青衣も織斑先生も目が泳いでいる。
何故今まで思いつかなかったのだろう、実に単純な事だった。
絶対命令の内容で織斑先生が世界を取った正当性が揺らいだなら、その命令を解除した後にモンドグロッソで総合優勝、再びブリュンヒルデになれば良い。
命令が解除されて男性でも操縦できるようになれば、俺達の女尊男卑の破壊という目的は半分終わる。青衣も他のISが解放されれば納得するし正当性が揺らいだ女尊男卑はやがて修正されるだろう。
俺達からすれば丸く収まってしまう。
「織斑先生が再び優勝すれば、文句は出ないと思います」
「簡単に言ってくれるな。貴様はどれだけそれが困難な事か理解しているか?」
「一応、更識会長以上が勢ぞろいと思っています。
ですが、さっきも言った様に俺達は自分達の目的優先ですからね。後は織斑先生次第です」
「お前はわけのわからんことができるから軽く言うのだ。言われる身にもなれ」
「普段、厳しい事言ってますよね? それに引退してブランク有りとはいえ出来ない事では無い気がします」
「それはそれ、これはこれだ」
自分で言うのも何だが、無茶苦茶な話を織斑先生に振った。
だが顎に手を当て、織斑先生は何かを考え始める。
「だが、それを理由に命令解除を私が束に打診か。考えたな」
「男を操縦できるようにした上で再度命令されたら意味無しですが」
「それは私が止める」
「そうですか。とにかく織斑先生が作成した資料で疑惑が表に出た以上、潔いとの見方もできます。篠ノ之束も疑惑を払拭したいでしょう? 復帰するなら専用機を作るかも。織斑先生が言い出せば話を聞くかもしれません。
男性でも操縦できるようになれば、俺達の女尊男卑の破壊という計画は半分終わります。根拠がなくなれば残り半分も時間の問題になります。
青衣もISが解放されたら文句ないでしょうし、どうだ?」
最後は青衣に振る。だが彼女は何かに引っかかっているらしい。腕を組んで唸っている。
「方向性は良いですよ。唯……」
「唯?」
青衣は織斑先生の方を向き、大きく首を捻った。
「織斑先生が引退した原因が問題なんですよ」
「あ」
指摘されて俺は気が付く。青衣は続ける。
「第二回モンドグロッソの決勝戦を棄権して突然引退でしょう? 勝てる勝てない以前に復帰できるんですか? 棄権と引退の理由がはっきりしないと何処も国家代表に認めないのでは?」
確かにそうだ。
俺も織斑先生を見るとぐっと詰まった様な顔をしている。
「ドイツが絡んでいるんですよね? 日本の国家代表なのに?」
青衣が問い詰めるように聞く。織斑先生は喉を鳴らした後、大きなため息を付いた。
「いいか、他言無用だぞ」
第二回モンドグロッソの決勝戦直前、ドイツで一夏が誘拐された。
織斑先生はドイツ軍から誘拐事件の発生と監禁されている場所の情報が伝えられ、決勝戦を棄権して救出に向かう。織斑先生がその場所に行くと拘束された一夏だけが残されていた。
その誘拐犯に繋がる手掛かりは無く未だに誰なのか、その目的も不明である。
2度と事件が起きない様に、一夏を守るため現役を引退したがドイツ軍が教官になってくれと声を掛けてきた。
誘拐された一夏の情報を貰った借りがあった為、織斑先生はその話を受け1年以上ドイツ軍で教官を務めた。ラウラはその時の生徒で、誘拐され決勝戦を放棄する原因となった一夏をラウラは恨んでいるという。
棄権が無ければ織斑先生はドイツで教官をやらず、ラウラは会っていないだろう。出来損ないの烙印を押されたままだ。完全な逆恨みだろう。というかさ……。
「なあ、青衣」
「何も言わなくていいです。わかりますから」
織斑先生はぐったりしている俺と青衣を交互に見比べ、戸惑っている
「もう1回説明して貰えます? 見ての通り引っ掛かっているんですよ。それもとびっきり大きな針が」
「あ、ああ」
同じ話が繰り返された。
ああ、やっぱり針がでかい、大きすぎる……。
「お前ら、何がそんなに引っ掛かっているんだ?」
「念のために確認しますが、嘘は無いですよね?」
「そんな事して何になる?」
織斑先生は明らかに心外という顔で答えた。
「第二回モンドグロッソってドイツ開催ですか?」
「そうだ」
「警備はドイツ警察と警備会社だけですか?」
