※主人公が男になります。というか……これはどういうジャンルなのでしょうか……
目が覚めたら男になっていた。
「うん、やっぱり男だ」
洗面所の鏡に映る男になった自分を見て呟く。そこには臼井祥子を男にしたらこうなるだろうと思われる人間が立っていた。
自分でも何を言っているのか全くわからないしわかりたくもない。けれどそうとしか言いようがなかった。
「どこからどうみても、男だ……」
顔と身長はそのままだが、骨格と筋肉の付き方が明らかに男のそれだ。恐らく体重も増えているはずだろう。それに声も少し低くなっている。
「誰かに薬でも打たれたか?」
薬物は何度か打たれたがここまではっきりした幻覚をみたことはないしそこまでリアルな幻覚を見る薬物も私は知らない。そもそも寝ている私に何かしようとすれば家に入った時点で気が付くだろう。
「臼井、
学生証に印字された名前を読む。生年月日も学籍番号も全て同じだが、性別が男になり名前がこうなっていた。それだけじゃない。クローゼットとタンスにしまっていた服が全て男物になり、部屋も見知ったインテリアの替わりに見たことない漫画やゲーム機があった。
まるで私が男として生まれていたらこうなっていただろうと想像できるだろう生活感あふれる部屋。唯一同じだったのは銃の配置くらいか。
「……夢だな」
うん、そうだ。これは夢だ。世の中には明晰夢という夢があるときくし、恐らくこれがそうなのだろう。決して思考を放棄したわけではない。と、思いたい。
「…………リボンはそのままなんだな」
化粧台に置かれたケースに仕舞ってある知っているものよりも少し短いリボンを手に取り髪を結ぶ。いつもようにポニーテールにするには些か短いので後ろで適当に縛る。いわゆる一本結びという髪型だろうか。
「女顔は渚一人で十分だろうに……」
少しだけ輪郭が男らしくなっているが、基本的に私と同じ顔なので私が男装しているようにしか見えない。夢の世界の私がどういう立ち位置なのかは知らないが、キャラが被っていると言わざるを得ない。まあいい、とにかく……
「学校に行くか……」
例え夢だろうと、平日なら学校はやっているだろう。パニックになっていつもより大幅に遅れてしまったが遅刻するわけにはいかない。
決して学校に行けば少しはこの異常な事態から目を逸らせるだろうだなんて思っていない。
「いつになったらこの夢は覚めるんだろうか……」
校舎前で立止まりぼやく。本当に異常なまでにリアルな夢だ。身体が少し重い以外はいつもと何もかわらない。
というか本当に夢なのだろうか。いくら明晰夢と言えども舌にまとわりつく唾液の感触まで再現できるものなのだろうか。いや、夢じゃないと困るんだが。
「皆の反応が気になるところだが……」
学生証を見る限り初めから男ということになっているのだろう。身の振る舞いには気を付けた方がよさそうだ。
「あ、しょーちゃんおはよー」
そうやって玄関前で立ち止まっていると聞き慣れた声が聞こえた。振り向けば花壇の方向から手にじょうろを持った陽菜乃が私に手を振っているではないか。反応を見る限り私は男で通っているのだろう。
「ふ、ここでもちゃん付けか……」
どうやら夢の世界でも陽菜乃は陽菜乃のようだ。そうしている間にも彼女はみるみる近づいてくる。いつもなら抱き着く勢いで来るのだが今日はいつもより距離があった。
「え?というかしょーちゃんいつもより遅くない?何かあったの?」
腕時計を見れば既に授業開始15分前だった。いつもなら一時間前には到着している。彼女が疑問に思うのも無理はない。
とは言え突然男になってパニックになっていましただなんて説明するわけにはいかない。適当に濁すとしよう。
「いや、寝坊しただけだ。だからそんなに心配しないでくれ陽菜乃」
「ふぅん…………えっ!?今名前で……」
やばい、つい癖で名前で呼んでしまった。反応を見る限り普段から苗字呼びなのだろう。これは不味い。慌てて取り繕う。
