…どうか顔を上げてくれ」
「というか、なんであの高さから落下して怪我がないの?レーベ」
「い、いやぁ…こればっかりは僕にも分からないよ」
「たまに提督のことが分からなくなるのは、この鎮守府の艦娘ならよくあることです」
その傍で繰り広げられる姉妹と大淀の会話。「たまに」なのか、「よくある」のかが分からない。日本語は習得が難しいと聞いていたが、それも当然であった。
「私からも謝罪します。大変申し訳ございません、提督」
「うう…」
プリンツの頭を引っ掴んで真下に向けさせるビスマルク。どうやら派遣艦隊の中では長姉のような立ち位置にあるらしく、多少なりとも強引なそれにプリンツはされるがままにしていたのだった。
「まあ、俺の方も焦らすような物言いになっていたような気もするし、お互いにこれでお終いにしよう。プリンツも君が来るのを心待ちにしていたんだろうし」
「は、はい!姉さまがいつか着任される日を思って、艦隊のみんなに姉さまのお話を」
「ちょっと待ちなさい。貴女、あることないこと話していないでしょうね」
「多分手遅れじゃないかな…」
「噂では空を飛び、またある時は単身で深海泊地に突撃し、姫鬼級と渡り合う…そんな話を聞いたことがあるわ」
「…プリンツ?」
「い、いやぁ…その、思いの丈を込めすぎたと言いますか…でもでも、お姉さまならきっと」
「できるわけないでしょう!」
「ふぎゃっ」
再び拳骨をお見舞いされるプリンツ。思わず片手で目を覆う提督に、大淀が苦笑した。
「どうして止めてくれなかったのよ」とビスマルクが詰問しても、レーベたちは「知らなかった」としらを切る。
なかなかの混沌ぶりではあるが、この様子ならきっと日本艦娘たちにもすぐに慣れるだろうと、提督は気を取り直すのだった。
× × ×
――後日
「…ふぅ」
波乱の再会から一週間が経った。
母港の端、砂浜とその波打ち際を望む木製のベンチに腰掛けたビスマルクは、細く息を吐くと、その手元を見つめた。
「おねーさまー!」
「…あぁ、お疲れ様、オイゲン」
「えへへ。お疲れ様ですっ」
視線を合わせて微笑んだプリンツは、「今日もお美しいです!」と興奮まじりに腰を降ろしたが、いつも向けられる苦笑がないことに気付いて、彼女の異変を感じ取るのだった。
「どうかされたのですか?」
「少し自信喪失気味なのよ…。アイデンティティ・クライシスとでもいうのかしら」
「えっと…?」
言葉の意味を解せないプリンツに溜息がますます深くなるのを自覚しつつ、彼女の不思議そうな表情に応えるように口を開いた。
「コンゴーにヒエー…だったかしら。彼女たちの改装は、私の性能に近いものだったわ」
「ほえー…」
もはや聞いているのかどうか怪しいが、いっそのこと独り言だと思って零すことにした。
「雷装能力を付与する第三改装と高い夜戦火力…これは私だけのものだと思っていたのに…」
本国では比較対象になりうる艦娘も居らず、司令官や他の艦娘からの期待と注目を欲しいままにした。それはたとえ最前線を戦い抜いた艦娘が大勢所属するこの国の鎮守府でも同じだと思っていたのに――
胸中には、不安があった。
隣に座る
「なんだかよく分からないですけど、夜戦ならお姉さまと私の黄金コンビで向かうところ敵なしです!」
「黄金コンビ…?それは何?」
「Comic…日本のマンガです!とても仲良しってことです!」
「何それ。私にも見せなさい!」
「もちろんです!寮室へ行きましょう!」
――それでも、傍にいてくれるのだろうか。
そんな不安が、彼女の輝いた笑顔の裏にあるものを探らせるようだった。
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「俺を呼んだのには訳がありそうだな」
「そうy…です」
「構わないよ。仲間内で話しているようにしてくれれば」
「分かったわ」
ビスマルクは提督を夕食兼晩酌に誘った。その場にいた艦娘たちは即座に戦慄を覚えることとなったが、彼女がそれに気付く筈もなく、注がれる視線の鋭さに提督はただ一人困惑するのであった。
理由はあった。胸中で渦巻くものを解きほぐす方法を彼に求めたのだ。けれど、単に自分を指揮するその男を――本国の司令官とは体格も小さく、ともすれば少年のように錯覚してしまう彼を、この目で見極めたいとも思った。
「おおよそ見当はつくが…昼間の演習のことか?」
「よ、よく分かったわね。その通りよ」
「まあ、他の艦娘からも同じような相談を受けることがあるからな」
「注ぐよ」と言って、傍の瓶ビールをグラスに傾けていく。白く細かな泡の立つ琥珀色に、ビスマルクの喉が鳴るのが分かった。
「乾杯」
「ええ、
かちん、と甲高い音が響く。しっかりとこちらの杯よりも低く合わせてきていることに、早くも日本文化(個人的には鎮守府では役に立つかは微妙だと思っている)に染まってきているな、と苦笑する。
「ん…美味しいわね。日本のBierも馬鹿にできないわ」
「今度はドイツのものも飲んでみたいな。国内では買えないものもあるだろう」
「任せなさい。私から連絡を取ってみるわ」
えへん、と声が聞こえるように得意げな表情で胸を叩いたビスマルク。演習指揮の大淀からは体格が大きくなった暁との評価が下されているのはあえて聞かなかったことにしておいた。
――思うに、彼女は自分の考えているよりもっと純粋なのではないだろうか?
