銃と私、あるいは放課後の時間   作:クリス

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書いていて思うこと、文字を削れる技術が欲しい

※この話は本編62話の補足的な内容です。先にあちらを読むことをお勧めします。


放課後 殺し屋の時間

 このE組で私が紡いできた縁というのは、何もE組だけにとどまらない。私達の知らないところで、多くの殺し屋が殺せんせーを殺そうとし、そして失敗している。

 

 今日は殺せんせーがそんな彼らを呼び出したらしく旧校舎前の喫食スペースには一般人に混じって、というか殺し屋の中に一般人が混じっているくらいの勢いで、何人もの殺し屋が黙々と恨めしい目つきでつけ麺を啜っていた。

 

 だから、そんな負け組の殺し屋達の中に私の見知った顔が混じっていても、それはなんらおかしなことではなかった。

 

「よ、久しぶりだな嬢ちゃん」

 

 そう言って、サングラスとニット帽を被った男は私に気さくに挨拶してくる人間は、一学期の修学旅行の時に共に仕事をしたレッドアイだった。烏間先生から死神にやられたと聞いたが、どうやら生きてたようだ。

 

「え、誰祥子ちゃんの知り合い?」

「すまない、ユウジ。少し席を外す」

 

 流石に一般人の彼と殺し屋を合わせるわけにはいかない。私は半ば強引に話を切り上げるとレッドアイの許へ駆け寄り校舎の裏まで連れていった。

 

『久しぶりですね、レッドアイ。ですが一般人もいるのでできるなら話しかけないで欲しかったのですが』

『わりぃわりぃ、嬢ちゃん見かけたからつい声掛けちまった』

 

 英語で割と強めの語彙を使い注意するが、倍近く歳の離れている小娘の言葉など取るに足らないのか、軽く流される。

 

『にしても、随分となりが変わったな。まるで別人じゃねえか。前に会った時よりもよっぽどいい顔してるぜ。どうだ学校楽しんでるか?』

『お陰様、というほどでもありませんが、まあ楽しくやっています。兵士ももう辞めました』

 

 私がそう言うとレッドアイは何処か嬉しそうに笑った。確かこの人には似合わないことはするなと言われていた。

 

『辞めて正解だ。ガキに銃なんて似合わねえよ』

『そうですね……』

 

 あの時は気が付かなかったが、彼なりに私のことを案じてくれていたのかもしれない。いや、しれないではなく、してくれていたのだ。でなければあの時殺せんせーに文句など言わなかっただろう。

 

『ま、人生長いんだ。嫌なことだけが全てじゃねえよ。良いことだってきっとあるさ。保証はできねえけどな』

『えぇ、その通りだと思います……』

 

 いつかカエデが言ってくれた。私は一生分の不幸を使い切ったのだと。勿論そんなことは現実にはあり得ない。けれど人生において不幸なことが起きるのは必然だが、それと同じくらい良いことだって起きるのだ。

 

『元気でやれよ嬢ちゃん、風邪引くなよ』

 

 私の頭をガシガシと撫でる。せっかくのセットが崩れるから止めてほしかったが、私は子供で彼は大人、抗議の視線を飛ばしたところで何処吹く風だった。

 

『じゃあな、いつか大人になったら一緒にハンティングでも行こうぜ』

 

 それだけ言うと彼は木に立てかけてあった空気銃を肩に掛け、手を振りながら山の中に消えていった。もしかして、狩りにでも行くのだろうか。え、ここで?

 

「ま、いいか……さて、戻ると──」

「おいおいおい、見覚えのある奴かと思ったら、あん時のクソガキじゃねえか」

 

 背後から接近する気配、慌てて振り返ればいつか見た男が私を見ていた。普久間島で戦った拳銃使いだ。殺気はない。だが、お互いに殺し合った関係だ。警戒するに越したことはない。

 

「ったく、そんな身構えんなよ。今日はオフだから安心しろ。つうか仕事でもねえのに殺すかよメンドクセェ」

 

 私の隠そうともしない殺気に男はやれやれと手を振りながら弁明した。その言葉に少しだけ警戒を解く。確かに仮にここでこいつが私に危害を加えようとすれば、その瞬間、マッハ20の教師が文字通りすっ飛んでくるだろう。彼だってそのくらいわかっているはずだ。だとしても、ジャケットの左腋が不自然に膨らんでいる奴を、どうして信用できるというのか。

