幻想のIS   作:ガラスサイコロ

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『東方心綺楼』のネタバレが一部あります。今回は飛ばしても大きな問題は無いと思われます。また、幻想郷の照明について、電気は引いて有るらしいです。
モンドグロッソの開催時期についても独自解釈が有ります。でないと、国家代表である更識楯無がIS学園でのんびりしている理由にならないと思いますので。


33_休暇の始まり

 IS学園周辺と幻想郷では違いが大きい。例えば幻想郷は海が無く幻想の技術で構築され、IS学園は海上に浮かぶメガフロートという外の世界でも最高峰の科学で構築された人工の世界だ。夜の明るさも異なりIS学園は強い光に覆われているが、此方は電気こそ供給されているが貴重であり付けっぱなしなどは無い。妖怪が活き、生きるのは暗闇の世界だ。だからこそ満天の星空も楽しむことが出来る。だが、何よりも俺が一番異なると思うのは空気だ。自宅の結界内に転移した俺は肺一杯に空気を吸い込む。これで帰ってきた事を実感する。

 人里から少々離れ、木々に覆われた一角だ。目の前にある明かりは大きめの2階建ての日本家屋から漏れたものである。我が家だ。その奥には文字通り倉を改装した青衣の工房があるが、其方は今は無人だ。明かりが無く闇に覆われている。

 

「3月末、入学前に戻った以来か」

「4ヶ月ぶりですかね」

「だな」

 

 幻想郷に出ることは難しいが入ることは比較的簡単だ。無論、俺も可能である。

 IS学園は正確には明日から夏休みに入る。だが、俺達は夕食後に行われた専用機持ちの極秘招集後に帰還したのだ。空間転移と言う移動方法を持つ特権だろう。当然、生徒会にも予定として伝え、携帯電話も寮に置きっぱなしである。どうせ此処には繋がらない。

 

「居間と台所にも明かりがついてますね」

「紫姉さん達だろう?」

 

 幻想郷には電気が引いてある。発電量の少なさに電気を扱う店が少数の為、用途は照明などに限られるが。

 家にも当然電気を入れている。とはいえ、電球を使った照明だけだが。当然、外の世界のLEDに比べれば光も弱い。

 

「ちょっとした飲み会になりますね」

「だな」

 

 夕食には遅い時間だ。現に俺達も済ませている。多分、今夜は軽く飲み、動き回るのは明日からになるだろう。

 少しの距離を歩くと玄関だ。引き戸を開け、電気を付ける。

 

「ただいま」

「お帰り!!」

 

 猫又が走ってきた。当然、身内である。

 背丈は小学生の高学年位、活発そうな茶色のショートに緑色の帽子、尾の数は2本、藍姉さんの式である橙だ。名字は無い。

 

「ほい、土産」

 

 俺は『倉』を廊下に開くと其処から荷物を出現させる。同時に俺と青衣の荷物も出すが、橙は鮭の入った荷物だけ選び奥へと引っ込んでいった。

 

「ちゃっかりしていますね」

「だな」

 

 青衣の呟きに同意した。

 俺は荷物を『倉』に入れ直すと靴を脱ぎ、居間へと進む。青衣も続く。いい匂いが漂っている。何か作っているのだろう。

 

「お帰り、早かったわね」

 

 廊下と居間を仕切っている襖を開ける。声を掛けてきたのは円卓の一番上座(最奥)で座椅子に座り寛いている紫姉さんだ。傍らには橙がいて頭を撫でられている。

 

「藍姉さんは?」

「台所よ」

 

 何か作っているのだろう。間違いなく酒が入るな。

 台所から足音がする。廊下の床は木製なので軽い音がした。

 

「戻ったか」

 

 台所に繋がる襖が開けられ声を掛けられる。だが、掛けられた声の主は予想外の人物だった。

 白いエプロン姿で頭には同色の三角巾を付け、手には漬物や油揚げの焼き物等が入った皿が乗ったお盆を持っている。

 

「二人とも、何を呆けている?」

 

 マドカだ。止まってしまった俺に彼女が声を掛ける。

 

「……お前、料理できるのか?」

「苦手だ」

 

 戸惑っている間に彼女は俺達を横切る。やっと出た疑問に、マドカは皿を卓の上に載せながら返した。だったら、何故にその恰好?