邂逅初日、理由はどうあれ上官である自分を放り投げたプリンツを叱るその姿は年長者としての風格を大いに示したものだった。しかしながら、こうして自分の在り方に悩む様は、それこそ暁たち駆逐艦や、着任して間もない艦娘の姿として映る。
――だからこそ、規律の厳しい本国での艦隊生活というものが、透けて見えたのだ。
(艦娘の扱いは、保有数の多いこの国ですら定められていないのだから、それも仕方ないことなのだろうか)
艦娘の精神というものを魂とするなら、魂は大きく二つに分割される。一つは艦娘が生まれたその時から持ち併せる基部と、鎮守府など他の艦娘や人間との関わり合いの中で得ていく発展的な部分である。
同じ見た目をもつ個体が併存する艦娘たちをそれぞれ別のものとして定義づけるためには、その発展部が重要となった。
今、ビスマルクの懊悩の原因となっているものがそれだ。本国では他の戦艦艦娘もおらず、競い合う相手というものがいなかった分、問題は深く、大きいものとなっているといっていい。
「…提督?どうしたのかしら」
「悪い。考え事を少しな」
「ふうん…私との同席中に考え事とは、いい度胸じゃない」
「返す言葉もないが…君の抱えているものについて考えていたんだ」
「抱えているもの?――あ…ごめんなさい」
はじめは首を傾げていたビスマルクだったが、逸れていた本題――それも自ら救いを求めていたもの――を思い出すと、表情を隠すように俯いた。
「いや、気にすることじゃない」
上目遣いの彼女は、まるで親に叱られてるときの子供そっくりだった。実際、解を与えたり、教えて、時に導く役目をそう呼ぶのなら、あながち親子というのも間違いではない。
間違っているとすれば、それは――
「今は、俺は君の司令官だから、君の悩みを解決させる責任がある」
「責任って…貴方は義務感で艦娘と関わるの?」
「最近はコンプライアンス上の懸念が大きいからな…」
「私たちの提督は、とんだ捻くれ者なのね」
勢いよく麦酒を呷って、仕方ないといった風に笑うビスマルク。
その場の感情が顔に出るタイプだ。言い換えれば純粋と言っても良いだろう。
「捻くれているわけじゃない。義務を果たすためには強い信念が必要だからな」
「どんな信念?」
「…君たちの信頼が得られるように努力すること。そのために、君たちを信じること」
「それを始めから言いなさいよ…ふふっ」
「どうにも肝心な言葉が出てこないんだ。会話は得意じゃない」
先のビスマルクとは対照的に、提督――東雲は、特に認識の浅い人物に対して、感情を表に出すということにある程度の忌避を覚える人間であった。過去の経験がそんな人間性の根を張り巡らせ、他人を注意深く見つめ、精神的な意味でなるべく距離を取るように――ひょっとしたら臆病ともとれるくらいに――彼自身を変化させた。
だからこそ、その対極に位置する純粋さというものに対して、人並み以上の価値を見出だせる。
自分が信頼できる人間と認められたのかは別として、胸の内を明かしたビスマルクは、彼からすれば十分信頼に足りる艦娘といえた。
「まあ、ルックスには自信があるわ。貴方が緊張を覚えるのが無理もないくらいには」
「ああ。正直初対面はそうだった。髪といい瞳といい、綺麗な色だと思う。…しかし、艦娘というのはどうして皆美人揃いなのか」
「っ、Danke…」
おどけて自慢してみれば、それが当然という口ぶりが帰ってきたので、(先程とは違う意味で)頬を紅潮させるビスマルク。誉められ慣れていないからか、神妙な表情で感謝を述べる。
一方、提督は遠い目をして虚空を眺めていた。彼女らの指揮を取る男がこれでは釣り合うはずもなく、できれば集合写真を撮るときは別にして頂きたくなるくらいには劣等感を覚えていたのだ。
もちろん異性として相手になるとは思ってもおらず、鎮守府の乙女たち(主砲標準装備)の恋路が険しくなることこの上ない。
「それでも、私たちに必要なのはそこではないわ。祖国や同盟国の人々の暮らしと平和を守るために、私たちは存在しているのだから」
ぽつり、彼女が漏らす。
存在意義を見失うことは、誰でも辛く苦しいものだ。一度はそれを手にして、それが泡のように消えてなくなることを見ているだけならば、いっそはじめから見つからない方がいいのかも知れない。
――けれど、それでも彼女は。
「強くなりたいと思うのか?」
「ええ。少なくとも、私の求めるものは、そうして得られるものだと思うから」
