清浄な空気に包まれた結界内の本殿は、結界の外と位置と同じ場所にあるようだ。後ろを振り向く。立派で綺麗な本殿があった。うん、過去形である。
夜空に光る月を遮る様に巨大なスキマが幾つも現れ不気味な空気を作り出し、妖気渦巻く霧が覆い、夜だと言うのに出現した第二の太陽が熱気を与え、上空は首の無い不死鳥が旋回している。更に本殿には巨大な白蛇が舌をチロチロ出しながら巻き付き、見た目は巨大な丸太のオンバシラが周囲をぶち抜き荒れている。
先を越されたな、これ。残っている者は見張りか何かを押し付けられたのだろうか、不死鳥を纏う藤原妹紅と目が合った。
「な、なな、なななな……」
余りの光景に背後の更識会長は『な』しか言えてない。織斑先生も声を出せずに口を大きく開けている。流石に二人とも目を大きく見開いていた。理解が追い付いていないのだろう。
あ、本殿から空に向かって極光が貫いた。今のは神技『八方鬼縛陣』だな。
「霊夢も来ているのか」
「ですね」
青衣も見慣れている技だ。
「奥でドンパチやっているのか?」
「みたいですね。どうします?」
ふむ、行くか、行かざるべきか。織斑先生と更識会長も居るしな。
そんな事を考えていると今度は本殿から破裂音がした。辺りを吸い込む破壊の渦が室内で放たれたのだろう、衝撃で本殿の扉や窓が破壊され内側に収束、竜巻となって天井をぶち抜き本殿から出現した。背後から此方に突風と共に飛んで来た石や木の枝、ごみ類は『空間を操る程度の能力』で防ぐ。飛来物どころか風すら俺達を手前で消え、本殿側に出現し飛んで行く。俺を含んだ4人は無傷だ。まあ、織斑先生と更識会長はびっくりしているが、それだけだ。間違いなく、この風を起こしたのは烏天狗の射命丸文だろう。
「危なっかしい。しばらく様子を見るか」
舌打ちを一つする。全く、俺は霊力が底をつきそうだってのに。
「そうしましょう。
という訳です。織斑先生、更識会長、危ないですから少し待ちます」
「あ、ああ」
織斑先生から乾いた返事が届く。更識会長はこくこく頷いていた。
さて、皆で本殿を眺め始めたら俺達の前に藍姉さんが突如現れた。転移である。彼女の様子は臨戦態勢に近く、九つの巨大な尾を横に大きく広げ爪は鋭く長く、今は帽子も付けていないので獣耳がピンッと立っていた。とはいえ臭いで新たに出現したのは俺達だとわかっていたのだろう。問題は臭いを知らない二人だったが、相手を認めると少し細められていた金色の眼もいつもの調子に戻る。まあ、顔付き以外はそのままだが。
「緑兵、青衣。来たか」
「当たり前」
藍姉さんが満足そうに頷き、俺の背後に居る二人を見る。俺も其方を見ると、織斑先生も更識会長も完全に目を見開いていた。まるで信じられないものを見た様な……ってそれもそうか。
「紹介します。俺と青衣を育てた八雲藍です」
「お姉さん!! もう一人の!!」
「そうです」
二人が騒ぐ前に俺が紹介すると更識会長が声を上げた。俺の言葉に藍姉さんが軽く頷く。
「更識会長は紫姉さんには会ってますよね?」
「会ってる!! 会ってるわ!! こっちのお姉さんは!!」
続きを言わず、口をぱくぱくしている。何か数えている様だが……尻尾か?
「九尾の狐位は知っているでしょう?」
「知らないわけないでしょう!!」
何ヶ月も付き合いがあるが初めて見たな、更識会長がテンパっているの。確かに九尾の狐はスキマ妖怪よりも知名度は段違いで上だろう。一方で更識会長が必要以上に混乱している為だろうか、織斑先生は落ち着きを取り戻していた。当の藍姉さんが少し笑いながら織斑先生に話しかける。
「私は八雲藍、八雲紫の従者で七海緑兵と七海青衣を育てた者の一人です。
此方では二人とも仕事を任せた者であり、扱いは外の世界と違います。その辺は了承下さい」
「……わかりました。担任の織斑千冬です」
丁寧な藍姉さんの挨拶に織斑先生は固い顔のまま頷く。次いで藍姉さんは更識会長を向く。
「君の事は紫様とその二人から聞いている。よろしく」
「よ、よろしくお願いします……」
おっかなびっくり。何時もの余裕はどこへ行ったやら、更識会長はこの様子である。まあ、九尾の狐相手では仕方ない。
「失礼ながら、お二人の様な反応は懐かしくてね」
「そうなんですか?」
ふむふむと、笑顔を見せながら頷く藍姉さんに、更識会長が怪訝な面持ちとなる。
「まあ、九尾が人間の里に買い物籠を持って歩き回る世界だからな」
更識会長が持った疑問に俺が答えると青衣も同意する様に頷き、答えを聞いた更識会長は固まっている。
九尾の狐が油揚げを買いに豆腐屋へ。威厳も何もねー。
「買い物? 九尾が? 人間の住む場所に?」
織斑先生もだ。呆気にとられ、少し混乱している様だ。
「緑兵が小さいときは手を引いて行ったものだ。途中で疲れて寝てしまい背負った時もあったな」
「あまり言わないでくれない? 言い出したの俺だけどさ」
「数年前まで尻尾1本で支えられるサイズだったのに、人間はすぐ大きくなる」
「だから言わないでくれない!!」
「何を言う、成長記録と思い出ではないか」
事実である。当時は『空間を操る程度の能力』に目覚めたとはいえ、幻想郷に来たばかりの外の世界の子供だ。幻想郷の同年代と比べると体力面で随分下だった。いくら能力持ちとはいえ体力が資本なのは言うまでもない。故に体力面で鍛える為、幻想郷を初めとする世界を知る為に連れまわされたのだ。
子供特有の電池切れも何度か起こし、居眠りをしてしまったものだ。青衣が年下なのに変に姉ぶった行動をするのはこの辺の事情もある。青衣は当時から今と大差ない姿で俺の子供の姿を見ているのだ。
「世界は広い。深いと言うべきか」
「そうですね」
「それにしても、何故か既視感を覚えるな、今のやり取りは」
「私も同じですよ。主に七海君の方で……お姉さんに似たのね」
背後から織斑先生の感慨めいた声と更識会長の投げやりな声が俺の耳に届いた。
やかましい。
「青衣、アイツは大丈夫なのか?」
「半分後見人みたいなものでしょうね。此方に連れて来た者ですから。前に緑兵が言ったじゃないですか。藍姉さんが居るんですから、本人に聞いて下さいよ」
アイツとはマドカを指しているのだろう、織斑先生に声を掛けられた青衣が答えた。更識会長はその言葉に反応したがスルーしていた。彼女は空気を読めるのだ。
「ところで藍姉さん、今の所、技を見る限り来たのは女だけに見えるんだけど」
「ああ、臨海学校に呼んだのは女だけ、男は来るなと言った。代理は寄越したがな」
何故に?
