七海緑兵と更識簪以外の専用機持ちが教員室に揃っていた。
何時もの面子が集まるとにぎやかになるのだが、今は誰も何も話さない。重苦しい空気の中、シャルロットは缶コーヒーを一口飲み、口の中を潤す。彼女は一つの疑問を持っていた。
「織斑先生が心配なのは解るけど、皆は何で緑兵と青衣さんを警戒しているの?」
こてん、シャルロットは首を傾げる。しかし、他の者は驚きながら彼女を見た。
「だって二人は最初から言ってたでしょう? 知られていない技術があるって。青衣さんも人間みたいなISで緑兵はテレポート……空間転移を使っていた。特に緑兵は奥の手どころか色々隠しているのはわかるでしょう? 何で今更悩んでいるの?」
再度、彼女から疑問が出される。
「僕は転入生だから最初から知っているわけじゃないけど、IS学園が公開した報告書は読んでいるし、フランスでも緑兵と青衣の話も良く聞いていたよ。情報は最低限だろうけどニュースにもなっていた。フランスでもそうなんだから、日本ならもっと過熱していたんじゃない?」
今更である。そう言っているのだ。その意見は最だ。しかし、受け入れがたいものでもあった。他の面々は戸惑う。
「でも、空間や時間を操るって……」
「空間転移も堂々と見せていたし、緑兵の性格を考えたら色々隠しているのは今更だよ。聞いても『言えない』って言ったと思うよ。
それに篠ノ之博士も僕から見たら同じだよ。やっぱり、他にも出来る人が居てもおかしくないんじゃない?」
「……確か先に使えるようになって、後から制御を覚えたって言ってたわね。七海の言っている事が本当なら、間違いなくいるわ」
シャルロットの言葉に、鈴が硬い顔をして頷いた。
「そういえば、教官は七海にIS学園へ行けと指示を出していたな。奴は最低でもこの辺りからIS学園まで行けるわけだ。教官も知らなければ奴に指示を出せないだろう」
ラウラが唸る。
「知っていたのね。その辺も」
「おそらく」
鈴がため息交じりで苦々しい表情になる。シャルロットは最低でもフランスまでは行ける事を知っているが、口止めをさせているので話さない。
「行方不明後は姉と言える人達に育てられた。そう言ってましたわ。制御を教えたのもその方々でしょう」
躊躇いがちにセシリアが予想を語る。他の者も頷いた。
「姉さんにも教えた者がいるらしいしな。それに二人は篠ノ之神社に伝わっていてもおかしくないと言っていた。ISに使われた技術の件もある。そう考えれば、転移はISの開発前から使えたと思う。現に姉さんは突然いなくなったしな。
だが、姉さんは両親ですら認識は怪しかった。だから教えた者は両親ではない。無論、私も違う」
篠ノ之束の妹である箒が腕を組み、自身の見解を語る。
「そうなると織斑先生か一夏という事になるわ。でも織斑先生はあの様子だと違うと思う。一夏も年齢的にも合わない。
一夏、念のため聞くけど心当たりある?」
「無い」
鈴が一夏に確認する。だが、一夏は暗い顔のまま首を横に振った。
「本当に正体不明だわ」
鈴がため息交じりで頷く。
「手詰まりだな。謎の技術、篠ノ之博士が言い出した幻想世界も含め情報が足りなさすぎる」
ラウラは顎に手をやる。再び沈黙が訪れた。
「ねえ、緑兵が言っていた醍醐味ってどんな意味なの?」
「あれは『本当の面白さ』という意味だ。それが……っ!!」
皆が黙ってから何秒か後、シャルロットが日本語について質問する。箒は答えるが途中でシャルロットが言いたいことに気付き、止まる。
「だったら緑兵は篠ノ之博士みたいな人と沢山戦ったって事になるね」
この言葉により全員がはっとする。
「多分、それが幻想世界、緑兵が行方不明だった時にいた場所だと思う」
各々が反応する。顔を上げたりため息をついたりそれぞれだった。共通するのは『有り得る』と感じた事だろう。
「でも、目的の妨害をしたり秘密をこじ開けない限りは何もしてこないと思うよ」
更にシャルロットは追加する。彼女は過去に緑兵の能力行使を見ているのだ。故に驚きは大きかったものの冷静さは保つことが出来た。
「……どっちにしても、七海や青衣、千冬さんが帰って来るのを待つしかないわ」
鈴が組んでいた腕を解き、天井を見上げた。空気は重いままだったが多少なり謎に亀裂が入ったのだ。少しは晴れた。
五分ほど経っただろうか、教員室のドアが開かれた。其方に視線が集まる。
「千冬姉!!」
「織斑先生だ」
一夏が驚いた表情で彼女を呼ぶ。いつものやり取りの後、彼は嬉しそうな顔になる。他の者も千冬が返ってきたことでほっとした様だ。
「……七海さんと青衣さんはどうしたのですか?」
「あの二人は寮へ戻らせた。貴様らと会わせると騒がしくなるだろうからな」
セシリアが千冬に尋ねる。返答はあっさりしたものであったが無事と言える内容に幾人かは胸をなでおろした。
「姉さんは?」
「捕まらなかった」
箒の質問に答えると千冬はそのままテーブルの前に、一夏の真正面に座り全体に視線を送った。彼女は戻る時に購入して来たであろう缶コーヒーをテーブルに置く。
