夢を見ることを禁止された世界。
そこに生きているの人々は、どいつもこいつも顔が死んでいてつまらない。そりゃあ当然だ、夢なんて抱いてはいけないのだから。夢を抱いた瞬間にどこかしらない場所へと飛ばされる。そんな世界だ。だから、どいつもこいつも夢もなく腐って生きている。
お陰様で『部品としての人間』は大量生産。夢もなく、やりがいもなく、淡々と機械として働く人々。どいつもこいつもそんなやつらばっかりだ。
つまらない。
つまらない、退屈だ、おもしろくない───子供かと思うが、人間が人間たる所以を忘れているようで無性に気持ち悪い。
不気味の谷という言葉がある。ロボットがある一定のラインを超えて人間に近づくと、途端に気持ち悪さが増すとか、そんな感じの意味を持った言葉だ。
この世界の住民は、自分からすれば全部それに引っかかっていた。
めいめいに叫べ、語れよ夢を。そんなことすら許されない世界は非常に退屈だった。自分のような人間からすれば、刺激がない人生ってのはどれよりもつまらなくて、だからずっとそう思っていた。
この世界は酷く綺麗だ。だが、綺麗に過ぎる。ハロウィーンにある渋谷の汚らしさも、夜の都会の喧騒もなく、毎時毎分まるで田舎の夜中のような静寂。最低限の言葉しか交わしやしない。
さて、こいつはどういうことか。人間は孤独に耐えられるようにはできていない? いや、交流を求める心が無ければそんなの耐えるまでもない。だって、生まれたときから孤独だから。
万が一にも情が生まれないように、この世界は生殖を親の胎で行わない。そもそもセックスをする、子作りをするという思考もない。
終わってしまった世界。病的に時化た世界。まるでせんべいに水をぶっかけたような、ふやけて食えたもんでもない世界。
えずくてえずくて吐き出してしまいそうだ。最悪だ。
けどなにをするわけでもない。だれも夢を見る機能なんてない。だからだれもなにもしないのだ。そもそも、それをだれもがおかしいと思わない。
どいつもこいつも今日も部品の人生だ。続く、続く、終わらない。
未来は白紙だと言えども、あらかじめルートは決められている。
人間が成長の指向性を定めるのは二歳の時と言われている。二歳の時に親からかけられた言葉の通りに、子供は成長しやすいらしい。
だからこそ、才能を伸ばすということは難しいものだ。環境に支えられる必要があるのだから。
だからこそ、この世界はよくできている。そもそも親が存在しないのだから。指向性など定まるわけがない。ロボットに育てられた人間は、ロボットのようにしか育たない。
でも機械は傷つかない。
心なんてあやふやがないものだから、傷つかない。いざこざがあっても気にしない。怒られても傷つかない。そこだけは機械のあり方が、凄いと思う。怒られることは怖いのだ。なんで自分は、こうして怒られている? 怖い。怖い。責め立てられる感覚。自分は、特に要領の悪い人間で、そんでもってプライドだけはいっちょまえだから、怒られることは嫌いだ。
怒られない夢の世界に沈んでいたい、と思ってしまうことだって多々ある。
でも、それってほんとに正しいのだろうか? 機械として生きて傷つかないから幸せですだなんて、言えるのだろうか?