「緑兵、お前と織斑一夏以外は全員女だろう? だから此方も女だけにしたんだ。それに人数が集まれば酒も入る。中には好色な者もいるだろう?」
「ああ、なるほど」
様はスケベ親父の視線を消したかったみたいね。納得して頷く。
「従者? そう言ったのか?」
織斑先生が俺に声を掛けて来る。確かに現代人にとって、更識会長のような従者が居る良い所の出身で無ければ理解は難しい。俺もそうだった。
「ええ。それと俺と青衣も公的な身分としては八雲紫の従者ですよ。藍姉さんの部下的な立場でもあります」
「そうなの!?」
更識会長も驚いた様だ。
「あれ? でも何で姉さん呼びなの?」
「身内に取り込む為です。
公的な場所では紫様に藍様と言ってますから心配しないで下さい」
俺だってTPO位は弁えている。兎と一緒にしないで貰いたい。
だが、俺の返答に二人が絶句する。藍姉さんは変わらない。ああ、そういうことか。
「だって、子供相手に仕えると認識できます? 何某様より身内連想できる言葉を使うのは手段としては良いでしょう?」
「ちょ、ちょ、ちょっと!!」
「はい?」
更識会長が泡食っている。
「シャレにならないわよ、それって!!」
「なりませんな。そういうやり方があると、身を以て教えて貰いました」
一つの結論、結局皆えげつない。
藍姉さんはほんの少し、口の端が伸びた。
「知らされた後、少し荒れましたよね」
「それで『気に入らないなら何時でも掛かってこい。前にも言ったがここに残るも出て行くのも、外の世界に戻るのも自由だ!!』だからな。その時には能力の制御は出来たし」
とはいえ、今から思えば恥ずかしいレベルだが。
「……向かって行ったんだろう? 結果は?」
「片方でも一方的に凹られました。青衣を、ISを使っても結果は同じです。
つーか、一回も勝って無い」
青衣と当時を思い出していると、織斑先生が俺達と藍姉さんを見比べながら続きを促す。回答すると渋い顔をした。
九尾の狐だぞ? それを従えるさらに強力なスキマ妖怪だぞ? ちょっと強力な能力持ちがISで身体能力を上がったからといって簡単に太刀打ちできるか。しかも術を教えたのも二人で手の内はバレバレだ。
「知らされたって、説明されたの?」
「そうです。何度も挑む内に馬鹿馬鹿しくなった。ごちゃごちゃ悩んでいるのが。
今から思えば、反抗期を見込んで被せて来たのか」
「……そうでしょうね、わざわざ話す意味が無いもの」
少し落ち着いた更識会長が考えながら、俺に聞く。それに答えると同意する様に頷いた。
「その後からですよね? 相手を観察し考える癖が出来て、見た技も自分の技に取り込むようになったのは。
それまで無鉄砲で考え無しの馬鹿、霊力切れもよく起こしてましたし」
「ああ。今から思うとそれも教育だったのか? 誘導されていた気がする」
藍姉さんを見ると口角が少し伸びだたけで何も言わない。笑っているだけだ。
「お前が考え無しの馬鹿?」
「ちょっと強力な手段を持ったら調子に乗る。子供なら尚更」
織斑先生の疑問を含んだ声に、藍姉さんが涼しげに答える。何を考えているのか、ちょっと楽しそうだ。
俺の恥ずかしい過去でも思い返しているのだろうか。
「それは誰でも同じ事。早い内に直しておくべきです」
「……確かに」
藍姉さんの言葉に織斑先生は誰を連想したのか、硬い顔して頷いた。強力な手段とはISも含んでいたのだろう。それに気が付いらしい。
で、そんなことをしていると厄介かつ頼りになる面々が現れた。
「おう、しばらく!!」
本殿より現れ、此方へ威勢の良い声を掛けてきたのは淡い水色の着物を肩まで大胆にはだけさせた女性だ。当然の如く人間ではない。額には一角の紅の角が存在する。角にある星印が特徴の彼女の名は星熊勇儀、旧地獄であり今は旧都となっている場所の顔役である鬼だ。
「どうも~」
「お久しぶりです」
「こっちは粗方蹴りが付いた。最も、例の篠ノ之束は居なかったがな」
俺と青衣の言葉に彼女は手に持った杯を一飲みし、からからと笑う。
兎が居ない? どういうこと?
「いや~、二人とも惜しかったね~」
今度は周囲を包む霧から声が響いた。だが、霧と言うのは見た目でしかない。実際には自信を疎にしているのだ。
霧が渦巻き、密集し、勇儀の隣に彼女が姿を表す。けらけら笑う少女は小柄で俺の胸程度の身長しかない。だが、側頭部から伸びた大きく捻じれた2本の角が自身の存在を強調していた。酒瓶を持った彼女も鬼。名は伊吹萃香、此方に歩いてくる。
そういえば更識会長は青衣の映像で勇儀や萃香を一度見ているな。
「お前達の邪魔をし、篠ノ之束を呼び寄せたのは此処、篠ノ之神社に奉られる神だった」
藍姉さんだ。
「とはいえ篠ノ之束は直ぐに外の世界へ放り出したらしい。追ってくるお前達の相手は自ら行う心算だったそうだ。
だが、私達が見ている事も、攻め込んで来る事も予想外だったみたいだ」
なるほど。あくまで相手は俺達だけだと踏んでいたわけか。
「その上で、私達が現れると挑発三昧。篠ノ之束の言動そっくりだったわ。今となっては滑稽だけど」
続きを紡いだのは藍姉さんでは無かった。背後から、織斑先生と更識会長よりも後ろからである。彼女達も俺達も振り返るがそこには誰もいない。いいや、現れ出した。
「ばあ」
お気楽な声を出しつつ小さな幽霊を複数纏わりつかせ、すうっと現れたのは西行寺幽々子だ。彼女にも冥界の管理人、亡霊の姫君など複数の呼び名がある。無論人間ではない。
「冥界にある白玉楼の西行寺幽々子よ。亡霊をやってるわ。よろしくね」
幻想郷では幽霊や亡霊は珍しくないが外の世界では違う。余りの登場方法に二人は声なき声を発し後ずさった。
織斑先生と更識会長、この女傑達が顔を青くして飛び去るなんて初めて見たな。まあ、か弱き乙女の部分はあるのだろう。そんな様子を見て、幽々子様はくすくす笑っている。
「怪談は時期ピッタリか?」
「ですね」
暑くなったからな。うん。俺がぼやくと青衣が同意した。
「幽霊がいると涼しくなるのよね~。暑い日には是非どうぞ」
今度は幽々子様が同意する。それでいいのか? 冥界の者として?