「いいや。ISが集まるからドイツ軍もいた。それがどうしたと言うのだ?」
「ドイツによる自作自演、違うなら警備や大会関係者が犯した大失態の責任を織斑先生に押し付けたんじゃないですか?」
「は?」
俺の言葉に織斑先生は間の抜けた声を上げた。多分俺は初めて聞く声だ。今まで考えたことが無いのだろう。
青衣を見ると軽く両手を上にあげていた。顔がめんどくさいと言っている。
織斑先生の話を聞いて俺が何を考えたのか、説明をすることにした。
「例えば、今度IS学園で行うトーナメントでは各国の要人が来て、会場には警備が付きますよね? 俺も参加します」
「あ、ああ。そうだな」
織斑先生が首肯する。
「IS学園で要人が誘拐されたら責任は警備しているIS学園が一番大きいですよね? 誘拐されたのが一般人でも同じ」
「当たり前だ。お前は何を言っている?」
「ドイツも同じでしょう? 選手の身内が誘拐された責任は警備しているドイツ側にある。
当時の一夏は要人ではないですけど前回優勝者で優勝候補の弟、護衛が付くべきです。付けなかった結果は織斑先生が体験した通り、誘拐されて決勝戦がぶち壊されました。
ホスト国として致命的でしょう? 何せ一番盛り上がる決勝なんですから」
彼女の目が泳ぎ始めた。
余りに単純すぎて、今まで考えたことが無いのか? 周囲の者も気が付かないのか?
いいや、当事者だから考えが固まっているのかもしれない。自分の身に降りかかったことは客観的に見ることが難しい。
「第二回モンドグロッソに出場している選手の弟が誘拐される事件が発生、選手の決勝戦棄権と引退理由に直結した。
正に警備の失敗、それこそ歴史に残る大失態でしょう?」
織斑先生が小さく、本当に小さく頷いた。
「一夏がそのタイミングでドイツに行ったということは試合を見に行ったんですよね? それとも1人でこっそりドイツ入りして、治安の悪い場所をふらふらしていたとか?」
「それは無い。直接会ってないが一夏をドイツに呼んだのは私だ。そういえば誘拐現場は会場付近と聞いていたがどこなのだ?」
「聞いていないんですか?」
「思い出したくない事だからな」
「当事者じゃあないんでその辺は俺にわかりませんが、聞き手からすれば重要ですよ」
織斑先生は額に手を押し当てた。片方だけ見えている目は瞳孔が開いていた。頭の中は真っ白かフル回転だろう。
「他に聞いても良いですか?」
「……あ、ああ。構わない」
織斑先生は顔に当てていた手を戻し、此方に向き直る。動揺は変わらない。
「一番不思議なんですが、何でドイツ軍が誘拐された一夏の情報を織斑先生に渡すんですか?」
「何?」
「だから軍だろうが警察だろうが、織斑先生に話す暇があればさっさと一夏を救出しろと言ってるんです」
織斑先生は大きく息を吸い込んだ。落ち着かせるためだろう。
青衣は俺と織斑先生を交互に見ている。深呼吸が終わり織斑先生が頷いたのを見て、俺は続きを言う。
「情報を得たドイツ軍が一夏の救出に行かないで、何で決勝戦を控えた外国の選手、織斑先生が行くんですか?」
「……」
「そもそも、何で一夏の監禁場所を知っているんでしょうか。その理由は聞いています?」
「……聞いてない」
織斑先生が喉を鳴らした。俺が何を言いたいのか気付き始めている。
「織斑千冬が迎えに行け、そんな要求が……いや、要求はあったんですか?」
「いいや、要求も何もなかった。ドイツ軍が控室に来て直接情報を聞いた。会場の外で一夏が誘拐された事と居場所だ」
「直接って言いましたけど、日本のスタッフ、関係者には話したんですか?」
「極秘事項として私だけが聞いた」
「要求が無いのに試合を控えた選手にだけ伝える? 他の関係者には話さないで? それだけでも変ですよね」
織斑先生が小さく頷いた。俺は重ねて質問をする。
「普通に考えて、無傷で解放という事は要求が満たされたという事です。でも織斑先生には要求が伝えられず、ドイツが満たした?」
「わからん。だが国家はテロに屈しないだろう? それは無いと思う。
もしも要求を満たしたならそれこそ言わないだろうな」
確かにそうだ。今度は何やら考えていた青衣が発言をする。
「要求するまでも無く、勝手に満たしたとかありえますよね?
