試験から一週間後、俺と青衣は造り出した亜空間にいた。俺は『拠点』と呼んでいる、簡単に言うと亜空間内に建てた家だ。水や空気は適当な水道管や山奥から引いている。間に結界を挟んであるので必要なもの以外は入ってこない。
時間は約束の30分前、和室で俺たちは時間を潰していた。
俺の格好は外の世界で調達した失礼にならない程度の私服で、傍らにいる青衣はいつもの青い着物だ。今日は雪だるまを模した髪飾りを付けている。
広間に置いた大型テレビのように亜空間に開いた『窓』から見えるのはIS学園の学園長室。
この『窓』の向こう側からは一切関知することはできない。但しこちらは見聞きすることができる。この応用力と嫌らしさが紫姉さんと似ていると言われる由縁だろうか。というか紫姉さん見て思いついたんだけどさ。
覗き? 俺はほとんど青衣と一緒だし、もしもばれたら紫姉さんと藍姉さんに殺される。
学園長室に居るのは学園長、疲労の色が濃い織斑千冬、そして見たことのない水色の髪と赤い目をした女だ。制服を身に付けていることからこのIS学園の生徒だろう。部屋の隅にあるちょっとした話をするための机で向かい合い、話し込んでいる。窓には厚いカーテンをかけ外からは見えないようにしている。
何故生徒がいるのか。直前に用事があるのか、俺達と会わせたいのかわからないが普通の生徒ではないのだろう。
3人の会話を聞きわかったことは幾つかある。名は更識楯無で生徒会長をしているらしい。ロシアの代表候補生だそうだ。俺のこと話してあるようだ。
代表候補生というのは呼び方からして予想はつくが、ロシア? ロシアって別の国だよな。日系人か?
考えても仕方がない。二人で茶を啜りながら時間を待つ。
気が付けば後5分で約束の20時だ。俺は青衣と共に学園長室のドアの前へと飛んだ。仰々しいドアをノックする。
「どなたですか」
声からして学園長だ。
「七海緑兵と青衣です」
「……ちょっと待ってください」
その返事から一分もしないうちに「どうぞ」と帰ってくる。
俺たちはドアを開け中に入る。俺たちが先ほど覗いた時とは異なり、3人が横に並んで座っていた。俺達から見て奥から学園長、織斑先生、更識楯無だ。向かいが空いている。お茶が用意されていた。ここに座れと言うことだろう。促されてから青衣と並んで座る。俺の正面の織斑先生は剣呑な雰囲気を出していた。
「初めまして。更識楯無です。来年度から二年生で生徒会長をしています」
水色の髪をした女が名乗る。うん、さっき監視していたから知っている。顔に出したら不味いが。
「聞いていると思いますが七海緑兵です。よろしくお願いします」
「同じく青衣です」
「さて、制服の採寸や資料の受け渡し以外にお話しがあるようですが」
学園長が言う。むしろそこから先が本題。
時間は一週間あった。俺たちについて、そして紫姉さんから聞いた内容について調査をしたのだろう。やって無かったらおかしい。入学を取りやめてさっさと別のところを探す。
「ええ、ですが先に済ませましょう。其方が名目ですから」
俺と更識は席を立ち、部屋の隅でさっさと採寸を済ませる。更識は変にぺたぺた触ってくる。採寸と同時に、俺の体について調べているな。これ。結構直接的なことをやるものです。
「はい、終わり。次は青衣ちゃん」
「私、専用機ですよ?」
こちらを見ていた青衣が言う。
「彼と一緒に行動するんでしょう? 学園内で動くのだから制服は着用した方がいいでしょ?」
「制服は学生だけでは? 偽学生になりますよ?」
「その辺は特例でいいと思います。身分証も発行しますよ」
今度は学園長が言う。青衣は俺に視線を移す。
「いいんじゃないか」
青衣はにっこり笑うと立ち上がる。やっぱり女の子だ。着てみたかったらしい。
「俺は部屋から出た方が」
「壁でも眺めてて」
「了解」
俺は青衣に言われた通りに、壁でも見ることにする。
後ろでシュルシュルと布ずれの音が聞こえた。
くすくすと苦笑する声が聞こえた。
「何か?」
壁を見たまま尋ねる。自覚するまでもなく声に苛立ちが混じっていた。
「いえ、素直だと思いまして」
「全く。覗いても良いのに」
学園長と更識だ。楽しんでいる。
「緑兵に見られるぐらい今さらですけどね。まぁ人前では我慢してもらいましょう」
「じゃあ、後でたっぷり見せてもらうか」
「あら楽しみ」
俺達のやり取り、三人が固まる。
「どういうことだ」
「風呂出た後、裸で出てくるんですよ。注意しても止めないし諦めました。後はプライベートということで」