「や、その、すまない、呼び間違えた。悪かったな倉橋」
私は気にしないが世間一般では本人の許可なしに名前で呼ぶのは失礼だと聞く。女性ならなおさらだ。
「陽菜乃……陽菜乃……」
私が謝ると彼女は何故か急にそわそわしだした。何かぶつぶつと呟いているし今さっきまでこっちを見ていたのに今では目を合わそうとしても逸らされる。
しばらくしたのち、陽菜乃は顔を合わせずに目だけこちらに向けてきた。私のほうが身長が高いので必然的に上目遣いになる。横顔から見える頬は心なしか赤いような……
「……別に、しょーちゃんならいいよ?」
え、何その反応。私は陽菜乃の想定外の反応に面食らった。性別が違うだけでこうも反応が違うのか……。
「ま、まあそのなんだ。もう行くよ」
「え、あ、う、うん……」
どことなく不満そうな顔の彼女を横切る。というか陽菜乃よくみたら髪切ったのか。微妙に変わってる。
「じゃあな倉橋、その髪似合ってるぞ」
「……え!?」
振り返り笑顔と共に褒める。こうやって人の変化に気が付けるようになったのは私が人として成長した証なのだろう。これからもどんどん学んでいこう。
「…………えへへ」
背後で彼女の笑い声が聞こえたが、そんなにおかしかったのだろうか、まあいいか。とりあえず何も言われなかったのでこっちの私も言葉遣いは大して変わらないようだ。
そんなことを考えつつ、私は靴を履き替え教室に向かったのであった。
扉を開き中に入る。いつもの寂れた教室には見慣れた顔ぶれが私を見ていた。よかった、私以外はいつも通りのようだ。
「よ、今日は珍しく遅いな」
目の前にいる木村がまるで男子に話しかけるかのように気さくにあいさつしてきた。いや、まるでじゃなくて私は男だったな。
「私も──」
「「「私?」」」
しまった、一人称も違うのか。矢田や後ろの竹林まで驚いてるじゃないか。ああもう、これだから日本語は面倒なんだ。なんでこんなに一人称があるんだ。
どうしよう、こっちの私の一人称なんて知らないんだが……ここは無難に俺か?
「俺も──」
「「「俺?」」」
これも違うのか……
「…………僕?」
自分で自分を指さししながら聞くとそうだと言わんばかりに頷いた。どうやらこちらでは僕らしい。ぼ、僕か……本格的に渚と被ってきたな。慣れないが、仕方あるまい。
「わ、僕も寝坊するときくらいあるってことだ」
「……寝ぼけてるのはマジみたいだな」
よかった、そういうふうに解釈してくれたようだ。それにしても僕か……。その言いようのない違和感に顔を白黒させていると不思議なものを見るような目で見られる。
「変な臼井君」
「道端に生えてるキノコでも食っておかしくなったんじゃね?」
「彼なら有り得ないと言いきれないのがまた……」
どうやら私の扱いはここでも大して変わらないようだ。というか凄い失礼なこといわれたような。いくら私でも道端のキノコは食べないぞ。
「失礼だな、虫は食べてもキノコは食べないぞ。一度アフリカでそれをやって死にかけた」
キノコは本当に危ない。食べられる種類とそうでない種類の法則性がないので見分けがつかない。人工的に栽培されたもの以外絶対に食べるものか。もう腹を抱えながら戦うのはごめんだ。
「……やっぱ食べたことあるじゃん」
「つうか虫もたいがいだろ……」
あっ……。私は弁解しようとして逆に自爆したことを理解した。案の定三人の顔が引き攣っている。余計なこと言うんじゃなかった。
「まあ、いつもの君で安心したよ」
「だな、この絶妙なポンコツっぷりは間違いなく臼井だ」
「あはは……」
もう、何も言わない。ただ一つ言えることは世界が変わっても私はポンコツだということだ。
「もう行く、じゃあな」
止まっていた足を動かし自分の席に赴く。猛烈に疲れた気がしてならない。そんな疲れた心を引きずりながら歩き続ける。
