幼馴染が朴念仁で魔法オタクなせいで毎日気が休まらないのですが誰か助けて   作:塩崎廻音

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前編

 魔法のことが好きじゃなくなったのはいつからだったろうか。具体的な日付とかは覚えていないけど、月日が経つにつれてどんどん『好き』って感情が小さくなっていったと思う。

 だって、教科書に載るような昔ならともかく、現代社会で魔法の出番なんてほとんどない。

 空を飛ぼうと思えば箒じゃなくて飛行機に乗ればいいし、大釜で時間をかけて作る秘薬より薬局で買ってきた風邪薬の方がよっぽど効く。惚れ薬も使い魔と視覚を共有した調査も法律で制限されているし、嵐を起こす魔法なんて使った日には即日逮捕待ったなしだ。

 基本的に、現代社会に魔法使いの居場所はない。一応、伝統の継承ということもあって細々と秘薬を薬局に卸したり箒の飛行を使った運送業なんかをしたりして一部の魔法使いたちは生計を立てている。それでも、どの魔法使いも後継者探しには苦労しているようだ。

 それも当たり前だと思う。魔法を使うのは才能と長年の修行が必須。それなのに、苦労に見合った対価はまず得られない。一体全体、誰がそんな斜陽産業に手を出すと言うのか。

 だから、魔法を捨てたって責められる謂れは無い。

 実家の伝統だとか、技術の継承だとかいう綺麗ごとは真っ平だ。

 そう何度も言っているのに、父さんも母さんも聞いてくれない。代々続いた魔法使いの名家なんて称号、今では何の意味もないのに。

 早く気付いてほしい。

 結局、お金が得られなければどうしようもないんだ。

 

***

 

「――ああ、もう。今度こそイケると思ったんだけどな…」

 世の中は太陽がまぶしい夏。空は吸い込まれそうなほどに深い青を湛える快晴で、窓の外から空き地ではしゃぎまわる子供たちの声が聞こえる。そよぐ風も、騒がしい蝉も、瑞々しい夏の陽気をこの身に伝えてくる。

 そんな晴れやかな夏の日、僕はと言うと自分の部屋に閉じこもってパソコンの前で唸っていた。

 いや、ちょっと言い訳をさせてほしい。

 確かに、外のあまりの暑さに負けてエアコンの効いた部屋に逃げてきたという理由も無いではない。正直、この陽気の中であれだかはしゃぎまわれる子供たちは凄いと思う。

 ただ、いくら僕がインドア派だとはいえ、この快晴の夏の日に部屋に閉じこもるだけが能ではないと言わせてもらいたい。これには少々訳があるのだ。

 いや待て、よく考えてみれば大体閉じこもっているか?登校を例外と考えれば一週間のうち六日くらいは…

 もとい。

 ともかく。

 僕がこうして部屋に閉じこもっているのは、どうしても今日部屋でやらなければいけない作業があったからなのだ。それがなければ外出したかは置いておいて。

 その理由というのが…

「『自分で書き換えられるカードゲーム』、一週間で売り上げ二本。魔法技術の粋を結集した最高傑作だったのに…」

 僕が売り出している魔法のグッズの売り上げ確認。

 ここ一年くらい、僕は何とか魔法を使ってお金を稼ぐことができないかを試しているのだ。魔法は確かに斜陽産業で、後継者探しが難しいくらいの技術。しかし、歴史の長さのわりにはまだまだ試されていないことも多いんじゃないかと思ったのだ。特に、娯楽関係なんかはあまり進出が進んでいない。と思う。

 そんなわけで、主にゲームに魔法要素を加えることで、新しい製品を作り出すことができないかと苦心しているのだが…

 はっきり言って、上手くいかない。

 特に今回の『自分で書き換えられるカードゲーム』は自信作だった。小さな紙片に多数の魔法を書き込むための最適化、魔法が使えない人でも簡単にカードを書き換えられるようにする術式の簡略化などなど。僕の魔法技術の限界に挑戦するような製品開発を乗り越えて、僕が使える魔法技術としてはほぼほぼ最高のものをつぎ込んだつもりだったのだ。

