オーバーロード 拳のモモンガ   作:まがお

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Momonga vs Elof

 エルフの国を目指してエイヴァーシャー大森林を進む三人。

 モモンガとツアレ、そしてこの森で出会ったエルフのカナト。

 二人はカナトの案内で目的地へと真っ直ぐに突き進んでいる。道に迷う事は一切なく、それを抜きにしても快適な道中だった。

 モンスターが出てきてもモモンガが拳でワンパンで倒してくれる。

 野営はマジックアイテムの家の中でゆっくり休める。

 国から逃げようとした時のように神経をすり減らす事もなく、カナトは二人と談笑しながら歩く余裕すらあった。

 

 

「――見て、湖が見えてきたわ。この先にあるのがエルフの国よ」

 

 

 視線の先には巨大な湖――三日月湖があった。夏の日差しを反射して湖面がキラキラと輝いている。

 

 

「わぁ、大きな湖ですね。それに透き通ってて綺麗です!!」

 

「釣りとかなら良いけど、泳ぐのはオススメしないわよ。普通にモンスターとかもいるから」

 

「見るだけにしときます……」

 

「それが無難ね。ここを沿っていくのだけど、実は法国の前線基地も近くにあるの。だから少し遠回りしながら行くわ」

 

「分かった。そういえばエルフの国には入国の際に審査とかはあるのか?」

 

「ええ、簡単なものだけど。門番がいて……」

 

 

 モモンガの何気ない質問にカナトが答えようとして急に黙った。

 

 

「どうかしたのか?」

 

「どうしよう。私、戦争から逃げてきたから、正面から入ったら捕まるかも……」

 

「少し考えたら予想できるだろう……」

 

 

 意外なところでポンコツが露呈した。

 これまでがほのぼのとした道中だったので、彼女は自分の立場をすっかり忘れていたようだ。

 しかし、それを聞いたモモンガとツアレはさほど慌てなかった。

 

 

「大丈夫です。そんな時はモモンガ様お得意のアレがありますから」

 

「いつもやってる訳じゃないんだが…… まぁ、今回は仕方がないという事で」

 

「え?」

 

 

 

 

 木や植物で出来た建物が多く並ぶエルフの国。

 周りは美男美女だらけで、みんな耳が尖っている。

 

 

「……凄いです。正に自然の国って感じがします」

 

「そうだな。人の村とはまた違う感じだな。自然に囲まれたというより、自然の中にあると言えばいいのかな?」

 

 

 自然にある物をそのまま利用したような形が多く、草花が至る所に生えている。ここに住む者達は自然と調和した暮らしをしているのだろう。

 

 

「いやいや、貴方達って何者なの? なんか妙に慣れてない?」

 

「ただの吟遊詩人見習いです」

 

「極々普通の魔法詠唱者(マジックキャスター)だが?」

 

 

 モモンガが魔法でチョチョっと小細工をして、正面から堂々と不法入国した三人。

 二人の慣れた様子にカナトは聞かずにはいられなかった。

 

 

「ただのでも極々普通でもないでしょ……」

 

「私は本当にただのなんですけど……」

 

「まぁ何でもいいじゃないか。それでエルフ王とやらはどこに住んでいるんだ? 流石に偵察くらいはしてから挑みたいんだが……」

 

「あそこよ。ここからでも見えるでしょ? あの馬鹿でかい木の集まり。あれが城になっているの」

 

「あれか……」

 

 

 カナトが指差す先にあるのは一際目立つ巨大な木。かなり距離があるはずだが、ここからでも十分に視認できる。

 木製の家を複数くっ付けたような構造で、遠目から見るには城よりも巨大なツリーハウスに近そうだと思った。

 

 

「予想してると思うけど、あれの一番高い所にいるわ」

 

「分かった。じゃあ軽く偵察に行ってくる。おっと、その前に二人を安全な場所に送り届けてからだな」

 

 

 今はモモンガの魔法で周囲の認識を誤魔化しているが、離れるとなったらそれも維持できない。

 

 

「私達は手伝わなくて良いの? それなら何でわざわざ三人で入ったのよ」

 

