どーしてこうなった。
遅くなりましたがあけましておめでとうございます。本年度もよろしくお願いします。
あれから、大した事件も無く冬休みを迎えられた事を、良しとするか否かは今の俺には分からないのだが、少なくとも何もないのんびりとした日常というものは悪いものではないだろう。
あの時、田中が何を言いかけたのかは正直分からない。気にならないと言えば嘘になるし、あそこまで溜めといて携帯の着信とかそりゃないでしょ田中さんとか言いたいことはあるが、俺から聞くような事をする必要はない。
田中琴葉という女は、1度言い出そうとした事を有耶無耶にしようとする性格ではない。言おうと思ったことはどれだけの時間をかけても言うし、回りくどい事等はせずに思いの丈を正直に伝える。
故に自ら知ろうと思わなくても、そのうち田中の言わんとしている事は俺の耳に入る。それまでに俺がやらなきゃいけないことは、田中があの時のような真面目で真摯な声色で同じような言葉を発しようとしたら、俺もスイッチを切り替えて真面目に話を聞くってこと。それが人としてのマナーであり、北沢啓輔がずっと続けてきた、半ば習慣のようなものだった。
まあ、そんなわけであってあれから俺はいつも通り田中と会話を交わしつつ、石崎の『野球やろうぜ!』攻撃を華麗に躱して、惰眠を貪って、田中さんにチョップを喰らって───と、流されるように、のんびりと、穏やかな日々を満喫していた。
そして、あれよこれよという間に終業式。全く、時というものは本当に過ぎるのが早い───なんてジジくさい事を考えつつ、俺は1人で雪の降る街を歩いていた。
雪が、俺の肩にかかる。
ふと、空を見上げてこの時期の到来を懐かしむかのようにため息を吐いた。
時期は12月後半。
1年が、過ぎようとしていた。
☆☆☆☆☆
「いいかハナコ、俺がパーを出した瞬間にお手だ。OK?OK?」
俺がしゃがみ込んだ状態でそう言うと、ハナコは大きな声でワン!と鳴き、俺を純真無垢な眼差しで見つめる。その姿に俺は一抹の不安を覚えつつも30分前から仕込みに仕込んだ一発芸を披露してもらおうと、右手を差し出す。
「ぱー!」
「ワンっ!!」
仕込みに仕込んだ必殺技───お手をしてもらおうと右手をパーの形にして差し出すと、ハナコはそれを無視して飼い主の元へと走っていく。おのれ、裏切りおったなハナコ。そして走った先を振り向くと、そこには渋谷が呆れを通り越して最早一種の達観のような表情で俺を見ていた。
「何してんの」
「仕込み芸」
「人のペットに仕込み芸教えちゃダメでしょ」
そりゃごもっともですな。だが、こういった小動物にネタを仕込ませたいと思ってしまうのもまた事実。何気なくテレビで見た犬のお手に影響されたのは俺だけの秘密である。
それにしても犬は可愛い。経済的な事情で犬等といった愛玩動物を飼う訳にはどうしてもいかないのだが、将来一人暮らしをするようになったら愛玩動物を飼うのも悪くは無いかもしれない。
「俺、大人になったら大きな犬飼おう......2人で細々と暮らしたいな......」
「あ、そうなの?じゃあ山奥でペンション買って犬と二人きりで暮らすんだね。名前は?ハチ?」
「誰が猫田の話をしろと言った」
幾ら俺でも山奥に家買ったりはしない。しないったらしない。仮にそんな所に家建てたら色々不便だし、第1母さんや、最愛の妹、弟に会う機会が激減してしまうではないか。俺はそんなの嫌だぞ。
「それともお前、俺を山奥に押し込めて存在を抹消させたいとか言うんじゃなかろうな。そういう訳には行かない、例え抹消されても不死鳥の如く何度でも蘇ってやるからな」
「今、ここでアンタの存在を永久に登録抹消してもいいんだけど」
辛辣な一言を発して、渋谷は穏やかな天気には似合わないため息を吐いた。
時刻はお昼過ぎ。冬休みの為マッマとりっくんが一緒に買い物に行っていて、なおかつ志保がレッスン。その為手持ち無沙汰になってしまう予定だった俺は昨日のうちに渋谷マッマにお願いして渋谷と共にバイトをこなしていた。
学校、家事以外を終わらせた俺の趣味がバイトと惰眠しかなく、連日のお休みにより眠気もない俺はこの冬休みに時給900円という今の俺には非常に有難いバイトを渋谷先輩監修の元、バイトをこなしているのだ。今頃他所の奴等は勉強なり、部活なりしている事だろう。そう考えると、何となく自分が普通じゃない気がして、少しばかり不安になる。
「なあ、渋谷。俺って普通の人だよな」
何となくそう尋ねると、渋谷は鳩が豆鉄砲喰らったかのような表情で俺を見る。
「本当にそう思ってんの?」
「聞いてみただけだろ」
「なら、自分の胸に確り確認してから私に聞いてよ。そうしたら自分がどれだけ分かり切った質問しているのか分かるからさ」
「それ、遠回しに俺が異質とでも言ってんじゃなかろうな」
そう呟いて、俺は胸に手を当てて今まで生きてきた俺という存在の確認を始める。
妹に蹴りを入れられて、あの憎き委員長にチョップをぶちかまされて、今もこうやって渋谷に辛辣な一言を発せられて。そんな俺が常人、か。
「うん、俺って超異質」
「分かってくれたなら良かったよ」
花の確認をしながらそう言った渋谷の言葉に俺は大きく頷き、しょげた。
「ほら、やること特にないならレジ番しててよ。そんなところでしょげてないでさ」
「なんで今日に限ってこんな客が少ないんだと思ったらクリスマス前日だからか。道理で客が来ないわけだ」
流石にクリスマス前日の昼下がりにどんちゃん騒ぎしている輩は居ないだろう。寧ろ、クリスマスの休みを満喫する為に溜めていた仕事やらそれぞれのやることを消化している人の方が多数。俺のようにただ目的も無くのうのうとバイトなり家事なり手伝いなりしている奴等が少数だろうか。
季節は過ぎて本日は12月24日。世間的にはクリスマスの一歩手前で皆が今か今かとクリスマスを待ち構えている日だった。