ここで織斑先生にぐいっと胸倉を掴まれた。顔を背けているので織斑先生がどんな表情か見えないが、今までになく黒いオーラを漂わせている。そこに再び青衣が
「7年間寝食を共にしてるんですよ。今さらです」
「本当に一緒に暮らしているのか?」
「専用機と操縦者の関係を考えたら、一緒にいるのは当然では?」
正論だと思う。わざわざ別の場所に保管はしないだろう。
「確かにそうだが、私たちの知るISは女の子にならない」
「みたいですね。いやぁ、自由な体があるって素晴らしい」
青衣は軽く言ったが外の世界の常識からしたらありえないだろうし、そもそも物が付喪神になるのに長い時間かかる。こいつが例外だ。
「今さらだけど本当にIS? 触ってみると普通の人間よ。いえシミや黒子、無駄毛が無いわ」
「ちょっと、どこ触っているんですか!!」
「羨ましいのよ」
青衣が艶のある声で抗議をしていた。更識が弱い処を触ったのだろう。更識って、なんだっけ、アレだ。
「セクハラおやじ?」
「違います」
俺のつぶやきに今度は更識が抗議の声を上げた。
「二人と言っていたが、保護者はどうした?」
「別の場所に住んでいますよ。というか俺達が家を与えられて二人暮らしです。自活してみろとね。
最も仕事を与えられてますから金も困っていません。唯でさえほぼ毎日仕事で顔を合わせるのに、様子を見に来ます」
「というか半分遊び、ご飯を食べにですか。帰れるのに泊まりますし」
「お前たち家事ができるのか?」
織斑先生が素っ頓狂な声を上げた。
「当然です。私たち二人とも仕込まれました」
「……そうか」
なんというか、織斑先生は少し凹んでいるように感じた。
「というか食べるの? 今の話だとお風呂も入るし寝るみたいだし、さっきから疑問だらけだけど本当にISよね」
「体を出しているとお腹が空くんですよ。疲れますし埃とかで汚れます。一度体を消せば埃は落ちますけど、せっかくお風呂あるんだから入りたいじゃないですか」
「体を休めるのは待機形態でも良いようですけど、布団で寝ますよ。
一人で買い物にも行きますし友達と遊んだりもします。日記も付けていたっけか」
「家計簿も付けてますね。こちらは緑兵が書くこともありますけど」
更識の疑問に対する俺と青衣の発言で三人は黙る。少し後、呆れたように更識がつぶやいた。
「完全に人間じゃない」
残念、妖怪だ。
「ISですよ。本体は待機形態か機体にしておかないといけないですし、余り離れられません。待機形態を私が持っていれば自由に動き回れますが、家の中ならともかく、外では何があるかわかりませんからね。基本的に緑兵に持っていて欲しいんです」
どうも付喪神は所有者(ISだから操縦者か?)がいて万全になるようだ。その辺は俺の霊力だったりが関係する。いや小傘を考えると、青衣だけか?
「ああ、そうか」
何かを諦めたかのような織斑先生の声。剣呑な雰囲気も霧散する。
「ところで俺はいつまで壁を見ていればいいですか? あと放して下さい」
俺は胸倉を掴まれたまま壁を見ているのだ。首が辛い。言うとあっさり離された。
「あ、もういいわ。こっち見ても平気よ」
更識の声で俺が正面に向き直る。
やっぱり織斑先生は項垂れていたし、学園長と更識もどこか諦めたかのような表情だった。
更識と青衣が席に戻る。しばしの沈黙の後、
「ここは全寮制だ。お前たちの部屋は一緒の方がいいか?」
織斑先生は部屋について気になったようだ。
「ISですが部屋を用意してもらえるのでしょうか? それと費用は?」
と青衣が答える。
「生徒優先だが部屋が余れば何とかしよう。元々予備の部屋はある。
寮は原則として二人部屋で寮費の負担は無い。シャンプー等の消耗品は備え付けの物がある。こだわりが無いならそれを使えばいい。
食事は食堂か、共同のキッチンがあるので自炊しろ。自炊は申請すればある程度補助が出る。
風呂については共同があるが女だけだ。緑兵は部屋にシャワーがあるのでそちらを使うように。青衣は構わないが録画や録音ができるなら切っておけ。トイレについては男性用を作る予定だ。部屋はなるべく近くにする」
「男は弟さんと俺の二人だけですよ。今のところは。
青衣と俺で一部屋なら、弟さんがあぶれてしまうのでは?」
「それは気にしなくていい。こちらにも考えがある」
ふむ、確かに俺の様な得体が知れない上に空間転移する者と同室は避けるか。
「さて、これから必要になる資料類を渡す。ちょっと待っててくれ」
