遠征先の合宿場の与えられた個室であたしとそいつは、相対している。あたしはのんびりと自分のあごを、手で固定しながらそいつを見据えて小さく言った。んで、あんたはいったいあたしになにを聞きたいって?
「いやいや、そんな、なにを聞きたいとかじゃないんだよ? 私はただあなたに聞いてみたいことがあったんだ。きみのその世界観は実に私好みだからね。だから、ちょっと問答してみたかったんだ」
ふーん。あたしは答える。なるほど、世界観か。それを褒められるのははじめてだった。他のことなら腐るほど褒められたことはあったが───たとえば、今。この遠征にきた理由だって、あたしががんばったからだ。そのことについて褒められた。あたしが頑張ったから、回される予算が増えたって。だからなんだ。予算が増える? なにに使うんだ、世の中には青空教室で全国大会優勝してる学校だってあるんだぜ。具体的には熊本らへんに。
「相変わらず君の頭の中はごちゃごちゃしてる……いったいなにをそんなに留め置いてるのかな?」
止める? 留め置く? 一時記憶のことだろうか。別に、あたしはそんなに一時記憶が得意なわけじゃない。ただ昔から数学ばっかやってたし脳酷使したりもしてたから、そんなふうになってしまったんだろうな。あたしはそう言葉にして、それで、と続けた。小さく息を吸って、そいつを観察する。
美少女と言って差し支えない。可愛らしい。そんな見た目をしている。だがしかしあたしは、そんなことはどうでもいいのだ、と小さく鳴る羽音がうざったかったから飛んでた小蝿を叩き殺して、そうしてその少女に顔を戻した。
「ん、数学とかやってたんだ。意外だなぁ、頭がいい感じには見えなかったから。へえ、例えばなにをやってたの?」
別にすごいことをやっているわけじゃない。んー……なんだろ。強いていうならMake10とかかな。4つの数字を組み合わせて10を作る。それだけの簡単な遊びだよ。これって意外にあっさりできるからね。頭の中であれこれ考えてるだけで完成したりする───だから、そのことで記憶力が磨かれたのかなぁ、とかこっそり思ってたりするぜ。
んで、そんなふうに聞いてくるってことは、あたしからも聞く権利くらいはあるってわけだよな? じゃあ少し聞かせてくれよ。あたしの住んでるところは随分窮屈でね。あんたが帰ってる場所ってどんなところなんだ?
「んー……なによりもノルマが重視される場所ですかね。あんまりおもしろくはない場所です。おもしろい場所にいたいですけど、逃げ出せないのでね」
ふーん、つらくねぇか?
「慣れましたよ。まぁ、だからこうしてちょっとおもしろいことを聞かせてほしいなぁ、って思っちゃってるわけですよ」
んー……じゃあ語ってやるか。あたしはそうやってつぶやいて、自分の世界観を形にするように少し頭のなかで言葉をまとめて、そうして、まず一番はじめの見出しから語り始めた。
───まずこの世界はめんどくさい世界だ、と。
たとえば背中に無数の翼があるとするだろ? この世の中ってのは、そのなかで一つしか動かせない翼を羽ばたかせて飛ぶようなもんなんだよ。一つを選んだか? それじゃあ、他の翼が邪魔をする。だから千切ってしまわないといけない。
天才って人種はこの翼を千切るまでもなく、いくつもの翼で人より高く高く飛ぶ。だから、才能の差ってのはどうあがいても埋められない。残念だ。残酷な世界だから、それは仕方ない話だけれど、しかし思っちまうぜ───同情する、ってな。
ん? よくわからないって? じゃあ……人にもわかりやすい感覚で告げるなら、腕が3本あって、指が6つあるみたいなもんだよ。天才って存在はそれだよ。それを全部使いこなす、化け物。その化け物は生まれたときからできるか、環境が生むか、そのどっちかだ。でも同様にどちらでもない。当たり前のように世界の針を回して、ぐるぐるとそのままぐんぐん成長して、育ったら世界の扉を叩き割っちまう。それがその化け物だ。
凡人のあたしらからしたら悍ましいったらありゃしないね……あ? あたしが天才? やめてくれよ、あんな化け物と一緒にしないでくれ。あたしは天才って存在が恐ろしくて仕方ないよ。あたしのは、凡人が凡人なりに掴み取ったもんなんだからよ。天才なんかと一緒にしないでくれ、おそろしい。
天才といえば───最近、人類のインフレも進んできたよな。たとえば? たとえば、嘘のような真の話として語り告げるだろう将棋界に生まれた若い化け物。たとえば? 小学生のくせに世界を統べたオセロ界の化け物。たとえば? たとえば、ほんとに怪物としか言えない頭で数検一級を勝ち取った化け物。