「プレゼント、どうすっかな」
何気なく、店番をしながらそう呟くとすかさず声が聞こえる。
「シスコンブラコン」
「当然だろ、好きなんだから」
「あ、ショタコンも込みか」
「属性を付け足すな」
俺は弟と妹が大好きなだけで決して幼い子供が好きな訳じゃない。変な属性を付け加え、あらぬ疑いをかけるのは是非とも止めてもらいたいものだ。
「因みに去年は何をプレゼントしたの?」
「去年は母さんに花と財布、りっくんにはサッカーボールをプレゼントして、志保には絵本をプレゼントした」
「ねえ、去年の志保って12歳だよね。なんで小6のプレゼントが絵本なのさ」
「志保は絵本が好きだからな」
本屋のあるコーナーにお気に入りの1冊を探そう!とかいうコーナーから厳選して取ってきた。選考基準は、俺が面白いかどうかという非常に拙い選考基準ではあったのだが。
「勿論志保には絵本だけじゃない。黒猫のイラストが描いてある腕時計を買ったが......なんだろ、絵本の方が喜ばれてた気がするんだよなぁ」
「・・・そりゃ気の所為でしょ」
どうだろうな。1年前のアイツ見た目によらず趣味がまだ子供っぽい所あったし。
しかし、1年経った今の志保や陸の趣味嗜好が大人っぽくなっているかまだまだ子供なのかってのは正直に言うと、分からない。人は成長する生き物だ、りっくんは大きくなって、サッカーが出来るようになったし、志保だって新人ながらアイドルを始めている。それ故に、俺は自慢の妹弟に何を贈るべきなのか。かつての思考のままで良いのか、本当に迷っていたのだった。
「プレゼントは気持ちってのは分かってんだよ。でも、年に1回のイベント。折角なら盛大に、家族を喜ばせたいじゃないか。そんな時にプレゼントが足枷になるような事、俺はしたくないんだよ」
そう言って、ひとつため息を吐く。その溜め息には普段使わない頭をうんと捻った事による溜め息と、事が上手く運べない駄目兄貴を自嘲する意味での溜め息だった。
「兄も大変なんだね。まあ、啓輔の場合苦労はしてもそれを苦には思ってなさそうだけど」
「良く分かってらっしゃる」
それは、俺自身が望んでやりたいと思った事だから。考えるのは大変だけど決して辛いなんてことはないんだ。家族の為に、家族が喜ぶ為に、家族が家の中で笑っていられる為に。俺は毎年クリスマスにかこつけてサンタの仮装と共にクリスマスパーテイを開く。そして、今年も例に漏れず盛大に行う『予定』だ。
時期はジングルベルが鳴り響く前日。皆が足繁く仕事を終わらせるために仕事やら営業やら何やらをしているであろう今日この頃。
「だから俺はやるんだよ......」
「何を」
「クリスマスイベントをな」
俺、北沢啓補の脳内では既にそれはそれは楽しい北沢家のクリスマスイベントが始まっている。
☆☆☆☆☆
花屋のバイトを終えた俺は、ジト目でこちらを見やる渋谷を巻き込んでクリスマスの計画を画策していた。
「やっぱり先ずは身なりから入らないとな。クリスマスといえばサンタクロースとプレゼント。というわけで渋谷、俺と一緒にデパートに行こう」
「繋がりが全然見えてこないんだけど。大体なんで私が北沢家のクリスマスイベントに一役買わなきゃいけないのさ」
「荷物持ち」
その瞬間、こめかみに青筋を立てた凛が笑顔でパキパキ拳を鳴らす。
「取り敢えずその頭1発殴らせて」
「ジョークだ。ジョークだからその表情やめろ。俺のメンタルに響く」
女の子に荷物を持たせようとする程俺は鬼畜でもないし、空気読めない人でもない。女の子と外に繰り出すなら荷物持ちはするし、話は聞く。母さんから教えられたマナーだ。
「それに、渋谷が言っていた事も理解できる。確かに他所の奴が人のクリスマスに首突っ込むのってあんまりイメージ出来ないだろうし、そういうのお前守備範囲外っぽいもんな。お前孤高の少女(笑)だし」
「遠回しに私をディスってんのバレバレだから。というか(笑)まで言葉で表現する啓輔は十二分に鬼畜だよ」
「ばっかお前。俺を鬼畜なんていったらお前や志保はどうなんだよ、悪魔か?魔王か?どっちか選んでくれてどうぞ」
「大方一般人でしょ」
「面白い冗談はよせ。こっちの腹筋がもたないから」
現に俺の腹筋がヒクヒク言ってる。大笑いはあまりしたくない質でな。渋谷の武士姿とか想像して吹いたりはしたけど、それだって本来なら有り得ない、俺としてはとっても希少なケースなのだ。
閑話休題───
「俺が渋谷に来て欲しい理由ってのはさ、プレゼントを見て欲しいんだよ」
「へー」
「・・・まあ、別に無理だってんなら強要する謂れはないし、別に良いけど。志保と渋谷は歳が近いから、女の子目線で良いものがあるのならアドバイスが欲しいってだけだからな」
そう言って渋谷を伺うと、相も変わらず渋谷は作り物のような笑みを浮かべて、俺を見る。
「花いいよ、特にポインセチアとひいらぎ」
「露骨なステマを止めないか花屋の一人娘」
「じゃあ......1日お兄ちゃんを好き放題殴って良い券を10枚発行するとか」
「肩たたき券のノリで言うんじゃねえよ。俺を殺す気か?」
先程から軽快に飛んでくる渋谷の罵倒のような提案を即否定していると、渋谷が若干目を輝かせ親指を立てる。
「啓輔、男なら勇気出して飛び込むべきだよ」
「無様に死ぬのが目に見えているのに飛び込むのはただの脳筋のお馬鹿さんだぞ」
そういう役回りは石崎だけで結構だ。俺は負けの分かる戦に命を突っ込むほど勇気はないし、ライフポイントもない。というか、志保に好きなだけ殴られるのとか嫌を通り越して絶対に嫌。あの子のパンチ年々激しさを増してきてるんでっせ?最近はボクサーのように首ひねり使って勢いを半減させないと普通に気絶しかけるし。
「第1、志保なら枚数コピーして永遠にガゼルパンチを繰り出しかねない。もう直に成人するであろう18歳が妹のサンドバッグになんてなってたまるかってんだ」
