舞鶴第一鎮守府の日常 作:瀬田
書きかけのものを完成させていきます。
とある日、早朝。
「報告する。旗艦『木曾』以下、『初春』『初霜』『若葉』『曙』『潮』、北方航路における海上護衛作戦を完遂し帰投。
作戦行動中の会敵戦闘なく、護衛対象および艦隊への被害なし。詳細は後ほど書面にまとめる」
「ご苦労様。内容了解した。次の作戦行動まで身体を休めてくれ」
提督が海上の遠征艦隊へ返礼したところで、ぱしゃりと音がする。
艦娘たちは怪訝な様子だったが、「それでは解散」と提督が告げると、艤装を外しながら、ぞろぞろと桟橋に上がっていく。
「はい、今回もありがとう」
「うむ、こちらこそ。やはり遠征後には冷やっこいものじゃな」
「染みわたりますね……」
「この瞬間を待っていた」
スクイズボトルにはお手製のドリンクが入っているという。
気温も上がり、海上で朝日の照り返しを受けて汗ばんだ艦娘たちには好評で、早速これを受け取った初春たちは恍惚の表情だった。
「このところ暑いからな、しっかり水分補給を頼む。損害なしとはいえ、疲れもあるだろうから入渠もな」
「了解っ」
そして、わいわいと営舎へ向かっていく駆逐艦娘たちを見送る提督を捉えて、またぱしゃり。
「……何やってるんだ?」
「まあ、これも必要な活動だと言うのでな」
「はあ……ほどほどにな」
木曾は呆れた様子で瞑目し、提督と、彼を捉えた
「少し、戻りながら話さないか? 報告書にする前に、遠征中に気になったことを話しておきたくてな」
「構わないよ。前線のレポートは貴重だ」
「助かる。まず、確認された敵遊弋艦隊の動きについてだが──」
興味深そうに木曾の話へ耳を傾ける提督は、時折頷き、また考える仕草を見せる。そんな二人の様子と、向かっていく先の庁舎をローアングルで映しこんで、またぱしゃり。
「おっ、これはいい画です!」
撮った写真を確認し、そのカメラマン──青葉は、満足そうな表情を浮かべたのだった。
⚓
「おはよ~……あれ、今日の秘書艦って青葉だったっけ?」
食堂、朝の喧噪の中で声を掛けてきたのは衣笠だった。
ちょうど口に運んでいたサバをゆっくり嚥下して、提督が答えようとした。
「衣笠、おはよう。それがな──」
「はい! 今日の青葉は秘書艦兼記者なんです!」
「そこ、兼任できるんだ……。
っていうか、なに、また艦隊新聞の
衣笠が胡乱な目を向けるように、艦隊新聞の記者として名の通っている青葉は、その取材活動においては、行き過ぎた熱量を発揮してしまうことがあるのだった。
「提督に一日中ついて回って、あることないこと書くつもりじゃないでしょうね?」
「ち、違うよぉ! というかめちゃくちゃ疑われてる!」
慌てる青葉を後目に、「日頃の行いでしょ」と冷茶を流し込んだ衣笠の姿に、提督は思わず苦笑する。ここは助け舟を出してやらねば、と代わって釈明することにした。
「今回の取材は、
提督や司令官たちの間でも、所属する艦娘との親睦を深めるためにはどうすればいいか、よく話し合われていてな。
普段の業務や生活の中で見せる日常の姿を紹介してはどうか、と呉第一鎮守府の青葉が発案してくれたらしい」
「さっすが呉の青葉です!」
得意げに鼻を鳴らした青葉に、「あんたが自慢してどうすんのよ」と衣笠。とはいえ、一応納得してくれたようだ。
「でも、今更親睦っていうのも必要あるかしら? というか、うちならもう十分深まってる気がするけど」
「そう言ってくれるとありがたいよ」
「他の司令官さんについても記事が回ってくるんだよ。転籍だったり、作戦によっては一時的に別鎮守府預かりになることもあるからね」
「あ、なるほど。行ったことなくて分かんないから、ちょっと興味あるかも」
「そのためにも、濃密な取材記事に仕上げますよ!」
「お、お手柔らかにな」
意気込む青葉記者に対して、提督は引き攣った笑みを浮かべる。
「ちょっと、青葉──」
「まあまあ。とっておきの一枚が撮れたら、後で送ってあげるからさ?」
「うっ!? そ、それは頼むけど……くれぐれも、提督の仕事の邪魔しないでよね」
「了解であります!」
(聞こえてるんだけどな……)
露骨な賄賂交渉を前に、気が張ってしまう提督なのであった。
⚓
「秘書艦をしているときから思っていましたけど、司令官のお仕事ってデスクワークが中心なんですね?」
「意外か?」
「いえ。むしろ絵に描いたような──想像通りって感じです」
執務室の机には、業務や連絡で使用するノートパソコン、決裁待ちの報告書の山やその他の参考書類がまとめられたバインダーが置かれている。それらの量からして、これだけの机の広さが必要なのも納得です、と青葉が呟いた。
「それ、今朝の遠征の報告書ですよね?」
「ああ、艦娘たちが上げてくれる作戦報告の類は、貴重な情報が詰まっているからな。鮮度が落ちないうちに頭に入れておきたい」
「あ、それって木曾さんにもお話しされてましたね。これはいいネタになります」
そう言って、報告書に真剣な眼差しを向ける提督をファインダー越しに捉える。ときどき、端末や資料と情報を見比べては「なるほど」と零す姿は、秘書艦しか見られない光景といえた。
(大反響間違いなしですね!)