「冒頭くらい一緒にいないとダメだろう。新しい土地での始まりは、仲間と共に感想を言い合うと相場が決まっている」

 

「こっちの都合ですので気にしないでください」

 

「ああ、冒険譚のネタの問題ね……」

 

 

 ツアレの夢について聞いていたカナトは非効率だと思いながらも納得した。

 転移で二人を湖の近くまで送り届け、そこに家を設置した。その後モモンガは再びエルフの国へと戻った。

 そして完全不可知化など複数の魔法を使って、万全の状態でエルフ王の住む城へ向かう。

 

 

(ギルドでもこういうのは俺の役目じゃなかったから、何気に一人の偵察って初めてなんだよな)

 

 

 罠などの確認をしながら慎重に城の中へ入っていき、30分もしないうちにエルフ王の座る玉座を見つけた。

 

 

「あいつがそうか……」

 

 

 エルフ特有の尖った耳に白銀の髪、そして特徴的なのは左右で色の違う瞳。まるでルビーとエメラルドのような、紅色と翠色のオッドアイ。

 完全武装かどうかは分からないが、装備はどれもこの世界では中々見ないレベルのものだ。流石王様といった所だろう。

 

 

「〈魔力の精髄(マナ・エッセンス)〉〈生命の精髄(ライフ・エッセンス)〉――」

 

 

 情報系魔法を複数使用し、相手の体力や魔力の量などを測っていく。

 モモンガはユグドラシルでは相手の戦術などを見極めて戦うタイプだった。そのため既に彼の戦いは始まっていると言える。

 

 

(ちっ、思ったより魔力も体力も多い。種族がエルフ、そこに魔法職と戦士職の二つを積み上げるとしたら……)

 

 

 ユグドラシルで培った自身の持つ膨大な情報から、相手のレベルや能力を想定していく。残念ながら低めに見積もることは出来ない。この世界にはユグドラシルには無かった武技やタレントがあるからだ。

 しかし、途中で考えに没頭しそうになったため、一度帰ってから細かい作戦は立てることにした。

 

 

「特殊な職業(クラス)レベルが無いと仮定して、最低でも60レベル。100ではないだろうが80オーバーの可能性もある、といったところか。思ったより厳しい戦いになるかもしれんな…… まぁいい、一度戻って――ん、あれは……」

 

 

 転移で帰ろうとした時、ふと目に入ったのはエルフ王のそばに控えていた女性達。

 

――目が死んでいる。

 

 モモンガは思い出す。ここに来るまでの間に笑顔だった者はいただろうかと。女性も男性も関係なく、殆どが暗い目をしていた。

 

 

「やっぱり、ゲームとは違うんだもんな……」

 

 

 この世界はゲームでは無い。悪い奴がいれば、当然それに苦しめられている人がいる。

 モブなんかではない、生きた人たちが。

 そんな事はとっくに理解していたはずだ。それでもモモンガは転移の瞬間、口からそんな呟きが溢れていた。

 

 

 

 

「案外早かったわね。もっと遅くなるかと思ってた」

 

「お帰りなさい。偵察はどうでしたか?」

 

「ああ、バレなかったし問題ないぞ」

 

 

 モモンガが家に戻ると二人は居間で話しながら待っていたようだ。

 早く作戦を立てて脳内でシミュレーションをしたいが、先に確認しなくてはならない事がある。

 

 

「ツアレ、今回の戦いだが、私は本気で戦う事になるだろう」

 

 

 そこまでやるつもりは無かったんだけどな、とモモンガは薄く笑う。

 

 

「モンスター相手じゃない血みどろの戦いになるかもしれない。英雄譚のようにカッコイイ、綺麗なだけのモノじゃない。それでもお前は見る覚悟があるか?」

 

 

 相手が想像以上に強そうだった為、今まで戦ってきたモンスターをあしらう様には出来ないだろう。手加減しきれず殺してしまう可能性だってある。もちろんこちらが死ぬ可能性も無い訳ではない。

 モモンガはツアレの目を真っ直ぐ見ながら返答を待った。

 

 