 

「私も単に食材を捌いて焼くだけなら出来る。訓練としてサバイバルを身に付けているからな」

 

 卓に置き終えた彼女が俺達の方を向く。

 

「だが、味は二の次で食べれれば良いと言う代物だ。料理か?」

「確かに料理とは少し違うな」

「だろう? だから教わっている」

「なるほど」

 

 だとすれば教師は藍姉さんだろうか。それなら納得である。

 

「ところで、私の格好を見て誰を連想したのだ?」

 

 マドカはにやにやと笑みを浮かべている。彼女は答えを理解して俺達に聞いている。

 だってさ、さっきまでお前から貰った資料を基に再作成した代物を片手に、お前そっくりの顔をした女が専用機持ちを集めて注意喚起していたのだ。

 

「あっちは家事が壊滅らしいからな」

「そうなのか? 青衣?」

「料理を作っている所を見たことが無いですが、部屋は散らかっていましたしね」

 

 俺の答えにマドカは軽く驚いたらしい。青衣に確認をする。だが彼女も首肯した。

 

「一夏が家事をしていたらしい。何せ、一夏と二人だけの機会に少し話したらほとんどが料理の話だったからな」

「ほう」

「一夏が家事を受け持ったから織斑千冬は苦手だと聞いた。働いていた事もあるが機会もなかったんだろう。中学時代は荒れていたらしいしな」

 

 渋い顔をするマドカは多少納得したらしい。軽く頷く。が、何を思ったか直ぐに口元が歪んだ。

 

「お前達はねえさんの部屋に入ったのか?」

「ああ。寮長室に何度か青衣と呼び出された。話があるってな」

「ほう」

「後は酒に付き合えと」

「酒?」

 

 答えると、彼女は素っ頓狂な声を出す。

 

「死人とISだから問題なし……でもないか。生き返ってからも何度か呼ばれたなよな」

「ええ、大半は愚痴でした」

「生徒に愚痴か……まあ、機密もあるだろうからな」

 

 青衣に確認すると返ってきた内容にマドカは呆れたらしい。そういえば臨海学校でもビールを飲んだな。

 

「緑兵は外の世界、日本では飲めない年齢だろう?」

「ああ」

「それで生徒に愚痴か」

 

 台所から襖を通り、此方に来た藍姉さんである。会話は全て聞いていたらしい、呆れ顔だ。

 

「ケアしておかないと倒れかねない。或いは胃に穴が開くかもしれない」

「緑兵、お前が考える事か?」

「けど、今倒れたら面倒になりそう。兎とのパイプでもあるから」

「……確かに」

 

 藍姉さんはため息を一つ。

 

「まあいい、とりあえずお前達は手洗いとうがいだ。済ませて来い」

「了解」

「はい」

 

 藍姉さんの言葉に俺と青衣は洗面所に向かった。

 

 

 

 

 

 居間に戻ると既に酒も料理も揃っていた。藍姉さんもマドカもエプロンや三角巾を外している。特に何かあるわけでもなく、俺達は空いている席に座った。今回は音頭等は無く、座るとなし崩し的に飲み始める。

 俺の左隣に座る青衣と一緒に、更に左隣に座るマドカが手に持ったグラスを見る。酒を飲んでいたのだ。見た目は小学生で通じるが右隣の橙は何時もの事であり、正面の紫姉さんと藍姉さんは今更。だが、マドカはどうなんだ?

 

「飲めるのか?」

 

 聞いてみる。まあ、織斑千冬の妹なのだ。遺伝的にアルコールには強そうでもある。

 

「この前、初めて飲んだから正直わからん」

「この前ですか?」

 

 青衣が俺と同じ疑問を聞く。

 

「先月の臨海学校を監視していただろう?」

「ひょっとして見てました?」

「ああ、各地の有力者相手への紹介も含めて私も同席していた。その時に少しな」

 

 だとすれば。

 

「私は臨海学校は最初から最後、篠ノ之神社まで見ていた。当然、篠ノ之束との戦闘もだ。

 お前がIS学園へ行き別れた時はねえさん中心、まあ、戦闘は時間差もあったからほとんど見れたがな」

「ほう」

 

 今度、マドカは眉根を潜ませている。

 

「何と言うか……指揮官としてあの駄目っぷりを見て色々とどうでもよくなった。一夏の言動もだ。密漁船を助けて任務放棄、挙句にお前を撃っただろ?

 怒りなど通り越した。流石に他の連中からも同情されたよ」

 

 最後は鼻で笑い飛ばした。

 俺は何と答えたらいいのだろうか、正直困る。

 

「気が付いているだろう? 