 

「もう知ってるかもしれねえが、スモッグとグリップも来てるぜ。顔くらい見せてやったらどうだ。会いたがってたぜ。特にスモッグはてめぇのせいで下顎骨折したからな」

「知るか」

 

 正しくどうでもいいことであった。スモッグ、あの時の毒使いのことだろう。彼のお陰で皆はウィルスに侵されずにすんだが、それとこれとは別の問題である。

 

「こういう俺もてめぇのせいで大事な永久歯が折れちまったんだが、どうしてくれんだよ。毎日デンタルフロスでケアしてたのによぉ」

「何度も言うが知ったことではない。というかお前もか」

 

 ビーンバッグを顎に喰らったのだ。それくらいなって当然か。

 

「けっ、つれねえな」

「お前がフレンドリーすぎるだけだ。よく殺し合ったのに気軽に話せるな」

「俺はプロだ。ビジネスに私情は持ち込まねぇ、逆もまた然りだ」

 

 確かに言う通りだが、割り切りが良すぎる。まあ私も昨日まで味方だった連中と敵になったこともあるので、同じようなものなのだろうと勝手に当たりを付ける。

 

「おい、うちの生徒になんの用だ」

「あ、烏間先生」

 

 私が絡まれているのに気が付いたのか、烏間先生が応援に駆けつけてくれた。いつもの仏頂面なのは変わらないが、いつでも攻撃に転じられるように足を肩幅に開いていた。

 

「おっかねえのが来たから俺はつけ麺あと二杯食ったら帰るわ。あれ銃にあうんだよなぁ。あぁ、そうだ。俺らがプレゼントしてやった銃は使ってるか?」

 

 忘れていた。私が使っているVP9は彼等から贈られたものだった。有効に活用しているかと聞かれれば微妙なところだが。

 

「それなりには」

「ま、なんでもいいけどよ。殺せねぇてめえにはあれがお似合いだろ。あばよ、二度と会わねえことを祈ってるぜ」

 

 それだけ言うと男は再び喫食スペースへ戻っていった。烏間先生は問題が去って行ったのを見ると溜息を吐いた。

 

「大丈夫か臼井さん」

「えぇ、何もされませんでした。腐ってもプロということでしょう」

「それならばいいんだが……あのタコ、面倒なことをしてくれる……」

 

 私的には売り上げが上がるので大いに結構だが、烏間先生にとっては大迷惑だろう。子供には配慮するが、大人には配慮しないのは殺せんせーらしかった。

 

「烏間ー!話してる途中でいきなり居なくならないでよ!」

 

 ビッチ先生が少し怒りながら私達、正確には烏間先生に近づいてきた。そしてそのまま強引に腕を組みどこかに連れて行こうとする。

 

「あの子達がモンブラン取っておいてくれたから、向こうで一緒に食べましょ?」

「おい腕を組むな!仕事中だぞ」

 

 口ではそう言うが、明らかに満更でもなさそうな様子だ。死神との一件以降、どうなったのかはわからないが、これを見る限りそう悪いことにはなっていないようだ。これはもしかしたら近いうちにカップルができるかもしれないな。

 

「悪いわね祥子、烏間借りてくわよ」

「……どうぞお好きなように」

 

 ビッチ先生はそれだけ言うと幸せそうな顔を隠さずに私の前から去って行った。さて、やっと一人になれたと思いたいが、実はまだ一人残っている。

 

「ストーキングは趣味が悪いですよ。ロヴロさん」

 

 私は先ほどからずっと感じている気配の主を呼んだ。するとどこからともなく、大きな影が現れた。ビッチ先生の師匠、ロヴロその人だった。

 

「やはり君は気づいていたか」

「烏間先生も気付いていたでしょう。目が動いてましたから」

「と、なると気付いていなかったのはイリーナだけか……後で説教が必要だな」

 

 色仕掛け専門の人間に獣染みた察知能力を求めるのは酷だと思うのだが、それを言ったところでロヴロが手心を加えることはないだろう。私は心の中でビッチ先生に合掌した。

 