「はい、私はちゃんとモモンガ様の戦いを見ます。……モモンガ様から見たら私なんて甘い考えしかない。まだ子供なんだと思います」

 

 

 ツアレはモモンガの言葉の意味をしっかりと飲み込む。そしてその上で躊躇う事なく答えを返した。

 夢を語ってくれたあの時と同じように。

 

 

「それでも私の夢は、やりたい事は変わりません。だから、モモンガ様の戦いを見せてください」

 

「ツアレ……」

 

「それにモモンガ様は負けませんよね? 仮にカッコ悪くても、どんな勝ち方でも、私が吟遊詩人としてカッコイイ物語に修正してあげますから!!」

 

 

 ああ、本当に甘いよ。そうだ、ツアレはまだまだ子供だ。どうしてそんな簡単に信じられるのか。俺自身も覚悟をしなければならない、命を奪ってしまうかもしれない戦いなのに。

 だけど、これは本物の気持ちだ。俺に向けられた気持ちだ。

 それなら俺のやるべき事は――

 

 

「ふん、それは心外だな。ならばツアレが修正する必要のないくらい、カッコイイ勝ち方を見せてやる。とっておきの魔法で決めてやるさ」

 

 

 彼女の期待に応えてあげる事くらいだろう。

 そう決めたモモンガは頭の中で考えていた最も勝率の高い作戦の一つ――開幕に即死魔法での不意打ちをするというのを辞める事にした。

 何とか殺さずに勝つしかない。ギリギリまで足掻いてみるとしよう。

 

 これはモモンガの中にある本心でもある。こんな命が容易く失われる世界でも、相手がどれ程の外道であっても人間種を殺したいとは思わない。

 モモンガの心は人間のまま――彼にとっては同族なのだから。

 

 その日の夜、作戦を立て終えたモモンガは外の風を浴びて涼んでいた。そうして疲れた頭を冷やしているとカナトがやってきた。

 無言で隣に座った彼女はやがてポツリポツリと話し出す。

 

 

「ねぇ、モモンガはさ、ツアレちゃんに覚悟を聞いてたけど……」

 

「けど、なんだ?」

 

「あれってモモンガ自身の事でもあるんじゃないの?」

 

「ああ、そうだな。王様を倒す代わりに剣をくれ。なんて言ったが、どこかゲーム感覚な所があったんだろうな」

 

 

 カナトからの問いにモモンガは誤魔化さずに答えていく。

 

 

「私は遊びで戦った事は何度もある。いくらでもやり直しのきく戦いなら、数え切れないほどの敵を倒してきた。だが、本気で喧嘩した事は一度もないんだ」

 

「やり直しって何よ。それじゃあなんで――」

 

「城に居るエルフ達を見た。死にそうな目をして、それでも生きてた。生きてる人を見たんだ……」

 

 

 深く考えていないような、何となく思ったことを話す感覚で話し続けた。

 

 

「それにな、本気の気持ちには全力で応えてやりたい。そう思ったんだよ」

 

「行き当たりばったりね。それに説明も下手。何言ってるか私には全然理解できないわ」

 

「そうだな。自分でもよく分からん」

 

 

 営業先での説明は得意だったんだがと、モモンガは頭を掻きながら思う。

 

 

「ちゃんと勝ってよね。いや、あんな奴ボコボコにしちゃっていいわ!!」

 

「同族にここまで人気の無い王というのも凄いな……」

 

「いいのよ。エルフの未来が掛かってるって言っても過言じゃないんだから、頑張ってよね」

 

「そんな重い物は私には背負えないよ。だが安心しろ。私のPvPの勝率は五割を超える」

 

「それって二分の一くらいじゃない……」

 

 

 期待は裏切らない。さっきの事は恥ずかしいから忘れてくれ。そう言ってモモンガは家の中に戻っていった。

 

 

「男って何であんなに格好付けたがるのかしらね……」

 

 

 一度信じたのだから、ここまで来たら最後まで信じよう。

 カナトは命の恩人の勝利を祈った。

 

 

 

 

 そして翌朝、決戦の日がやって来た。

 モモンガは今回の戦いの為、物理防御力重視の灰色のローブに身を包んでいる。

 

 

