銃と私、あるいは放課後の時間   作:クリス

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今回は日常話です。例によってカオスです。


放課後 お金の時間

~時計の時間~

 

「じゃじゃーん!かっけーだろ!」

 

 早朝、トイレから戻り教室に入ると私の席がある列で杉野たちが騒いでいた。いや、杉野達というよりも杉野が一人で騒いでいるという表現のほうが近いだろう。

 

「うわあ、かっこいい時計だね。いつ買ったの?」

「いやさ、親父が新しいの買うっていうからくれたんだよ」

「なんだ杉野が買ったわけじゃないのかよ」

「いや俺が買えるわけわけないだろ」

 

 何やら杉野が腕時計を見せびらかしているようだ。確かに彼の腕にはそれなりの値段がしそうな腕時計が巻かれている。まあそれはそうとしてだ。

 

「君達、会話の途中で申し訳ないが通行の邪魔だ」

「あ、ごめん」

「わりぃ」

 

 別に意図的に塞いでいたのではなくただ単に気が付かなかっただけらしい。私が注意するとそそくさと場所をずらした。

 

「なあなあ、臼井も見てくれよこの腕時計!」

 

 改めて杉野の腕に巻かれている腕時計を観察する。使い込まれて傷こそ入っているが作りもしっかりしていて悪くない時計だ。

 

「ああ、いい時計だな」

「いいよなあ、俺ももっといい時計が欲しいぜ。そうすりゃ時計に寄ってきたチャンネーをゲットできるってのに」

「と、時計だけで寄ってくるのかな……」

「わかってねーなー渚は。女って意外にこういう細かいところ見てんだぜ」

 

 そういえば腕時計か。私もジャケットの袖を捲り自分の腕時計を見る。時刻を確認、次の授業までは時間があるな。まだ買って時間が経っていないためか、時計は新品のような輝きを放っている。

 

「そういや、臼井も腕時計使ってたよな。よかったら見せてくれよ」

「ああ、いいぞ」

 

 男子である以上こういった機械には弱いのだろう。目を輝かせる杉野たちの期待に応えるべく、左手に巻いていた腕時計を外し渚の机の上に置いた。金属のずしりとした音が机に響く。

 

「なんか……ごつくね?」

「う、うん……予想はしてたけど」

「お、思ってた以上だわ」

 

 よくわからないが彼らがそういうのならそうなのだろう。確かに杉野の腕時計と比べると些か厳ついとは思う。

 

「うわ、臼井さんの時計ゴツ」

「む、中村か」

 

 私達のやり取りを聞いていたらしい中村が話に入ってきた。私も杉野の真似をして自慢とやらをしてみよう。

 

「ちなみにどこの?」

「ふっ、聞きたいか?こいつはスイスのオメガ社が作ったシーマスター600だ。ダイビング用に作られた腕時計で水中での活動に適した設計がされている」

「あ、いつもの始まった」

 

 いつものってなんだいつものって、まあいい。

 

「60気圧まで対応可能なボディ。回転式のベゼルに水中での視認性を考慮した大型の文字盤、しかもトリチウムを使っているから夜間や水中でも高い視認性を維持できる。更にサファイアガラス製の風防は極めて強靭で例え水中で岩に擦ろうが傷一つつかない。デザイン、機能性、強度、全ての要素が完璧に纏められ欠点らしい欠点はみつからない。強いて言うのなら機械式なことくらいだな。とにかくこれ以上の腕時計はそうそうない」

「お、終わった……」

 

 説明が終わり皆を見ると何故だが一様に疲れたような表情を浮かべていた。この表情は見覚えがある。前に千葉と速水にハンドガンのカスタム内容を説明した時の顔だ。

 

「と、とにかくすげぇ時計なんだな」

「ああ、他にもスピードマスターというクロノグラフも持っているのだが、そっちも素晴らしくてだな!なんといっても「も、もうわかったから!臼井さんの時計が凄いのはじゅーぶん!わかったから!」なんだ中村」

 

 話に熱が入り始めたところで中村が割り込んできて説明は中断された。これからが良いところなのに……

 

「あ、ありがとう中村さん……」

「はあ、臼井こうなると止まんねえからなあ……」

「???」

 