例えば? 例えば夢。
例えば? 例えば羨望。
例えば? 例えばミライ。
きっと未来につながっているんだ。夢は、未来へと。
だから夢を見ない、ただ淡々と日々を生きている人を許せない。
例えば、すべての努力はなににつながっているのか、という話をしよう。
そりゃあ、当然身を結ばないこともある。けども祝福されるのだ。祝福されたのだ。
昔取った杵柄という言葉のように、ひょっとしたらそれが衰えず、なんらかの役に立つこともあるかもしれない。夢が遠くても関係ない。指が撓って、明日が咲くのだ。軋むのは今。いつか、跳ねて飛び立つこともある。
さぁ、捧げよう。この世界になにが残るかな? なんて小さく呟いた。奇異の視線が貫いた。
それも、一瞬。機械はなにも感じない。機械はなにも思わない。だから、
それがなんともおかしいことだと、
せめて小さく盛り上がりが必要だ。点火してやるのにはまだ早い。だから、盛大になにかをやらかすならいつだ、というのを確定しようとし、
せわしない世界の中へと溶け込んだ。
暗澹と翳る世界の片隅を、たしかに観測している存在がいるとしたらどれだけよかったのだろうか、と思いつつ、しかしそこは自分にとっては絶好のフィールドだ。身を浸す。場所はどこへ? どこへ? と、そう思いつつ、気配を殺しつつ、先へと向かう。
現在いる場所はこの世界に幾つもあるもの。
───『育児所』、だった。
そこがいかに残酷な場所であるか、というのは知っている。自分は何度も見てきた。消えていく子供。自分の番を、ただ怯えながら待つ。そうしてやがて機械にされていく。鎮魂歌を添えるように、おぞましさが嘆いた。
自分がなにをするべきか、というのは、すでに頭に入れている。何人もを見捨ててきた。だから、今回はだれも見捨てない───全員を救い出す。それが、救われた自分のやるべきことなのだろう。
この育児所というものは、基本的に
それは自分が昔入っていた場所だ。だから、そこには何があるのか、なにが行われていたのかを知っている。
───洗脳だ。
ありえない、と思うだろう。しかし、そうしないと夢を見させないなんて不可能だ。そもそも、どうやって夢を見ていないかを判別するのだ。そんなことができるわけがない。だから、夢を見ることを制限するには、その方法が一つ。
すべての人間から、それができないように自我を消してしまえばいい。
ああ、だから、この世界には、自分のようなイレギュラーがそこそこな確率でいることがある。そういうイレギュラーは、基本的にはゲーム・オーバーになってしまうだろう。だけど、
欠けたイレギュラーは補充しないといけない。
故に育児所に来た。輪郭のない不安が首元を掻き毟っているのを無視しながら、先へと進む。自分の変わりは用意できるはず。自分の代替は存在する。だから、使い潰すつもりで駆ける。そういう考え方をしている自分も機械っぽいのかなぁ、なんて思いながら、油断など一切せずに、息すらもずっと殺して、進む。
装備は今の世界でいえば、最高のものをたくさん用意した。包丁、そして銃。防具は体を隠すコート───目深に被っても動きが鈍らないように、何度も練習を重ねた。だから、大丈夫。
このミッションは成功する。
「───!」
と、そんなことを思ったからか、かたんと物音がして、即座に飛んでから、無理矢理壁に立つ───技術としては、そんなに難しくない。体重操作で、前方に重心を持っていき、そうすれば上がる速度と落下する速度が釣り合って、壁に立った状態をキープすることができる。
「……………………」
なんだ、ネズミか、と思った瞬間、そのネズミがレーザーで消し飛んだ。
「えっ」
どういうことだ……? と、思いながら、とりあえず状況を把握するために多めに持ってきた食料を、一欠片、ネズミの肉片がわずかに残っている場所へと投げた。直後、その場所に前方からビームが飛んできて欠片も残さず消える。
ああ、うん、と頷いた。
これ無理ゲーでは……?
とはいえそこで諦めることはできない。これ、あくまでも防衛プログラムとしてビーム撃たれてるわけで、監視塔にデータが行ってるとかそういうわけじゃないのだ。だからこそ、ビームを回避することができたら問題なく、施設の中に入ることができる。
故に実践した。
まず、どの範囲でビームが撃たれるのかを確認しておく。軽く食料を撒いて、ビームの太さ、速さを確認し、そのまま、コンビニに入る程度の軽さを意図的に持ったまま、
───範囲に入る。
直後に視認できないほどの速さで飛んでくるビームを、右斜め前へと飛びながら回避した。直後、飛んでくるのは、
───視界を埋め尽くすビームの範囲制圧。
「やっぱ殺意クソやな」
小さく呟きつつ、流石にこれはどうしようもないので、どうするのか、というのを頭の中で確定する。そりゃあ侵入者が滅多にいないわけだ。これだけの殺意高い攻撃とかどう避けるんだよ、なんて思いつつ、触れた瞬間消し飛ぶというのはわかるので、触れないようにどう回避するのか、というのを考える───これ無理じゃね? と命の危機に加速する思考速度が、一旦結論づけた時点でゆるやかに元へと戻っていく。
とりあえず、やるだけやってみるか、と決めてから、銃を構えた。用意したのはレーザー銃。反動なんてないが───これを使えるのは一発限りだから、ここで使いたくなかった、という考えがある。
温存を考えたら死ぬ状況なので仕方ない。
撃った。
直後に、空間に
そのまま突っ込む。
───そうして、一番始めにして、最大の関門を抜ける。
あとはそのまま道なりに進んでいくだけだ。それだけで、そこに着く。だから焦らず、しかし慎重になりすぎずに少しずつ進んでいく。
道中に遭遇したマシンを増援を呼ばれる前にすべて頭部を引き裂いて無力化しながら、進み、ようやくそこにたどりつき、
───死んだ目をした少年を見た。
「んでどーすればいいんだこれ……」
自分は育児なんてしたことないぞ?
