「な、何故……」
丈が異常に短い黒いエプロンドレス、フリルのついたヘッドドレス、レースの白いソックス、エトセトラ……
紛うことなきジャパニーズメイドの衣装、見た目の可愛さを追求して作られたそれは、当然だが実用性皆無だ。少しでも戦闘行動をしようものなら体中が擦り傷だらけになり、白と黒のコントラストは例え500m先で対赤外線処理を施したバラキューダを被っていたとしても簡単に発見されるだろう。
だが、それは別に問題ではない。そもそも用途が違うからだ。問題は別にある。
「こ、こんな格好を……」
問題はそれを私が着ているということだ。あまりの恥ずかしさに顔は真っ赤、目はきょろきょろと泳ぎ、心臓ははち切れそうに脈打っている。
「どうして、こうなった……」
私は何故こんなことをする羽目になったのか、記憶をたどることにした。決して現実逃避などではない。
日曜日、普段なら誰かしら(主にカエデと陽菜乃からだが)連絡してきて出かける羽目になるのだが、今日は珍しく誰とも会う約束をしていなかった。
私は一人で時間を潰せるような趣味を持っていない。一昔前ならトレーニングと銃の整備、それが終われば後はひたすら酒を飲むといった終わった生活をしていた。
だが、トレーニングはやりすぎると怒られるし、かといって撃ってもない銃を整備するわけにもいかない。酒は言わずもがなである。つまり何が言いたいのかと言うと、猛烈に暇だった。
「暇だー!」
ベッドに置いてあるタコのぬいぐるみに顔を埋め足をバタバタさせる。非常に馬鹿っぽい姿だが、この有り余る体力の行き場がない。
「カエデに連絡でもしてみるか?」
あんまり自分から誘ったことがないから少し緊張する。放置していた携帯電話を手に取り連絡アプリを起動、カエデの連絡先にメッセージを送る。
「今日、暇ですか?っと」
送信ボタンを押しメッセージを送る。そしに顔を埋めた。枕代わりににもなるぬいぐるみはマシュマロのように柔らくてこのままどこまで沈んで行ってしまいそうな錯覚に陥る。
「……もふもふ」
そうして顔を埋めていると携帯電話の着信音が鳴った。電話を手に取りアプリを開く。案の定、渚達とどこかに行くらしく遊べないとのことだった。私もどうかと書いてあったが、水を差すのもどうかと思い断っておいた。
「…………」
何をするわけでもなく、ただ仰向けに寝転がる。こうしていると昔を思い出して少し嫌な気持ちになる。
「……外、出るか」
ベッドから立ち上がりクローゼットに向かう。思うに私は誰かに頼りすぎなんだ。少しは自立すべきということだろう。
「うん、おいしい!」
クレープを食べながら目的もなく商店街を歩く。ふわふわのクリームと甘酸っぱい苺をサクサクのクレープが包み込み、何とも言えない味を作り出す。
「今度、カエデも誘おうかな……ん?」
クレープを食べ終えて次は何処に行こうかと考えていると視界の先で何やら二人の男がもめていた。片方はウェイターのような恰好をした男でもう片方はいかにもなチンピラだった。
もめているという言葉には語弊がある。どちらかと言えばチンピラがウェイターに一方的に突っかかっていると表現したほうが正しいだろう。
行きかう通行人たちはチラチラと二人を見ているが面倒を被るのは御免なのか、誰も仲裁しにいこうとはしない。
「……しかたないか」
私は溜息をつくと二人に駆け寄っていった。思えばこれが全ての始まりだった。
「な、なんで私がこんな格好を……」
そして今に至る。仲裁は簡単に終わった。チンピラはよくある当たり屋で私が少し殺気を出して脅してやるとすぐに逃げていった。
問題はそれからだ。助けた男はどうやら喫茶店を経営しているようで、私に礼を言ったあとしばらく私のことを見ると何を思ったか自分の店で働かないかと持ちかけてきた。
当然断ったのだが、一日だけでいいからと食い下がってきた。当時の私は暇のせいで判断力が鈍っていた。それならばと安請け合いしてしまったのだ。
そしてあれよあれと言う間にメイド服を着せられて店員として働くことになった。どうやらここは竹林が言っていたメイド喫茶というものらしい。
「祥子ちゃんって言うんだっけ?ごめんね、店長変人でさ。たまに貴方みたいな子連れてくるのよ」
私と同じメイド服を着た若い女性が申し訳なさそうな顔をしてそう言った。どうやらこういうことはたまにあるらしい。
「あとで店長に注意しておくけど、今日は社会勉強だと思って我慢してくれないかな?ちゃんとお給料は払わせるからさ」
社会勉強か……目下普通の生き方を学んでいる身としては、絶好の勉強のチャンスなのではないだろうか。本当なら中学生なので働いてはいけないのだが、誰も私が中学生だとは気が付いていないらしい。ここは黙ってることにしよう。
「……わかりました。では、私は何をすればよろしいのでしょうか?」
「うーんと、まずは挨拶からかな?私に続いて真似してみて」
「はっ!」
店員の人はよくわからないポーズをとってとんでもないことを言った。
「おかえりなさいませ!ご主人様!」
「…………はい?」
疑問が頭の中に浮かび思考がフリーズする。が、すぐに我に返る。こ、これを私がやるのか。だが、今更覆すのも不味い……ええい、ままよ!