誘拐の事実を知れば織斑先生は勝手に出向く、決勝戦を放棄し棄権すると予想した。だから要求を出す必要が最初から無かった」
あり得る。織斑先生がうなる。少し間が空いたので、俺が思いついたことを言う。
「なら織斑先生に情報が伝わる風に要求したということに……駄目だ。要求している。考えてもしょうがない。
織斑先生、改めて聞きますけど、情報の出所は?」
結局、再度問いかける。
「知らん。あの時はもう気が気でなく飛び出した」
「それ、ドイツ軍が織斑先生に行けって言うのと同じですよね? それともドイツじゃ要求も無いのに被害者の身内に迎えに行かせるのか? 決勝戦の直前、試合がぶち壊しになるのに?
仮にそのまま試合やっても影響がありますよね。織斑先生は気が気でない。精神的に揺さぶられている。妨害も良い所だ」
青衣は渡されたスポーツドリンクを開けて一口飲み、織斑先生は腕を組んで何かを思い出そうとしている様だった。
俺は考えているうちに前のめりになった姿勢を戻して口を開く。
「それで、一夏の救出後はどうなりました?」
「大会関係者から決勝戦は棄権になった旨が伝えられた。
この件が表に出ると一夏が棄権した理由として扱われバッシングされる。誘拐された一夏は世間から一生馬鹿にされ続けると言われた。女尊男卑が始まっていたから男が足を引っ張ったという事も拍車をかける。私が会場外で無断にISを使ったことも響いた。
その後、直ぐに引退を決意したがドイツで教官をしてほしい旨が……」
「完全にドイツからの脅迫ですよね。そしてテロには屈しない。
今までの話だけ聞くと一夏の誘拐はドイツの自作自演、見事に嵌ったと感じますが?」
俺の言葉に織斑先生は目を見開いた。青衣が俺を指で突っつき、其方を見る。
「私も同じ事を考えました。でもホスト国が自分で傷をつけますかね? それと自作自演がばれたらドイツが終わりますよ?」
「織斑先生の性格を見たんじゃないか? 誰が見ても弟中心、身内中心だ。口も堅い。さっき本人も似た様なことを認めただろ?」
「そうでしたね」
「棄権の理由も一夏に関係ない事をでっち上げれば良かったはずだ。一夏が誘拐は大会の警備側に非がある。表に出たら困るのは向こう、世間体があるならそれで良かったはずだ。
織斑先生の選手引退も話が上手い奴を使って誘導したのかもしれない。だって引退したからって一夏に24時間ぴったりとはいかないだろう?
そしてドイツ軍が情報を与えたから一夏は無事だったと強く印象付けておく。後は引退を表明したらその件を使って教官として招けばいい。
どの道これは想像、証拠は無いですね」
とはいえあっさり推測は出た。
織斑先生を見ると、目の焦点が合ってない。青衣が身を乗り出して彼女を揺すり強制的に戻す。
「日本政府やスタッフにはこの件を?」
「伝えていない。黙ったままだ。ドイツや一夏が話してない限り知らないと思う」
「すみません、関係者は激怒したでしょう? 本気で何やっているんですか?」
織斑先生は物凄い凹んでいる。こんな光景、初めて見たかも。
「ラウラもラウラだ。一般人が計画的な誘拐犯から身を守れるか。一夏が原因で優勝を逃したではないだろ?」
俺は苛立ち半分にスポーツドリンクを飲む。その間に青衣がため息交じりで纏める。
「どちらにしてもドイツ、高笑いですね。
自作自演なら大成功。違うなら大失態の責任をすり替え有耶無耶にした挙句、織斑先生が引退した後に教官として招いたんですから。事実、今の話を聞くまで私達も知りませんでした。
