銃と私、あるいは放課後の時間   作:クリス

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没ネタ:本編60話の渚が主人公に相談するシーンから。もし渚が自身の才能のことを言っていたら。

※脳内没プロットを書き増ししただけなのでクオリティが低いです。


放課後 もしもの時間(2)

「もし僕に暗殺の才能があるって言ったらどうする?」

 

 ベンチに座る渚が重い口を開いた。彼の言葉を心の中で繰り返す。暗殺の才能、標的の不意を打ちその生命活動を停止させるための才能、つまり人殺しの才能だ。

 

 彼の才能については鷹岡と対決した時から薄々は気が付いていた。気配のぼかし方、立ち回り、一切の躊躇をしない精神力、全てが暗殺、ひいては人殺しにおいて大きなアドバンテージを持つ。

 

「予想はしていた……」

「やっぱり見抜いてたんだ……」

「暗殺も戦闘も、本質的には同じ殺しだからな」

 

 私の目指していた戦闘スタイルは一方的な殺し。相手に反撃の余地を与えることなく、最小限の攻撃で最大限の損害を与える。現代の戦闘の常識だが、見方を変えれば暗殺にもつながる。

 

「死神に攻撃を喰らってから視界が一気に変わったんだ。意識の致命的な隙間って言えばいいのかな……そういうのが見えるようになった。多分、僕は死神と同じことができると思う」

 

 彼は私と違って空気を読むのが上手い。私なら余計なことを言って怒らせてしまうような場面でも彼は相手の顔色を読んでそれを回避することができる。

 

 恐らく母親を怒らせまいと必死に身に着けたスキルなのだろう。相手の感情を読み怒りを回避する。それは同時に隙を見つけ相手を貶めることもできるのだ。

 

「だから、殺し屋になるのか?」

「まだ決めたわけじゃないけど、僕の才能なんてこれくらいしかないから……」

 

 確証は持てないが、彼が然るべき訓練を積めばきっと最高の暗殺者になるだろう。一切の殺意を悟らせずまるで自然現象のように相手を死に至らしめる。まるで死神のような理不尽で恐ろしい、そんな殺し屋に。

 

「それが、どういう意味かわかっていて言ってるんだろうな……」

 

 自然と言葉が強くなってしまう。怒りにも似た感情が沸き起こってくるが、それを必死に押さえつける。お門違いの怒りをぶつけるわけにはいかない、彼は真剣に自分と向き合って結論を出しただけなのだ。

 

「いや、止そう……」

「止めないの?」

「自分の生き方に口出ししていいのは自分だけだ。勿論止めてほしいに決まっている。でも、君が本気で殺し屋になる気なら私に口出しする権利はない」

 

 他人がどう思ったところで自分の人生は自分が決めていかなければならない。私は決めることを放棄し流れされた。だが渚は違う。きっと全て考えたうえで出した結論だろう。なら私がどうこういうべきではない。

 

「ただ……人を殺すって君が思っているよりもずっと重いぞ」

 

 ゆっくりと息を吐き組んでいた足を戻し腿に肘を付け手に顎を乗せる。夕陽に照らされた電柱の影法師を目で追いながら過去に思いをはせる。銃声と悲鳴、血と硝煙の臭いが脳裏に立ち込めた。

 

「一つ、昔話をしよう」

 

 渚がいきなりなんなのかと言いたげにこちらを見てくるが、私はそんな彼を無視し話を続けることにした。

 

「あれは八、いやもう九年前になるのか。私が何故少年兵になったのかは知ってるよな」

「うん……飛行機が墜落して反政府組織の基地に辿り付いたんだよね……」

 

 彼の表情が暗くなっていく。私が今から何を話すつもりなのか、気が付いてしまったのかもしれない。そんな彼の言葉を繋ぐように話を繋ぐ。

 

「そうだ、そうやって保護されてしばらくたったある日、基地の指揮官に呼びだされた私はいきなり銃を握らされた。あれはFNのハイパワーだったかな、9mmの使いやすい拳銃だが5歳の私には大きすぎた」

 

 頭にあの時の光景がまるでビデオカメラで撮影したようにくっきりと映し出される。頭が痛くなり思わず抑える。

 

「ッ!大丈夫!?」

 

 心配する彼を手で制し話を続ける。もし彼が殺し屋になるというのなら、絶対に話さければならないことだからだ。

 

「大丈夫だ……。しばらくするとボロボロの男が連れて来られてきた。多分捕虜かスパイだったんだろう。私が戸惑っていると指揮官はこう言った。そいつを撃てと」

 

 渚が息を呑んだ。この話の続きなどもう分かりきっていることだろう。頭痛が酷くなる。

 

「私が拒否するとそいつは部下に命令して私の頭にAKを突きつけてきた。幼いながらも逆らえばどうなるかわかったよ……」

 