 よくわからないが溜息をついているのが気になる。まあいいか、机の上に置いていた腕時計を再び手の内側に巻く。その仕草に中村が不思議そうな表情を浮かべた。

 

「あれ、臼井さんそうやって巻くんだ。意外」

「ほんとだ。なんか女子みたいな巻き方だな」

「女子みたいだなって、臼井に失礼だろ。一応臼井も女なんだからよ」

「いや、あんたが一番失礼でしょ」

 

 いつものことだが全くと言っていいほど女子扱いされてないな。これも過去の所業のせいか……一度神崎に女子らしさというものを習ったほうがいいかもしれない。既に手遅れ感が否めないけども。

 

「それにしてもそういう時計でその巻き方ってあまり見ないけど何か意味あるの?」

「特に深い意味はない。単純に動きまくるから傷つけたくないんだ」

「あー確かに烏間先生の授業でも動きまくるもんなあ」

 

 一応他にもガラスの反射光を見られないようにするだとか、ライフルを構えた時に視界に文字盤が映るようにだとか理屈はあるが、結局一番の理由は傷つけたくないからである。

 

「ちなみ、おいくらなの?」

 

 耳打ちするような仕草で中村に問われ、買った時のことを思い出す。えっと、確か……

 

「ああ、大した値段じゃなかったな。確か50万くらいだったか?」

「へぇ、そうなんだ…………え?」

 

 相づちを打っていた渚の動きが止まった。正確には渚を含む杉野、前原、中村の全員である。

 

「ね、ねえ渚、聞き間違いじゃなかったら臼井さん今さらっととんでもないこと言ってなかった?」

「う、うん……」

 

 なんか変な空気になってきた。前原が引きつった顔でこちらに訊ねてくる。

 

「う、臼井もう一回聞くけどそれいくらなんだ?」

「何回も言わせないでくれ。50万だ」

「50万?」

「50万」

 

 しばらくして前原たちの絶叫が教室に響き渡った。銃声にはなれているからどうということはないが耳元で叫ばれると流石にうるさい。

 

「いきなり耳元で叫ばないでくれ。うるさいじゃないか」

「お、おま、なんつーもん学校に持ってきてんだよ!」

「何って腕時計だが」

「臼井さんそういう意味じゃないからね……」

 

 じゃあどういう意味だ。

 

「ぼ、僕のお小遣い何カ月分だろ……」

「いや何カ月ってレベルじゃねーだろ……」

 

 このやり取りのあと、体育の授業でいつも通り腕時計を巻いたまま校庭に出ようとしたところ、渚達に「心臓に悪いからお願いだから外してくれ」と懇願されるというよくわからない出来事があったのはどうでもいいことである。

 

 

 

 

 

~買い物の時間~

 

「ふふふ、買ってしまった……」

 

 放課後、私は教室でニヤニヤしながら目の前の紙箱を眺めていた。この後は訓練もない。存分にこれを使い倒すことができるだろう。

 

「臼井は帰らないの?というかその箱なに」

「速水か、ちょっと待ってくれ今開けるから」

 

 速水も気になるのか後ろに回りこみ私の手元を覗きこんでくる。息を呑んで箱を開封する。そして中に入っている物を両手で掲げた。

 

「じゃじゃーん!エルカン、スペクターDR可変倍率スコープだ!凄いだろ!」

「…………」

 

 私の豹変っぷりに流石の速水も困惑しているようだ。だが私のテンションが上がってしまうのも理解してほしい。

 

「スコープってことはそれ銃のパーツ?」

「その通り!ずっと欲しかったんだ!先週注文して今日やっと届いた。今から試し撃ちにいくのさ!ああ、楽しみだなー!」

「二人とも何の話してるんだ……ん?それスコープか?」

 

 隣で帰宅の準備をしていた千葉も私の言葉に反応して混ざってきた。E組きっての射撃の名手だけあってスコープが気になるのだろう。

 

「ああ、今日届いたんだ。いやあ早く使いたいなー」

「そんなに凄いのか」

「ああ、凄いぞ!なんてたってアメリカ特殊作戦軍にも採用されているだけあって、耐久性、耐水性ともに文句のつけようがない!その上倍率を等倍と4倍で瞬時に切り替えられるから距離を選ばず照準を付けられる!VCOGも悪くないがやはり実績があるのは信頼できる。こんなものがたったの2500ドルで買えるんだからいい時代になったものだな!」

