美鈴おかーさん   作:茶蕎麦

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 ここまで読んでくださって、どうもありがとうございます!

 今回は旧作で言うところの東方幻想郷、幽香さん登場の辺りですね。
 化け化けちゃん達の大量発生からはじまる、長めの異変となりますー。

 ちなみに、ここの幽香さんはこの時点で名字付きで、神社の周りにすむ、数いる妖怪の中では最強クラス、の原文から最強を抜粋して本当に最強なのです!
 まあ、これは拙作ではありがちなことなのですがー。

 美鈴さんと幽香さんがどうなるか、楽しみにしていただけると嬉しいですー。


第十四話 負けないで

 全てに見上げられるためにある輝き。何よりも美しく刺激的な、一つ星の形象。

 それを計る数字になど欠片の意味もなく、どこまでも幻想的なその決めつけにこそ価値があった。

 

 曰く、最強。

 

 別段三千世界にて比べあったことすらないというのに、その個体はそうであるだろうと天辺付近の全てから認められていた。

 力が強い、ただそれだけの極み。それだけで神の権能やルールすら最早それには届かない。群を抜きすぎた杭は、天井を遙か下に望む。

 だから尽く滅ぼすことすら最早容易いというのに、しかしそれはいたずらに微笑んで佇むばかり。小さな小さな嫌がらせをして、誰かの反応を楽しむのが彼女の日課。

 そんな強力無比の、ただの花の妖怪。仰ぐ空に、花が一輪ばかり。そうであるからこそ世界はここまで美しく。

 

「ふふ」

 

 識る人ぞ知るその少女の名は、風見幽香と言った。

 

 

「化け化け、ねぇ……」

『ばけばけー』

 

 平穏無事に霧に包まれた湖畔の掘っ立て小屋にて、霊魂が顔に三角天冠を付けて、舌を出している。そんなテンプレートなお化けの尻尾を掴んで眺めながら、美鈴はそれに付けられた名称を呟いた。

 化け化け。そんなものが一匹美鈴の白魚の指二つばかりに挟まれ、じたばた。

 

「うーん。見た目は可愛いけど……」

『ばけっ!』

 

 近くで見れば見るほどこの化け化けは、弱く間抜けな存在だ。先から寝床の布団をひっくり返すなんて悪さをしていた相手だが、全体の大したことのなさがむしろ美鈴には可愛らしくすら思えていた。

 

「けど、お前は外来種なのよね……」

『ばけ?』

 

 どこぞの外の世界からやって来た、化け化けの退治というのは、春の風物詩。どうやら最近力あるものの間で化け化けの扱いはそのようになっているそうだ。幻想郷における花粉のような扱いなのだろうか。

 つまり、酷く暴れながらばけばけ騒ぐ、こんな変な存在はけれども幻想郷に普段あるものではないらしい。

 

 そもそも、幻想郷で一般的な霊魂には目も口もなく、天冠をおしゃれに付けたりなんてしやしなかった。

 ならば、これは外からやってきたお化けということで、その自称っぷりから化け化けと名付けたのだと、数年前から春期の出没に悩まされている霊夢は語る。

 さて、しかしこんなお化けが幻想郷でないとしても果たしてどこで増殖できたのか。最低でも外の世界で長く過ごしてきた美鈴には見当も付かなかった。

 ならば、神境のような某が支配する異界にて存在する生命であるというのが妥当だろう。

 そして最近は異界で増えたそれをけしかけて遊んでいるものが居る、という噂も聞く。また、それが真実であるというのを、信頼できる情報筋によって美鈴は知っていた。

 

「夢幻館の主、風見幽香、か……」

『ばけ、ばけっ!』

 

 その名を呟いただけで、手元に捕まっていた化け化けは酷く恐れて暴れた。

 尾っぽ千切れんばかりに驚く様子から、それを直に見たのだろう化け化けが感じた恐怖も分かろうというものだ。

 