「流石にそこまではないでしょ・・・・・・全く仕方ないな」
そう言うと、渋谷はため息をひとつ吐き仕事用のエプロンを外し、立ち上がる。
「お母さん少し外出ても良いー?」
恐らく、奥で仕事の続きをしているであろう渋谷マッマに渋谷がそう言うと、渋谷マッマの了承する声が聴こえる。
「いいわよー、デートでもするのー?」
若干含みを持たせた渋谷マッマの一言に渋谷が呆れた表情でこっちを見やり、顎で俺に命令する。その意図を察した俺は先ずはジャブ代わりに奥の部屋に向かって高らかな声を出した。
「渋谷さーん!!」
「なにー?」
「凛ってー!実は男も女もOKだったんですってー!」
「そうなのー?初耳だよー!」
渋谷マッマがそういった途端、何やら骨がパキパキなる音が聴こえたが気にしない。ここは渋谷の言わんとしていることを遂行するために更に声を出す。
「娘さんお借りしますねー!」
「はいはーい、凛をよろしくねー!」
その声が聞こえた途端、渋谷の拳が俺の肩を貫く。その一撃は肉ではなく骨に響くパンチ。そんな拳を喰らった俺は膝をつき、蹲る。
「痛ァい!?」
「アンタ・・・私がどう見えたらバイに見えるの?いくらジャブ代わりでもちょっと度が過ぎると思うんだよね・・・!」
「・・・え、違うの?なら謝る。スマン───」
その瞬間、近くにあった本を頭に思いっきり振り下ろされる。そのあまりの激痛に、更に俺は蹲る。
「痛え!?俺謝ったのに叩かれるの!?」
「ごめん、その謝る姿が結構頭にきたからさ、思わず分厚い本で頭を叩いちゃった」
その時、俺の頭に電流が走る───
「頭だけに・・・頭にきたっ」
「1点未満の駄洒落をありがと。で、私はアンタの頭をもっと叩けばいいの?それとも踏まれたいの?」
「やめてください電撃的に閃いたんです許してください」
笑顔で俺の頭を叩く渋谷のオーラは正に鬼。なあ、ちょっと前までコイツ俺の事鬼畜とか言ってきたんだぜ?果たして会話に(笑)を付ける俺と分厚い本で頭を叩いて、あまつさえそれを続けようとする渋谷。果たしてどっちがぐう畜なんだろうな。
「・・・すまん」
「聞こえない」
「すみません・・・!」
「動きを加えて、ワンモア」
「本当にごめんなさい!それから買い物付き合おうとしてくれてありがとうございます渋谷先輩!」
投げやりにそう言って頭を下げると、渋谷は近くに置いてあった鞄を取り、支度を始める。
「・・・じゃあ、行こうか。それとアンタの買い物に付き合う代わりに私の買い物にも付き合う。これ約束というか条約ね」
「ちょ、荷物持ちの俺の負担は───」
そう言いかけると、それを渋谷が遮るかのように振り向いて、暗黒的な微笑を送る。そして、それを見た俺は完敗を認め、悟る───
「え?何か言った?」
「・・・荷物持ち、させていただきます」
背景、家族へ。
僕は、とんでもない後輩を持ってしまったらしいです。
☆☆☆☆☆
さて、場所は変わってデパートまでの道のり。昼までにバイトを切り上げた俺は母さんに断りを入れて渋谷と共にデパートまでの道を歩いていた。
人は多い。冬休みだからというのもあるし、ここが都内ってのも勿論ある。
「道中で買い食いするって言うのも、何か新鮮だよね」
「そうか?」
別にホットドッグを道中で食うって普通のような気がするけど。その気になって探せば屋台なんかかなりの頻度で見つかるし。
「それよりも折角協力してくれるってんのにそれに対しての対価がそのホットドッグひとつって......本当にそれで良かったのか?なんならデパートのレストランとかでも良かったのに」
「別にいいよ。私、このホットドッグ結構気になってたし。それに買い物に付き合う位の対価をレストランでの食事だと思うほど私は現金じゃないでしょ」
「俺はもっと残虐だと思ったんだがな」
「なら、考えを改めた方が良いよ。私は余っ程の事を言われない限り基本は何も言わないから」
「ああ、そうかい」
なら、別に良いのだが。
そう思い渋谷の分を買うついでに買っといたホットドッグにありつく。
それは一人で食べるよりも美味しかった。
「美味いな」
「でしょ?前々から気になってたんだ」
「まさか渋谷に・・・否、この先は言うべきではないな」
「ちょっと、今の思考に関して詳しく」
鋭く突き刺さる渋谷の視線と抓り攻撃にひいひい言いつつ、デパートの中に入る。
すると、辺りは様々な物と沢山の人達に囲まれ、軽快なBGMが耳を支配する。デパートに来るのも久しい俺にとっては、この世界はちょっと苦手だ。世界が目まぐるしく回っている感じがして、気持ち悪い。
「で、どこに行くつもり?」
デパートに着くなり渋谷が俺を見てそう尋ねる。その質問に対して俺は少しだけ含み笑い。
「そんな質問に答えられてるのなら、俺は今頃1人でパーリータイムしてるよ」
「それをドヤ顔で言われても困るんだけど・・・まあ、いいか。その為に私を招聘したんだもんね」
ため息混じりにそう言うと、渋谷は真面目な顔になる。この時の渋谷は大体まともな返事をしてくれるので信頼しているのだが今回は何を言ってくれるのだろうかな。
内心ウッキウキで渋谷を見ていると渋谷は真面目な表情を変えずに、冷静沈着な声で一言───
「家電量販店でカミソリ2つ買いに行こうか」
「お前は志保と陸に何させたいの?カミソリ持たせて何させる気なの?」
1度でも渋谷のまともな表情を信頼した俺が馬鹿だった。ついでに言うなら無表情でカミソリ言われたら心の臓が冷えてしまうのは俺だけなのかな。
「何って・・・最近は物騒だからさ。幼い女の子に護身用に持たせといてもいいんじゃない?啓輔の話を聞く限り志保なら物理的にカミソリシュートも出来るはずだよ」
「怖ぇ・・・物理的にカミソリシュートってデパートで堂々と言えちゃう渋谷さんが怖ぇ・・・!」