「さて、全員解っていると思うが、七海や束、幻想世界等の情報は一切漏らすなよ。本国への報告やデータ提出も認めない。即刻削除だ
全て知らなかったことにしろ。七海は空間転移しか見ていない。それだけだ」
最初に彼女が行ったことは口止めだった。表情は固く、有無を言わせない迫力があった。
「教官……いきなり口止めなど、七海に気を使い過ぎでは?」
ラウラが異を唱える。軍人でもある彼女からすれば、報告をしないと言うのも考え物なのだ。他の代表候補生も小さく頷く。
「確かに気を使っているのは間違いないが、それだけではない」
千冬はラウラの言い分を一部認めたが、首を横に振った。
「先ほど七海緑兵と七海青衣を育てた者や仲間と会った」
「「「え!?」」」
「簡単に話もした。束に教えていた者は会わなかったが、七海と共にあちらの現状を聞いた」
先ほど話していた謎の人物でもある。会ったという千冬へ注がれる視線が強くなった。
「早い話、奴を育てた者や奴の仲間達は臨海学校を見ていた」
「見られていた!!」
箒が大きな声を上げる。他の者も驚きを隠しきれない。
「声が大きい。防音とはいえ完璧ではないのだぞ」
「す、すみません」
「気持ちはわかる。その辺は心配するな。向こうは女性だけで来たらしい。
今日、束が現れると七海達から報告が入ったからだろう。それを七海達に教えたのは私だが」
IS学園はほぼ女子高状態であることから千冬はやんわりとフォローを入れる。女性しかいなかった。その情報に鈴やセシリア、シャルロットは露骨なまでにほっとした。
「……教官、私は監視に気が付きませんでした」
「安心しろ、私もだ」
ラウラが呆然とし、千冬も自嘲を乗せて返す。
千冬は緑兵の亜空間と展開されている『窓』を見ている。知らない以上、気が付かないのは半ば仕方ないと思っていた。
「さて七海と束の戦闘だが束に教えていた者に邪魔されたようだ。向こうは居場所に攻め込み、私達も同じ場所へ向かった」
「殴り込み、ですか?」
「オルコット、良く知っているな。その通り、殴り込みだよ。とはいえ到着した時には終わっていた。私達は無駄な時間があったからな。
そこには束もおらず、向こうは私達が訪れた事に気付いて様子を見に現れた」
ここで千冬は缶コーヒーのプルタブを開け、中身を少し喉へ流した。一息つく。
「七海や束の様に特殊な者を能力持ちと言う様だ。向こうでは珍しくないらしい」
「珍しくない?」
「その様だ。先ほど何人も遭遇したよ。転移をしてきた者もいたな」
唖然。
だが、同時に皆は疑問が浮かんだ。
「教官、随分嬉しそうですが」
ラウラが代表するようにその疑問を出す。千冬は笑っていたのだ。本当に嬉しそうに。
「……そうだな。嬉しいんだよ。あの束と同類が居た。それが織斑千冬個人としてはな」
彼女は認めた。だが、首肯すると同時に表情を消す。
「七海と束の戦闘は束の能力行使も映っている。束は七海の能力を知って喜んでいた。情報を知ることが出来たからだ。同時に自分の情報が何処かへ渡る事、拡散する事は嫌うだろう」
織斑千冬から見た篠ノ之束への見解だ。
「束なら、己の情報が漏れた事を簡単に知ることができる。出所もだ。見逃すと思うか?」
全員が顔を青ざめた。
千冬をして束は見逃さないと言う。国家が相手だろうが実行できるのだ。篠ノ之束は。
「だから口を噤んでおけ。誰にも話すな。束だけでなく七海の能力もだ」
この言葉に箒がはっとした顔をし、床を叩いた。
「卑怯ではないですか!! 七海は!! そんな能力を持ち扱うなど!!」
「どこが卑怯なのだ? 私には解らんが……」
箒は緑兵を力強く非難をする。その表情は悔しそうで、苦渋に満ちていた。しかし、その訴えを千冬は理解できない。箒はその反応に驚き、彼女を見た。目線が合う。千冬は心底不思議そうな顔をしていた。
「何が卑怯なのか、私にわかるように説明しろ」
「能力を、扱うのが……」
「奴は自分が手に入れた能力を扱っているだけだ。何かおかしいか?」
「しかし……」
「しかし、何だ?」
他の者は二人を交互に見る。
箒にとっては予想外の返答なのだろう、彼女の声には戸惑いが含まれていた。
「その様な能力を使うなど……」
「束も同じだと言っただろう?」
「そ、それは……」
「束は己の能力を使い、ISを造り出したらしい」
言い淀んでいた箒が固まる。箒だけではない。千冬があっさり言い出した、重大な内容に全員が凍りついた。
「束に教えた者から吐かせたそうだ。束は自分の能力を使用し、やがてISを造り出した」
続きも同じ。絶句する。
「私は七海達と一緒に聞いた。向こうの言う事に嘘はないだろう。私の疑問も解消された」
「疑問?」
「ISの技術もそうだが、使われている材料と開発費の事だ」
箒の言葉に千冬は缶コーヒーを一口飲む。
「ISの開発には莫大な金を必要としているだろう? 当時、束は唯の中学生だ。手作りだとしても材料はどこから手に入れた? 測定機器は?