「ではまた後でな。指定の場所で待っていてくれ」

 

「はい、待ってますね」

 

「無理そうだったらちゃんと逃げるのよ。もちろん私達を連れてね」

 

 

 準備を終えた後ツアレとカナトに後のことを伝え、エルフ王のいる城に堂々と乗り込んでいった。

 

 

 

 

 エルフ王は玉座に座り、こちらを胡散臭そうな目で見ている。周りのエルフも同様だが、モモンガは気にせず話しかけた。

 

 

「やぁ、御機嫌よう。いきなりだがエルフの王よ、お前を倒しにきた」

 

「こんな朝から何かと思えば。道化師を呼んだ覚えは無いのだがな」

 

「いやいや、今の私はどちらかというと勇者だとも」

 

「そんな変な仮面の勇者がいるものか。相手にする価値もない、帰れ」

 

「自分が悪虐の王だという自覚がないのか? お前を倒す為にわざわざ来てやったというのに」

 

 

 王を倒すという発言に周りのエルフがほんの少しだけ反応した。無駄だという諦めが九割と、もしかしたらという希望が一割混ざったような顔だ。

 モモンガはやれやれと過剰な身振り手振りを入れながら、エルフ王の神経をどんどん逆撫でする。

 相手を煽るジェスチャーはお手の物だ。何せあのNPCの創造主であり、あのギルドのまとめ役だったのだから。

 

 

「悪虐だろうが何だろうが、王は最強であるこの我だ。弱者の民をどの様に扱おうと貴様には関係ない」

 

「そうか、ならば自称最強の王様に挑戦だ。この手を取ってみせろよ、本当に強いのならな。私が戦場に連れて行ってやる」

 

 

 モモンガは握手を要求する様に手を伸ばした。

 周りに部下がいる中でここまで言われたのだ。退けなくなったエルフ王は玉座からゆっくりと立ち上がる。立て掛けてあった剣を腰に付け、こちらにやって来た。

 

 

「ちなみに転移系の魔法が使えるなら、場所を教えるから自力で来てもいいんだぞ?」

 

「ふん、その挑発に乗ってやろう。どんな場所だろうと我が勝つ。どこの誰だか知らんが身の程を教えてやる」

 

「そうか、こちらも因果応報という言葉の意味を教えてやる」

 

「どうでもいい。夜の運動ばかりで飽きてきた所だ。我も偶には別の運動もしないとな」

 

 

 ――この野郎、手加減無しでぶん殴ってやる。

 リアルでも魔法使いなモモンガの魂が燃え上がった。

 そしてエルフ王の手を握ったモモンガは転移の魔法を発動させた。

 

 

「ここは……」

 

 

 エルフ王は辺りを見渡すと湖を見つけた。

 移動した場所は三日月湖の近くのようだ。まさか自分が使えない転移の魔法を使えるという事に多少の驚きはあった。

 しかし、魔法も剣術も修めた自分が負けるはずもない。

 ふと、他にも誰かいることに気がついた。観察するが相手の援軍にしては随分と弱そうだ。

 

 

「おっ、来たわね」

 

「モモンガ様、頑張ってください!!」

 

「……」

 

 

 エルフに人間の小娘が一人。そして巨大なタワーシールドを持ったアンデッド。

 勿論これはモモンガが彼女たちの為に用意した壁である。

 

 

「四対一なら勝てるとでも?」

 

「いやいや、あれはただの観客だよ。未来の吟遊詩人が混じっているから、お前が負ける様はちゃんと語り継がれるぞ」

 

 

 本当にふざけた男だ。この女達も後で捻り潰してやろうとエルフ王は決めた。

 

 

「これ以上待たせるわけにはいかない。先手は貰うぞ。〈魔法三重化(トリプレット)魔法最強化(マキシマイズマジック)火球(ファイヤーボール)〉!!」

 

 

 戦いの口火を切ったのはモモンガだ。

 放った三発の火球がエルフ王に直撃し、辺りに爆風を撒き散らす。

 煙がもくもくと上がり、辺りは静まり返っている。

 

 