それから授業はいつも通り行われた。殺せんせーはいつも通りヌルヌルしているしビッチ先生は相変わらずビッチだったし烏間先生は例によって堅物だった。
男になったことによる変化は、当たり前だが男子との距離が近くなって逆に女子との距離が離れていた。まさか杉野のことを名前で呼ぶ日が来るとは思わなかった。と言っても元から性差なんて大して意識していないので、それ以外は大して変化のない生活だった。精々カルマが私を名前呼びしていたくらいだろう。
こっちのカエデとはまた会話していない。明らかにこっちをチラチラ見ていたのでそれなりに仲はいいのだろう。しかし話しかけようにもどう話せばいいのやら。話しかけようにもタイミングがつかめず時間だけが過ぎていく。
「では、これくらいにしてお昼にしましょう」
そうして迎えた昼休み。殺せんせーが授業を締めくくり昼休みが始まった。大きく息を吐き頭を机に突っ伏す。案の定授業は殆ど頭に入らなかった。
「はぁ……」
私の席に隣接する三人は流石に私の異変に気が付いたようで私のことを見ながら訝し気な表情を浮かべている。
「どうしたんでしょうか祥君」
「なんか悪い物でも食べたんでしょ?」
「いや、流石にそれはねえだろ……いや、あるか?」
男になったせいで心なしか男子のあたりが強くなっているような気がしてならない。なんというか遠慮がない。それは別に構わないのだがなんというか違和感が凄い。
「ねえ、祥」
声を掛けられ顔を上げる。そこには心配そうな顔をしたカエデが私の顔を覗き込んでいた。
「いっしょにお昼食べよう?」
机に突っ伏している私に対して腰を屈めて視線を合わせているため、必然的に顔が良く見える。今まであまり意識していなかったがこうしてみるとやはり可愛い。
こんなふうに思ったことなんてなかったんだがな、無意識のうちに心が身体に引っ張られているのだろうか。
「あ、ああ」
そんな思いをごまかすように頷き立ち上がりながら、弁当をバックパックから……あれ?机に引っかけたバックパックの中にいつもあるはずの弁当箱がなかった。
「……あっ」
「あれ、行かないの?」
「……弁当、忘れた……」
思い返してみればパニックになってて弁当のことが頭から抜け落ちていた。別に一食抜いた程度でどうにかなるわけではないが、飢え死に一歩手前を経験したことのある私にとってこれは途轍もないショックな出来事だ。
「何言ってるの?祥の手まだ治ってないから私が作るって言ったじゃん」
今更だがこっちの私は右手を怪我しているようだ。恐らく死神にやられた傷だろう。それが何故弁当に繋がるのかわからないが、顔を見れば何言ってんだと言いたげな目で見ているので恐らく周知のことなのだろう。
「そうだったな。うっかりしてた」
ごまかすように席を降りカエデについていくように教室を後にする。あれ、渚は一緒じゃないのだろうか……。いや、どうせ夢だ。深く考えるのはよそう。
私は下世話な笑みを浮かべて私達を見てくるカルマたちの視線を無視しながら外に向かうのであった。
「ご馳走さまでした」
「お粗末様」
人目のつかない校舎裏、カエデに手渡された弁当を食べ終え一息つく。料理ができるのは知っているが、いつもお菓子を食べている姿した見てこなかったのでこういった弁当を作れるのは意外だった。
「ど、どうだった?お、美味しかったかな?」
「ああ、美味しかったよ。ありがとう、カエッ……茅野」
いつものように名前で呼びかけて慌てて訂正する。こっちの私とカエデがどの程度仲がいいのか知らないが流石に名前で呼び合うほどの……
「…………名前」
「え?」
そんなことを考えていると急にカエデの表情が曇った。眉をひそめじとっとした目でこちらを見てくる。というか名前って……
「いつも、名前で呼んでくれるのに……」
え、こっちの私名前呼びなの?男なのに?逆はわかるけれども、男が女の名前を気安く呼ぶのは不味いのではないだろうか……。いや、致し方あるまい。
