幻想のIS   作:ガラスサイコロ

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32_男達の甘さ

 寝起きは良い方ではない。意識の薄いまどろみの中、軽く体を伸ばす。

 ん?

 体の様子が変だ。手を見る。手と言うのは多分、自分の体の中で一番見る場所だろう。だから自分の手が濃い茶褐色の毛で覆われ、掌には肉球が付いているのを確認すると、俺の頭は一気に覚醒した。飛び起きるが布が絡まり起きれない。青衣の本体でもある鎖もだ。

 今は夏場なのでタオルケットを腹にかけて掛けて寝ているのだ。だが、これは何だ? 大きすぎる。纏わりつくタオルケットからようやく抜け出す。だが、立ち上がろうにも尻餅をついた。もふもふの尻尾を自分の下に敷く。って、尻尾!?

 今更ながら気が付いた。自分の体ではない。手には肉球、爪も四足獣のものだ。長く毛の生えた尻尾が生えている。そうか、体が小さくなっているから青衣の本体である鎖もタオルケットも絡まったのだ。そういえば服も無いな。何処に行った?

 とにかく今の状態を確認しよう。パニックになり掛けている己を抑え、周囲を見渡す。

 部屋の内装や荷物から間違いなく俺と青衣に割り当てられた1028室だろう。座っているのも自分が使用している窓側のベッドだ。隣では青衣が寝息を立てている。仰向けの彼女の胸が呼吸に合わせ上下していた。何時もの通りだ。

 なら、俺はどうだ? とりあえず青衣を起こそう。空間転移をしてみると、無事に青衣の腹の上に飛んだ。

 

『おい、起きろ!!』

 

 そう話すが出て来るのは動物の鳴き声だった。これは、狐か? どうも声すら出ない。犬に似た狐の鳴き声にしかならない様だ。

 俺が腹の上で騒いだからか、青衣がくぐもった小さな声を出し薄く目を開ける。

 

「狐? 本体!? どこから?」

 

 青衣の目が完全に開かれる。驚いたらしい。

 そうか、俺は狐なのか。

 

「あれ? 緑兵は?」

『腹の上に居るよ』

 

 だが声は出ず、相変わらずの鳴き声である。

 青衣が少し上体を起こし、きょろきょろ見渡す。完全に起きないのは、俺が落ちない様にしているのだろう。

 

「ひょっとして……緑兵ですか?」

 

 頷く。彼女は俺の頷きがようやく理解できたのか、ぽかんとしている。

 

「何だ、びっくりした」

 

 何だとは何だ。それに安堵するなよ。

 

「長い人生、狐になる事だってありますよ」

『あってたまるか!!』

 

 俺の抗議は言葉にならず、彼女は俺の頭を軽く撫でる。すっげえにこやかだ。藍姉さんの印象もあって、青衣も狐好きだったな。

 

「前にもあったじゃないですか」

 

 思い出す。確かにあった。二ッ岩マミゾウだ。あの佐渡の妖怪化け狸が持つ『化けさせる程度の能力』により俺はこの通り狐に、青衣は猫にされた。

 頷くと青衣の笑みが深くなる。

 

「でしょう? 慌てる事じゃないですって」

 

 それもそうだ。って、そうじゃないだろ!? マミゾウは何処に居るんだよ!! つーか、此処はIS学園だ!! 首を横に大きく、何度も振る。

 

「それじゃあ剣も振れないですよね。今日はもう少し寝ましょう」

 

 抗議するが青衣は一切感じていないらしい。彼女は枕元にある時計を確認した後、そのまま体を仰向けにする。

 おい!!

 跳ねる。青衣の上で跳ねる。俺の抗議が通じたのか、青衣がむっくりと体を起こす。だが、顔が少し不機嫌そうだ。

 

「慌ててもしょうがないでしょう?」

 

 そのまま青衣は俺の体をを両手で持ち上げ、自分も立ち上がった。そのまま窓側のベッドの中央へ運ぶ。使っているタオルケットを敷く形だ。次いで絡まっていた彼女の本体も解き、今度は丁寧に首と胴体に巻きつける。首にも巻き付いているが、たすき掛けに近い。

 

「よし」

 

 何が『よし』なんだか。だが、満足げな青衣だ。

 

「お休みなさい」

 

 青衣は軽く手を振ると、自分のベッドに戻り、直ぐに寝息を立て始めた。

 あー、こりゃあ駄目だ。もう起きないや。とにかく現状を纏めよう。

 目が覚めたら狐になっていた。 何を言っていると思うだろうが、なっているのだから仕方ない。

 確かに長い人生、狐になる事もある。経験済みだ。

 青衣の本体があるから、移動できるのは室内程度だろう。それ以上になると青衣を引っ張る形になるがこの体では青衣の体重に止められる。空間転移では寝ている青衣ごと飛んでしまう。本体を外して部屋の外に出るのは却下だ。生徒か教師に捕獲され、外に放りだされかねない。空間転移が有るから別に構わないが、後が面倒だ。

 そう言えば『空間を操る程度の能力』はどうなんだ? 空間転移は出来たのだ。試すと無事に展開できた。だが、やり難い。狐になっているからだろうか、不調と言うかいつもと感覚が違うと言うか……。まあいい、可能とだけわかれば今は良い。

 どうしよう。多分。何をやっても無駄だろう。

 それにしても、思ったより意思疎通が難しい。道理で地霊殿の古明地さとりに動物たちが懐くわけだ。茨木華仙にもだ。青衣ですらこうなのだから、他の者ならどうなる事か。

 まあ、今はどうにもならんか。

 生えてしまった長い尻尾を枕に俺は丸くなると、青衣同様にとりあえず寝ることにした。覚めたら人間に戻っている事を期待しつつ。

 

 

 

 

 

 結果から言うと、起きても狐のままだった。

 

「しょうがないですねぇ」

 

 身支度を整え制服姿の青衣は俺の胸元に抱えると部屋を出て食堂へ向かう。感触は心地よいが、この状態はやはり目立つ。近くを歩く生徒も単に驚いている者、狐になった俺に触りたそうな者、動物が苦手なのか距離を取ろうとする者様々だが注目が集まった。

 というかさ、これって大事件にならない? それと降ろしてくれ。恥ずかしい。

 