「どれほど、強いのかは気になるけど……ま、気になるだけで終わらしておきましょうか」

 

 曰く彼女は最強の妖怪。あなたでもきっと手も足も出ないでしょうから、何もしない方が賢明よ、とは賢者の意見だった。

 自称強者が蔓延る中で、誰もが認めるその一等星の実力は果たしていかほどなのだろうと、美鈴の中の挑戦者の気持ちはわめく。しかし、親代わりの八雲紫直々に無理と判断されてしまえば、無茶をする気も湧かない。

 

「それじゃごめんなさいね、えいっ」

『ばけー……』

 

 ならと対処療法的に彼女は化け化けを退治することに専念。ぽかりと愛らしい頭頂部分を殴ると、涙目になってすうっと化け化けは消えていった。

 

「あはは、なんだかなぁ……」

 

 やっつけてしまえば後にも残らない、これを大量に異界に送る風見幽香の目的は美鈴にはよく分からない。ただの嫌がらせよ、とは紫の言葉だったが、会ったこともない存在を決めつける気にはならないところが、少女の優しさでもある。

 まあ、とりあえずは深く考えずに、外の空気でも吸いましょうか、と出入り口の扉に手をかけたその時。

 

『ば、ばけばけ~!』

「こら、待ちなさーい! 大ちゃんをいじめる化け化けは許さないよっ!」

「あ、チルノちゃん、化け化けちゃんは、私をいじめてたんじゃなくって、一緒に鬼ごっこしてただけで……わぷ」

『ばーけっけ』

「むむっ、今度は大ちゃんの顔に張り付くなんて嫌がらせを……わっ!」

『ばけ?』

「勝手にあたいの羽根を触るなんて良い度胸ね、全部氷付けにさせてあげる!」

『ばーけー!』

 

 聞こえてきたのは空にて戯れる、妖精と化け化けの愉快な様子。そのままドアを開けてみると、チルノに彼女と仲の良い大妖精が、大量の化け化けに取り囲まれている様子が見て取れた。

 程度の低いいたずら心に更に小さないたずら心は惹かれるものなのか、チルノの力によって氷付けにされて大部分が消えていきながらも、化け化けたちは彼女らの近くに寄りたがる。

 

「……やりにくそうね」

「ふぁ……そうね。あれじゃあ、いじめるにもちっぽけ過ぎる」

 

 それをうっとうしげにするチルノに、どこか歓迎している様子の大妖精。思わずそんな様子に苦笑する美鈴の後ろから、眠たそうな声が響いた。

 

「おはよう、レミリアちゃん。よく眠れた?」

「ええ、おはよう、美鈴。貴女が寝床として棺桶を持ってきた時には頭どうかしちゃったのかと思ったけれど、でも以外と使えるわね、アレ。快眠よ」

「それは良かった」

『ばけ』

「はぁ。また出たわね」

 

 家の地下から現れたのは、朝から昼過ぎまで棺の中で惰眠をむさぼっていたレミリア。欠伸を噛み殺しながら、吸血鬼はふわりと微笑んだ。

 だがその前に、当たり前のように化け化けはぽんと現れる。彼女は最近の化け化けの出現率の高さに眉根を寄せながら、しかしこれもものの試しとにやりとするのだった。

 

「ふふ、化け化け。あなたも運の悪いときに現れたものね」

『ばけ?』

「そう、力の一部を取り戻した夜の王、レミリア・スカーレットを前にのほほんとしていられるのは今のうちよ!」

『ばけ、ばけっ』

「レミリアちゃんの言葉が芝居の口上だとでも思ってるのかしら……笑っているわね、化け化け」

「むぅっ、あまり私をなめていると、こうよっ!」

『ばけっ!』

 

 猛る完全に年端もいかない少女の前に、ユーモラスなお化けがニコニコ。思わず笑んでしまうようなそんな様を横目に見る美鈴に、子供扱いを感じた誇り高き吸血鬼は、更に発奮。