そして、そんなことを考えながらも家電量販店へと足を進めている自分が何より怖すぎる。どうやら、俺の中で渋谷凛という女の存在は想像を絶する程の影響力を持っているのかもしれない。というか、俺は渋谷のカミソリシュートに対してなんて突っ込めばいいのやら。平松さんか?それとも早田くんか?分かりません。
「まあ、候補には入れときなよ。候補が多くて困ることは無いんだし」
「一生セレクトしないであろう候補をありがとな。カミソリを買うくらいならそこら辺に置いてある石ころを『これ、神龍石なんですよー!』って言ってプレゼントした挙句ハイキックされた方がまだマシだ」
「凄い妄想力だね。いっその事その力で小説書いてプレゼントしたらいいのに」
「予測力って言ってくれない?あたかも俺がぶん殴られ願望があるかのように言うの止めろよ」
やがて、俺達は家電量販店へと赴き視界に広がる様々な商品を品定めする。
家電量販店には様々なものがある。炊飯器、オーブントースター、トイレ、ゲーム、etc......その中で、志保が貰って喜ぶであろうもの。ええ、彼女はゲームに興味がないことくらい分かっています。トイレなんか買った日には軽く蔑まれるでしょう。要はしっかりと吟味をしなければならないという事だ。
「オーブントースターとかは?」
「お、いいとこに目付けたな」
そのオーブントースターで毎朝志保にパンを焼いてもらおうか。毎日志保に俺の朝食を作って貰えるのなら、俺はどんな事があっても我が妹をリスペクトしていく所存である。
まあ、将来的には家を出て自炊せにゃならんのだが。
「ただ、この場合オーブントースターが我が家に既に存在してるのが難点だし、志保の為になるプレゼントにゃならん」
「そんなこと言ったら殆どの家電無理じゃん。なんでここ来たの?」
「カミソリに釣られた」
「うん、それは私が悪かった」
二人同時に頭を下げて、早々に家電量販店コーナーを出ていった。さて、次は何処を目指すべきなのかな。
「志保の好きなのは絵本だよね。なら、本屋は?」
「本も良いが、他は?」
本なら、俺の中では志保にプレゼントする第1候補になってはいるのだが、その場合去年と同じプレゼントになるのが痛い。
「......例えば、志保がプレゼントされて喜ぶものっていったら何を想像する?あ、絵本とぬいぐるみ以外で」
先を歩いていた渋谷が俺の方を振り向き、顔を覗き込む。そのクールな視線に、若干大人になったんだな、なんて想いを抱きつつも俺は目の前の女の子に答えを提示する為に頭を働かせる。
思えば、志保の好きな物が絵本とぬいぐるみとりっくん以外ピンとこない俺は家族の事に対して本当に無頓着だったということが分かる。ダメだな、これじゃあシスコンなんて名乗れない。本当のシスコンなら妹の事で1週間は語れるようにならなければ。
「くっ......!」
「何だかピンとこないって顔してるね」
「一生の不覚だよ渋谷......妹のプレゼント1つまともに考えられない俺が憎い」
「そこまで悩むことかな......」
内心気分をどんよりさせていると、渋谷が苦笑いしながら俺を見る。
「まあ、いいじゃん。時間はまだまだあるんだしゆっくり悩めば良いよ」
「......面目ない」
「知ってる」
「そりゃ結構な事で」
隣接されているベンチに腰を下ろした俺と渋谷はほぼ同じタイミングでため息を吐く。その原因は言わずもがなプレゼントの内容であり、本来ならば俺自身が決めなければならない内容。その悩みを半分渋谷に肩代わりしてもらわなければ俺は今頃悩みに悩み、家電量販店にすらたどり着けなかったであろう。悩むことは悪いことではない。物事に関して悩むことは吟味しているという証拠になるし、適当に何かを決めるよりかはよっぽどマシだ。
ただ、悩むことも度を越せば優柔不断と揶揄される。今の俺を客観的に見ればおそらくそれに該当するだろう。候補はあるのに実行に移せずこうしてベンチに座ってうんうん唸っているのが良い例だ。
生憎、渋谷にも俺にも時間に限度がある。こればかりは抗いようのない事であり、どうしようもないことである。故に、悩みに悩むのも程々に・・・何処かでこれだというものを決めなければならない。
志保に対するプレゼントに頭をうんうん悩ませている間にも人通りはベンチに座った俺達を通り過ぎていく。その様子を見ながら、志保のプレゼントを決めようと、商品カタログを取りに行こうと立ち上がり前を向くと、不意に俺の瞳が、1人の女の子に釘付けになる。
途端、視線に気付いた女の子が俺を見て目を見開く。そして、一言───
「北沢くん?」
「田中」
まさか、こんな所で出会うなんて思わなかった。田中さんならクリスマス前日でもパーリータイムせずにいつも通りの生活を送っているかと思っていたんだがな。
「どうしたこんな所で。クリぼっちか?」
「むっ......別にひとりきりじゃないよ。それに、今日はクリスマス前日だよ?」
「ははっ、悪い悪い」
「それよりも北沢くんこそ何してるの?」
「家族のプレゼント、主に志保の」
さも当たり前という風に答えると、田中は若干苦笑い。
「シスコンだ・・・・・・」
「別にシスコンじゃなかろう。妹弟のプレゼントを選ぶことがシスコンなら世界中のお兄ちゃんは全員シスコンだろうて」
「そう言って、何時間プレゼントを吟味していたの?」
「丸一日考えてたなっ」
どうやったら志保やりっくんにクリスマスを楽しんでもらえるのかを主としてプレゼントやクリスマスツリーの位置。はたまた今回の仮装まで考えられるものは全て考えていたな。そんな意を込めて田中に笑いかけると田中は何とも言えないといった苦笑を崩さずに言葉を返す。
「やっぱりそれシスコンだよ・・・・・・」
何でさ。