 それだけじゃない。自由に書き換えたことでゲームバランスが崩れないようにするための条件付与だったり、カードそのものが楽しみの一つになるようにするためにカードのイラストが動くような魔法をかけておいたり。魔法グッズとしての性能だけでなく、娯楽製品としての価値も高まるような工夫を凝らしたつもりだったのだ。

 だが、結果は惨敗。好き嫌い以前に見向きもされないあたりが泣ける。

 思わず、深いため息が出る。

 ここ一年の挑戦の結果は、すべて黒星。成功に繋がりそうな切っ掛けすら掴めない。一学生の力じゃそんなんもんだと言い訳しても良いのだが、あいにく僕の魔法使いとしての経験と実力はそれなりの物。かなり小さいころから手ほどきを受けているので、師匠から「そろそろ印可かな」と言われているくらいの研鑽は積めている。平たく言うと一人前だ。だから、これから経験を積んで…なんて言ってみても、今とほとんど変わらないのが目に見えている。

「ままならないなあ…」

 一年前は魔法を使ってお金を稼ぐんだ!なんて燃えていたけど、最近はその情熱も鎮火気味。まだ諦めるには早いと頭では理解しつつも、一年間なんの成果もなしだと流石に堪える。

 そんなわけで、僕は今絶賛不貞腐れ中だった。

 ベッドに寝転ぶ気も起きずに、床に転がってうんうん唸っていると…

「――そんなところに寝転がって、何してるの、拓海?」

 不意に、頭の上からそんな声が聞こえた。

 仰向けに寝転がって声のもとに視線を向けると、そこには制服を着た一人の少女の姿。

 彼女――小内亜梨紗は、部屋の扉を開けたままその場所に立ち止まり、怪訝な顔をして僕を見つめていた。

「…寝転がってると頭に血が上って、いつもより頭が働いたりしないかなって」

「本当に何してるのよ…」

 呆れた表情でため息をつく亜梨紗。

 おかしい。今の会話で呆れられるポイントが分からない。

 …いや、良いか。亜梨紗の考えが良く分からないのは今に始まったことじゃないし。

「それにしても、いつの間に来てたの、亜梨紗?」

「今だよ、今。帰ってからからすぐ来たんだから、感謝してよね」

「あれま。そんなに急がなくていいのに。まだ着替えてもいないでしょ?」

 亜梨紗は隣の家の一人娘で、小さいころから何かと一緒にいる幼馴染。何を思ったのか僕の魔法使いの活動における助手を申し出てくれていて、こうして僕の部屋に来ては作業を手伝ってくれているのだ。

 今日も、先日リリースした『自分で書き換えられるカードゲーム』の売り上げ確認と今後の計画立案ということで呼んではいた。それでも、制服を着替える時間も惜しんで急いで来てくれるとは思っていなかった。

「――……まあ、その、お仕事は早く終わらせて休みたいから。別に、早く来たかったとかそんなんじゃ…」

「ん?そんなに疲れてるなら、今日は帰って休んでもいいよ?別に今回くらい僕一人でも…」

「そういうのいいから。早くやろう」

「真面目だねえ…」

 僕の言葉に何故か亜梨紗はぎろりと僕を睨みつけるが、一拍おいて一つため息をつくと、転がったままの僕の肩をげしげし蹴りつけてくる。

「ほら、寝転がってないで早く座って。とっととお仕事終わらせるよ」

「痛…くはないけど、蹴らないでって。起きるから」

「口はいいから早く動いて」

 気持ちとしては寝転がっていたままでも構わないのだが、亜梨紗にせっつかれて仕方なく起き上がる。まあ、確かに寝転がっていると机の上のノートパソコンは見えないし、起き上がったほうが便利かもしれないが。