「妖夢先生は幽霊で遊ぶなって、否定的でしたけど」
「あら、そうなの?」
俺の言葉に、彼女は肯定とも否定とも取れない反応を見せた。
「め、冥界?」
織斑先生が素っ頓狂な声を出し、更識会長が喉を鳴らす。
「俗に言うあの世よ、あ・の・世。
幻想郷では互いに出入り出来るけど、普通は死ぬまで関係ない場所ね」
反応が新鮮なのだろう、幽々子様はからからと楽しそうな声を発した。対して織斑先生と更識会長は頬を引きつらせる。だが、相手が何もしてこないと理解したのだろう、直ぐに二人は冷静を取り戻した。少なくとも表面上は。
やっぱり、自分を取り戻すのが早いな。普通はパニックになってもおかしくないぞ。
「まさか死後の世界の住人とは……地獄の者が出てきそうだな」
「地獄跡地、旧地獄なら私達が住んでいるぞ。放棄された地獄の都を今は旧都と言う」
織斑先生のぼやきに答えたのは近くまで来た勇儀だ。ぎょっとして二人は其方を振り向く。
「灼熱地獄はまだ稼働している所があってな、其方の管理は旧都の中心部、地霊殿がやっている。上にいるお空はその一員さ。
ああ、顔は向けるなよ。目を傷める。上空で太陽を作っている奴だ」
勇儀が事実を告げる。二人は上を見ようとするが警告通りに途中で止まった。
「地獄を放棄ですか?」
「経費削減、縮小になり他に移った。地獄で働いていた者の住居等がそっくり残っていてね。私達が有効活用しているんだ」
「……どこの世界も世知辛いんですね」
「全くだ。組織って奴は、大きくなるとどこも変わらないのかもしれない」
質問に対し、シビアな回答を貰った更識会長は軽く肩を落とし、勇儀は笑いながら杯の中を飲み乾した。織斑先生はぽかんとしている。
と、そこで本殿から極光が放たれた。方向は俺達とは逆の方だ。光は結界に呑まれ、消えて行った。今のは魔砲マスタースパークだな。だとすると魔理沙か。
というか本殿穴だらけだが、倒壊しないのだろうか。
「向こうは何やっているのでしょうか? 入れ替わっているみたいですが……」
「私は直ぐに戻ったからな」
「私から話すわよ」
青衣が藍姉さんに話しかけるが、幽々子様が引き継いだ。
外の世界の神相手とはいえ霊夢をはじめとする面子が簡単に負けるとは思えないし、不利な状況なら戻って来る者はいないだろう。
「向こうが私達を挑発したのは話したでしょう?」
「ええ」
青衣が頷く。俺達も耳を傾ける。
「此処に奉られている神は自信満々で私達を相手にならないって鼻で笑い、全員纏めて相手するって言い出したのよ。
とはいえ私達も全員でフクロするのもどうかってことで、挑む順番をじゃんけんで決めたわけ」
「はあ」
それはまた、傲慢だね。力を持った神なんて傲慢で当然……それは人間も同じか。
「でもね、最初に相手した霊夢があっさり倒しちゃったのよ」
よりにもよって霊夢かよ。ジョーカーじゃないか。あいつ、戦いたくて本気で感を働かせたな。
幽々子様は笑いながらばさっと、手に持った扇子を開く。
「いきなり伸されて向こうは茫然自失になっていたんだけど皆、怒りが醒めなくてね。それにお酒も入っているじゃない。だからある程度やったら交代に変更したのよ。文の風は気付けの一発ね。
私達はもういいやって出てきたわけ。聞き取りとかは紫達がするでしょうから」
「なるほど、そういう事ですか」
青衣が納得したように頷く。中々惨い事をするが、冷静に思えば向こうの自業自得だろう。他人を甘く見過ぎである。
織斑先生と更識会長は顔を青くした。まあ、個人名は知らないだろうが今いる面子や空を見れば、どの程度の相手なのか予想位は付くだろう。
「その霊夢とはどういう者なのだ?」
「巫女よ。人間ね」
織斑先生が俺に尋ねるが返したのは幽々子様だった。織斑先生と更識会長の二人は驚いた様子で幽々子様を見る。
「人間!?」
「霊夢は人間よ。ちょっと前のレーザーを撃った魔理沙も人間の魔法使いね」
「巫女に魔法使い?」
織斑先生に幽々子様が返す。だが織斑先生の方は頭が追い付いていないらしい。
「ええ、意外?」
そこで幽々子様が扇子で俺を指した。
「目の前にも居るじゃない。解り易いのが。彼も人間よ」
更識会長に織斑先生、二人が釣られる様に俺を見る。
「人間限定でも俺程度の実力は珍しくないと思って下さい。因みに霊夢も魔理沙も年下です」
「……そうか」
返す。ぽつりと、感情を感じさせない声で織斑先生が相槌を打った。
「緑兵はサポートするタイプじゃない。方向性が異なるわよ」
「いろんな奴の技、使える分をコピーしているだけですよ」
「貴方はそれで良いのよ。出来ない者の方が多いわ」
確かにサポート面が俺の特性に合っている。だが心中複雑なのだ。別に英雄志願があるわけではないが、サポートだけと言うのもね。
「巫女が神を倒す……有りかしら?」
更識会長が疑問を呈す。まあ、常識で言えば巫女は神に仕えて奉る者であり、神を倒す者とは真逆の立場だ。
「霊夢ですからね。
相手が神だろうが仏だろうが妖怪だろう妖精だろうが人間だろうが一切関係ありません。皆、平等にしばき倒します」
青衣が端的に答えると幻想郷側は全員頷く。更識会長は目をしぱしぱさせた。
「更識会長、気にしちゃダメです。霊夢ですから」
「……その方が良さそうね」
多分、更識会長は本気で考え込み始めた。だからストップをかける。答えは嘆息だ。
「おーい!!」
声を掛けられ得たので上を見る。火の鳥が此方に向かい旋回しながら降りてきた。いいや、それは間違い。首の無い不死鳥を背負ったのは一人の少女だ。長い白髪に大きな赤いリボンが特徴の彼女の名は藤原妹紅、不老不死の人間、蓬莱人だ。
「今、どうなっているの!?」
「説明する、ちょっと待ってくれ!!」
妹紅は困った顔をしている。状況が読めないのだろう。気持ちはわかる。受けた藍姉さんが空を飛び彼女に状況説明を開始した。やがて其方も終わる。
「七海のお二人」
納得顔した妹紅が俺達の方を向き声を掛けてくる。
「面白いものを見せて貰ったわ。今度、焼き鳥を奢るよ。
私は上に残った連中に伝えて来る」
そう言い残すと妹紅は体を翻し、火の粉を撒き散らしながら上空へ戻って行った。
「焼き鳥?」
更識会長は事態を読めないらしい。黙っている織斑先生もだ。まあ、当然だろう。
「焼き鳥の屋台を持っているんです、彼女」
「へ?」
更識会長が素っ頓狂な声を出した。
「あの妹紅、不死鳥を背負ったのも人間です」
「人間!! 彼女も!!」
「ええ。不老不死、平安時代から生きている人間です」
ぱくぱくと更識会長が口を開閉させた。
「そんなに変です? 普通の生活しているのが」
「そういう訳じゃないけど……」
更識会長に聞くと、彼女は少しトーンを落とした。
「……私の中で人間の定義は完全に崩れたな」