 教師でもあり最強の駒である自分が出るべきだった。生徒では無くてな。指揮権も有るんだ。どうとでもなったはず。なのに篠ノ之束の言いなりだからな」

「……」

 

 マドカに俺は何も返せなかった。俺が思った事でもあり庇えない。

 

「更に言うと、眼鏡を掛けた代表候補生と一夏は最初から険悪だった。なのに初顔合わせだからと隣に座らせたのぞ? あの人は。

 周囲が気を使い剥がしたがな」

 

 マジですか? 眼鏡を掛けたって簪さんだろう。それを隣に座らせたとな? 初顔合わせって他の連中も同じだろう? 何をやっているんだ?

 

「降参です」

 

 青衣が白旗を上げた。俺も両手を上げる。

 そんな俺に、顰めていたマドカの顔は満足気な笑みに変わった。

 

「よし、緑兵にはこれを食べて貰おう。青衣はこれだ」

 

 彼女は身を乗り出して俺の小皿を取ると、近くにある大皿から幾つかの焼き物を移した後に戻す。青衣にもだ。

 

「これは私が作った品だ。コツを掴んだので作ってみた」

 

 にやりとするマドカに俺は背筋を凍らせた。

 

「安心しろ。味見はしてある」

「……了解」

 

 観念し、口へ運ぶ。

 

「美味しい」

「ああ」

 

 どうやら本気で料理を教えて貰っているらしい。青衣と共に少し驚く。

 

「マドカのご飯は藍様も教えているんだよ」

「へぇ」

 

 橙が胸を張る。返すと得意気な顔になった。

 俺は追加で青衣が食べた物を大皿から自分の小皿に移し替える。マドカだけでなく藍姉さんの機嫌も格段に良くなった。

 

 

 

 

 

「宗教戦争に秦こころ、ねぇ」

 

 駄弁りながら幻想郷の現状を聞く。まあ、何というか、幻想郷中を巻き込んだどんちゃん騒ぎ? 異変もあったが解決したようだ。原因は秦こころ。面霊気という妖怪で道具である付喪神の一種らしい。その面霊気の面は66種類も有り、内1つを紛失したところから話が始まった。つーか、面を打ったのはあいつかよ。

 そんな彼女は今は各地で舞い踊る戦いを魅せながら、博麗神社で演目を持っているとか。それにはマミゾウも一枚噛んでいる様だ。

 本当、マミゾウって渋いな。他陣営や野良妖怪の面倒も気に入ったらみるのかよ。

 

「仲間が増えました!!」

 

 青衣は大喜びである。同じ付喪神だからな。

 

「で、マドカは?」

「何度か足を運んだ」

 

 自身のグラスに注がれた日本酒を少し飲み、串を摘まんでいたマドカが言う。

 マドカは何度か博麗神社を訪れている様で、霊夢や咲夜達を交えてお茶を飲んでいるらしい。

 

「しかし、妖怪が奉納神楽ですか」

「霊夢だからな。私も慣れた」

 

 マドカが端的に言う。すっかり此方側の住人である。

 

「こころの舞う『心綺楼』は一見の価値がある。見に行くと良い。能楽など私にはわからないが、それでも面白いぞ」

「そうだな、その秦こころにも会っておきたい」

「可愛らしい奴だぞ。面白い奴でもある」

「ほう。尚更楽しみだ」

 

 マドカの言う可愛い奴が舞うのだ。期待しないのが嘘になる。

 

「そういえば、霊夢たちとは会っているのか?」

「ああ、魔理沙に早苗、咲夜、永遠亭の永琳の診察を受けた後に輝夜たちと話す事もあるな。個人的に会う事もだ。

 博麗神社もISの実験や霊力の扱いを習う時以外……要は暇な時に行く事があるな。あそこには大抵誰かいるし、命蓮寺や紅魔館に行くこともある」

「随分範囲が広いな」

「そうだな」

 

 マドカはあっさり肯定する。満足げだ。

 

「つい一月前までの亡国機業(ファントムタスク)にいた私が、友人を訪ねに行くなど考えられなかったな。

 最初は各種製品が乏しく不便に感じていたが今の生活にも慣れた。手間も良いと思える余裕も生まれてきたよ」

 

 なるほど、マドカは幻想郷に来てよかったのだろう。

 

「さて、緑兵と青衣、いつやる?」

「ん? 何を?」

「再戦だ」

 

 彼女は軽く言う。そういえばISの再戦希望だったな。

 

「ん? 何か変か?」

「いいや」

 

 随分、染まって来たな。いいや、最初からマドカはこんなんだった気がする。少し狂っている感じがあったし。

 

「それは俺も同じか」

 

 マドカと同様、口角が吊り上る。

 

「近い内にやるぞ。明日は妖夢先生の所に行く」

「そうか。夏休み中には一度蹴りを付ける」

「ああ」

 

 マドカと目が合い、そのまま止まる。睨み合いではないな、何だこれ?