 そう言うわけで、起き上がって机に置かれたノートパソコンの前に座る。

 すると、亜梨紗が隣に座り、ノートパソコンの画面をのぞき込んできた。

 僕の顔のすぐ隣に亜梨紗の顔が来る。ふわっと何かの花のような匂いがした。

「さて。さっきの様子から大体分かるけど、今回はどうだったの?」

「ご想像通り。さっぱりだね」

「はぁ……まあ、予想はしてたけど」

「…予想してたなら最初に言ってよ」

「言っても聞かないでしょ?」

「む……それは確かに」

「…いや、そこで納得しないでよ」

 亜梨紗がじっとりとした視線を向ける。

「ごめんごめん」

「はぁ、いつも口だけは達者なんだから。…それで、ダメな理由は分かってるの?」

「うん。一つは自分で書き換えられるってのが売りだと面倒くさくて手が出ないってこと、もう一つはそもそもテレビゲームでいいじゃんってなることだと思う」

「聞いておいてなんだけど、いやに的確だね。感想に書かれてたとか?」

「いや、感想も何も見向きもされてないから。これは自分で思いついたやつ」

「…それが分かってるなら、最初から直しなよ」

 僕の言葉に、亜梨紗が呆れたような視線をよこす。

 いやまあ、その通りなんだけどね。

「さっき思いついたばっかりだからねえ…まあでも、これでまた一つ失敗の経験が詰めたから、次こそは大丈夫だって」

「その言葉が十回目くらいじゃなきゃ信用しても良かったんだけど…」

「まだ十回じゃん」

 げんなりとした感じの亜梨紗にそう返す。

 成功とは失敗の山の上に出来上がるものなので、十回ぐらいで諦めていては始まらない。

 そんな思いを籠めた言葉だったのだが、悲しいことに亜梨紗には伝わらなかったようだ。

 仕方ないので、次の製品についての話を進める。

「それより、新しい魔法の理論を思いついて。カード絵を動かした魔法の応用なんだけど…」

「ねえ、もう辞めにしない?」

 亜梨紗が、ぽつりとそう呟く。

 今までも何度か泣き言は言っていた亜梨紗だが、今回はいつもよりも口調が暗い。今までよりずっと本気の「辞めにしない?」だった。

「辞めに…って今諦めたら何にもならないじゃん。これからなのに」

「そんなことないわ。大体こんな事に時間を使うよりは、勉強したほうがずっと有益よ。拓海は学校の成績もいいし…」

「亜梨紗は勉強できないもんね」

「余計な茶々を入れないでよ、バカ!もう…魔法になんてこだわらないで、普通に進学して普通に就職すれば、それでいいじゃない」

「う~ん…」

「何が不満なの?」

 亜梨紗の言葉は、最近よく言われるものだった。

 僕が魔法を駆使したグッズを作ってお金を稼ごうと試みていることは周知の事実だ。そして、いつまでたっても上手くいかないその試みを諦めて勉学に励むべし、という説得も、耳にタコができるほど聞いている。

 僕は学校では成績上位者なので、自分で言うのもなんだが教師からかなり期待されているのだ。

 そして、その期待に背き続けるのも心苦しくは思っている。それに、普通に進学して就職する生き方を選ぶのが、一番利口なやり方だってことも。

 ただ、それでも今のこの挑戦を諦めたくはなかった。

「何が不満というと難しいんだけど……やっぱり、もうちょっとだけ頑張りたいんだよね。試しきれてないこともあるし…」

「もうちょっとって、いつも言ってるよ」

「ごめんごめん。でも、今回もまた言うよ」

「…強情」

「心配してくれてるのに、ごめんね?」

「……知らない。バカ」

 そう言って、亜梨紗はそっぽを向いてしまう。

 こうなると、暫くは話を聞いてくれない。それは経験から分かっている。

 仕方なく、一人で今後の活動計画を考える。

 ――とはいえ、先が見えないのは確かなんだよねえ…

 何度やっても鳴かず飛ばずで、なかなか次の案も出ない。実際、そろそろ諦め時なのかもしれないとは思う。

 でも、頭ではそう思っていても、やっぱりちっとも諦める気にはならない。

 それが、自分でもちょっぴり不思議だった。

 

***

 

 次の日。

 学校が終わった後、僕は街中へと繰り出していた。

 昨日の今日で早く次の計画を、と逸る気持ちもあるのだが、こういう時は焦ってもいい考えは浮かばない。

 気分転換とネタ集めを兼ねて、適当に散策してみようかと思ったのだ。

「と言っても、今さら目新しいものなんてねえ…」

 まあ、小さいころからずっと暮らしている街に、そうそう新鮮な発見などありはしない。それでも、近くの美術館にでも行けば何か面白いものでも見られないかと思い、街の中央通りを進んでいく。