そう思い、半ば反抗の意を込めて田中を見遣ると先程まで田中と俺との会話を傍観していた渋谷が立ち上がり田中に正対する。渋谷の身長は15歳ながら田中の身長を越しており彼女たちの事を知らない人達から見たら同年代同士が正対していると思われる人も少なからずいるだろう。実際は違う。田中と渋谷の年齢はふたつ違う。田中が年上のJKで渋谷が受験を控えたJCだ。それにも関わらず渋谷と田中があたかも同年代のように見えてしまうのは身長の差のみならず年上にもタメ口を利く渋谷の度胸のような何かと大人びた渋谷の物腰と表情の影響なのだろう。
渋谷は田中を視る。それはまるで何かを品定めするかのような、そんな瞳。そして、そんな瞳で見られた田中は心なしか緊張しているようにも感じた。
「アンタが田中さん?」
「う、うん」
「私は渋谷凛」
「趣味は人間生け花だぞ」
「よろしく───ああ、因みに趣味は特になし。クラスメイトなら分かってると思うけどあの馬鹿の言うことは良い意味でも悪い意味でもまともに聞かない方がいいよ」
そして、渋谷は握り拳を作り拳と腰を捻って俺にコークスクリューブローを放つ。
「うぉぉぉぉ!?」
「誰が人間生け花が趣味だって?花屋の娘になんてこと抜かしてんのさ」
「残虐的なお前にはぴったりな趣味だと思ったんだがな」
「まだ言うかそれを。あんたって本当にそういうとこ執念深いよね」
ため息を吐き、薄目で俺を見る渋谷。そんな瞳で見られても興奮したりはできないがこちとら何時も苦汁を舐めさせられているんだ。今仕返ししないでいつ仕返しする。うん、今しかない。
「と、いうわけでこいつが花屋の一人娘、田中が付き合っているとか勘違いした女の子渋谷凜だ。一応高校受験を目前に控えた中学生。将来は俺たちの高校に入学するかもしれないから今のうちに仲良くなっておくことを推奨する」
「ねえ、私女子高行くって啓補に言った筈だよね。なに、アンタの前頭葉イカレてんの?」
そういうことも言っていた気がする。まあ、渋谷の進学予定の女子高は私立だから都立の高校である俺と田中が在籍している高校も受けれるには受けれるのだけれど。このことを分かっていて渋谷は言っているのだろうか、気になる。
「なんというか・・・北沢くんと関係がある人って良い意味で普通の人と飛び抜けているよね」
田中がぼそりと俺に聴こえるように呟くとそれを聴いていた渋谷が呆れた笑いを浮かべる。
「ハッタリでしょ。啓補は兎も角私は世間に馴染むように努力してきたつもりなんだけど」
馴染む、ね。
プレゼントのファーストチョイスにカミソリを選択して、ボクシングの必殺技をかましてくる目つきの鋭い普通の女の子がいるのなら是非お目にかかりたいものだな。良くも悪くもそんな子が普通の女の子なわけがない。渋谷は十二分に特別な女の子だろうて。そう思い田中を見遣ると、田中は渋谷の返答に対して何とも言えないような、そんな乾いた笑いを浮かべていた。
「それにしても、珍しいね。北沢くんが顔見知りとはいえ一人で出かけずに友達と何かをするなんて」
「と言っているぞ、渋谷。俺とお前は友達のように見られているらしい。先輩と後輩には見えないのは屈辱の極みだよ、啓補マジショック」
「よし、後でアンタ泣かす」
俺が突発的に行った挑発のような何かに渋谷は青筋を立て無理くり笑みを作り堪える。そして田中のほうを向いて一言。
「アイツ、妹に渡すプレゼントで悩んでるからさ、一緒に何が良いのか考えるの手伝ってくれないかな?」
その一言に、俺は目を見開く。ただでさえ渋谷の時間を削ってプレゼントを選んでもらっているのに田中の時間をも削ることになってしまったらもれなく俺は罪悪感で凹む。そこまでの人員をかけてまで選ぶことではない。俺と渋谷だけでも、最悪俺一人でもなんとかなる。
「渋谷、別に田中の手を患わせる必要はないだろ。第一、田中は一人でこのデパートに来ているわけじゃない、友達か何かを待たせてんだぞ」
「あ、そっか。すっかりそれを忘れてた」
忘れるな。先程まで傍観に徹していたのならしっかりと覚えてろ。
「田中、気にする必要はない。友人を待たせているのなら早くそっちの方に行ってやれ」
というか、是非行ってくれ。そんな面持ちで田中を見遣ると、少し不満気な顔付きで田中が俺を見る。その瞳の意味が分からずに思わず顔を顰めると、田中は不満気な顔付きそのままで話す。
「・・・私に頼るのは、嫌?」
「いや、そういう訳じゃなくてだな。お前だって用事があるんだろ?だったら別に───」
「確かに用事もあるけど、暫くは大丈夫だし・・・何より北沢くんが妹さんの為に何かをしようとしてるから、私も協力したい」
コイツ。
意図したのかどうかは知らんが断りにくい状況を作っちまいやがった。頼るのが嫌かと聴かれて断れる奴がいるのなら是非教えて欲しい。
「・・・だってよ?どうするの啓輔。これ断ったら田中さんの好感度が急降下だよ?」
「好感度ってお前なぁ・・・」
確かに、そうかもしれないが田中にとっての感情がLOVEでもない俺にとっては田中の友好度も好感度も上げる意思がない。そんなものが数値化されて、明確にあるのならそんなものクソくらえだ。
ただ、折角頼んでくれたものを無碍に断るのも気が引ける。その中で一種のジレンマをまたしても感じ取った俺はため息を吐いて、1度間を取って答える。
「・・・何か案があるなら、教えてくれ」
チキンだ。好感度云々言っておきながら、結局田中さんの厚意に甘えてしまっている俺は相当な腰抜けで優柔不断なモテない男だと卑下してしまう。それでも、そんな俺の言葉を聞いた渋谷はため息を吐いて『そこは教えてくださいでしょ・・・』と呆れ笑いを浮かべ、田中は嬉しそうな笑みを浮かべる。てか、同年代に敬語とか俺絶対嫌だからな。そして、何時もタメ口のお前が敬語を語るとかなにそのブーメラン・・・と渋谷を生暖かい目付きで見遣ると、ついに渋谷が俺の足をローキックで痛めつける。
「ぐほぉ!」
あまりの痛みに蹲る俺に田中は容赦なく質問を続ける。
「そう言えば、志保の好きなものってなんなの?」
