鉄錆の暗い黒褐色に覆われた独居房。明らかに光量の足りない電球がぶら下がるその部屋で、如月は灰色の捕虜服に身を包み天井を眺めていた。色彩の乏しいその空間に、鮮やかな桜の髪と獣の耳が不釣り合いに際立っている。彼女はアーク・ロイヤルの声に一瞥だけくれると、すぐに視線は天井に戻っていった。
「……じんもん、ですか? ごめんなさい、如月は、なんにもしりません。やくたたずで、ごめんなさ……」
「じ、尋問? い、いやいや、そんなつもりで参ったわけではないぞ。私は、ただ君に会って、話をしてみたかっただけだ。怖がらなくていい」
アーク・ロイヤルが頭を振り、努めて優しい声色で返答する。
「……」
無言が返る。警戒と猜疑、そして無関心を含有した返答だと、アーク・ロイヤルは感じた。駆逐艦に対して、よく行き過ぎた愛を向けるアーク・ロイヤルにとって、この程度の反応には慣れている。すかさず艦載機の滑走路となるマスケット銃を取り出し、
「そ、そうだ、これで遊んではみまいか? 駆逐艦の妹たちの中には、結構これで喜んでくれる子もいるんだ」
言いながら、ラジコンサイズの小さな複葉機を射出した。航空機らしいエンジン音を響かせて飛び立つ、ソードフィッシュのレプリカ。瞬間、如月の身体がビクンと跳ねた。そして、天井付近を飛ぶ航空機が如月の視界に入った時、
「……ひっ!?」
引きつった悲鳴を上げるが早いか部屋の隅に駆けよって縮こまり、アーク・ロイヤルに背を向けてガタガタと震え出した。
「な……!? す、すまない! ソードフィッシュ、戻れ!」
航空機を飛行甲板で受け止め、慌てて駆けよろうとした瞬間、
「こないで!」
如月の叫びが、アーク・ロイヤルを制止した。
「ひこうき……いやっ……! こないで……ください! もう、如月を、いじめないでぇ……。おねがいします、おねがい、します……!」
「…………」
後悔しても遅かった。震える背中を前に、アーク・ロイヤルは咄嗟に掛ける言葉を何も思いつけなかった。
「……本当にすまいな。君を怖がらせるつもりはなかったんだ。日を改めさせてもらう。……また、来させてくれ」
力なく言い残し、アーク・ロイヤルが退室する。如月は頭を抱えてうずくまりながら、助けを求める言葉を呟き続けていた。
これが、二人の出会いの初日である。
⚓ ⚓
2日目。怯えた瞳で警戒する如月に、アーク・ロイヤルは昨日の謝罪、そして取り留めのないことを1時間、一方的に話し続けた。如月は終始無言だった。
怯えられるのはまだいい。それは生きることを諦めていない故の反応だから。
3日目。食事に全く手を付けていないという話を聴いたアーク・ロイヤルが、昼下がりに食事を持って現れた。燃料で薄めたスープと、一緒に食べるためにパンを持参したが、如月は一口も手を付けなかった。
恐怖や不安の中に見え隠れする、何もかも諦めたような力ない瞳。節々に垣間見せるそんな瞳が、アーク・ロイヤルはとにかく気がかりだった。
4日目。
「食欲が湧かないのは分かる。しかし、燃料が無くなれば動けなくなってしまうよ。少しだけでいい、口をつけてはくれないか」
「……」
無言で、最小限の身じろぎしかなかった如月に変化があった。アーク・ロイヤルが持参したスープを手に取り、口をつけた。
「……! やっと食べてくれるのだな。あ、熱いからゆっくり飲んでくれ。これで、少しは元気に……」
「……あーくろいやるさんは、」
カップから口を話し、如月が声を出す。アーク・ロイヤルにとって彼女の声を聴くのは実に3日ぶりだった。
「如月を、たべるんですか……?」
「た、たべ……!? あ、いや、えっと、そ、そんなことはしないゾ? いや、それは確かに魅力的な提案ではあるが、そういうのは、こう、段階を踏んでだな?」
一人狼狽するアーク・ロイヤルを尻目に、如月は続けた。
「……えほんでよみました。おおかみさんは、あとでたべるひつじさんに、たっくさんおいしいものをあげて、まるまるとふとらせてからたべるんです」
言いながら顔を上げる如月の瞳が、アーク・ロイヤルを見据える。
「……!」
思わず、息を呑んだ。その幼女の瞳はあまりに、あまりにも、
「如月は、おいしいひつじさんになれますか?」
生気を宿していなかったから。
「……どうして、そんな」
今にも嗚咽に変わりそうな、震える声でそう絞り出した後、ぎゅっと唇を結び、アーク・ロイヤルは続けた。
「私は、君を食べたりしない。確かに、君を快く思わないもののもこの基地には大勢いるが、その者たちにも君を食べるようなことはさせない。……だから、ちゃんとそのパンとスープを食べておくんだよ。また、来させてくれ」
アーク・ロイヤルが如月に背を向けて部屋を出る。鉄扉を閉め施錠し、通路を少し歩いた後、手近の壁に思い切り拳を叩きつける。殴った拳は赤く腫れ、血が滲んでいた
いつもネタキャラ扱いなアクロ姐さんをかっこよく書きたい! が目標なのですが、アクロ姐さんはアクロ姐さんなので、どこまで特殊性癖的なアレを出していくのか実に悩みますね!