そんな存在が天才って領域だ。どうだ? 悍ましいとしか言いようがないだろう? ああ、待て待て。あたしは別に、それを嫌っちゃあいねぇよ。天才って存在はどこまでも理解できないんだ。だから怖い。
いや、でも本当に怖いのはあれか? 全く怖くないってやつなんだろうか? それはなんかの漫画で言われてたよな。まぁ、そんなのはどうでもいい。どうでもいいぜ。───すまん、さっきから思ったことを喚き散らしてるからな、脈絡もなんもねぇよな。そりゃあ頭抱えるわけだ。あたしもこんなやつがいたらドン引きするからな、その反応は間違っちゃねぇよ。さっきまでのはいうならオナニーだからなー。そこらへん、よくやっちまう悪い癖だから直さないとな。
……あ? 女子がそんなことを言うな? だって? いやいや、別に……今更だろ? あたしに純情なんて残っちゃいねぇぜ? そもそも、全裸を知らねーおっさんらに見られてるような人間だ。隅々まで弄くられてる人間だからな。今更恥なんて知ったこっちゃねーよ。……あー……なるほど、あんた、純情タイプなのな。すまん。ちと自分がどんだけ汚れてるかを見せつけられてな……直視できねぇ。
───さて、じゃあ、あたしの世界観だったか? それをようやく、本題として説明することにしようか。
あたしが見てる世界ってのと、あんたの見てる世界が一緒ってことはたぶんねーはずだ。けど、あたしにはそれしか知らないからな。あたしが見ている世界をそのまま伝えることにする。
たとえば学校にいくとするじゃん? そこにいる人々が、みんな仮面をつけてんだよ。暖かさのない仮面。そんで、あたしが近寄ったらその仮面は強固になる。うざったくて一回殴り壊したら、その下には大きく削れた顔面。……なにがあったんだって? ───削ぎ落とされてたんだよ。骨まで。その醜い傷を仮面で隠してやがったんだ。
あたしがそれを壊した人間は、それから学校に来なくなった。醜い仮面がなくなって、大切なものを守れなくなったんだろ。それについては……まぁ、反省してるぜ。でも、あたしはその仮面を割っただけだ。それを割って、汚い顔を隠せなくなったから引きこもるって、そいつはおかしな話じゃねぇか? 汚くても花は花だろ。なにを恐れてなんで逃げるんだ? それがどうしてもあたしにはわからなかったね。だから、あたしほずっとその仮面についてうざったく感じている。すごいだろ? あの仮面。鏡を見てみればあたしだって仮面を被ってるんだぜ。それは自分の意志で外すことができた。
なにがあったって? ああ。そこには命が詰まっていたよ。必死に死にたくない、死にたくない、って嘆いてたよ。それがおぞましくて、そんなに死を拒むなら死んだほうがマシだって、そんなふうに思った。だから、一回命を捨ててしまおうと、中に詰まった命を引っこ抜こうとしたんだ。だけどできない。あたしの中から命は出ていかない。
そんなことがあってから、あたしは命が大ッキライだったりもするぜ。
まぁ、もっといろいろあるんだが、それはあんたとは長い付き合いになるだろうから、別の機会に語るとする。とりあえず、あんたとあたしにとって一番大切な大前提を語っておくことにした───どうだ? 納得したか? どうだ、あたしの世界観は。
「
その少女は、こちらをちらりと見て、その手にある
「あなたはいつまで生き永らえるつもりですか?」
さぁね。知らない。
あたしは縁醒。厭世主義者で、体を弄くられて命を落とせない、ただの延生を望まれた人間さ。
一番に個室って書いたことが一番の伏線なのかなぁ、って。
でも個室にも複数人入るから、個室って表現じゃあ伏線になってもなかったかなぁ、って。そんな感じで試験小説「えんせい」でした。タイトルに意味を込めるってのが一番おもしろいことなのかなぁ、とは個人的に思っていますが、今回の話はなんの捻りもないです。主人公の名前、厭世、延生ですね。舞台が遠征先の合宿場なのでそれも含めて、えんせいって言葉で遊びました。
この書き方、楽しいんだけどすぐ話題がつきるのが難点だなぁ、と思いつつ、今回の話はリアルからいろいろ話題をひっぱりつつ。まぁ、いろんな意味で読んだまま、いろいろアンチテーゼ的な話も織り交ぜつつ、今回の執筆の際に聞いたBGMは進撃の巨人の曲とかなんとか。しんぞうをささげよー!!