 爽やかな夏の風が僕の頬をなでる。

 住めば都と言うが、この街は一等住みやすい場所だと思う。

 都会という程には人が多くないからストレスを感じないし、さりとてそれなりに施設がそろっているので用事を済ませるために遠出をする必要もない。

 駅が近くなってくるといよいよ商店が増えてきて、パン屋の前を通ったときにはおいしそうな甘い匂いが漂ってきた。

 ――焼きたてのパンの匂いをいつでも楽しめる魔法…

 ふとそんなことが頭に浮かんできたが、無駄に難しそうだったので頭から追い出す。五感に干渉する魔法は難易度が高いし、危ないから法律で制限されている。だったら匂いのもとの物質を保存すれば…なんて考え出すと「芳香剤みたいなのでいいじゃん」という結論になる。結果、苦労に成果が見合わない。いつものパターンだ。

 このままパン屋の近くにいてもお腹が空くだけ。

 そんなわけで、誘惑を振り切るように僕は足を速めた。

「…って、あれ?」

 すると、駅の前に差し掛かったあたりで、一人の女性が目に入った。

 優しそうな雰囲気の、美しい女性。何かを探すように、きょろきょろと周囲を見回している。

 何故その人が気になったのかというと、その人に僕はどこかで会ったことがあるような気がしたのだ。

 どこかで会ったことがある?なんて、ナンパみたい。

 なんて自分で笑ってしまっていたら、それに気づいた。

 どこかで会ったどころか…

 ――あれ?あの人、もしかして初音さん?

 その人は、僕が良く知っている人。しばらく会わないうちに雰囲気は変わっているが、よくよく見ると間違いない。

 近藤初音。

 彼女は、小さいころに近所に住んでいた、ちょっと年上の顔なじみの女性だった。

 そして何より、彼女は僕に最初に魔法を教えてくれた人だった。

 思わず、初音さんの元へ近づいていく。

 初音さんとは小さいころにはよく会っていたが、高校への進学とともに彼女は県外へと引っ越してしまった。そして、どの高校に行ったのかも聞けなかった僕は、それからずっと彼女に会えないでいた。だから、久しぶりに初音さんと話をしたい。そう言う欲求が抑えられなかった。

「初音さん!」

「…?あら…?」

 僕の声に、初音さんは戸惑ったように周囲を見渡す。

 さっきの様子だと何かの用事で探し物をしていたみたいだし、他人から声をかけられることが意外だったのだろう。やがて、彼女に近づいていく僕に気付く。しばし不思議そうな顔をしていた初音さん出会ったが、やがて僕の思い出したようで、ぱあっと花が咲いたように微笑んだ。