 

「お二人、そっくりですね」

「「「そうか?」」」

「そうですよ」

 

 俺達の間に挟まれ、青衣が楽しそうな言う。

 

「見つめ合っちゃって、まあ」

「紫様、男女ですから」

 

 茶化すのは紫姉さんとだ。橙はごろごろしているな。方向性が違うと思うんだが。

 

 

 

 

 

 軽い飲み会の後は順番に風呂へ入り、俺は自室に戻った。

 自宅の1階には居間や台所、風呂やトイレなどの共同空間の他に仕事部屋と俺の私室、客間も1つ有る。客間は2階にも存在し、青衣やマドカの私室、紫姉さん達が使う別の客間(実質私室)がある。2階に女性陣の部屋があるイメージで問題無い。とはいえ今晩は紫姉さんに藍姉さん、橙は帰ったが。

 俺は自室の縁側で星空と月を眺め、虫の音を聞きながら酒を飲んでいた。青衣も時々交えるが、今は俺一人だ。酒を覚えてからは寝る前にはこれを行う。まあ、素面の日はしないけど気に入っているのだ、この暗闇と静寂が。

 皆は知っているので邪魔はしない。本来なら今持っている器の酒を飲み乾したらそのまま寝る。だが、襖から声が聞こえた。マドカだ。応えると、少し顔を赤くしたマドカが襖を開けて入って来た。木綿で作られた寝間着姿で手には麦茶が入ったグラスを持っている。そんな彼女はきょろきょろしていた。

 

「明かり、付けて良いぞ」

「あ、ああ」

 

 マドカは俺の言う通り電球を付けた。彼女は俺の部屋に入ったことが無いと思う。洗濯物の様な個人単位で渡す物も無い。何だろう。

 

「少し真面目な話がある」

 

 電球の下で佇むマドカに、俺は座っていた座布団を隣に置き直しポンポンと軽く叩く。それで通じたのだろう、おずおずと入って来たマドカはその座布団に座った。俺は空へ視線を移す。

 それから何秒か経った後、マドカは口を開いた。

 

「以前、青衣の記録を私宛に置いておいただろう? お前が以前に指摘した通り、確かにねえさんは暗示か何かで行動が制限された可能性はある」

「聞いた事があるのか?」

 

 空を眺めながら、俺は答える。

 

「いいや、聞いた事は無い。だが何もなく放り出すのは考え難いし、そんな甘い場所でもない。十分ありえる話という事だ」

「愚痴なら聞くぞ」

「そうだな。話すとするか」

 

 俺はそういう役回りでもある。

 

「理由が何であれ、私はねえさんを許す気は無い。外の世界どころではなく多大な迷惑を掛けたのだ」

 

 マドカの方を向く。電球で色付いた彼女は多少の眠気を覚えているのだろう、少し体は傾いていた。

 

「マドカ、お前は織斑千冬をどうしたい?」

 

 俺の言葉にマドカは眠気など吹き飛んだのだろう。目が変わった。

 

「藤原妹紅と蓬莱山輝夜」

「へえ?」

 

 飛び出したのは知り合いの名前だ。両方とも不老不死である。

 

「あの二人は永遠に殺し合うだろう」

「そうだな」

 

 千年以上に渡る因縁の相手同士でもある。その因縁は『かぐや姫』の通りだ。蓬莱山輝夜はかぐや姫本人であり、藤原妹紅は求婚した藤原の娘。まあ、それだけ把握すれば十分だろう。殺し合いが永遠に止まらない事もある。

 とはいえ、其処まで険悪でも無い様だ。

 例えば急病人や怪我人が出た時、妹紅は永遠亭に届けてくれる。だから迷いの竹林にある永遠亭に行かなければいけない時は妹紅に頼むのが一般的になっているとか。

 