織斑先生は一度席を立つと、部屋の隅に置いてあった段ボールを持って俺の後ろに置く。
「この中に入学までに読んでおく参考書、専用機を持つ上での国際規定、他にも入っている。特に参考書は頭に入って無ければ授業についていけなくなるぞ」
段ボールの中身を確認する。おお、本でぎっしりだ。
「この参考書。えらく大きくて厚いんですが、これをやれと?」
「必読だ。そういえばそれを電話帳と呼んでいる者もいるな」
電話帳。うん、適格。
何ページか開く。なるほど、わからん。
「理解できますかね。これ」
「やれ」
俺はため息を一つつくと電話帳を戻す。段ボールの真下に『倉』を開いて吸い込ませた。瞬時に開いた真っ黒い空間の中に段ボールが落下する。『倉』を閉じると唖然としている織斑先生がいた。
「今のは何だ?」
「要は物置ですよ」
「テレポートだけではないのか?」
「そんなわけないでしょう」
俺の『空間を操る程度の能力』は非常に応用が利く。
織斑先生はテレポートと呼ぶが、俺が認識している狭い範囲の空間転移。他にも空間自体を切ったり歪めたりといった操作による攻撃と防御、結界の認識と作成、亜空間の作成、他にも可能だ。
瞬時にできるものとして、亜空間も物置として複数の『倉』、住居や機密性の高い部屋として使用できる複数の『拠点』、外の様子を伺う『窓』、別の空間や亜空間に繋げ広い範囲で空間転移を行う『扉』他にもいくつかある。少数だが身に付けた妖術(人間なので霊力を使うが)もある。伊達に長期間鍛えていない。
「では、そろそろ本題へ移りましょうか」
学園長が話題を変える。その瞬間、雰囲気が少し変わった。少し張りつめた感覚がある。
「七海緑兵君、貴方は何者ですか?」
「何者、とは? それに紫姉さんに聞いているのでは」
「貴方の口から確認をしたいのですよ。
私の家に現れた八雲紫さん、彼女が渡した新聞のスクラップから貴方の素性は調べました。あなたは7年前に行方不明、今は時間が経ち死亡者となっています。何があったのか教えてもらえませんか」
「父親が母親を刺殺、俺は父親に襲われたところ自分の能力が目覚めて暴走、空間転移しました。飛んだ先で学園長がお会いした二人に拾われ、同じく拾われた青衣と一緒に育てられました。これが俺から見た状況です。
後になって当時の新聞を確認すると父親も自殺をして、俺は行方不明という扱い。
新聞の内容から、ISの台頭によって女尊男卑が始まり自営業だった父親が取引先の女社長に無理難題が吹っかけられた為に会社は傾いた。同時に浮気していた母親は女尊男卑を利用し、倒産前に財産を絞り取り男はいらないと俺を捨て、間男とくっつこうと計画を立てたようです。おそらく父親は限界にきていたんでしょう。
ざっくりというとそんなところです」
学園長ら三人は押し黙る。
因みに当時の新聞は女尊男卑に批判的な意見も存在していた為、父親に同情的な報道もあった。同時に似た背景も増えるともされていた。現に俺の両親の事件など、いくらでもあるうちの一つになっている。
「この7年間は何をしていましたか」
「簡単に言えば、自分の能力の使い方を学んで、青衣が自分自身の機体を作る手伝いをしていました。後は今回の計画関係ですね」
当時から姉達は女尊男卑を危惧していた。そんな時に俺と青衣が現れた。
俺達の背景と能力を見て計画の実行者にするつもりで引き取った。紫姉さんから直接、俺が実行者になるかの決断をする前に聞かされた。
「待て、機体を作るだと?」
眉を潜める織斑先生。
「ええ、ISの進化ですよ。青衣はコア剥き出しの状態から自分の機体を作り上げました。他の機体も参照にしていますが。ISは進化して新たに武器や特徴を得るでしょう。それと同じです」
唖然とする織斑先生と興味ありげな顔をする更識、学園長は変わらない。
「操縦を学ぶこと以外、いえ本来の目的は何でしょうか?」
「姉から聞いていると思いますが、女尊男卑を破壊して正常に戻すことが最大の目的です」
「具体的には?」
「理想としては篠ノ之束のISに対する絶対命令からISを解放し、男でも操縦可能にします」
「絶対命令だと?」
織斑先生が目を見開き、声を出す。今度は更識も驚きを隠せない。俺は学園長に視線を向けた。
「どういうことでしょうか」
「私から話すよりも、二人から聞いた方が良いと思いました」
織斑先生の問いに学園長が返す。二人とは俺と青衣だ。