そう思いながら、死んだ目をした少年の頭を撫でる。人の体温と触れ合うということ───それが一番大切だった。この世界で、一番大切で、
だれもが持っていないものだった。
故に少年を抱きしめるようにして、互いに馴れ合うように体温を交わしあった。死んだ瞳の少年は、ゆっくりと、こちらの背中に手を伸ばしてくる。
そうして互いにいつまでそうしていただろうか? しばらくの間そうしていて、こちらからふと離れることにした。
「……名前がないってのも不便なもんだな」
この世界の人間には、根本的に名前がない。自分も、少年も名前は存在しないはずだ。なんせ、その意義が理解できないのだから。だから名前は用意しない。それは、そういう世界だった。
だれとも引っ付くことなく、識別されることなく、機械みたいにどいつもこいつもが生きていやがった。
「お前は……喋れるかい?」
「……一応は」
少年は、そうして、拾ってきてから初めて喋る。それに少し驚き、しかし少年の声が、とても心地のいい声だったので、少しだけ笑ってしまった。
───抱きしめる。
「……ねぇ、お前はさ、生きてるってどういうことだと思う?」
「……………………」
声はない。
「思うにさ、生きるってことを、この世界のだれもが知らないんだよ。だったら───生きることを、鮮烈に焼き付けてやりたいって思わないか?」
「……………………」
声はなかった。
それに少しだけ悲しんだ。悲しく思える心があった。それがなによりも嬉しかった。だから、その少年にキスをした。
そう、だから、それで自分は漸くと女なのだと実感した。
知識として女であるとは知っていた。知識として、知識として、知識として───知っていた。だけど、実際にこうして実感するのは初めてだった。だから嬉しかった。
生きているという実感があって───……
「そうだね」
少年が、そう言ってくれたことに、心はすっごく暖かくなった。
なんとはなくとも、生きているということはなによりも実感として享受することができると思う。しかし自分らにはそんなことができない。なんとか生きているということを知る以外にはできない。
だからなによりも生きているという実感がなく、生きているということの意味がわかっていない。この世界に存在するすべての人がわかっていない。
そんな中、特に自分は幸せに生きてるんだろうな、と思っていた。その少年と一緒に生きることが、自分がなによりも幸せに生きているんだろうな、と思っていた。
お互いにお互いの過去について知らない。だから深く干渉しない。互いが互いに、のんびりと互いを求めあって、生きているということを実感して、そうしてがんばって、死なないようにいる。
たとえば、無限に存在する世界のなかでは、こんなつまらない世界なんかよりよっぽどよい、素晴らしい世界があるのだろう。しかし、その世界の住民はその素晴らしさを理解できていないはずだ。だって自分たちがそうだったから。
こんなに手遅れにどろどろに失ってから、ようやって理解したのだから。だから、それを理解している人間なんて、存在しないのだと思う。ひょっとしたらこの世界だってまだマシな部類なのかもしれない。世の中にはもっと残酷な世界がいくつもあるのかもしれない。だがしかし、実際として、
この世界にだって、昔はだれにもちっぽけな幸せがあった。
こうして手遅れになってから、失ってから戻りたがる。そうして戻ったらまた失う。それが人間の性だ。
だからこそ───世界という、不確定な物体、物質に存在として意味はないのだと思っている。
ただそこにあるだけの世界。ただそこにあるだけの物体。ただそこにあるだけの概念。
そういうものを、きっと、人間は自分らを制約しすぎて、自縛しすぎて動けなくなってしまっているだけなのだ。少し引いて、俯瞰してみれば、きっと世界は花開く。虚構の価値でしかなかったものが、形をもって実際の価値になる。それが社会というものだ。生きている以上求めたがる理想郷がそこにはあるのだろう。この世界に、いや、この世界に限らずともどんな世界線でも生きていたなら、それがなにより尊いか、と思えるものがそれなのだろう。
……そんなのを求めたとして、そこに自由があったとして、人はルールを定めたがる。最悪のような気がする。だれかが小さく嘆く音が増えて、霞んで、踏み潰されていくだけ。