それに織斑先生が今でも現役なら第三回モンドグロッソも優勝候補でしょう? 最低でも第二回の準優勝者です。それを排除できただけでも自国が優勝する可能性は上がります」
「一石二鳥どころじゃないな、幾つ鳥を落としたんだ? これが当たっているなら凄まじいな」
俺は責任転嫁説に呆れると共に感心した。何せ俺達の想像通りなら、織斑先生に情報を渡して誘導しただけで事態を引っくり返したのだから。
織斑先生を見ると意気消沈という言葉がこれほど似合う状態が無いと言う位、先ほど以上に凹んでいた。煤けている。
「多分、この件も誰かに相談していたら指摘できたでしょうね。というかそれこそ篠ノ之束の出番では? 今からでも証拠が無いか調べて貰ったらどうです?」
「誘拐が明るみに出れば一夏に迷惑が……」
「ドイツ側の方が叩かれると思いますけどね。事件なんて知らないとシラを切るとは思います。ばらすなら一夏にも伝えないと不味いですが。
それに一夏はもう世界的な人物です。そう簡単に手出しできませんよ。白式もある」
「……ドイツで会った者は、良い奴等だった」
織斑先生がぽつりと呟いた。はあ、と俺はため息を付いた。
「自作自演なら計画立てたのは相当上の方でしょう。実行犯も軍人なのか雇ったのかわかりません。どちらにしてもドイツで教えた生徒や関係者とは別です。
もし、ドイツ軍がやったなら誘拐に関わった者に一切会わなかったと思います」
「皆、良い奴なんだ。教え子も、当時の同僚も」
「気が付いても仲間意識や人情が邪魔をすることは計算していると思いますよ。今、葛藤しているのがいい証拠ですね。
というか、ラウラみたいな娘を囲っている時点でエグイ手口を使う事に躊躇しないと思います。それにラウラと似た様な境遇の軍人は他にいますよね? さっきの話ですと」
「ラウラは……」
「ラウラがあんな性格になったのってドイツ軍の教育でしょう? 所詮、織斑先生は1年程度しか教えてないんですから」
馬鹿なことを言うなよ。皆良い人なわけがないだろう。良い人だったらラウラはそんな育ちをせずに施設か何かで育ったはずだ。
織斑先生は半分放心状態だ。彼女からしてみれば、これも人生が引っくり返った瞬間なのだ。
「理不尽だな。後で気が付く悔しさ、骨身に沁みた」
この女は何を言っているのだろうか。少し、いらっと来る。
「今の件だけでない。白騎士事件の事も言っている」
ああ、そういうことか。俺の視線に変化があったのに気が付いたのだろう、弁解をする。
「これと比較になりませんよ? 世界中で今も影響が続いています」
「……そうだな」
しばしの沈黙。
「でも話が進みましたね」
青衣だ。頷く。
「本気で学園長辺りに全て相談したらどうです? 私が今までの事を記録していますから、説明が面倒なら出せますよ?」
「頼むかもしれない。正直上手く説明できる自信が無い。
だがその記録、便利なのか嫌らしいと思うべきか、悩みどころだな」
ずっと撮影され続けているのと同じなのだ。あはは、と青衣は軽く笑う。
「改めて聞くが、風呂はどうしている?」
「切ってます。私の頭の中とは別ですので、普通の記憶は出来ますが」
「普段から切ることは?」
「難しいですね、何せISですから。意識しないと勝手に記録します。見せない手もありますが」
これで殆ど青衣の中の容量を食わないらしい。パソコンを覚えてから知ったが映像は重く容量を食うのだ。ISの記録、青衣だけかもしれないが仕組みはどうなっているんだろう。
織斑先生は一度天井を仰ぎ、再び俺達の方を向いた。
「今の話、ラウラに伝えるべきだと思うか?」
織斑先生の言葉に、俺はラウラの言動を思いだす。