「うそ、まさか今のでエルフ王を倒しちゃったの!? 凄い、凄いわモモンガ!!」

 

 

 少し離れた位置で見ていたカナトが見事なフラグを建ててくれた。

 煙の中に影が見え、視界が晴れるとそこには無傷のエルフ王が立っていた。

 

 

「見掛け倒しの魔法だな。マッチ程の熱さもない」

 

「ふん、今のはただの火球では無い。強化も三重化もした火球だ」

 

「つまりは全力じゃないか。くくく、あっはっはっ!! 本当に道化だったとは、笑わせてくれる…… お礼に本物の魔法を見せてやろう。〈魔法二重化(ツインマジック)龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉」

 

 

 今度はエルフ王の番だった。両手から放たれた電撃は龍の様に唸り、モモンガを包み込んだ。

 その瞬間を見ていた二人はヒッと息を呑む。

 

 

「準備運動にもならなかったな…… さて、そこの貴様らも覚悟はいいな?」

 

 

 エルフ王が見ていた二人に振り向いた時、電撃を放った方から声がした。

 

 

「静電気を飛ばしたくらいで勝ちを確信するとは、せっかちな奴だ。まだ私はピンピンしているぞ?」

 

「馬鹿な!? 確かに直撃したはずだ!!」

 

 

 モモンガも同様に傷一つない姿で立っていた。仮面で顔は見えないが、声から余裕の表情をしている事が伺える。

 

 

「答えを教えてやろう。私は物理攻撃以外の全ての攻撃を無効化するというタレントがあるのだよ」

 

「何だと!?」

 

(まぁ、嘘だがな。第5位階なら上位魔法無効化Ⅲでギリギリ無効化できるし。ハッタリとしては十分だ)

 

 

「状況が理解できた様だな。さぁ勝負はここからだ。その腰の剣が飾りではないならかかって来い」

 

 

 モモンガは仮面を取り払い、先の丸まった打撃攻撃用の杖をアイテムボックスから取り出す。

 この時相手が人間だったと初めて気が付き、エルフ王はほんの少しだけ驚いた様な顔をした。

 

 

「同族の反乱かと思えば下等な人間だったとは。我をそこいらの魔法詠唱者と一緒にするなよ。寧ろこちらの方が得意なのだ……」

 

 

 エルフ王は静かに怒りを滲ませながら、右手で剣を握りしめた。

 

 

「下等生物には勿体無いが見せてやろう。我の剣技と、このヒューミリスの力をなっ!!」

 

 

 鞘から抜き放たれた刀身は植物を思わせる深い緑色。葉脈のように広がる模様は血のような赤。脈打つように模様が輝き、まるで剣そのものが生きているかのような錯覚を覚える。

 

 

「何が漆黒の剣だ。思いっきり緑色じゃないか――うおっ!?」

 

「考え事とは余裕だな!!」

 

 

 モモンガの感想など意にも介さず、再び戦闘が始まった。

 エルフ王は剣を構え、突進するように踏み込む。そのまま上段から振り下ろされた一撃をモモンガは咄嗟に杖を両手で掲げて防いだ。

 しかし、ビリビリとした衝撃が杖を通してモモンガの骨を震わせる。

 

 

「今の一撃を防げたのは褒めてやろう。だが我の力はこんなものではないぞ!!〈能力向上〉〈能力超向上〉そら、もう一撃だ!!」

 

「がはっ!?」

 

 

 武技によりエルフ王の身体能力が跳ね上がる。

 横薙ぎに一閃された二撃目は直撃してしまい、衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされた。

 エルフ王の攻撃はモモンガの上位物理無効化Ⅲを確実に貫き、少しずつだがダメージを与えていた。

 

 

「ヒューミリスの能力が発動しない…… お前のタレントとやらは本物だったか」

 

「くっ、なかなか痛い。 運営め、本当に物理攻撃しか上がってないな。せめて防御力も上げてほしかったものだ。〈上位硬化(グレーター・ハードニング)〉〈上位全能力強化(グレーター・フルポテンシャル)〉」

 

 