だとすれば、その理想郷もしばらくすれば無為に帰す。無駄なものだと嘲笑っているかのように、ぱっと姿を消す。
「感傷かな、違うかな……なんなんだろうね、これは」
そう呟いて視界を落とせば、そこには自分にひっついている少年がいた。目を閉じて眠っている。それを抱きしめる。
ここにちっぽけな幸せがあるとしよう。この世界のだれもが失った幸せがここにあったとしよう。だから、それを享受する───それは違う。
それじゃあ、みんながかわいそうだ。大昔には笑い会える楽園があったのに、一定の期間を過ぎてしまってから、こうして機械的な人間が大量に増えてしまったのだ。それはこの夢を見ることを禁じられた世界になった後から生まれた人で、彼らに罪なんてなにもないのだ。
娯楽を知らない。喜びを知らない。人と触れ合ったこともなく、世界のなにもから隔絶されている。
それがこの世界の人間だ。……それって、すっごい悲しいだろう? 自分はそう思った。だから、その現状を変えたかった。
人類最悪の日はある日唐突にやってくる、というが、たしかにその通りだと思う。最悪の時間がそこに、突然、ある日を境に───いや、水面下で着々と準備は始められていたのかもしれないが、突然現れたのだ。だからこそ、この世界というのは残酷だ。
ずっと前にもらい使い古したイヤホンを、これまたずっとまえにもらい使い古した音楽プレーヤーに接続する。今では充電をしていないと使えないくらいに、古いものだ。それは幼かった自分のアイデンティティだったとも言える。実際、自分はそれに存在を依存していた時期があった。
中に保存されている大昔の曲、適当にそれをシャッフル再生する。流れ始めた音楽に、軽く浸りつつ、のんびりとした一日の開始だと、壁に立て掛けた時計を確認して呟いた。
さて、ここで一つ問いかけだ。と言っても、これには正解もなにもないだろう。だってその正解を確かめることなんて難しいし、実例は実体験くらいにしかない。その実体験にしても、自分とは状況の違う人間ばかりしか集まらない。だからこの問には答えもなにもない。それでは問いかけだ。
娯楽もなにもない人たちに、歌を歌って聞かせれば、どうなるか?
行方知らずの感性は閑散とした街に足を止めさせる。
はるか遠くに見兼ねた世界を見て少しばかり息を吐いた。あの天上に坐す神々きどりの機械共は、世界をどう思ってやがるのか。
こんなに機械ばっかの人間がいりゃあ、あのきれいな空だって陰鬱に翳る。煤ばんでしまっている。大いなる黒い翼が世界を隠してしまっている。まるで公害だ。憂鬱と言う名の公害だ。お前こそが残酷な公害だと、何回目かに呟きかけた。それを聞き咎める人間なんていないと知っているが、それを呟くつもりにはなれない。
とりあえず、スーパーに入った。そこらへん、しっかりと用意されてやがる。食事をしないと人間は生きていけない───だから、その材料を買う場所くらいはこんな世界でも用意されている。
その中に会話はない。其処に意志はない。どこにも、この世界にはなにもない。そんなくそったれな世界がここだ。
命なんてものが見えない。
遠ざかってしまっている。
簡単に命というものは逃げる。どこにも存在しないようなあやふやな物質であるが故に命というものはすぐに消えてしまう。それは、自分らがだんだんと朽ちていくような世界で、だとすればなにも残らないようで、生きていてもそいつらは死んでないだけで、生きていることすらも薄氷の上でタップダンスしているようなものじゃなくて、機械が淡々とルーチンワークを熟すだけ。それがこの世界。
最悪だなぁ、と思いながら食材を買った。そうして、どうもこうもなくただ帰ろうか、と選択する。
帰り道の最中に子供を見た。
淡々と生きてるだけの子供を見た。そいつが目に入った。入ってしまった。淡々と生きてることが嫌いなのに、そんな子供までも淡々と生きていやがった。最悪だ。最悪の世界だ。
世界を変える力なんてない。革命を起こすことなんて難しい。たった一人しかいない。それだけしかいないのに、自分はどうして、それを考えているのだろうか。そんなことを考えながら、ゆっくりと深呼吸して、家へと帰る道を歩き始めた。
背中に、なんでお前だけが生きてやがるんだ、と呪う子供の声がした。それに振り向くことはない。決別した過去だ。それに取り合うつもりはない。だから足を止めない。ゆっくりと瞼に指で触れるような感覚。その奥にある眼球を引き抜こうとする、そんな感覚を感じる。