 脈拍が増大し呼吸が微かに荒くなる。当たり前だ、これは私の全てのトラウマの元凶のようなもの。夢で見るだけで身体に異常を来すトラウマの塊を素手で掴むような所業をすればどうなるかなど自明である。

 

「だから私は撃った。引金は軽かったよ……もう九年も経つのに、今でも昨日のように思い出せる。男の目の色も、髭の生え方も、銃創から滲み出る血の広がり方も、死ぬ間際の呪詛の声も、一切合切何もかも、全て思い出せる」

「さっちゃんさん……」

 

 額から滲み出る汗が目に染みて思わず目を瞑る。頭の中をあの時の悲鳴と呪詛、悪鬼のような兵士たちの下卑た笑い声が反響する。おかしくなりそうな頭を理性で押えつけ次の言葉を紡ぐ。

 

「今でもたまに夢に出てくるよ。多分、死ぬまで忘れることができないんだろうな」

 

 荒くなった呼吸を整える。はち切れそうだった心臓が徐々に落ち着きを取り戻していく。だが例え身体が正常になったとしても心は治らない。きっと今日は悪夢を見るだろう。

 

「この話は誰にもしたことがない。するつもりもなかった。でも、君だけには話しておくよ……」

「どうして……」

「殺し屋になるのなら、君も同じことを経験するからだ」

 

 場所や、状況は違えど初めて人を殺した瞬間は忘れることができない。渚のように真っ当な倫理観や良心を持っている人間ならなおさらだ。

 

「でも大丈夫さ、最初の四、五人はショックを受けるが十人二十人殺していくうちに何も思わなくなる」

 

 そこで一呼吸置き言葉を探す。この先どう言えばいいのだろうか……いや、とっておきの言葉があるじゃないか。

 

「だが、その時鏡に映っているのは君じゃない。君の皮を被った化物だ」

「………ッ!?」

 

 唖然とする渚に“私のようにな”と付け加える。別に大げさに言ったつもりはない、どんな理由や境遇があろうとためらいもなく人を殺せる人間は例外なく化物だ。人間が簡単に人など殺せるか、殺せる奴は皆化物に決まっている。

 

「九十七」

「え?」

「私が殺してきた人間の数だ」

 

 空気が凍り付いた。渚の視線に一瞬だけ恐怖が混じる。覚悟していたことだがやはりきついな……。だが、言わなければならない。

 

「今君は分かれ道に立っている。化物になるか、人として真っ当に生きるか。私に止める権利はない。だが、わがままを言うのなら、お願いだから私のようにはならないでくれ……」

 

 込み上げそうなる涙を必死に堪える。私は誰かの人生を奪う恐怖から逃れるために化物になった。今更後悔しても遅いのはわかっているが、もしあの時撃たなかったらと思ってしまう。

 

「化物になるのは一人でいい……あんな思いをするのは私だけで十分だ……」

 

 目尻が熱くなり思わず目を押える。隠しきれない涙が手から零れ、風に晒され冷たく乾く。

 

「ごめん……」

「君は何も悪くない。私が勝手に感傷的になってるだけだ……」

 

 ちょっと説教して終わりにすればよかったのに、勝手に自爆して勝手に泣いているだけのことであり、彼が謝る必要は微塵もない。とはいえそれを言ったところで渚が聞くとは思えない。

 

「……すまないが、独りにしてくれないか……」

「……そうだね、僕行くよ」

 

 目を手で覆っているせいで彼がどんな顔をしているのかわからない。けれど声を聞く限り怒っているわけでも嫌悪しているわけでもなく、元気がない以外は至っていつも通りだった。

 

「僕、もう少し考えてみようと思う」

「…………ああ」

 

 感傷に浸る私に渚が優しく語り掛ける。これで伝わっただなんて思っていないが、その優しい言葉に少しだけ救われた。

 

「あと、僕はさっちゃんさんのこと化物だなんて思ってないから。それだけ、じゃあね」

 

 足音が遠ざかっていく。一人残った私を秋の冷たい風が冷やす。掌を貫く夕陽も随分と弱くなってきた。もうじき夜になることだろう。だけどここから動く気になれなかった。

 

「もう、そんなとこで座ってると風邪引いちゃうよ」

「え……?」

 

 思いがけない声に思わず顔を上げる。逆光に中に笑顔のカエデが私を優しく見下ろしていた。

 

「帰ったんじゃなかったのか……」

「二人のことが気になってちょっとつけてたんだ。ほんとは黙って帰るつもりだったけど、祥子が泣いてるから慌てて駆けつけてきたのです」

「別に……泣いてなんか……」

 

 取り繕おうとしたがシャツの袖が涙で濡れていることに気が付き言い訳できないと悟った。いや、そもそも泣いてなかったとしてもカエデにはばれてしまっただろう。

 

「横座るよ」

 

 私の了承を得る前にカエデが強引に私の真横に座る。カエデの小さな肩が私の肩に当たる。それだけで心が少しずつ温かくなっていく。

 

