如月ちゃんのえっちチャイナドレスもはよ
「話は済んだかな、ロイヤルの空母殿」
アーク・ロイヤルが独居房を出るが早いか、待ち構えていたかのようにその艦船が声を掛けてきた。透き通るような銀髪に白の軍帽が印象的な、端麗の少女。
「……うぁ。あ、あなたは、エンタープライズか? なぜこのような所に」
着流した軍服をマントの如くはためかせ、奇跡のような時機を武功と共に掴み続けるその艦船の名を、アーク・ロイヤルは口にする。泣きはらして腫れた目を慌てて拭いながら。
「あなたは気づかなかったかもしれないが、私もよくここを訪れていた。指揮官が
「不安? ハハハ、安心してくれ。この私が、駆逐艦の妹たちを害するようなこと、決してする筈がないからな!」
「よく言う。あなたが初対面のCクラスの子たちに
「駆逐艦のスペックを隅から隅まで知っておかなければ、いざという時に妹たちを守れないではないか」
「もっと他に訊くことがあるだろうと思うんだが……。まあ、その話はいい。私の杞憂だったようだからな。本題に入ろう」
悪びれもせずに答えるアーク・ロイヤルに苦笑して肩を竦めつつ、エンタープライズが続ける。
「珊瑚海周辺に、特異点出現の兆候が検出されたらしい。本日、ヒトゴーマルマルに指揮官から招集が掛かっている。そして、あなたは反対するかもしれないが……」
エンタープライズは一度言葉を切ってから、ゆっくりと告げる。
「その時点よりムツキ級艦船の釈放、及び招集に応じて欲しい、とのことだ……」
⚓ ⚓
特異点、『聖域』。その偵察と前路哨戒が如月が受けた任務だった。しかし基地の指揮官から告げられたのは、「出撃を拒むのであれば待機でいい」「会敵したらすぐに撤退して構わない。かつての同胞を撃つ必要はない」「作戦に従うかは一任する」という、およそ作戦と呼ぶには不可解すぎるものであった。それに対し、如月は虚ろな、けれども毅然とした瞳を向け、返答した。
「あいてがいたら、如月はちゃんとほうこくします。でも如月は、みつけたらやっつけます。それが“せんそう”だって、ずっとずっといわれてきましたから……」
作戦当日、重桜特有の獣耳の艦船に、撃沈された際に焼け落ちた筈の服と艤装を渡された。
「艦船にとって、身に着ける服と艤装は装甲と同義にゃ。これがないと、至近弾だけでもズタボロにゃ。……ま、睦月型の軽装甲なんて、もともと厚いものでもないけどにゃ」
……いつしか、一人ではできなかった着替えも、艤装の装着も、自分でできるようになっていた。修復されたスモックは、憎らしいくらいに忠実に復元されている。
『みぎのおみみがピーンってたってるの。如月は睦月とはんたいだから、ひだりのおみみ!』
「…………」
穴の開いた黄色の軍帽を見つめていると、記憶の底からそんな声が聞こえた。その声を振り払うように頭を振って、如月は帽子をかぶり、尻尾に鈴付きのリボンを巻き、抜錨する。
如月に躊躇いはなかった。かつての同胞と―――例え偵察という形であっても―――敵対することも、他の艦船が待機する中、歪なスコールの渦中に飛びこんでいくことも、そして、敵を見つければ撃つということも。躊躇しないと決めた。その筈だった。
暴風雨で時化る波濤は、小柄な駆逐艦である如月には常に転覆の危険性を伴う険路である。それでも、如月はその航路を全速で突っ切った。その先には、信じられない光景が広がっていた。
「……ここ、は」
視界を覆い尽くす桜色。スコールで荒れた空や波は晴天と凪に変わり、多数の浮島は溢れんばかりの桜を宿している。春風のようにそよぐ風がその花弁を散らし、中空に舞い踊らせていた。スコールという結界に守られた異世界の箱庭、それが『聖域』と呼ばれる特異点の風景だった。……そしてそれは同時に、敵の拠点に入ったということでもある。
「……指揮官。如月、すこーるのさきにきました。……えっと、きゅうにはれて、さくらがたくさんあります。これから、ていさつをします」
音声通信で報告した後、対潜・対空警戒しながら海上を微速で前進する。スコールに阻まれている以上、未だ巡洋艦や空母が追いついていない現状では、偵察機による空からの目は期待できない。そもそもこの方面の偵察・哨戒は単艦での作戦だと、如月は聞いていた。無茶な作戦だと如月でも分かったが、都合が良かった。
静まり返った海を慎重に、慎重に前進していく。如月は浮島の桜に身を隠すように、島々の間を縫って航行していた。やがて島が途切れ、障害物の少ない開けた場所に差しかかった。……もし敵が索敵機を出していれば、空から丸見えのこの場所では真っ先に見つかってしまう。ここまでに敵艦との遭遇はなし。この方面での敵影は認めずとして、一旦引き返そうか悩みながら双眼鏡を覗いた時、
「……!」
遠くの海で、小さな影を発見した。
「……てきかん、はっけんしました。たぶん、くちくかんせん1、りょうさんがたじゃ、ないです。……如月、とつげきします。これがさいごのつうしんになったら、ごめんなさい……」
通信を切った如月は、すぐに発煙管から煙幕を展開した。理由は2つ。一つ目は敵に主力艦の存在を誤読させること、2つ目は煙に紛れて一気に敵艦に肉薄すること。相手が同じ偵察目的の単艦であれば、数的不利を悟って撤退を始める筈。そうなれば、逃がさない。転舵している間に一気に距離を詰め、至近で雷撃による撃沈を狙う。もし相手が艦隊単位ならば、こちらと同様に煙幕を展開し、艦隊決戦に備えるだろう。その時は単艦の自分に勝ち目はないが……それでもいい。彼女はこの海に、
煙幕を出来る限り広範囲に撒きながら、如月は大きく息を吸う。そして、最大戦速で突撃を敢行した。相手もこちらの動向に気づき、煙幕を炊いているのを視認する。それを見て、如月は思った。規模は分からないが、相手は艦隊。弱い自分には万に一つも勝ち目はない。きっと、相手が自分のような自棄で無謀な単艦でもない限り、ここで沈む。生まれたことそれ自体がきっと間違いで、誰の役にも立てず、昏い海の底に沈む。それならば、今の自身の役割をほんの少しだけ果たすために、1隻でも多く沈めてから逝きたい、と。最初で最期の駄々のように暴れ回って、それから逝きたいと、そう思っていた。
視界不良の煙幕を突っ切っている最中、如月は至近距離に影を視認した。
「……!」
ほぼ反射的に単装砲を向ける。その後で、相手も同じ意図で肉薄を試みたものと、やっと理解が追いついた。……が、直後、如月の頭は真っ白に塗りつぶされた。
チリン――――
海原に、鈴の音が響く。如月は、砲口を向けたまま静止した。きっと相手にも同じ音が聞こえたから、煙の向こうにいる影も静止している。
『これで睦月がまいごになっても、如月がまいごになっても、すぐに会えるね!』
「……ぁ、そんな、ことって……」
煙幕が薄れていく。水色を基調としたスモックは黄色いものに変わっていたけれど、鈴の位置はポケットに変わっていたけれど、如月はその姿を決して見間違う筈がなかった。
「……睦月!」
砲口を向け自分を呆然と見つめる親友の名を、如月は叫んでいた。