「志保が好きなのは絵本とぬいぐるみだ・・・痛え」
「・・・じゃあ、それにしたらいいと思うけど」
「ところがそうはいかないんだよ、田中さん」
「あ、えと───」
「凜でいいよ。どうせ田中さんの方が歳上だろうし。その代わり、私もタメ口利いちゃうけど・・・いい?」
「おい、その配慮を俺にもしろよ。俺歳上だろ?」
俺と同い年の筈の田中に対しての態度に物申そうと渋谷にツッコミを入れるものの、渋谷はまるで意にも介さず田中に対して続ける。
「この馬鹿は去年に黒猫の時計と絵本をプレゼントしてしまって、形式的に去年と同じプレゼントは出来ない上に、志保の趣味嗜好が変化しているのではないかと不安になっているんだよ。だから、今年はまた違ったプレゼントを送りたいんだって」
「因みに一昨年はぬいぐるみだったぞ。ぬいぐるみぎゅって抱えてた志保はマジで可愛かった」
「少し黙ってて」
そして、ようやっと反応してくれたと思った所の罵倒に、俺の心は完璧に打ち砕かれる。仕方ないだろ、現にぬいぐるみ持ってた志保はマジで可愛かったんだから。何時もクールを地で行き、弱味を見せたりすることがなかった志保がプレゼント送った時に見せた本当に嬉しそうな笑みは周りの人すら幸せにしてしまいそうな力を持っていたように思える。現に、その時の俺がそうだったから。一生懸命プレゼントを悩み抜いた苦労がその笑顔だけで報われたから。
「・・・だとすると、難しいよね。私も志保と同じ事務所でアイドルやってるけど、なかなかそういった話は聞かなくて」
「しかもシスコン拗らせてるせいでいつもより判断力が鈍すぎる」
「シスコンで何が悪い。志保も陸も俺の大切な兄弟だ」
「・・・と、ご覧の有様だよ。だから、同じ事務所でアイドルしてる琴葉にアドバイスを貰おうと思ってたんだけど」
「そっか・・・」
そう一言だけ田中が呟くと、ふと田中が何かを思い出したかのように顔を上げる。その乾いた音に釣られ、思考の海に潜っていた俺の意識は田中に向けられた。
「北沢くん、妹さん・・・志保が今熱中しているものってなに?」
熱中、か。
「お兄ちゃんを殴ることとりっくんを愛でること」
その瞬間田中の笑みが引き攣り、渋谷の鋭い眼光が俺を捉える。
「真面目に考えなよ」
「真面目に考えたさ、新技の高速タックルめっさ痛かったんだからな」
上体を低くしたプロサッカー選手顔負けのスライディングタックルは俺の足を痛めつけるには十分な強さを誇っていた・・・という所まで考えて、やはり護身用でもカミソリは要らないな、とまとめる。だって、今の志保普通に強いし何なら喧嘩に巻き込まれたとしても素手で何とかしてしまいそうなんだもん。
「・・・じゃあこうしよう」
そう言うと、田中は少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべて俺に問う。
「志保が今、1人で頑張っているもの、なんだろ。シスコンの北沢くんに質問だよ」
「1人で?」
「今、志保は北沢くんに断りを入れて何をしてる?」
1人で頑張っているもの。
俺に断りを入れてやっているもの。
そのキーワードは俺の頭にすっと入っていき、俺の頭の中で引っかかっていた何かを解消させた。そして、首を傾げた田中の問いに対する解を見つけた時、俺が考えうる中での最強のプレゼント・・・・・・志保をあっと驚かせるプレゼントが電撃的に閃いたのだった。
「アイドル────か」
普段はそうそう起こらないであろうすっきりとした感覚と口角が上がる感触を得た俺は半ば衝動的に渋谷に問いかける。
「渋谷、スポーツ用品店行ってくる」
「アンタ・・・唐突過ぎでしょ」
「閃いたんだよっ。これなら志保を喜ばせられるであろう最強のプレゼントをな!」
「・・・分かったよ、行っといで」
ため息混じりの苦笑と共に渋谷がそう言ったのを確認すると俺は走り出す。頭の中はさながら有頂天。充実した日々を過ごせていると言っても過言ではないと思える。そんな俺は、最後にこんな俺のプレゼント選びに付き合ってくれた2人の女の子に振り返り、一言────
「渋谷!田中!本当にありがとう!!」
最大限の感謝を込めて、スポーツ用品店へと走り出した。
☆☆☆☆☆
1人の男がスポーツ用品店へと嬉々とした様子で向かっている中、取り残された2人の女の子たちはお互いを苦笑いの表情で見つめていた。渋谷は先程までこの場所でうんうん唸っていた啓補の豹変ぶりに呆れるかのように。琴葉は今日まで面識のなかった女の子と2人でいる気まずさから。啓補という存在がスポーツ用品店へと向かってしまった以上、2人の関係は浅いものであり。渋谷の目つきも相まって2人は話すタイミングを計りかねて無言のまま、暫しの時を過ごしていた。
そんな静寂を、断ち切ったのは渋谷だった。琴葉の方は向かずに啓補の走っていった方向を見遣って続ける。
「・・・ありがとう」
「えっ」
「いや、啓補ってああ見えて悩んだりすると結構ドツボに嵌るタイプだからさ。助けてくれて感謝してる」
再びありがとうと今度は頭を下げた渋谷に、琴葉は顔の前で必死に手を振り渋谷の一礼を止めさせようとする。琴葉からしたら啓補にアドバイスを送ったのは、所謂エゴというやつで自分がアドバイスを送ろうと思ってそうしたまでの話であった。その為、こうやって第三者に頭を下げられるとひどく身体がむず痒くなってしまう。
「べ、別に凜ちゃんが頭を下げる必要はないよ!これは私がやりたくてやった事だし・・・」
「それでもだよ。友人として、協力者として琴葉には感謝してる。だから私はこうやってお礼を伝えてるの」
渋谷は頭を上げて琴葉に笑みを送る。渋谷のそんな笑みは人に滅多に見せるものではないのだが、今のこの瞬間の友人を思う時の笑顔は魅力のあるものだった。今の笑みならばアイドルだって出来てしまうだろう、否・・・スカウトマンが黙っていないのではと琴葉が苦笑いしていると、その苦笑いに渋谷が不思議そうに反応する。