「お前は何故止めようとしない?」

「あくまで個人的な事、幻想郷自体に大きな影響が無ければ止める必要性も無いしな」

 

 俺の答えにマドカは柔らかく笑う。殺し合い云々にそんな優しげな顔をされても困るんだが。

 

「やはり此処では許容されているんだな。ある意味、私の理想かもしれん」

 

 マドカの相手は織斑千冬だろう。ある意味、これは深刻だな。

 そんな事を思っていると、マドカは唐突に俺の顔を両手で軽く抑えた。目と目が合う。

 

「私はねえさんを投影して、自分の顔を傷つけた事がある。何度もな」

「おいおい」

 

 余りと言えば余りの事である。口に出たのはそれだけだ。

 

「永琳から診察を受けた時、傷跡はすっかり消してしまったがな、どう思う?」

 

 マドカが笑みを浮かべたまま、俺から手を外し自身の顔を撫でる。

 

「勿体ない」

 

 美人さんなのに自分の顔を傷つけた、とか。率直な俺の意見だ。だが、マドカは自嘲染みた顔になる。

 

「永琳や他の者と同じ事を言うのだな。殺し合いは止めないのに」

「知っているだろ? 妹紅と輝夜は不老不死だ。

 顔については大抵の奴が似た様な感想を持つと思う」

「何故だ?」

「せっかく綺麗な顔をしているんだ。自分から傷をつけるって勿体ないだろう?」

 

 今度、マドカはきょとんする。同い年なのだがこんな表情をされると変に幼く見えるな。だが数秒後、マドカは爆笑を始める。

 

「やっぱり、笑い上戸か?」

「違う、違う」

 

 否定するが彼女は笑う。その後は数秒を使い徐々に収まっていき、やがて落ち着いた。

 

「私の将来はその内決めよう。どうせお前の仕事も年単位で後だろう?」

「まあな、仮に兎への説得がすぐ終わったとしても、国単位の方針転換には時間が掛かる様だ」

 

 言うまでも無く、方向転換とは女尊男卑の撤廃だ。学園長の話から、確かに年単位で時間が掛かるだろう。まあ、俺と青衣はISが誰でも動かせる段階までで、それ以上は様子見程度に移行するだろうが。

 

「ねえさんのモンドグロッソ参加にしてもそうだな、確か来年だろう?」

「ああ、モンドグロッソは第2回が3年後に、次の第3回からは4年周期だ。来年の参加に滑り込めなくては5年後か?」

「日本もそうだが、他の国も国家代表はいる。順当に考えれば間に合わんだろう。

 仮に復帰出来たら、モンドグロッソに拘らず難関な世界大会に出ればいい気もする。暫定だが、どうだ?」

 

 モンドグロッソだけが大会ではない。更識会長は今年から正式なロシアの国家代表になった事も有り未だ出てはいないが、幾つかの大会は有るのだ。おそらく、夏休み中に一つや二つ出るだろうが。

 

「方針としては良いな。それでも最終目的はモンドグロッソになると思う。ISなら世界最高の大会だろう?」

「ふむ。現実的には5年後か。時間が掛かるな」

「俺達は目途が立てばいい。織斑千冬の復帰も手段であって目的ではない。十分だよ」

「そうか、大筋だが、お前達の先は決めているのだな」

 

 満足気にマドカは頷く。そういえば、こいつはどうするんだ?

 

「マドカ、そう言うお前はどうするんだ? 藍姉さんから霊力の扱いに加え、聖に魔法まで聞いているんだろ? 外の世界に戻るなら不要な技術だろうが」

 

 先の飲み会でマドカ本人から聞いた。藍姉さんの弟子の様な状態だと言う。だから此処に住み、藍姉さんは訪れる。俺や青衣と相対していた時間がマドカに割かれているのだ。

 

「私も妖怪化する気が有るからだ」

「人間を辞める気なのか?」

「それも視野に入れているな。それに私はもう空を飛べる。のろのろとしているから浮いていると言うのが正確かもしれんが」

「それらを身に付けるという事は、幻想側に永住するという事だぞ!?」

「ああ」

 

 マドカの答えに本気で驚く。それに成長度合いも早い。だが、それよりもマドカの結論だ。

 

「外の世界で私なりの決着は付ける気だ。ねえさんや一夏の生死も含め私が納得できれば良し。

 だが、それ以降は此方に戻る。緑兵、お前と同じだ。当然、紫さんや藍さんに話してある」

 