「渚に何話したの?」

「…………それは、言いたくない」

 

 例えカエデだったとしても、あのことは絶対に話したくない。渚に話したのは本当に例外中の例外だ。

 

 あれは私の人殺しとしての根源。渚に話したのは彼が人殺しとしての道を選ぼうとしたからであって、日向に住むカエデに言うべきことではない。

 

「そっか、じゃあしょうがないね」

「聞かないのか?」

「本当は聞きたいけど、祥子が言ってくれるまで待つよ」

 

 まるで私がいつか絶対に話してくれるとでも言いたげな言葉。たった一言なのに、それだけでカエデの私に対する絶対的な信頼を感じることができた。心が揺れる。思わず言ってしまいたくなる。

 

「でも忘れないで、お姉ちゃんはいつだって祥子の味方だから!」

「…………ああ」

 

 笑顔と共に放たれたその言葉に私の中にあった壁はいとも容易く壊れてしまった。殆ど家族同然に信頼している者からの温かい言葉。過去を思い出し疲れ切っていた私には、その言葉に抗う術はなかった。

 

「九年前のことだ……」

 

 気が付けば私は渚のことを除いた全てを話してしまった。辛いトラウマも隣にカエデがいると思えば不思議と怖くはなかった。

 

「あの時撃たなければ、死んでいたのはわかっている。でも、あの選択は本当に正しかったのだろうか……そう思ってしまう……」

 

 仮定の話をしたところでどうしようもないのはわかっている。だがわかっていても考えてしまうのが人間、ひいては私という生き物なのだろう。

 

「君は、どう思う……」

 

 聞いても困らせるだけだとしても、聞かずにはいられなかった。カエデが私の言葉を吟味するように考え込む。そして笑顔と共にこう言った。

 

「私、祥子に会えて嬉しかったよ」

 

 カエデが立ち上がると私をおもむろに抱きしめた。温かい鼓動が私の頭を包み込む。

 

「名前を聞いてくれて嬉しかった。お姉ちゃんって言ってくれて嬉しかった。私を独りぼっちから救ってくれて嬉しかった。全部全部祥子が死んじゃってたらなかったことなんだよ?」

 

 そう言って再び私を強く抱きしめる。胸の鼓動が聞こえるたびに嗚咽が抑えられなくなっていく。

 

「何回でも言うよ。生きててくれてありがとう」

 

 死ぬことを望まれ続けた私にとってこの言葉は猛毒だ。何度言われようとも慣れることはないだろう。耐えきれなかった。嗚咽が大きくなりやがて泣き声となった。

 

「あ、あぁ……お姉ちゃん……う、うぅ……」

 

 私が泣き止んだのはそれから数分たってからのことであった。

 

 

 

 

 

「もしかして球技大会の時休んだのって夢のせいだったの?」

 

 横を歩くカエデが私に訊ねてきた。あの時も今日と同じ様にあの日の夢を見たせいで酷いことになっていた。カエデには洗いざらいばれてしまっているので隠す必要はないだろう。

 

「ああ、あの時もあの日のことを夢に見た……。休むしかなかったよ」

「そっか……決めた!今から祥子の家に泊まりに行くね」

「ッ!?何故そうなる」

 

 私の抗議にカエデは知ったことかと言わんばかりはにかむ。この顔はもう何を言っても聞かない時の顔だ。

 

「じゃあ、今から家に荷物取りに行くから家で待ってて!」

「……わかった」

 

 私が返事を言い切る前にカエデは手を振りながら走り去っていってしまった。私も人のことは言えないがカエデも負けず劣らず頑固者だ。でも、だからこそ私は救われたのだろう。

 

「えへへ……」

 

 温かくなった心を弾ませながら家路を急ぐ。渚のことも気になるが、必ず殺せんせーがなんとかしてくれるだろう。

 

 私にできることは精々過ちを犯してしまった身として助言を与えるだけだ。だが人の人生は人のものだ。誰かが干渉していいものではない。

 

「私も将来考えないとなあ……」

 

 有り余る可能性に思いを馳せる。だが、まずはどこの高校に行くが考えるのが先だろう。別に行かなくてもなんとでもなるがその場合カエデに何を言われるかわからない。

 

「さて、私も帰ろう」

 

 早く帰ってカエデにお帰りと言うのだ。

 




用語解説
FN ハイパワー
銃器界の神様ことジョンブローニングが第二次世界大戦期に設計した9mm口径の自動拳銃。拳銃の装弾数が多くても10発だった時代に13発というハイパワーな装弾数を実現し現代の多弾倉オートマチックへの道を開いた。というか今でも普通に現役。

没理由:殺せんせーの役横取りしてるだけだし主人公の自分語りが長すぎてテンポ悪い。間近で主人公を見続けているはずなのに渚のメンタルが全く成長してないので不自然。

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