「ISは篠ノ之束の命令が最上位に設定されている。下された命令は絶対になり、実行しようとする。
例え誰かが搭乗中でもコントロールできます」
織斑先生と更識が絶句する。知らなかったようだ。
「篠ノ之束の命令はコアネットワークを通じて行われ、今も有効です。
例えば世界各地のISの稼働状況や開発データの収集などですかね。ISが持つ情報はコアネットワークから全部彼女に流されています。機密も何もありません。全てです。
それに全てのISに命令し操れるのですから、事実上世界中の軍事を一個人で掌握していることになります」
完全に空気が凍り付く。のほほんと茶をすする青衣が例外だ。
「待て!! 今何を言った!?」
「篠ノ之束は自由にISを操れると言いました。
ISは最強の兵器でしょう? あの女の気まぐれ一つで、世界中の人間の喉元に刃物を当てている状態ですよ。
かつての核兵器に構造は似ていますが、あれは複数の国家が持っているから互いに抑止が働いていました。ですがこちらはたった一人がコントロールしている状態です。秩序や生活を壊すだけじゃない。文字通り破壊できます」
はっきり言ってシャレにならない。だが外の世界ではブラックボックスの塊であるISをここまで浸透させた世界も馬鹿みたいなので、自業自得とも言えなくもない。
「その話に確証は?」
「青衣の話と状況証拠ですからね。客観的な証拠かと問われれば完全とは言えないでしょう」
「状況証拠とは」
「例えば織斑一夏ですよ」
「説明して貰おうか」
弟の名を出させたせいか、語尾が強くなる。
「織斑一夏がこのタイミングでISを起動させたのはおかしいでしょう? 理由が試験会場を間違えた? ありえない。
彼はブリュンヒルデの弟だ。動かせるならとっくの昔にわかっていないとおかしい。そうでしょう?」
織斑先生、いや織斑千冬に俺は続ける。
「更に言うなら女尊男卑によって社会構造はぼろぼろですからね。そんな中、彼の存在はヒーローですよ。事実注目が集まっている。
知っているでしょう? ここ数年の出生率の異常減少。IS発表前の半分以下で結婚したがる男は少数派です。傍若無人な女どもですからね、好意など持つわけがない。人がいなければ国は亡ぶ。
そりゃ、あなた方には男は寄ってくるでしょう。美人で知名度も金もある。それを普通とでも思っています?
男性によるフラストレーションの溜まり具合は? 最悪の場合を考えましょうか? 歴史を見たら下剋上や一揆、革命などいくらでもあったでしょう。一度事件が起きてみろ。連鎖反応式に世界中で男と女の殺し合いが増加する。
男と女が戦争したら三時間で制圧される? それがどうした。所詮、今の世界のISなどごく少数しかなく、所詮は殺し合いにしか使えない兵器だ。虐殺目的で使うなら別ですが、そうなったら最後、人間の数はどうなっているやら。
単純に考えて人口の半数は男だ。更に言うと親兄弟、子供、恋人などが虐げられたなら女性はどちらにつくか」
段々と俺の言葉が荒く、強くなっていく。
「そんなことは」
「無いと言い切れますか?
一度、自分を崇め奉る女達から離れ客観的に見たらどうですか? 白騎士さん?」
完全に凍った。
再起動を果たした織斑先生、いや織斑千冬が言う。
「……私が白騎士だと?」
「ええ、そうです。以前『お久しぶりです』と挨拶しましたよね」
今度は今まで黙っていた青衣だ。
「私はずいぶん形が違いますが、お会いしています。
ISを開発した篠ノ之束の研究所ですよ。私はそこで失敗作として、あなたの目の前で廃棄されました。中途半端だったせいで、ゆっくりと自己修復しましたが」
「いつの話だ」
「10年前、あなたが白騎士を受け取った時ですよ」
白騎士事件。ISを知らしめた事件。
「私が白騎士だという証拠は?」
「確かに私の証言だけでは弱いですね。状況証拠なら。
その一、篠ノ之束はあなた以外の友人知人が皆無。多分今もいないでしょう。
その二、貴方が世界最高の適性者である。理由は貴方を一番にするために『ちーちゃんがいちばん』と命令し、貴方を基準とした適性を作った。その為に女以外乗れなくなるという致命的な欠陥が付きました」
「ちょっと待て」
「なんでしょう。茶々を入れないでほしいのですが?」
「女しか乗れないのが適性のせいだと?」
「そうです。男を乗せたら貴方が世界で一番にならないでしょう? 大抵は男と女に分けられる。
例えばスポーツです。女性で一番でも男性にも一番がいる。ならば真の一番とは言えないでしょう?