「駄目です。降ろしません」

 

 ああ、そうですか。

 青衣の力が籠る。青衣も動物好きの方だろうが、ここまでだったか? まあ、離さないのだ、仕方ない。諦めよう。

 そのまま彼女は俺を抱えたまま食堂へ向かう。中に入っても同じだ。列を作っている生徒達の視線が此方に注がれた。つーか、クラスメイトもいるな。皆、怪訝な面持ちである。幾人かは嬉しそうだが。

 

「おいおい、ISの嬢ちゃん、流石に動物は困るよ」

 

 食堂に入るや、慌てた直ぐにおばさんが奥から現れ、出入り口付近で足止めに会う。

 まあ、当然だろう。盲導犬の様な特例を除いて基本的に動物は入れない。衛生的にもどうなのか分からんからな。

 

「これ、緑兵なんです」

「「「は?」」」

 

 青衣の言葉に周囲から素っ頓狂な言葉が返ってくる。その反応により、青衣が俺を軽く持ち上げた。宙ぶらりんになる。青衣の本体もじゃらりと金属が擦れる音を立てた。

 結構怖いな、これ。こんな持ち方をされちゃあ動物はおろか赤ん坊も泣くわけだ。

 ところでそこの生徒、オスだって、何処を見ている。赤くなるな。

 

「朝起きたら狐になっていたんです」

 

 何を言ってるんだ? こいつ?

 青衣の言葉を周囲はそう感じているんだろう。顔が語っている。まあ、当然の反応でもある。

 

「えーと、七海君かい」

 

 困惑するおばさんの問いに一応、頷いておく。信用するか別だが。

 

「その辺り……窓の外まで飛んでくれないか?」

 

 おばさんが窓の外を指さす。

 ああ、なるほど、本人確認か。

 おばさんの指示に従い俺は食堂の外まで空間転移した。窓から食堂を見ると、皆が呆気にとられている。先ほどの位置に空間転移で戻ると、彼女達の目線も此方に移動した。青衣が俺を抱え直す。

 

「ちょっと、アンタ!! どうしたんだい!!」

『わかりません』

 

 狐が俺であると信用してくれたらしい、今更ながら驚いているおばさんが俺の顔を聞いて来るが、俺の答えは鳴き声だ。どうしようもないから首を横に振る。

 

「長い人生、狐になる事だってありますよ」

「「「無い!!」」」

 

 何か悟ったかのような青衣の言葉に、周囲から一斉に突っ込みが飛んで来た。

 

「まあ、確かに……」

 

 周囲の突っ込みを認め、困った顔をする青衣と頷く周囲。

 

「私は猫でした。狐とは限らないですね」

「「「そっちじゃない!!」」」

 

 こいつら、ノリが良いな。

 青衣とは別の意味で困り果て、唸っているのは正面のおばさんだ。

 

「やっぱり中は困るね。お弁当詰めてあげるから適当な場所で食べてくれないか? 容器も使い捨てにしておくから戻さなくて良いよ」

「わかりました。緑兵もそれでいいですね?」

 

 まあ、妥当だろう。頷く。

 

「狐は雑食だから……」

「基本的に犬と同じです。お肉をお願いします。玉ねぎとかは抜いて下さい」

「なら大丈夫そうだ。二人とも少し外で待ってな」

「はい」

『わかりました』

 

 青衣と俺の鳴き声が届く。朝だと言うのに少し疲れたらしいおばさんが食堂の奥へ、青衣は食堂の外へ向かう。少し歩いて、食堂と外との境目に来たところで、外から白いジャージ姿の織斑先生が現れる。騒ぎを聞き駆け付けて小走りで来たのだろう、彼女は食堂に入ると青衣と抱えられている俺を交互に見て、不思議そうな顔をした。

 

「……青衣、その狐はどうした?」

「緑兵です」

「そうか」

 

 実にあっさり頷く。

 

「食堂は動物禁止だ。今、出たところか?」

「そうです。お弁当を用意してもらえることになりました」

「妥当だろうな。食べる場所は自室にしておけ。弁当を受け取ったらすぐ戻る様に」

「そうですね」

『了解』

 

 変わらず、俺の声は鳴き声だ。

 

「織斑先生!! 今ので納得するんですか!?」

 

 クラスメイトの国津さんだ。隣に眼鏡を掛けた岸原さんと四十院さんもいるな。他の生徒達も目を丸くしている。

 

「七海が狐になった程度、今更驚かん」

「……そこは驚きましょうよ、先生」

「奴の常識外れには慣れた。奇行も今更だ」

 

 国津さんの言葉は当然だろう。だが織斑先生は幻想郷を初めとする幻想側を知ったからな。

 でもさ、狐になったのも奇行で済ますか? 何にせよ慣れって怖い。

 

「ところで、貴様に意識は有るのだろう?」

 

 軽く腕を組みながら俺に聞いてくる。問いに頷く。

 

「授業には出席しろ。他の先生方には指さんように言っておいてやる。ISも見学だ」

「「「ええ!?」」」

 

 周囲の困惑を無視し、彼女がにやりと笑った。

 

『狐が混じって、周りが集中できないでしょう?』

「中身は貴様だ。別にかまわんだろう」

『絵がおかしいと思いますが?』

「大したことではない」

『ああ、そうですか』

「狐になったからと言って、さぼれると考えない事だ」

『……わかりました』

 

 色々諦め項垂れる俺、どこか満足げな織斑先生だ。ふと、ある事に気が付き顔を上げる。

 

『ところで何故、会話が成立しているんですか?』

「何となくだ。貴様が単純すぎる」

『……そうですか』

 

 言うまでも無く、俺の声は全て狐の鳴き声だ。だが、通じるらしい。助かるけど。

 

「ところで青衣」

「何でしょうか」

 

 今度は俺から少し目線を上げ、青衣を見る。

 

「七海を降ろさないのか? 重いだろう?」

「パンツ丸見えになりますよ。仕方ないとはいえ、狐目線ではスカートの中が覗き放題です」

 

 だから俺を降ろさなかったわけね、納得。

 慌ててスカートを抑える周囲の生徒達。中には恥ずかしそうに顔を赤くし俺に視線を向けている者もいる。

 青衣に抱えられているから、覗けませんよ。

 