「イリーナから聞いたぞ。死神を倒したそうじゃないか。あの伝説の殺し屋を、烏間でも暗殺対象でもなく、まさか君が倒すとはな。今一度君への評価を改めなくてはいけないようだ」

「止めを刺したのは私じゃなくてイリーナ先生と烏間先生ですよ」

「それは聞いている。奴相手に最後の最後まで騙し続けたイリーナも称賛するべきだろう。まさかあれがあそこまで成長するとはな」

 

 弟子のことを語るロヴロの顔は隠しようのない喜びに満ちていた。12歳の頃から面倒を見続けてきたのだ。彼にとっては娘のような存在なのかもしれない。

 

「だが勝利の切欠を作ったのは間違いなく君自身だ。誇りたまえ」

「戦いに誇りも糞もありませんよ。でも、言葉だけ受け取っておきます」

 

 やはり殺し屋は私とは違う人種だ。兵士は何を成し遂げたのかを誇り、殺し屋は誰を殺したのかを誇る。この先一生わかることもないだろう。

 

「そうか……君がそう思うのならこれ以上は止めておこう。では話を変えよう」

 

 ロヴロはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、これ以上言ったところで私が心変わりなどしないと悟ったのだろう。話題を変えてくれた。

 

「一つ聞きたいのだが、この俺ですら手も足も出なかった死神を、言い方は悪いが一介の傭兵でしかなかったはずの君がなぜ倒せたんだ?」

 

 ロヴロの疑問はもっともだった。この私自身すら何故勝てたのか完全に説明することはできない。畑違いのせいでそこまで凄さがわからないが、きっと9mm口径の拳銃で50bgm弾を撃つくらい有り得ないことなのだろう。つまりはどうやっても不可能なのだ。

 

「確かに、奴のほうが何もかも上手でした。慢心、油断、運、どれか一つでも欠けていれば私は今頃死んでいたでしょう。でもそんなことは些細なことなんですよ」

 

 そこで一旦言葉を置き、次に口にするべき言葉を探す。喉元まで出かかっているのだ、だが上手い表現が見つからない。しばらく考え、再び息を吸う。恐らくこれ以上の表現はないだろう。

 

「奴は殺し屋で、私は戦争屋。殺し屋が戦争屋に戦争で勝つ。そんな道理がこの世のどこにあるというのですか?」

 

 元とはいえ私は生粋の戦争屋だ。寝ても覚めても戦争のことしか考えてこなかった。そんな狂った相手に、たかが一人の目標を殺せば終わりの殺し屋風情が、戦争で勝てると思ったら大間違いだ。狂気の純度がまるで違う。

 

「はははは!確かに君の言う通りだ。にわか仕込みでその道のプロに勝てるわけがない!確かにその通りだ!まったく失念していた」

 

 私の言葉がロヴロの琴線に触れたらしい。額に手を当てて今まで見たことのないような顔で彼は笑いだした。正直不気味で仕方がないから止めてほしい。

 

「とまあ、大口を叩きましたが正直私は奴が本当に死神だったのか疑問ですけどね」

 

 ずっと思っていたことだ。というか私は偽物だと思っている。こればかりは勘にすぎないが、こういう時の私の勘は大抵当たる。

 

「……ふむ、どうしてそう考えた?この目で見たが奴の技術は確かに超人的だった。この俺ですらそれが銃弾によるものなのか、刃物によるものなのか、わからなかった」

 

 私は正面戦闘しか経験していないので知らないが、どうやら死神は敵を一瞬で屠る技を持っていたらしい。だがそれがなんだと言うのだ。

 

「確かに奴は超人的だった。ですが、奴のやり口はあまりにも下品だった。勿論殺しに品なんてありませんしあってはいけませんが」

 

 どこまで行っても殺しは殺しで、それ以上でも以下でもない。だからこそまるで自分のことを偉人のように語る死神が私には許せなかった。

 

「だが人質に脅迫、規模は大きくてもやっていることはそこらのチンピラと何も変わらない。奴が伝説で謳われた通りの殺し屋なら、本当にそんな手口を使いますかね?」

 

 簡単に言えば陳腐すぎるのだ。私が噂で聞いた死神は、もっとスマートで芸術的とすらいってもいい技術を持っていた。だから私には奴がどうしても噂に聞く死神とは思えなかった。