 彼女が強く頷いた。

 正直予想外だ。マドカは遺伝子強化遺体であることを気にしている節がある。だから人間にこだわりを持っている気がしたからな。

 

「お前が何を思ったのかは解っている。此処に来てから自分が真面な人間かどうか気にするのが馬鹿馬鹿しくなった」

「馬鹿馬鹿しい、だと?」

「ああ、そうだ!!」

 

 唐突にマドカの口調は強く、鼻息が荒くなる。

 

「本当に人間が生身で空を飛んで術を使う者が幾らでもいる。巫女? 魔法使い? 仙人? 元人間? それに妖怪に妖精、止めに神だと?

 その時点で頭が追い付かないと言うのに幻想郷の他に冥界、魔界、地底、天界、他にもある。挙句の果てには外の世界にある月はダミーで、文明は此方側の月に全てを移した?

 私より年下だと思った妖夢にレミリア達ははるか年上で紫さんに藍さんもだ。その上に神話に出る八坂神奈子に洩矢諏訪子、止めに永琳や輝夜、てゐはもっと上の世代だと?

 何なんだこの世界は!!」

 

 マドカのテンションが急激に高くなった。最後は叫びだ。

 気持ちは理解できなくもないが珍しいものを見た気がする。俺の視線に気が付くと彼女は正気に戻ったのか、恥ずかしそうに少し顔を赤くしコホン、と咳払いをする。一拍置いたあと俺を見る。

 

「まあ、あれだ。何時までも若い姿でいるのは女の夢でもあるからな。永遠の命も古来から人類の夢でもある。

 それが丸ごと手に入るチャンスでも有るんだ。何せ美容整形手術やサイボーグ化をする者まで居る」

 

 美容目的かは知らんが亡国機業のスコール・ミューゼルはサイボーグ化しているんだったな。年齢は外見よりもはるか上みたいだし。

 

「寿命を延ばすのに、人間でも仙人と言う手もあるぞ?」

「仙人は長期の修行が有るから普通は年寄になっているらしい。私には意味が無い」

 

 確かに霍青娥は兎も角、あの豊聡耳神子や物部布都の様に尸解仙(体を捨て器に魂を移し、器を憑代に体を再構成した仙人)なら妖怪化と大差無い気がする。

 

「それに私が其処まで到達できるかどうか。修行の継続に加え死神との間柄も厄介そうだ」

 

 長く生き過ぎた人間には強制的な死神のお迎えが来る。死神を撃退すれば地獄からの使いにレベルアップだ。確かに厄介である。何故か妖怪化したらスルーされる為、いまいち死神や地獄の基準が理解できないが。

 

「随分調べているな」

「当たり前だ、本気で言っているんだぞ、私は」

 

 にやりと笑う。

 

「ところでお前は何故、直ぐにしない? 計画関連で外の世界で制約が付くからか?」

「それもある」

 

 俺の方について彼女が聞いてきた。姉達から聞いたのか、俺が妖怪化を考えている事を知っているらしい。

 

「やはり他にも理由はあったか。私も参考にしたい、言える理由か?」

「個人的な理由だ」

 

 余り言いたくはないな。だが、俺が黙ったからだろうか、マドカはじっと俺の目を覗き込んでいる。本気で人間を辞める気ならメリットもデメリットも知っておきたいと言うのは理解できる。

 

「……笑うなよ?」

「笑わん」

 

 数秒後、折れたのは俺だった。マドカも大きく頷く。

 

「身長をだな、もう少し伸ばしておきたい」

「はぁ?」

 

 素っ頓狂な声を上げる。

 

「それに今の年齢だとガキ扱いに若造扱いになる。それは仕方ないが少し後ならせめて少年扱いは」

 

 俺は真剣だと言うのにマドカは声を上げて笑い始めた。笑わないと言ったのに。

 

「悪い、悪い」

 

 軽く手を上げ、笑いを堪えながら彼女が謝る。

 

「私はもっと深刻だと」

「俺からすれば深刻だよ、特に身長」

「そういえば、ねえさんより低かったな」

「悪かったな」

「悪くは無い。少なくとも私よりは高い。それに幻想郷なら低い方では無かろう?」

「でもな、限界近くまで引っ張りたい」

「心配しなくとも成長期だ。2年有ればねえさんは超えるだろう」

「そうだ。だから今すぐ妖怪化したくないんだ」

「納得」

 