「お、おかえりなさいませ、ご、ご主人様!」
よくわからないポーズも一緒だ。一気に顔が赤くなる。やはり、あの選択は間違いだったかもしれない……
こうして働き始めてから一時間が経過した。正直言って意味不明な店だ。何がしたいのかわからない。メイドなんて要するに給仕だ。給仕は雇うものであって間違っても会いに行く存在ではない。
そしてそれ以上に疑問なのが意外と客が入ってることだ。しかもそのほとんどが男だ。メイド服を着た女を見に来ているのだろうか。なら風俗にでも行けばいいのではないだろうか。
「お待たせしましたーご、ご主人様」
客のいる座席に料理を配膳する。未だにご主人様の下りでつまってしまう。それ以外は元傭兵としての能力をフルに使い他の店員と謙遜のない動きが出来ていると思っているが、こればかりはどうにも恥ずかしくて上手く言えない。
耐えず襲ってくる羞恥心との戦いに私は自棄になることで対処した。だが、慣れは怖い物でもう一時間も経つとノリノリで写真を撮ったりオムライスにケチャップで名前を書いたりとはっちゃけていた。
「ふふ、可愛い……」
休憩時間、控室に設置された姿見に映る自分に思わず顔が綻ぶ。やっぱり私はこういうのが好きらしい。とは言え好きだからと言って人前でこの格好ができるかと聞かれれば無理と言わざるを得ない。
スカートの裾を掴んでくるくると回ったりポーズを取ったりと色々試す。うん、可愛い。
「祥子ちゃん、お客さんのオーダーお願い」
「はーい」
さて、行くとするか。
ホールに出て頼まれた座席に向かう。あれ、あの客の後ろ姿どこかで見たような……まあいい、私はやけくそになりながら客の横に駆け寄った。
「お待たせしました、ご主人……さ……」
「注文、いい……か……」
よく見ると整っている顔、そしてそれを隠している眼鏡、どうみても竹林だった。時間にして数秒か、あるいは数分か、見つめ合う私達。先に動いたのは彼だった。
「…………僕は何も見なかった。ああ、何も見なかったとも」
眼鏡を指で押し上げそう言う。その言葉にまるでバケツで水を掛けられたかのように頭が冷やされ、そして再び沸騰する。
「あ、その、えと!ち、違うんだ!こ、これは──」
「何も言わなくていい。人には色々な一面がある。それだけだ。それよりも注文いいかい?」
極めて冷静な竹林の言葉に何も言えず私はただ顔を赤くして頷くことしかできなかった。
「……は、はい、かしこまりました」
「それにしても本当に意外だな……」
ボソッと追い打ち掛けるの止めてくれ……
「はぁ、酷い目にあった……」
昼のピークも過ぎ去り人気の少なくなった店内で私はテーブルを拭きながら溜息を零した。まさか竹林が来るなんて思いもしなかった。思い出すだけでも顔が赤くなってくる。
「これ以上知り合いに見られたら死ぬな」
死因が憤死なんてみっともないにもほどがある。まあ、流石にもう知り合いが来ることはないだろうけど。
背後から店のドアに付けられたベルが鳴る。どうやら来店のようだ。気配は三つ、呼吸音と足音からして男女の三人ペアだろう。他にも店員がいるのでその人に任せ私は片づけに徹する。
「何で、メイド喫茶……」
「いやさ、俺一回行ってみたかったんだよねえ。へぇメイド服貸出してんだ。よかったんじゃん渚君」
「何が良いのか全然わかんないんだけど」
「あはは、渚なら似合うんじゃない?」
「茅野まで便乗しないでよ……」
背筋が凍った。ここまでの恐怖を感じたのはアフリカで政府軍に捕まった時以来だと思う。飛び上がりそうになるのを必死に抑えなんとか平常心を維持しようとする。
「おかえりなさいませ、ご主人様!空いてる席へどうぞ」
「あ、どうも。ほんとにご主人様って言うんだ……」
どう考えても渚の声だ。それにカルマ、そしてカエデ。メッセージで渚達と用事があると言っていたがよりにもよってどうしてここに来るんだ。
でも顔はまだ見られてない。テーブルを拭き続ければごまかせるはず。絶対にばれるわけにはいかない。特にあの赤い奴には絶対にばれるわけにはいかない。
「このメイド喫茶パフェが美味しいって評判なんだって!私前から行ってみたかったんだー」
「そうなんだ、茅野ちゃんが言うくらいだから間違いないだろうね。あ、渚君メニュー取ってくんない?」
何で私の真後ろの座席に座るのだろうか。わざとやっているのか。竹林といい、皆わざとやっているのか?