「伝えるにも方法を考えないとドイツ軍に通報するかもしれません。少なくとも俺達は敵視されていますから無理でしょう」
「ありえるな。それと流石にお前達から話すのが無理なこと位は理解している。話すなら私からだ」
「でもドイツ国内を調べるなら頼むのも手ですよね。惑わすこと言ってますが」
「ドイツ軍だから、ドイツ軍人が何とかしたいと思うかもしれないな」
「組織優先で証拠隠滅するかもしれませんよ。予想できません」
俺も考え込む。どっちに転んでも懸念が残るのだ。
「保留、今は話さない方が良いのでは? 想像であって証拠も何もないんですよ?」
「確かに」
青衣の一言に織斑先生が返し、俺も頷いた。
「束は?」
「知ったこっちゃないです。というよりも話が通じる相手ですか?」
「……聞いた私が悪かった」
青衣が言う。怒り始めると不味いので手で制しておこう。次は俺が答えることにする。
「白騎士事件は?」
「以前、俺達は任せると言いましたよね? 公表するなり責任を取るなり好きにしてください」
「束は命令出していない、そう惚けたらどうする?」
「じゃあ青衣を破棄した理由は何だと言う話になりますね。コアの破壊現場は目撃していたんでしょう? 青衣がISなのに男性が操縦できる件もあります。一夏の件もありますね?」
「確かにな。当時は知らなかったが、あれはISのコアだったと思う」
「それは証言してもらいますよ」
「わかっている」
ここで会話が止まる。さっきの青衣ではないが、話が進んだな。
「私から1つ」
青衣を見る。
「無人機が来たときセキュリティを乗っ取られましたよね?」
「ああ。誰の仕業か想像位はついている」
「学園のカメラもハッキングしたと思います。5人相手の試合後にちょっと挑発しちゃったんで」
「青衣、何を言ったんだ!?」
青衣が手を広げると空間がぼんやりと白く光り出し、それを奥へと寄せる。3人が見える位置で止まった。
織斑先生は初めて見る現象を戸惑っていた。
「これがお前の記録か?」
「そうです。5人相手の試合後、織斑先生達が帰ってからですね」
記憶は青衣の視点だ。ピットの監視カメラに向け言葉を投げている。
最後に俺やクラスメイト達が集まっている場所に戻っていった。そこで記録は消える。
「これはまた……」
「織斑先生が問われる責任を考えてないと思いましてね。本当に友人なのかと疑いを持ちました」
「正論だがあいつに通じない。喧嘩を売ったようなものだな」
「バーゲン期間中でしたからね。でも向こうが何か言って来たらハッキングした証拠になりますよ。何故知っているんだって。そこを上手く突いて下さい」
「本当に油断も隙もない……」
呆れた様な口調で言う織斑先生に、青衣は悪びれずに返す。
こいつ、方向転換したな。喧嘩を売ったことを無人機の件を問い詰める材料として、しかも織斑先生を使う気だ。
「イベントごとに一夏さんを英雄にする為、事件を起こされたらたまりませんよ。それとも起きて欲しいんですか?」
「まさか。確かに束には釘を刺す必要がある」
「釘は釘でも五寸釘でお願いします。それも徹底的に刺して下さいね」
「わかった。私も無人機みたいな騒動は御免だからな」
時計を確認すると22時近くになる。消灯時間は23時だ。部屋に帰った後シャワーを浴び直し、一服すれば丁度良い位だろう。
「さて、もう他に無いと思うんですけど」
「明日は休みだ。こんな機会は滅多に無い。もう少し付き合え」
何を言うんだ?
「寮長でしょうが」
「偶には良いだろう?」
正直疲れた。さっさと帰りたい。青衣も疲れた顔をしている。さっきまで煤けていたのに織斑先生は何でこんなに元気なんだ?