「……そうですね」
「まあ、そうだろう」
妹紅の後姿を見つめていた織斑先生が軽く首を横に振りながら言う。それに更識会長が感情の入らない声で同意した。更に藍姉さんが軽く笑いながら同意し、他の者も軽く笑う。
「だが……ここなら……」
織斑先生は何かを考えているらしい。呟いた後も頭を軽く振った。
「つーか、何で妹紅とお空が待機しているわけ? 見えないけど他にもいそうだし」
「お前の『拠点』から、此方に来たい奴でじゃんけんをしたんだ。流石に見張りは必要だろう? 逃げたら追撃する者もだ。だから決めた」
此方に戻ってくる藍姉さんに聞くと、あっさり返される。確かに。
「ちょっといいかい」
織斑先生が気になったので何か話し掛けようとした時、俺の目の前に新たな人物が出現する。転移のように思えるが少し違う。現れたのは距離を操る彼女の能力だ。
最大の特徴は所持している身長よりも大きな鎌だろう。女性として大柄な彼女はにこやかな笑顔を保っている。だが嫌味は欠片も無い。癖のある赤毛を両側で纏め、明るくさばさばとした話好きの彼女はある意味有名人だ。
「久しぶりだねぇ。お二人さん」
小野塚小町。幻想郷の死者を担当する死神である。とはいえお迎えではなく三途の河の船頭、文字通りの水先案内人だ。
「さぼり?」
「いきなりそれは酷くないかい? 今日は映姫様からの命令、これも仕事だよ」
彼女は何よりもさぼり魔として有名なのだ。
さて、地獄には是非曲直庁という機関が存在する。名前が出たのは四季映姫という死者を裁く閻魔、地獄の最高裁判長だ。小町の上司でもある。そういえば地蔵からの転職組だったな。世知辛いのはどこも一緒なのだろう。
「此処の神様を締め上げて篠ノ之束の能力が分かったからねぇ、教えに来たんだ」
「へえ」
兎の能力、実に興味がそそられる。
「と、その前にだ」
ここで小町は織斑先生と更識会長の方を向き、二人に良く見える様に大鎌を軽く持ち上げる。
「初めまして。小野塚小町という唯の死神だよ。よろしく」
死神。この自己紹介に二人は完全に凍り付いた。
「ま、あたいはしがない三途の川の船頭さ。イメージするようなお迎えとは別部署だよ。心配しなさんな」
小町は軽く頬を掻きながら、織斑先生と更識会長を安心させるように説明を追加する。その二人はほっとした様だ。
「で、お二人さんも聞いて行くかい?」
小町の問いかけに織斑先生と更識会長は一度互いの顔を見合わせ、頷いた。
「ほう、いい度胸だね。篠ノ之束の能力を知るって意味、解っているのかい?」
「ええ」
「そうかい」
織斑先生と更識会長が頷く。その反応で小町が軽く笑った。
まあ、俺の能力を知った時点で喜んでいたんだ。知ったことで命が狙われる危険があるからな。
「で、兎の能力は?」
「ん? まぁ、焦るなって。がっつかないの。
二人とも目星は付いていたみたいだけどさ、どんな能力だと思うんだい?」
俺から小町に話しかける。だが、逆に質問を返された。
「存在や現象を書き換えると思った。それなら俺が仕掛けた能力自体をキャンセルできる。存在の書き換えで馬鹿げた身体能力を得て怪我の治療も出来た」
これにより自らの拳で入ったダメージを書き換えて普段の状態に戻す。更に自分の肉体を織斑先生と同じスペックに書き換えた。空間に作用させることで俺の能力をキャンセルできる。
俺は狸の親分である二ツ岩マミゾウを連想した。彼女の『化けさせる程度の能力』によって俺も狐にされたり青衣も猫にされたことがある。本人も茶釜になったり焚き火になった所を見ている。正に原型をとどめ無い位の変化をし、変化をしたものの性質が活きた状態になる。
もう一人、真逆と言う意味で博麗霊夢を連想した。兎はダメージが通らない上に痛がる様子も無かった。そこからだ。
「私も似た様なものですね。但し、私達ISの様に新規で物を作り出したりすることも出来る」
なるほど。有り得るな。
「へえ……良いセンいってるねぇ。
いい感じじゃあないか」
少し目を細めた小町は藍姉さんの方を向くと、藍姉さんは軽く頷いた。
「当たらずとも遠からず。篠ノ之束は『全てを変化させる程度の能力』を持っている」
「変化?」
「そう、変化だ。書き換えも外れではないね。解釈違いと言っても良い。
あらゆるもの、物質も特性も何もかも、世界ですら自分の思った通りに変化、理想通りに変える事が出来るらしい。応用で物質の新規作成に近い事をやってのけるみたいだよ。但し、変化や作成時に具体的な作成イメージやプロセスが必要みたいだ」
ふむ、シンプルで恐ろしいな。
「馬鹿が同じ能力を持っていたら何も役に立たないね。やっぱり篠ノ之束は頭が良いよ、発想力も恐ろしいねぇ」
小町が軽く笑う。
もし兎が馬鹿だったら相手をするのは楽だったろうな。いいや、ISが出来てないか。
「お前さんの空間干渉を受けなかっただろう? 予想が付いていると思うが空間系だと見切って能力を受け付けなくした。同時に怪我などもしない様に一時的な変化をしたわけ。だから青衣が殴ろうがダメージが無いのさ。本来なら剣も通らない。天人以上の頑丈さだ」
ん? 本来なら? 兎は剣を避けたぞ。まあいい、後で聞くか。
「あの身体能力も以前に自分自身を高めたものだろう。応用で治療、要は怪我や病気をする前に戻す。元に戻すのもある意味で変化だからねぇ。まあ、どの辺で恒久的な物か一時的なものかは解らないけどさ。
実際、ISの製造を始め他の道具にもその能力を使っているらしい。だから最初から魔力が宿ったのさ。この部分は青衣の能力に似ているぇ」
ISたる青衣に視線が集まる。本人は自分の手を興味深そうに眺めている。ある意味で自分が誕生したプロセスとも言うべきものだ。
「私の能力……IS自体が篠ノ之束の能力のコピーに近いわけですね」
青衣は視線を小町に移した後、口を開いた。確かにそうだ。似ている。
「後は篠ノ之束が造り出した製造装置には魔力があっても、そこから作った物は唯の物だ。だから外の世界の製造物で代用が利く。故に外の世界の技術が活きて来る。
いやはや、其処まで最初から考えていたなら恐ろしいねぇ。正に外の世界を丸ごと手玉に取ったんだ」
小町がからから笑うが、俺は唸った。
もう笑うか唸るしかないのだ。本当、とんでもない使い方だよ。
「それにしても、兎の能力は随分範囲が広いですね」
「全く。応用は利くが複雑な能力さ」
ため息交じりの青衣の言葉に小町が頷く。
「弱点や欠点は?」
俺が小町に質問する。小町は少し驚いた後、面白がるような顔を見せた。
「何だと思う? いや、何があると思う?」
何があるか。シンプルな能力は強い。複雑な応用が利き一つの能力が幾つにも化け、相性の良い術も身に付けやすい。俺もそうだ。
いいや、待てよ。俺と同じ?