三人はまだメニューに目が行ってて私には注意が向かないはず。このまま横に移動して顔を見せないように頑張ろう。
「おすすめはこの特製苺パフェだよ。竹林君が美味しいって言ってたんだ」
「じゃあ、僕はそれで。カルマ君もそれでいいよね。すいません、注文いいですか?」
予想以上に早く決まってしまった。本気で不味い。カエデ、今日ばかりは恨むぞ……
前に椚ヶ丘のスイーツは全て網羅していると言っていたが、まさかこんなメイド喫茶まで範囲に入っているとは……
「…………」
「あの、すいませーん。店員、いやメイドさん?」
ど、どうしよ……ほんとにどうしよ……そうだ!私は拭いていた座席に置いてあったメニューを顔の前に広げて向き直った。
「ご注文はお決まりですか?」
「…………あの」
「はい、なんでしょうか」
「何で、メニューで顔隠してるんですか?」
「…………宗教上の理由です」
「そんな宗教聞いたことないよ!!」
うん、今日も渚の突っ込みは冴えてるな。いや、そんなことはどうでもいい。早く注文を言ってくれ。
「あれ……この声どっかで聞いたことあるような……」
まずい渚が気付きかけている。メニューで目の前を覆っているせいで三人がどういう顔をしているか全くわからないが、どう考えても怪しまれている。
「ねえメイドさんの名前教えてよ」
探るような声でカルマが私に訊ねてくる。まだ、ばれてないよな?というか名前どうしよう。そうだ、あれがいい。
「あ、藍井
咄嗟に昔の名前を言う。大丈夫、この名前を知っているのはカエデだけ……あっ
「それ
無慈悲にもカエデが真実を口にしてしまった。うん、終わった。
「え、それほんと?じゃ、じゃあ……」
「おやおやおやぁ?」
三人とも確信を得ていると言っても過言ではないだろう。これ以上はどう取り繕っても逆効果だ。諦めて顔を見せるべきなのだろうが、そんな思考に反してメニューを持った手は一切動かなかった。
「メイドさーん?メニューどかして顔見せてくんない?」
「う、うう……」
「ほらほら、俺らご主人様なんでしょー?命令してんの聞こえない?それともご主人様の命令が聞けないのかなー?」
「あ、悪魔だ……」
見なくてもこいつがどんな顔してるのか容易に想像がつく。いつもいつも私のことからかいやがって……ああ、もうこうなったら自棄だ!メニューを下ろし三人を睨みつける。
「そうだよ!私だよ!」
顔は真っ赤でもう酷い有様だろう。それに涙も少し出ている。ほんとに、どうしてこうなったんだ……
「さっちゃんさん……何してんの」
「これはこれは……」
そう言ってカルマはニヤつきながら携帯電話で写真を撮った。勝手に撮るなよ……いや、もう遅いけどさ……
「祥子」
男子二人が何とも言えない顔をしている中で、唯一カエデだけは真剣な顔をしていた。何か私に思うところがあったのかもしれない。
「とりあえず先にパフェ持ってきてくれないかな?」
あ、そうですか。カエデは私よりもパフェのほうが大事なようだ。もういいよ。だけどお陰で少しだけ冷静になった。そしてやるべきことを思い出す。
「……わかった。今伝えてくる」
背を向けてスタッフに注文を伝えに行こうとするとカルマに呼び止められた。どうせ碌なことじゃないだろうな。
「いやいや、駄目でしょ臼井さん、ちゃんとご主人様って言わないとさー」
「う、うう……」
こいつ、好き放題言いやがって……さっきまで言えたのは赤の他人だったからだ。どうせもう二度と会うことはないと持ったからこそはっちゃけることができた。
けど三人とは明日も明後日も、あるいはこれから何十年も付き合うことになるのかもしれない。だが、致し方あるまい……私は腹を括って息を吸い込んだ。