何も無ければ天才……天災だろうが何も作れん。普通ならな」
ここでため息を一つ。
「ISのコア、目の前に存在してるのに解析すらままならんのも納得がいった。私達とは根本から異なる七海達も解析は出来ても製造は出来ない。束個人特有の能力だかららしい。
今も世界中でISの一端でも理解しようとどれだけの人間が躍起になっているか。注ぎ込まれる資金も人材も莫大なものだ。中には人生を掛ける者もいるだろう。だが、その多くは徒労に終わる。束本人も『あちら側の知識が無くてはドツボに嵌る』と言っていた。
さて篠ノ之。そんな代物を表に出し世界中に撒いた束は卑怯だと言わんのか?」
箒は口を開けることが出来なかった。余りの情報に頭が追い付かないのだ。
「それと七海が能力に目覚めた原因の一つはISの台頭だ」
「……どういう事でしょうか?」
シャルロットが口を開く。ラウラも身を乗り出している。彼女は七海緑兵に周囲の空間を固められ、拘束されたことがあるのだ。
「奴が初めて使ったのは父親が起こした事件だ。奴が死亡扱いとなった事件は知っているだろう?」
「……はい」
知らない筈がない。青衣の出現により注目を集め、再検証まで行われたのだ。
「事件の動機、その一端は女性至上主義者の滅茶苦茶な要求だぞ。束が作ったISが女尊男卑を生み、巡り巡って七海の家庭に降りかかった。
結果は両親の死亡に奴の覚醒だ。父親に殺されかけ、初めて起動した能力は暴走し行先が定まらないまま空間転移した。転移先で拾われ育てられたが、無ければどうなっていた事か。
そんな七海が束に廃棄された青衣を連れ、束の前に現れたのだ。皮肉と言うか、何と言うか……」
「……」
この話に幾人かは痛ましげな顔をした。物事は繋がっている。その証明でもあった。
ラウラが再び疑問に思った。
「何故、教官は七海について詳しく知っているのですか?」
「学園長が面談した時に私もいた。面談は奴らの目的を聞く為に行われた。あの時は互いに互いを計っていたからな。聞けるものは全て聞く」
「……わかりました」
内心で千冬は自嘲する。その時は精神的に随分凹まされたものだ。それは彼女の表情へ自然と浮き出てしまった。
さて、他の者は回答した千冬が何を思い出しているのか他の者は解らない。だが、それも変に楽しげに見えた。
「その面談で、奴らと顔を合わせたのが2回目だ」
「1回目は?」
「写真だけ公開された試合だ。一夏がISを動かし対応に追われていた中、学園長の命令で山田先生と共に無人のアリーナに向かった。打鉄で待機していればISが突然現れ操縦者は男、未登録のISも喋る。あの時は頭が追い付かなかったぞ」
半分彼女の愚痴が入っていた。確かに普通ならパニックを起こしても不思議ではない状況である。ラウラも己が青衣の存在を知った時、千冬が報告責任者として作成した資料を呼んだ時の衝撃を思い出した。
「さて、今まで話した事は全て拡散すれば束は報復しかねない。七海側も黙っていないだろうな。
七海緑兵と青衣のコンビと同レベルの者は珍しくないそうだ。おそらく束も同程度だろう」
「は?」
もう何度目か分から無い位の停止だ。
「先ほど奴の仲間の放った攻撃を見た。妙な柱にレーザーだ。会ってはいないが放った者達は七海よりも年下らしい。今日居たのだから女だろう。
加えて七海は過去、育てた者へ掛かっていったが青衣を使用した状態ですら一方的に負けた様だ。所謂、反抗期だな。
確かに生身の束も青衣を纏った七海と互角に戦っていた。これも嘘はないだろう」
「姉さんは本当に生身だったんですか!?」
「そうらしい」
箒だけは浮かんだ疑問を口に出すことが出来た。だが、肯定する千冬に全員の困惑が深まる。
「私もIS相手に生身で戦う事は出来る。空は飛べんが狭い場所で武器が有れば簡単に潰せるぞ。見たことが無かったか?」
見たことはありませんし、十分過ぎます。
全員が首を縦に振り、その反応に千冬は軽く驚いてしまった。
「そ、そうか。まあいい。話を戻すぞ。
七海緑兵は厳重な警備を敷いていようとも関係無く好きな場所に突然現れる。七海単独でも能力を使用すればISを無力化する事が可能だろう。その上で第三世代機と遜色のない青衣も奴に従う。
更にそいつと同格以上も幾らでもいる。面白いな」
千冬の口調は楽しげであった。だが、他の者は違う。ぞっとし、背筋を凍らせた。
「……ISを扱えば奴よりも強い者はいるのでは?」
「この場合、ISの腕は然程関係無い。相手が悪ければ奴は別の場所に飛ぶ、或いは相手が居ない時を狙えばいい。性格的にも仕切り直しや戦略的な撤退は躊躇することが無さそうだ」
ラウラの言葉を千冬はあっさり否定した。
「とはいえ、ISを持ち出してもどうだろうか。私は七海と更識楯無の試合を見ている。後に無効試合とした一戦だ」
彼女は更に情報を出す。ラウラとシャルロットは転入前の為に知らないが、他の者は七海緑兵と更識楯無が睨み合い互いに勝ちを押し付けていたのを見ている。試合を行ったことと聞いたことはあるが、詳細を誰も知らないのだ。
「更識も全力で来るように言っていた。今から思えば空間を操っていたのだろう、その更識は手も足も出ずにあっさり沈んだ。青衣も殆ど使用せずにな」
「何ですか!! それは!! 滅茶苦茶です!!」
「あ、相手は国家代表ですわ!! それを……」
「事実だ。学園長と山田先生も共に見ていた。こっそり確認するならしろ。私の名前を出してもいい」
箒とセシリアは悲鳴を上げ、他の者も驚愕した。
「その七海は以前、実力なら上はごろごろいると言っていた。今日会った者達を見るに嘘はないだろう」
全員が唾を飲んだ。顔も強張る。
「それは……恐ろしくないのですか?」