 

「死神の名を騙る偽者、か。有り得ない話ではないな。確かに俺が同じ手口を使うのならもっとスマートにやるだろう。もっとも趣味ではないがな」

 

 ロヴロがどういった殺し屋だったのかは知らないが、少なくとも人質を使うような見境のない殺し屋ではないだろう。

 

「あるいは噂が独り歩きしていたのかもしれない。この界隈ではよくあることだ」

「どちらにせよ、真相は闇の中ですけどね」

 

 そう、今こうして二人で頭を捻ったところで真相は闇の中。考察したところでそれは机上の空論だ。故に私達が知るべきことは当面の危機は去った。ただそれだけである。

 

「そうだ、話は変わりますけど、私兵士辞めることにしました」

「それはイリーナから聞いている。おめでとうとだけ言っておこう」

 

 そう言った彼の表情は何一つ変わらないが、どことなく嬉しそうだった。この一年で出会った殺し屋達は、皆揃って子供が兵士になることは認めてはいたが、決して肯定はしなかった。

 

「これを持っていけ」

 

 彼は手帳を取り出し何かを書きこむとページを千切って私に手渡してきた。紙片には電話番号らしき数字列が書きこまれていた。

 

「卒業したら銃は捨てるのだろう?ならばそこに連絡したまえ。適正価格で引き取るように俺が口添えしておく。安心しろ、信頼できる業者だ」

「えっと……ありがとうございます」

 

 どうして私にそこまでしてくれるのかわからない。もしかしたら見かけによらずお人好しなのかもしれない。

 

 私がメモをポケットにしまうと、彼はビッチ先生が去って行った方向をどこか遠い目で見ていた。

 

「……弟子候補と弟子が揃ってこうも変わるとはな。ここは本当に奇妙な場所だ」

「弟子……イリーナ先生のことですか?」

 

 私の問にロヴロが頷く。候補とはさしずめ私のことだろう。確かにビッチ先生も私も殆ど別人と言っていいほど考え方が変わった。それもたった一年足らずでだ。

 

「先ほどイリーナと話してきたが、あれはもう殺し屋の目をしていない。ただのどこにでもいる恋を夢見る小娘だった。恐らく二度と殺し屋に戻ることはないだろう」

 

 愛弟子かどうかはわからないが、自分の弟子ことなどお見通しのようだ。彼の言う通りビッチ先生はもう殺し屋なんかではない。

 

「あれには直に破門を言い渡す。後は精々恋でもなんでも好きにすればいい。殺せない殺し屋など、弾の出ない銃と同じくらい不要な存在だ」

「ロヴロさん……」

 

 悪態をつく彼の横顔は、どこか嬉しそうで、そしてどこか寂しそうだった。ただの勘違いかもしれないけれど、私にはそう見えた。

 

「もう、殺し屋という時代ではないのかもしれないな……」

 

 その言葉にはどこか、後悔や自嘲のような響きが含まれていたと感じたのは、私の思い込みだろうか。

 

「だったら」

「む?」

「だったら貴方も転職したらどうですか?」

 

 思わず声に出してしまう。慌てて口を塞ぐがもう遅い。彼の耳にはしっかりと届いていた。暗い目が私を睨みつける。

 

「……すいません出過ぎたことを言いました」

「……いや、こちらこそ失礼した」

 

 二人の間に(正確には私だけだろうが)気まずい空気が流れる。そろそろユウジの許に戻ろう。ずっと待たせるのも彼に悪い。

 

「まさか、孫ほどの歳の娘に人生を説かれるとはな」

「本当にすいません」

「だが、そうだな、老後の選択肢として一考しておこう」

 

 流石は大人と言うべきか、私の失言も軽く流してくれた。私が同じ立場だったらこうも簡単に許せるものだろうか。文字通り経験が違う。

 

「私はこれで。貴方もどうかお元気で」

 

 背を向けて歩き出す。多分これが彼との最後の話になるだろう。彼は殺し屋で、私はただの中学生。この奇跡の教室が終わればもう二度と道が交わることはないだろう。

 

 だが、もしかしたら、またいつか出会うことがあるかもしれない。その時はお互いに安心して手を握り合える。そんな関係になれていたらと私は思うのであった。

 




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