ゆえに、今となっては人数の多さから滅多に回ってこない秘書艦当番の一回が、一部の艦娘たちにとって高い価値をもつということは自明であり、そんな様子を収めた記事への好評を、青葉は確信するのであった。
しばらく報告書を読み進めた提督は、少しメモを取ってからそれをバインダーへと納める。
「どうでした?」
「ああ、よくできていたよ。木曾は簡潔にまとめてくれるから、情報を整理しやすくて読む側としてはありがたい」
「ほうほう。ちなみに、書くときはどんなことに気を付ければいいですかね?」
「そうだな……。報告によっては細かい点も上げなければならないときもあるだろうから、ただ羅列するというよりは、一点一点の意味や因果関係が分かりやすいように書くということが大事だと思う」
「おっ、いいですね。これも艦娘にとっては気になるポイントです!」
持っていた手帳に言葉を書き連ねていく、その様子を見て、提督は手を頭の後ろへ回す。
「まあ、これがいつでも正しいということはないからな、その点だけ注意してくれ」
「ええ、もちろんです!」
一意見に留めおいて欲しいが、青葉は書き込む手を止めない。
困ったように笑いながら、提督はつくづく発言の重みを知るのであった。
「……っと、すみません。青葉に構わず、お仕事続けてくださいね」
「ああ。ちょうどこの北方海域のことで、大淀と話があるんだ。あまり機密は公開できないが来るか?」
「本当ですか!? ぜひご一緒させてください!」
思わぬ食いつきに驚きつつも、彼女を伴いながら移動する。その間も世間話や質問は絶えず、その情熱が確かなものであることを提督は再確認するのであった。
⚓
「今日の報告では、敵艦隊の遊弋が確認された位置は想定よりもずっと東側遠方、かつこれまでに確認した構成より小規模だったとのことだ」
「そもそも、接敵機動を想定して編成した水雷戦隊ですから……会敵なしは護衛作戦単体で見れば喜ばしいことですが、予想に大きく反する敵艦隊の様子は、不穏にも思えてしまいますね」
「ああ、木曾もこれを指摘していた」
「敵戦力の漸減作戦が上手くいっている、と捉えるのは拙速な判断でしょうか」
「そうだな……ただ、だとすればこれまで監視を続けてきた戦力がどこに回されているのか」
大淀との議論は白熱したようだ。しかしながら、疑問が尽きることはなく、行き詰まった雰囲気がある。
そんな二人の元へ、青葉が湯呑を運んできた。
「難航していますか?」
「青葉さん。ありがとうございます」
「ありがとう。休憩にしようか」
張り詰めていた空気が緩んだのか、二人の口元に小さな笑みが浮かぶ。ちょうどよいと思い、青葉は大淀に話題を振り向けることにした。
「大淀さんは北方海域の作戦を担当しているんですか?」
「はい。基本的には情報収集と作戦立案で、その後の指揮は提督にお任せしています」
「その指揮も、最近は熊野に頼んでいることも多いな。まったく面目ない」
「い、いえ! 元々私の仕事でもありますし、こうしてフォローやアドバイスをいただけていますから」
「ほほう……ずばり、そんな司令官のアドバイスはいかがですか?」
「えっ?」
困惑する大淀に、今回の記事の一件を説明する。提督は提督で「忌憚ない意見をお願いしたい」と緊張交じりの面持ちである。
「え、えと、その……正直に申しますと、とても安心できるというか……。
自分で立てた作戦も、提督に確認してもらえると自信を持つことができます」
「おお! 例えばどんなところが安心ポイントですか?」
「そ、そうですね。作戦前には、必ず時間を取って確認していただけますし.艦隊編成や行動計画から私の意思を汲み取って、寄り添いながら理解してくださるというのが、その」
「ふむふむ.厚い信頼の裏には、提督の真摯な取り組みがあるというわけですねえ」
そんな青葉のコメントに、大淀は言葉少なでありながらもこくりと頷く。
一方、そんな純情を差し向けられた提督はといえば、どこか居心地の悪さと気恥ずかしさを誤魔化しながら、茶を啜るしかない。
「.まあ、提督としてこれくらいは、な」
「いいえ。誰にでもできることではありません。どんなに忙しく、また疲れの残る中でも、艦娘に向き合ってくれる.
