幻想のIS   作:ガラスサイコロ

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34_己の在処

 本来、冥界は『冥界と顕界の結界』より現世と遮られているが、以前に起きた異変により自由に出入りが出来るようになっている。

 当たり前だが冥界で過ごす者の殆どは死んだ存在だ。体が有ろうが死んでいる。時々通り過ぎる人間も空飛ぶ鳥も、その辺に居る動物も皆死んでいる。もう死んでいるので死へと向かう俺達と違いある意味でお気楽な者達だ。

 さて、白玉楼まで訪れるにはどうしたらよいか。説明するのは簡単である。麓から階段を上り山頂にある広大な日本屋敷を目指すイメージだ。山を一直線に切り開いた階段は幅が広く段数は数えれば気が遠くなる位多く、両脇の殆どは桜が覆い尽くし春には荘厳な景色を見ることが出来る。

 つまり、真面に歩けば疲れるし時間もかかるという事だ。

 その白玉楼に住む妖夢先生と模擬戦をした後、俺は改めて一番下の段から最上段まで登るように指示された。つまり2周目である。真夏なのにひんやりとして過ごしやすい冥界に居ながら汗だくになって石段を上りきると、門の所でふよふよ浮いていた丸い幽霊が2つに折られた紙を持ってきた。まあ、乗っけていたと言うのが正確かもしれんが、それを受け取る。

 

『博麗神社で青衣、マドカと待ち合わせています。二人は事前に向かっていますので気にしないで下さい。

 お昼の心綺楼公演に間に合うように、但し汗は流して着替えて来る事。間に合わなければ3週目の追加です』

 

 二枚目があるようだ。紙を捲る。

 

『はずれ』

 

 これである。師とはいえどうだ? これは? 子供も所業ではないか。

 ……少女だったな、実年齢が何であれ少女だった。ため息を一つする。

 ふよふよ浮いている手紙を持ってきた幽霊だが、細かく動いていた。笑っているのだろう。

 仕方なく俺は一度自宅へ戻る。手紙の通り、青衣もマドカも居ない。留守であった。俺は手早く風呂へ入って汗と流して着替えを済ますと、博麗神社を『窓』で確認する。普段は訪れる者が少ない博麗神社だが、今はごった返している。正直、此処から3人を探すのは面倒そうだ。現地に行った方が良いだろう。

 だから滅多に立ち寄る者のいない、まあ、元々居ないのだが『窓』を使い人けのない場所に飛んだ。

 俺の結界内では過ごしやすいようにある程度は温度を抑えているが此方は違う。幻想郷は冬になれば多量の雪が降る地域だ。外の世界を思えば避暑地と変わらないだろうが、それでも夏の日差しは刺さり、熱気に襲われた。

 俺からすれば久しぶりの博麗神社だが数ヶ月程度ではあまり変わっていない。目当ての3人は敷地内には居るだろうから探知を掛ける。青衣やマドカは兎も角、妖夢先生は2本の刀を所持しているのだ。今、そういう人物は少ない。まして外見なら小柄の少女だ。特徴的なのであっさり見つかったので歩みを進める。

 少し歩くだけで周囲に人や妖怪、妖精に神まで溢れていた。皆、秦こころの舞う『心綺楼』目当てなのだろう。巫女である霊夢のホクホク顔が目に浮かんだ。

 かの神社には『心綺楼』の為か、高い位置に舞台が整えられ紅白の布が飾り付けられていた。ある意味で霊夢の本気が見て取れた。

 

「よう」

「遅かったですね」

 

 木陰に居た青衣達に声を掛ける。此方を振り向いた青衣は何時もの和服、妖夢先生も何時もの姿だ。だが、マドカは違った。

 

「袴?」

「此方では普通だろ? 洋服が珍しい方だ」

 

 細かい部位の名称など知らないが下は青、上は薄い緑の女袴姿だった。朝の食事時は昨夜の寝間着だったしな。ふむ、なかなか似合っている。

 

「買ったのか?」

「私は着の身着のままでやって来たんだ。当然だ。それに服装ならお前も同じだろう?」

 

 マドカは既に与えられた仕事(ISを使った実験)を始めている。その分の報酬は貰っているだろうが、多分その前に買った。ある意味でマドカはスカウトしたようなものだしな。亡国機業(ファントムタスク)の情報提供もある。

 それにマドカの言う通り俺も袴姿である。色は紺、上は濃い灰色だ。そんな俺をマドカは繁々と見ている。というか、じろじろ見るな。

 

「それにしても普通だ。本当に七海緑兵か?」

「普通だよ、周りを見て見ろよ」

 

 その普通には幻想郷なら、という注釈が付くが。

 マドカは俺の言葉に周囲を見渡す。洋装の者もいるが多くは和装だ。だから目立たない、本来なら。但し、こいつは目立つ。青衣や妖夢先生もいるが美人さんだから。まあ、いいか。

 

「普通だ。私も、お前も」

「そう言う事だ」

 

 俺には、マドカの言葉が感慨深めに聞こえた。まあ、こういう機会は無かっただろうしな。

 マドカが俺と話しているからだろうか、妖夢先生は青衣と何やらずっと喋っている。先は俺相手に稽古だ。久しぶりに会ったからだろうか半霊も嬉しそうに飛び回っていた。

 

「どうだ、こころは中々の人気だろう?」

「みたいだな」

 

 マドカの言葉に改めて見渡す。集まった人妖の数が多い。中には見知った者もあちらこちらに居た。天界に住む天人まで居る。遠出する価値があるという事だろう。挨拶でもしておこうかと思ったが、アチラが軽く手で俺を制した。無用という事だろう。頷いておく。

 

「宗教戦争という名の人気取りは盛り上がったからな」

「ほう? どの程度?」

 

 マドカから細かく話を聞くと、本人所か妖夢先生も宗教戦争を良く観戦していたらしい。おそらく、周囲に居る野次馬たちもそうだろう。此処、博麗神社も宗教戦争の場所に一つであり、頻繁に訪れていた様だ

 

「賭けもあった。熱中もするさ」

「ちょっと待て」

 

 話を細かく聞く。この宗教戦争では河童が胴元になり大規模な賭けが行われた様だ。

 

「少し儲けさせて貰ったな」

「私もです」

 

 マドカに妖夢先生だ。二人とも勝ったらしい。

 

「ほどほどにしておけよ」

「安心しろ、節度は持つ。額も遊び程度に抑えている。賭け事など負けて当然、勝ちも運が良かっただけだ」

「ならいいか」

「ギャンブルに嵌った奴の末路は借金地獄、癖になり悲惨な目に合うのは御免だしな。借金まみれになった者の末路は外の世界に居た時、嫌という程目にしている」

「ならいい。寧ろ俺より詳しいんじゃないか? 先も予想つくだろう?」

「かもしれんな。此処は外の世界よりも厳しそうだ」

 

 幻想郷には自己破産なんてない。身ぐるみを剥がされ堕ちるだけ、人間として終わるのだ。その辺りは察すべし。それをマドカは理解しているらしい。

 

「そう言う緑兵は?」

「俺は賭けに弱い。滅多にやらないし、しても少額だ」

「何となくわかる。運試しは悪い方だろう?」

 

 黙る。マドカの指摘通り、俺は運頼みになると極端に弱くなる。だからといって玄人の様にイカサマをして、強引に勝ちをもぎ取る気も無い。

 そもそも多彩な人妖が溢れ、能力持ちが居るこの世界では下手にイカサマをすればあっさりばれてしまう。その後、吊し上げられた後に相応のケジメを取らされる。その辺は外の世界における一昔前のやくざよりも厳しいだろう。指詰め程度では済まされないという事だ。

 何故なら、誰かがやった途端に『何でも有り』に移行するからだ。だから簡単にはやれないし、させない。

 

「おや、私は心配しないんですか?」

「妖夢先生は其処までしないでしょう?」

「当然です!!」

 

 彼女が薄い胸を張る。俺が背を追い越してから少し経っているが、外見は何も変わっていない。青衣は苦笑いだ。

 

「お!!」

 

 何かに気が付いたらしいマドカが声を上げた。

 