「恐ろしいな。数もどれだけいるのかわからん。七海と青衣は本当に尖兵でしかなかったわけだ」
箒の問いに千冬はあっさり頷く。
千冬は幻想郷以外の世界について聞いた。だからそれ以上の者達は幾らでも居るだろうと予想していたのだ。同時に簡単に外の世界に出てこれないとも。
「敵対すれば、勝ち目が無いように思えますが」
「かもしれんな。真っ向からやればISを使用しても無理があるだろう」
ラウラの懸念だ。軍人として敵対したらどうなるかを考えたのだろう。
眉を寄せるラウラに千冬は再びあっさりと同意した。逆に同意を求めたラウラが戸惑う。
「……寧ろ放置できないのでは? その者達に何か対策や管理が必要ではないでしょうか」
「不要だ。口を閉じていろ。それが一番の対策だ」
「しかし」
「管理と言ったがどうする気だ? 見つけ出して従わせる気か? そうなら戦争になるぞ。
貴様がそういう腹なら私は七海達に味方する。話してしまった責任もあるからな」
「い、いいえ、失礼しました」
千冬はラウラを睨み付ける。青くなったラウラが背筋を伸ばし千冬の言を否定した。千冬はため息を一つ漏らす。
「今日、会った者の一人は焼き鳥屋だそうだ」
「は?」
誰が言ったのか間の抜けた声が混じった。他の者も何を言ったのか理解できないのか、ぽかんとしている。
「教官、ヤキトリヤとは?」
ラウラが聞く。セシリアも意味が解っていないらしい。首を傾げていた。
「安価な鳥料理を出す店だと思って良い。持ち帰り専門や酒を出すところもある。店ごとに味や焼き方が違って中々旨いぞ。今度連れて行ってやる」
「はい!!」
千冬が返すとラウラは嬉しそうに答えた。千冬は更に続きを話す。
「会話に出た人物もメイド、今回は同行せず食事を作っていたらしい。
空間と時間を操る七海緑兵と同格以上が焼き鳥屋にメイドだ」
これもまた困惑。それしかない。
「2人を育てた者もまだ小さい頃の七海を買い物に出かけたらしい。青衣を纏った七海が、更識を完封した者が一方的に負ける相手だぞ? そんな者が拾った子供と一緒に買い出しだ。奴らに料理や家事を仕込んだのも彼女だろう。
これが貴様達が脅威と感じた者達だ。どう思う?」
誰も何も言わない。イメージが合わず、困惑が深まるだけだ。
「そのような者達だ。これまで通り手を出さなければ何もしてこないだろう。情報を漏らし不評を買う必要も意味も無い。
寧ろ私達の正気が疑われる。お前達も今、感じている通りだ」
「そ、その様なことはありませんわ」
「かまわん。私も自分で見聞きしていなければ頭を疑う。貴様らも束との一戦が無ければこうして聞く気も無いだろう?
そんな者達ですら動かざるを得ない状況になっている。束が好き勝手をやり過ぎたんだ。そんな事態も束の説得で解決できれば良しとしている」
皆で慌てて否定しセシリアは発言するが、千冬は自分も同じだと告げた。
言い終わると全員、一人一人を確認するように視線を合わせた。
「誰かに話しても正気は疑われ利益は無い。束も何かするだろう。その上に作る必要のない敵まで作る恐れがある」
束により自国内や他国にあるISが暴走し無人機に攻め込まれ、青衣を纏った七海は急所とも言うべき場所に現れる。
「改めて言うぞ。情報を漏らすな。今、話した事もだ」
千冬の強い口調であった。有無を言わせぬ迫力に専用機組は頷くしかなかった。
「さて、話を変えるぞ。
そこで黙っている織斑一夏」
千冬は正面から一夏を見据える。明らかに彼女は怒っていた。声も一段階低くなる。
増した迫力に名指しされた一夏本人だけでなく、周囲の者も一度肩を震わせた。
「貴様は何故、七海を撃ったのだ?」
「それは……」
一夏は言いよどむ。周囲の者はどうしていいか分からず、二人を交互に見た。
「あいつと青衣は女尊男卑の解消に来た。貴様も考えは同じだと思っていたし貴様の口から直接聞いた。協力も自ら進んで承諾したな。貴様と篠ノ之を巻き込む事に反対だった私に説いた位だ。
そんな七海達は貴様にとって敵か?」
「……いいえ」
「つまり敵でない者を撃ったわけだ」
目線を外さない。千冬は狼狽える一夏をじっと見てた。
「IS学園として七海達から伝えられ、束の説得が条件に行われた捕獲だ。説得を行う者として、作戦を行う者の一員として説明を受けていたのに作戦妨害までした。私も同席していたのだ、知らんとは言わせん」
一夏に視線が集まる。箒は兎も角、他の者には戸惑いと不安があった。
「ところで貴様は束の戦闘能力を知っていたのか?」
「……知りませんでした」
「そうか」
千冬は軽く言い、コーヒを口に含んだ。その間、時間が止まったかのように無言だった。テーブルに缶が置かれ、音が響く。
「貴様の攻撃を七海が避けたらどうする気だったのだ? 狙いがずれた場合もだ。あの二人の距離は殆ど無かった。束に直撃する可能性が十分にある。本当によく当たったものだ。
だが、それがどうした?」
千冬は口元を皮肉気に歪める。
「距離が近すぎて、吹き飛んだ奴が纏う青衣が束に当たっていた。普通はその時点で体がばらばらだな」
一夏が青ざめた。他の者もだ。今更、気が付く。普通なら束はその時点で死んでいたのだ。
「とはいえ捕獲は失敗。束を七海から逃がしたわけだ」
ふう、千冬は小さく息を吐き、軽く目を瞑る。だが、緊張感は増す。
目を開け、千冬は一夏に向かい口を開いた。
「織斑、貴様は好き勝手に暴れているだけだ。綺麗なお題目を作ってな。
次に何かやらかしてみろ。場合によっては担任として白式を剥奪するように働きかける」
衝撃が走った。一夏の目が見開かれる。
「貴様は男性操縦者だから白式を与えられたのだ。実力ではない。ならば外されても仕方ないだろう?