そんな努力と心の強さを、皆さんが知り、尊敬しているのです。少なくとも私は、そんな
テーブルに手をついて、勢いづいた言の葉のままに身を乗り出した大淀は、しかし自分が何を言おうとしているのかをようやく理解し、そしてみるみるうちに顔を朱に染めていく。
──そんな撮れ高を青葉が見逃すはずもなく。
「イイところをいただきました!」
「ちょっ.!?」
大淀の制止もどこ吹く風、渾身の一枚の出来を確認して、「ベストショット! これは編集しがいがあります!」と走り出す。
陸上でも驚異的な艦娘の速力に成す術もなく、提督の手が虚空を彷徨った。
「……行ってしまったか」
「あ、あ、あ、あの! これは、そういう意味ではなくてですね……!」
「ああ、分かっている。しかし、
「……」
振り返って、慌てる大淀を落ち着かせる意味でもにこやかにそう告げたのだったが、予想に反してどこかむくれたような表情が出迎える。
(……フォローの仕方を間違えたか?)
冷静さが裏目に出た理由を、朴念仁は知る由もないのであった。
「し、しかし、だ。俺の受け取り方が
「それは、確かにそうです!
ああ、もし”偏向記事”をバラまかれたりしたら……!」
頭を抱える大淀。偏向報道とはまた酷い言われようだ。
ただ、今回に限っては公開範囲がこの鎮守府だけでは済まない──展開される鎮守府や警備府の数と範囲を考えると、大淀記事は文字通り海を渡る可能性だってある。
内容はもとより、本人が望まない形であることは最たる問題だ。
これまた冷静に、提督は携帯端末を手にするのだった。
⚓
時刻はすでに深夜帯──柔らかな月光が差し込む重巡寮は静寂を保っていた。
その一部屋に、作戦行動外の艦娘たちはすでに就寝時間を過ぎているにもかかわらず、煌々と灯ったデスクライトが一つ。
「くふふ……充実した記事、そして大スクープ! これで今回の月間ビュー数一位はいただきました!」
推敲に校正が重ねられた新聞には鎮守府と提督の日常を覗いた様子が面白おかしく綴られており、中央には『取材中の一コマ──溢れだした提督への想い』と題した問題記事が据えられている。
青葉は自信の執筆を再度眺め、その出来にほくそ笑んだ──
「……ッ!?」
その時、誰もいないはずの暗闇に何かの気配を察知した。
その存在に気が付いたのは、おそらく部屋の奥まで伸びた月明りのせいだろう──妖しく照らし出されたのは、反射した
強く、刺すようなその視線に、青葉の背は凍てついた。
錆びついた機械のようにぎこちなく、首だけでその存在に相対したときには、白く細い両の腕が彼女目掛けて伸びていた。
音もなく、デスクライトの灯は落ちたのであった。
────―
「で、申し開きとかあるわけ?