「燃費か? 霊力の消費が激しい。だから俺が振った剣も能力で防がず避けた」
「ほう、当たりだよ」
「当てずっぽうなんだけど……」
小町は少し驚いた様らしい。俺もだ。まさか当たるとは。言ってみるものである。
「いやいや、大したもんだ。
さっき、此処の神が回収した時点であちらさんも消費が激しかったらしい。その辺は例の紅椿の製造に割いたり戦闘経験不足だろうね」
ほう。それは良い情報だ。云わば霊力のスタミナ不足か。
「消費した霊力が戻る様に変化させる事が出来るのでは? ちょうど私がIS学園入学前にシールドエネルギーを生成した様に」
青衣が疑問を出す。
確かにIS学園に入学する前、青衣は自力でシールドエネルギーを生成していた。まあ、少し寝ているだけで溜まるのだが。そういえば膨大な量が戻るんだよな。
「その辺は青衣、お前さんと同じだよ。消費する霊力と戻る霊力の差引さ。多分、お前さんは無意識に使っていたんだろうね。
どうやら回復には多少の時間が掛かるみたいだ。とはいえ自然回復より何倍も速そうだが」
「有りか? そんなの?」
思わずぼやく。自然回復より何倍も速いって十分脅威だぞ。
「他にも触れないと作用できないみたいだね。まあ、自分の体なら関係ないけどさ」
そう言えば飛ばした鉤爪は手で払いばらばらにしたな。削られた無名も足だ。一方で『倉』から出した弾幕はガードをした。あれば物質ではないからか? だとするとレーザーも聞きそうだ。だとするなら遠距離攻撃なら兎の動きは止めることが出来そう、それと触れさせなければいい。透過も使えそうだ。
「後は毎回毎回どのようにするか考えて発動させないと何が起こるか分からない。つまり制御が難しい性質だ。
この辺は緑兵、アンタと同じ性質、似たタイプだね。瞬時に出る様に幾つか技を作っているはずだよ。あの速さだとね」
小町のいう事は合っている。
俺の『空間を操る程度の能力』は扱いが難しい、というかややこしい。だから『倉』や『窓』を始め直ぐに出せる様に技を組み立てた。
確かに燃費の悪さと言い兎と俺との共通点が多い。
「束がお前と似たタイプ?」
織斑先生は兎が言った通り、俺は空間と時間を操ると誤認している。一部間違っているのだ。だから噛み合わない。まあ、此処までばれているんだ。秘密にしておくのも無理だろう。
「俺のは『空間を操る程度の能力』です」
自分から言うとは思っていなかったのだろう、俺の能力を聞いた織斑先生と更識会長が驚いた顔になる。俺は二人に見える様に『倉』を小さく展開した。それを見て、先ほど放り込まれた織斑先生はぎょっとした顔をする。
「時間は相性が良くて覚え出したんですよ。これは一部を使っています。内部では時間が止まる」
「……なるほどな」
織斑先生は自分の腕時計を見る。まだ狂ったままのそれを見て理解をしたのだろう。
「しかし、時間を操るなどどうやって覚えたのだ?」
「知り合いに『時間を操る程度の能力』を使うのが居ます。時間と空間は相性がいいんですよ。互いに技を盗み、最後は教え合いました」
不思議そうな織斑先生に返すと彼女は喉を鳴らした。
「おー、そうだったんだ」
萃香が納得した様な声を上げた。其方を見る。
「咲夜がつまみを作ったんだけど冬や春の食材も出てね、どうしたんだろうってさ」
なるほどね。咲夜なら何を出しても不思議はない。つーか、名前ばらした。
「その者、咲夜という者も人間なのか? 女性みたいだが……」
「ええ、年も大差無いです」
そういえば咲夜はどうした?
「咲夜も中に居るんですか?」
青衣も同じ事を思ったらしい。本殿を見ながら藍姉さん達に聞く。
「咲夜は残ったよ。暴れたら腹が減るだろうから合わせて何か作るそうだ」
なるほど。まあ、戦力過剰な位来ているだろうから咲夜が抜けても問題はない。
「その咲夜とやらは料理達者みたいだな」
織斑先生だ。確かに今の会話は料理ばかりである。
「あいつは本職ですから」
「本職?」
「メイド長」
咲夜の職業を話した途端、織斑先生と更識会長が停止する。それこそ時間が止まった様に。
何秒か経ち、最初に戻ったのは更識会長だった。
「前に青衣ちゃんの記録で見たメイドさん!! 吸血鬼と一緒に居た!! って、そんな能力持っていてメイドをやっているの!!」
どうやら以前に見た事を思い出したらしい。吸血鬼という言葉に織斑先生が驚く。
「何か変ですか? ああ、能力は生まれつき見たいです。俺や兎みたいに」
更識会長が呆気にとられている。
「時間を止めて、お客に気が付かれずパーティーで皿を回収したり洗ったり、屋敷の掃除しているようです。
自分の能力使って屋敷の空間を拡張したのは良いけど、時間を止めないと掃除だけで一日掛かるって笑えないですよね」
「笑えないわよ。それに皿洗い? 掃除? 時間を止めてやることが?」
「洗濯もですね。干した瞬間に乾きます」
「……それって時間を早めているということかしら?」
「らしいです」
更識会長が一拍置く。
「七海君はさっきの『倉』で時間を止めて御飯やおかず、食材、生活雑貨の保管……」
「主にそうですね。何度も見ているじゃないですか? 便利ですよ」
完全に混乱している。
いつだったか、俺や咲夜の行動は外の世界の住人が知ったら正気を疑うだろうと思ったが、どうやら見当はずれでも無いらしい。
「私も入れた穴……捕獲にも使うみたいだが?」
「使えると気が付いたのは極最近でした」
「保管が先か」
「その為に作りましたから。だから名前が『倉』です」
何故か織斑先生が大げさなまでのため息を付いた。
「お前の能力や使用方法はこの位にしておこう、正直、頭が追い付かない」
「……七海君の技は何度も見てますけど、背景を知ったら私も頭が痛くなってきました。生活に利用するのは珍しくない事だったのね」
二人の声には疲れが滲んでいた。
「まあ、今は兎ですね。しかし、どうするか、他に心当たりが無いぞ。
いっそ、外で待ち伏せでもしてくれればいいんだが……」
此処、篠ノ之神社の結界内に居ないとなれば探し様がない。手掛かりも無いのだ。待ち伏せを期待するが、先ほど俺達は隠れていなかった。仮に兎が潜んでいたなら出て来たはず。性格的にも攻めてきそうだ。なら、今は居ないだろう。
「まあ、焦ることは無いさ」