 思い切って全身に溢れる魔力を用いて、レミリアは化け化けに魔法をかけた。

 

「地獄の炎、味わいなさい!」

『ばけー』

 

 それは、対象を燃やす魔法。母がその昔に使っていたものの劣化コピー。地獄にはぬるい温度のまやかし。

 暖房代わりに丁度いい程度の熱量を直に浴びた化け化けは煤けたあげくに、さらさらと消えていくのだった。

 

「ふふん。どうかしら、美鈴。私も強くなったものでしょう?」

「そうね。レミリアちゃんも最初と比べたら随分と、だけれど……」

「だけど、何よ」

「まだ十点くらいかなー」

「赤点、にしても低いわね……いいわ、後で吠え面かかせてあげるんだからっ」

「ふふ。楽しみにしてる」

 

 レミリアの気合を表すかのように、背中のコウモリ羽は美鈴の隣でぴこぴこ上下左右に揺れる。

 彼女も以前の、武器を持ったただの人間にすら退治されかねない弱々しさからはとうに脱却できているのだが、しかしそれだって妖怪たちの中では小粒。

 ましてや強者である鬼を冠する程とは到底言えず、だから美鈴の採点は厳し目になる。せめて喧嘩友達のチルノに勝ち星を得られるくらいじゃないと目を離せないかな、というのが母親代わりの判断だった。

 

「んー?」

「……どうかした?」

 

 だがしかし、レミリア・スカーレットという吸血鬼はただのんべんだらりと五百余年を生き延びてきた訳では無い。

 弱く、世界中から嫌われながらもしかし図太く永く生きた。その所以は、運命に触れられる程にセンシティブな、先鋭化した感受性にある。

 私は、運命を操れるの。そんなうそっこのような少女の言葉を、しかし美鈴はまるきり嘘とは思えない。

 だから、暗くなり始めた空に目を細めて、何かを見つめる少女の様子に、紅美鈴は何か不安を覚えるのだった。

 案の定、レミリアはため息を吐きながら、言う。

 

「はぁ。それにしても、今日は何だか嫌な空。どうにも不穏がたっぷりね」

「……それは、どういうことかしら?」

「なんといえば良いのかしらね……」

 

 少女は顎に指先を当て、感じる現況の恐ろしさを言葉で定義するに悩む。

 希望した上等なドレスは中々手に入れられなければ、美鈴お手製のチャイナ服はスリットが恥ずかしいからと着ることもなく、ならとレミリアはそこらの子と同じ着物の背に穴を開けた上で身を包んでいた。

 けれども、彼女が逸した上等であるというのは明らか。それこそ、化け化けが服装の不似合いを笑ってしまうくらいには、煌めく舞台女優の如き存在感で、この場に確とある。

 大部分の力を失ったとはいえ、吸血鬼は並大抵の妖怪ではなく、ならばこの子が震える手を隠しながら怯えるような事態とは一体。

 

 どうしてかふと、美鈴は高嶺に咲く一輪の綺麗を脳裏に浮かべた。それは、孤高で、孤独でまた何より綺麗極まりなく。だからこそ、彼女は揺れて微笑んでいて。

 

「美鈴……どうかした?」

「あ……ごめんね、ぼうっとしていたわ」

「はぁ、貴女もやっぱり感じるのね」

 

 空の奥に何かを感じてぼうっとしてしまった美鈴に、レミリアも諦めたかのように苦笑い。

 遠く、異界の奥に感じる縁。既に結ばれている彼女とのそれは悪しきものか、良いものか。それは運命に触れられるレミリアにだって不明だ。だが。

 

「負けないで」

 

 そう、レミリアは母の代わりにエールを送る。どうしようもないあれに対し、この心優しい女性が敵になることは考えにくいが、だがしかし。

 最強にだって愛が勝って欲しいというのは、子供の欲目。少女の夢。

 だから、そんな言葉を受けた美鈴は、微笑む。そして梳かれた赤い髪が長く揺れ、強さよりも美しく彼女は歪んで。

 