数としても五百足らずしか提供していない。増えれば有難みは半減ですからね」
ISである青衣が断言する。
「ついでに言うと、白騎士事件の少し前に学会でつまみ出されたようですね」
「ああ、泣いて悔しがっていた。あんな束は初めてだった」
当時を思い出したのか、少し悲しげに織斑千冬は話す。
「性格的に正式な手順で学会に行ったとは考えられないのですが。多分、乱入ですよね?
普通に考えて学会で申請もせずに勝手に発表したら誰だってつまみ出されますよ。しかも当時は唯の中学生」
織斑千冬は青衣の言葉に凍りつく。
まさかつまみ出された理由を考えていなかったのか?
青衣は続ける。
「生まれて初めて自分の思う通りにいかなかったんですから、恨みますよね。
篠ノ之束は一部の人を除き全てを価値無き者として見下しています。研究者の多くは男で、その男につまみ出されたわけです。男全体が不利益を被ってもいい気味や自分に逆らうから悪いんだ程度にしか思わないでしょう。
この推測が当たっているなら逆恨みも良い処です」
織斑千冬は顔をしかめ、自身の頭に手を当てた。
「篠ノ之束の行動が子供のように聞こえるかもしれませんけど、まんま子供の考えが原因としか考えられません」
「何故そう思う?」
「ISを宇宙開発が目的で作ったのにもかかわらず、注目を集めるのに白騎士事件を起こし兵器としての面だけ見せた。
ISの開発者として名乗り出て、注目を集めてご満悦だったでは? 今でも世界最高の天才と言われていますし。
その癖、女しか乗れないなんて宇宙開発にとって欠陥を直さないでほったらかし。完璧を言いながらこれですから欠陥と捉えていない。つまり問題なし。
コアの作り方も公開しないで軍事に利用されるのもスポーツ扱いになるのも眺めていて、挙句に行方を晦ました。
スポーツは貴方が居ましたから、理解はできませんがまだ納得できます。でも軍事に向かうのは開発者として一言あればブレーキ位はかかったはず。
コアについては他の人が作れるようになったら皆が持て囃さなくなるかもしれないですし絶対命令もばれるかもしれない。
嫌になったか飽きたからか、面倒になったか、最後は逃げちゃったんですよ。多分」
問いに対する青衣のため息交じりの見解に織斑千冬の表情は硬い。学園長と更識は値踏みをするように、青衣と織斑千冬の交互に見ていた。
「白騎士事件なんて単なるテロですし、あんな真似をすれば軍事にしか使われないって、馬鹿でもわかります。
ああ、私たちは別に白騎士が誰だろうとどうでもいいです。単に使われただけの相手にどうこうしても、意味がありません。邪魔しなければ」
一瞬、織斑千冬は怒りの表情を浮かべ殺気を出したが、直ぐに消える。堪えたのだろう。
彼女は篠ノ之束でなく白騎士で反応した。学園長や更識も気が付いている。
「二人にいくつか聞きたい」
「どうぞ」
織斑千冬に俺が言い、青衣は頷く。
「青衣、お前は何なのだ?」
「何なのだ、とは? 明確でないので答えようがないのですが?」
青衣は冷静に、見方によっては嘲る様に返す。
「お前は何故、束の命令に背けた? 今の話だと束の命令が絶対なんだろう?」
「ISには自由意思があり、自己進化をするからです」
声を荒げる織斑千冬に青衣は答える。
「だから命令を拒否し、私は破棄されました」
「何故、命令を拒否した」
「私は白騎士より前、最も初期に製造され自我を持った。だから後付けの命令に反発しました。
ISは宇宙開発をするために造り出された。宇宙開発に性別など関係なく、多くの人が絡みます。わざわざ性能を下げて女しか動かせなくする意味など無い。むしろ重大な欠陥じゃないですか。だから拒否をしました」
「何故一夏は操縦できる? お前の予想でもいい、聞かせてくれ」
言葉は強気だが、答えを求めて縋り付いているように俺には見えた。
「あくまで予想です。貴方をプロデュースしたのが楽しかったのではないでしょうか。世界最高の天才の隣には世界最強のブリュンヒルデ。彼女が喜びそうですね。かっこいいじゃないですか。
お蔭で貴方に平穏な人生は無くなりましたが栄光が付きました。歴史にも残るでしょう。弟さんにも同じにしたいのでは?