「そ、そうか…………ん?」

 

 私の言葉に引っかかるものがあったのか、千葉は言葉を詰まらせた。速水も同じように首を傾げている。

 

「千葉、私の聞き間違いじゃなかったら今2500ドルって言ってたよね」

「あ、ああ、俺もそう聞こえた」

「ということはだいたい27万円くらい?」

「た、高すぎる……」

 

 この反応前にも見たことがあるぞ。腕時計の時と同じ反応だ。

 

「臼井、もしかしなくてもこれって自腹だよね?」

「ああ、烏間先生に請求してもよかったが完全に趣味で買ったものだからな。流石に申し訳ない」

「趣味で27万……」

 

 確かに大人でもそうそう払うことのない金額に面食らうのも無理はないが、今までの暗殺でも凄まじい額の資金を消費しているはずなんだがな。特にプリンとか。あれいくらかかったんだろう。

 

「まあなんだ。今までの暗殺作戦にかかった費用に比べればこんなもの可愛いものだ。戦いには金が掛かるんだよ」

「いや、臼井のは微妙に意味が違う気が……」

「なんか言ったか?」

「いや何も」

「そうか。それはそれとして二人ともこいつの試し撃ちに行かないか?感想も聞きたいしな」

 

 その後は私たち三人でスペクターの試し撃ちを行い、その使いやすさに感心するのであった。

 

 

 

 

 

~感覚の時間~

 

「すまない片岡、この古文の言い回しが今一つわからないんだが」

「うんとね、それは──」

 

 放課後、私はたまたま立ち寄ったファミリーレストランで片岡と遭遇した。そして今こうして二人で勉強を教え合っている。いや、正確には私のほうが教わっていると言うべきか。

 

「ありがとう。お陰ですっきりしたよ。どうにも国語は苦手でなあ」

「日本に戻ってきたのって中学に入ってからなんでしょ?なら仕方ないよ」

「いや、教えてもらってばかりで申し訳ない」

「臼井さんにも数学教えてもらってるしお互い様だよ」

「それもそうか」

 

 おもむろに窓の外を眺める。日も落ちてきたようだ。そろそろ帰ったほうがいいかもしれない。前に座っていた片岡も私に釣られるように外を眺め、私と同じような顔をした。

 

「もうこんな時間なんだ。私はもう帰るね。臼井さんはどうする?」

「一人でいても仕方ないしな。私も帰るよ」

「うん、じゃ駅まで一緒に帰ろっか」

 

 一緒に立ち上がり片岡よりも先に伝票を掴み取る。ふむ、ドリンクバーとケーキ一つで粘ったお陰か大した金額じゃないな。

 

「今日は私が払うよ」

「そんな、臼井さんに悪いよ」

「講習代だと思って受け取ってくれ」

 

 片岡が何か言う前にレジに行く。そんな私の強情さに諦めたのか追及して来ることはなかった。

 

「合計1358円になります」

「五千円あれば十分か。はいこれで」

 

 カルトンに五千円札を置きレジから離れる。これで支払いは済んだので帰るとしよう。

 

「お、お客様!お、お釣りがまだ──」

「釣りは結構です。行くぞ片岡」

「ちょっと待ったー!」

 

 後ろで見ていた片岡が血相を変えて飛び出してきた。そしてそのまま私の横を通り過ぎ店員から釣りを受け取ると私に急接近してくるではないか。

 

「臼井さん、ちょっと話しようか」

「ど、どうしたんだ。顔が怖いぞ。なぜ腕を掴むッ痛い痛い引っ張るな!」

 

 私の抗議も虚しく片岡に引きずられ店の外に出る。

 

「臼井さん、これ」

 

 片岡の手には先ほど払った分の釣りが握られている。受け取れと言うことだろうか。別にいらないんだがな。

 

「いや、いらないってば」

「受け取りなさい」

「あ、はい」

 

 凄まじい怒気を感じ反射的に釣銭を受け取ってしまう。いったいどういうことなんだ。私が何をしたんだ。

 

「臼井さん」

 

 凄まじい剣幕に思わず息を呑む。脳内では警報が鳴りっぱなしだ。

 

「な、なんだ?」

「いつもああやってお金払ってるの?」

「ああやって?」

「お札押し付けるみたいに払ってるのかってこと」

「押し付けるの意味がわからないが金の払い方はいつもと同じだが……か、片岡?」

 