「そのまま抱えていろ」

「はい」

 

 軽く頭を押さえ、彼女は青衣に言う。

 俺が狐になった事では無く、スカートの方で頭が痛いのかよ。

 

「それで、七海はどの位で戻るんだ?」

「さあ? でも直ぐに戻ると思います。前にもありましたから」

「以前にも狐になった事があるのか?」

「はい。私は猫でした」

「ふむ、それっぽいな」

 

 妙な注目が集まったまま、その後どうでも良い世間話を二人はする。数分経った頃、おばさんが奥からやってきた。

 

「うちの生徒が迷惑を掛け、申し訳ない」

「それはいいですけど……」

 

 おばさんに織斑先生が軽く謝る。逆におばさんは俺と青衣を見て未だ困惑している様だ。青衣が俺を抱え直し、空いた左手で弁当の入ったビニール袋を受けとり礼を言う。

 

「授業には遅れるなよ」

『わかりました』

「はい」

「よし、行け」

 

 そのまま俺と青衣は寮の自室へ空間転移した。

 

 

 

 

 

 自室に戻ったはいいが、どうやって食べるかだ。

 

「犬食いは仕方ありません。せめて机の上にしましょうか。ビニールの敷物か新聞紙を取ってきます」

『頼む』

 

 確か前に買ったはずだ。青衣は部屋の隅を探すが見つからないようだ。何処に仕舞ったか思い出そうとしている。

 

「緑兵、この前『倉』に仕舞いませんでした?」

 

 あー、言われてみればそうだ。臨海学校で使い、洗った後に放り込んだ。『倉』はあっさり出た。目当てのビニールの敷物も落ちる。

 

「……『倉』からご飯を出せは良かったですね」

『確かに』

 

 ため息とともに、少し後悔する。

 

「楽しそうじゃの」

『楽しくない』

 

 俺の背後から届く声。知った声だ。

 狐になった理由を解らないとおばさんには答えたが、実は違う。予想はついていた。振り向くと予想通りの人物が俺の椅子に座り、にやにや笑っていた。

 長い髪と葉っぱを模した髪飾り、顔には大きな丸眼鏡、黄緑色の袴を着ているが上半身は夏用に布地を減らしたものだ。足元には下駄。にやにやした女性だ。一見、時代錯誤の人間だが正体は違う。

 二ッ岩マミゾウ。幻想郷に居ついたが、彼女は現代における外の世界でも現役であり未だ二つの世界に通じる妖怪狸だ。

 

『とりあえず、戻してくれないか?』

「せっかくじゃ、そのままの方が見やすかろう」

『何をだよ』

「スカートの中じゃ」

 

 アンタまでそれを言うか!!

 マミゾウは益々楽しそうに笑う。

 

「なんにしても緑兵どの、実験は成功じゃ」

『……まあ』

「今回はお主の能力は封じなかったが、其方も可能じゃ」

『宜しく』

「ええじゃろう」

 

 マミゾウが俺相手に能力を更に行使する。

 

「やったぞい」

『試してみる』

 

 俺は『空間を操る程度の能力』を使用する。だが発動しない。霊力も多量に混めてみる。此方も同じ。

 満足のいく結果に首肯する。

 

「例の天災相手にも通じるじゃろ」

『ああ』

 

 ここで俺は人間の姿に戻った。寝間着代わりのハーフパンツとシャツである。マミゾウが能力を解いたのだ。

 

「人間にして儂と同様、『変化』を使う者か。機会が有れば手合せを願いたいの」

 

 彼女を見ると、にやり、と笑っていた。

 

「本気で期待してますよ」

「任せておけ」

 

 人間に化けているが、強力な妖怪独特の雰囲気が混じる。

 

「それにしても、儂の能力が外の世界でも通じるか、その確認に自分を使うとはの」

「俺が一番適格でしょう?」

 

 人間、それなりの能力持ち、関係者で幻想郷側。どこをとっても俺が実験台に的確だ。

 

「せめて、休みの日にして欲しかったですけどね」

「そう言うな、面白いものが見れて、わしは満足じゃ」

 

 くつくつと笑う。

 

「そうそう、これはお詫びじゃ」

 

 何かを思い出したのか、唐突にマミゾウはそう言うと俺の机の上に達筆で酒と書かれた陶器を置く。中は幻想郷の酒だろう。

 

「彼女に渡しておいてくれ」

「彼女って誰?」

「直ぐにわかるぞい」

 

 意味が良くわからんが、まあいいか。その酒を展開した『倉』に入れる。

 すると青衣がスカートに仕舞っている携帯電話が鳴った。

 

「儂は気にするな、どうぞどうぞ」

「はあ」

 

 にこやかなマミゾウに促されるまま、青衣は携帯電話を通話に切り替え耳に当てる。

 

「青衣です。織斑先生、どうしま……はい? え!?」

 

 相手である織斑先生に何を言われたのだろうか、青衣が吃驚し、戸惑い始めた。

 

「どう言う……あ!!」

 

 青衣が何かに気が付いた様だ。マミゾウを慌てて見る。俺もマミゾウに視線を移すと、其処には織斑先生が立っていた。先と同じジャージ姿、マミゾウが化けたのだ。

 俺は今更ながら、何が起きていたのかに気が付いた。

 

「ちょい、儂に貸せ」

 

 口調はそのまま、だが織斑先生の声でマミゾウは指で携帯電話を要求する。青衣は違和感を覚える相手の言うがまま、マミゾウに携帯電話を手渡した。

 

「初めましてじゃの、ブリュンヒルデ。儂らの側でも名を聞くものと電話越しとはいえ話す事が出来て嬉しいぞい」

 

 儂らの側、織斑先生も幻想側の者だと気が付くだろう。

 

「なあに、こやつらの知り合いじゃて。名乗るほどのもんじゃない」

 

 織斑先生が何か言っているのだろう、楽しんでいるらしいマミゾウは相槌を打つ。

 

「そうじゃのぉ……現代日本で『化かされる』など貴重な経験だと思わんか?」

 

 間。

 涼しげなマミゾウはワザと携帯電話から耳を離す。次に携帯電話の向こうから、俺達にも聞こえるくらいの笑い声が届いた。マミゾウも愉快そうに笑う。だが、向こうは爆笑だ。

 