「始まりそうだ」

 

 顔を上げる。舞台には長い桃色の髪色をした少女が現れた。多量の面を周囲に展開した彼女が秦こころ、妖怪の能楽師だろう。

 こうして『心綺楼』が始まった。

 

 

 

 

 

 大盛況の『心綺楼』を楽しんだ後、俺達は博麗神社の住居スペースに向かい秦こころ本人を紹介された。だが、こんな妙な奴は初めて見た。

 外見は俺と同世代か少し下、可愛らしい顔は常に無表情で冷たい印象を受ける。だが、そんな訳では無く彼女には表情が無いらしい。しかし、彼女は大量にある面と全身の動きで感情を表現するので不思議と解り易い。

 あちらも俺と青衣の事は皆から話を聞いていたらしい。特に青衣は同じ付喪神の為、向こうも興味があったようだ。人懐っこい性格なのだろうか、二人はすんなり話す事が出来た。互いに名前で呼んでいる。俺もそうだが。

 今、目の前で青衣が紫と橙のラインが入った狐の面を被り、こころも黒の斑模様が付いた面を被っている。にらめっこらしい、永遠に決着はつかない遊びだ。

 マドカの言う通り、こころは確かに面白い。無表情が嘘のように口調や動きがころころ変わり、コミカルだ。周りに人妖も集まるのも納得である。

 『心綺楼』を見物しに来ていたのは俺達だけではない。霊夢に何時もいるらしい魔理沙、文、聖、神子、マミゾウ、他にも居る。青衣、マドカも含めて輪を作っていた。女が集まれば姦しくなる。何となく俺は輪からはずれ、隅の方で茶を入れていると俺は思い当った。

 男の知人が少なくないか?

 

 

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「それで、僕の所に来た訳かい?」

「最初に霖之助さんが浮かんだもので」

「僕が真っ先に出る時点で大概だよ」

 

 青衣やマドカと離れ、俺は魔法の森近くにある香霖堂を訪れていた。移動方法は『扉』と空間転移である。数秒でたどり着くのだ。

 俺の話を聞いて読んでいた本から目を外し、軽く驚いている彼が森近霖之助だ。人間と妖怪のハーフであり香霖堂の店主である。

 この香霖堂の商品は何でも有りだ。人間が使う道具はおろか妖怪が使う道具、冥界の道具、挙句の果てには外の世界の道具まである。貴重な道具は非売品にする癖もあるが。

 また、彼は魔力を用いる道具を作る人物であり、外の世界の技術を幻想側の視点で観察する変人でもある。本人も自覚しているのだ

 俺が用意したIS学園饅頭(6個入り)を摘まみながら彼は茶を一口飲む。

 こういう便乗商品はメガフロート内の土産屋で売っているのだ。商人は何時の時代も逞しいらしい。俺がこれを土産に選んだ理由は包装にある。使用されている包装類は全て自然に返る材料を使用し、プラスチックやビニール類が一切含まれない。海に四方を囲まれ風が強いのが理由なのか環境面では五月蠅いらしい。

 博麗神社に居た面子には渡したので、持ち帰っているだろう。

 

「ところで仕事は良いのかい?」

「2・3日は休む方に力を入れろ、最低限の訓練以外は休めって」

「……休む方に力を入れるとは、随分な表現だね」

「正直、俺もそう思います」

 

 昨夜、酒を飲みながら確認した。休み中の仕事の割り振りは無し。

 俺の話を聞いた霖之助さんは苦笑いを浮かべる。

 

「働き過ぎだ、君は。余裕を持つべきだろう」

 

 まあ、確かに。頷いた。

 

「思えば君と青衣の存在が判明した時、驚いたものだよ」

「そんなにですか?」

「ああ、君が小さな頃だ。妖怪の賢者と九尾の妖狐が人間の子供を鍛え育てている。ちょっとした騒ぎだった。止めに男性の君とセットで現れたのはISの付喪神だ」

 

 妖怪の賢者とは紫姉さんの通り名である。幻想郷はおろか、他の世界でも通じてしまうあたりが恐ろしい。

 さて、今の俺がその状況を想像してみる。とはいえ俺は八雲なので有力な陣営である永遠亭や紅魔館で連想だ。確かに警戒をするだろう。その上、彼女が何を考えているのかは、身内の俺どころか藍姉さんですら読めない。そりゃあ、警戒する。その上、ISは外の世界から来た物なら脅威は知っているだろう。同時に男性である俺が操縦している事もだ。

 

「外の世界の秩序を変えた兵器、それが目の前に体を持ち現れている。驚いたよ」

「当時、青衣はISとしてならコアだけでしょう?」

「認識不足だね。それでも衝撃的だったよ。まして、外の世界に人物からISは女性しか起動しないという特徴も聞いていたが、操縦者である君は男」

 

 霖之助さんは道具について欠陥も含め全てを特徴と捉えるだろう。何故なら、彼は道具家だからだ。如何に道具作成に絶対的な腕を持っていようとも本業は外の世界の製品を売る風変わりな店の主なのだ。

 

「例の篠ノ之束との戦闘は、霊夢達から聞いている。

 僕は青衣がISアーマーを作り出す前から知っている。一部とはいえ監修もした。壊されたのは道具家としていただけないな」

 

 臨海学校への監視に参加できたのは女性だけだ。霖之助さんは見ていない。そんなのは分かり切っている。まあ、仮に彼が女性だったとしても性格から来たとは思えないが。

 

「改造案位は出ているだろう?」

「そうですね……」

 

 俺は青衣の改造案を話す。案だけなら多量に合った。とはいえ青衣の許容量と言うか、制約もあり開始しているのはスラスターの強化と追加装甲に新しい刀位だが。

 

「非売品だが面白いものが有る」

「面白いもの?」

 

 霖之助さんは希少なものが有ると直ぐに非売品にする。だから店には非売品だらけだ。彼には商売っ気が無く、古道具屋として成立しているか疑問だが。

 

「ああ、近い内に青衣に来るよう伝えてくれ」

「青衣が解析するんですか?」

「参考程度だろうが、彼女の特性を利用できるかもしれないな」

 

 珍しい。

 

「まあ、何だね」

 

 俺の顔に出ていたのだろう、彼は頭を掻く。自分でもらしくないと思っているのだろうか。

 

「僕も幻想郷の住人という事だ、協力するのはやぶさかではない」

 

 そういうと、彼はにやりと笑った。

 

 

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 ここは人間の里、塀に覆われた大規模な日本屋敷だ。多分、人里では一番大きな規模の平屋建てで贅沢に土地を使用している。

 

「貴方は暇なのですか?」

「正直、暇だな」

 

 紫の髪をおかっぱにした年下の少女が一人、和室から出てきて縁側に腰掛けている。彼女は稗田阿求と言う。幾度も転生を繰り返し『幻想郷縁起』という書物を生涯かけて書き上げている存在の9代目であり、記憶を引き継いでいる阿求は紫姉さんの知人である。というか、先代以前の記憶を持っている為に本人は初対面でも記憶は持っているので知り合いと言うややこしい存在だ。まあ、転生によって記憶の大半は忘れるらしいが。

 彼女は人間や妖怪の立場を理解した者だ。『幻想郷縁起』の編纂に八雲が関わっている為、俺も何度か出入りしたことが有る。というか、幻想郷における人間の知人1号が彼女だ。

 但し、妖怪側かつ男性の俺が人間の里の名家である稗田家を訪ねると言うのは外聞が余りよろしくない。使用人やらが沢山いる為、正直面倒な事も有る。故に何時もの通り、彼女の部屋の前にある縁側へ空間転移して中に声を掛けたのだ。障子を開けて出てきた彼女にIS学園饅頭(12個入り)を手渡しすると縁側に座った。

 

「珍しい……」

「そんなに珍しいか?」

「はい!!」

 

 俺はそんなに忙しそうにしているかね。つーか、何故そんなに嬉しそう?