 何故だ。猛烈に片岡が怖くてしかたない。冷汗が額から頬、顎へと伝わり襟に染みを作った。

 

「臼井さん……お金はちゃんと払おうね」

「いや払っただろ。ちゃんとチップも含めて」

「……あ、あんたねぇ」

 

 この数秒後、片岡の説教が始まったのは言うまでもないことである。解せぬ。

 

 

 

 

 

「臼井さんわかった?」

「な、なんとなくわかった」

 

 凛として説教の名前に恥じない説教を披露され、精神を削られた私は頷くしかなかった。対する片岡のほうも頭に手をやって疲れ切った表情を浮かべている。

 

「はぁ、常識がないのは知ってたけど予想以上だった……」

「そ、そんなにおかしな払い方だったかなあ」

 

 世界を渡って知ったことの一つは金払いの良い奴は信用されるということだ。だから特におかしなことはしていないつもりだったんだが……

 

「どこの世界に倍以上のお金押し付ける客がいるのよ!」

「ここにいるぞ」

 

 私が反射的に言ってしまった言葉を聞いた瞬間、片岡の顔から全ての感情が抜け落ちた。これは不味いぞ。

 

「ご、ごめんなさい」

「はぁ……とにかく!ああやって押し付けられても店員さんが困るだけだからもうやらないこと、いい?」

「わ、わかった」

「はぁ、これはまだまだ時間がかかりそうね……」

 

 よくわからないがこれ以上何か言うと私の命に関わりそうなので大人しく頷くことにする。それに満足したのか片岡は帰ると言ってくれた。ようやく解放される。長かった。

 

「あと臼井さん」

「まだ何かあるのか」

「今みたいなこと磯貝君の前では絶対にやらないであげてね」

「どうして」

「多分泣くから」

「そ、そうか……」

 

 それだけ言うと片岡は背を向けて去っていった。仕草がとても様になっていた。なるほど、これがイケメンという奴か。

 

 

 

 

 

~お勉強の時間~

 

「こんな所に呼び出して何の用だ?」

 

 例の支払いの件から三日後の放課後、私は片岡に呼び出されて空き教室にやってきた。

 

「ごめん、いきなり呼び出して。でもどうしても聞きたいことがあって」

「別に構わないよ。で、要件とはなんだ?」

 

 適当な椅子に座りつつ、何か心配するような片岡の表情に困惑する。これは私が何か不味いことをしている時の顔だ。カエデによくこんな顔で注意されるので覚えてしまった。

 

「単刀直入に聞くね、臼井さん今週何円使った?」

「はぁ?」

「最近臼井さんのお金遣いが荒いって噂が流れてるの知ってる?」

「いや、初耳だ」

 

 そんな噂が流れているのか。金を持っているのは事実だが皆の前で散財したことはなかったはずなんだがな。

 

「不躾なことを聞いてごめん。でも、もし噂が本当ならクラス委員としても友達としても見過ごせない。それにこの前のこともあるから余計に心配なのよ」

 

 ここまで言われて答えない程私は薄情ではない。片岡の質問に答えるべくここ一週間の記憶を辿る。ここ一週間は本当に色々なものを買ったな。

 

「えっと今週使った金だったな。まずエルカンのスペクターDRを買った。確か27万くらいだったか?それからEotechのIRレーザーサイトも買った。あれは20万だったな。他はボルテックスのホログラフィックサイトも注文したからそれも合わせると……54万円使ったな。いや、昨日ブッフェバイキングも行ったから55万か」

「ご、五十……」

「と言っても支払いはドルだから本当は微妙に違うだろうけど……ってどうした片岡」

 

 普段は凛としている片岡の表情が面白いくらいに崩れている。まるで信じられないと言いたげな顔だ。まあよく考えたら、というかよく考えなくても一週間で50万円使うのは常軌を逸しているのだろう。

 

「千葉君と速水さんが言ってたこと本当だったのね…………ねえ臼井さん、そんなにお金使って大丈夫なの?その、生活費とか」

 

 どうやら純粋に心配してくれているようだ。こういった気持ちは素直に嬉しいが、片岡の懸念は杞憂に終わるだろう。

 