 幸い籠手に当たっていたため、骨を断ち切られずに済んだ様だ。相手が何かを勝手に納得しているが、今は考える余裕はない。

 吹き飛ばされた先で体勢を戻しながら強化魔法を唱える。モモンガの力はエルフ王を超えているが、防御面は完全に負けている。魔法で強化した事によって、防御のステータスは多少マシになっただろう。

 

 

「はぁっ!!」

 

「ふんっ!! 魔法で自らを強化して殴りに来るとは面白い。だが、その程度の攻撃など効かん!!」

 

 

 杖を鈍器として振り回すというモモンガの力技をエルフ王は剣術で受け流していた。

 今のモモンガの物理攻撃力はレベル100の戦士職にも劣らない。それをいとも容易く防げるとは最強の名は伊達では無かった様だ。

 

 

「ならば!!〈骸骨壁(ウォール・オブ・スケルトン)〉〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉」

 

「こんなもので止められると思ったか!!〈剛腕剛撃〉〈強殴〉!!」

 

 

 モモンガが魔法でアンデッドで出来た骨の壁を出した途端、エルフ王は瞬間的に腕力を強化した。

 更にスケルトン系の打撃に弱いという弱点を突き、そのまま殴打系の武技で壁を殴り壊した。

 ――しかし、崩れた壁の先にモモンガはいない。

 

 

「喰らえっ!!」

 

「しまっ――!?〈不落要塞〉!!」

 

 

 壁で相手の視界を塞いだモモンガは、その瞬間に転移で背後に回り込んでいた。

 エルフ王が気づいた時には既に振りかぶっており、そのまま全力で杖を叩きつけた。

 しかし、相手はギリギリで左腕を出し、防御系の武技を発動させたようだ。生身と杖がぶつかったとは思えないような音が鳴り、モモンガ渾身の一撃は弾かれた。

 武器や盾ではなく腕で発動に成功している事から、エルフ王の武技の技術力の高さが垣間見える。

 

 

 

「くっ、なんて馬鹿力だ。〈不落要塞〉を使ってもここまで衝撃が残るとは……」

 

「今のは決まったと思ったんだがな。武技というのは随分性能が良い技らしい」

 

(小癪な。我を力で上回るとは、ふざけた魔法詠唱者だ…… だが、戦士としての技量は素人)

 

「次は当てるぞ。〈骸骨壁〉〈竜の力(ドラゴニック・パワー)〉」

 

 

 相手が少しでも弱っている隙に畳みかける。相手の腕が痺れている間にモモンガは再び魔法を発動し、エルフ王の目の前に壁を作った。

 

 

「そう何度も同じ手を喰らうか!! そこだぁっ!!」

 

 

 頭上から来る杖の気配を感じ取り、迎撃のために全力で剣を振るう。

 しかし、意外なほど簡単に杖は弾けた。

 予想外の出来事に思考が一瞬固まり、僅かに隙を見せてしまう。

 

 

「何っ!? 杖だけだと!? 奴は何処に――」

 

 

 ――壁から拳が飛び出して来た。

 

 

「うらぁっ!!」

 

「がっはっ!?」

 

 

 モモンガは壁を作り、今度はその壁ごと殴り飛ばしたのだ。

 ご丁寧にバフまでかけた今日一番の力でだ。

 

 

「杖は転移させたブラフだよ。同じ手ばかり使うわけないだろう」

 

「クソがっ!! やってくれたな…… もう容赦はせん!!」

 

 

 今回の戦闘で初めて傷を負った事で、エルフ王の怒りが爆発した。

 血反吐を吐きながら立ち上がり、怒声を上げながらモモンガを睨みつける。

 エルフ王は腕の痺れが回復すると即座に武技を発動し、モモンガが魔法を唱えるよりも早く斬りかかった。

 

 

「ハアァァッ!!〈流水加速〉〈斬撃〉〈斬撃〉〈斬撃〉〈斬撃〉〈斬撃〉!!」

 

「がぁぁぁっ!?」

 

 

 急加速からの流れる様な五連斬。

 前衛職としての経験が足りないモモンガは、連続して放たれた攻撃を防ぐ事が出来なかった。

 エルフ王と違って戦士並みの身体能力があるだけで、技術が無いという事が見抜かれてしまっている。

 斬られた衝撃でフラフラと後退し、いつのまにか近くまで来ていた湖の畔で膝をつく。

 