「…お久しぶりね。拓海君、であってるよね?」

「はい。お久しぶりです、初音さん」

「ふふ、大きくなったわね、拓海君。前にあったときはこんなに小さかったのに」

 そう言って、初音さんは右手の親指と人差し指の先を何センチか開けて見せてくる。

 つまり、身長数センチだった頃…

「あれ?最後に教わった魔法って小さくなる魔法でしたっけ?」

「……えっと…今のは忘れて」

「?」

 初音さんが赤くなってそっぽを向く。

 何だろう、亜梨紗と言い、女性の言うことはときどき良く分からない。

「…それより、こほん、お元気だったかしら?久しぶりに来たらすっかり街も変わっちゃったし」

「はい、おかげさまで。住んでいるとなかなか実感が湧かないですけど、そんなに変わりましたか、この街?」

「ええもう。今日も友達と待ち合わせしているのに、指定された場所が思い出と違ってて…」

 そう言って、初音さんががっくりと肩を落とす。

 なるほど、さっき何かを探していたのは、その待ち合わせ場所だったのか。

「…ちなみに、なんて場所ですか?良ければ案内しますけど」

「あら、良いの?じゃあお願いしようかしら。『喫茶なまこ』なんだけど、昔はそこになかったかしら…」

 そう言って、初音さんが一つの真新しいアパートを指差した。

 そのアパートは、数年前に取り壊された廃屋の跡地に建てられたもの。そう言えば、その廃屋は昔喫茶店だったような記憶がある。

 確か…

「…その喫茶店、場所が悪いとかで移転した記憶があります。息子さんに代替わりするタイミングで」

「そうだったのね。はあ…あずさもそれを教えてくれればいいのに」

「まあ、移転したのはだいぶ前なので、頭から抜け落ちていたんでしょうね」

「うう…運が悪い……はぁ、私って昔からこうなのよね…」

「それはなんとも…お疲れ様です」

「うん。ありがとねぇ…」

 気落ちした様子の初音さんを促して、喫茶店の移転先へと案内する。幸いというべきか、移転先はそれほど離れていないので、数分も歩けばたどり着けるはずだ。

「それにしても、懐かしいね、この感じ」

「…?この感じというのは?」

「ああ、ごめんごめん。君と一緒に、街を歩くことは昔もよくあったな、なんて」

「なるほど、確かにそうですね」

「懐かしいなぁ…昔は君の手を引いて歩いていたのに。今はこうやって、君に引っ張ってもらえる。ふふ、なんか不思議」

「――……ああ、えっと、はい。そうですね。」

「…何か言いたいことが?」

「いえ、なんでもありません」

 初音さんの言葉に速やかに否定の言葉を返す。

 初音さんは『君の手を引いて』、なんて言っているが僕の記憶にはそんなものはない。むしろ、魔法品店の場所なんて良く知っているはずなのに余計な横道に入って迷子になる初音さんや、見栄を張って買った道具を詰めた袋の重い方を持って半泣きになっている初音さんの姿を思い出した。が、なかったことにする。いや、これは元師匠の名誉を護るためであり、決して初音さんの視線が怖かったとかじゃないです。はい。

 ちなみに、余計なことを言って睨まれるのだけは昔と同じ。怖い。

「もう……って、ごめんね?なんだか、昔に戻ったみたいで、はしゃいじゃった」

「いえ、良いんですよ。僕も懐かしくて楽しいです」

「良かった……最近色々上手くいかないことが多くて。精神的に、疲れちゃってるのよね」

「なるほど。大変なんですね…」

「そうよ。本当に!…だから、君と話せて、楽しくって、甘えちゃった。ごめんね?」

「良いんですって。元師匠のためですから、これくらい」

「…ふふ、なにそれ」

 初音さんが、おかしそうに笑う。…あれ、何か変なこと言ったかな?

 まあ、ともかく。

 ちょっと疲れた目をしていた初音さんが楽しそうに笑っているところを見て一安心する。ひさしぶりに、本当に久しぶりに会ったが、やっぱりこの人には笑っていてもらいたい。

 そのまましばらく歩く。あとちょっとで、目的の喫茶店に着きそうだ。

「…ねえ、今度また、お話しできない?」

 ふと、初音さんがそんなことを言う。

「今度ですか?僕は構いませんけど…」

「そう?ありがとう。私も一週間くらいは滞在するつもりだから、暇なときにでも」

 そう言って、初音さんは鞄からスマホを取り出した。

「だから、連絡先、交換しましょ?」

「ああ、はい。今用意します」

 初音さんと、連絡先を交換する。

 昔もこれがあったら引っ越した後でも連絡が取れたのに、とちょっと惜しく思う。でも、今回こうやって会えたから、もういいんだけど。

 そうこうしているうちに、喫茶店の前に着く。

 初音さんは、一度こちらを振り返ってにっこりと笑った。

「今日はありがと。また後で連絡するね?」

「はい。それでは、また」

 初音さんが喫茶店の中に消えていく、その後ろ姿をしばし見つめる。

 あまり期待していなかった放課後だったが、思ってもみない出会いがあった。さっきまでは美術館にでも行こうかと思っていたが、今日はもうこれでお腹いっぱいだ。とっとと帰って休もう。

 魔法のネタになるようなことが見つからなかったのはちょっと心残りだけど。

 ――思いがけない出会い……捜索魔法?いや、夢がない…

 インパクトはあったが、魔法のアイデアには結び付きそうにない。

 なんて考えながら、僕は帰路へと着いた。

 

***

 