「心配してくれるのは嬉しいが大丈夫だよ。銀行口座には日本円で八千万くらい貯めてある。私が馬鹿な使い方をしなければ向こう十年は遊んでくらせるだろうな」

「その馬鹿な使い方してるから心配してるんでしょーが……」

「ん?何か言ったか?」

 

 声が小さくて聞こえなかったが表情からして本気で心配してくれているのがわかる。だからこそ勘違いのせいでいらない心配をさせてしまったことが悔やまれる。

 

「八千万って凄いね。ぜんぜん想像できないよ。全部臼井さんが戦って稼いだお金なんだしょ?」

「そうだな。でも所詮汚れた金だ。誇れるようなものじゃないよ」

「ううん、それでも本当に凄いとことだと思う。私達と殆ど同い年なのに生活費も学費も遊ぶお金も全部自分で稼いで……今の私じゃきっと無理」

 

 片岡が何を言いたいのか全く見えてこない。何となく諭されているのはわかるのだが、私が疎いせいで理解することができないのだ。

 

「今まで使ってきたお金も、これから使うお金も全部臼井さんが血を流して手に入れたお金だよね?」

「その通りだな……」

「そんな大事なお金を今の臼井さんが言ったみたいに使うのって、皆からどう思われると思う?」

「自分を……蔑ろにしている?」

 

 ここにきてようやく片岡が本当に言いたいことを理解することができた。これはきっと金額の問題じゃないのだろう。自分の命と引き換えに手に入れた金を平気で散財することできる。その考えが間違っているのだ。

 

「茅野さんや倉橋さんがよく「もっと自分のこと大切にして」って言ってるじゃない?つまりそういうこと」

「確かに、よく考えればそうだよな……どうして気が付かなかったんだろ」

 

 自虐癖といい金銭感覚のずれといい直すべき欠点が多すぎる。普通に生きるってこんなに難しいことだったのか。

 

「自分を大事にするって難しいんだな……」

 

 そうやって思考の海に潜航していると不意に頭を撫でられた。この教室には片岡以外誰もいない。つまり片岡が撫でているに他ならない。

 

「そんなに落ち込まなくても大丈夫!時間はまだまだあるし私達も協力する。だから焦らないでいいからゆっくり変わっていこ?だって仲間だからね」

「うん……ありがと」

 

 こうして撫でられるとやはり自分は年下なのだと自覚する。皆といることによって今まで抑えつけていた私の子供の部分が露わになっているのだろう。

 

「こうしてると水泳部で後輩相手にしてた時思い出すなあ。あんまり実感なかったけど臼井さんって本当に年下なんだね」

「そのネタはもう止めてくれ……」

 

 からからと笑う片岡の見て私は「イケメグ」というあだ名の本当の意味を理解した。これは同性でも惹かれるだろうな。本人は不本意らしいが彼女の人徳というやつなのだろう。

 

「ごめんごめん、じゃ、一段落ついたところで……お勉強しようか」

「お、お勉強?」

 

 なんか片岡の雰囲気が変わったぞ。嫌な予感がする。思わず椅子から立ち上がろうとするがその直前で片岡が私の肩を掴んできた。

 

「さっき協力するって言ったでしょ?だから私がみっちり庶民の暮らしを教えて上げるから」

 

 威圧感が凄い。これじゃあ凛として説教じゃなくて厳として説教だな、って違う。早く逃げなければ。

 

「は、離してくれ!顔が怖い!」

「駄目に決まってんでしょ!臼井さんあんたこのままだとマジで卒業する前に破産するわよ!」

「誰が破産するか!」

「一週間で50万使う人間が言っても説得力無いのよ!」

 

 立ち上がろうとする私とそれを押えつけようとする片岡。唐突に発生した力比べ。彼女もかなり力持ちだが流石に私の方に分があるらしい。徐々に片岡が押されていく。

 

「う、臼井さん力強すぎ……仕方ない、みんなー!」

 

 片岡が窓に向かって叫ぶと独りでに窓が開き、どこに隠れていたのか複数の人影が中に入ってきた。いったい何時の間に。

 

「ごめんねーさっちゃん」

 

 陽菜乃がニコニコしながら逃げようとする私の腕を押えつける。

 

「臼井さんごめんね……」

 

 矢田が申し訳なさそうに……いやこれ嘘泣きだ。

 

「ッ!臼井力強すぎっ」

 

 速水が呆れながら。

 

「祥子の裏切りものー!なんで一人でブッフェ行ってるのー!」

 

 若干一名違う目的の者がいるが計四人の力で強引に椅子に押さえつけられる。くそ、初めから謀っていたのか。いくら力が強いとはいえ流石の私も力負けしているのか徐々に椅子に座りそうになる。だがまだ終わっていない!