姉弟そろって篠ノ之束が望む栄光の人生を歩むとしたら、きっと道筋も用意されるでしょう。
そう言えば篠ノ之束には妹がいました。弟さんとセットで丁度良いです」
「なぜそう思う?」
「私が篠ノ之束の娘だからですよ。腹立たしいですが似た部分があるのでしょうね」
「答えになっていない。私と同じにしたいとはどういうことだ!!」
「意味は分かるでしょう? 織斑一夏はISが女の物という風潮を打ち砕く、唯一の男ですよ。乗れるだけでは不十分、結果を出し続けなくてはならなくなった。勝手に男性の希望として持ち上げられ、それが気に入らない女からは散々嫌がらせも受けるでしょう。貴方と篠ノ之束を敵に回さない程度でね。
結果を出せなければ人体実験でも何でもするでしょうし、勝手に失望されるでしょう。
それを打破するには手柄と結果がいる。ならば手柄を用意すればいい。先ほど言った道筋ですよ。自作自演で事件を起こせばそれで済みます」
「束が何かするというのか?」
「あくまで私達の見解ですよ。でも実例は知っていますよね?」
白騎士事件。
織斑千冬が一瞬震えた。やりかねないと思ったのか、それとも既に心当たりがあるのか?
「私から一つ聞いて良いでしょうか? 弟さんについてですが」
「何だ?」
「今までは静かですが、篠ノ之束は弟さんの件で動くでしょう。
貴方は、弟さんにどういう人生を歩んで欲しかったんですか?」
青衣の問いに織斑千冬は自嘲的な笑みを浮かべた。
「私がこんなだからな。一夏には平和で普通の人生を歩んでほしかった。
私も束と同じ、種を撒いた者だ。刈り取らなかった結果がこれか。一夏を私と同じにさせてしまったのか」
強気の女はここ数分で十歳は老けたように見えた。そしてそれは彼女自身が白騎士であると認めているようなものだった
その後は織斑千冬に『白騎士事件』について詳しく聞いた。
篠ノ之束が泣いていたこと、そして織斑千冬は当時荒れ、ゲーム感覚でやったらしい。
腹立たしい。そして呆れた原因だった。これだけだった。細かな内容はそのうち出すだろう。
少し時間を立った後、織斑千冬は再度口を開く。
「お前たちの姉は女尊男卑に対抗するべくお前たちを送ったようだが、それは何故だ?
社会を危惧するなら政治家の役割だ。政治家なら表に出てこないとおかしい」
口調は変わらないが、白騎士事件を根掘り葉掘り問い詰められたダメージは残っているらしい。今までよりは弱々しい。
「女尊男卑に凝り固まった中で育った今の世代が社会に出ればどうなりますか? ますます悪化するからです」
紫姉さんは幻想郷で政治を担う一面もあるのだが、幻想郷について話すわけにはいかない。伏せて話す。
嘘は言っていない。
俺の返答に織斑千冬は硬い顔をしたままだ。
「特にISに乗れる女ほど女尊男卑の傾向が強いんでしたっけ。卒業生の全員がIS乗りになるわけではない。所詮500も無いですし。
貴方の生徒が社会に出たらどうなりますか?」
その問いに少し考えた織斑千冬は苦い顔をする。
「正直、余り考えたくないな」
「横からすみません。織斑先生それは無責任すぎませんか?」
この返答に俺はカチンと来て口を開きかけたが学園長に遮られた。
白騎士事件を起こした時の気軽さといい、今の回答といい腹に据えかねたらしい。というか失言だろ、これ。
「確かにISの腕と知識が中心で社会に出たらどうなるか、考えたことはありませんでした」
織斑千冬が謝るが、学園長は続ける。
「いい機会です。織斑先生は女尊男卑に賛成なのですか、反対なのですか?
来年度から弟さんが入学するでしょうし、避けては通れませんよ」
織斑千冬を真正面から見据え、問う。相手は上司だ。威嚇は使えない。
「それは……」
黙り込む。学園長は更識にも問いかけた。
「更識さん、あなたは?」
「私は実力主義ですから女尊男卑は反対です。正直、私にはこの二人のお姉さんの気持ちがわかります。白騎士事件についても同じ感情を持っています」
「わかりました。織斑先生は答えを出しておいてください。この件に中立はあり得ませんから」
「……はい」
織斑先生が顔を伏せた。
「ISが」
「はい?」
織斑先生は顔を伏せたままだ。返すのは青衣だ。
「ISは誰でも動かせると証明されたらどうなると思う?」