 彼女は座っていた縁側から下に降りる。真下にサンダルが置いてあり上に着地したので砂はさほど付いていない。それを履く。

 

「暇なんですよね?」

「ああ」

「なら、インタビューを受けてください」

「はい?」

 

 言うや、彼女はどこから取り出したのか片手に手帳、もう片手にペンを持ち目を輝かせながらじりじり近づいてくる。病弱な面は一切見えない。

 あれか? 貸本屋である鈴奈庵の娘、本居小鈴と知り合ってからか? 妙に行動派になったのは。良く考えたらお転婆なのはその前からだな。元気なのは良い傾向だけどさ。

 

「取材です、取材」

「……俺に何を聞く気だ?」

 

 思わず後ずさる。警戒心からか、絞り出すように出た声は声は思ったよりも低かった。

 

「全てです。貴方が何をやっているのか、外の世界はどうなっているか、私も外の世界に居た記憶が有りますからね」

 

 阿求は満面の笑みを浮かべるが冗談ではない。正直、嫌だ。阿求は事実を書くが、解釈は本人の私見や思考で溢れているのだ。俺は『嘘ではないが真実でもない』差弁を使うがこいつは同じ事をペンで行う。何を書かれるか分かったものでは無い。

 

「紫姉さんに聞けば?」

「妖怪の賢者様が簡単に話すとでも?」

「外来人は?」

「既に多くの者から聞いています。

 聞けば聞くほど、書けば書くほど『幻想郷縁起』が充実するんですから協力しましょうか。貴方の項目も有りますよ」

「即刻削除だ!!」

「おやおや、妖怪の賢者様は大層喜んでました」

「何を考えているんだよ!!」

 

 阿求は満面の笑顔のまま、にじみ寄ってくる。

 

「さあ、全て話して貰いますよ」

 

 よし、逃げよう。

 少しずつ近寄ってくる彼女の目を見て、俺は逃走を選択した。

 

 

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 同じ人里にある喫茶店。此処には将棋やオセロ等のテーブルゲームが多数置いてあり利用できるのだ。最初は色々あったらしいが今は客数も安定し、評判を聞いた時より妖怪も訪れる。

 俺は人里に住む幾人かの知人を訪ねた後、この喫茶店で将棋を指していた。軍人将棋でもなく、天狗大将棋のような長時間かかるものでもない。外の世界でも普通に行われている本将棋だ。整備されたルールは事前と幻想郷へと入って着たのだ。

 対局相手は顔見知りである。偶々目が合ったら声を掛けられて始めただけだ。対局相手にも、頼んだ冷茶を持ってきた店主にも霖之助さんと同様、相談をした。周囲に声が届かい様に相応の結界は張ったが、この二人は信頼できるのだ。

 

「君はもう近所の子供同士で集まり遊ぶ年齢でもない。外の世界なら学校、幻想郷なら寺子屋だけど七海君はどちらも行ってなかっただろう?」

「ええ」

 

 人間の里で喫茶店を経営者する店主であり、新たに定住することを決めた外来人の世話役でその組織の代表でもある店主が言う。彼自身も外来人であるので当然外の世界に詳しい。

 そういえば、俺の外の世界で中学校も通っていない、というか死んでました。だから最終学歴は小学校中退になる。ある意味、最底辺ですな。まあ、此方は関係ないか。

 

「社会人なら同僚だが立場もある。同期以外は先輩後輩がどうしても絡んでくる」

「体験済みですか」

「……ああ」

 

 一瞬、彼は遠い目をした。外の世界に居た頃は様々な事があったのは俺も聞いている。まあ、今は幻想郷で喫茶店の店主だが。

 

「君の場合は学生や子供と言うより仕事を持っている大人に近い。だから合う機会は更に減る。

 熱中する趣味が有り、出向くならまた話が誓ってくるけど、どうだい?」

「そこまでやる趣味、俺にはないですね」

「なら誰かと……」

 

 俺は簡単な否定をする。事実である。一度、彼が何かを考えたのか止まり、次いで口角が笑みの形に歪んだ、

 

「時に、あのマドカさんとはどうなんだ?」

「はい?」

 

 マドカ? 何であいつが出て来るんだ?

 

「嫌な男の家で住まないだろ?」

「どうでしょうかね? というか、知っているんですね」

「此処に尋ねに来たからな」

 

 意味が解らない俺をみて、彼は苦笑をしている。

 

「彼女は美人になる。姉そっくりだ」

「それは確実ですね」

 

 彼が織斑千冬の顔を知っていても不思議はない。何せ日本の元国家代表で初代ブリュンヒルデ、世界的な人物だからな。

 

「だからこの店に来た時も若者が彼女に声を掛けた。店に入ったことが無い、ガラの悪い連中だ。

 彼女は即座に君の名前を出したよ」

 

 にやりと店主が口角を歪める。

 

「最低でも君を倒す実力が有ってから声を掛けろと。丁度、そのタイミングで妖怪の賢者様まで出てきた。従者の藍様を連れてね」

 

 おいおい。

 

「声を掛けた馬鹿共は?」

「青くなって一目散に逃げたよ。七海の関係者なら八雲の関係者に成りかねない上に、当の本人達が登場と来た」

「でしょうねぇ」

 

 マドカらしくない、とも思ったが良く考えたら彼女の事は良く知らない。

 

「俺の名前を出したのは紫姉さんの入れ知恵ですか?」

「そうらしいね」

 

 想像したら随分愉快な絵になった。ナンパに命を掛ける馬鹿はそういない。マドカに絡むなら本当に俺が出ても良い。

 俺も結界の管理を手伝っているのだ。人里でも八雲の関係者で妖怪陣営であることも含めて知られている。だから勘違いした馬鹿共が挑んできたこともあった。里の外れ、本当に数万の人間が住む場所で真反対の場所まで飛ばしたが。そいつは二度と来ない。まあ、家に帰れたかも不明だが。

 因みに人里に住む妖怪退治の実力者は何も言って来ない。彼らも結界の重要性を知っているからだ。

 

「唯でさえ、君は留守がちなんだ」

「今は外の世界を中心に動いていますからね」

「いずれにしても取られないように」

 

 店主は俺の肩を軽く叩いた後、満足気な顔をして店の奥、調理場へ戻っていく。

 取られる、ねえ。俺とマドカはそんな関係ではないのだが。マドカの意思を抜きにして手籠めにする気も無いし、紫姉さんや藍姉さんも許さないだろう。マドカ自身がどう考えているか解らない。俺の家に住んでいるのだから彼女に対して家主に近い立場でもある。マドカの件は弱みに付け込む真似をしたくもない。

 そういえば、何故昨夜は同棲話を出したのだ? その理由は……いや、無いな。店主の言葉でまさかとは思ったが、普通に考えて有り得ない。マドカと一緒に過ごした時間は外の世界で起きた襲撃後の事情聴取と昨日、今日の朝だ。余りに短すぎる。互いに良く知らないのだ。

 俺は阿呆な考えを振り払う為に軽く頭を振った。

 

「楽しめる趣味が無いと、定年退職したサラリーマンの様になりますよ」

 

 今まで黙って話を聞いていた対戦相手が口を開く。マドカの事辺りからぴくぴく反応していたのだ。話に交じって来るのは良いが、何故幻想郷で生まれ育った白狼天狗である犬走椛が、定年退職にサラリーマンと言った外の世界の言葉を知っているのだ?

 

「以前、言われたことがあるもので」

「そうですか」

「失礼ですよね?」

 

 椛がにっこりと笑う。何も言えない。頬を膨らませようと尻尾を立てようと何も言えねえ。

 

「……今は違うでしょう?」

 

 考え、絞り出した答えがこれだ。

 

「ええ、ですが間は何ですか!?」

 

 納得してしまったから。

 元々、彼女は仕事人間だ。妖怪だけど。彼女は趣味が高じ人間の里に出入りすることとなったが、以前は『千里先まで見通す程度の能力』を持つ厄介な哨戒天狗でしかなかった。天狗としては若輩で外見は俺よりも若いが実年齢は違う。それなりに月日を重ねている。

 

「先の話、女性としても気に入らない点が有ります。私も織斑マドカさんに何度か会いました!!」

「……はあ」

 

 気の無い返事を返す。それが益々怒りを誘発させたのか、青筋を立てたままにっこり笑い、銀将を動かす。

 

「此処から先は加減抜き、王手です」

 

 彼女は一層深い満面の笑みを浮かべている。魅力的な顔だが纏う雰囲気は変に怖い。現に尻尾がピンッと立っている。ああ、切れたか。ある意味解り易いとも言える。でも何で?