「すまなかった。カエデ」
取り繕うように名前を呼ぶがカエデの反応は芳しくない。むしろ悪化した。
「…………二人きりの時はあかりって呼ぶって約束したじゃん……嘘つき」
えぇ……何この反応。性別が違うだけでこうまで違うものなのだろうか。最近になってようやく性差を意識するようになった私にとってこの反応は非常に難解なものであった。
「ごめん、あかり」
「許さない」
「ど、どうすれば許してくれる?」
「…………頭撫でてくれたら許してあげる」
そう言うと突然カエデは私の右肩に頭を乗せてきた。彼女の髪が私の首筋をくすぐる。なんだこれ……ど、どういうことなの……
と、とりあえず撫でよう……私は意を決して右手を回しカエデの頭を撫でた。さらさらとした髪の感触が掌に広がる。
「……ふふ」
いつも撫でられてばかりだったが、これはいいものだな。その心地よい感覚に浸りながら頭を撫で続ける。
「ちょ、ちょっと撫ですぎだよ!」
「あ、ああ!ごめん」
カエデの声に我に返り手を離す。掌には彼女の髪の感触がまだ残っていた。何故か胸が高鳴るのを感じた。
「あっ……」
私が手を離すと緩んだ表情を一変させ何故か名残惜しそうな表情になった。というかいつものノリでやってしまったがこれは相当不味いことじゃないのだろうか。
「こ、これでいいか?」
「う、うん!特別に許してあげる」
よくわからないがよかった。私が内心胸をなでおろしているとカエデが私に向き直った。先ほどまでの緩んだ顔を一変させどことなく真剣な眼差しで私を見つめる。
「ねぇ、やっぱり今日の祥なんか変だよ」
「そ、そうか?」
心の中でカエデに感心する。やはり、例え夢だったとしてもカエデには叶わないな。
「今朝からずっと様子変だし……本当に大丈夫?」
「大丈夫だって、わ、僕を信じてくれ」
校舎の壁に背をつけ風に揺れる木々の枝を眺める。もうすぐ冬か……
「……信じられないよ」
唐突に言われた言葉に思わず振り返る。スカートの裾を握りしめ顔を俯かせて表情がわからない。だが微かに振るえる拳がカエデの心境を如実に表していた。
「祥はいつもそうだよね……。いつも無茶してばっかり、本当は辛いのに大丈夫だ、平気だって嘘ついて……誰にも頼らないで一人で行っちゃう……このままだと本当にいつか死んじゃうよ……」
「……あかり」
十中八九死神のことだろう。私はいつもそうだ。カルマに言われた通りだな。一人で納得して一人で突っ走る。ちっぽけな自己満足のためにいったいどれだけの人間を傷つければ気が済むのだろうか。
「祥がいなくなったら私……私」
「あかり」
カエデの手を握り話を遮る。私を見上げた彼女の目じりに浮かんでいた涙を指で払いながら話しかける。
「確かに、わ……僕はいつも嘘をついて君に心配ばかりかけてしまっている。言い訳になってしまうけど、きっとまだ少年兵だったころの洗脳が抜けてないんだと思う」
カエデの手を取り立ち上がらせ、目を真っすぐ見つめる。心なしか顔が赤くなっている気がするがそんなことはどうでもいい。この思いを伝えなければ。
「あかり、だけどこれだけは覚えていてくれ。僕は絶対に君の前からいなくなったりはしない。もう二度と君を独りぼっちにはさせない」
「えっ!?そ、それって!」
突然の行動にしどろもどろになるカエデを見つめながら言葉を続ける。夢だろうが現実だろうが、男だろうが女だろうが関係ない。この思いそんなことでは変わらない。
「君が私を生き返らせてくれた。墜ちるだけだった私を引きずり戻してくれた。戦うことしかできなかった私を殺してくれた。今度は私が君を守る番だ。例えどんな困難が立ちふさがろうと、例え世界が敵に回ろうとも、君が私の味方になってくれたように、私も君の味方であり続ける。このリボンに誓って君を独りにしないと誓う」