頭を悩ませ始めた時、小町が軽く笑いながら言い出した。
「霊力の消費が激しいらしいから今日は来ないだろう。
また出て来るさ。あれだけプライドが高いなら尚更ね」
確かに。兎も不完全燃焼だろう。
俺は肩を竦め大きく息を吐く。今日はもう諦めた。
「そうですね」
青衣も同じらしい。まあ、青衣は兎の顔面に一発入れたのだ。俺よりはスッキリしているだろう。
「一戦、やってみたかったけどな」
「私もね~」
勇儀や萃香は残念そうだ。鬼が戦いたいと思った人間。これもまた、珍しい。
「緑兵もね」
遠慮しておく。少なくとも今は勝てる気がしません。
「青衣、これからどうする?」
俺は変な方向性に飛び火する前に話を逸らす。傍らの青衣も同じだろう。
「明日以降、私達は臨海学校で起きたことを纏めますか。
最初の兎との会話もありますから……そうですね、織斑先生が兎を吊るした辺りから紅椿とのデータ取り前までを提出すればいいと思います。私達の会話内容に箒の適性操作、紅椿の存在、これらの状況証拠をIS学園を通せばIS委員会へ伝えることが出来るでしょう。
どうですか?」
「兎の捕獲は手段だ。目的じゃない。目的は女尊男卑の崩壊と正常化だ。それを理解しているなら私から言うことは無いさ」
青衣が藍姉さんに向かい言う。軽く頷いた。
実際、今回の臨海学校で兎は色々話してくれた。そのまま提出するだけで男性がISを起動できない点や理由は理解されそうだ。まあ、それで事態が変わると思わないが、多少の影響は有るだろう。
「そうそう、その兎の捕獲だけどね」
小町が思い出したかのように言葉を発した。其方を見る。
「さっき、映姫様が外の世界の閻魔様に連絡すると言っていたよ。多分、兎が何らかの原因であの世に足を突っ込んだら此方側に連絡が来ると思う。話次第では引き渡されるかもね」
「あら、死んでくれれば操れるわね」
ん? さっき?
そこが引っ掛かったが、幽々子様がいう事も重要である。冥界の幽々子様は死霊を操ることが出来る。死んで魂だけの存在になれば、兎ですら操ることが可能だろう。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい」
慌てる声が届いた。今まで蚊帳の外だった更識会長だ。織斑先生も俺たち側の対応に驚いている。
「大げさすぎやしませんか?」
「大げさ?」
「た、確かに幻想郷にとって女尊男卑が迷惑なのはわかるのですが、いきなり閻魔とか死んでれば操れるとか……」
あ。
更識会長と織斑先生の反応を見て、何かを感じたのだろう。藍姉さん達の視線が俺と青衣の方に移動する。
「前に聞いた……女尊男卑が入って来た。それだけじゃあ無いの?」
更識会長だ。困惑した視線が此方に刺さる。織斑先生はその辺は知らない。黙ったままだ。
「紫も直接説明したんだろ? そちらの会長さんと会ったらしいじゃないか」
勇儀が俺と青衣の方を向く。
さて、どうしたものか
「話してないみたいだねぇ」
「……結局やることは変わらない。変なプレッシャーがかかるのは良くないって思ったんだ」
「ああ……紫も考えそうだ」
小町が俺と青衣に話しかけてきた。それを返すと薄く笑った。他の者も、ある程度納得をしたらしい。
更識会長は怪訝な面持ちだ。少し苦い顔をしている青衣と、多分青衣と変わらない顔をしている俺を見て、勇儀や萃香は楽しそうにしている。
「この話は最悪の想定、他の世界を巻き込んだ理由。
今、この場で話しても良いですか?」
空にスキマがある以上、『拠点』に残った者が見聞きしているかもしれないのだ。藍姉さんに視線を移す。
「構わんだろう」
藍姉さんが頷いた。
本殿の方で何やら破壊音がしたが一瞥しただけ、もう、気にも留めていない。
「織斑先生と更識会長も。これは所謂機密です。まあ、ちょっと考えれば解る事でもあるんですが、知る気はありますか?
多分、お二人に話せば学園長にも話さなければならないと思いますが」
外の世界の二人が頷いた。
「幻想側の世界は端的に言うと科学の発展で迷信とされ、排除された者が集う世界です。具体的に言えば神、妖怪や妖獣、妖精、幽霊等や俺みたいな人間や後天的に術を身に付けた者達ですね。これには普通の人間も含みます。
幻想郷はある結界によって『常識』と『非常識』を分けることで、今も外の世界から忘れられた存在が入ることができます。この幻想郷を通じて冥界や魔界、地獄等にも接続されています。此処までは良いですか?」
「え、ええ」
「束より詳しいな、当然かもしれんが」
更識会長が頷く。織斑先生も兎からざっくりした内容は聞いていた。だから俺が話す内容は具体的な補填だろう。此方も頷いた。
「その結界により外の世界の人間、つまり常識側の者は入り込むことが出来ませんが例外が有ります。
例えば俺みたいに能力持ちになった者、世の中から完全に忘れ去られた者、自ら世捨て人になった者、自殺志願者等です。そういう者が迷い込んでしまう事が時々あり、これを神隠しと言います。
その神隠しにあった者が運良く誰かに保護されると、外の世界へ帰還するか幻想郷に永住するかを選択することになります」
「ほう、帰れるのか」
「希望をすれば」
内情を知らない兎から織斑先生に伝わっていない話だった。だが、一応納得しているのか織斑先生も頷く。
「ところが近年は女尊男卑の影響もあって、迷い込む人間が急激に増加しています」
「何?」
「大半は男ですが、外の世界に嫌気がさした者が自殺志願者や世捨て人となって幻想郷に来ちゃうんですよ。保護される確率が同じとして、人数が増えればそれだけ増えます。外の世界から来た人間、外来人と呼びますが、彼らが増えて女尊男卑の考えがあると知られるようになりました」
「なるほどな」
「さてIS学園、更識会長にも話した目的です。
幻想世界の中でも外の世界に隣接する幻想郷の住人である俺達は、女尊男卑を危惧し他の世界と共に対策へ乗り出しました。対応方法は根本となるISを男性にも操縦できるようにし、根拠を失わせて撤廃させること。
そこまでは良いですか?」
「ああ」
織斑先生が頷き、更識会長もふむふむ頷いている。
「さて、多くの外来人は外の世界への帰還と幻想郷への永住、どちらを選ぶと思いますか?」
「……永住だろうな。外の世界、此方側が嫌になった者達だろう?」