 というか今まで手加減をしていたのか? 一方的な防戦なんだけど。

 

「このままだと詰みですよ? 予想なら7手先です」

「何ですと!?」

 

 にやりと、楽しげに悪い顔で一手を打つ。

 椛は俺が渡したIS学園饅頭(12個入り)から一つを口の中に入れた後、両肘をつくとにこやかな笑みを浮かべた。饅頭の味か、別の意味なのかは俺は知らない。でも何か含みがある笑みだった。

 俺は椛が指した銀将を取る。

 

「読んでますよ、王手です。

 男女の違いはあると思いますが、性別問わず親友間がわかる者を訪ねるのも良いかもしれませんねぇ。違いも少しは理解するでしょうし」

 

 即座に返される厳しい手と言葉が返る。

 

「ちなみににとりは仕事で外出中、お空と共に実験中らしいです。

 玄武の沢に行っても無駄ですよ。はい、王手」

 

 確かに椛はにとりとの対局優先である。昔からの親友同士らしいしな。霊烏路空(お空)も仕事中か。後で地霊殿でも行くか。火焔猫燐(お燐)が居ればいいんだが。

 俺は盤上にある玉将を逃がす。

 

「攻めに守り、筋は良いんですが詰めが甘いです。詰み将棋をやるといいかもしれませんね」

「詰み将棋?」

「ええ、あいえすでしたっけ? 似た様なことは言えるでしょう?」

「……まぁ、確かに」

「でしょう? 王手」

 

 俺が駒を動かすと同時に彼女の駒も動く。だめだ、完全に読まれている。

 俺は言葉通り7手後に詰まれる事となる。

 

 

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 俺は親友コンビを求め紅魔館を訪れた。正確に言うと門の前だ。其処に空間転移する。

 だが、門番である紅美鈴は立っていなかった。基本的に紅魔館へ入るには彼女に用件を言い、許可をもらうのだ。先ほど『心綺楼』で見かけたから休みをもらっているのかもしれない。

 とりあえず無人の門に近づくと、銀髪を三つ編みに括りサイドに垂らしたメイドが突然現れた。青いメイド服に着けているエプロンは白、相変わらずだ。

 この女が『時間を操る程度の能力』を持つ十六夜咲夜、時間と空間の優劣性からある意味で俺の天敵であり、能力持ちとしては良いパートナーと成る女でもある。滅多に組まない、というかそんな事態に早々ならないが。

 

「お嬢様は外出中、此処にはおりませんわ

 パチュリー様も研究に没頭、面会謝絶です」

「俺が来た用件は?」

「お嬢様ならお見通しです」

 

 きりっとしている癖にどこか不思議な天然女がシリアスだ。ならば今は何を言っても無駄だろう。つーかさぁ、面会謝絶って喘息持ちのパチュリーを皮肉ったのか? それに目当てのレミリアも居ないと来た。というか咲夜を連れないで何処に行ったのだろうか。ひょっとして美鈴と一緒に居たのか?

 

「貴方にお嬢様から伝言を預かっています」

「俺に?」

「ええ、お嬢様は『好き勝手に動けばいい』と仰られていました」

 

 レミリアは『運命を操る程度の能力』を持つ。普段は何を考えているのか使う素振りは無いが、彼女がそう言うのなら従うべきだろう。現に俺が訪れることを知っている。

 

「では、私はこれで」

「ちょい待ち」

 

 時間を止めて去ろうとした咲夜を呼び止める。

 

「……何か?」

 

 咲夜は今まで居た位置と少しずれた場所に立っている。やはり時間を止めて去ろうとしたのだ。俺はそれを読み空間に干渉し隔離した。故に時間を幾ら止めようとも一定の場所から動けなくなる。俺達は互いに先手必勝なのだ。

 

「ほい、土産」

 

 能力を解除した後、『倉』を開きIS学園饅頭(36個入り)を手渡す。妖精メイドを除いても紅魔館は人数が多いので増量だ。

 

「ありがとう」

 

 咲夜はにっこり笑うと消えた。戻ったのだろう。

 

「さて、適当に行きますか、まずは……」

 

 こうして俺は紅の洋館を後にした。

 

 

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 目の前には巨大な洋館が佇んでいた。紅魔館ではない。単に洋館繋がりで此処に空間転移した。

 ここは今は旧都と名を変えた旧地獄、その中心部にある地霊殿だ。お燐を訪ねたのだが、良く考えるとどうしたものか。

 基本的に動物と自身のペット以外は寄せ付けない古明地さとりがいる。彼女は『心を読む程度の能力』を持つ覚(さとり)妖怪だ。彼女の前に隠し事などできやしない。お燐やお空を訪ねた理由も丸わかりだろう。その能力故に忌み嫌われた彼女に友人だの親友だのが読まれるのは酷だ。しかし、出会う確率は大だ。それに地霊殿の主である彼女に挨拶をしないわけにはいかない。

 空間を探ると幸いさとりは最奥に居るらしい。まだ気が付いていないだろう。まあ、今ので気が付いた可能性はあるが。というか、ネコミミ……お燐も良そうにないな。猫の形態になっているなら他と紛れて探知できないだろうし。

 

「……帰るか」

 

 だが、玄関は内側から開かれる。現れたのは大型犬だ。器用にも犬が立ち上がり、前足で扉を開いた。犬の後ろには猫やら鳥やら動物園状態になっている。彼らは俺が訪れたことに気が付きやってきた地霊殿に住んでいるペットだろう。当然、全てが妖怪化している。ハシビロコウなんて、どうやって連れて来たやら。

 俺は『倉』からIS学園饅頭(36個入り)と取り出すと、地霊殿の玄関先にある戸棚の上へ空間転移させる。何匹かの視線が其方に移動した。

 

「中に土産物を置いたから、ご主人に伝えてくれ」

 

 目の前に居る犬が同意する様に吠え、後ろに居たカラスは飛んで行った。多分、奥に居るさとりに知らせる為だろう。

 

「ああ、動物が良いな」

 

 安直に、俺は次を思いついた。

 

 

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 今度は迷いの森にある永遠亭……の近くで俺は兎を撫でていた。白くてもふもふ、妖怪兎は喋るのだがこいつらは妙に人懐っこい。俺に撫でられている兎は心地よさそうにごろごろと転がっていた。うん、可愛らしい。癒される。

 

「何をしているの?」

 

 背後から声を掛けてきたのは外の世界の学生服に似た半袖のシャツとスカート姿の着たウサミミ、鈴仙・優曇華院・イナバだ。手を止めて、其方を見る。

 当然、見た目通りの年齢の存在ではない。高飛車で時々周囲を見下し、その度に酷い目に合う月の兎だ。但し、今は亡命中で永遠亭の薬師である八意永琳の弟子だ。

 

「和みに来た」

「本当に? あんたが思惑無しで近づくわけないわ!!」

 

 端的に答えるが鈴仙は納得していないらしい。鼻息を荒く、軽く腕を組んでいる。真っ赤な目がいつもよりも赤く見えた。そう来ますかね。俺はそんなに信用ないだろうか。

 

「確かに思惑は有るな。だから来た」

「そうでしょう? ほら、さっさと言う!!」

 

 俺に向けびしっと人差し指を突き付ける。

 

「いいや、もう終わった」

「へ?」

 

 彼女の顔が少しふにゃっと緩み、指からは少し力が抜けた。うん、鈴仙はこうじゃないと。

 

「もう永遠亭にあるものを置いてきた」

 