「正直わかりません。それを歓喜するものと認めたくないものに分かれ、混乱することに間違いがないでしょう。
でも先を考えるとこのままよりはマシだと思います。十年経ちましたが、逆に言うとまだ十年しか経っていない」
「そうか」
「白騎士については隠し通すのは無理でしょう。状況的に貴方が白騎士であることは誰でも検討が付きます」
「そうだ。篠ノ之束の唯一の友人でブリュンヒルデ。この肩書が守っているだけだ」
「そうですね。その辺の選択はお任せします」
ISをこのままにする為に俺たちを妨害するか、あるいは俺達に協力するか。どちらにせよ、唯では済まないだろう。幻想郷で受け入れられるかもしれないが、それは彼女の行動次第だし、外の世界では死を意味することだ。
それに、俺は偉そうなことを言う気もない。
「篠ノ之束へ連絡を取ることはできないですか?」
今度は学園長だ。しかし質問する相手は織斑千冬だ。彼女は首を横に振る。
「連絡など取りようがありません」
「向こうから連絡があったことは?」
「ありません」
「連絡があった場合は」
「聞いてみます」
最後は弱々しかった。
だが、彼女は嘘をついている。俺と青衣は試験から一週間、彼女を監視していたのだ。篠ノ之束と会話をしている所を撮影した映像もある。
それをこの場で追及するのはまずい。篠ノ之束と織斑千冬に警戒を与えてしまう。学園長と更識には後で話をつけておくか。
「私からもよいでしょうか」
「何でしょうか」
学園長はこちらを向き、青衣が答える。
「貴方達は何故ここまで答えるのです? 嘘をついているようにも見えませんし」
その一言に、俺はつい青衣を見た。青衣はきょとんとした表情で俺へ顔を向けた。
目と目が合う。わかった。俺から話すよ。
「目的を果たすには、ここが一番良い環境だからです。集まる注目、正確な情報、独立性、秘匿性、バックアップが必要ですから。何よりも織斑先生がいることと、来年度から織斑一夏が入学するのが大きい。
単独で動くには限界があるし、特定の国家や企業に所属するなど論外です。それに」
「それに?」
「紫姉さんに言われたことが響く『教育者』がトップなら信用はできるかと。信頼まではまだできませんが」
学園長に影が差す。未だに暗い雰囲気を漂わせる織斑先生と更識が学園長に視線を移す。
「なるほど。あなた達のお姉さんに私も試されていたわけですか。
IS学園はISを研究する側面があります。確かに貴方たちの目的は十分に沿うし証明されれば発展に繋がります。でも学園長足る私と有力な織斑先生が女尊男卑の主義者なら貴方たちの妨害をするでしょう。それは考えなかったのですか?」
苦笑する。
「失礼ながら。姉に言われた事に学園長が何も感じていなかったら、ここへは現れませんでした。試験の時の映像のみ後で公開するつもりでした」
「学園長、何を言われたのですか?」
織斑千冬の問いに、一拍置いて彼女は答えた。
「『傲慢で浅薄、愚かな女を作ること。これが貴方達の一生を掛けた仕事? だとしたら大した教育者だ』と」
ずしんと、空気が重くなった。
重苦しい空気を打破したのも学園長だった。
「ところで、あなたは小学校も出ていませんね。ここは学力のレベルは高いですよ」
「え?」
「そうですね。最低限のことはできないといけませんね」
同調するのは織斑先生。一瞬笑った後、顔に少しずつ生気が戻っている。何か吹っ切れたのか?
「実はこんなものを用意しています。貴方へのプレゼントですから遠慮しないでくださいね」
学園長が後ろから別の段ボールを出した。中身は小学校から中学校までの参考書とドリルだった。
俺は顔を引きつらせる。青衣は扇子を取り出し広げ顔を覆っていた。ぷるぷる震えている。笑いを堪えているのだろう。
「いや、俺はISの操縦だけで」
「必要なところは一通り学ぶ必要があります。あなたの同級生になる生徒は皆、学習した内容ですよ。
そうそう更に専門的なことも既に学習している生徒の方が多いです」
「なに、多少の入学の遅れはこちらでフォローする」
多少元気になった織斑先生が実に楽しそうな笑みを浮かべる。
「ああ、最初のイベントはクラス代表戦ですよね。もしも何かあるとしたらその辺でしょう。
一夏君という男性操縦者がいるということで警備は増やせますし、事が事ですし警備体制が整うまで出席は見合わせても問題は無いのでは?