 

「負けるもんかー!」

「う、嘘!?」

 

 遂に四人の力を押しのけ逆引き摺るようにして扉に向けて歩き出す。というか何でこんなことしているんだっけ。

 

「ッ!こうなったら……来てー!」

 

 こんどは誰だ!そんなことを考えていると扉が開き外から増援がやってきた。

 

「ごめん、臼井!」

「磯貝!何故君が!」

 

 予想外の男子の出現に負荷は更に増していく。もはや意味が分からない。

 

「本当にごめん!でも片岡が手伝ったらカップ麺奢ってくれるって!」

「安い男だな!」

「だってカップが丼ブリタイプなんだぞ!あれすっげえ高いんだぞ!」

「知るか!」

 

 こ、このままでは負ける!私は負けないために更に力を振り絞る。途中素直に片岡と勉強すればいいだけじゃないかという考えが過ったがそれは無視した。そんなことを考えていると更に力が強まった。今度はなんだ!

 

「6人がかりで押さえてもまだ動けるとか流石臼井さんだわ」

「なんでカルマまで!」

「え、面白そうだからに決まってんじゃん」

「だと思ったよ!畜生!しまっ!?」

 

 何かに躓いたのかあと一歩のところで床に転がる。だが扉はまだ開いている。まだ終わっていない!最後の力を振り絞り腕の力だけで廊下に向けて前進する。

 

「か、烏間先生ぇ!」

 

 そしてちょうど扉の前を歩いていた烏間先生に助けを求める。きっとこの人なら助けてくれるはずだ。先生は私達を一瞥すると優し気な微笑みを浮かべてこういった。

 

「君達、遊ぶのもいいが程々にな」

「せ、先生ぇええ!?」

 

 一番信頼していた大人のまさかの裏切りにあい気を抜いてしまった私はそのまま教室の中へ引きずられていった。

 

「いやあああ!!」

 

 ちなみにこの後普通に社会勉強した。磯貝の節約術がとても興味深かったとだけ言っておく。なんだこれ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サチコじゃない……ってなんでそんなボロボロなのよ」

「ビッチ先生……途中までいい話だったんですよ……」

「…………何だかしらないけどココアでも飲んで元気だしなさい。今淹れてきてあげるわ」

「び、ビッチ先生ぇ!」

「いきなり抱き着い、ちょ、何マジ泣きしてんのよ……はぁ、もうはいはい泣かないの」

 

 ビッチ先生に撫でられながら考える。ほんと、どうしてこうなった。




用語解説

オメガ
スイスの高級腕時計メーカー、創業は1894年

シーマスター600
ジェームズボンドも使っている由緒ある腕時計。ちなみに1200mまで潜れるモデルもあるらしい。間違っても女子中学生が身に着ける代物ではない。

エルカン スペクターDR
レイソン・エルカン・オプティカル・テクノロジー社が開発した1-4倍率の可変スコープ。drはデュアルロールの略称。可変倍率だが双眼鏡のようにレンズの位置を動かすのではなく内部のレンズが90度横に回転して使うレンズそのものを変えるという変態設計。

Eotech
アメリカのミシガン州に本部を構える光学機器メーカー、精度問題のせいで落ち目気味。

IRレーザーサイト
可視光の代わりに赤外線を照射するレーザーサイト。肉眼では視認できないがナイトビジョン使うことによってまるでビームのように視認できる。敵にばれないし味方の銃口の向きもわかるので便利。

ボルテックス
光学機器メーカーその二。Eotechが落ち目なのをいいことに米軍の制式採用照準器の座を狙っている抜け目のない会社

ホログラフィックサイト
文字通りレーザーでレンズにホログラフィックの照準を投影する照準器、ドットサイトと使い方は同じだが仕組みはまるで違う。最近までEotechの一強状態だったが温度変化で照準が狂うという問題が浮上し落ち目気味
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