 俺の言葉を聞いた鈴仙は焦りの表情を見せると、此方の話も聞かず背後にある永遠亭に向けて走り出した。

 おお!! 流石兎の妖獣、足が速い。正に脱兎だ。人間じゃあ追いつけないな。

 単にIS学園饅頭(36個入り)を、永遠亭の薬師である八意永琳に渡しただけなんだがね。とはいえ彼女は薬作りに診療と忙しい身だ。訪れた時にたまたま出てこなければ合わなかっただろうが。

 そうそう、マドカは健康体らしい。薬の影響も無いし、将来マドカが出産したとしても子供への影響が無いそうだ。この辺は診療室に引き摺り込まれ話を聞いた。

 

『目的だけ果たし副作用はない。このナノマシンと薬を考案し造り出した者達は趣味はともかく技術は確かなようね。

 細かい事は紫に話してあるから聞いて頂戴』

 

 趣味は兎も角、彼女からマドカの体に影響がないなら俺は満足だ。

 因みに、臨海学校には彼女どころか蓬莱山輝夜、目の前に居た鈴仙も見物に来ていたそうだ。輝夜は篠ノ之神社に奉られる神を相手にしたらしい。傍らで永琳は見ていただけらしいが例の神様には合掌ものである。相手が悪すぎた。

 そんな事を思い出していると少し遠くで引き戸が乱暴に開かれる音がした。多分、鈴仙が永遠亭の扉を開けたのだろう。ここまで音が届くとは、中は大変だ。ひょっとしたら壊れたか?

 多分、永琳に怒られることになるだろう。まあ、どうでも良いか。

 

「お前らも大変だな。上司だろう?」

 

 足元に纏わりつく妖怪兎達を見ながら言うと、皆、一斉に頷いた。

 

「お疲れ~」

「がんばれ~」

「そちらもな」

 

 さて、次はどうするか。

 動物ときて兎、なら魚か? そう言えば昼飯を抜いてしまったな。まあ、そんなに腹も空いているわけではない。先の喫茶店で間食もした。今、食事をしたら夕食が入らないだろう。まあいいか。次は魚だ。

 

「あ」

 

 俺は以前に持った疑問を思い出した。

 

 

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「暇なのですか?」

 

 少女は湖面から上半身だけ出し浮いていた。下半身は水に浸かっているが、暑いからとかそういう理由ではない。緑色の和装に包んだ上半身は人間に近いが下半身は魚だ。青い癖のあるショートの髪を持ち、人間の耳に当たる部分には鰭が付いた淡水に住む人魚だ。彼女の名はわかさぎ姫、名字は知らん。

 わかさぎ姫はこの霧の湖に住んでいる。だから適当にぶらついていたら会う可能性がある。とはいえ正直、会えるとは思わなかったがタイミングが良かったのだろう、傍らに別の彼女が居たので簡単に居場所が判明した。

 俺と同じく陸でしゃがみ、傍らで呆れた顔をしているのは今泉影狼という派手なドレスを着た長い黒髪の女だ。先程まで居た迷いの竹林に住んでいる狼女で、わかさぎ姫と友人関係にある。偶々訪ねていたらしい。彼女と一緒に居るのを見かけたから気付いた。流石にわかさぎ姫が水中に居たら諦めていただろう。

 

「なあ、人魚って海水で生きられるの?」

「ん~、私は入ったことが無いのでわかりません。塩を含んだ水ですよね?」

「ああ」

 

 ある意味、どうでも良い事でもある。

 俺の質問の意図がわからないのか、わかさぎ姫は小首を傾げていた。

 

「入ってみる? 海水なら手持ちにあるけど」

 

 俺は篠ノ之束との戦闘で大量の海水を手に入れている。『倉』に放置して忘れていただけだが。

 

「ん~」

 

 わかさぎ姫が何秒か考える。

 

「止めておきます。塩水に浸かるなど御免ですから」

「そうか、良い味付けになるかと思ったんだが」

「ひゃっ!!」

 

 断わったわかさぎ姫は泡食って逃げようとするが、遅い。既に『空間を操る程度の能力』で弄っているから幾ら泳ごうとも俺から離れることはできない。だから、背を向けた彼女がばしゃばしゃ水を掻き分けても、俺からはその場でわたわたしているようにしか見えない。

 

「冗談冗談」

 

 言うと、ようやくわかさぎ姫が止まる。俺も自身の能力を解除した。

 

「冗談ですよね?」

「うん」

「本当に暇なのね、能力の無駄遣いだわ」

 

 顔だけ水面から出し、おずおずと此方を向くわかさぎ姫とやれやれと言った感じの影狼だ。俺は『倉』を展開するとIS学園饅頭(6個入り)をその影狼に渡す。二人だけなのだ。これで十分。

 

「唯の饅頭だ。水の中に入れるとふやけるから二人で食べてくれ。なんなら影狼が持って帰ってもかまわない」

「それはいいけどさぁ……」

「はい?」

 

 呆れた顔をした影狼が俺の方を向く。

 

「アンタ本当に何しに来たの? わかさぎ姫をからかっただけじゃない」

「暇つぶしと土産を渡しに」

 

 俺からの土産を受け取りながら影狼が聞いてくる。返すが本当、我ながらやることが無い。

 

「暇ならその鬱陶しい髪でも切ってきたらどう? 伸ばしているんじゃなくて、単に面倒なだけでしょう?」

「有りだな」

 

 数ヶ月の放置により大分髪が伸びている。乾きも悪いし夏場は暑苦しい。毎日髪を洗っているが、それでもこれ以上伸びると手入れをしないと臭うだろう。

 青衣は良く手入れをしているが、俺は面倒だと思う。

 そういえば影狼はどうだ? さらさらだが。

 

「何よ」

「青衣もそうだが、長い髪は手入れ必須なのか?」

「当然!!」

 

 どうも地雷を踏んだらしい。影狼による講義が始まった。毛の手入れから始まり挙句の果てには満月は毛が伸びて困るとか、月なんて嫌いだの、狼女としてそれでいいのかよくわからない長話を右から左へ流す。とはいえ長い髪は面倒そうだ。さっさと切るか。

 

 

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 我が家は無人であった。まだ、青衣とマドカは出かけているらしい。今日は紫姉さん達を含んだ来客は無い。だから夕飯は3人分で十分だろう。腹も空いているし晩飯は早い方が有りがたい。

 さて、何を作るか。おかずは青衣達に相談だが米だけでも準備する事にする。荷物を部屋に帆織り込んだ後に支度を始めた。

 作業を始め、後はかまどに火を入れれば飯が炊ける。外の世界での調理に慣れたせいか、かまどを使うのに一瞬手間取ってしまった。

 

「ただいま~」

「た、ただいま……」

 

 丁度そこまで終わった所で二人が帰ってきた。戸惑った声色を出したのはマドカだ。足音から居間に向かっている。

 

「おかえり」

 

 靴は玄関にあるから俺が帰っている事は解るだろう。台所から居間に行き二人に答える。丁度、昨晩俺と青衣がマドカに声を掛けられたのと同じ状態だ。青衣は卓の上に風呂敷で包まれたものを置いていた。

 

「緑兵、夕ご飯の支度をしていたんですか?」

「ご飯だけの準備だけだ。かまどに火を入れれば終わり。とりあえず、お前らは手洗いとうがいだな」

「そうですね。おかずは私が作りますよ」

「頼む」

 

 二人が洗面所へ向かった。その間に俺は卓の周囲に置いてある座布団に座る。戻ってきた二人も適当に座る。

 

「何か買ってきたのか?」

「皮付きの鶏のもも肉、お魚を何匹か、野菜も適当に買ってきました」

 

 青衣が卓の上にある風呂敷を解く。中身は彼女が言った通り。

 

「何を作るんだ?」

「魚は焼こうかと思っていますが、鶏は安かったので買ってきました。どうしましょうか?」

「マドカはどう食いたい?」

「任せる。寧ろどう食べるか知りたいな、青衣の手料理は初だ」

 

 ふむ、ならどうするか。

 

「昨日の油は鍋ごと『倉』に放り込んだ。熱いままだし、唐揚は?」

「却下」

「揚げ物の連続は駄目です」

 

 俺の意見は女性二人に即座に却下された。そうか、カロリーか。そういえばIS学園でも男性である一夏以外は皆、気にする素振りがあったな。

 