「分かった。約束するわ」

 

 出来もしないことを、ここに約束してしまうのだった。

 

 

 

『ばけー』

「こっち、かしら?」

 

 晴れの空に、薄い雲。そこに点在する化け化けばかりがうざったい。

 その日、博麗霊夢はこと最近極まってきた感覚に身を委ねて、この化け化け異変を起こしている相手を探してふらりふらりと幻想郷の空を飛び回っていた。

 どうにも年々増えがちな化け化け。それがまた、博麗神社のある方角からやってくる率が高いというのもあり、人里の者たちからも文句となって霊夢に届くようになっていた。

 曰く、巫女さんはちゃんと仕事をやっているのかい、と。これには、実際また出たと思いながら邪魔した一部を潰してばかりの霊夢が悪いのであるが、しかしカチンと来るものがあった。

 

 こんな雑魚に感けるのが巫女の本業では決してないし、そもそもこれは魑魅魍魎にすら足りない、ユーモラス。実際、里の子ですら退治できるレベルのものだ。

 そも、今年なんてきっと毎日千どころではない数の化け化けがどこかしこに現れている。そんなの、人里に届くまでに全部やっつけるなんて無理難題だ。

 だから、プンプンしながら神社に帰ってきたところ、おかえりなさいと言わんばかりに大量の化け化けにたかられる始末。

 これについに怒った霊夢は、この異変を起こした相手をやっつけるために、神社の世話をサクヤに投げ出し、巫女の直感を全開にして探っているのだった。

 

『ばけ』

『ばけばけー』

「んー。やっぱり、この現世と幻想の境界ら辺が怪しいか……」

 

 そして、ふらふら空を往った結果、一周したところを怪しむことになる。そう、それは博麗神社の裏手。歴代の巫女が維持している世界を区切る境界線があるその辺り。

 閉ざされている筈の境界から溢れ出るように、化け化け達は現れる。

 感覚的にも封ざれている筈なのにこれはおかしく、ならばそこに悪因があるに違いないと霊夢は思った。

 

「んー……これって、境界が操作されてる? なら、それを逆手に取って……」

 

 ならばと、霊夢は博麗の巫女として境界の管理にとりかかる。空を走る複雑な式に触れ、意味ばかりの空間にあるノイズを感覚的に発見。

 そしてノイズほどの隙間を広げて通り道にしてみた彼女は、その先に道のようなものがあると理解した。また異なる世界のような感覚もある、だがその程度で怖じるほどハクレイのミコは繊細な存在ではなく。

 

「よし。これで元凶に向かえるわ」

『ばけ』

『ばけばけ!』

『ばけー』

「煩い」

『ばけー』

『ばけ……』

 

 化け化けたちの歓迎をすら一言で切って捨てて、綻び崩れた結界はそのままに、霊夢は秘匿されていた【博麗神社の裏山】へと向かう。

 その奥にある異世界、そして居を構える夢幻館にある一輪の最強を知らずに、蛮勇は真っ直ぐに空を飛んでいくのだった。

 

 

「あら、これは困ったわね……」

『――――』

『―――』

『―』

『』

「うーん……」

 

 当然、本当の幻想の管理者の一人である八雲紫がその事態を感じない筈もない。

 彼女は煩い口をスキマで縫い閉ざされた周囲の化け化けたちを指先の動きひとつで消失させながら、珍しくもしばし本気で考え込む。

 

「あ、結界が……大変! 霊夢、どこに行ったのー?」

「ふふ」

 

 そして、やがて眼下に無惨になった境界に慌てるサクヤの姿を見つけた紫はようやくにまりと笑い。

 

「今回は最悪、どちらか片方を失くしてしまうかもしれないかもしれないけれど……仕方がないわね」

 

 そう、残酷に呟くのだった。

 

 

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