如月が食事を完食するようになったという報が耳に入った時、アーク・ロイヤルの内心は複雑だった。だが、その事由が破滅願望に基づくものであったとしても、食べてくれるのであればそれでいい。そして彼女はまた、如月の独居房に足を運ぶ。
5日目。6日目。7日目。……毎日。ある日は、終始無言で終わったこともあった。ある日は、気の無い相槌だけで終わることもあった。首を数ミリ動かすのも億劫とばかりに微動だにしなかったのが、ある日から顔をこちらに向けてくるようになった。取り留めのない日常と、近況報告だった。晴れていた。雨が降っていた。駆逐艦たちがこんな遊びをしていた。波が高く、駆逐艦と一緒に海に出られなかった。閣下にはせめてこの房から出られないか交渉している。異国の艦に会ってみたいという艦船がいる。多くは年上だが、近い年齢のものもいる。一緒に遊べばきっと楽しい。
……そんな話を。戦争から切り取られた穏やかな日常を、アーク・ロイヤルは話して聞かせていた。ここは基地であり、軍隊である以上は戦争と切り離すことはできない。それは如月も感づいていたし、感づいているだろうことも理解していた。それでも、戦争の話はしない。彼女自身がそれを望まない限りは。それは恐怖に震える如月の姿を見てからの、アーク・ロイヤルの配慮と決意だった。
n日目。何もいらない、と返されるのを覚悟で、何か欲しいものを尋ねた。
「……アメ。アメさんが、ほしいです」
「む……飴か? そういえば購買にドロップが売っていたな。待っていろ、すぐに持ってこよう」
意外なことに嗜好品を欲しがった如月に歓喜し、アーク・ロイヤルは飛ぶように独居房を出た。高揚のしすぎで扉は開け放したまま飛び出したが、アーク・ロイヤルが大量の飴を抱えて帰って来るまで如月が房を抜け出すことはなかった。下手をすれば大事に至っていた所であるが、可愛い駆逐艦の妹の心境変化を思えば、アーク・ロイヤルにとっては些事でしかない。
「ほら、たくさん持ってきたぞ。好きなだけ食べるといい」
「……りんごさん。まんごーさん。いちごさん」
飴の包装を眺めながら、如月が淡々と口に出す。個包装の一つを破り、小さな口に球体を含み入れた。
「……」
「美味しいか?」
口元がもごもごとうごめき、飴が歯に当たってコツン、コツンと音を立てていたが、しかし如月の表情は緩むわけでも、まして笑顔になるわけではなかった。
「……おいひ……かった、でふ。れも……ん、コクン……。でも、睦月といっしょにたべたときは、もっとゆめみたいにあまくておいしかったのに、いまは、あんまりあじがしません……」
「飴、好きだったのか?」
「如月もすきだったけど、もっと、もっとアメさんがすきなこがいました。もう、あえないのかな、睦月……」
そのか細い声はアーク・ロイヤルへの返事ではなく、独り言に近かった。アーク・ロイヤルはその名に聞き覚えがあった。指揮官からの情報では、彼女の艦船としての艦種はムツキ級。つまり、同型艦船のネームシップのことを指していると推察ができた。
「(……仲のいい、友達だったのだろうな)」
戦場で撃沈される寸前で、目を覚ませば知らない異国で長く拘禁され、元の陣営にいたであろう友人と引き剥がされ……アーク・ロイヤルが想像で補完できるのはそこまでだったが、例えそれだけでも、小さな身体と心が背負うにはどれだけの苦しみだったかは想像に難くなかった。
「あーくろいやるさん、如月をたべないんですか?」
いつか訊かれたことがある質問に、アーク・ロイヤルは毅然として返答する。
「食べないさ。そして君を食べたり、襲ったりするような連中から出来る限り守ってあげたい。そう思っている」
「こまります……あーくろいやるさんがわるいおおかみじゃないと、こまるんです……」
今日の如月は饒舌だった。抑揚の乏しい平板な声色に、少しづつ感情が混ぜ入れられながら、如月が吐露する。
「ろいやるとゆにおんのひとたちは、わたしたちをあたまからかじってたべちゃう、わるいおおかみさんだって。わるいおおかみだから、やっつけていいって。でも、あーくろいやるさんはいいひとで、でもそれじゃこまるんです。だって……だって、それじゃあ、如月のほうが、おおかみになっちゃうよ……!」
「ま、まってくれ。私の知る限りの君のカンレキでは、まだどの艦船を撃沈したことも、」
「いいえ」
キッパリと、アーク・ロイヤルの言葉が遮られた。
「如月は、うちました。バラバラになってました。あかいちがいっぱいで、こげたにおいがいっぱいで、如月はきもちわるくなって。あーくろいやるさんがいないときに、ここでたくさんいわれました。『ひとごろし』『あくまめ』『じゅうおうのちもなみだもないばけもの』……。如月は、おおかみさんより、きっともっともっと、わるいひとなんです」
「………………」
アーク・ロイヤルは俯き、震えている。
「如月はうまれたときから『ちくしょう』で、やっと如月がいてもいいところにこれたとおもったら、ろいやるやゆにおんのひとたちにひどいことをしないといけなくて、それはとってもいやで、でもそうしないとここにいられないとおもって、だいじなおともだちができて、でもはなればなれになっちゃって、ひこうきが如月をしずめて、おきたらどこにいるのかわからなくて、そこでも如月はいっぱいおこられて、だから……」
言葉を切って、すぅっと息を吸う。幼い心が辿り着いた悲愴な結論を言葉に出そうとして、
「如月は、うまれてこないほうが」
その言葉は、アーク・ロイヤルが固く抱きしめたことにより遮られた。
「……もういい。もういんだ。その先を言わないでくれ。お願いだから……」
「…………」
程なくして、如月の耳に嗚咽が届いた。如月はアーク・ロイヤルが自分を抱きながら泣いていることに気づいたが、どうして泣いているのか分からなかった。力を込めて抱かれた腕は痛くて、胸に埋まった顔は息をし辛くて苦しい。けれど、自分を抱く彼女の身体は今までに感じたことがないくらい、どうしようもなく暖かかった。
如月の頬に一筋の水滴が伝ったことは誰も、如月自身も気づくものはいなかった。
アークロイヤルさんは駆逐艦の妹たちに発情するヤベー人ではありますが、駆逐艦たちを一番思いやってあげられるのもこの人だと思うんですよ・・・。
さて、描写を挟む場所が思いつかなかったのでここで書きますが、如月ちゃんが着てる捕虜服は基地に一致するサイズがなかったため、大人サイズのを上衣だけを着ています。ワンピースみたいになってるってことですね。
袖の辺りはもちろんブカブカなので萌え袖状態です。捕虜服萌え袖とか業が深い。さぞ飴さんの個包装は開けづらかっただろうなーと思います。