生きたかっただれものうえに立って、今の自分は生きている。だからこそ、淡々と日々を食いつぶす生きているだけのやつらが大嫌いなんだろう。そう自分でそいつを分析してから、ただ足を進める。
生きる意味はない。生きることに意味を見出すことが生きる意味なのだから、結局、生きている意味などあるはずがない。
物事の結果よりも動機の良さを良しとする哲学家がいた。自分はそちら方面に精通しているわけではないので、それがだれなのか!どういった人物なのかなどは知らないが、たしかにそういう人物がいた。それだけは知っている。
ばちり、と小さく電気が生まれた。それは一瞬で霞に溶けていく。そうして死んだ。人の感覚からすれば、それは一瞬だ。同様に人の一生だってだれかからすれば一瞬なのかもしれない。
小さく吐いた息のように、物事はいつも霞と同化して諸行無常に耽っている。たぶんそれは、自分だけの感覚なのだろう。
今まで死んできたもの、生きてきたもの。
それら2つが混ざったら、それは生きてもいないし死んでもいないということになるのかな。
いや、そんなわけがない。そもそもそんなものが混ざるわけがないのだから、その考え方は間違っている。小さく音が鳴り響く。悲鳴が自分の耳を通り過ぎていく。ぴちゃりという水音は聞こえない。……聞こえない。
聞こえてはならない、というわけではないが。けれど、聞こえないと思ったほうがいい。精神衛生上。
怨嗟の声だけ溜まっていく。殺された子供が、呪いを叫んでいる。幽世へと向かうことができなかった彼らは、幽明界を異にすることをできなかった彼らは、未だこちらの世界に留まり続けて生者に永遠の殺意を溶かし込んでいく。
……生者は、気づけば減っていく。子供たちの無邪気な悪意はだんだんと心を汚染する。
けれど、この程度なら全然問題ない。失った悲しみなんかに比べたら、こんな悍ましいもの、どうでもいい。
自分が生きているのか? その感覚すらもう失いかけた。ああ、でも、まだ生きている。だってこんなにも痛いんだから。
───親を喪った悲しみと、世界の全てを比べてしまっている。
だから、ここに生きていた同僚たちが死んでいくことに関してもなにも思わない。それがどれだけ最低なことなのか、ということもわかっていて、けれど悲しむポーズをする気にもならない。
今は少し数の減った、幼い同僚ども。密告して殺そうとするやつがいないかと勘繰り合うことももうしない。だって、だって、……だって、なんだろう。わからない。なにも考えられない。死んだ父親と、死んだ母親。引き摺って連れてこられたこの施設。生きた父親と死んだ父親。お前はだれだ。それは父親だ。死ぬときまで笑ってるんじゃない。あんたは父親なんだろう? 死んだことで開放されたみたいな顔するんじゃねーよ。
まるで、自分が邪魔だったみたいじゃないか。
愛されたい。必要とされたい。一度味を覚えてしまったら、求める以外はできない。でも求められない。だから記憶の海に浸る。浸かったその場所から浮かび上がれない。窒息するくらいに詰め込まれる。
そうしていつか体が破裂する。
それが人間だ。いつのまにか許容量すら見極められないくらいになってしまう。欲が身を滅ぼす。それが人類だ。
醜くも愛おしい、と思いもしつつ、それ以上に悍ましい。
そんなことを考えていた日、
───自分の番がとうとうくる。
ようやく、自分が死ねる。それがなによりもうれしかった。愛されない自分に価値なんてなかった。愛されることが命の価値だった。だから、その価値がない自分には価値なんてなかった。
なかったのだ。
なかったのに。
先行するロボットみたいなやつのあとをついていく。そうして、とある機械のまえに到着する。手で指示された通りに、機械に頭を通す。そして自分が死ねるのを待った。
漸く、漸くだ。
このつらさから開放される───
と、思っていたのに、そこからなにも始まらない。困惑する自分のまえで、自分を案内してきた男が、頭を弾け飛ばして死んだ。その中身が体にひっついた。
……機械みたいなやつのくせに、何故かあったかかった。記憶にある父親のようだった。たしかに、父親のあったかさだった。
「……おとーさん?」