とはいえ良い機会でもある。他に何か、何か……。
「ああ、今の話ですがうちの姉2人には伝えますよ」
「おい!!」
「俺達以上に口は堅いです。それに報告しないといけませんから」
そう言うと織斑先生は顔をしかめながらも頷いた。了解したという事だろう。
「そうだ、一夏と白式なんですが」
「別にいいんじゃなかったのか?」
織斑先生は俺を胡乱げな目で見る。確かにそう言った。
「シャルロットが一夏に銃を撃たせたんですよ。避けるにもまず撃ってみた方が理解できるって」
「ほう。面白い事考えるな」
「ですね。俺には思いつきませんでした。確かに自分で動きがわかれば、相手が撃つ前に反応できますから回避率は上がると思います」
織斑先生が肯定するように頷いた。
「それと一夏にとって今度のトーナメントがタッグになって良かったです。シャルロットが教えても無理だったら本気で一夏は1回戦敗退の可能性がありましたから」
「ちょっと待て!! お前から見て一夏はそんなに酷いのか!?」
「一夏もそうですけど、大きいのは白式の問題?」
俺の言葉に彼女は慌て始める。専用機と3連戦をした時に見ていたはずなんだけどな。
「白式は燃費が最悪、俺との試合も敗因は自滅です。剣だけですから一夏は近づけなければ勝ち目がありません。散々言っているのに零落白夜も無駄使いが多く、タイミングが掴めていません。
試合の相手は遠距離武器を揃えて作戦も立てるでしょう。何せ俺が模擬戦で手本を見せてしまいましたから、訓練機でも相手次第では自滅します」
「私なら」
「私は出来たは通じませんよ。誰でも出来るなら織斑先生と同じタイプの選手は大勢いるはずですから」
彼女はため息をつき青衣を向く。
「七海の言う事は本当か?」
「本当ですよ。自分の目で確認した方が良いと思います」
「そうだな……」
がっくりと肩を落とす。
「一夏は初めて撃ったのに意外と的に当たっていたんですよ。シャルロットの指導がいいのかもしれませんが」
「……」
「話は勝手に進めます。例えばオルコットが白式に乗ったら悲惨な事になるでしょう?」
「接近戦が苦手なのはあいつも自覚している」
「一夏、少しずつ伸びているんですが、それでも伸び悩んでいるんです。真面目に訓練しているのに。
本人の適性に合った機体を与えているんじゃなくて、本人が機体に合わせているんですからその可能性も有るかと。多分、そういうケースは一夏以外に無いですよね?」
織斑先生は腕を組み、少しうなる。
「まだ一夏は白式に振り回されているだけです。最初からハイスペックな上に燃費が悪い機体なので制御できていない。というより技量がある前提の機体な気がします。
カタログスペックは最高なんですからトーナメントの結果次第で、例えば国家代表とかに奪われても文句言えませんよ」
「だが、いい加減に慣れただろう?」
「扱い難さや剣しか無いのは変わりませんから。挙動はともかく試合は厳しいですよ。
訓練機で練習する事も考えたんですが、専用機を持っているので他の生徒が優先されます。更にトーナメントも近いから倍率も上がります。これ、どうしたらいいと思います?
というより何で俺が考えているでしょうか?」
黙り込む。だが何を言いたいのか通じてはいる様だ。
「シャルロットが教えてますけど止めませんよね?」
「……ああ」
声は小さかったが、同意は同意だ。
「そういえば、お前たちは何故一夏を含めた他の生徒の事も見るのだ?」
織斑先生から逆に聞かれる。
「俺もクラスメイトから勉強を教わってる身ですからね。教えられることは教えますよ。そんなに時間を食う訳でもないです。
止めろと言うなら止めますが」
「いや、止める気はない」
「俺達は目的達成とある程度の様子見が終われば学園にいる理由が消えます。いつ撤収しても良い様にしているだけです」
「そうか、そうだったな」
彼女は頭を掻く。
「心配する位なら自分で指導して下さいって。俺と一夏の差、更に開きますよ?」
「……確かにこのままではそうだな。他には?」
一瞬、織斑先生の目が光った。他に話すことは……あったな。
「俺の役割ついでにトーナメントでの警備、どうする気が聞いておきたんですけど」
「ん? まだ警備は計画中だ。何せ急な変更だからな」
「……俺の言い方が悪かったです。俺か一夏が狙われやすいと思うんですけど、何かあったら一夏はどうするんですか?」
「別にどうもなかろう」
考えないってことですか?
「何かあった時にどうするか位、決めておいてくださいよ。また誘拐されたらどうするんですか?」
この言い方には顔色を変えた。ようやく俺が言わんとしていることが伝わったらしい。
「そうだな、戦うように言っておこう」
「逃げさせましょうよ。相手もIS、倒されて白式持っていかれたら終わりですよ」
「……考えておく」
言いたいことは伝わったが、それ以上は無理だな。
「IS委員会にも要望を出したようだが、お前は襲われたらどうするんだ?」
「さっさと倒すか、長引きそうなら逃げます」
「逃げる?」
「逃げますよ。速攻で倒せないなら逃げます」
どこか気に入らないのかむっとしたらしい。
「絶対倒そうとは思わないのか?」
「思っても確実じゃないです。青衣や巻き込まれた者を危険に晒せないでしょう? それに相手に援軍が来るかもしれません。逃げられるうちに逃げます」
無言、少し経つ。
「まあいい。気に入らんが」
「気に入る、気に入らないは別でしょう」
「私はお前みたいに割り切れんのだ」
「勝ち目無いのに戦って青衣を盗られたら俺、終わりますよ? 一夏も同じ、白式のハイスペックを逃げ足として活かしましょう」
「言いたいことはわかるがな……」
織斑先生は大きく唸る。やっぱり俺とこの人は考え方が違う。
ここで寮長室のチャイムが鳴った。
織斑先生は立ち上がると壁の受話器を取る。相手と少し会話した後にドアを開けると、ジャージ姿のシャルロットが立っていた。
部屋着がジャージ率、高くないか?