最低でもIS学園下で専用機の使用禁止と全作戦からの除外だ。これなら私の権限でも可能だ」
「それは!!」
「教官!! 嫁は教官の!!」
「弟であり生徒だ」
箒とラウラが立ち上がり抗議する。だが、千冬の言葉に何も言えなくなる。
「これ以上は馬鹿な真似をさせる訳にはいかん。
銀の福音の作戦放棄、無断出撃、更に自らが知っていた作戦内容の妨害。今日だけで3度だ。これ以上は教師として勿論、姉としても見逃すことが出来ん」
有無を言わせない。激しい口調ではないが、言葉は重く決意が感じられた。
「特に妨害、これはIS学園に対する裏切りだ」
音が止んだ。静まり返る。
「……裏切り?」
「そうだ。貴様はIS学園を、私をも裏切った」
ぽつり、一夏が呟く。その呟きを千冬は返した。
「意味がわからないならそう言え。丁寧に説明してやる」
苦々しく姉に断言されショックが大きい一夏に千冬は向き直る。
「……わかります」
「わからないと答えたなら、即刻、白式の剥奪を考えたところだ。首の皮一枚、繋がったな」
千冬は顔を項垂れる一夏から、立ったままのラウラに移す。
「ラウラ、ドイツ軍では勝手に行動し、作戦の妨害まで行ったらどうなる? 専用機の剥奪で済むか?」
「……いいえ」
「味方へ故意に発砲し、作戦を妨害した者に何か任せられるか? 信用できるか? これは腕以前の問題だ。
わかったなら座れ、篠ノ之もだ」
ラウラは言葉を詰まらせ、箒と共にその場に座り直した。二人が座ったのを確認すると、千冬は軽く肩を落とす。
「私も失敗したのだ。織斑には束の説得に失敗したらどうするか聞くべきだったのだ。目の前で戦闘が行われることもだ」
千冬は一度区切る。
「臨海学校当日の朝、七海達が襲われた事件を受けISの扱いについて考える様に通達があったな。一昨日の朝だ、覚えているだろう?」
一昨日の朝、IS学園に掲示された件だ。千冬は一人一人を確認するように視線を合わせ、最後は一夏で止めた。
「今の貴様はあのISを使った者と同じだよ。ISという力で自分の意見を通したいだけだ。向こうを弁護する気は毛頭ないが、自分の主義主張があるだけ襲った者の方がまだマシだ。
貴様はISを使って、一体何がしたいのだ?」
「一夏は」
「口を閉じろ。私は織斑に聞いている」
箒が一夏を庇うように声を出すが、千冬はあっさり制す。
「俺は皆を守りたいと」
「ふざけるな」
即答。一夏の声を遮り、更に低くなった声に全員が、直接会話をしていない一夏以外もびくりと反応する。
「ISを得た程度で皆を守るだと?」
淡々と話す千冬の口調は徐々に熱を帯びていく。
「貴様はISを動かせる。専用機も与えられた。それだけでいい気になっていないか? 皆を守るだと? 寝言は寝てから言え!!」
最後は怒鳴り声だった。完全に専用機持ちは固まる。千冬は残った缶コーヒーを一気に飲み干す。
「そうだな……貴様は束とIS学園、完全に対立したならどちらを守る? その場その場で両方に良い顔をしていたら、両方から蝙蝠と認識されるだけだ」
私の様に。そう千冬は心の中で呟く。
「私は両方を守ると決めた。
だが、IS学園が危機なら其方を優先する。あの馬鹿にも次に会ったらどういう腹なのか殴ってでも吐かせてやる!!」
だから千冬は蝙蝠は止めにした。
あの馬鹿とは束の事だ。殴ってでも吐かせると言う言葉に一夏達は硬直する。その迫力に固まった皆を見て、千冬は大きく息を吐くと座り直した。
「これはISにも責任があり、その責任の一端は私にもある。ISが女性しか動かせない件について何の疑問も持たず、女尊男卑にも反対の立場も取らなかった。それがふざけた風潮を加速する一因となり今まで繋がっている。
七海の件もそうだ。今までは多少の負い目を感じていたが今は違う。奴が守るものを見たからな」
「七海が守るもの?」
守る、という言葉に全員が反応する。特に一夏が大きなものを見せた。千冬は彼の顔をじっと見る。
「奴には最優先するものが有る。それを見た。貴様とは大違いだ」
一夏が唾を飲んだ。箒が何かを言いかけるが止まる。鈴が箒の腕を掴み制したからだ。千冬は気付いているが、特に反応しない。
「言われたくなければ決めろ。自分が何をしたいのか、何を守るのかをな」
彼女は大きく、息を吐いた。
「織斑、篠ノ之。二人には申し訳ないと思っている」
唐突の謝罪だ。全員が面食らい、戸惑う
「お前達はIS学園を志望した訳ではない。巻き込まれ、IS学園に放り込まれただけだ。