言いたいことを言い切り手を離す。カエデは私が手を握られた姿勢のまま固まっていた。顔も真っ赤だしどうしてしまったのだろうか。
「あ、そ、その……う、うぅ……」
「……大丈夫か?」
顔を近づけカエデの額に手を当て熱を見る。よかった、病気の類いの熱さではないな。そうやって安心していると突然カエデと目が合った。その目は例えるのなら渦が巻いているというべきだろうか。
「う…………」
「う?」
「うああぁあああああぁああ!!!!」
唐突に叫んだと思ったらそのまま背を向けて走りさってしまった。後に残されたのは額に手を当てたままの姿勢の私。風が虚しく私を撫でた。
「……戻るか」
そう思って後ろに向き直ると、速水と目があった。
「あっ……」
いや、正確にはあってしまったというべきか。明らかに気まずそうな表情を浮かべている。
「ご、ごめん、盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど……」
「どこから聞いてた?」
「えっと、例えのところから……」
よかった、あかりの名前は聞いてないようだ。あだ名でごまかすのも無理がある。聞かれなくてよかった。私が安堵していると速水は心なしか悲しそうな目で私を見てきた。
「邪魔、しちゃったよね……」
無表情なのは相変わらずだが眉が下がっている。言葉にも心なしか覇気がない。いつもならもう少し表情を見せているはずなのだが、やはり男だと反応が違うのだろう。というか邪魔ってなんのことだ。
「は?なんのことだ」
「え、今の告白じゃないの?」
「告白?誰に」
「…………茅野に」
苦虫を噛み潰したような声で絞り出す。ここでいう告白とは恐らく意中の相手に自分の好意を伝えるという意味だろう。だとするのなら違うと言わざるを得ない。
「勘違いしているようだから言うが、僕はカエデに告白したわけじゃないぞ」
「……は?」
速水の目が点になった。本当に告白していたと思ったらしい。私はそこまで無分別じゃないんだがな。
「単に今まで心配ばかりかけてしまったから、もうそんなことはしないって改めて伝えただけだが……って、どうした速水」
私の言葉を聞いた速水は心底呆れたと言いたげに頭を押え深い溜息を吐いた。気のせいかその溜息に怒気が混ざっているような気がしてならない。
「はぁ……あんたはそういう奴だったね……」
「その……何か、気に障ったか?」
私がそう言うと何故か速水は眉を吊り上げてこちらを睨んできた。さっきから反応が違い過ぎて困る……
「ッ!勘違いしないでよね、あんたのことなんて何とも思ってないんだから」
「別に僕のことなんて聞いてないんだが……」
「──ッ!!!」
何故か顔を赤くした。よくわからないが私のせいで気を悪くしたのなら謝るべきだろう。というか夢なら早く覚めてくれ……。
「すまない、何か気に障ることをしてしまったようだ。僕にできることならなんでもする。それで手打ちにしてくれないか?」
私の言葉に速水の動きがピタリと止まった。どうやらこれでよかったようだ。
「…………なんでも?」
その言葉に無言で頷く。よく考えれば大げさすぎたかもしれない。とは言え速水が法外な要求をするとは到底思えないので大丈夫だろう。
「……じゃあ今度銃の訓練に付き合って」
「僕なんかでよければ」
こっちの世界の私も彼女に銃の使い方を教えているのだろう。このくらいならお安い御用だ。
「そのなんかっていうの止めて。私はあんたに頼んでるの」
「ッ!そうだったな……」
いつもの癖で自分を下にみてしまった。こういう時速水は真っすぐに言ってくれる。いつも無表情で考えていることが読みづらいが、その実誰よりも仲間のことを考えてくれている。そういう彼女だからこそ私は心を許すことができたのだろう。
「ありがとう、速水のそう言うところ本当に好きだ」
「……はぁっ!?」
突然速水が奇声をあげたせいで驚く。いきなりどうしたんだ?