「あれ?」
「おう」
シャルロットと目が合い、声を掛ける。
「ど、どうしたの? その恰好?」
「気にすんな」
俺の格好はぼろぼろだ。ジャージには穴が開き、所々焦げている。隣にいる青衣は青の着物だが部屋着とは見ないだろう。そして並ぶとアンバランスだ。
シャルロットは驚いた様だ。俺達がいることも、その恰好にも。
「七海達の事はいい。お前はどうしたんだ?」
織斑先生がシャルロットに問いかける。
「ラウラが何時間も寮長室に行ったまま帰ってこないので、心配になりました」
そういえばシャルロットとラウラは同室だったな。アリーナで別れた後は知らないがラウラと会っていたのだろうか。
シャルロットの声に織斑先生と青衣の視線が俺に刺さる。釣られる様にシャルロットの目線も俺に移動する。
さてどうするか。
「織斑先生、ラウラの責任って言いましたよね」
「……言ったな」
彼女はため息をつく。シャルロットは困惑した目で俺と織斑先生を見る。
「仕方がない、ラウラは私が探しておく。今夜はこれでお開きだ。七海、ラウラは学園の隅だったな?」
「先ほど指した方向ですが、時間が経っていますよ」
「面倒な。
七海、お前、空間転移先で事故ら無い様に確認しているだろう? それで探せないか?」
まあ、気が付くよな。俺の性格からすれば確認しているのが丸わかりだ。
「やってやれないことは無いですが時間が掛かります。広い場所を探すなら歩き回るのと手間は変わりませんよ」
「そうなのか? ならばいい」
これは事実。空間支配で確認するにしろ『窓』を使うにしろ広範囲の人探しや物探しには向かない。
「えっと、何があったんですか?」
戸惑うシャルロット。当たり前か。
「ラウラがしつこいのでな、七海が学園の端に置き去りにしてきた」
「何とかしろ、そう言ったのは織斑先生でしょう?」
「今は後悔してる。簀巻きにでもするべきだった」
織斑先生と俺のやり取りにシャルロットはぎょっとした顔をする。
「ラウラは大丈夫なんでしょうか?」
「軍人なんだ。IS学園内にいるし遭難しても一晩位は何とかするだろ」
「えっ!!」
心配そうなシャルロットに俺が回答すると、彼女は絶句する。
「学園で遭難って笑えますけどね」
「笑えないよ!!」
青衣の返答にシャルロットが突っ込む。半分悲鳴だ。
「外で過ごせば無断外泊だ。さてどうしようか」
「それは酷くないですか?」
織斑先生の言葉に俺が反応すると彼女はにやりと笑う。一方、状況を飲み込めたシャルロットは心配そうだ。
ずいぶん優しいね。それに引き替え織斑先生、ラウラは大事な教え子じゃあなかったのか。俺達は……ま、いいか。
「デュノア、ラウラは心配しなくていい。自分で何とかするだろう」
「は、はあ」
俺達がのんびり構えていると、シャルロットはますます混乱した様だ。そこを織斑先生に窘められている。
「じゃあ、俺達も帰りますよ」
「そうだな。寮長室も施錠する。少し待ってろ」
俺達は立ち上がると寮長室の玄関に向かう。困惑するシャルロットが通路へ出たので自分のサンダルを履く。
廊下に出るとシャルロットが興味深げに青衣の服装を眺めていた。
「青衣さんって着物?」
「そうですよ。とはいえ一般的な着物とは違いますけどね。振袖に近いみたいですが該当するのは無いみたいです。模様も作れますし」
「違うの? 細かい事は知らないけど種類があるんだよね? それと模様を作る?」
「これが私の基本形、ISの中にいるときの姿です。だから普通の形とは少し違うんですよ」
「そうなの!!」
やはりシャルロットは女の子、服に興味深々だ。青衣も髪飾りやら集めているから趣味が合うのかもしれない。2人は話で盛り上がっている。
「私の名前の由来でもあります」
「由来? ああ、それで青衣なんだ 帯に帯締めだっけ、そこも青系統」