真っすぐな瞳でそう言って臆さない。かつての驕りを認め、成長しようともがくその姿を美しいと思えた。それだけで、もはや疑いようがなかったのだ。
「…それだけで十分、君は強いよ」
「それはこの鎮守府の全員に言えることでしょう。私は、その先に――」
「ついてきてくれ」
「え…?」
「ついてきてくれ。俺を信じて」
短く、明確な意志の籠った声に彼女の続きが遮られた。一段と深く、濃密さを感じさせる低い声だった。
「日本を除く諸外国の艦娘はまだ経歴が浅い。これは仕方のないことだ。けれど、きっと君はそれを理由に、現状に満足したくないんだよな」
ビスマルクが頷く。彼は、痛快たる面持ちでそれに頷き返し、彼女によって飲み干された麦酒のジョッキを見てから、その代わりにと日本酒の一升瓶と杯を妖精さんに運んでもらうよう注文した。
差し出して、視線を重ねて言った。
「だから、ついてきて欲しいんだ」
「貴方について行けば、それで強くなれるの?」
「君が俺を信じてくれるなら、必ず」
提督は、その場で自信のビスマルクに向ける信頼を伝えなかったが、それでもよかった。
代わりはいくらでもいるから――なんて、卑屈な考えも確かに脳裏を過ぎったけれど、もしかしたら恥ずかしく思っているかもしれない。
そんなふうに、どこか他人事のように自分の感情を捉えていた。
「戦場に出れば俺はいない。その力をどう
「自由と責任、という話かしら」
「いいや、責任を取るのは俺の仕事だ」
もちろん完全な放任とはいかないし、教えるべきことは教えていきたい。しかしながら、それは真の意味で彼女らの成長にそぐうものでなければならない。
艦娘は高度な精神生命体としての一面を持つ。その意味でも、もはや一介の司令官の束縛など意味を成さないであろうことを提督は予期していたし、だからこそ、自分自身の役割を定めるうえでそのような結論を導いたのだった。
それを知ってか知らずか、眼前の彼女はきょとんとして、それからまたおどけたような笑みを浮かべる。
揺れた髪の金色が、照明の光を受けて輝いた。
「あら、随分と信頼されているじゃない」
「言っただろ…君たちを信じる、信念があるって」
結局のところ、それを口にしないわけにはいかなかった。
今だけは酒に強い体質が憎い。つい数分前のビスマルクのように顔が火照って、うまく二の句を継げなくなる。
一体誰がこんな自分の照れ顔を見たいと思うのか、そう問うことで平静を取り戻すことにした。
「…ふふっ…ふふふっ…」
「…あまり笑ってくれるな。自分でも恥ずかしいことを言ったと分かってるんだ」
「あら、そうかしら?私は嬉しかったわ」
「本当にそうなら笑いが漏れたりしないだろ」
「ごめんなさい。貴方、結構可愛らしいところがあるじゃない」
少し認識を改めるわね、と満足げな表情のビスマルク。今まで諭す側の立場にあったのがすっかり会話の主導権を握られてしまって、提督は決まりが悪そうに残りの麦酒を飲み干した。
「…でも、貴方を信じてみようと決めたことは、確かよ」
提督は幾許かの驚きをもって、外していた視線を戻した。俯くように卓を見つめているようだったが、落胆のそれではないということがすぐ分かった。
「だから、貴方も私を、そして貴方自身を信じなさい」
本国では酒を飲み慣れている筈だ。だから、その頬の赤みはきっと照れているのだろう。それでも向けられた笑みは眩しかった。
「ああ」
妖精さんが運び、注いでくれたらしい日本酒の杯を持ち上げ、答えるように乾杯した。
二人で酌み交わすその清涼感が爽やかで、心地よく思えた。
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「ほら、もう帰るぞ。寮室まで送っていくから」
「うーん…おぶってえ…」
その後は彼女もはっきりと打ち解けたことを感じたのか、文化交流を建前とした与太話は尽きることがなく、酒が進んでしまった。
度数の高めなものだったこともあり、すっかり酔いが回って睡魔に斃れたビスマルクのそんな要請に応えるように、「仕方ないか」と彼女を抱える提督。
「むにゃ…貴方、以外に背中が広いのね」
「どういう意味なんだそれは」
「そばにいると安心できる、って意味よ…zzz」
「…聞いたからな」
これはこれで、思わぬ収穫かもしれない。
妖精さんの意味ありげなサムアップを横目に、提督は一人頬を緩ませるのであった。
残りのドイツ艦娘についても後のお話で出てきますのでお待ちください。
ちなみに投稿日にはこだわりました(隙自語)