 マドカが麦茶を一口飲んだ。会話も止まる。

 

「一夏のISの才能についてはどう感じている?」

「奴本人は才能お化けだな。与えられた白式のスペックも周囲と全然違う」

「ほう? 才能か」

「俺は一般生徒の訓練を見ているからな」

 

 クラスメイトや同学年の生徒はISで歩くことすら補助が必要だった。空を飛ぶなど感覚からして違う。当然何度も落ちた。戦闘など出来る訳がない。だが、今は自由に歩き回り空も飛べる。流石、一万倍を超えただけ有り才能に溢れている。少なくとも俺よりは。

 だが、一夏は一切の訓練抜きでオルコットと言う代表候補生相手位に良い試合をした。俺も乱入することとなったクラス代表戦もだ。同じく代表候補生である鈴と無人機相手に戦っている。適性もBとIS学園では高く無い。全く、出鱈目なまでの才能である。

 

「だが本人は余り考える方ではない。コーチを気取っている周囲も自分に視線を向けようとしているだけだ。だからコーチ役も入れ代わり立ち代わり変わり、方針や最優先事項すらブレまくる。

 基本も未だに良くわかっていないが、ハイスペックな白式もあるからな、何とでもなる」

「そのコーチもどき、優しい割には随分歪だな」

「歪か、確かに」

「ねえさんには?」

「大分前に言った。それが原因で伸び悩んでいる事も、俺との差も広がるともな」

「それでどうした?」

「さあ? 自分で見ろと青衣が言い、同意していたが実際にどうしたかは知らん。

 一夏本人にも兎の前で全て言った。特に白式は罰ゲーム扱いとまで言われたな。後は本人次第、背を押す人間も事欠かないだろう」

 

 その者の望む方向性は一夏と違うかもしれないが。俺は其処まで言う気は無いし、育てさせてくれと言う気も無い。

 

「この夏休み次第、というところか?」

「そうだな。見かねた更識会長が発破を掛けたらしい」

「ほう。例の国家代表か」

「ああ」

 

 これで伸びて無ければ、一度本気でぼこぼこにしてやる。

 

「お前は随分優しいな」

「そうか?」

「そうだよ」

 

 助言はするが先は本人次第で丸投げしている。

 俺にそんな気は無い。だが、マドカは軽く笑っていた。

 

「時に、お前は同性愛者疑惑を持たれないのか?」

「は?」

「酔っぱらいの戯言だ。容姿抜群の女子高生だらけだが誰にも手を出さないし素振りも無い」

「そんな心算はない、そう公言している」

「真に受けるかな? おかしいだろ?」

 

 まあ、云われてみれば。そういえば、学年別トーナメントだったか、変な視線を向けた生徒がいたな。

 どうすればいい? 本気で解決策を探り始める。

 

「緑兵、簡単だよ」

「簡単?」

「ああ、家に女を待たせているとでも言えば良い」

 

 おいおい。

 

「嘘をつく気か? それも意味が無い嘘を」

「おやおや、私が居るだろう? 言い回しの違いだが嘘ではない。お前の得意技だと聞いているぞ。どうだ?」

 

 悪びれず彼女が言う。

 確かにな。

 

「何なら、私の名前を出しても良いぞ」

 

 酒が回る頭で考えているからか、或いは黙ったからか、マドカは声を掛けて来る。

 

「……『織斑』は不味い。でもいいアイディアだ。名前は出さないでおこう」

「ほう?」

「俺の調査位はしているだろうからな、ヒントを与える訳にはいかないとでも言う」

「なるほど。十分だ」

 

 マドカの答えに満足した俺はグラスに残った酒を飲み干す。

 

「助かる。俺では思い付かなかったな」

「どういたしまして」

 

 軽く目を瞑り、マドカは涼しげな顔で答える。その後は麦茶を飲み乾し立ち上がった。

 

「私は部屋に戻る。また朝な」

「そうだな、おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 

 そう言うと、彼女は俺の部屋を出て行った。

 

「おやすみ、か」

 

 青衣以外の者に暫く言わない事だったな。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、朝食を作りに起きた俺だが、殆ど同時に青衣とマドカが現れ共同で支度を始めた。問題はその後だ。マドカが口を開く。

 

「実は妖夢から伝言を預かっている」

「伝言? 妖夢先生から?」

「ああ、お前の剣の師だ。『次に来るときは白玉楼の階段を全て登って来る事。飛んだらやり直し』だとさ」

 