 

「はぁ、はぁ、随分と上質なローブを着ているのだな。先程から何度も斬っているのに、まだ破けないとは…… だがダメージは通っているようだ」

 

「くっ、ここまでの力があって、何故お前はあんな事をする…… 無理やり強い子供を作ってどうすると言うんだ」

 

「あんな事? ああ、そんなのは決まっている。最強の軍団を作り、世界を手に入れるためだ。あれらは全て我の野望を実現するための道具に過ぎない」

 

「自国の民を、自分の子供すらも道具だと言うのか?」

 

 

 エルフ王は何を当たり前の事をと、馬鹿にしたような笑いを漏らす。

 

 

「我の方こそ分からん。お前は何故こんな無駄な事をする?」

 

「こんな私でも本気で信じてくれている人がいる。今の俺にとってそれ以上に大切な物は無い」

 

「なぜこの状況で笑える?」

 

「ああ、あと個人的に女性を道具の様に扱うお前が気に食わない。それ系の事にトラウマ気味の連れがいるというのに…… 」

 

「ふん、他種族の問題に首を突っ込み、そのくせ我の問答にはロクに答える事が出来ないか…… 中身のない奴だ」

 

「そんな男一人斬れない王様は何処のどいつだ。こんな安物のローブくらい貫いて見せろ。貴様の魔剣は爪楊枝ほどの鋭さも無いのか?」

 

 

 ボロボロにやられて膝をついている。それでもこちらを煽る事を止めない。

 こんな奴は相手をしてもイライラが溜まるだけだと、さっさとトドメを刺すことにした。

 

 

「道化の戯言は聞き飽きた…… もうよい、それを貴様の遺言としよう。〈疾風走破〉」

 

 

 エルフ王は剣を両手で持ち、腕を大きく引いて刺突の構えを取る。

 更に武技を重ねて発動し、自身の速度を極限まで高めた。

 

 

「死ねっ〈神穿撃〉!!」

 

 

 刺突系の武技〈穿撃〉に改良を加え、鋭さと速さを神域まで高めたエルフ王のみが使える絶対の奥義。それを終わりの一撃として放つ。

 

 

「っあ……」

 

「モモンガぁぁぁぁ!?」

 

 

 モモンガはその奥義に反応することすら出来ず、お腹から背中までを真っ直ぐ貫かれた。

 エルフ王に寄りかかる形で、体から力が抜ける様にゆっくりと頭が垂れる。

 それを見て先程まで固唾を呑んで見守っていたカナトの悲鳴が辺りに響き渡った。そして彼女はそのまま気絶してしまう。

 しかし、その隣でツアレは黙ってモモンガを見つめ続けていた。

 

 

「人間にしては強い方だったが、何とまぁ呆気ないものだ――がっ!?」

 

 

 ――ギシリ……

 

 

 エルフ王が剣を引き抜こうとした時、自分の腕から嫌な音が鳴った。

 先程事切れたはずのモモンガの腕が、何故か自分の手首を掴んでいる。

 

 

 ――捕まえたぞ。

 

 

 そのまま万力の様な力で握り締められ、右腕から耐え難い激痛が走った。

 

 

「ギャァァッ!? 離せっ!! 何故だ、何故生きている!? 確実にローブごと貫いた筈だ!!」

 

「お前の言う通りだよ。私は中身のない奴なんでね」

 

 

 まぁ骨は削れたから痛かったが。モモンガの言葉はエルフ王にはもう届いていない。

 理解出来ない現実に脳の処理が追いついていなかった。

 

 

「この距離なら外さんぞ。殴り放題だ!!」

 

「グゥゥゥッ!!〈不落要塞〉」

 

 

 握り締めた相手の右手を決して離さず、ゼロ距離から拳を連打する様に叩きつける。

 しかし、それでも相手の武技に阻まれて僅かしかダメージが通らない。

 

 

「〈飛行(フライ)〉死ぬ気で頭を冷やすんだな!!」

 

「何っ!? ゴボボッ!?」

 

 

 キリがないと悟ったモモンガはエルフ王を持ったまま飛び上がる。

 そして湖面に向かって全力で叩きつけた。

 

 派手に飛沫をあげながら、エルフ王は湖のかなり深くまで沈んだ。

 しかし、モモンガの手から逃れることが出来た。身体を休ませたい彼にとって、寧ろこれは好機だ。

 

 

(馬鹿め。私に再び反撃の機会を与えるとは…… 上がったら首を落として今度こそ殺してやる!!)