なのに負担を掛け過ぎた。これは私の落ち度だ」
「な、何でそんなことを言うんだよ……」
「言わせているのは貴様だろう?」
はあ、千冬は盛大なため息を付いた。益々一夏は戸惑う。
「七海は身に付けたものに制限を掛けた。使用したらISの試合にならんからな。元々の資質もある。だからこそ貴様の方が伸びると思っていたのだが……」
全員が疑問符を付ける。
「元々の資質、ですか?」
「このような事を言いたくないが、七海の才能はIS学園では低い方だ」
セシリアの問いに千冬が答えると、ラウラ以外の全員が困惑する。
「やはり気付いてなかったか。ラウラはいつ気が付いた?」
「最初からです。ですから最初は甘く見過ぎました」
「貴様は軍人。周囲も軍人揃いだからな。流石に気が付くか」
「はい」
ラウラの返答に千冬は満足げに頷く。他の者はそのやり取りを見て、固まっている。
「学園も、1組の者も幾人かは気が付いていたが……まあいい。七海は体を動かす事が得意な方ではない。一般的な平均より上だと思うが此処はIS学園だ。レベルが違う。
青衣への適性Sも与えられたものだ。青衣自身も与えたと言っただろう? 奴の才能とは別だ。適性も高い方が良いが絶対的なモノでもない」
現に適性Sでも負ける者は負けるのだ。箒が反応した。
「何時だったか奴の起動時間は世界最長かもしれないと話したことがあったな。と、それはラウラとデュノアは知らんか。
オルコット、問題だ。ISの起動時間と実力の関係は?」
「比例しますわ」
「そうだ。なら奴の実力は世界最高という事になる。しかし代表候補生クラスでしかない」
「あ」
何人かが声を漏らした。ようやく気が付いたのだ。
「この時点で才能は知れているだろう? 真面な訓練方法を知ってから伸びてはいるが未だ代表候補生クラス、それは本人が一番自覚しているだろうな。
才能が高い方ではない故に生徒……初心者にとってはある意味で一番理解しやすい動きでもある。だから良く見ておけと言っているだろう?」
七海が現れた初日から言っている事だ。
「戦い方もそうだ。全てに虚実を混ぜ、相手の裏を掛ける思考と実現できる技術を身に付けた。空間転移なら見せているから相手が警戒することも計算に入っているだろう。後は経験か? IS以外の実戦経験は私より豊富そうだ。鍛錬も欠かさないな。あいつは毎日何かをしている。
そういえば織斑、貴様は放課後、皆の訓練後もしばらくは鍛錬を行っていたが継続しているのか?」
「……いいえ」
「勘違いするな。自由な時間や休息も必要だ。私はそこまでやれとは言わん。奴は必要だと感じているから勝手にやっているだけだ」
一夏の答えを受け、千冬は腕を組んだ。
「七海は守るものを見つけ自身の能力も制御した。それまでは考え無しの馬鹿だったらしい」
「は?」
素っ頓狂な声が漏れた。千冬は軽く笑う。自分も聞いた時は同じ反応だったからだ。
「細かい事は青衣にでも聞け。反抗期の奴は自分の力を制御したばかりで考え無しの馬鹿だった。奴を育てた者から直接聞いた」
千冬は未だ戸惑っている一夏に視線を移す。
「今の貴様はそれと同じだ。ISという力を突然渡され調子に乗った唯の子供でしかない。
奴は制御したぞ? 貴様にできないと思うか?」
一夏が唾を飲んだ。その固い顔を見て、千冬は別の方向に視線を移す。
「篠ノ之」
「はい!!」
名指しされた箒が体を固くする。
「貴様は以前、七海に剣で負けたと言っていたが負け方はどうだったんだ? 奴は『自分の土俵に来たのが悪い』と言っていた。剣道をしなかったのだろう?」
誰も知らなかったらしい。千冬と箒以外が驚き、箒を見る。彼女が中学時代に剣道で日本一を取ったことは皆知っているのだ。
自分の敗北か、それをばらされた事か、苦い顔をした箒は頷く。
「貴様は中学の女子剣道で日本一だろうが。剣道のルールで戦えば貴様の圧勝で終わっただろう。何故そうしなかった?」
「自分に有利にするなど……」
「貴様が剣を使い勝負しようと言い出す時点で相手からすれば最悪だろうが。
私とISで勝負するかと言われ、やる気はあるか? 同じ打鉄なら条件は五分だ。当然紅椿は禁止。これで平等、卑怯な事は何もない。さて、やるか?」
日本一に未経験者が勝てるわけがない。同時にブリュンヒルデ相手にISで五分は勝てるはずもない。顔を引きつらせながらも首を横に振った。
「私が言えた事では無いかもしれんが、自分が気に入るかどうかで全て判断していないか?