 固まる。白玉楼の階段は千段やそこらでは無いだろう。何度かやったがあれはきつい、心底きつい。

 

「青衣は特に言われていないな。飛んでも良いだろう」

 

 その言葉に青衣は露骨にほっとする。一方でマドカは笑いを堪え切れないらしい。

 

「さて、今日の『心綺楼』に間に合うかな?」

 

 この日、俺は冥界に居ながら地獄を見る。

 

 

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 緑兵が冥界で恨み節を呟きながら足を上げている頃、一夏は1028室のドアを叩いていた。インターフォンにも出ずノックにも反応が無い。携帯電話を鳴らすが、取る様子も無い。忘れて食事にでも行ったのだろうか、彼がそう思った時だった。

 

「ななみんなら、おうちに帰ったよ~」

 

 背後から声を掛けられ一夏は振り返る。其処にはいつもの通り、狐の着ぐるみを着た本音に私服姿の谷口と相川がいた。私服姿の二人は何故か少し不安げである。

 とはいえ目立ったのだろう。通行人である生徒達も疎らに見えたが。

 

「もう戻ったのか!?」

「あっちの仕事も積まれているだろうから、昨日のうちに把握だけでもしたいって言ってたよ」

「仕事?」

 

 驚く一夏に相川が付け加える。

 

「ななみんは働き者なのです」

「本音はさぼり過ぎよ」

「生徒会もさぼらなければ、七海君とは4月から会ってたみたいね」

「わ、わ、わ」

 

 何故か嬉しそうに本音は言うが二人に突っ込まれる。慌てて逃げようとする本音だが、二人が本音の両肩に自分の肩を入れ持ち上げた。

 

「捕獲完了」

「放して~」

 

 本音はじたばたもがくが本気ではないのだろう。谷口と相川は動かない。

 

「それで、織斑君はこんな朝からどうしたの?」

「あ、ああ」

 

 谷口の疑問に一夏が少し考える。織斑マドカの存在は千冬から聞かされた。その双子の妹は今、七海緑兵と七海青衣を育てた者と一緒に居るかもしれないのだ。特に二人が地元に戻っているなら一緒に居る可能性すらある。

 だが、一夏はマドカについても堅く口止めされている。だから彼はこう言った。

 

「七海達の知り合いの女の子について、ちょっと聞きたくてさ」

「「「え?」」」

 

 完全に予想を裏切る答えに3人は固まった。周囲の野次馬もだ。

 

「帰ってから聞くことにするか」

 

 彼は諦めて一言漏らすと、固まる皆を背に3つ隣の1025室へ戻って行った。更に数秒の静寂が訪れる。

 

「聞いた?」

「聞いた」

「聞いちゃった」

 

 本音も降り、谷口と相川と顔を見合わせる。他の者もだ。

 

「これは」

「面白い事に」

「なるかな~」

 

 にやり、そう3人の顔に好奇心を抑えきれない笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

 

 しばらく後、IS学園に姿を表した緑兵と青衣は頭を抱える事となる。一夏が知りたい女の子がマドカだと気付いた千冬もだ。マドカは戸籍すら無く、表社会では知り合いすらいない。

 だが、自業自得とはいえ一番の被害は一夏だろう。彼はIS学園の寮か自宅にしか戻れない。だから、噂を聞いた生徒達に加えて専用機持ち達から質問攻めにあうのであった。

 誤魔化すのは一苦労だったと言う。

 

 




最後まで読んで頂き、有難うございます。
今月中に間に合いました。多少、短めですが。でも、まだ忙しくなりそうです。

読み返していると、流れですが織斑姉妹がヒロイン枠で良い気がしました。書いたの自分ですがシャルロットを怖がっていますし。
さて、マドカは外見こそ千冬そっくりですが性格や好みはある意味で真逆でないかと思います。
サイレント・ゼフィルスはシールド・ビットにライフルが主武装ですが、白騎士も暮桜も剣1本。部屋もアニメで出たマドカの部屋はベッドと床には薬品の瓶が多数と散らかっていますが物が無いともいえます。瓶は薬でしょうから本来なら無い筈です。

後『魅せながら』はワザとです。


何かありましたら感想へお願いします。

-追加-
サブタイトル漏れの修正、誤字脱字修正、携帯電話等細々と修正、設定したモンドグロッソの時期修正(解釈でどうとも取れるので)
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