『確かに、一生に一度あるかどうか……』

「じゃろう?」

 

 それから数秒掛けて、少しずつ笑いが止まっていく。

 マミゾウが人間に化けた姿になる。ある意味、幻想郷ではよく見かける姿だで耳に携帯電話を当てた。

 

「迷惑を掛けた詫びの品は緑兵どのに渡しておいた。後で受け取るがいいぞ」

 

 当然、声も変わる。

 

「そうじゃの、直接会えたら楽しいかもしれんのう。だが、今は此処までじゃ……ほうっ!!」

 

 一度驚き、からから笑う。

 

「ならば敢えて言おうか、また今度じゃ」

 

 そのままマミゾウは電話を切る。青衣に携帯電話を放り投げ、青衣は飛んで来た物を慌てて受けた。

 俺を見ている。笑みは消えた。

 

「幻想郷に居た時のお主なら寝ていようが何だろうが、狐になる前に感付いたろうに……」

 

 少しの沈黙の後、マミゾウは本来の、巨大な丸い尻尾を持った妖怪狸の姿になる。今度浮かぶのは、からかうような笑みだ。

 楽しそうな雰囲気と笑みが作り出す狂った空気が混じり合う。

 

「仮に狐になったとして、この程度の変化なら見抜けたじゃろ」

 

 マミゾウの口角が吊り上りる。再び織斑千冬に化けた。だが、その表情は織斑千冬は絶対にないであろう妖怪然とした笑みだ。

 言われて気が付いた。今の変化は色々荒い。本気ではないのだ。外見は兎も角中身は透けている様だ。今から思えば、先ほども。

 

「外の世界だからとISに集中し過ぎというのもある。相手はお主と同じような者じゃというのに」

 

 瞬時にマミゾウの姿が変わる。

 白いシャツ、黒いスカートと同色のスパッツを履いた……織斑マドカだ。俺の知る服装と少し違うが、間違いなく彼女の声と姿だった。

 

「この娘も襲撃者、それを助けたのじゃったな。お主の『倉』の実験は知っておるよ。それ抜きでも言うが……」

 

 マドカの姿のまま、顔ににやにや笑したみを張り付かせ、俺を見据える。

 

「お主、甘くなりすぎてないか?」

 

 言うや、再び人間に化けた姿となる。

 

「弾幕ごっこでは収まらぬなら人妖に神すら叩きのめし、やり過ぎじゃと閻魔にまで追い掛けられた緑兵どのがのう」

 

 呆れも含まれているのだろう、両手を軽く上にあげる。ある意味、マミゾウが良くするポーズだ。

 

「まあ、今のお主もお主で面白いがな」

 

 ころっと、温和な表情に変わった。

 これだ、毒気が抜かれる。ある意味、事実を指され苛立ちが募り、爆発しかけていた。完全に手玉に取られている。

 

「己で気が付き、他者の指摘を納得できるんじゃ、見込みはあるぞい」

「さいですか」

 

 飄々として、いつもの調子だ。

 そう言えば青衣も普段は飄々としているな。付喪神(青衣)と妖怪狸(マミゾウ)の相性は良い。幻想郷では時々一緒に居ることもある。冬の日に、妖怪狸達を集めて付喪神の青田買いをしていた時に、調査する俺達も混じっていた。やっぱり、多少似たか?

 

「じゃあ、幻想郷で会おうぞ」

「ちょっと待って下さい」

「何じゃ?」

 

 帰ろうとしたマミゾウと青衣が止める。青衣が指し出したのは狐になった俺に用意された弁当だ。

 

「唐揚げ、焼肉、メンチ等が入っています。IS学園の食堂ですから美味しいですよ」

「おお、これはこれは」

「おかずでも、つまみにでもお好きに」

 

 差し出された弁当をマミゾウは笑顔で受け取る。

 

「じゃあの」

 

 そう言い、マミゾウは消えた。

 

 

 

 

 

 その日の内に、俺の狐化に加え織斑先生のドッペルゲンガーが出たと噂が立っていた。

 どうも、俺達と接触した織斑先生(マミゾウ)はいつの間にか姿を消し、少し経った後に織斑先生(本物)が食堂に現れたらしい。彼女は普通に食事しに来たのだ。生徒は後から来た織斑先生に色々尋ねる。

 だが、本物は何も知らない。俺が狐になったことも知らず、会話が噛み合わなかった。何かがおかしいという事で、青衣に電話を掛けたらしい。で、変わった相手が自分の声で話していたので驚いた様だ。

 人間に戻った俺に周囲は色々聞いてきたが『全員、化かされた』とだけ返す。納得しているらしい織斑先生は何も言って来ない。寧ろ同意してきた。事実だし。

 なお、事の顛末を生徒会で聞かれる。其処には更識会長と虚さん、何故か轡木夫婦、一応当事者の織斑先生にまで現れたので、少し説明を加える。

 

「狐の次は狸が来たわけね……」

 

 皆、呆れ返っていた。

 

 

 

 

 

 因みに、マミゾウから渡された酒は旨かったらしい。陶器も織斑先生の部屋に飾ってあるそうだ。

 

 

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 その日、一夏は時間を持て余していた。

 何時もは専用機持ちの誰かしらと一緒に居るのだが彼女達は部活や用事が有り珍しく一人だ。本来ならISの訓練の為に何処かのアリーナへ週に何度も行くのだが今は違う。10日間の自粛期間中だ。

 それでも彼はアリーナへ足を延ばした。男一人、観客席まで行くと必然的に目立つ。唯でさえ彼は人目につく。生徒の幾人かに声を掛けられるが適当に断り、彼は目当ての人物を探した。

 七海と青衣がいるはずなのだ。あっさり見つかる。青衣を纏った彼は上空で棒立ちであった。狐の面すらつけていない。アリーナのカメラに映し出されていた。

 一夏は空いている席に座る。後方の、全体を見渡せる位置だった。ふと周りを見渡すと、他の生徒達も七海を見ている様だった。空気が変わっていた。

 上空に視界を再び移す。七海から見て右正面には4人の練習機に乗った生徒がいる。左正面にも4人だ。合計8人、一夏からは離れすぎていて肉眼ではよく見えないがクラスメイトである夜竹や谷口、相川、鷹月、他にも何人かが混じっているらしい。皆、ブレードを装備し、ある程度の高さで浮いていた。青衣を纏った彼は、数人の女子に訓練を行っていたのだ。