「か、かしこまりました……ご、ごしゅじんさま……」
恥ずかしすぎて舌足らずな発音になってしまう。下がっていた顔の熱が再び再燃する。恥ずかしくて仕方がない。
羞恥心で人が殺せるのなら間違いなく大量虐殺ができるだろう。耳まで真っ赤になった顔を隠すように足早に踵を返す。
「今の録音したんだけど後で聞く?」
「鬼だ、鬼がいる……」
もうやだ……家帰りたい……
「死にたい……」
「ご、ご愁傷さま」
商店街をとぼとぼと歩きながら呟く。渚のフォローも現状は大して役に立たない。結局渚達と話していたせいで中学生であることが店の人にばれてしまい、それまでの時給を貰って店を出ることになった。
店長と店員の人からは来年になったら働かないかと言われたがもう二度と行くもんか。というかメイド喫茶自体金輪際行かないようにしよう。
「それにしても、狼狽えた臼井さんほんと面白かったなー」
「カルマ君、そこら辺で止めないと祥子が本気で泣くと思う」
ありがとうカエデ、だけど色々遅いと言わざるを得ない。
「茅野ちゃんがそこまで言うなら。あ、渚君にメイド服着せるの忘れてたわ」
「だから着ないよ!!」
「えぇ、絶対似合うって」
「似合ってても着ないから」
渚とカルマが言い合い(実際はカルマが一方的にからかっているだけだが)を始めたので私は解放された。
三人の少し後ろを歩き持っていた鞄に入れていた給料袋を手に取り中にある六枚の紙幣を取り出す。
「それ、さっきのお給料?」
「ああ、そうだ」
いつの間にかカエデが横から覗き込んでいた。五時間働いて貰ったのはたったの6千円。そこそこのウィスキーを一瓶買ったらなくなってしまう額だ。
「五時間で6千円、傭兵だったら同じ時間で100万は稼げた」
危険度が段違いな上に弾薬費や治療費も自腹だ。割にあうかと聞かれれば首をかしげたくなるが、それが当たり前の世界で生きてきた私には衝撃的な事実だ。
「え、傭兵ってそんなに貰えるんだ」
「私はちょっと特別だったからな。だから、こんなの私にとっては端金もいいところだ」
皆こうやって地道に頑張っているのだろう。金のことについては片岡にみっちり叱られたが、今やっと本当の意味で理解できた気がする。
「だけど、生まれて初めて、戦い以外でお金を貰えた」
「……そっか、よかったね」
「うん、本当に……嬉しい」
これは飾っておこうか。いや、金は使う物だ。そうだいいことを思いついた。腕時計を見る。少し早いがちょうどいい時間だ。
「なあ、皆よかったらこの後ファミレスにでも寄らないか?もちろん私の奢りだ」
「え、いいの?さっちゃんさん」
「ああ、金はあるからな」
手にした紙幣をチラつかせる。そんな仕草におふざけモードだったカルマの目が普通に戻った。
「でもそれ臼井さんがさっき貰ったやつじゃん?いいの?」
さっきまで散々からかってきたくせにこういうところは妙に律儀だな。もしかしたらあれは彼なりの友情表現のつもりなのかもしれない……絶対違うな。
「どうせあぶく銭だ。後生大事に貯めておくようなものじゃない。それに口止め料も兼ねてるんだ。遠慮しないでくれ」
「そっか、じゃあそうしようか。二人ともいいよね?」
カルマの言葉に二人が頷く。四人でオレンジ色に染まりつつある商店街を歩く。このあと、ファミレスで彼に写真や録音でからかわれたのは本当にどうでもいいことだと思いたい。
ちなみに何故か殺せんせーも知ってた。もうやだ、死にたい……
用語解説
バラキューダ
別名偽装網、呼んで時の如く葉っぱや地面に似せた網。ギリースーツよりもお手軽。よく自衛隊が戦車に被せてる。安そうに見えて対赤外線処理が入っているのでお高い。