「はい。模様は作ったり変更できても色自体の変更は無理ですね」
青衣は髪も目も純色の青、妖怪としての基本形である服装まで青なのだ。まさに青一色である。
ん? 青一色の外見とIS、纏うもの、それで名前は青衣。単純すぎる。本人が気に入っているから良いけどさ。
しかし、青衣と話すシャルロットを見ると男性にするのは無理が有り過ぎる。そんな彼女を男性として書類を作り外国へ、日本まで送り込んだデュノア社長に腹が立つな。そういえばシャルロットは電話で話をしたのだろうか。結局、どんな意図だったのか気になる。まあ、今聞くことでもないが。
「シャルロットさんの専用機の中にも私の姉妹が居るはずですよ。どんな姿形かまではわかりませんが」
「わ、そうなんだ」
シャルロットは自分の専用機の待機形態であるオレンジのペンダントを持ち上げて見つめる。仲良いね。
そんなことを考えていると織斑先生が寮長室から出て来て、ドアを施錠した。
「さて、私はラウラを探してくるから就寝時間までには床に就いておけよ」
「はい」
シャルロットが返し俺達は織斑先生に先導される様に廊下を歩く。そのままエレベーターホールまで行った時に1つのエレベーターが開いた。
「教官!!」
「織斑先生だ」
ラウラが乗っていた。どんなルートを歩いてきたのか制服は薄汚れている。反射的に織斑先生が呼び名を注意する。
「七海、貴様……何故ぼろぼろなのだ?」
俺に気が付くと困惑し始めた。
うん、そうだよね。疑問に思うよね。俺の服はぼろぼろ、ジャージには化学繊維も入っているだろう、焦げた部分は少し臭うかもしれない。
「織斑先生、探しに行く手間が省けましたね」
「そうだな。帰るとするか」
俺と織斑先生、無言の青衣は意に返さない。そんな俺達の様子にぷるぷると怒りで震えるラウラを眺めている。
「このままにすると、私たちの部屋まで来るかもしれませんね。どうしましょう」
「仕方ない、ラウラを部屋まで連れて行くか。デュノア、構わないか?」
「良いですけど織斑先生、何があったんですか?」
「気にするな。身が持たんぞ」
青衣の懸念に織斑先生が答える。シャルロットの疑問は織斑先生が切って捨てた。
そのまま織斑先生はラウラを引っ掴むとエレベーターの中に連れて行く。シャルロットは困った顔のままエレベーターに乗り込む。
「俺達、別のエレベーターに乗りますよ」
「そうしてくれ」
「では」
エレベーターが閉まる。ラウラはずっとこちらを睨んだままだった。
「……疲れましたね」
「そうだな」
青衣がぼやき、俺が同意する。
「帰りますか」
「ああ」
こうして学年別トーナメントに向けて皆が動き出したのだった。
最後まで読んで頂き、有難うございます。
『幻想のIS』を書き始めた時、設定に突っ込む気は余りありませんでした。気が付いたらこんなことになっていますが。
さて、前話『16_互いの不信』と今回の話は感想で教えて頂いた某掲示板やWiki等の書き込みに影響されていると思います。
しかしラウラの生まれといい誘拐事件とその疑惑といい、作中のドイツの扱いが余りにも酷い……。
今更ながら青衣の服装を少し描写しました。厳密な着物の種類が該当無しなのは東方なので。そして着物にしたことが少し後悔、難しい。
トーナメント開始の前に1つ話を挟む予定です。
何かありましたら感想へお願いします。
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ホスト国がドイツという確証はないのですが、ドイツ軍が展開していたみたいなのでそうしました。
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サブタイトル修正、本文修正、あとがき追加 誤字修正 「ビット」⇒「ピット」、改行修正