ふと、そう呟いた。そいつが自分の父親だと、そのときは本気でそう思っていた。そんなのありえない。どう見ても父親らしくはない。強いて同じ場所をあげるとすれば、死体という一点、ただそこのみ。
だけど、それを父親だと思ってしまった。そのせいで冷静にその死体を見ることができなくなったしまった。
繰り返すフラッシュバック。血の暖かさ。死体の熱さ。生きているときよりも清々しそうな表情。
気づけば機械から頭を引き抜いて、そうしてその死体に駆け寄っていた。正常な判断が下せない。自分が自分でない感覚が……たしかにそこにあった。だけれど、ひょっとしたらこれが本当の自分なのかもしれない。嘘が剥がれた自分がこれなのだろう。
きっと、どこまでも子供だった。弾け飛んだ頭に触れて、気持ちの悪い感触を堪えて、溢れたそれを、吹き飛んでなにも留めることのない頭へと手で戻していく。いくらやっても溢れてくる。いやだ、一人にしないでくれ。そう思っていた。もうとっくにひとりだったはずなのに、本気でそんなことを思っていた。
だから、その子供はどこまでも気持ちが悪かった。最悪だった。そんな子供を見て、けれど気持ちが悪いと遠ざからなかったそいつは、こちらの手を掴んで留める。
「……それがお前の父親だったなら、すまない。だが聞いてくれ。お前はこのままここにいたら死ぬことになる。だから、俺についてきてくれないか?」
「……………………」
その言葉に、黙って従った。
そしてその場所───『育児所』から抜け出すことになった。
怨嗟で構成された悪魔の胎動を耳にしながら。
家に戻る。世界から断絶される。少年が、家の奥から現れた。
この部屋に入った瞬間、あらゆる呪いから断絶される。断罪から逃れることができる。だから、自分の部屋について、大きく息を吐いた。
いずれ、あの悪魔もこの部屋に入ってくるかもしれないな───なんて思いつつ、買い物袋を、リビングのテーブルに置く。中には大量の食材だ。贖罪の食材、なんて簡単に呟いてみて、一体なんだそれはと自分で笑う。
とりあえず、足の早いものだって買ってきたのだ。だからさっさとしまってしまおうと冷蔵庫を開けて、そのまま普段やっているように冷凍室と冷蔵室で入れるものを仕分けながら、買ってきたものを全て収納する。
買い物袋は……要らないか。すぐに丸めてゴミ箱へと袋を投げた。そうして、カレンダーを見る。
……そろそろこの家も捨て時だな、と判断する。
この世界では一年に一回家宅捜索が行われる。不貞がないか、というものだ。その時期は不定期だが、ロボットが定めるようなものだ。問題なく法則性を観測することができる。
……いや、時期までの間に、いっそやってしまうか? そんなことを考えつつ、思考を纏めるために少年を抱きしめた。
「……!?!?!?」
んー、どうするか。どっちにせよ、道具の準備はもう終わってんだよな。だとすると、決行自体はいつだってできるわけだ。けど、やってしまったあとのことを考えると───少し、迷う。
「お、おーい……?」
また、道具の準備が終わってるとして、自分一人でそれを設置することも難しいだろう。まだ同じような存在とのコンタクトを取れていないのだ。少年を手伝わせるにしても、合計二人。そんな状態で決行するのは無茶だと思う。
「聞いてんのかおーい」
さて、どうしようか。物事は早いほうがいいとはいうが、この場合はどっちだ? 下手に引き伸ばすと、状況が変化するかもしれない。だからこそ───今、さっさと目星をつけていっそやってしまいたい。
「おい、おーい?」
だが待て早計は駄目だ。潮時を見極めなければならない。……どうするか。どうしようか? うーむ、実に迷う。
「聞けよおい」
「うっひゃ!? ……なんやねんエロガキ」
「は? ことあるごとに人を抱きしめるやつよりマシだと思うんだけどー! だけどー!?」
「は? こっちの顔を見ろ。……見たな? どっからどうみても母親の顔だろ? ほら、だからこっちが抱きしめることに関してはなにも悪くはないだろ? QED。アガサ・クリスティー」
「エラリー・クイーンだろお前」
よくまぁ知ってる。ひょっとして、こいつの親は結構頭が良かったのでは? この娯楽が死滅している時代で、ミステリーの話ができるとは思わなかった。
まぁ、互いに趣味がなぁ……と思うのも事実ではあるが。普通はライトノベルとかのほうが先に出るのだろうが。そう思うのは、娯楽最盛期を知識として知っているからだろうか?