 七海がいつもと違うのは青衣のオプションが2つであること、そしてだらりと下げた両手に装備しているのは打鉄のブレードであることだ。青衣の装備である無名が失われたことは一夏も聞いていた。代わりなのだろう。

 七海が下げていた腕を掲げ、今度は左右に突き出す。同時に青衣の2つのオプションから弾幕を繰り出し、各箇所から一人ずつ飛び出す。一つのオプションが一人を狙う。そこから放たれたのは直進する玉と破裂する弾幕、レーザーだ。誘導弾は使っていないらしい。更にレーザーも彼女が動いた軌跡を狙うばかりで、まっすぐ七海を目指さない限りは当たらないだろう。これも試合と違う。

 右から飛び出した夜竹と、左から飛び出した谷口が駆るラファールは弾幕を潜り抜ける。やや危なげな直線を描き、七海が右に突き出しているブレードを谷口が、左を夜竹が叩いた。甲高い音が響き二人は七海の後方を通り過ぎる。被弾は各1発ずつ。終えた彼女達は出発地点まで迂回して戻っていく。

 七海はブレードを上へ掲げ、再び左右に突き出した。それが合図だったのだろう、次の生徒が左右から飛び出して行った。先と同じく弾幕が発射される。しかし、種類は変わり今度はレーザーと誘導弾、広範囲にばら撒かれる弾幕だった。二人は弾幕を突破するが一人は1発、もう一人は2発被弾した。先ほどと同様に、二人は七海のブレードを叩いた後に止まると彼女達は悔しそうにした。

 一夏はようやく理解した。七海の弾幕を利用し、空中を自由自在に飛ぶ訓練をしているのだ。

 2周目になる。先ほど七海は空中で止まっていたが今度はふらふらと動いていた。弾幕も種類が違う。

 彼も青衣の弾幕の餌食になっている。だが、オプションが1つで手の抜いた弾幕なら被弾せずに肉薄することは出来るだろう。

 

「あんなことも出来ないのか、そう思ってない?」

 

 声は直ぐ近くから飛んで来た。

 ぎくり、そう音を立てて一夏は声をした方を向く。いつの間にか、隣には余裕たっぷりの笑みを浮かべた更識楯無が『私です』と書かれた扇子を手に座っていた。

 だが、一夏から見てもクラスメイト達の挙動は危なげだったのは事実であった。

 

「今の答えは聞かないことにするわ」

 

 IS学園最強である生徒会長に一夏は何度か会ったことがあった。だが、それは七海や他の人物が介した時であり、話しかけられたことは今まで無かった。その彼女が真横に居る。

 

「楯無で、いいよ」

 

 流し目と言うのだろうか、彼女が一夏を若干の上目使いで見る。どきり、彼の心臓が跳ねた。

 

「実は、一夏君を焚き付けに来ました」

「は?」

 

 何を言っているのだ? 一夏には彼女が何を言い出したのか理解できなかった。

 

「突然だけどここで問題です。IS学園に入学する倍率は?」

「は?」

「問題よ」

 

 にっこり笑いながら、彼女が不可解な事を言う。何となく逆らえず、一夏は答えに対する問いを考え始めた。

 

「一万倍と聞いてます」

「うん。そう言われているわ。

 少しオーバーだけど受験前に諦める娘も多いからね。それも世界中から受験者が来るわ。今、在籍している生徒は一部の例外を除けばそれを突破したことになる」

 

 だから彼は素直に答えた。楯無は軽く頷く。

 一部の例外とは自分を含めている事に一夏も気が付いていた。

 

「受験するには日常が勉強と運動漬けになり、更に高いISの適性まで要求される。それでもIS学園に入学できるか分からない。

 寧ろ倍率を考えたら入れないと考えるのが普通よ」

「……はあ」

 

 楯無の言動の意味が理解できず、一夏は空返事を返す。

 

「じゃあ次の問題、そこまでして何故、IS学園を狙うのか?」

 

 楯無は一夏に追加で問題を出し、一夏は答えに詰まった。彼は少し考え、楯無は楽しそうに見つめていた。やがて彼は答えが思い付いたらしい。口を開く。

 

「ISに乗りたいから、でしょうか」

「半分合ってる。普通、ISを使える機会はまず無いから。だから開発や整備等も含めISに携わりたければIS学園を受験するわけ。

 当然、入学してからも相応の実力と努力が求められるけどね」

 

 楯無は扇子を閉じ宙に向ける。一夏は釣られる様に、実際は誘導されて虚空を見た。其処は七海達の訓練風景だ。また、少し内容が変わっている。

 

「才色兼備のエリート、華やかなイメージは作ったものよ。モデルとかで意図的に演出している。

 でも、実際は泥臭いわ。数少ない練習機を借り、与えられた短い期間で必死で覚える。地道にね。それが本来の姿なの。キミの知る皆もそう。

 一夏君や七海君は其処が違う。二人とも練習機を飛ばして専用機を手に入れた。まあ、七海君は青衣ちゃん以外は操縦できないし、機体の組み立てから入っているけどね。

 その辺、あまり考えたことないでしょう?」

「……」

 

 上空に視線を向けたまま黙る一夏に楯無は自分の予想通りだったと悟り、軽く笑った。

 

「でも、彼は私達を理解している。地道にやって来たからね。

 だから真剣そのものよ。もちろん青衣ちゃんもね。機体から、という人間ではできない目線が有るわ。

 自分達も戦わなければいけない相手がいるのに生徒達にも訓練を施している。彼が得意とする機体の扱いに機動は基礎。何事も基礎が大事よ。

 何故、こんな事を話すか理解出来る?」

「……できません」

「正直でよろしい!! そんな一夏ちゃんは好きよ」

 

 彼女が満足げに頷き、一夏はその反応に困惑する。

 

「ちょっと周囲を観察して見なさい」

 

 一夏は言われるままに見渡し、すぐに気が付いた。

 周囲に居る生徒達は一人残らず七海達の訓練風景を見ていた。生徒の纏う空気が違う。顔付きが違う。皆、真剣だ。楯無と一夏の会話が耳に届かない位に。

 