「適当に野菜と炒めるか? 味付けも晩飯まで時間が有るから大分染みるだろ?」

「うーん、そうしましょう」

「後は鶏油でも出すか? 皮が有るんだよな」

「私がやりますよ」

 

 弱火でじっくり皮を炒めて油を抽出する。油は調味料に、パリパリになった皮は美味しい食材となるのだ。

 

「手伝うぞ」

「いいえ、大丈夫です」

 

 青衣は食材を手に立ち上がる。

 

「ではでは、ごゆっくり」

 

 彼女は台所へ消えて行った。つまり、居間にマドカと二人で残される。向こうも無言。

 さて、何を話したらよいものか。良く考えたらマドカと二人きりは……昨晩あったな。

 

「そう言えば、サイレント・ゼフィルスだが」

「どうした?」

「ビットの予備はあるのか? 再戦するなら俺はビットを真っ先に潰すんだが」

 

 サイレント・ゼフィルスのデータは見せて貰っている。あれはブルー・ティアーズの発展型、だから対処方法も基本的には同じになる。

 マドカは軽くため息を付いた。

 

「……無い。試合は延期だな、仕事に支障が出るかもしれん」

「うん、仕事は大事だ。とはいえどうしたものか」

「イギリスから買う訳にもいかんだろう?」

「そうだな」

 

 サイレント・ゼフィルスは盗難品である。まあ、マドカの事を表に出せば所有権は俺に移るだろうが、どちらにしても厳しい。さて、どうしてものか。

 二人して言葉が止まる。

 

「解析して、私がコピーを作りましょうか?」

 

 台所に繋がる通路から青衣がひょっこりと顔を出す。

 

「お前、飯を作るんじゃ」

「まぁまぁ」

 

 その場に立ったまま、ぱたぱたと彼女が手を軽く振る。気にするなと言うのだろう。

 つーか青衣は最初から台所に入らず、此方を伺っていた。まあいいか。

 

「私がサイレント・ゼフィルスを解析してビットのコピーを作りましょうか? 多分出来ますよ」

 

 そう言えばサイレント・ゼフィルスの解析をして無かったな。

 

「青衣、スラスターの改造中だろ?」

「ええ。平行作業になると少し遅れますが、それでも数日中に終わります。

 装甲の浮かしも数日で出来ますし、追加装甲は案が固まっていませんからね」

 

 刀は後回しにしている。ブレードに他の武器もあるからだ。兎相手にどこまで通じるか疑問もある。

 

「サイレント・ゼフィルスの解析、マドカは構わないのか?」

「私は構わない」

 

 動かしている彼女に聞くと首を縦に振った。

 

「それにビットの予備が出来れば私もやり易い。寧ろお前達が主体の行動だ、今まで思いつかなかったのが不思議だ」

「そうですね。完全に盲点でした」

「擦り合わせる機会も無く忙しかったからな。仕方ないか」

「そうですね」

 

 マドカが軽く肩をすくめ、青衣も頷く。で、マドカが何かを思い出したらしい。

 

「という事は、サイレント・ゼフィルスに追加装甲を施したのも知らないか?」

「追加装甲?」

「ああ、胸から腰回り、背面に装甲を追加した。昔、青衣が作り外の倉庫に置いてあったものを改造した」

「聞いてないな、青衣は?」

「聞いてないです」

 

 青衣が首を左右に振る。

 

「別に古い装甲を使ったのは良いが、何でそんな事を? 重くなるだろう?」

「……万一、私が篠ノ之束相手にしたならどうなる? シールドも絶対防御もお前同様通じないだろう? 装甲が有れば一撃目はなんとかなる。そう言う事だ」

「確かにそうだな」

 

 でも、それだけではない気がする。

 青衣と共にマドカをじっと見ると、間もなく彼女は観念したらしい。小さく嘆息した。

 

「露出狂」

「は?」

「痴女、裸より際どい、水着より露出が多い。この姿で女の子を試合させるって外の世界は何を考えているの?

 そう言われた。亜空間に見に来た霊夢に魔理沙なんて顔が真っ赤になった」

 

 俺を見るマドカの顔が少し赤い。指摘されるまで想定外だったのだろう。

 俺はマドカがサイレント・ゼフィルスを使用した場面を思い出す。ああ、うん、納得。アレは目のやり場に困る。だって、脇から腰に掛けて素肌を晒し胸から股間に掛けて布一枚である。後ろはスラスターが有るからな。

 IS学園生徒のISスーツは水着で済むが何故、亡国機業(ファントムタスク)のものは……って組織の支給品なのか? 他の構成員を知らないし。

 

「おい、何を思い出している!?」

 

 お前がサイレント・ゼフィルスを纏ったところだよ。

 

「たしかに痴女だよな、あれ」

 

 益々、マドカの顔が紅潮する。

 

「忘れろ!! それに私は痴女でも露出狂でもない!!」

「知ってる。落ち着け。疑問に思うのは亡国機業(ファントムタスク)とイギリスの趣味だ」

 

 いいや、他のISも似た様なものか。露出は激しいし胴体を守る装甲が無いも同然である。まったく、全身装甲の白騎士からどうしてこうなったやら。

 

「そ、そうか……くれぐれも言っておくが私の趣味ではないぞ」

「ああ」

「それにどうせ、お前には見られているしな」

 

 顔が赤いまま、ぷいっと横を向く。

 

「見たな、思いっ切り」

「思い出すな!! 忘れろ!!」

「無理、綺麗だったぞ」

 

 マドカは俺を見て悲鳴に近い声を上げるが、もう思い出してしまった。彼女は畳の上で悶え、左右に転がっている。

 可愛いな、おい。

 

「私はご飯、作ってきます」

 

 そんなマドカを見て、青衣が言う。

 

「私も作る!!」

「はいはい」

 

 マドカは勢い良く立ち上がると青衣の横を抜け、逃げるように台所に向かって行った。

 

「緑兵はお風呂を洗っておいて下さい」

「おう」

 

 当の青衣はいつも通り楽しそうにしていた。

 

 

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 卓を囲み、晩飯を食べながら皆で話す。

 

「そう言えば、あの打鉄は何をしている? 一月あったからもう治っただろ?」

「私が時々乗っている。主流は第二世代機だからな」

「サイレント・ゼフィルスがありますよね、何故です?」

 

 おれがマドカに質問すると鶏を食しながら彼女が答えた。青衣が再度彼女に質問する。

 

「篠ノ之束は兎も角、万が一、外の世界の誰か幻想郷に攻めるなら第二世代機主体になる。外の世界が知らない以上、攻め込まれる幻想郷ではないが、データのバリエーションも多い方が良いだろう?」

「確かにな」

 

 彼女の言う事は最もだ。可能性は低いが、害意有る外の世界の者が近代兵器を持ち攻め込んだ場合はそうなるだろう。

 

「シールドエネルギーも魔力から変換されているから問題ない。

 打鉄が消費する実弾の補給はままならんが、それは仕方ないだろう」

「表だって売っている物でもないからな、費用も馬鹿にならん」

「ふぉれも……作りましょうか?」

 

 青衣が静かだと思ったら頬張っていたらしい。もぐもぐと嚥下した後に言い出した。

 

「構造は単純ですから片手間でも良いです。十分なご飯と睡眠が有れば作れますよ」

「……外の世界のものづくりを見て、時々感じていたんだ」

「何がだ?」

 

 あっけらかんと言う。そんな彼女を見て思う。同意を求めてマドカの方を向いた。

 

「青衣って飯と寝る時間を与えれば大抵のものは作るんだぞ? インチキだよな」

 

 時々、そんな気はしていたが今日、改めて思った事だ。

 俺の言葉にマドカは少し考え、小さく頷いた。

 

「確かに他のISも青衣と同様なら手に負えん。IS関連企業も壊滅だろうな」

「経済までダメージかよ」

「ああ、ある意味で正規ナンバーのISを凌駕している。正に非常識側だ。他のISの装備まで作れると知ったらどうなることやら」

「……黙っておこう。IS学園にもだ」

 