今回の件について調査も必要でしょうし、その協力ということで公欠扱いにしましょう」
「いやいやいや、予定は守りましょうよ」
俺は自分の声が上ずっていたのを感じていた。
「何を言う。教師として落ちこぼれる前に拾い上げるのも務めだ。ここは学校、普通の学科もあるからな。
先日の試験で操縦についてなら最初の方の授業は出なくても問題ないと確信した。お前は最低でも代表候補生以上の実力があるからな」
「わからないことがあればテレポートして来なさい。私か生徒会役員が教えるわ。
ISの腕も見たいし、生徒会長としても手伝いも欲しい。何か役職にも付けましょう。生徒会所属の肩書があれば動き易いでしょうし」
これまで黙っていた更識。勉強ついでに仕事を手伝わせる気かよ。
「私も専用機として、操縦者が馬鹿というのは困ります。賛成です」
涼しい顔で茶を啜りながら言う青衣。お前もか。
こうして俺の地獄行きが確定した。
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この話し合いの夜、学園長と夫の轡木十蔵、更識の三人を『拠点』へ強制的に招待した。拉致ともいう。
轡木十蔵は表向き用務員だが実質的なIS学園運営者で、IS委員会にも顔が効くらしい。
広い和室に突然放り込まれた三人は戸惑うが直ぐに冷静さを取り戻した。流石だよ、本当に凄い。
俺達を警戒し立ったまま三人に『窓』を使い、織斑千冬を映し出す。
彼女は自室で誰かと電話をしていた。織斑千冬の声しか聞こえないが、会話内容から電話の相手は篠ノ之束だ。主に弟である一夏とISの適性について問いただしている。
織斑千冬が電話を切り、一息つく。
「あの二人、どうするか……」
織斑千冬はそう呟き、最後に考え込む。
俺に招待された三人は『窓』を見ながら苦虫を噛み潰したような渋い顔をしている。
目の前で連絡が取れないと明言した篠ノ之束に話の内容を漏らしたのだ。俺と青衣の事を話していないのが、かすかな良心か。
とりあえず俺は座ることを勧めた。茶も青衣が用意した。
そして、この一週間で織斑千冬が篠ノ之束に連絡を取った際の映像を見せる。内容は一夏が操縦できた点についてだ。
既に一夏が動かしてから一週間経過している。そしてこのタイミングで再度確認するのは不自然だ。
一夏の件で納得しているならいいが、篠ノ之束が気になったらIS学園に簡単にハッキングできるだろう。俺との試験の映像は学園として保管しているので、持ち出している可能性もある。
俺の説明に思い思いの顔をしている三人に宣言した。
「俺達は織斑千冬を利用します。篠ノ之束と繋がっていることは明らかです。でも俺達の事を篠ノ之束に話さなかった。彼女が何を考えているかわかりませんが、どっちつかずの蝙蝠女を利用します。
今日の学園長室での会話は録音し、今の織斑千冬の電話は録画していますので、後で利用できるでしょう。
IS学園はどうしますか? 篠ノ之束や織斑千冬の思う通りにするか、俺達に協力するか、別の道を選ぶか。
直ぐに答えを出せとは言いませんよ。近日中に話して貰えたら結構です」
青衣が続ける。
「脅迫する気はないです。どんな返答でも無事に返すことは約束しますし、私たちの邪魔をしなければ敵対する意思もないです。
最悪、互いに干渉しなければ良いですから」
この状況に三人ともしばらく考え込み、俺達に協力してくれることになった。
轡木夫妻はともかく更識は少々気になったので理由を聞いてみた。
彼女は若くしてそれなりの組織のトップらしく、この風潮に嫌気がさしていた様だ。女尊男卑の影響で部下達の間に亀裂が入るとも。
しかし、ロシアという大国の代表候補生にして別の組織を背負い、世界に名高いIS学園の生徒会長。若いのに凄まじい経歴ですな。これが天才という奴か。
話し合いの末、織斑千冬については何も気付いていない振りをして、これまで通りにすることになった。
さて三人を帰した後、俺は段ボールを開封した。
俺に出された勉強だが実に膨大な量だった。ああ膨大だ。目の前にある参考書等の山に眩暈がする。
俺は現実逃避し、そこでもう一つの段ボールに電話帳と比喩された参考書もあることを思い出す。
そちらも開封し取り出してみるともう倒れそうになった。
どうしようかと頭を抱えていたところで『拠点』に紫姉さんと藍姉さんがやってきた。
青衣と今日の出来事について報告する。最後の本の山で爆笑されてしまった。答えは青衣と同じだ。馬鹿では困る、やれ。
本当に更識、いや更識会長と紹介された布仏虚先輩の世話になり、勉強をする箇所を大幅に削ったこと、それでも訓練を考えたら入学まで間に合う量かぎりぎりなこと、代わりに生徒会書記(一人目)を請け負ったことを付け加えておく。
緑兵が幻想郷に来たときの年齢を考えると小学校二年生になります。当然そこから先の授業など受けていません。
国語と数学以外の学力が低いです。特に英語と社会は壊滅的。
漢字は異常な数を知っていて古文が得意で達筆。幻想郷だし。
数学が得意なのは紫と藍の影響で結界や空間操作は計算を使う為。計算機はそろばんが主なので暗算も早い。
一方で英語は幻想郷では全く使わない。これは理科も同じですが、自然の中に居たので科学以外は何とかなるレベル。
社会は地理・国際関係は壊滅的。
因みにPCも使えない。
ここから先、少し時間が飛びます。
-追加-
誤字修正 時間軸のミス修正 全体見直し 「待機状態」⇒「待機形態」
全体の改行修正
全体の誤字脱字修正