「『男には負けられない』。最近はそう思う者が出始めたのよ。まだ極少数だけど彼女達がけん引し、レベルは上がるでしょうね」

 

 一夏は上空を見る。いつの間にか訓練風景はまた変わっていた。

 鬼ごっこ、と言えばいいのだろうか。狐の面を被った七海も参加し、武器を量子化して素手になった9機が飛びまわっていた。良く見ると半数を超える5機が鬼らしい。すぐにごちゃごちゃになる。だから鬼で無いものは、誰も近づけさせない様に逃げ回る。鬼はそんな彼女を捕まえようと飛び回る。同時に周囲を良く見ていないと別に鬼に捕まってしまう。逃げ切るのは難しいだろう。

 一夏は七海の挙動を観察する。彼は鬼では無い様だ。速度も一気に上げ、一気に落とす。時には急落下し、地面と垂直に動き鬼を翻弄する。メインのスラスターに各所に取り付けられたスラスターを使用し、彼は自由に三次元を飛び回っていた。

 周囲の生徒も七海の挙動を中心に見ているらしい。恨み節交じりではあるが彼女達の声が聞こえ、内容からようやく気が付いた。

 青衣の各所に付けられているスラスターの一部が停止している。動いているスラスターは背後のメインを除けばラファールや打鉄と似た様な位置にあるらしい。つまり今、七海が行っている動きは理屈では練習機でも可能という事だ。

 そんな中、七海を追う一機のラファールが彼に追い縋る。わっと歓声が上がった。瞬時加速(イグニッション・ブースト)、使用したのは鷹月だった。

 彼女は七海に触れようとするが、彼はスラスターを吹かし再び方向を変える。イグニッション・ブーストは直線だ。正にタッチの差で七海は躱す。鷹月は彼に触れることが出来なかった。

 惜しむ声があちこちから届く。

 

「ダラダラしていると取り残されるわよ」

 

 楯無の声を一夏は何処か遠くで聞いていた。

 上空の鷹月は見るからに悔しがっている。相川がそんな鷹月を慰めに近づき、あっさりタッチされた。相川が呆気にとられる。彼女は鬼では無かったらしい。数秒間のインターバルを置いて相川は遠くに逃げてしまった鷹月を追いかけて行った。

 ぽんぽん、と一夏の肩が叩かれる。楯無が扇子で軽く叩いたのだ。彼女を見る。

 

「見終わったらこのアリーナの管制室まで来てね。ちょっと話があるから」

「……はあ」

 

 そう言うと、生返事を返す一夏に真剣なまなざしを送った後、彼女は管制室の方に向かって行った。

 

 

 

 

 

 管制室の扉は施錠されていなかった。一声かけて、一夏は中に入る。楯無は管制室の奥にある端末の椅子に座っていた。

 

「訓練、終わってからでもよかったんだけどね」

 

 モニターを扇子で指す。七海達はまだ訓練を続けていた。

 

「気になりますって」

「そう?」

 

 彼女の横に隣にももう一つの椅子がある。座れという事だろう。扇子で椅子を示す。

 

「実は一夏君と七海君の世間的な評価が逆転しちゃったの」

「えっ?」

 

 一夏は困惑する。

 彼は緑兵には一度として勝っていない。その緑兵は各国の代表候補生相手にも勝利している。箒が紅椿を得た時にデータ取りと称して戦ったが一方的だった。

 だから一夏は己よりも七海緑兵の方が評価が高いと思うのは当然であった。その為、一夏は楯無が言う逆転現象も自分が優位に立ったことをイメージする。しかし彼には心当たりがない。

 

「男性操縦者は世界に二人。キミと七海君」

「……はい」

「七海君と青衣ちゃんは女尊男卑を破壊しにやってきた」

「そうですね」

 

 一夏が困惑する事はお見通しだったのだろう、楯無は身を乗り出すと扇子を開き彼の耳に小声で囁く。

 

「ブリュンヒルデの弟でISを作った天災のお気に入りの一夏君と、妻を殺した犯罪者の息子で天災に逆らうISを手に反目する七海君。

 今の世の中、どちらをヒーローにしたいと思う?」

 

 その言葉に一夏が凍りつく。楯無は一夏の反応を見て、自分の席に座り直した。

 

「マスコミの上層部は女性が大勢入っている。キミも知る通り二人の目的は女尊男卑の破壊よ。

 不愉快な七海君を『誰でも起動できる欠陥ISを動かしているだけで、大した事は出来ず実力も無い』、そう評価し宣伝した。だから世間的な彼の評価は極めて低かったのよ。雑魚を乗せるなとIS学園へ抗議もあったわ」

 

 何だ、それは!?

 ごくり、一夏は唾を飲んだ。流石に顔もこわばる。そんな一夏を楯無は興味有り気に目を細める。

 

「一夏君はその逆。ブリュンヒルデの実弟だから無条件で優秀とされた。現に紅椿が登場するまで最高スペックの白式を専用機としていきなり渡されたしね。仮に一夏君が女性だとしても期待するには十分過ぎる待遇よ。

 二人にはネットや週刊誌は見ない様に言っていたけど、自然に評判は耳に入った様ね。IS学園は閉鎖的だけど、スピーカーも居るから。変わらず世間からの評価が低いまま」

「……」

 

 女性はうわさ好きだ。外部からの情報をところ構わず話す者もいるだろう。

 

「そんな中、ショッピングモールで起きた襲撃でがらりと変わったの」

「あの事件ですか!?」

「そうよ。彼らも襲撃者の言うかけ離れた過ぎた評価に疑問を持って、臨海学校から戻った後に少し調べたみたい」

「それで?」

 

 無条件で張られたレッテルと悪評だ。たまったものでは無いだろう。

 

「『流石に露骨過ぎ』と笑っていたわ。その位の事は言われると腹を括っていたのでしょうね」

 

 一夏は己が思った反応との違いに軽く驚く。その考えも見抜いていたのだろう、楯無も軽く頷いた。

 