 知れば益々、外の世界の国家や企業が青衣の情報を取ろうとするだろう。

 

「褒められているのか、よくわかりませんね」

「納得しただけだよ」

「ああ」

 

 天災の娘に納得だ。

 

「青衣で思ったんだが、サイレント・ゼフィルスと打鉄は?」

「コアの事か? それなら紫さんが面談済みだ」

 

 ほう、コアの中身、ある意味でIS本体とは話したか。

 

「したのか、それで?」

「二人とも絶対命令には逆らえないらしい。何かあったら迷惑が掛かると向こうから妖怪化は辞退した。今はな」

「今は?」

「ISの外に行くこと自体は興味があるらしい」

「ほう」

 

 とはいえ青衣2号と3号はならず。残念、と思った方が良いのか。

 

「篠ノ之束、能力なら青衣の上位互換に近いだろう? もっと凄まじいんだよな?」

「……らしいな。変人で助かった、と思うべきだろうか。

 今は無人機も有る。本気なら外の世界を武力制圧することも容易いはずだ。ISをばら撒くなど面倒な手段を取らずにな」

「全くだ」

 

 乾いた笑いしか出てこない。

 俺はこの食事で篠ノ之束と青衣の出鱈目ぶりを改めて認識した。

 

「ああ、そうだ、青衣」

「どうしました?」

 

 青衣が俺の方を向く。

 

「近いうちに髪を切ってくれない?」

 

 

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「あら、髪を切ったのね」

 

 その夜、紫姉さんが俺の部屋に来た。青衣もマドカも自分の部屋に戻っている。素面なので麦茶を縁側で飲み、後は寝るだけだったのだが背後に現れたのだ。

 俺は髪をもっと短くしたかったのだが二人に反対された。青衣曰く、短くしすぎると似合わないらしい。故に中途半端である。

 

「能力の展開速度も上がっているわね、隠密性も」

「そう?」

「ええ、基礎を続けている証拠ね。何よりもそこから動かなかったのは正解よ」

「で、何故にこんな事を」

 

 俺の周囲はスキマで覆われている。完全包囲という奴だ。

 紫姉さんの言う通り俺は能力を使用している。この家が有る敷地内の空間を『空間を操る程度の能力』で抑え込んでいた。青衣やマドカに何かあっても安全な場所に飛ばすことが可能だ。まあ、何処までが安全なのか測りかねるが。隠密性も上がっていなければ、霊力を覚えたてのマドカは兎も角、青衣は飛び起きて来るだろう。それは良くなさそうだ。

 とはいえ俺の霊力と紫姉さんの妖力では差が有り過ぎる。故に力技で俺の能力を破ることは可能だろう。とはいえ、紫姉さんは他に術や結界が使用していない。だから逃げることは可能だ。一矢、報いることも。

 

「篠ノ之束の魂が外の世界の是非曲直庁に来たら、幻想郷側に引き渡されることが正式に決まったわ」

「へえ」

 

 臨海学校から僅か一月、外の世界の是非曲直庁も事態を重く見たか。俺は立ち上がると紫姉さんの方を向く。彼女は口元を笑みの形に歪めていたが目には欠片も遊びは無い。

 

「貴方、殺すことが出来る?」

「必要なら」

「そう、なら良いわ」

 

 俺は人妖問わず、斬ったことが有る。能力で潰した事もだ。何せ、霊夢が弾幕を制定する前は冷戦状態だったとはいえ小競り合いもあったし、今も受け入れない者も多くいる。故に、俺の出番となる。

 

「人間相手と思わない方が良いと思うけど、手段は何か考えているの?」

「物を空間転移させるか刀の空間操作で心臓や頭を貫く、頭上に『倉』を開いて焦熱地獄の溶岩を当てる、篠ノ之神社の神がやったように空間転移させて数キロ真下の地面の下に入れて窒息。

 手段なら何個か考えているよ」

「……容赦ないわね~」

 

 何か、少し引いているけどさ。

 

「容赦は必要? というかこれで死ぬか? 多分、能力を活かして治療できる。生半可に殺したんじゃあ直ぐに蘇生しそうな気がする」

「加減はいらないわ、でも確かにこれで終わるかしらね」

 

 紫姉さんが頷き、話を一度区切る。

 

「織斑千冬へ貴方から伝えて頂戴。ある意味、外の世界から見放された篠ノ之束に対する最終通告よ」

「……兎が幻想郷へ攻め込んでこないかな」

 

 あの強気の女だ。自分が来なくとも、無人機辺りを投入することが考えられる。

 

「その辺りは気にしなくて良いわ。私達、幻想郷に居る者で対応するから。

 仮に幻想郷に攻めたところで意味なんてないわよ。その気なら最初から来るでしょう」

 

 確かにそうだ。

 

「緑兵だけど夏休みは一月しかない。その上、IS学園にも顔を出すでしょう? 何かを新しく覚えるには時間が無いのよねぇ。基礎を繰り返しているから、貴方は継続していれば良いわ」

「幻想郷に居る期間だけでも」

「集中訓練や修行も良いけど、兎がIS学園にでも現れた時に動けないと困るのよ。IS学園に何者かが襲撃した場合もね、生徒会役員でしょう?」

「あ~、それもあるか」

 

 何のためにやるのか、目的を果たせなくては意味が無いな。同時に俺はIS学園から協力を取り付けている代わりに生徒会の役員であり、専用機持ちとしての役目も有るのだ。

 

「何か新技や扱い方を思い付くとか?」

「そう簡単に作れるかしら?」

 

 そんな簡単に新技を作れるなら苦労はない。無茶だわな。

 

「でも、考えておくのは悪くないわ。何がヒントになるか分からないしね」

 

 頷く。今は現状維持と、考えておくこと位か。

 

「ここ数日の予定はある?」

「霖之助さんが青衣を呼んでいるので連れていく件と、青衣がサイレント・ゼフィルスの解析・ビットの製造をする」

 

 夕食時に青衣達に話をしたのだ。予定はこの位。

 

「なら青衣にも予定を聞いた上で近い内に行ってもらうわ。メッセージだけならすぐ終わるでしょうし、その後は戻るといいわ」

「……生徒会に一応、顔だけ出しておくよ」

「そうね。それと生徒の訓練も見ているのでしょう? その辺もしっかりね」

 

 紫姉さんが足元にスキマを開く。浮いているので落下はない。

 

「それじゃあ、私は二人にも伝えて来るわ」

「俺の答えも伝えて置いて」

「もちろん」

 

 どこか満足気に紫姉さんは首肯する。

 

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 紫姉さんは足元のスキマの中に入り、最後は消えた。同時に周囲を覆っていた隙間も閉じ、消える。青衣の部屋に行ったのだろう。侵入者を探知した。

 最初に俺を訪ねたのは実行者という事もあるが、探知があるからだろう。家の敷地内なら俺は即座に感付くことが出来る。青衣やマドカの部屋に侵入者が現れたら俺は空間転移するだろうから話はややこしくなるのだ。

 しかし、外の世界担当の是非曲直庁も思い切ったな。殺しても構わないと言うようなものだ。

 

「寝るか」

 

 今は考えても仕方ない。さっさと布団に入る事にしよう。

 

 

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「いらっしゃい」

 

 昨日と同じく、俺は香霖堂を訪れた。昨日との違いは着物姿の青衣がいる事だ。

 マドカは居ない。藍姉さんが稽古中である。ひーひー言ってた。気持ちは分かる。本気でわかる。

 

「ああ、少し待ってくれ」

 

 俺と青衣の顔を見ると同時に霖之助さんは店の奥、住居スペースへ向かい直ぐに戻ってきた。手には一振りの古びた剣だ。安全な距離を保ちながら彼は剣を抜くと、此方に見えるように垂直に立てた。

 剣自体は随分古いが、この金属は緋々色金(ひひいろかね)か? 昔、青衣がISアーマーを作る時に何度か見た素材であり、マジックアイテムの素材としては最高の代物だ。当然、青衣も造り出してISアーマーに使用している。

 

「非売品だがね、霧雨の剣と僕が名付けた」

 

 霖之助さんは一度剣を収めると青衣に渡す。彼女は改めて霧雨の剣を抜いた。

 

「緋々色金で作られた剣ですか?」

「正解だよ」

「希少な金属を剣にするなんて……でも何かが違う? 何かとは言えませんが、もやもやがあります。兎に角引っ掛かりますね」

「ふむ、青衣は目が肥えて来たね、緑兵は?」

 

 彼が青衣に感心した声を出し、俺にも振る。

 

「緋々色金の塊としか」

「まあ、君は道具を扱う側だ。今は十分か。

 青衣、僕に戻してくれ。落とされたら困る」

 

 青衣は剣を鞘に納めると、云われた通り霖之助さんへ戻す。

 

「この剣、本当の名前は草薙の剣と言う」

「「「は?」」」

 

 涼しげに言う霖之助さんの言葉に耳を疑った。当然青衣もだろう。

 草薙の剣って、おい。神話に出て来る代物じゃないか。それが目の前にある古い剣?