「その通りです。具体的な統計は有りませんが、ここ数年で一気に増えました」
更識会長には近年増加していると伝えていたが、この辺りは織斑先生は全く知らない。その織斑先生もちょっと説明して考えれば直ぐにわかることだ。
「その外来人ですが日本人が多いです。結界に隔てられているとはいえ、地理的には日本ですからね」
「そうだろうな」
「今の日本人は義務教育があるので最低でも中学校まで卒業、人によっては高校、大学、大学院と進学して知識を身に付けています。今は最低限の教育でも数十年、百年前からすれば高度な科学知識です」
「確かにそうだろうな。時代と共に学ぶ内容も……っ!!」
ここで織斑先生が動きを止めた。更識会長を見ると此方も固まっている。気付き始めたな。なら一足飛びでも良いだろう。
「元々、科学技術の進歩と展開で世界を分けたんです。さて、そんな高い科学知識を持つ者が大勢やってきたら幻想郷はどうなるでしょうか」
織斑先生と更識会長の顔色が悪い。
「最悪の想定では幻想郷の幻想が崩壊、つまり消滅します。万単位の人間やどれだけいるか分からない幻想の者を巻き添えにしてね」
俺達が導いた最悪を出す。二人は愕然としていた。幻想郷側は飄々としている。事前に知っているからだ。
「一部の者は別の世界に行けるでしょうが、本当に一部です。
例えば大抵の者は魔界にある瘴気への耐性が無いか低いですし、自然そのものである妖精はまず無理です。冥界なんて生きている者は基本無理です。いいや、その時には転生待ちの魂で溢れ返っているかな?」
今でさえ白玉楼には多くの幽霊が住んでいる。
「当然、他の世界との間に入っている幻想郷が無くなれば外の世界にも影響はあると思います。いいや、逆に何が起きるか分からないし、何が起きても不思議はない。
例えば一部の妖怪が外の世界へ戻り暴れ回る、外の世界の一部が冥界に直接繋がってあの世とこの世のバランスが崩壊、旧地獄に繋がれば怨霊が跋扈、魔界に接続されれば魔力の耐性が無いと強い幻覚作用がある瘴気が漏れて都市や町が崩壊、他にも」
「ちょ、ちょっと待て!!」
「はい?」
織斑先生が泡食って大声を出した。更識会長も目を見開いて、首を縦に大きく振っている。
「大惨事ではないか!?」
「ええ。更に言うと幻想側が原因の出来事ですからね。外の世界の機器では観測できずに原因不明になると思います。つまり外の世界からは対策が一切出来ない。ついで言うと日本はモロに影響をうけるでしょうね」
「だ、だが幻想側は此方側に、外の世界へ入ることは」
「今は幻想の技術が含まれるISが跋扈してます。そのISは皆が周知して特に女性至上主義者は崇めています。悪印象を持つ者、例えば反IS団体はISを恨んでいるから其方も強いですね。
影響は軽減されるでしょうが完全になくすことは不可能。ISですが妖怪でもある青衣が外の世界で軽減無く動き回れたのがある意味で証拠ですか」
端的に答えると二人は青衣に視線を移す。青衣が小さく頷くと、二人は固い顔で無言になった。
「当然、此方側は改めて対策をするでしょうが、外の世界には手は回りませんよ。何せ外の世界でやるわけにはいかないし、やれない方法が大多数ですから。
再度言いますけど、これは最悪の想定、それも最悪も最悪ですよ? まあ、知っている関係者がごく少数で裏の理由とも言えますが」
「だが其処まで酷いのだ。放置するわけにもいかんだろう?」
「その通り。だから俺達が実行者として外の世界に行ったんですよ。兎の説得や捕獲は計画の一部です。ISが発端の女尊男卑が原因で政治が変わったわけですからね」
まあ、地獄の是非曲直庁が本格的な協力体制になれば、兎は捕獲では無く死んでいても可になるかもしれないが。
「そうか。そういう事だったか」
織斑先生は俺の言葉を聞いて納得が言ったらしい。引っ掛かったものが取れたのか少しだけ顔が晴れた。更識会長も同じだ。顔色が少し戻る。
「当然ですが幻想郷内でも対策は進めてますよ。折角百年以上かけて秩序が安定しているんですから崩壊なんて御免です」
実は人間の里は妖怪側からスパイが入り込んでいる。そこから情報を得ることが出来るが、それによって完璧かどうか漏らさず掴んでいるかと言えば疑問はあるのだ。何せ、今の増え続けているのだ。
「あの馬鹿は……それを邪魔した訳か」
ほんの少し、怒りの籠った声が織斑先生の口から漏れた。馬鹿とは一夏だろうな。
「おーい、先生さんよ。
篠ノ之神社の神も見張ってたんだ。弟さんが邪魔したのは弁護できないし腹も立つが、あの邪魔が無くても篠ノ之束には逃げられた可能性は十分あると思うよ、あたいは」
そんな様子を見て小町が織斑先生に声を掛ける。まあ、確かに一夏の邪魔が無くても逃げられたかもしれないな。まあ、その後は幻想郷側が攻め込むから、結末はわからないが。
「事前に一戦目は使い潰す話がありました。予定は大きく変わっていません」
藍姉さんもフォローを入れ、幽々子様も頷いた。
「……そうか、ありがとう」
織斑先生もそれは理解しているのだろう。礼を言った。次いで小町の方を向く。
「束は死んだとしても……」
「裁くのは閻魔様だから何も言えないよ。逆に言えば閻魔様以外は裁けないし例外も無い。死ねば同じ、他の人間と一切違いはないさ」
「先の話では……」
「あたいらは幻想郷が管轄だからね。その辺は映姫様、あたいの上司である閻魔様と外の世界の閻魔様がどうするか。要は管轄違いの摺合せさ。
外の世界と貸し借りは普段からある。まあ、仕事の問題だから互いに持ちつ持たれつって奴だけどね」
「……どこの組織も変わらないんだな」
「組織だけじゃないさ」
織斑先生が軽く笑い、小町が大げさに肩を竦めた。そんな光景を見て、更識会長は遠い目で空へ視線を移す。多分、あさっての方向を見たいのだろう。世知辛い、あの世の事実を知ってしまったからな。
そんな時に本殿から光が漏れた。俺達から見て前方には巨大なレーザーが発射され、左右は大量の細いレーザーが壁をぶち抜いた。後方に居た俺たちへの被害は無い。俺にはこの技にも見覚えがあった。
審判『ラストジャッジメント』だ。先ほど引っ掛かった答えが返ってきた。
この技の持ち主は四季映姫・ヤマザナドゥ。彼女もここに?