「ど、どうしたんだ?」
「べ、別になんでもないから!もう戻る」
速水はそう言って背中を向けると足早に去っていった。そう言えば今何時だ?腕時計を見る。もう昼休み終わるな。
「はぁ……疲れた……」
本当の意味で一人になった途端、猛烈な疲れが襲ってきた。なんか、色々ありすぎだ。早く目、覚めてくれないかな……
「戻るか……」
私は気だるさを引きずるようにゆっくりと歩き出した。
「結局夢から覚めなかった……」
玄関のすぐ外でオレンジ色に染まる空を眺めながら一人ごちる。しばらくすれば唐突に目が覚めるだろうと思ってたが、そんな私の目論見とは裏腹に一向に夢から覚めないまま一日が終わってしまった。
「おーい、祥!野球やろうぜ」
「……いや、今日はいいや」
バットにグローブを吊り下げた友人(こっちでは名前呼びらしい)が校舎の中から私に手を振ってきたが、疲れ切った私にそんな気力があるはずもなく、断ることにした。
「なんだよ付き合い悪いなー。ま、いいや、おーい祥はこないってよ!」
彼の話によれば私は一学期の球技大会で満塁ホームランを打ったらしい。何エンジョイしてるの私。その時トラウマで酒浸りだったんじゃないの?
「もういいや、帰ろ……」
帰って寝れば流石に元に戻るだろう。というか戻ってくれないと困る。みんなの反応が微妙に違って寂しい。
「あ、しょうちゃん、この後──」
「ねえ祥、よかったら──」
「臼井、今──」
聞き慣れた三人の声が重なる。思わず振り返れば陽菜乃とカエデと速水がお互いに見つめ合っていた。
「どうしたのーカエデちゃんに凛香ちゃん」
「そういう倉橋さんは祥に何か用でもあるの?」
どうして二人とも笑顔なのにこんなに怖いのだろうか……。二人から感じるオーラに怖気づく。逃げたい、けれど二人のオーラが私が逃げることを許さない。
「は、速水はどうかしたのか?」
目の前の現実から逃げるために唯一普通そうに見えるの速水に話しかける。
「……私は別に、暇そうだったから訓練誘おうと思っただけ……でも、もういい」
何故そんなに不機嫌そうなのだろうか。なんでこんなに反応が違うの?もうやだ、家帰りたい……
「しょーちゃん、よかったら一緒に隣駅にある猫カフェ行かない?もふもふですっごいかわいいんだよー!」
「ね、こ、カフェ……はっ!?」
何故速水が動揺するのだろうか。もしかして猫好きなのかもしれない。いや、そんなことはどうでもいい。
「祥、プリンが美味しいって評判のカフェ見つけたんだけど、今時間あるかな?」
前の二人の話などなかったかのようにカエデが訊ねてくる。微妙に笑顔が怖いのは気のせいだと思いたい。
「しょーちゃん?」
「祥?」
「臼井?」
これは、もしかして三人の中から一人選ばなければならない流れなのだろうか。え、どうすればいいの?ほんとにどうしよ……
「何やってんのあんた達」
「び、ビッチ先生!」
救世主が現れた。私は呆れた目で私を見るビッチ先生に視線で助けを求めた。なんだかんだ言ってこの人なら助けてくれるに……
「はっ、自業自得ね。あんた達、引き裂いてやりなさい!」
「えっ!?」
それはそれは良い笑顔でビッチ先生が言い切った。いつぞや私は男で生まれたいと思ったことがあるが、それは間違いだったと言わざるを得ない。
「ねえ!聞いてるの!?」
「そうだよ、無視はだめだよ!」