 青衣から霖之助さん自身に戻した理由もわかった。そりゃあ、落としかねないよ。

 

「おや、僕の目を疑うのかい?」

 

 首を横に振る。外の世界にある近代的な物を除き彼の目は正確だ。『道具の名前と用途が判る程度の能力』も持っている。彼が断言するなら本当に草薙の剣なのだろう。

 少なくとも、その名を冠する剣であり、名前負けをしない性能と価値を持つ代物だ。篠ノ之束の『全てを変化させる程度の能力』もこの剣には通じず、攻撃も出来るかもしれない。それを解析する。

 

「いつになく協力的ですけど」

 

 違和感。霖之助さんは自身が興味を持ったものや道具しか相手をしない。青衣のISアーマー作成に協力したのもISに興味が湧いたからだ。故に人間の里付近に時々現れるようになった俺達に、彼の方から接触してきた。

 

「何、僕も幻想郷の住人という事さ」

 

 彼も気が付いている。最悪の想定を。

 冬場、彼はストーブの燃料を紫姉さんから買っている。とはいえ紫姉さんが商品から珍しいものを優先的に持っていくのだ。今年は代金を無料にしてもお釣りがくるかもしれないな。

 

 

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 自宅へ戻り食器の洗い物や掃除を終えた後、俺はすることが無くなった。いいや、何もやる気が無くなったと言うのが正しい。今は自室で何をするでもなく寝転がって考え事をしていた。新技である。まあ、早々簡単にいい案が浮かぶわけもないのだが。

 

「緑兵、居るか?」

 

 マドカの声だ。

 

「居るぞ、開けて良い」

 

 返すと彼女が襖を開ける。一度、汗を落とすのに水でも浴びたのか髪は少し湿り、服装も此方側の普段着だ。

 彼女は軽く首を左右に振り、俺の部屋を軽く確認しているようだ。

 

「青衣はどうした?」

「香霖堂に残った」

 

 青衣は草薙の剣の解析を念入りに始めていた。あれは非売品、借りることできず持ち出せないので残ったのだ。

 

「そうか、少し早いが昼はどうする? 青衣の分もだ」

 

 もうすぐ昼食の時間か。青衣にも持っていかないとな。

 

「何か作るか。礼代わりに霖之助さんの分も持っていこう、って霖之助さんを知っているのか?」

 

 でなければ、香霖堂と言った時点で質問が来るだろう。

 

「紹介された。弁当は本人には伝えているのか?」

「伝えていないな。もう一回、霖之助さんの所に行って話しておく」

 

 こういう時、電話かメールがあれば便利なのに。

 ……外の世界に影響されて来たな、俺も。

 

「おかずは『倉』に有る料理済みを使う。外の世界の素材と米、味付けだからな、霖之助さんも興味を持つだろう」

「ほう、確かに喜ぶだろうな。なら早い方が良い」

「そうだな。ご飯は温かいが……」

「ならそのままでいいだろう。おかずは皿に入れただけでは味気ないな」

「弁当箱でも出すか?」

「そうだな。場所は知っているから安心しろ。出しておく」

「頼んだ」

 

 俺は寝転んだ状態から立ち上がる。

 

「行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 

 俺は玄関まで空間転移し靴を履くと、香霖堂へ再度『扉』を使い向かった。

 

 

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「ただいま」

「早かったな」

 

 マドカは居間にある戸棚の近くに居た。卓の上には彼女が出した弁当箱が数個置かれている。仕舞っていたものを軽く洗ったのだろう、全て綺麗になっていた。個人単位で詰めるのではなく弁当箱を大皿の様に使う気なのか、他に数枚の皿が置かれていた。

 俺の方は二人に弁当を持って来ると言いおしまい。それだけだ。時間が掛かる方がおかしい。

 

「香霖堂へ行く時間はどうする?」

「いつでも良いってさ。この後行こうか」

「そうか」

 

 言いながらマドカが戸棚を開ける。

 

「風呂敷か?」

「ああ、弁当箱に包めるかだが、多分大丈夫だろう」

 

 風呂敷を数枚取り出すと、確認の為だろう卓の前に戻って座ると風呂敷を1枚を広げ弁当箱を包み……。

 

「マドカ!!」

「なっ!! どうした!?」

 

 俺が思わず大きな声を出してしまったからだろう、彼女が吃驚して俺を見る。

 

「もう一回、同じことをやってくれ!!」

「はあ?」

「いいから!!」

 

 マドカは怪訝な面持ちで弁当箱を改めて包む。

 

「これでいいのか?」

 

 頷く。

 これだ、今の動きだ。これなら兎を捕獲できるかもしれない。問題はどうするか、本当に出来るのかだ。これは訓練して試行錯誤するしかないな。

 

「って」

 

 額を小突かれた。

 俺は何かを唐突に思いつき、考え始めると止まるらしい。気が付いたら、マドカが呆れた顔で俺にデコピンしている。

 

「お前、本当に止まるんだな」

「……聞いていたか?」

「ああ、紫さんから緑兵の取扱説明を受けた」

「取扱説明……」

「あながち、間違いではないだろう?」

 

 彼女がにやりと笑う。俺は言い返せない。その説明通りの行動をしたのだ。

 

「お前が何を思いついたのか、その内に聞かせろ」

「今じゃなくていいのか?」

 

 マドカは座りながら言う。

 俺はてっきり、何を思いついたのか聞いてくると思ったんだがね。

 

「何、必要だったら言うだろう? それに青衣もいた方が良い」

 

 ああ、なるほど。

 

「それよりも『倉』からおかずを出せ。詰めてしまおう」

「そうだな」

 

 俺は『倉』を開くと中からおかず類が載った皿を取り出すと、マドカと分担して弁当箱に詰め始めた。

 そういえば、俺が持っている器って幾つあるんだ? 思えばとんでもない量かも知れない。まあ、今はどうでもいいか。

 

「私は態度を変える気は無いからな」

 

 作業をしながら、マドカがぽつりと漏らす。彼女の方を向くと、マドカは手を止めて俺を見た。目が合う。

 

「私は殺したことは無いが亡国機業(ファントムタスク)に居たんだ。殺人者なら大勢居た」

「……そうか」

「そんな訳だ、少なくとも私の事は気にしないでくれ」

「わかった」

「今は飯だ、急ぐぞ」

「ああ」

 

 周囲や環境に恵まれているな、俺は。

 本当にそう思った。




最後まで読んで頂き、有難うございます。
色々重なり2月振りの投稿です。

今回の話は主人公の幻想郷巡り。知り合いは多くとも友人が少ない事に気が付きました。ボッチではないのに。
さて、サイレント・ゼフィルスは改造済み。このままでは束の一撃で沈みますからね。まあ、人間が生身でISを沈める方がおかしいんですが。

話は変わりますが原作8巻『ワールドパージ』がOVAで出たらしいですね。
『ワールドパージ』、世界を切り離し粛清・一掃する。この単語が幻想のISの発想でもあります。世界を切り離すとは何か、ひょっとして別の世界があった? ISが既存と一線どころかファンタジーの様な機能を持っている理由なのか? まあ、今更8巻を読んで唖然としましたが。


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