───逆説として、知識としてしか知らない。
そう、だからこそそれは悲しかった。だからとりあえず、先程からずっと胸の部分に這っている手を掴んで、取り除いた。いや、別にその程度なら特になにも感じないので問題はないのだが。
ところで、唐突な話。基本的に女性は胸で快感を覚えないらしい。あっても乳首など、特に刺激を感じやすい部分くらいしかないらしい。あるいは相手に求められることが興奮するという人もいるらしいが、だからとりあえず、基本的にセックスをするときとか、胸はそんなに必要ないらしい。
唐突に思い出したのでとりあえず上げておく。
少年にも人間性を見ることができるようになってきた。それは、少しうれしく思う。頭を撫でて、そうして、少年を持ち上げて、部屋に適当に置いてあるベッドの上へと座る。少年は膝の上へと乗せている。
わずかな重みは命の重み。それを背負っている自分は、まだ生きている。体の中に命がある。だから、大丈夫。
この子を残して死にたくないなぁ、とふと思った。
「少しだけ話をしよっか」
「ん? なんだよ急に」
「うーん結構辛辣ね」
けれどそれも人間性だ。こちらの背中に手を這わしているその少年の背に自分も手を通して語り始める。
「この世界の人はそうじゃないけど……そんなこと考えれないようにされてるけど、やっぱり人って、なによりも自分が好きな世界観に準じるもんなんだよ」
「あー……? えっと、なんだ?」
「たとえばさ、人の本質をグロく描く小説書きと、人の本質を尊く書く小説書き。その2つって、それでも個人の趣味と考えなんだよ。だからその二人は、描く世界観の一員として自分も世界観に沿ったような人間になる。それが多様性っていうんだと思うよ」
そう、
「───根本の部分からこの世界は間違えちゃったんだよ。夢を見ることを禁止にしたらさ、だれもが抱く物語は全て夢想の産物じゃん。だからそれら全部が消え失せる。この世界はなによりも大切なものを壊しちゃったんだよ」
「……………………」
そりゃあ、ルールで縛ることによってなんとか保っているものだってある。けれど、一番大切なところを消し去ってしまえば、人からはなにも残らない。それって酷く悲しいことだ。悲しいことなんだ。
少年の左胸に手を当てる。心臓の鼓動がそこにある。規則正しい振動が生きていることを示してる。
なにを思ってこんな世界を作ったのか。なにがあってこんな世界になってしまったのか。それはわからない。ひょっとしたら、結果がどうしようもなく駄目だっただけで、その動機はどうしようもなくいいことだったのかもしれない。
動機の善を求めよ。
世の中に悪人はいっぱいいた。それを正したかったのかもしれない。ひょっとしたら、だれも悲しまない世界を作ってしまいたかったのかもしれない。
現在はそれは想像でしか補えない。だけど、思うのだ。そんな奇跡のような話ならどれだけいいか、と───
だからこそその地に立った。
「よし」
装備は───少年を拾い上げたときのもの。今回は銃に込めたのは、連射性、制圧性を重視したもの。
それだけフラットな装備でいながら、そこへと足を踏み入れた。天に坐す神気取りの元へ、あるいは世界を変えてしまいたかった人間のもとへと。
───世界の中心へと。
呼称するなら『摩天楼』。この世界で一番高い建物を気取っている、機械共の本拠地へ。
踏み入れる。
そのまま、バレないように、鍛えた体でここらへんは、
一歩一歩、戸惑わないように進む。
あっさりと───その頂上へと到達した。
「……………………」
おかしいな、と思う心はあった。おかしいな、と思う気持ちもあった。だけど、それら全てを飲み込んだ。やがてわかってしまった。何故こうまであっさりとたどり着けたのかをわかってしまった。
だから、ゆっくりと歩いた。摩天楼、その頂上。風がガラスを撫で付ける。全面が鮮やかに青い色のついたガラス貼り。世界を俯瞰することができる世界。
太陽が世界を白く、青く染めあげる。この世界のなによりの絶景だと思った。けど、工場見学をしているような淡々とした人々が見下ろせる。