 放っておけない幼馴染。それが、私――小内亜梨紗にとっての新藤拓海の印象だ。

 拓海は昔から優秀な人間だった。学校のテストではいつも成績優秀者として名前が挙がるし、近所のお姉さん――近藤初音から魔法を習ってみてもすぐに上達する。基本的にインドア派だが、運動神経が悪いわけではないので体育でもそれなりには動いている。全くもって隙がない。

 翻って私は勉強も出来なければ運動もできない。ダメダメである。

 そんな無い無い尽くしのダメ人間である私ではあったが、それでも拓海は私にとっては『放っておけない』相手であった。

 なにせ、拓海の頭には基本的に魔法のことしかない。

 拓海は頭のいいバカなのだ。

 何年か前、いつもの通りに拓海の部屋にお邪魔してみたら、ぐったりと倒れた拓海が部屋の真ん中に転がっていたことがある。すわ何事かと思って抱き起こしてみると、奴は「腹が減って倒れた」などと抜かしてきやがった。もちろん、拓海が虐待やネグレクトを受けて食事をとれなかったとかそう言う事実はない。両親とも仕事で忙しいため家を開けがちだが、もちろん拓海のご飯は三食きっちり用意しているし、拓海もそれを把握している。では、なぜ拓海が腹を空かせて倒れていたかというと、それは拓海が自発的に食事をとらなかったからだった。

 何が何だか分からない。

 ご飯を食べさせた後によくよく話を聞いてみると、新しい魔法の構想を思いついた拓海はテンションがうなぎ上りに上がり、一気に魔法の完成まで開発を進めてしまおうと決心したらしい。そこまでは良いのだが、食事によって開発の時間を減らされてしまうことを危惧した拓海は、空腹を感じないようにする魔法を自分にかけた。そして、食事を後回しにして開発にのめりこんでしまったのだという。一応、当初の予定では一食を飛ばすくらいで開発を終えるつもりだったらしい。だが、開発中の魔法に問題が連鎖的に発生。それの対処に追われているうちに二食三食と食事を抜き続けることになったとのことだった。そして、魔法の開発が終わった瞬間に栄養不足で目が回り、床に崩れ落ちたということらしい。

 

 阿呆か。

 

 申し訳程度に水分だけは取っていたから死ななかったものの、下手をすれば今頃は天の上だっただろう。質の悪いことに拓海はこの件をあまり反省していない。「次は危なくなる前に警告を発する魔法もかけておくから」なんて言って暢気に笑っていやがる。私が、ぐったりと倒れた拓海を見つけたときにどれだけぜつぼ、もとい、驚いたたと思っているのだ。私の涙を返せ。いや泣いてませんけど!

 そんなわけで、その時から私は、毎日拓海の家に来てご飯を作るのが日課になっているのだ。拓海の両親からも是非にとお願いされた。なにせ、コイツは見張っていないと何食抜いていつ倒れるか分かったもんじゃない。

「ほら、拓海。おゆはん出来たよ。早く座って」

「…もうちょっと待って。今良いところだから」

「はぁ……前にそれを聞いて待ってたら、最終的に三時間くらい待たされたんだけど?ほら、座って、ね?」

「……」

「聞けよ」

 今日も今日とて拓海の夕飯を作る。しかし、これもいつものことながら、リビングの机でノートパソコンと睨めっこしている拓海は気のない返事を返すだけ。全く、仕方のない奴。

 拓海の方へと歩み寄り、その肩をつかむ。こうなると、実力行使をしない限りはなかなか食卓に着こうとしないのだ。ぐい、と力を入れるが、拓海は抵抗してソファから動こうとしない。手を引っ張って連れて行こうとする。振り払われる。後ろから目隠しをする。

「ねえ、亜梨紗。見えないんだけど」

「ごはんよ、ごはん。早く移動して」

「…分かった」

「よろしい」

 ようやく拓海がソファを発って食卓に着いた。始めから素直にそうすればいいのに。

 

 拓海と一緒に夕ご飯を食べていると、ふと思い出したように拓海がこう切り出してきた。

「あ、そうだ。土曜日に初音さんと出かけるから」

「……は?」

 初音さん…と言うと、拓海の知り合いでは一人しか思い浮かばない。近藤初音。小さいころに近所に住んでいたちょっと上の学年の『お姉さん』だ。だが、彼女は高校進学とともに都会の方に引っ越していたはずだが…