やばい、本当にどうしよう。最後の望みが水泡に帰した今、頼れるのは唯一冷静な速水だけだった。彼女と目が合う。
「あんたの自業自得よ…………ばか」
あ、そうですか……。私が何をしたって言うんだ!頭の中がぐちゃぐちゃになりパニックになる。過度の入力に耐えきれず混乱した頭は普段の冷静な思考を奪い、そして愚かな決断を出力した。
「うっ……」
「「「う?」」」
「うわぁああああ!!!!」
背を向けて全力で走る。即ち逃走だ。背後で三人の声が聞こえるがもう知ったことか!間違いなく人生で一番の速さで山を駆け降りる。
「お帰りなさい、祥さん!って、どうかされましたか?」
「もうやだぁ!」
当たり前のようにPCに入り込んでいる律の声を無視し制服も脱がずベッドに一直線に潜り込む。
「祥って誰だよぉ!私は祥子だよぉ!」
掛け布団に顔まで包まり団子のように身体を縮める。もう、何もかもわけがわからない。夢なら早く覚めてくれ!
「いやぁあああ!!」
布団に私の絶叫が吸い込まれていった。
被った掛け布団の隙間から差し込む日光が瞼越しに私の眼球を攻撃する。
「……あれ、私寝てたのか?」
しばらくもぞもぞしたのち何故か団子のように被っていた掛け布団から身体を出す。そう言えば確か……
「…………ある」
ぞっとしながら身体を触りあるべきものがあることに安堵する。そうだ私は女だよな。よかった、夢だった……。
「やったー!!元に戻ったー!!」
両手を高々と上にあげ脇目もふらず喜びの声をあげる。今までいろんな悪夢を見てきたがあんなリアルで怖い悪夢は生まれて初めてだった。
「よかったぁ……あ、学校いかなきゃ」
また遅刻しそうになるのは流石に不味い。私は急いで準備を始めるのであった。
「おはよう!!」
「う、うん、お、おはよう……どうしたの凄いテンション高いけど……」
「さっちゃん、何かあったの?」
扉を開きいつものようにあいさつをするが喜びを隠しきれず矢田に怪しまれる。だが、この喜びが皆にわかるだろうか!
「木村!私は女だよな!」
「そりゃそうだろ……」
「だよね!だよね!私は女だよね!!」
スキップしながら自分の席に向かい悪夢からの解放を喜ぶ。こんなに嬉しいことは誕生日会以来だ!ああ、本当によかった!
「遂におかしくなったか……」
「臼井さん、疲れてるのかな……」
「さっちゃん……」
「そっとしておいてあげよう……」
後ろで皆が好き放題言うがそんなことが気にならないくらい嬉しい。もういっそのこと皆に酒を奢りたい気分だ。いや、怒られるからやらないけど。
「おかしくなったって言えば、昨日の臼井すっげぇ変だったよな」
「大方、道で変なキノコでも食べたんじゃないか?」
「さ、流石にそれは……でも変だったよね、杉野君のこと急に友人君って呼んだり、男子とも妙に距離近かったし、あとポニーテールじゃなかった!」
「さっちゃん、大丈夫かな……」
…………え?
E-3臼井祥
誕生日 9月25日生
身長 168cm
体重 68kg
得意科目 数学、理科
苦手科目 国語、社会
趣味、特技 ヘリの操縦(単発エンジン)
将来の目標 誰かの笑顔につながること
あだ名 ポンコツ貴公子、ハーレム糞野郎
主人公が男だったらという体で作られた謎キャラ。基本的に性格、行動共に本編と大して変わらないが、男のままで本編と全く同じ行動をとったせいで見事、無自覚ハーレム糞野郎と化す。
なお、祥子が火に油を注いだため後に修羅場を見る模様。