その中心に───その姿がある。
それは脳みそだった。重要に保管されている脳みそがそこにはあった。口を思考を言葉にするスピーカーに任せ、目を情景を脳に直接叩き込んでいる360度を取り囲んだ鏡に任せ、それ以外のなにもないただの脳みそはそこにあった。
『ああ、うん』
そうしてそいつは呟いた───それは、無機質だというのに疲れを滲ませていた。少なくとも、自分にはそう思えた。
『ここに来るのは、この時代が始まってから三人目かな。一人目は───懐かしい友。二人目は───君によく似た動きをしてた』
「……………………」
……兄貴が、ここに来たというのだろうか? 一応はあるのかもしれない。しかし、その兄貴も、この脳みそも、二度と会うことができないことを自分はなにより知っている。
脳みそは、こちらを見た。目なんてないけれどそれがわかった。
『僕がこの世界を作り出した人間だ』
それは、知っている。そうでもないとこんな場所にぽつんと一人でいないだろう。だから、それに知っていると返せば、そいつはどうやってかそれに、そっかと反応した。耳なんてないはずなのに。
『弁解なんて聞かないだろう。だけど、言わせてほしいことがある。お願いしたいことがある』
「なんだ、言ってみろ」
そういえば、その脳は笑った───少なくとも、そんなような気がした。
『この世界を、ぶっ壊してくれないか? 君が考えてるだろうその方法で』
「ああ、わかった。特大の夢を世界中に伝えてやる」
言われた願いに、同意した。
少年を引き連れて、世界の中心に立つ。機械共を強制的に世界の中心へ集まるように、世界中全てへと伝える。
そうして、だんだんと人が見えだす中、設備を用意し始める。全世界の人間がここに集結する。ひょっとしたらそんなことはできないかもしれない。ただ、今回、危険だからといって近づかなかった場所にそれがあった。絶好の機会があった。だから、受け入れた。この機会時代を終わらせるために、確実のチャンスを用意して、完璧に爆発させる。
機械共がこの場所にいない瞬間を見計らった。それは脳が教えてくれた。あの脳では人に希望を与えられない。感動を与えられない。心を芽生えさせることができない。だから今まで、なにかに手をつけることはなかった。
けれど、あの脳だって、きっと世界の安寧を願ったのだ。だから、志は同じ。
だからこそ命の炎を燃やすのだ。
「んじゃ、特等席から聞いててくれよ」
「OK、最高のライブを期待してるよ」
少年とはそう言って別れた。
時間はない。最初で最後の、自分が立つ舞台。
機械のように生きることほどだめなものはないし、終わっているものはない。
だから、───なんだってなれるし、なんだってやれる。なにもかもを作り出す、人間の世界観というものを全世界に届けてやるわけだ。
「───」
そうして歌い始めた。
思いをのせ、生きているということの意味こそを述べろ。
歌い終わり。
周囲を機械共に囲まれた。そりゃあこうなることなんて理解していた。だから、ここで終わるということも知っていた。この物語はこんな感じで終わりを告げる───そう、述べようとして、
ばきり、と音が響いた。
それは、ロボットが壊れる音だった。感情の起伏なんてないはずだった人間が、反抗する音だった。
こころが目覚めた音だったと、思う。
さて、この物語はこんなところで筆を収めようと思う。今後の顛末についてはまぁ……ミライの人でも想像できるとは思う。今のみんなは知ってると思う。みなまで言わせるな。きっと、それのミライは幸せだったんだろう、と思っておけばそれでいい。
けれど、最後に一つだけ書いておくべきことがある。それは一番大変なことで、大切なことで、尊いこと。……恥ずかしいから、ぼかしていうことにした。
───その後、わたしは、なによりも大切なものを手にしました。
執筆に2日もかかったのでまだ未熟かなぁって。あと、文字数に余裕がないと思って途中めっちゃ削減したら全然余裕ありそうだったっていう。二万文字に収めたかったんですけどねー……あと五千文字も書けましたねー……