「ございません。誠に申し訳ございませんでした! ってそれ、最後だよね、最期じゃないよね!?」
「あんたの好きに捉えていいわよ。私が決めることだから」
「それ絶対最期じゃん!」
場所だけが移って執務室。
お縄についた青葉の眼前で、主砲片手に冷たく言い放ったのは衣笠だった。
改修済みの20.3cm(2号)連装砲は衣笠のお気に入りであり、火力と命中に定評がある──この至近距離ではそれもあまり意味を成さないかもしれないが。
「まあまあ……とりあえず発行前でよかった。大淀にも明日伝えておくよ」
「ったく、提督の仕事の邪魔するなって言ったのに……ほら、謝んなさい」
執り成した提督のおかげで最期を免れた青葉であったが、相変わらず主砲は後頭部に突きつけられたままだった。
「ヒイッ! すみませんでしたああっ!」
「はは……」
「明日、大淀さんのとこにも連行するわ」
土下座中にも砲塔をぐりぐりとされたままの部下のあられもない姿に、提督は乾いた笑い声で返す他ない。
嘆息した衣笠は、しかし何かを思い出したように青葉に問うた。
「っていうか、部屋で言ってた月間ビュー数って何のこと?」
「ああ、それはですね──」
緊縛状態の青葉が語るところによると、今回の艦隊新聞が発行される全国の拠点間で、発行から1か月間、閲覧数を競う催しがあるという。
その内容についても、面白かった記事を選ぶことで追加点が設けられ、最終的な総合優勝が決まるということだった。
「そのため、目を引く見出しだけでなく、記事としての面白さを引き出す文章構成が必要というわけですね!」
「それで虚構記事書いてたら話にならないでしょ!」
「ひょ、ひょのとおりでふ……」
もう片方の手で頬を掴まれる青葉の懺悔はどうやら足りていないらしい。
一方で、事情が飲み込めてきた提督は洞察を深めていく。
「なるほど。優勝を狙おうとすればするほど、エンタメとしての面白さが求められる──そうなると、追求のあまり事実さえも歪めてしまうことがある。……この状況は、現代の報道に照らしてもなかなか示唆に富んでいるな」
「そうなんですよ! 流石司令官、よく理解してくださっています!」
「そんなこと理解しなくていいわよ」
勝手に盛り上がる二人に、衣笠はますます嘆息を深めた。
提督はなおも続ける。
「しかし、それでは今回の大淀のように困る艦娘も出てくるだろう。
青葉、君の記事執筆に対する集中力や情熱は素晴らしいものだが、報道する立場にある者として、事実に基づいた公正・公平さはどんなときも忘れないでほしいと思う」
「は、はい……」
(急に諭し始めたわね……)
衣笠同様に雰囲気が変わったことを悟った青葉は、神妙な面持ちでそんな諭旨を噛みしめる。
彼女の様子からある程度の反省を認めた提督は、衣笠を一瞥して、縄を解くのだった。
「よし。それでは、大淀のインタビュー記事については今書かれている内容を校正させてもらうこととする。
その他で、記事としての完成に必要な取材があれば、できる限り協力させてもらうよ」
「えっ、いいんですか!?」
「ちょっと、そんな甘やかさなくていいわよ!」
衣笠は制止するが、提督は「答えられる範囲にしてくれよ」と苦笑する。
「この際、衣笠からの質問でも構わない。必要なコミュニケーションの一つだと思えば」
「えっ? ……それなら、確かにいいかも……」
「ガサ、一体どんな質問をするつもりなのかな?」
「う、うっさいわね! プライバシーを侵害しない一般的な質問よ!」
夜更けには少し似合わない、青葉たちの密着取材が敢行されるのだった。
⚓
明くる日、早朝。
カーテンから漏れ出した朝日の光と冷ややかな風で、青葉は目を覚ました。夜を徹して行われた取材活動の中で、どうやら眠りに落ちてしまったらしいと気が付く。
「……ふあ、ぁ」
欠伸を一つ、半開きの瞼でぼやけた視界と意識の中でも、目の前で安らかな寝息を立てる彼のことは分かる。
(おおー……起きてすぐにシャッターチャンス)
色んな取材をした気はするが、それらに勝るであろう珠玉の光景を目の前に、手早くそれをカメラに収めていく。
アングルを変えて何度も激写しているうちに、足元に転がっていた縄に足がもつれてしまった。
「わひゃ!?」
ぽすんと倒れ込んだのは提督の膝だった。
昨日は朝も早く、夜も深かったことから、寝る準備を済ませていたのだろう──いつもの軍装とは違った薄手のジャージ越しに、彼の体温やら匂いが伝わってくる。
(こ、これは……っ!)
ソファに身体を横たえて、頭を彼の膝に預けるようなその姿勢。ついでに力の抜けた片方の腕を引っ張ってくれば完璧である。
青葉は絶景と感動に打ち震えた。
「……」
規則正しく、安らかな呼吸を感じているうちに、青葉の高まった鼓動は嘘のように落ち着いて、むしろ眠気すら覚えてくる。
まどろみの中でこれだけは逃すまいと、最後の一枚を接写した。
(こ、これは載せられませんね……)
どこから撮ったんだと問われれば極刑の執行は免れない。せいぜい向こう側で眠る衣笠に共有できるくらいだろう。
溶けゆく意識の中で大事なものを守るように、青葉はカメラを胸元に抱えるのだった。
今まで書いていたお話についてですが、リハビリついでにリメイクして本話以降再投稿させてもらいたいと思います。
かさ増しのようになってしまうので、旧話については一旦削除させていただきますのでご了承ください。