紅椿の件は私も知らなかった。打ち止めだったはずのISに追加された貴重な1体、しかも束が造り出した世界最高の第四世代機が個人に渡された事で世界的な騒動になるだろう。貴様の適性操作もある。IS学園は各国や企業、研究所からの問い合わせに説明、調査、山の様に仕事が増えるのは間違いない。
青衣は知るのが数人とはいえIS学園として動き、事前準備が出来た。発表も見込んだ通りのタイミングだった。だが今回は違う。どうする気だ?」
「……」
箒は無言。そこまで考えていなかったのだろう。
「貴様は先に自分を正せ」
千冬の言葉に箒が頷いた。千冬はぐるっと、全員の顔を見渡す。
「これは全員に言っておく。七海はお前達と方向性が全く違う」
一拍置く。
「奴は能力持ちとしてのやりとりが性に合っているのだろう。そのうち、帰る身でもある。だからモンドグロッソも国家代表も興味が無いし向いてない。これは嫌味でもなんでもない。
だから張り合おうと思うな。ISのルールに乗っ取れば幾ら強くなっても構わん。だが、其処から外れるなら私は賛同できん」
「「「はい」」」
全員が頷いたのを見て、千冬は再度一夏を見る。彼と目が合った。
「ISで何をするのか、何を守るのか、特に織斑はじっくり考えろ」
真剣みを帯びた一夏は首を大きく縦に振った。それを見て千冬は立ち上がる。
「どこに行かれるのですか?」
「まだ仕事は残っている。山田先生達に投げてしまったが限界だろう」
ラウラの問いに千冬は固い顔のまま端的に答えると、そのまま背を向けて教員室から出て行った。残った専用機持ちはその背を見送る事しかできなかった。
私が説教か。昔の己を叩いている様で痛かったがな。
だから、彼女は廊下に出た時に少し苦い顔をした。自らが白騎士を操縦士起こした事件から今に至るまで続く出来事、その一端を担った者として。
その表情も直ぐに消える。これから山の様な仕事が待っているのだ。だから苦み走った顔を見た者はいなかった。
何時間か経っただろうか、既に生徒は就寝時間に入っていた。教師達も『花月荘』で出来る仕事は終え順次解散、当直以外は全員休むことになっている。千冬も例外ではなく、機材類が集められている旅館の奥・風花の間で最後の報告を纏めるとIS学園へ送信した。隣に居る山田真耶や他の教師達もほっとした表情になる。これで今夜出来ることは全て終わったのだ。
「片付けは私が行う」
何だかんだで幾人が数時間作業を行っていた場所だ。資料類に簡単な食事、飲み物の缶等が残っていた。特に資料は誰かが保管をしないといけない。それが問題なのだ。責任が発生する。
「しかし……」
「一番忙しい時間に出ていたのは私だ。だから皆は先に休んで下さい」
そう言うと千冬は山田を始め、他の教師達に先に休むことを勧めた。教師達も疲労の色が濃い為その申し出を受ける。各自、空き缶や食べた物のゴミを持つと挨拶し出て行った
「では、失礼します」
「ああ」
とはいえ千冬の片付けも直ぐに終わる。書類も全てある事を確認した。全て指定されているバッグに詰め込むと千冬は一息つく。
「ん?」
そこで机の上に置いていた千冬の携帯電話が鳴った。彼女は携帯電話を手に取り発信者を確認する。学園長からだ。
「轡木です。お疲れ様です」
「織斑です」
学園長の声が千冬の届く。
「織斑先生、七海君達の背景を知ったようですね」
「はい」
「そうですか」
携帯電話の向こうで感情の籠らぬ声が千冬の鼓膜を打つ。
「実は、七海君と青衣さんから謝罪を受けました」
「謝罪ですか?」
「ええ、重要な事を黙っていた事です。とは言え今はそれどころではありませんから内容は聞いていません。織斑先生と更識さんが把握していれば今は良いかと思いました」
「……」
千冬はどう返して良いのか解らなかった。
「ふむ……専用機持ちの件ですが、更識さんから不満が出ています」
「不満?」
「ええ、説教と反省文だけでは軽すぎないか、と」
全く、更識も直接言えば良いものを。
千冬はそう思ったが、直ぐに考えを変える。七海達は兎も角、千冬と更識は表向きは合っていないのだ。
「それについて、先ほど専用機持ちと話しました」
千冬は先の出来事を掻い摘んで話す。とはいえ、幻想世界の内容は外してある。今、誰が聞いているのか解らないのだ。
「ふむ、白式を……」
「はい」
学園長が唸る。
「ところで、私が何故、其方が妙だと思ったか理解していますか?」
「いいえ」
「報告が滅茶苦茶です」
千冬が固まり、会話が止まる。
「ですから、報告が滅茶苦茶でした。現に管制室の者は例外なく首を傾げました。私と同じく聞いていた七海君や青衣さんも同じ反応です。それで更識さんも送りました」
「……」
「どうやら其方側を監視するようにワザと変な報告をしたと思っていたのですが私の勘違いの様ですね。ならば、それが貴女の反省材料です。
ああ、安心してください。私と夫しかこの会話は聞いていませんから」
「……」
「七海君もIS学園に到着した時点で限界だったようです。シャワーを浴びて寝ると言ってました。今は寝ているでしょう」
「……」
「織斑君と同じ、貴方も学ばねばなりませんね。報連相は社会人としての基本であり最重要課題です」
ぐうの音も出ない。千冬は沈黙する。
「貴方は若い。学び直しですが、焦る必要などありませんよ」