「何?私の顔に何かついてる?」
「ううん、凜ちゃんの笑ってる顔が可愛いなあって思って」
無論、本音であり事実。しかし、そんな賞賛を凜は正直に受け取らずに、左手を口角に添える。
「琴葉ってバイなの?」
「口説いてないよ!?」
琴葉は唐突な渋谷のキャラ崩壊に驚きつつ、彼女が啓輔と違和感なく軽口を言い合えている理由の一端を知る。啓輔と対等に渡り合うためにはこれくらいの会話を挟める余裕が必要なのかもしれない。尤も、琴葉自身啓輔の感情表現乏しい軽快なトークもとい家族自慢に真っ向から対抗する気はないのだが。
「あはは、冗談だって。啓輔の馬鹿と長い間付き合ってると、自然と人の地雷踏む癖がついちゃって。ほら、啓輔が琴葉に殴られる原因を作った時みたいにさ」
う、と琴葉が声を漏らすとそれに呼応するように凜がクスクスと声を漏らして笑う。
「改めて言わせてもらうよ。万が一にもそんな事は無いし、当時の啓輔は女の子の尻を追っかけるよりも、家族の事に夢中だったから」
「家族・・・か」
田中は、その言葉に納得する。何せ、家族のプレゼントを未だに真剣に考えているお兄ちゃんだ。きっと、今も昔も志保や弟のことが大好きで大好きで仕方なかった人間の筈だと琴葉は推測する。
「想像出来るよ。何となく」
それ故に、発された一言に凛は納得の表情で田中を見た。
「どうやら、そっちの啓輔は今のところ相変わらずみたいだね」
「・・・凜ちゃんは、昔の北沢くんを知っているんだよね」
「当然。じゃなきゃ他人の妹のプレゼント選びに手を貸したりなんかしないよ」
まあ、若干渋ったりはしたが基本線は啓輔の事には協力的な凛である。彼女が啓輔の頼みに難色を示したのは啓輔を弄ぶ.....言ってしまえば暇を持て余した凛の遊びであるのだ。
一定の会話を挟み、凛と琴葉の仲は早くも良好なものとなる。それは、とても好ましい事であり、双方にとっても楽しいものとなる。元々啓輔を介して知り合った2人である。若干の不安はあったものの今となってはそんな心配も杞憂だったというのが、2人.....琴葉と凛の感想である。
それ故に、凛は踏み込んだ。琴葉の人となりを知った上で。琴葉の人となりを信頼して。
「気になる?啓輔の過去」
「過去って・・・」
「今の啓輔よりも昔の・・・野球馬鹿だった頃の北沢啓輔」
そう言って、渋谷は考える。
もし、彼女が北沢啓補の過去を知らないのなら
もし、彼女が何も知らないでいるのなら
それなら、その過去を知っている私が彼女に伝えるべきなのではないかと。
「・・・琴葉はさ、何かに絶望したことってある?」
それは、一種の感情。夢破れ、挫折したものが時として感じる負のみのそれ。そんな体験をしたことはあるのかと唐突に問われた田中は驚くものの、渋谷の質問に誠実に返す。
「似たような感情に陥ったことはある・・・と思う。ごめん、断言できる自信がない」
「いいよ、別に。急に尋ねたわけだしむしろ断言されたほうが気持ち悪い」
それでいい、と渋谷は納得した。そもそも人の絶望の感じ方なんてものはそれぞれだ。感じ方の温度差を咎める趣味は渋谷にはなかったし、絶望の度合いが違うことが渋谷のこれから話すことに影響することはない。渋谷がこの話をする上で最も重要視しているのはそれではない。
渋谷が大事にしているのは、もっと単純な事なのだ。
「体験したってのが大事なんだからさ」
「体験?」
「そう、体験。それに近いものを経験した人間じゃないと、啓補の過去は話せない。だって、経験したこともない人にそれを話したところでまるで響かないから」
渋谷凜という少女は無闇矢鱈に他人の事を話そうとしない。それは、滅多にその機会がないからということもあるが、凜の友人に対する義理堅さもそうさせている。家族のことは勿論、少ない友人に秘密と言われたこと、確証のない話は絶対に口にはしない。『特に』北沢啓補に関しては人を選ぶ。少なくとも啓補は彼女にとって本当の仲間だと思っているから、信じているから。
そんな彼女が、こんな質問をして琴葉を試すこと自体が、本当に珍しいのだ。
「私だって・・・響くかどうかは分からない」
「なら止める?強制はしないよ。これは私が琴葉に伝えときたいから話すだけの所謂エゴってやつだし。北沢啓補と後々関わっていく中で避けては通れない『過去』を私がアンタに伝えたいだけだから」
聴かないのなら、それでいい。言い方は悪いがこれは聴く意思もない人間に安易に話すべきものでもないから。そう思い琴葉を薄目で見ると、琴葉は俯いて何かを考えているようだった。
「私に、話してもいいの?」
「何となく琴葉なら大丈夫かなって。そう思っただけだよ」
その感覚はいわば直感のようなものである。人となりを知ったとはいえ田中琴葉という人間に深く関わったことがない以上、100パーセントの確証を持つことは出来ない。
けれど、この目の前に立つ女の子がこの話を聞いて何かが変われば。
北沢啓輔を変えられるのではないかと。
その一方で、田中琴葉は北沢啓補の過去を知りたかった。それは、中学での琴葉が知っている啓補と今の琴葉が知り得る啓補とのギャップとの差ががあまりにもあったから。そして、今の啓補をどこか放っておけなかったから。けれど、絶望というキーワード。友達を待たせているという焦燥感。そして安易安直に人の過去を知っていいのかという悩みが琴葉の足を止めていた。その結果琴葉は俯き悩んでいた。
そして、その理由が凜には手に取るように分かっていた。
凜は紙を取り出し、自身の連絡先を記入し琴葉に押し付ける。
「これ、私の連絡先。決心付いたら何時でもかけてきなよ。それから―――」
急な展開に顔を上げて「え、えっ」と慌てている琴葉にニヤリと笑みを浮かべ、凜は一言。