「あの事件は前代未聞としてこぞって取り上げたでしょ? 彼の実力が白日の下に晒されたわけ、彼が手に入れた権限も含めてね。

 だからこそ、世間も七海君に対する今までの評価に疑問を抱いたの」

「疑問ですか?」

「だって日本政府所属の現役IS操縦者を秒殺よ? 本人も無傷で周囲の被害も無し。しかも場所は商業施設。

 正に圧倒的ね。早々出来る人はいないわ。私だって勝ち負け別にしても、商業施設で戦ったら被害を出してしまうわ。頑丈なアリーナだからISを思いっきり動かせるの」

 

 一夏も想像する。アリーナと違い、普通の建物ではちょっとISが動けはあちらこちらが壊れてしまうだろう。

 

「彼の戦績を調べるのは簡単よ。学年別トーナメントは各国の首脳や企業のスカウトも試合も見ているわ。それに七海君の評価が極端に低いと試合で負けた一夏君も低くなる。タッグの相手に責任を押し付けようとしてもシャルロットちゃんはフランス代表候補生。イギリスと中国の代表候補生にも勝っている。もっと言えば織斑先生相手の入試結果もある。真っ当なISのルールでもロシアの国家代表である私を相手に8割を削った。

 マグレや幸運では済まない戦績でしょう? 七海君が雑魚扱いのままだと、負けたり苦戦した私達皆が彼と同じく雑魚になってしまう。

 だから見て見ぬふりをしていた日本を含む各国の政府が自国の評判を守るのに必死になり、マスコミも彼の評価を修正せざるを得なかった。結果、逆転が起きた。

 知らなかったでしょう?」

 

 唖然となる。

 評価は単なる思惑。正常に戻すのも仕方ないから。今までの評価は己を含めて歪められたものだった。

 

「次の問題です。何故こんな事を話したか理解できる?」

「……」

 

 困惑する一夏は首を横に振る。

 

「もう少しで夏休みよ。どう過ごすの?」

「どう……って?」

「そこは自分で考えなさい。

 此処はIS学園だもの、設備ならあるわ。でも使うかどうか決めるのはキミよ」

 

 8月に入るとIS学園は遅めの夏休みに入る。無論、帰省をする者も多くなるのだ。

 

「あの二人は地元に戻ると言っていたわ」

「え?」

「ISに集中し過ぎたとも言ったわね。彼に少しでも追いつくには今しかないと思うけど?」

 

 七海が帰る。青衣もだ。例の幻想世界へ戻ると言うのか。空間を操り、時間も操れる者。それが珍しくない場所へ戻る。

 どんな場所なのだ?

 

「あの二人より、自分の事を考えましょうか」

 

 ぷに、頬に扇子が押し付けられる。楯無の表情は変わっていた。今までの面白がる様子は成りを顰め、真剣みを帯びたものだった。

 

「キミは弱い」

「言われるほど、弱くないと思いますが?」

「弱い上、現状認識も甘いか」

「そこまで言うんですか!?」

「なら、七海君に一撃でも入れられる自信、有る?」

 

 楯無に断言された一夏は苛立ち交じりに声を荒げるが、次の言葉に完全に詰まる。

 

「当然、真正面からよ。試合と言っても良いわ」

 

 不意打ちの一発は入った。だが、それだけだ。同時に楯無は知っている。一夏が、何をしたのか。

 

「何なら比較対象は私でも良いわ。でも私、彼に勝っているからね」

 

 セリフと共に挑発的な笑みを浮かべる。

 一夏は思い出した。七海の能力抜きなら、目の前の少女は勝っているのだ。

 

「鈴ちゃんも七海君に一撃を入れているわね。シャルロットちゃんやラウラちゃんも勝敗は兎も角当てられるでしょう。セシリアちゃんは仕方ない面があるわ。青衣ちゃんとは機体の相性が最悪の上、スペックも第三世代型としては正直低い。第二世代型量産機のラファールの方が総合的には強いとの見方もある。

 一方で白式は青衣ちゃんよりスッペクが上よ。箒ちゃんの紅椿もそうね。

 一夏君は確かに初心者だけど、いつまでもそう言ってられない。もう1年の3分の1が終わるの。3年間としても9分の1よ。

 当然、キミが伸びる間に彼も伸びる。余裕ある?」

 

 楯無は再びモニターを指す。まだ続いている七海達の訓練風景だ。

 少しの危機感を覚えたらしい一夏は再び言葉に詰まる。そんな一夏を見て、楯無は立ち上がる。

 

「この夏休みに少しでも実力を付けなさい。専用機持ちとして今のままじゃあ危険すぎるわ。

 それに飽きられてもおかしくない」

 

 誰に? とは言わない。一夏が理解したかは解らない。

 

「夏休み明け、楽しみにしているわ」

 

 扇子をひらひらと振りながら、楯無は去って行った。

 モニターを見ると、訓練は終わった様だった。

 

 

 

 

 

 何となく気になった一夏は彼らの様子を伺う為、下に降りていた。

 

「終わった~」

「疲れた~」

「目が回った~」

「お腹空いた~」

 

 目の前をガラガラと練習機を片付けるキャスターを転がしながらクラスメイト達が戻っていく。七海と体を出した青衣もキャスターを押していた。一夏には気が付いていないようだ。そのまま付いて行く。

 

「やっぱり流石ね。私、まだ危ない所あるわ」

「自覚してるなら次の訓練で直せばいい。イメージが出来ていれば、慣れればISは何とかなる。

 それと起動時間の違いを考えろよ。そっちはこの前までふらふらしながら歩いていたんだぞ」

 

 谷口のぼやきに七海に声を掛ける。

 

「それにしてもISで鬼ごっこ、良く思い付いたね」

「射撃や格闘も良いけど満足に動かせなくちゃお話にならないからな。つーか俺は教えられる程のモノを持ってない。

 どっちにしてもISと空中の感覚を掴むには動かす事だ。だから濃くしたかった」

「挙動は後になって響いてくるでしょうし、皆が真面目にやるから遣り甲斐もあるんですよ、緑兵は」

「少し黙れ」

 

 夜竹の質問に七海は淡々と返す。だが、青衣が茶化す様に加えた。

 

「はいはい。

 スペックで劣る練習機だから勝つにはちょこまか動いて回避とか、攻撃も体の芯を安定させてタッチできれば今は十分とか。そんなことを考えていたとは言いませんよ」

 