「……はい」
黙り込んでしまった千冬に、学園長は軽く笑いながらフォローを入れた。
「ふむ、それにしても今の話ですと織斑君だけが処罰されたとも見えますね。ある意味男性だけが処罰された、デリケートな問題にされる可能性も有ります」
「……確かに」
千冬は手で軽く顔を抑えた。此方に意図が無くとも、解釈を付けようとすれば出来るのだ。それが無理やりだろうとも。
「今回、専用機持ちの件も戻ってからにしましょう」
「はい」
それしかない。千冬は学園長の言葉に納得した。
「さて、銀の福音の操縦者であるナターシャ・ファイルスの査問委員会が決定しました。銀の福音もどうなるか分かりません」
「……そうですか」
「ええ、一応伝えて置こうと思いまして」
千冬の口調は苦々しい。学園長の方が感情が籠っていない。棒読みに近かった。
「……今夜はもう遅い。明日、戻るのですから一度話しましょう」
「はい」
「では、お休みなさい」
電話が切られた。
「敵わんな……」
携帯電話を自分の耳から懐に移しつつ、千冬はそんなことを考えた。
彼女は気が付かなかった。己の顔が、笑みの形であったことを。
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翌朝、七海緑兵と七海青衣は朝食には姿を表した。だが、七海緑兵は意識があるものの半分寝ており、半眼の状態でいつもの倍近くを食べると言う謎な行動を取る。『花月荘』の朝食が、昨日の缶詰めを思い食べ放題に変更された事も拍車をかけた。黙々と食べ続ける彼は篠ノ之束と対峙した様子など微塵も見せず、警戒していた生徒達や教師陣は盛大な肩透かしを食らう事となる。
さて、一夏だが、彼は朝食に間に合わなかった。結局、彼は朝食抜きでISおよび専用装備の撤収作業をする羽目になる。
千冬の話では、少なくとも彼女が就寝するまで何かを考えていたらしい。そのまま一晩考え混んでしまったとしても不思議はないそうだ。
10時頃、各クラスごとに臨海学校の帰りのバスに乗る。織斑千冬も己のクラスである1年1組のバスで点呼をとると一度車内から出る。見知った女性がバスに近づいて来るのに気が付いたからだ。間もなく青のスーツに身を包んだ金髪の女性が1年1組のバスを訪ねてきた。彼女の名はナターシャ・ファイルス。千冬は彼女をバスの中に通す。
だが、彼女がバスに乗り込んだ瞬間、自分の席で爆睡していた七海緑兵が目を開け、首を動かしナターシャを見た。次の瞬間には七海青衣は慌てて間に入る。彼はそのまま半開きの目で座席に体重を預けるが視線はナターシャからずらさない。ナターシャは多少、居心地が悪そうだった。
一方、一番前の席に座っていた一夏は未だ夢の中に居た。
「織斑一夏君は……彼よね」
近くに座っていた生徒にナターシャは声を掛ける。千冬は一夏を起こす。何度か揺すり一夏は目を覚ました。
礼と言い、ナターシャは一夏の頬にキスをする。その後は千冬を伴いバスから出て行った。
騒がしくなったバスを背に、千冬はナターシャに何を考えているのかを尋ねる。ナターシャは銀の福音が凍結処分となった旨を話した。此処にも束の遊びの被害を受けた一人の人間が誕生していたのだ。
復讐を誓うナターシャ・ファイルスの背を千冬は見送る。彼女にも仕事はあるのだ。
「……バスに戻るか」
痛む心を無視するかのように、千冬は呟いた。そこで気が付く。やはり束は根本から異なるのだと。
「今は、考えるのを止めよう」
己の頭に浮かんだ答えを振り払うかのように、千冬は軽く頭を振った。
IS学園へ戻った後、専用機持ちは自分の機体に残ったデータを確認する。千冬に言われた七海と束の戦闘データだ、
しかし、白式、紅椿、ブルー・ティアーズ、甲龍、ラファール-リヴァイヴ・カスタムⅡ、シュヴァルツェア・レーゲン、その全てに七海緑兵と篠ノ之束の戦闘を記録したデータは無かった。一部の者はより深くまで調べるが痕跡すらない。
当然、自分で消したわけではない。ISは常に身に付けているから他の者が触ったはずは無い。だからといってISの記録装置が壊れたわけでもない。
ならば何が起こったのか。予想は簡単に出来る。篠ノ之束が消したのだ。可能な人物は彼女だけだ。
青衣を除いた全てのISが、己が信頼する機体も篠ノ之束の手の内だという事の証明である。即日集まり答えを導いた各々は背筋を凍らせた。
その報告を聞いた織斑千冬も「そうか」の一言で終わる。その位はするだろう、それだけだ。
最後まで読んで頂き、有難うございます。
原作主人公に強化フラグが立ちました。あくまでフラグだけですが。
束は自分の能力が入った戦闘データを残すなど許さないでしょう。青衣以外のISから痕跡は消えました。
専用機組は千冬の脅迫抜きでも各国に報告できず。裏付けするデータが無く口頭なら相手にされないでしょう。最後は今の世界の危うさに凍って貰いました。
緑兵の危険度については本文中の通り。束には劣りますが十分凶悪です。幻想側も凶悪ですが殆どは外の世界に出ることが出来ないので除外です。
元々不定期ですが、次回の更新まで時間が掛かると思います。
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