 

 

 水面を見上げると太陽が反射して薄く光っている。

 息が続く間にゆっくりと浮上し、少しでも身体の調子を戻す時間を稼ぐ。

 その間、手を閉じたり開いたりして様子を確かめ続けた。

 よし、もう大丈夫だ。右手は剣を握るのに何の問題もない。

 

 

「――っぷはぁ…… はぁ!?」

 

 

 水面から顔を出すと、なんと目の前にあったのは巨大なドーム型の立体魔法陣。

 蒼白く光っており、水中から見たあの光は太陽なんかでは無かったと知る。

 

 

「発動前に上がってきたか。そのまま死んでしまうんじゃないかと冷や冷やしたぞ」

 

「黙れっ!! 貴様の魔法なぞどれ程当たろうが毛ほども効かんわ!! どうせそれも見掛け倒しだろう!!」

 

 

 砂時計を片手に持ったモモンガが余裕の表情で話しかけてきた。

 こっちが水中にいるため、どうしても相手を見上げる形になってしまう。上から物を言われている様で、エルフ王にとってはこの上ない屈辱だ。

 

 

 

「どうせ最初の一撃で判断したんだろうが、その慢心が命取りだ。道化の魔法を舐めるなよ」

 

「何をしようが所詮は下等生物!! 待っていろ、今すぐ上がって貴様の首を――」

 

(時間切れ――さぁ、フィニッシュだ)

 

 

 立体魔法陣が更に輝きを増していく。

 そして、エルフ王が陸に上がろうとする前にモモンガの魔法が発動した。

 

 

 ――〈超位魔法・天地改変(ザ・クリエイション)

 

 

 

 

 ツアレは最初からずっとモモンガの戦いを見ていた。

 魔法を撃たれた時も、何度も斬られた時も。

 魔剣で貫かれた時は思わず悲鳴を上げそうになった。

 モモンガの苦しげな声を聞いて目を背けたくもなった。

 それでもずっと見ていた。

 信じているから、約束したから。

 

 

「勝ったぞ、ツアレ」

 

「はい。ずっと見てましたよ、モモンガ様」

 

「とっておきの魔法、中々凄かっただろう?」

 

「はい、とっても。でも、この戦いがカッコイイかどうかは微妙ですよ。最初にお互いに名乗るシーンすら無いですし」

 

 

 そう言われてあのエルフの名前を知らない事を思い出した。まあ今更知ってどうなる物でもないし構わないだろう。

 

 目の前に広がるのは真夏だというのに凍りついた湖。

 そして頭だけが凍った湖から生えるように出ているエルフ王。

 顔がパンパンに腫れており、耳が尖っている以外エルフの面影が無い。

 

 

「アイツへの鉄拳制裁はもうちょっと考えた方が良かったか。でもほら、同族からもボコボコにして欲しいって言われてたし」

 

「動けない相手を殴る様は完全に悪役でしたよ……」

 

「途中からグーは不味いかと思ってビンタに変えたんだが…… そうか、それならしょうがない」

 

(殴ってから考えようは俺には向いていなかったかな…… そもそもこういう事自体が柄じゃないし、物理でどうにかするのは慣れないな)

 

 

 一度何かを考えるように顎に手をやった後、モモンガはこちらを向いた。

 

 

「なぁ、ツアレ」

 

「なんですか、モモンガ様?」

 

「修正しといてくれ」

 

「……はいっ!! 任せてください!!」

 

 

 モモンガからのお願いに、ツアレは満面の笑みで答えた。

 

 

 

 

 




ちなみにサブタイトルはエルフではなくエロフです。



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