 結局青衣は話す。彼女もスピーカーかもしれない。それを聞いた緑兵は舌打ちを一つする。そういえば青衣は時々、重い事実を軽く話していたな。

 クラスメイト達はその様子を見て軽く笑う。

 

「まあ、後はISに慣れれば形にはなると思います」

 

 更に青衣は言う。

 

「数少ない、練習機を使える時間だからね」

「本当、練習時間が欲しいわ……」

 

 白式に比べて性能の低い訓練機を扱えることですら、わずかな時間ですらチャンスだと言う。

 一夏の頭には、先ほど楯無に告げられたIS操縦者本来の姿を思い出す。泥臭いのだ。

 

「……向き不向きはあると思うけど、順調に進むと思うぞ」

「そう?」

「ああ」

 

 そのまま彼らはキャスターを押す。だが、青衣だけが突然足を止めた。

 

「ところで、暇なら手伝って下さい」

 

 青衣だ。彼女が首を動かし後ろに居る一夏に話しかけると、釣られる様に皆が彼を見る。青衣の口角が吊り上るようなチェシャネコ笑いに一夏は首を縦に振らざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 練習機を片付けた後は解散となる。だが、七海と青衣は別の用事があるらしい。

 

「何処に行くんだ?」

 

 居心地の悪さを感じた一夏はそれでも緑兵に話しかける。

 

「第2アリーナの整備室だ」

「整備室?」

「そう、IS整備室」

 

 此方を向いた緑兵はあっさり話す。

 確かに各アリーナには整備課主体の整備室が取り付けられている。

 

「何で?」

「知り合いがISを作ってるからな」

「……ひょっとして、楯無さんの妹さんか」

 

 一夏の一言に緑兵が軽く驚く。

 

「簪さんに会いました?」

「会ったけど……」

 

 青衣が尋ねるとあっさり肯定される。

 一夏も簪が日本の代表候補生である事は知っている。彼女も福音事件の時に招集され会議に出席していたのだ。最も、専用機が頓挫したため所有していない彼女が出撃することも頭数に入る事も無かった。

 会議が始まるまでに一夏が如何に話しかけようとも、あちらは殆ど口を利かなかった。簪が一夏を嫌っているのは明らかであった為、周囲は空気を読み二人を離したのだ。会ったのはその1回のみ。

 

「俺、この際だから、行ってみて良いか?」

「お前、滅茶苦茶嫌われているぞ?」

 

 あっけらかんと、一夏は言うが緑兵は渋い顔をする。

 

「そうなのか? 多分、白式の件だよな……」

「他に無いだろ……」

 

 だが一夏が腕を組んで何かを考え始めた。気付いてなかったらしい。それを見て緑兵どころか青衣も呆れる。

 

「まあいい、俺達はさっきのデータを届けに行くんだ」

「そういう訳です」

「青衣さんのデータか?」

「いいや。主に鷹月さん達の訓練のデータだ。青衣は規格外……というか色々違い過ぎてな。どこをどう動かしたかは出せるが参考程度で直接使えない。

 当然だが、データ提出は話しているからな」

「あ、ああ」

 

 一夏も青衣が規格外という事に納得する。確かに違い過ぎるだろう。

 

「俺達はシャワーと差し入れを買ってから行くから」

「もし行くなら、先に行って下さい」

「おう」

 

 一夏にそう告げると緑兵と青衣はその場から消えた。

 

「整備室ってどこだ?」

 

 取り残された一夏が今更ながら思う。とりあえず、彼は第2アリーナを目指し歩くことにした。

 たどり着いた先で『整備室に来たことが無い』と迂闊なことを言い、簪に『IS舐めるな』と思いっ切りビンタされることとなるのだが、それは別の話。

 少し後、青衣と簪の会話に一夏が入り、彼の夢に出て来る白い服の女の子と白い騎士の話を簪が興味を持つのだが、それも別の話。

 一夏の余りの知識の無さに整備課生徒達が頭を抱え、危機感を持ったのほほんさんが間に入り当分の間教わる事になるのだが、それは別の話。

 白式のデータ提供を元に簪の専用機に携わる事となったのだが、専用機持ちに噂経由でIS整備室に『簪目当て』で出入りしていると誤解されるのだが、それも別の話。

 

 

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 明日から夏休み、夜に専用機持ちが全員、極秘に招集された。IS学園にある会議室、そこで要注意人物数人の顔写真、短い動画を見せられる。

 正体までは聞かされない。だが、警戒するように、近づかない様に、付近に専用機持ちが居れは連携するように、直ぐに用意した電話番号に掛ける様に等々、多くが通達され解散となった。

 一夏は皆と別れ自室に戻るとシャワーを浴びた。後はいつも通り、他の専用機持ちが訪れたり帰ったり、時間は流れ就寝時間となる。だが、何時もと違い来客が訪れた。

 スーツ姿で硬い顔をした千冬だった。普段から固い雰囲気を持つか彼女だが、今は輪を掛けている。無言の彼女をとりあえず奥に通す。

 黙ったまま、彼女は一夏が普段使う机と別の椅子に腰かける。一夏は2つのグラスに飲み物を注ぐと片方を千冬の前におく。千冬は重苦しい表情のまま、グラスの中身を見つめていた

 

「どうしたんだよ、千冬姉」

「……」

 

 様子がおかしい姉に弟は話しかける。反応は無かったが数秒後、何かを決意した彼女が一夏の方を向いた。

 

「今から重要な事を話す。」

「重要な事?」

「知らなければ知らない方が良かった事だ。だが、話さねばならない」

 

 一夏は唾を飲んだ。表情も硬くなる。

 

「それは『私達』について、だ」

 

 この夜、一夏は己を含む『織斑』の正体を知る。

 




最後まで読んで頂き、有難うございます。

軽くしたいけど、なりませんでした。今回は主人公と原作主人公に対する発破です。

マミゾウがIS学園に登場。何時ぞやの感想欄に書きました、東方キャラがIS学園に登場する話になります。
人間時の姿は東方鈴奈庵から。マミゾウは狂言回しだったり、他のキャラクターを導いたりと原作からして美味しい立ち位置の上フットワークが軽く動かしやすい。
急がしく時間が取れない&ネタ切れ中。

何かありましたら感想へお願いします。

-追加-
誤字脱字修正、ご指摘の箇所を修正、細々と修正
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