「映姫様も来ているよ」
小町が軽く言う。
おい、地獄の閻魔が直接来るって有りか!? つーか、此処の神は閻魔にまで喧嘩を売ったのか? 相手にならない、纏めて来いって!!
……ひょっとして、篠ノ之束や箒が他人を見下げたり力で抑えるのは此処の神の影響なのか? いいや、俺の思う限り剣の師である父親の教育も怪しいんだったな。なら一種の伝統、家系単位の性格か?
「映姫様は偶には休めって他の閻魔様からも言われていたしね。この際だから一緒に来たんだ。気分転換にもなるだろう?
ああ、外の世界のお酒、旨かったよ。ごちそうさん」
「早く言えよ!!」
「どっちをだい?」
小町は分かって言っている。その顔、にやにや笑いが証明だ。四季映姫が居る事だよ。そんなことを指摘する余裕はない。
不味い、不味い、不味い、非常に不味い!!
青衣を見る。彼女も焦っていた。
「じゃあ、俺らは外の世界に戻ります!!」
「ええ!! 急ぎましょう!!」
顔を見合わせ、互いに頷く。
「おい、どうした?」
織斑先生が不思議そうな顔で俺と青衣に声を掛ける。更識会長も同じだ。一方で幻想郷組は軽く笑っている。
「四季様って説教好きなんですよ。捕まったら数時間は解放されません!!」
「それは……不味いな」
「でしょう? 今日中に帰れませんよ!!」
青衣の悲鳴にも似た声だ。それで状況を掴めたらしい。
「二人とも、良いですね?」
織斑先生と更識会長も強く頷く。
「緑兵、青衣、ちょっと待て」
だが、藍姉さんが俺に待ったをかけた。其方を向く。
「お前達に近々贈り物が届く」
「贈り物?」
「ああ、紫様が連れて来た少女からだ。受け取り方法は何時もと同じ。物はIS学園以外にも提供しても良いから有効活用するように」
マドカからか? 織斑先生も贈り主がわかったらしい、反応する。受け取りは『拠点』経由だろう。だが、何だろう。
「了解」
「わかりました」
青衣と共に空返事を返したが仕方ないだろう、何せ中身がわからないのだから。
「私からも」
織斑先生が一歩前に出て、藍姉さんの方を向く。
「私が言えた事では無いが……あいつの事、宜しくお願いします」
「わかりました」
そのまま深々と頭を下げ、藍姉さんが頷いた、
更識会長は状況は全く掴めていないだろう、だが、先ほどと同じく何も言わない。
「よし、戻ろう」
織斑先生が上体を起こす。
「じゃあ、また」
「それじゃあ」
軽く藍姉さんが手を振る。
俺は背後の結界を一時的に壊し、再び外の世界にある篠ノ之神社に繋げる。各々が言葉を残し、俺達は外の世界に帰還した。
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篠ノ之神社から『窓』を出していた亜空間に一度戻る。先に更識会長を生徒会室に送ると決めた時に気が付いた。
「今晩、俺と青衣はどうしたらいいですか? 荷物もあります」
臨海学校なので『花月荘』に戻るのが筋だ。しかし、専用機組には兎との戦闘を見せている。特に同室である一夏は噛みついて来るだろう。荷物は教員室に残してあるし財布や携帯電話、今朝まで来ていた衣類は更衣室のロッカーだ。一度、戻らないとけない。
「ふむ、教員室は見ることが出来るか?」
「できます」
「やれ」
織斑先生の指示で教員室を大きめの『窓』で映す。簪さんとシャルロット以外の専用機組が勢ぞろいしていた。皆、浴衣姿である。
まあ、別れてから一時間も経っていないのだ。シャワーか風呂に入った後に着替える。その程度だろう。
一夏は渋い顔でテーブルの前に座り込み、箒とオルコットは心配そうに一夏を見て、鈴とラウラは織斑先生の荷物を眺めている。
「重苦しいわね~」
更識会長が『窓』に映る光景を見て軽く言う。確かに皆、無言で空気も重い。
「七海、青衣、この場に行ったら面倒なことになると思うか?」
「思います」
「当然です」
織斑先生の問いに二人して答える。この中に入ったらどうなる事か。
「更衣室の荷物は取りに行けそうですね」
「行ってこい」
「了解」
あっさり織斑先生は許可を出し、俺は『扉』を出して更衣室のロッカーから自分の荷物を取り出した。直ぐに戻る。そんな短時間では教員室の空気は変わっていない。重苦しいままだ。
いや、シャルロットが教員室に入って来た。彼女は視線を色々と動かし、様子を伺っていながらそれぞれの前には飲み物の缶を置き、最後はラウラの隣に座る。これで全員集合です。さて、どうしようか。
「私を吸い込んだ黒い穴……『倉』だったか、あれは使えるか?」
「あちらに出ないと使えません。まあ、更衣室とか離れた場所から使えますが。やります?」
「……止めておこう。一夏が飛び込みそうだ。貴様がいると勘違いをしかねない」
ありえるな。首肯する。
「仕方ない。お前達は寮へ戻れ。明日の朝食に間に合えば良しとしよう」
織斑先生は少し考えると俺と青衣に言う。
「つーことは、此方に来て着替えるんですか?」
「此処のルールだ」
『花月荘』では食事時に浴衣を着用する。いちいち着替えるのか、めんどいな。何か、ずっと面倒、めんどい言っている気がする。疲れているのだろうか。
「という訳だ。私は『花月荘』前で降ろしてくれ」
「……了解」
俺は織斑先生の手を取ると『花月荘』の前に空間転移する。
「では明日な」
「ええ」
こうして俺は織斑先生を残し、青衣や更識会長と共に虚さんの待つ生徒会室に帰還した。
本気で疲れた。霊力も空っぽで完全回復まで数日かかるだろう。明日は遅刻せずに起きれるだろうか。
最後まで読んで頂き、有難うございます。
感想を読み、此処で束を捕らえて終わりも考えました。元はアニメ版で考えたので丁度良いかとも思いましたが、予定通りに続けることにしました。
今回はちょっとした説明回で外の世界の二人には九尾に鬼、亡霊と遭遇してもらいました。
藍の買い物については、公式書籍『幻想郷縁起』の八雲藍の項目から。
証言『この前狐が油揚げを買いに来た。動物なのにちゃんとしていると思った(豆腐屋)』。ああ、きっとこの豆腐屋さんは幻想郷の生まれ育ちなんだろうな、と。だって相手は最強の妖獣、策士の九尾、どうしようもない相手です。
幻想郷はそんな九尾が普通の買い物に来る世界。平和です。
最悪の想定、崩壊した未来は東方のSS多数に某二次創作RPGからヒントを得ました。これらSSやゲームはネタバレになりますので、心当たりがあっても感想には絶対に書かないで下さい。お願いします。
-追加-
誤字脱字修正、変な個所の部分修正、『使えて』⇒『仕えて奉る』