「…え、なに?初音姉さん、帰ってきたの?」

「うん。なんか、一週間くらい里帰りだって」

「聞いてない…」

 拓海はなんでもないように言うが、これはビッグニュースだ。初音さんは拓海の最初の魔法の師匠であるが、私にとっても近所の姉貴分だ。って言うか、同性のわたしの方が全体的にお世話になっているはずなんだけど。拓海もそれを知ってるはずなんだけど。なんで私に教えてくれないのか。

「あれ?亜梨紗、聞いてなかったの?」

「聞いてないよ…はぁ、母さんも多分知ってるだろうから言ってくれればいいのに」

 まあ、拓海はともかく、母さんはただのド忘れだろう。最近忙しいらしいし。

 むしろ、いつの間にか出かける予定まで立ててるこいつが話さなかったのがいけない。

「で、いつ?」

「…?次の土曜日」

「いや、じゃなくって。初音さんはいつから帰ってきてたの?」

「ああ…多分、一昨日。放課後に街中を歩いてたらちょうど駅前で会ったんだ」

「言えよ」

 もしかしたら今日会ったばかりで言う機会がなかったのかと思えば…全く。

 まあ、魔法のことしか考えていない拓海にそう言う機微を要求する方が間違っているのかもしれない。いや、そうだそしてもムカつくけど。

「…って言うか、出かけるってなに?何か初音姉さんと一緒にする用事でもあるの?」

「ん?用事って言うか、久しぶりに会ったからお話でもしないかって。初音さんが」

 それってデー…いや、どうだろう。少なくとも、拓海はそう思っていないと思う。初音姉さんは分からん。ただ、二人は初音姉さんが引っ越してから疎遠だったらしいし、恋愛感情で、と言う訳ではないと思う。

 ないと思うけど…

「…ね、ねえ、拓海。私も久しぶりに初音姉さんとお話ししたいし、ご一緒させて貰っても、良い?」

「え?…んんん、どうだろう。初音さんは僕一人って考えてたみたいだし…聞いてみよっか?」

「う、うん。お願い」

 拓海が、スマホを取り出して初音姉さんに連絡を取る。

 他人のお出かけに横入りするのはちょっとあれな気もするが、相手が初音姉さんなら多分問題ないだろう。流石に再会したばかりでデートってわけじゃないだろうし。そもそも私も初音姉さんに会いたいし。

 そんな風に自己弁護していると、初音姉さんからの返事を受け取った拓海がこう言った。

「あ、ダメだって」

 デートだこれ。

 いやだって、他に理由ある?!共通の知り合いで同性である私がついて行っちゃダメで、拓海と二人っきりでお話する場合の意図って?!

 加熱する思考に頭が真っ白になる。

 そんな私の脳内はつゆ知らず、拓海は「残念だったね」なんて能天気に笑っている。

 殴ってやろうか、コイツ。

 まあ、鈍感な拓海は初音姉さんがデートのつもりでいるなんて思ってないだろうし、本人もデートのつもりはないはずだ。いや、それでもムカつくけど。

 いや違う。これは別に拓海がデートに行くことに腹を立てているみたいじゃないか。それってつまり、私が拓海のことを好きだって事じゃないか。違うんだ、これは。

 そんな風にワタワタと慌てていたら、いつの間にか目の前に回り込んできていた拓海が私の顔をのぞき込んでいるのに気づいた。その視線に、自分の顔が真っ赤にほてっていることに気付く。

 ――え?え?もしかして、拓海、私が考えていることに気付いて…

 

「亜梨紗、初音姉さんにハブにされたからってそんなに怒んなくっても……子供じゃないんだから」

 

 殴った。グーで。

 

***

 

 ちなみに、初音姉さんが私の同行を断ったのは、私が初音姉さんの里帰りを知らなかったことで妙な気をまわした拓海が「友達を連れて行ってもいいか」みたいな中途半端な聞き方をしたせいだと知ったのは、もっと後のことだった。

 ふざけんな。

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