「さっき琴葉は啓補と絡んでいる私を良い意味で飛び抜けてるって言ったけど、そんな啓補と違和感なく軽口を言い合える琴葉も十二分に飛び抜けてるよ。特大ブーメラン、投げちゃったね」
「なっ―――」
今度は顔を赤く染め、狼狽した琴葉を尻目に凜はスポーツ用品店へと歩を進める。
「もっと自信持ちなよ。啓補が碌に人と話さない中で、琴葉とはまともに会話しているんだからさ」
最後に一言。そう言って本当に凜はスポーツ用品店へと向かって行ったのだった。
「琴葉さん」
ふと、後ろから聞こえた声に琴葉は肩を跳ね上げて後ろを振り向く。
すると、琴葉の目の前に映ったのは啓補や凜と同じ、年相応以上に大人びた印象を持つ女の子がじっと琴葉を見つめていた。
「あ・・・志保か。えっと、ごめん、迎えに来てもらっちゃて」
「構いません、もともと琴葉さんにはお礼を言わなければならない立場なので」
そう言うと、北沢志保はお礼を言うべく頭を軽く下げる。
「兄のプレゼントと、それから荷物も少々持っていただいて本当に助かりました。ありがとうございます」
「そんなにかしこまらなくたっていいよ。乗りかかった船のようなものだし・・・寧ろまともなアドバイスができたかどうか」
頭を下げた志保を諫めつつ、こうして志保と2人でいる琴葉だが実のところは啓補に言われたように彼女は今日に限り『ぼっち』であった。午前中にレッスンを終わらせた後、余裕のできた琴葉であったが取り急ぎ行うような要件もなかった為それとなくデパートで時間を潰していた。
そんな中、琴葉が通路で見たのは両手に抱えた大量の荷物に悪戦苦闘していた志保だった。そこから成行きで琴葉は志保を手伝うことになったのだが、その過程で琴葉が記憶しているのは兄と弟のプレゼントに対して無表情ながらも目を輝かせていた志保とプレゼントを買い終わった後の満足そうな笑みのみである。
「それにしても沢山買ったね。何時もこうなの?」
何気なく尋ねた琴葉の質問に、志保は思案する。
「何時もはこうじゃないんですけど、今日はクリスマス用の食材とプレゼントを探していたので。こうでもしないと兄がすぐに調子に乗りますから」
調子に乗らせるとはどういう意味だと琴葉は思案するも、それは志保の言葉により意味を理解する。
「あれやこれや今日のうちに支度をしておかないと兄主導で混沌としたクリスマスパーティが始まってしまうので。クリスマスの日位兄には楽をしてもらいます。兄の思い通りには絶対にさせません」
何時もの志保らしからぬ熱意のこもった声に、若干の既視感を感じつつも琴葉はクスリと笑う。兄妹というものはここまで思考が被るものなのか、というか混沌としたクリスマスパーティとは・・・?と内心琴葉が疑心暗鬼になっていると、志保は何時もの冷静さを取り戻す。
今回、普段は一人でいる志保が成り行きながらも琴葉の厚意に甘えたのにもしっかりとした理由がある。それは兄経由でありながらもアイドルとして働く前から田中琴葉という女の子の人となりを事前に知っていた上で、ファーストコンタクトに細かなミス(志保が一度レッスンに釘付けで琴葉を無視&琴葉のアンパンチ)はあったもののしっかりと会話ができたという過程があるからである。もし、その場に居合わせたのが音痴の女の子や饂飩好きの女の子なら、仮に協力すると言われても頼まず突っぱねていたことだろう。
やがて、出口にさしかかり琴葉と志保の帰宅手段も別の為2人は別れの言葉を言うために向き合う。
「本当に今日はありがとうございました。このお礼は後々返します」
「別に返さなくて良いよ。だって私達仲間でしょ?」
仲間。
その言葉に志保は顔を俯かせ、琴葉に言う。
「・・・琴葉さんがそう思っても、私はそう思ってませんので。それに・・・」
その時、志保は確実に何かを言おうとした。
それは、何か大事な事を打ち明けるかのような哀愁に満ちた顔付きで。けれど、その言葉は発するまでには至らず喉から出かかった寸前で止め、言い直す。
「すいません、何もないです。兎に角貸しは返させてください。誰かに貸しを作ったままなのは嫌なので」
勢いのまま、そう言った志保はこれ以上の追撃を受けない為に早々に歩いていく。尤も、琴葉にこれ以上志保の決意のような何かに口を挟む気は毛頭なかったのだが。
「さようなら、志保!」
最後にお別れの挨拶を志保に届けるべく大きな声で呼びかけると、志保が振り向き様に頭を下げて、また歩き出す。そんな志保の義理堅さのような何かを垣間見た琴葉はこの短時間のうちに起こった濃密な時間を回想し、改めてその濃密さに大きく息を吐く。
色んな出来事が起きた。志保に出会い、荷物持ちを手伝って、北沢くんに会って、凜ちゃんに出会って、そして志保のプレゼントを一緒に考えた。
その中で偶発的に起きた、啓輔の過去を知るチャンスのような何か。その好機に、琴葉は身を竦めてしまった。
過去は知りたかった。けれど、それを知ろうとした時、琴葉の気持ちを躊躇わせてしまったのは焦燥感、思いとどまり。
そして、これを知った時決定的な何かが変わってしまうような半ば本能的な直感。そして、その直感は知らず知らずのうちに琴葉の心を締め付け、躊躇わせていた。
そこまで考えて、琴葉は大きくため息を吐く。
今の琴葉には、決定的なモノが欠けていた。
それは、何時も生真面目で、委員長で、周囲の期待に努力と結果で答えを出してきた琴葉が持っていたもの。そして、『ある日』を境に琴葉が感覚的に身に付けていたもの。
田中琴葉には勇気が欠けていた。
啓輔の過去を知る勇気が欠けていた。
自身がやりたいと思える事を躊躇わない勇気が欠けていた。
変化に躊躇わず、突き進む気持ち
変わる勇気が欠けていたのだ。
書いてて今更ですが、要所要所でシリアスを入れてくるスタイルなのでそういった展開が苦手な方はブラバ推奨です。
こんなのシリアスじゃねぇ!!凛すこ!琴葉すこ!妹沢すこ!な方が少しでも増えて頂ければ嬉しいです。
メイド志保、見たい(切実)